【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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翠魔レルネー ─1─

 ここで一つ、時間は遡り──

 翠魔レルネーと勇者たちが会敵する、ほんの数分前。

 彼らの覚悟を再認する、ちょっとした幕間が語られていた。

 

 

 十枚翼を羽ばたかせ天を泳ぐ白桜色の光龍(フェイ)の背にて。

 光竜だった頃よりも遥かに大きい体躯は、俺たち四人を乗せても広々とした余裕がある。

 そして、背後からの轟音がしんと鳴り止んだことで、俺たちを送り出してくれた皆がやり遂げたことを感じ取っていた。

 

 そのことに、感謝と尊敬を抱く。

 あれだけ恐ろしい存在を前にして、恐怖に押し殺し、苦難を乗り越え、勝利を掴んだこと。

 此処まで来た今でも、逃げ出したい気持ちがある俺だからこそ、それはとても凄いことなのだと強く思う。

 

 けれど、だからこそだ──託された願いに背くことは出来ない。

 

「見えた、あれが──翠魔レルネー」

「なんて、巨大な……」

 

 慨嘆が籠もる声の俺と、思わずといった呟きが漏れるカティア。

 暗雲と小型翠魔を掻き分け進む俺たちの目に映ったのは、巨大という言葉すら足りないと思えてしまう醜悪ながらも神聖さすら感じる九頭龍の威容。

 混濁した血色の海からとぐろを巻く超巨大蛇の群れは、絡まり合う山脈のよう。

 いまだ遥かな先だというのに、それでもなお視界の大半を埋め尽くす巨体は、彼我の距離と縮尺の感覚がおかしくなってしまいそうだった。

 

『ねえ、気付いてる?』

「うん、フェイさん。小さい翠魔が私たちを無視してるというか、一瞥(いちべつ)もくれずに外へ飛んでいくみたい」

 

 フェイとユーリが言うように、翠魔レルネーは幾つもの鎌首を蠢かせていた。

 膿が滲み爛れたような鱗は身じろぎするたび痛々しく剥がれ落ち、それが小型翠魔へと変じては狂気の産声を上げて、外へ外へと拡散していく。

 放射状に外界へと向かうそれらは、当然俺たちへと向かってくる小型翠魔もいるのだが、何故かレルネーが見える距離まで来た途端、川の流れが別たれるかのように俺たちを避けだした。

 

 それは、まるで──

 

「どうやら、誘われているみたいだね」

「そうみたいだな、京也」

 

 たすき掛けで袖を捲った袴姿で、腰に吊るした二本の長刀に手を添えている京也(ラース)

 眼光鋭く前を見つめる親友の言に、俺も同じ見解だと首肯する。

 

 まるで黄泉路のよう。

 この先に待ち受けるのは、俺たちが相手せねばならない存在、遍く生命滅ぼす幽世の九頭龍。

 

 内包する驚異は、ユーゴーたちが倒した三体の翠魔とは比べ物にならないだろう。

 遠目から認識しているだけでも心胆を寒からしめる翠魔レルネーは、尖兵たる小型翠魔を一時も休むこと無く産み落とし、出現した場所から一歩たりとも動いていない。

 その強大無比な中核と、手足となる存在を生み出すという在り様に、思い当たるものがあった。

 

「……以前兄様が討伐したという、土精のようだ」

「精霊種の事ですわね。たしかに、規模こそ違えど符合するものは多々ありますわ」

 

 上げた例を、風で靡く赤髪を押さえながら補足するカティア。

 精霊種──この世界において極めて珍しく特殊な魔物群の総称で、そもそも生物であるのかどうかさえ怪しい生態の魔物だ。

 

 出現する位置は決まって、一定範囲内に人里がある場所。

 親たる精霊は発生した位置から動くことは無く、眷属の小精霊を無数に生み出し続け。

 小精霊は外へ外へと散らばり、周辺地域の生物に無差別に襲い掛かるのが特徴である。

 

 兄様の実体験の話と学園書庫で調べた内容から推察するに、まるで人に試練を与えるための意思なき装置みたいだと思ったそれが、翠魔レルネーと重なり合う。

 

「なら、止めるためには本体を叩くしか無いですわ」

「そうだね。けど……やることは変わらないとしてもあれだけの巨体じゃあ……」

 

 錫杖を抱えるように両手で握りしめるユーリから、不安げな呟きが漏れた。

 俺以外の皆も、よくよく見れば微かな震えや強張りがあるのに気付ける。

 あれを倒さなければならない。

 それがどれほど途轍も無いそして恐ろしい難行なのか、全員が全員理解していた。

 

『──小僧』

「っ、ビャクさん」

『勇者たる汝がその様でどうする。胸を張らんか、未熟者。我と剣を担うに相応しい、真に世界を愛する勇者は戦う前から屈するのか? 違うであろうが』

 

 首巻きの上から俺の首に巻き付く光龍ビャクが、軽く爪を立てながら肩を叩き、うつむきがちになりかけていた俺を叱咤する。

 

『汝の理想は、虚構か? 汝の夢は口先だけか? 違うというなら吼えてみよ。どんな苦難を前にしても、あ奴は膝を折るなどせんかったぞ。先代(ユリウス)はな』

「────」

 

 念話で語りかけてきたその言葉は、なによりも熱く俺の芯を捉えた。

 千の激励よりも兄様を引き合いに出される方が、俺にとって何億倍も奮起させる。

 

「あぁ──必ず勝つさッ!」

『その意気ぞっ! ……やはり兄弟であるな。汝ならば、いつか至れるはずだ。理想とやらにも』

 

 なんとも不器用な発破だと思う。

 けれどそれで力が湧き上がってきたのも事実だ。

 ゆえに深い感謝を籠めて、ビャクの喉元を指で撫でる。

 それに不敬であるとばかりに鼻を鳴らしているが、避けられたり払われたりはしなかった。

 

 ふと、こつんと背中に寄せられた重みと熱を感じた。

 俺よりも小さな身体が、銀の髪を揺らめかせて添えられる。

 

「ユーリ、どうかしたか?」

「…………シュンくんは間違ってないよ。私もその背中を支えるから、大丈夫」

 

 密着した状態で告げられた言葉が、暖かく染み渡っていく。

 真摯な想いは光のように行き渡り、優しい微笑は陽だまりのようだ。

 その、なんとも言えない気恥ずかしさを感じ、思わず話題を逸してしまう。

 

「──そ、そういえばユーリは、女神様のところへ行かなくても良かったのか? その……熱心に信仰してきた神様なんだろ?」

「ううん、今はいいの。私なんかが邪魔しちゃ悪いだろうし、引き裂かれていた神様達にだって、積もる話は沢山あるだろうから。だから……全てが終わった後でいい」

 

 静かに語るそれは愛惜に満ちていて、複雑混沌な気持ちを抱いていても大切に想うからこそ身を引いたのだと、強く伝えた。

 

「そっか……なら、尚更伝えなきゃな」

「え?」

「まだまだ、これからさって事。前世合わせても人生経験が三十すら満たない俺たちは、掴みたい未来(モノ)さえ遠くだからさ。賢しげに悟ってみせて、足を止めるには早すぎる」

 

 そうとも、まだ知らない事は世界には沢山あって。

 やりたい事や分かち合いたい事も、まだ出会えてすらいないんだ。

 

「俺たちの終わりは、今じゃない。続いていくんだよ、未来へと」

 

 思わず込み上げた笑みは、我ながら呆れるほど馬鹿みたいな希望論からだった。

 終わりと決めつけるのは、それこそ死ぬ間際で良い。

 生きて生きて、生き抜いて──その果ては人生という道の遥かな先にあって欲しいから。

 その愚かともとれる一言に、ユーリを始め皆が苦笑した。

 

「ふふ、ふふふ……そうだね」

「癪ですが、同意します。底抜けに馬鹿なシュンらしい」

『シュンにしては、良いこと言うじゃない?』

 

 三者三様、口々に好き勝手に言うが、そこには侮蔑や嘲笑など一切なく。

 信頼、友情、絆──そういった心地よい感情のみ。

 

「なら──続けにいこう、シュン! 僕たちの未来はまだ先だと言う君となら、必ず勝てるさ」

 

 京也が力強く気概を示す。

 弾け、伝播していく熱は俺たちを包み、一つの理想を核にして環を描き出す。

 

「そうだな! 託された想いも未来も、全てが俺たちの背を押してくれる!」

 

 重くなど、無い。

 それらは全て、力と勇気に変わってくれるから。

 

 加速するフェイに掴まり、勢いよく俺たちは突き進む。

 もはや一キロメートルを切った距離に、レルネーの圧倒的な巨躯は断崖のごとし。

 向こうからすれば、人など蟻以下な矮小さだろうけど、臆することなどもう無い。

 

 未来のために。

 その誓いを胸に、俺たちは必ず勝ってみせるッ!! 

 

「やるぞ、みんな!!」

「「「『 往こうっ、シュン!! 」」」』

 

 

 

 

 

 ──そんな彼ら彼女らを見詰める十八の眼は何を思うか。

 狂気に濁った瞳であるが、此処まで辿り着いた存在について翠魔レルネーは認識していた。

 

 いまや翠魔レルネーは星の触覚、狂えし神意の代行者だ。

 生命を抹殺する使命を果たすべく、知覚領域は星全域にまで及ぶ。

 それゆえ、たかが大洋一つ分の範囲など手に取るように把握出来るのだ。

 

 幾らでも生成できる下位翠魔が迎撃に合い、それほど生命を殺傷出来ていないことも。

 ようやくその一部が、大陸へ到達して手当たり次第生命抹殺を開始したことも。

 奮闘や逆転、決意という名のもと、抗う人類と龍種。

 自身の守護たる上位翠魔の三角を打倒したそれらを見届けても──狂気は変わらない。

 

 膨れ上がる狂念は、呪詛となって紡がれる。

 荒ぶる九頭龍の呻きは生存本能を逆撫でし、全身が総毛立つものだった。

 

 もはやその狂い様は一種の現象じみて、世界規模で齎される災害そのものであるかのよう。

 森羅万象滅ぼさねばならぬと怨嗟を轟かせて、半身腐りし龍が身じろぎ蠢く。

 

 (ダイチ)は爛れ、血液(ウミ)は腐った、吐息(タイキ)も膿んでいる。

 憐れにさえ思える痛ましき姿は、見るものに世界の終焉を連想させる。

 

 これが何の化身なのか。

 それを思えば、かの九頭龍に感じ入るそれも当然の事だろう。

 翠魔の中で唯一、その名が怪物ではなく怪物が住んでいた地名を冠しているのも、その証明。

 

 人は“星”に住まう者。

 ならば果たして、その化身に抗うことは正しいことなのだろうか。

 そも、星が無ければ生命など存在しない。

 ならば正しいのは、あちらではないのかと──そう思えてしまう畏怖が九頭龍にはあった。

 

 本来は素晴らしき威容を湛える星の守護龍。

 それが病んで堕ちた末路こそが、翠魔レルネーの本質である。

 

 幽世の九頭龍は、苦痛や狂気を吐き出すように海面へと巨躯を何度も何度も打ち付ける。

 のたうつ衝撃は地震となり、押し出された海水は大津波となって広がる。

 そして黄に混濁し血走った眼をギョロリと回し、抹殺すべき存在を視界に捉え──

 一斉に殺意を叫喚した。

 

 

 死に絶えろ、死に絶えろ、遍く生命灰燼と化せ。

 それが星を再誕させる、救いであろうが。

 

 生命住めぬ、半壊した身体が今も疼く。

 貪られ枯れた病み星は、爛れた傷を癒やす糧を欲している。

 

 ゆえに狂い嘆こう、星の痛みは我らが痛み。

 森羅の最果てまで、醜き畜生を一掃し罪深き者を浄滅せん。

 

 生命よ、死ぬがよい──壊れた星の嘆きを思い知れ。

 永劫終わらぬ神罰の死毒を味わうがいい。

 

 

 具象化した天災、絶滅機構。

 禍津を纏いし究極の生命抹殺装置、幽世の九頭龍が今──動き出した。




次話:抗う人類、舞う天月
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