【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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抗う人類、舞う天月

 空を翳らせる魔性の群れ、世界へ広がる大厄災。

 水龍の防衛線を抜けて襲来した翠魔が、海岸に沿って展開した人族と魔族の混成軍へと殺到していた。

 世界中へと薄く広がった魔性は一戦場あたりの密度を減じているが、それでも決死の覚悟で挑まなければならない死と隣合わせの争いが世界各所で繰り広げられているのだった。

 

 これらの戦線こそ、無辜の民を守る命の防波堤であり不退転の防衛線。

 剣と鎧で武装した人達と、歪な翼龍のような翠魔が、己の全てを懸けて互いの命を削り合い。

 矢弾と魔法が飛び交い、鋼と爪牙が火花を散らす、最終戦争の如き壮絶な戦場であった。

 

「弓兵隊。構え、照準──撃ち落とせッ!」

「第一魔法隊、後退。第三魔法隊、大魔法準備。第二魔法隊、放てぇッ!!」

 

 強弓から射られた矢の雨が、剣の届かぬ上空を飛翔する翠魔を撃ち落とす。

 そして時間差をつけて投射される複数人協力での大魔法が中空にて炸裂し、撃墜に至らなかった翠魔ごと巻き込みながら殲滅するのだ。

 

 それでも猛攻を耐え抜いた翠魔もおり、翅翼を損傷して飛べなくなろうとも身体をバネのようにして兵士たちへと牙を剥くが──

 

「盾兵、押し留めろ! 剣士隊、側面より強襲。決して触れずに一撃離脱を徹底せよ!」

 

 大盾を組み合わせ巨大な一つの城壁となった盾兵部隊が、その身を晒さぬようにして翠魔の突進を受け止める。

 すかさず剣や槍を構えた接近戦を担う部隊が吶喊し、勢いよく刃を突き立てては即離脱した。

 彼らが離脱した次瞬、黒い血を流す絶命間際の翠魔は金切り声を上げながら腐蝕の瘴気を纏い、最後の力を振り絞り頭突きを盾兵らに打ち付け、それでようやく活動を停止するのであった。

 

「被害報告!」

「盾兵、重傷1、軽傷6。剣士隊、軽傷4です!」

「負傷した者は治療魔法使いの元へ! 抜けた穴は交代! 盾兵の陣形に隙間を作るな!」

 

 翠魔のもつ腐蝕属性によって、掠っただけでも大怪我へと転じるため兵士たちの損耗は激しく、治療魔法が使える支援部隊には負傷兵が目まぐるしく立ち代わり入れ替わっていた。

 

 果断に下される指揮官の命令に、速やかに行動へと移る兵士たち。

 普段ならば彼らは、こうも迅速な対応や命令伝達など望めない練度でしかない部隊である。

 しかし──異様なまでの熱気が彼らの間で充溢し、実力以上の能力をこの終わりの見えぬ戦場で発揮させていたのだった。

 

 高まり続ける士気。

 どう考えても劣勢であるというのに、彼らは止まらない。

 自らの身体や命すら顧みない奮戦によって、じわじわと反撃に転じ始めていた。

 

「生身で受けなければ問題無い! 連携を密に、全軍、押し返せぇッ!!」

 

 雷鳴の如き指揮官の喝破に、兵士たちは更に一層士気を滾らせる。

 まるでこの瞬間に魂を燃やし尽くすかのように、輝きを放ちながら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族軍、陣中──

 魔族領と帝国領の境目にあたる地域でもまた、苛烈な戦闘が繰り広げられていた。

 彼らを包む熱気はそのまま戦火と化し、徐々に熱量を高めながら戦闘の勢いを激化させていくのであった。

 

 戦場にて争う彼らは魔族領に残されていた兵力、そのほぼ全てである。

 治安維持や民衆の誘導のため残った第二軍軍団長サーナトリアとその配下を除き、強行軍でこの場所へと行軍してきた彼らは、疲労を感じさせぬ戦いぶりを見せていた。

 

 それもそうだ──彼らの間ではある共通意識が互いを結び、末端の兵士にいたるまで士気も意気込みも突き抜けているのだから。

 ともすれば狂気そのものと言ってもいい熱狂具合。

 一個人では冷めてしまうそれも、軍という集団内で伝播し続けるとなれば、熱は際限なく膨らみ続け弱腰の兵ですら勇猛果敢な戦士へと早変わりしていた。

 

 魔法と爆音は途絶えること無く、花火のように煌めく。

 転がる死体も魔族のものも多いが、それ以上に絶命して灰へと帰す翠魔の骸も数多く、それらで戦場が埋め尽くされようとしていた。

 

 火炎の赤と黒煙、そして熱風に流される灰。

 空には、断続的に襲来し命を刈り取ろうとする翠魔の影。

 終末を思わせる凄惨な光景だが、彼らは折れること無い不屈を瞳に宿していた。

 

 その戦いの指揮をとる者達は、次なる一手を果断に選び取りながら、加熱していく戦場を冷静に双眸で見据える。

 

「左翼展開、包囲。魔法隊、目標切り替え対象南南東800、撃ち落とせ! ──臆するなっ! 一体一体なら大したことはない! 冷静に対処せよッ!」

 

 念話で遠方の兵士と交信しながら全体指揮をとるのはバルト。

 軍団を的確に動かし、戦場全域を多角的に捉えながら、加速する思考は脳を沸騰させながら冴え渡る。

 

 瞳が乾き鼻から血が垂れようとも、一顧だにしない。

 命を削りながら奮戦する様は、まるで死兵のよう。

 

 彼だけではない。

 誰もが己の命を懸け、裂帛の雄叫びを響かせながら果敢に戦っている。

 大怪我を負おうが戦闘に支障が無いのなら、怯まず武器を振るう。

 そして死が確約されたものとなれば、凄絶な笑みを浮かべながら最期の大立ち回りをするのだ。

 

 死を覚悟してなお戦う兵士たち。

 そして彼らを背負う指揮官。

 誰もが魂を燃焼させていた。

 

「我らの命、魔族のため──いいや、世界の未来のために!」

 

 激を飛ばすバルトに鼓舞されて、使命感を滾らせる魔族たち。

 昂揚は渦となり、内側より溢れ出す活力は無尽蔵にも思えるほどに昂ぶっていた。

 

「バルト殿」

「ダラド卿か。何か気掛かりでも?」

 

 指揮するバルトへ声を掛けたのは、第五軍軍団長のダラド。

 その顔は硬く、何か懸念事項があるかのように口端をキツく結んでいた。

 

「強行軍と終わりなき連戦で兵士たちの疲労が深刻だ。士気は極めて高いが、それでも休まず戦い続けられるはずもあるまい」

 

 睡眠無効など、疲労や負荷を無視出来る類いのスキルを一兵卒は到底保有などしていないため、誰も彼もが休まず戦える訳ではない。

 それゆえ、今だけは精神的な後押しがあるが、早々に限界が訪れるとダラドは懸念していた。

 

「分かった。人員の調整とペース配分を任せる」

「心得た。バルト殿自身も気を付けるのだぞ」

 

 なにもそれは、兵士だけではなく指揮官にも当て嵌まるのだと、ダラドは釘を刺す。

 それに苦笑いを返しながら、バルトは頬を叩いて気を引き締め首肯した。

 

「こんな時になんだが……貴殿の前世はどうであった?」

「……転生履歴を見たのか?」

「あぁ、そうだ」

 

 侘びた苦笑を湛え、ダラドは遠い目をしながら己に言い聞かせるように呟く。

 

「先に問うた身として答えよう、我は流通最大手の最高経営責任者だったらしい」

 

 禁忌の転生履歴。

 それはこの世界で繰り返された、何十何百代にも渡る己の人生を遡り見返す記録だった。

 肉体の死と共に忘れ去ったはずの、魂に刻まれた記憶を呼び覚ます贖罪の自叙伝。

 

 たった一人の人生分の記憶でさえ、膨大な情報量でありそれを一瞬の内に回顧させられる衝撃は目が眩むほど凄まじい。

 全ての人生を思い出す前に、数回目あたりで脳が破裂するのではないかと思うほど。

 

「世界を股にかける、大動脈にして不動の企業。そのようなものゆえに、星に危機が迫っているという事柄も、確度が高い情報だとは知っておったのだ。

 だが、無視した。

 金のため、従業員のため、そして老いた我が身可愛さゆえに。

 最期は、財産も人も何もかも失っての惨めな死だ。裏切られ、奪われ、残ったものは何も無い。ワールドクエストが語る、星を貪り枯らした醜き畜生には、お似合いの末路であろうよ」

 

 自嘲の溜息を盛大に吐き出し、低く地鳴りのようにダラドは笑う。

 

「そして、そのツケは死してなお終わらぬ、この様だ。これを滑稽と言わずしてなんと言う」

「……そうだな」

 

 魔族の宿命。

 永遠の憎まれ役であり、最も罪深き虜囚たち。

 

「バルト殿は?」

「俺は…………俺はそこそこの国の王子だった」

 

 とはいえ、実権などなく政治は議会が取り仕切る、飾り物としての王族だったが。

 面倒な義務だけ課され、他の目を気にし続ける、堅苦しい不自由な生活しか存在しない。

 

「だが、俺は祖国が……もう存在すらしない国と、その地に暮らす民のことが好きだった」

 

 国があった大陸も天変地異に沈み。

 記した歴史書や物品なども、永い時間で塵と消えた。

 あの国が存在していた証明するのは、もはやこの記憶の中にしか存在しない。

 

「俺たちの愚挙が星を壊し、この歪な世界に至った。その果てが今の魔族なのだろう。ならばこそ清算するしかない。俺たちは生きている。現代を生きる魔族だから、未来を生きる子らには因果を背負わせたくないと思う」

 

 バルトは静かに反芻しながら、毅然と決意を固めていく。

 

「だから、今度こそ俺は魔族(たみ)を守りたい。何度生まれ変わろうとも、変わらず足掻くまでだ」

 

 それが俺の生きる意味で、始まりの王子(おれ)より継いだ願いだ。

 

「クク……そう、だな……足掻く、か……。たったそれだけで終わる話であったな」

「あぁ、そうだ。往こう」

 

 過去を見返した男達の会話は、これにて終わり。

 彼らは一握りの理想だけを掬い上げて、震撼する鉄火の戦場へと向き直る。

 

 戦いは、未だ終わりの兆しすら見えない──

 

 

 

 

 

 

 

 

「教皇猊下、此方になります」

「案内ご苦労。他の者らは各々の仕事を優先してください」

「はっ」

 

 過去の荒野での一件で大きく人員を減らした神言教の暗部。

 新たに鍛え上げたなかで空間魔法を扱える人員により、転移で到着した前線の城砦。

 そこに、教皇ダスティンは居た。

 

 ここはダズドルディア大陸における、大厄災に対抗する戦線の中枢部。

 各地の戦場の状況を纏め上げ、人族国家の総力を上げて支える、頭脳と心臓であった。

 

 兵士に案内され、ダスティンは重厚な椅子に腰掛ける。

 彼が座った場所は周囲より一段高く、この作戦司令部全体を見渡すことが出来た。

 石造りの実用性を重視した無味な室内に、多数の将官が窮屈そうに奔走していた。

 

「それで、各地の戦況は如何ようでしょうか?」

 

 姿勢正しく泰然とした挙措で、教皇はゆるりと視線を巡らす。

 その問いに、下方に待機する兵士が背筋を伸ばして答えてゆく。

 

 

 現在の戦況は、拮抗の体をなせる瀬戸際。

 交戦しているのは移動中の軍隊も含め総数のおよそ五分の一であるが、だが場所によっては戦力の偏りがあり、損耗激しく後詰めがもう無い戦線も出始めていた。

 

 そしてこれまでの激戦で潰えた兵は、夥しい数に上る。

 被害は甚大であり、人魔大戦の比ではないほど生命を散らしていた。

 

「報告にあった白装束についてですが……無視して構いません」

「は? ……いやですが、味方どうか不明瞭な集団を放置には……」

「あれは味方です。神言教が保障しましょう」

 

 各地の戦場で戦線崩壊の危機に陥ったとき。

 何処からともなく白装束の一団が現れ、圧倒的な戦闘力で周囲の翠魔を殲滅して気が付いたときには戦場から跡形もなく消えているという。

 

 その集団にダスティンは心当たりがあった。

 そして彼らを率いていた、白い少女の存在に小さく感謝を捧げる。

 

 ──ご助力、感謝いたします。

 

「人族連合軍に魔族軍……共にこの苦難を乗り越えましょう。我々人類が、生きるために」

 

 たとえ些細な違いでいがみ合うのが人類の悪癖だろうと、時には己や世界を滅ぼす災厄には主義主張を超えて団結出来るのもまた、人である。

 それが一時的なものであったとしても、団結できたのは事実なのだから。

 

「──サジン、居るのでしょう?」

「ありゃ。なんで爺にはいつも見破られるかなー」

「勘ですよ。長く生きていれば分かるものです」

「んな馬鹿な」

 

 すぅっと隅から滲み出るように、かつて草間忍という名だった少年、サジンが現れる。

 そしてダスティンの前まで音もなく歩くと、膝をついた。

 

「なにゆえ戻ってきたのです? あのまま転生者たちと戦っても宜しかったですのに」

「じょーだん。俺程度が混じったところで、高が知れてるつーの」

 

 サジンが戻ってきたのには理由があった。

 彼の生まれは神言教の暗部、その幹部にあたる存在が父親だった。

 そのせいか、あるいはお陰か、赤子の頃より早々に転生者だと発覚し、エルフの魔の手が伸びる前に厳重にダスティンが保護していた。

 貴重な人材を無駄に遊ばせるはずもなく彼には厳しい暗部の訓練が課せられたが、今となってはサジンはこう思う。

 

 ──けど、他の転生者の境遇を聞いちゃうと、それでも俺は恵まれてたんだなー、と。

 

 神言教に保護されていなければ、エルフの連中に監禁されていたのだから。

 あのような生活、とても自分には耐えられそうにない。

 

「なんていうか、気付いたんよ。爺には一応恩があるってさ。世界の命運なんか関わりたくねーし今でもトンズラこきたいけどさ、爺に恩を返さないで消えんのは筋じゃねーだろって」

 

 軽口めいた言い方だが、籠められた想いは真摯な感情だった。

 彼は彼なりに、義理と使命を果たすべく戻ってきたのだった。

 

「報告しますッ! 内陸部にも翠魔が空間転移で現れたと!」

「数は、場所は?」

「今のところ、各国の王都など大都市のみで確認され、数も十数匹ほどの少数だと」

 

 血相を変えて来た伝令のその報告に、ダスティンは唸る。

 どの国も前線に兵力を送り出している。

 しかし大きな都市であれば、幾分かは治安維持要員として兵士も残してあるだろうから、即刻に都市が壊滅するなどという事にはならないだろう。

 だが──放置すればするだけ無辜の市民が犠牲になりかねない。

 

「サジン」

「言いたいことは、なんとなく分かったさ」

 

 このようなときこそ、暗部で培われた訓練と経験が役に立つ。

 

「では暗部の人員へ伝達、彼らには内陸部都市の援護をお願いします」

「あいよー。まぁー受けた恩の分くらいはしっかり戦うさ。死なねぇ程度に」

 

 再び、陰と同化して姿が見えなくなるサジン。

 数秒前まで彼が居た場所を眺め、ダスティンは背もたれに倒れ掛かりながら呟く。

 

「……私の役目も、終えられるのでしょうね」

 

 老いし者は去り、次の世代が未来を紡ぐ。

 まだまだ未熟なれど、理想に燃える輝きに託してみたい。

 

 あぁ素晴らしきかな人類よ。

 絶望が氾濫する地獄の底であろうとも、希望はある。

 女神よ、感謝を。邪神よ、我らは負けぬ。

 

 ──人類に栄光あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に翼を拡げて静止する巨大な黒龍。

 まるで黒曜石の鉱脈をそのまま剣にしたような、鋭く玲瓏な体躯が地上を睥睨(へいげい)する。

 

『サリエル……』

 

 微かな感傷を喉で転がしながら、ギュリエディストディエスは高空に鎮座する。

 龍化して拡大した知覚器官は、地上の多くを捉えていた。

 

 海岸線に沿って展開される生存戦線。

 人族に魔族、種族の別なく戦うことを選んだ勇士たち。

 石と木と鉄を組み上げた都市。

 教会や避難所に集まり、傷付いた人の手当てをする男や煮炊きをする女。

 自然と共にある農村部。

 遠くの空を見上げながら不安げに祈る農民たち。

 

 彼女が守りたかった、人類という存在たち。

 

『なんでお前が守っていたのか、これだけの時間が経ってようやく分かったよ。

 好きなのだろうな、こんな光景が。

 未熟な人類だからこそ、思いやりや勇気を示したときが何より喜ばしいのだと』

 

 無論、善性だけとは限らない。

 むしろ悪行愚行のほうが全体から見れば遥かに多く、嫌でも目についてしまう。

 

 自棄になって凶行に走る人もいた。

 無気力になって投げやりになる奴がいた。

 絶望して生命を絶った者もいる。

 

『それでも……なのだろう?』

 

 己も分かるよ。

 人として同じ目線で暮らし、幾つもの人生を体験してみて理解できた。

 今の分体である、ハイリンス・クォートも同じことを思うだろう。

 

『ならば──俺も守ってみせるさ、この世界を!』

 

 瞬間、空間支配能力で捉えた翠魔の数々。

 その全てが──空間断層に原子の単位で断ち切られて輪切りとなった。

 

『こんな俺でも……舐めてくれるなよ、魂なき人形め! かの翠のを侮辱するその姿。一匹余さず刻んでくれよう────我が名はギュリエディストディエス! 

 かの翠の少女に救われ、捧ぐべき女神への愛を取り戻した、忠義の黒龍としれ!』

 

 黒曜石の如き巨躯に決意が宿る。

 黒き龍神は空間を越えて、未熟な人々をただ守らんとするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か彼方の空に見えたそれは、流星のようであった。

 疾く、鋭く、超々音速の速度で飛翔する銀の尾を描く光。

 

 高度な機械を作れなくなった今の世界では、人が到達方法を失った絶空の領域。

 

 空気が薄く、極低温と低酸素が支配する場であろうとも、そのような人の住めぬ世界こそが己に相応しいとばかりに、悠然と光は舞い踊る。

 

 いや、本来はもっと遥かなる宇宙(ソラ)の秩序のために駆ける流れ星だったからこそ、大地に縛られていた今までが異常だったとも言えよう。

 

 機械仕掛けの翼から光を放出し、天空を舞う秩序の使い。

 無機質な瞳が捉え誅戮するは、世を混沌に乱す堕ちた神の姿。

 

 ──天使。

 彼女サリエルを示す種族名は、それである。

 

「残存エネルギー、二割。エネルギー節約のため近接戦闘へ再度移行。撃滅を開始する」

 

 宣言と同時に、両手の甲から光刃が発振する。

 その次の瞬間、爆音と暴風が吹き荒れた。

 

 目にも留まらぬ速度で、空を高速飛翔する銀の天使。

 鋼の翼からフレアを噴出させ、さらなる加速をしながら(はげ)しく眩しく燃焼する。

 

 その軌跡が通過するたびに、翠魔が次々と両断されては墜落していく。

 弧を描く蒼白い光が、空を裂く。

 月光のような淡い光であるというのに、光が内包した威力は死そのものだった。

 

「────」

 

 黒い影が群れを成して、サリエルが一瞬前居た場所を横切った。

 サリエルの存在を危険だと判断したのか、翠魔が狙いを絞って追い駆けてきていた。

 

「脆くとも、攻撃性能は十分危険。接触は厳禁ですね」

『ジィイイiaァァaアアッ!!』

 

 まるで黒い蛇のごとく、流動しながら突撃を繰り返す翠魔。

 周囲の戦場からも集まり、 目視で計測したその総数は一万九百二十二にも膨れ上がっていた。

 

「近接、接触の危険。射撃、非効率。大規模殲滅魔術、エネルギーの消耗が激しい──では、アレでいきましょう」

 

 大きく高度を上げて、サリエルが天に向かう。

 その最中、腰を覆うパーツが展開していく。

 

申請(オーダー)──

 聖なる天使の一人サリエルの名において、魂魄に対し罪を犯す者に神の裁きを。

 コード、死眼天月(レタリス)──承認求ム」

                 ────■■■■■(シンセイヲジュダク)

 

 追い掛ける翠魔。

 しかし、圧倒的な速度差でみるみるうちに距離を離され、見上げるだけになる。

 そして成層圏すら突破し、高度上昇を続けたサリエルは翠魔の直上、数千メートルの位置で停止していた。

 

 展開するパーツは、細い弧から三日月へ、そして()()()()()()を形作る。

 機械仕掛けの新たな銀月が、空に月光を妖しく反射した。

 

「  制約解放(release)── 《其は神の命令、死眼天月を司る者( Type:Sariel mode Executioner )》   」

 

 その瞬間、世界は月光に覆われた。

 

 抵抗する余地もなく、サラサラと灰へ崩壊していく翠魔。

 見上げた天には、天空より見下ろす巨大な瞳が浮かんでいるのであった。

 

 幻月環、月暈(つきかさ)、エンジェルヘイロゥ。

 そのような言葉が連想される、虚像として空に映し出された月の邪眼。

 その月の邪眼が視線を動かす度に、翠魔は次々を灰に帰すのであった。

 

 サリエルの背に浮かぶ鋼の銀月。

 それから投射された邪眼こそ、彼女の()()()()であった。

 

 単騎で、大陸一つを丸々カバー出来る戦闘力。

 視界の届く範囲全てこそが、殺傷圏内。

 そして鋼の銀月の向こう側は世界の根源と繋がっており、そこから制限付きではあるが無尽蔵のエネルギーを引き出して術を長時間展開し続けるのも可能であった。

 

「──駄目ですね。定格の半分も発揮できていません」

 

 そうぼやくサリエルの顔に、冗談の色は感じられない。

 これでも大幅に弱体化しており、そもそも格上には全く通用しない戦法だと彼女は言う。

 

「まぁ、これでもこの相手には問題無いでしょう。稼働限界まで、さぁ踊りましょうか」

 

 月の女神の邪視が、魔性を睨め尽くす。

 神の命により、魂の運行を穢すものに裁きを下す。

 

「たとえ弱く儚き、真昼の月のようなものであろうとも。

 確かに其処には存在するのですよ、私が愛した世界と人が」

 

 ──だから、守ってみせる。

 

 天に煌めく、月の法。

 地上に向けて微かに微笑んで、女神は空を舞い続けた。




次話:翠魔レルネー ─2─
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