【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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翠魔レルネー ─3─

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』

 

 絶叫が上がる。

 九つの首が集積する胴体部分まで届いた斬撃は、中央の首を唐竹に斬り裂いた。

 傷口は赫々と燃え上がり、それは他の首まで伝播して少しずつ翠魔レルネーは炭化していく。

 

 穢れは炎に浄化され、灰は海へと溶けてゆく。

 濃密な死の気配は力強い熱波に置き換わり、肌をヒリヒリと焦がして吹き抜けるだけ。

 重々しく崩れ落ちる九頭龍を見ながら、彼らは呆けたように言葉を零した。

 

「やった……?」「これで」『終わったの?』

 

 疲労に膝をつくカティアは呆然と何も無くなった波紋を立てる海を眺め、ユーリは緊張が切れたのかフラリとへたり込む。

 牙を突き立てていた龍頭も灰と化し、苛んでいた死滅の毒も消えて自由になったフェイは、翼を一度大きく揺らし静かに浮かんでいた。

 

「──勝てたのか?」

 

 本当に? 

 これで終わりなのかと疑心が湧き続けて止まらない。

 

 皆、死力を尽くしていた。

 幾度も生と死の境界線に触れて、か細い奇跡を掴み取った結果こそが、今しがた翠魔レルネーが消滅していく光景だというのに。

 

「──いや。まだ終わってない、気を抜くなみんな!」

 

 そうラースが叫んだ瞬間──世界が小さな脈動を刻む。

 

 最初は静かに微かに……けれど徐々に大きく重く、膨れ上がる狂の思念。

 秒単位で増す圧迫感に、心臓を握り潰されるかのような恐怖が再びせり上がる。

 

 白波荒れ狂う海面に黒い影が像を結び、そして──

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■────!!!!』

 

 海を粉砕し、これまでと比べ物にならないほどの叫び声と共に、再誕の産声を上げる。

 灰となって焼失した肉体も寸分違わず再生し、以前と変わらぬ無傷の威容で現れた。

 そして、不死身であるとばかりに幽世の九頭龍は嘲りを漏らし、歪な牙を軋らせていた。

 

「なっ……どうしてッ」

「嘘でしょ、あれだけダメージを与えたはずなのに……」

 

 その問いに、一番間近で()()を目撃したラースが答えた。

 

「コアだ! さっきの頭は本体じゃないっ。コアの部位は腹の底だ!!」

 

 先の一撃の際、閃光に目を眩まされながらも微かに見えたのだ。

 水深何百メートルもの奥。

 海底と接する半ば消し飛んだ胴体の真芯の場所にて、丸まる小さな蛇龍。

 首後ろに伸びる八本の角と額の一角、真の九本角の龍。

 その輪郭を。

 

 海上に見える龍頭を幾ら消し飛ばしても意味は無い。

 なぜならあれは実際のところ、ただの手足の類いにすぎないのが真実。

 本当に重要な生命機関は海中の奥深く、そこに隠されたコアを叩かないかぎり、翠魔レルネーは活動を決して止めぬのであった。

 

「くそッ、僅かに届かなかったのか!?」

 

 奥歯を噛み、憎々しげな顔で悪態を吐くラース。

 その彼は、ふらつきながらなんとかフェイへと着地し膝をつく。

 そして彼の状態を視認したシュレイン達は、思わず溢れそうになった悲鳴を呑みこんだ。

 

 特殊スキルの反動で全身重度の大火傷であり、もはや姿勢を保つのもやっとの状態。

 特に絶刀を放った両腕は漆黒に炭化しており、肩口も肉が焼けた香ばしくもある臭いと共に溶け出した皮下脂肪と茶色くなった筋肉が露出している酷い惨状。

 炎刀も完全に融解して原型を失い、右手に層を成してへばりつき固着している。

 魔力も精魂も尽き果て、とてもではないが再び戦うなど不可能な有り様であった。

 

「ユーリ!」

「わかってる! けど、治りが遅い……ッ」

 

 ユーリの奇跡魔法は、正しく発動している。

 けれども特殊スキルの反動は魂を削り、閻魔はその中でも特に対価が重い。

 魂が重度に傷付いたからこそ、そう簡単には傷が治らないのだ。

 むしろ遅々とした速度でも回復に向かっている事こそ、いかにユーリの真摯補整込みの奇跡魔法が優れているかの証明であろう。

 

『みんなぼさっとしない! 来るわよ掴まれッ!』

 

 滅光のブレスが降り注ぐ。

 復活によって暴走しているのか、襲いくる猛攻は以前よりも数段桁が違う。

 横殴りに飛んでくるそれらを、フェイはヒラリヒラリと躱しながら、付かず離れずの距離で翠魔レルネーの周りを周回しだす。

 

「これは……ッ」

「ええ、見間違いではありませんわ」

 

 高速で舞うフェイを追いかけ回す、滅光のブレス。

 その威力は絶大のまま、僅かにだが溜めに掛かる時間が少しずつ短くなってきていた。

 科せられた制限が解けていき、天井知らずに回転率が上昇していくのが感じられる。

 さらに──

 

『くッ』

「上からも!?」

 

 予想外の位置から飛んできた黒い光。

 それは頭上の暗雲の中から落下してきており、その正体は自身の身体で此方を狙えない対角線上にある龍頭が、弓矢の曲射のように空に向けて撃ち拡散させた滅光の雨だった。

 

 カティアの純潔の結界によって上空からの攻撃も防げてはいる。

 だが、すでに術者の方が限界を迎えようとしていた。

 

「ごふッ!? ごぼ、うっ、ぐぅぅぅ……ッ!」

「カティア、血がッ!?」

 

 手で抑えるも、口の奥から滝のように溢れて止まらない血。

 ラースのそれみたく極端な反動では無いものの、カティアもまた戦闘開始から今までの長時間の特殊スキル込みでの純潔の展開でついに臓腑が弾け、逆流した血が喉に絡まり沸騰した薬缶のように呻く。

 

 それと連動するように、チカチカと不安定に揺らめきだす結界。

 その一部、密度が薄くなり本来の強度を失った部分に滅光が突き刺さり、一瞬の後パリンという乾いた音を立てて貫通した。

 

『づ、あァァァッ──!?』

「フェイさん!」

 

 純潔の結界を貫通した滅光は、フェイの右翼の後ろ三つをまとめて貫徹し、血に濡れた白桜色の羽根が花びらのごとく散る。

 すぐさまユーリの癒やしの魔法が傷口を覆う。

 そのダメージは特殊スキルによる自傷ではないので、ユーリの治癒にすぐさま再生していくが、翼という飛翔に関わる部位を攻撃されたことで重心が傾き姿勢がぐらついてゆく。

 

『やば──』

 

 ほんの少しの間、動きが制限された。

 バランスを立て直すのに数秒も掛からないが、そのたった数秒が致命的な隙となる。

 

 ──無数の滅光が虚空を駆け迫る。

 鋭く、速く、不規則に、ぞっとするほど煌びやかな死の光雨。

 それを回避する手立ては、彼らには何処にも無かった。

 

「──ぁ」

 

 死を確信する。

 認識がそれ一色に染まり、ただ心臓が早鐘を打つ音だけが耳に響く。

 時間間隔が引き伸ばされ、やけにゆっくりに感じる死を眺めるだけしかできない。

 

 最後の最後で失敗した。

 次の瞬間には、無念も悔しさも感じる暇さえなく、終わってしまう──まさに刹那。

 

 

 

 

「──あーあ。これじゃあ、おちおち寝てもいられないよ。やっちゃえアサカちゃん」

「言われなくても──“退廃”を廻せよ、我が原罪」

 

 苦笑するような軽い調子の声と、気怠げな侘びた声。

 二つの共に何処からともなく現れた灰色の霧が、迫る滅光を遮断していた。

 

 滅光は灰の暗幕に触れた途端、急激に縮小して掻き消される。

 どんな正や負のエネルギーであろうと、時間による風化は全てを(ゼロ)にさせるように。

 灰の中では、まるで恐ろしい速度で時間が進んでいるかのような不自然な消え方だった。

 

 儚い線香花火のように滅光を消滅させて食い止める灰の暗幕。

 それが分厚い壁となって、シュレイン達を守っていた。

 

「一体なにが……?」

 

 疑問を漏らすシュレインの前に、小さな影が映った。

 

「魔王アリエルちゃん、ピンチの勇者クンに助っ人を連れてきたよっ──なんてね」

 

 翠魔レルネーとシュレイン達との間に、ニヒルに笑いながらウインクを飛ばすアリエルが現れていた。

 

「よっ、手こずってんな。手を貸すぜ……アサカが」

「あんたは流れ弾を警戒するのに集中っ。()()、維持するのも結構キツイんだから」

 

 そしてその近くに、龍に乗るクニヒコとアサカの二人も。

 なぜか、アサカの顔は病人めいた白蝋に染まり、ドス黒い隈が目元に浮き上がってはいたが。

 沈鬱な気配と今にも死にそうな()んだ表情に、“怠惰”という二文字が連想された。

 

 さらに──

 

「ハッ! シュン、お前それでも勇者かよ! 見せ場無しで死ぬのは、ちたぁやる気なさ過ぎるんじゃねーのかぁ!?」

「同感ね。でも、私らが回復するまでの時間を稼いだこと、褒めてやっても良いわよ!」

 

 海面スレスレから強襲した二つの影が、レルネーに急接近して駆け上る。

 そして、炸裂した鉄拳と大剣が龍頭を強烈に殴打して、身体をくの字に折れ曲がらせた。

 ユーゴーとソフィア、二人の魔人の参戦が戦の天秤を強引に揺らす。

 

 シュレイン達の奮戦で、レルネーに対して有効な攻め方を二人は知っている。

 四肢五体の打擲(ちょうちゃく)が、大剣の背を叩きつける破砕が、身を削らずにダメージのみを与えていく。

 僅かに飛散する破片さえも、獄炎と氷獄に舐め尽くされ凝集するまえに無力化された。

 

 ゆえに攻撃への反撃も起こせず、口から放たれる滅光はあらぬ方向へと逸らされ虚を穿つのみ。

 戦況が少しずつ押し戻されていく──だが。

 

『──■■■■、■■■■■■■■!!!!』

 

 それがどうしたとばかりに、九頭龍は咆哮する。

 所詮、面倒な羽虫が二匹増えただけ、一度に対応できるのはせいぜい二つの頭だけだ。

 幾ら強かろうと人間大の規格を出ない以上、まだ自由に動ける龍頭は沢山ある。

 

 ユーゴーとソフィアの活躍はたしかにレルネーを抑えるのに一役買ったが、全ての行動を止めるには至らない。

 よって止めきれぬ龍頭が破壊を振りまこうと、顎門の奥に昏い光を湛えだした、その時──

 

「“自失”へ酔わせよ、我が原罪」

 

 甘ったるく酩酊しそうな、実際酔いの喜悦が溶けあう声色が謳う。

 あらゆる存在の精神防壁をグズグズに溶かして酔い痴れさせる、傾城傾国の一顧が。

 

「──“口を閉じろ、蛇”」

 

 囁きは脳髄が溶けそうなほど甘いのに、言葉は何処までも醜悪な悪意と殺意に染まった一声で、翠魔レルネーは弾け飛んだ。

 

 発射直前なのに顎を閉じて自爆したもの、硬直して停止したものの制御を失い喉奥で炸裂させたもの、神経に電極でも刺されたように痙攣するものまで。

 突如の理解不能な現象に、混乱したかのように翠魔レルネーが震えていた。

 

「この声、スーか!?」

「はい、おにーさまぁ♪ あなたの妹のスーが活躍するところ、とくと目に焼き付けてください」

 

 寝所で睦言でも語っているかのように、誘うように両手を広げているスーレシア。

 まるでメッシュやインナーカラーのように、水色の髪に艶やかなピンクが入り混じり。

 艶やかに紅潮した頬と濁った瞳が、桃色に惚ける魔性の笑みを浮かべていた。

 

「いいかげん、お遊びに付き合っている暇はもう無いの。穢らわしいブツを晒す塵に一時も関わり合いたく無いの。だから聞き分けのない獣には、もっと直接的に言ったほうが理解してくれる?」

 

 そして、更に命じる──今も自壊し続けるレルネーへと。

 

「“自害なさい”」

 

 声が響いた瞬間、劇的な変化が現出する。

 レルネーの龍頭の三分の一が内側より破裂し、三分の一が共食いを始め、三分の一が命令と抗う意思との鬩ぎ合いで鱗と筋肉を断裂させながら硬直する。

 先程よりも、より強い強制力と拒否反応が、翠魔レルネーの肉体を自ら破滅させていた。

 

「色欲──洗脳と絶対命令の力。これがそうだと言うのか」

『……えげつないわね』

「今のところ、私たちに向けられていないのが幸いですわね……」

 

 それを目の当たりにして、カティアら女性陣は背筋が震えた。

 アレの矛先が、もし自身らに向いた時の恐ろしさと凶悪さに。

 

 新たに参戦した、彼ら彼女らの獅子奮迅。

 それにより生まれた、絶好の機会。

 

「さぁ、往くんだ勇者クン! 勇者剣で再び外側を吹き飛ばし、今度こそ確実に仕留めるぞ!」

 

 アリエルの叫びが、シュレインを衝く。

 今こそ王手を掛ける、最後の瞬間であると。

 

「俺は……、くッ」

 

 そのことも、当然わかっている。

 しかし──不安が拭えない、自分に自身が持てない、勝利の光景を描けなかった。

 戦いの凄絶な激痛に、死の気配に、負けてしまっていた。

 どうしようもないほど弱気な自分に、自己嫌悪が湧いて沸いて止まらない。

 

 何故なら、俺は勇者なんかではない。

 剣を握る手は震え、止まらぬ冷や汗が服を濡らす。

 ここまで来てなお、臆病な餓鬼のままだ。

 

 あの決意は嘘だったのか? あの覚悟はそんなにも軽いのか? 

 

 勇気を奮い起こしても、すぐに恐怖が塗り潰す。

 心の強さを、どうしても保ち続けることが出来ない。

 度胸が足りない、頭が足りない、力の有無など宝の持ち腐れに等しかった。

 凡人が怪物の前に立つという、あまりの圧倒的な恐怖を前にして魂が竦んでいた。

 

「俺は、兄様には……」

 

 悔しくて情けなくて、視界が滲む。

 力なく肩が落ち、俯きかけたそのとき。

 

「しっかりなさい! シュン!」

 

 胸に直接叩き込まれた熱が、懊悩に耽る彼から迷いを吹き飛ばした。

 カティアに胸ぐらを掴まれ、少し痛いくらいに両拳が胸に突きこまれていた。

 

「あなたはお兄さんとは違う、当たり前ですわ。彼は彼で、シュンはシュンです! あなたが臆病なのも卑屈なのも、前世の頃から良く知っている! だけど一瞬でも一度でも、あなたは頑張れるんだって、私はッ……知ってるから! 

 迷いながらでも、悔やみながらでも……シュンは一歩を踏み出すと決意して此処まで来た。私はそれにただ付いてきただけ。自分で選んでいない、一人だったら足を止めていた。弱くて一人では進めないのに、それでもと進んだ姿が眩しいと思ったから、私は一緒に此処まで来たの!」

 

 湧き上がる感情に後押しされるように、カティアはシュンの手を固く握りしめて告げる。

 

「カティア……俺は、そんな考えだった訳じゃ……」

「いいえ、私にはそう見えていた──そう思いたいの。

 弱さも併せ持っての、()()()()()なのでしょう! 

 そして……弱くても立ち上がって勇気を魅せるから、人は輝いて憧れるんでしょう!? 

 私は、それが出来るシュンの姿が羨ましいとさえ思った……信じてる、だから──」

 

 そう言って、不意に抱き寄せられて。

 カティアの顔がゆっくりと迫り、焦点が合わないほど近くへ来て。

 

「──ちゅ」

「っ!」

「「なぁ!??」」

 

 咄嗟に何が起きたのか、理解が追いつかずシュレインは瞠目する。

 背後と上空から、驚きと抗議の悲鳴が響いたのを耳が捉えていた。

 

「──っ、────な、何故とか野暮なことは、またいつかっ! さあ、立って!」

 

 カティアの行動に戸惑いと動揺が湧き起こるが、それをすんでのところで呑み込んだ。

 一度瞼を閉じて、変わりに浮かべたのは柔らかな笑み。

 

「あぁ分かった。往ってくるよ」

 

 お互い目が合う。

 もう大丈夫だ──そう告げる瞳に、カティアは少し赤い顔で微笑んだ。

 

「フェイ、俺を上へ!」

『あーっ私、修羅場なんて知ぃーらないっと! 翔ぶわよ!』

 

 天高く舞い上がる、フェイの身体。

 空よりも高く、天まで届けと、螺旋を描いてどこまでも駆け昇っていく。

 

『小僧、そのまま翔ぶがいい! ──我が汝を支えようぞ!』

「とぉ、べぇェェェッ!!」

 

 首巻きと同化していた光龍ビャクが指示するのと同時に、シュレインはフェイより飛び降りた。

 重力が彼を捉え、風を切りこじ開けながら墜落していく。

 

 両腕で蒼金の剣を硬く握りしめ、九頭龍へと剣先を向けた。

 最大の危機感が警鐘を鳴らして、強引にでも放たれた迎撃がシュレインへと殺到する。

 それを見ながら、彼は避けるでも防ぐでもなく小さく唱える。

 

「──“寛容”こそが、我が美徳」

 

 シュレインの身体が、滅光の中へと消え去る。

 その光景は、彼が髪の毛一つ無く消滅してしまったかに見えた。

 だが──

 

「っ──く、うおおおおォォォッ!!」

 

 僅かな綻びや擦り傷さえないシュレインが、連続照射の限界で消えた滅光の中から現れた。

 

 寛容、それは受け入れること。

 全てを寛容するとは、あらゆる物事を受け流し受け入れたりする事も、自由であるということ。

 そのため一時的にその場に居て何処にも居ない、透過状態へと変化する事こそが寛容という特殊スキルの力であった。

 

 破壊の嵐を無視し、大気さえ透かして空気抵抗を無くして加速しながら墜落する。

 そうして、空間に散らばる闇を輝ける刀身で照らしながら──思う。

 

 

 

 

 ──この世界はゲームのような、命が軽い世界であることを、求められている。

 

 全ては、この星の過去の人々が起こした、罪過に拠るもの。

 人の罪で滅ぶはずだった星が、女神の献身によって生き永らえた、この世界。

 その償いとして、この星に住む全ての生き物には、殺し合いを要求されていた。

 スキルを育みステータスを伸ばし、そうして鍛え上げた魂を、星のために還元する。

 

 人と魔物との殺し合い、人同士での殺し合い、魔物同士での殺し合い……

 野盗被害、頻発する戦争、人族と魔族、勇者と魔王。

 それらに巻き込まれて、死んでしまう人々……

 

 世界は、死に満ちている。

 この世界では死ぬ事こそが求められる法則なのだから、死は誰しも身近にあるものだ。

 死んで償え、そのために生きて死ね。

 それこそが、この世界の真理。

 

 けど、だからといって悲劇を容認していい世界では無いだろう。

 こんな俺だけど、この世界にも幸せってあるものだと信じている。

 

 複雑だけど暖かな家族に恵まれた。

 二度と会えないと思った友達に、また出会えた。

 こんな俺にも、好意や信頼を向けてくれる人たちがいる。

 ──そして、優しくも強くて輝かしい、兄がいた。

 

 これが俺の幸せで、万人にはそれぞれの幸せがあるだろう。

 こんな世界でも、何かしらの幸福というものが必ずあるはずだ。

 人ならば誰しも、いいや全ての生物にだって、幸せを願いそれを噛み締める自由があるはず。

 

 俺だって人間なんだよ。

 ちっぽけで暖かな、些細な幸せを追い求めて何が悪いと言うんだ。

 生きてこそ、幸せは抱ける。

 その前提のために、もう一度始めるために、俺は──

 

「勇者剣よ! これが最期の戦いだ! 俺の願いに応えてくれッ!!」

 

 煌めきを増す無垢なる刃。

 祈りに呼応して、澄んだ音と波動が闇を祓いながら広がっていく。

 

「命が軽いだなんて言わせない。贖罪をしなければならないとしても、殺し殺されが全てでは無いだろう。誰かを殺すことが償いだと言うのなら、それじゃあ新たな罪が生まれるだけだ。

 殺しなんかしなくても、魂を鍛え上げた果てに老衰で死ぬ、それでいいじゃないか。

 血塗られた魂を捧げられるよりも、練磨された輝ける魂を。それこそを神様が望んでいるのではないのか、って」

 

 俺たちの血と死の宿業は、終わらせるべきだ。

 人は、自らの足で寄り添いながら歩んでいけるものだから。

 天の加護も、邪神の愉悦も、全部全部もうたくさんだ。

 神頼みなど、ただ見守って欲しいという願いだけで充分。

 

 お人好しながらも王として慕われていて、光輝く星のようだったシリウス父上。

 勇者として理想に殉じながら光を示し、最期には女神の元へ旅立ったユリウス兄様。

 その血と想いを引き継ぐシュレインとして、俺は世界を救うことを願っている! 

 

 そのとき脳裏に浮かんだのは、前世で神社にお参りに行った時の記憶。

 そこで聞いた、祈りの言詞。

 

 愚かな心を戒めて。

 人々の罪穢れを脱ぎ()らし。

 世界の病災(やまい)をも立ち所に祓い清め給えと──祈願(こいねがい)奉る。

 

 自分が何故、そのようなことを口にしているのか分からぬまま、シュレインは墜ちる。

 

 忘我の境地にあるシュレインは、二つの手が肩に添えられた気がした。

 皺くちゃながらも暖かな手と、武骨ながらも優しい手、それは──

 

 ──頑張るのじゃぞ、シュレイン。

 ──シュンなら出来るよ、だって僕の自慢の弟なんだから。

 

「────ァァッッ!!」

 

 空に水滴を零しながら、叫ぶ。

 この一振りに全ての想いを籠めて。

 

「遍く煌めき、この刃に集え。俺たちの世界を守らんがために」

 

 其れは、光。

 其れは、希望。

 其れは、人を守りし勇者の剣。

 

「  ──世界の敵を穿て、勇者剣(エッジ・オブ・ブレイバー)ァァッ!!!!   」

 

 御柱の如く、天と地を穿つ極光の柱。

 聖なる銀の光が、狂気に穢れた禍津の龍神を浄化していった。

 

 

 

 

 けれども、まだ──

 コアは砕けてはいなかった。

 海底にて胎動する、小さな蛇龍が瞼を開いて蠢きだす。

 

 しかし、今のシュレインがトドメを刺せる武器は無い。

 すでに勇者剣は、光の塵へと分解されて消えかけていた。

 ならば、新たな刃が必要であった。

 

「受け取れぇぇ、シュン!!」

 

 雷光の如き速度で、飛翔する長刀。

 蒼き稲妻を纏うその刀は、友へと贈る己の魂に他ならない。

 

「あぁ──ありがとう、京也ッ!!」

 

 受け取った反動で旋回し、勢いで鞘を飛ばして抜き放つ。

 手より伝わる痺れるほどの熱さを握り締め、籠められた想念に同調していく。

 

 ──尊敬と誇りは、雷鳴のように。

 この刃は、尊敬した背に追いつくための光を照らす。

 

「さあ、終わりにしよう」

 

 心の中で、二礼二拍手一礼。

 

 いざ閉幕のとき。

 贖罪の輪廻も、終末譚も──望まれぬ物語には、エンドマークを付けて区切りにしよう。

 

 小さな蛇龍は、もはや迎撃は間に合わないと判断して噛みつきを選択する。

 そして顎門を開きシュレインを噛み砕こうとした瞬間、ある物が目に映った。

 

 彼の首に巻かれた白い首巻き、その端で翻る翠色の翅が。

 

 縦の瞳孔が丸く開き、混乱したように動きが鈍り硬直する。

 その僅かな時間でシュレインは最後の距離を越え、蒼雷の刀を突き出した。

 

「いっけぇぇええええぇぇぇェェッッ!!!!」

 

 核たる蛇龍を穿つは、瞬く天雷刀。

 隕石の如く、光の軌跡を描き落下の速度を乗せてコアを貫いた。

 閃光を導く雷が、奔流を撒き散らしながら炸裂する。

 そしてついに、幽世の九頭龍を再誕できぬほど木端微塵に浄滅させたのだ。

 

 

 

 

 ──大陸各所、分解され灰となりゆく翠魔。

 荒れ果てた大地に、空から陽の光が地表を照らし始めた。

 人々は剣を下ろし、空を見上げる。

 

 今度こそ、そう今度こそ本当に終わったのだ。

 目も眩む光に包まれながら、地表より闇は祓われ消え果てるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()が、近いな……」

 

 ぽつりと、瞼を閉じて仰向けに倒れているアリエルが呟く。

 つぅーと、静かに口端から血が流れる。

 

 大迷宮の奥底で今も戦っているだろう白い少女のことは気掛かりではあるが、もはや余力も命もほとんど残っていない。

 無理を押してユーゴーやソフィア達を連れてきただけで、精一杯だったのが実情である。

 外見上は無傷に見えても、内側は自壊一歩手前の瀕死だった。

 

 此処にいる彼ら全員、皆似たりよったりな有り様。

 もうこれ以上は、参戦もなにも不可能だろう。

 先ほどの戦いにて己の舞台は終わったのだと、誰もが感じていた。

 

「素直にいきなよ、白ちゃん。君の良いところは、そんな自由奔放さだろう? 

 躊躇うな、進め。さっさと終わらせて帰ってこい……待ってるからさ」

 

 何もかも見届けると誓った。

 だから此処から先は、誇らしさと共に彼女に託そう。

 今帰ってゆく翠の光に龍と妖精を幻視しながら、祈りを託して言葉が溶けていった。




次話:苔よ森よ、真理たれ
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