そして──
何も無い、真の虚無。
されど遍く全てが満ちる、森羅万象の彼方。
最果てに侵食され溶けゆく身体を感じながら、意識さえもどんどん希釈されていく。
まるで水へと溶けてしまう砂糖のように、その果てへと混じり合う。
足先から分解され、残っているのは胸から上だけという有り様。
苦痛を感じることさえ、もはや通り過ぎている。
視界に映るのは銀河のような光の渦だけで、その中へとゆっくりと引き込まれる。
けれど──怖くはない。
虚無の中で唯一確かな、抱きしめたこの小さな身体の熱があるかぎり──私たちはまだ翔べる。
──再構築完了。
だから、さぁ──魅せつけてやろうよ、コケちゃん。
──うん、勿論。お待たせ白ちゃん。
「「だから、
それを伝えに行こう──全ては、そこから始まったのだから」」
蜘蛛の巣で石を吊るような無謀でも、やってやらなきゃ届かないんだから。
越えてみせよう、思惑も予想も何もかも──
──此処からは私の番。
白ちゃんが繋げてくれたバトン、必ずやり遂げてみせるから。
さぁもう一度。
天に廻れ、私たちの星──あの捻くれた寂しがり屋さんに、この想いを伝えにいこう。
「 暗闇の世界は移り変わり、再びあらゆる花々が色彩豊かに咲き乱れる時が来る。 」
告げるは、再誕の宣誓。
「 嘆きの季節は、春の陽射しで雪解けを迎えた。
実りは芽吹き、瑞々しき翠と綾なす花束で大地は覆われる。 」
それは、誰もが生を謳歌できるようにと
生命を繋げていく、その当たり前を大切だと思うからこそ二人の星は姿を変える。
愛情と信じる想い──その受容の環には、闇さえも例外ではない。
「 遊び戯れ手を伸ばし、多彩な花々を愛でましょう。
クロッカス、アイリス、ヒヤシンス。薔薇の蕾に、百合の花……、そして水仙。
花冠を贈ろう愛しき貴方へと。
この星には様々な
どれも華々しく綺麗で輝いており、そして陰では汚さや醜さだってあるのも理解している。
星を壊したのもそんな自分勝手や不条理であること、嫌いだけど認めよう。
でも決して、マイナスだけを見ていいものでは無いのだから。
そんな愚かさでも、この世界へと繋げ──今の世界なりの綾なす煌めきがあるのだから。
「 ならば愛しき、“真理”を教えてくれた翠の乙女よ──貴女を守る
煌めく真実最高の未来を、みんなと共に織り上げて。
神々すらも憧れるような
だからこそ、守らせてくれ。
道理、理屈? そんなものに推し量られてなるものか。
正しいだけの正論や、感情だけの否定も、どちらも望んでいない。
私たちがそうしたいから、やる。
けれど、納得できる結末になるのなら幾らでも主義主張など曲げてやろう。
なぜなら──
「 うん勿論、喜んで──私を照らす、白き陽だまり。
誰もが皆、心から愛した者へ。麗しき秘儀は
だって、一人で生きていても寂しいじゃないですか。
どんな細い縁故や、間接的な関係でも、人は人と繋がっているからこそ楽しいのだろう。
語り合い、想いを共有するのは、大切だから。
理解や衝突もまた、他人がいるからこそ────だから闇にも私たちは伝えたい。
「「 ──我らが星に祝福があらんことを。 」」
ゆえに今こそ、もう一つの星を描きだそう。
白き恒星は世界を照らして、闇さえ包む翠星が飛翔する。
そう、二人の願いは──
「
想いを伝え合える、愛しき世界。
光も闇も抱きしめる天廻翠星が、夢幻の果てより感謝を告げるべく再誕する。
「────これ、は?」
冥王は己の身体を包んだ光に驚愕をあらわにする。
虚無へと集束していくはずの闇の縮退星が、止まっている。
それどころか──暗黒の天球へと翠が広がり数多の煌めく花々が闇と調和しながら、新たな星となっていた。
破壊の嵐は、もはや何処にもない。
昏い闇はやがて海となり、舞い散る花びらが銀河のように特異点へと広がっていく。
そして守護星のように星を背にして、白織と翠星両名とも五体無事の姿で佇んでいた。
いや、少し違う──互いの立ち位置を変えた状態で、翠星が両手を重ねて祈り、白織はその背後で両の手指に翠光を絡ませて静かに瞼を伏せている。
纏う光の色彩も、強烈な白光から全てを包み込むような翠緑の燐光へと様変わりしていた。
ただ穏やかで、暖かな世界。
二人が示した宇宙が、
「あの一撃を、あなた達はいったいどうやって──」
確かに、白織と翠星の二人は闇の彼方へと消えたはず。
その感覚に間違いは無いというのに、今起きている光景は予想を遥かに超えた現象だった。
「「──天廻翠星は再誕する」」
二人は誇るでもなく小さく語る。
紡ぎ出した能力は、なんのことはない──白織の神髄と同質のものである。
しかし、特化した方向性が極端なものになっていた。
干渉性、解析能力のみに全特化。
今の二人はそれ以外の素質を全部捨て、代わりに万象への操作編纂に全ての力を集約していた。
これこそ、報恩譚の本当の姿。
恩返しという双方向の願いだからこそ適う、同一神髄のメインサブの切り替え。
結果生まれたのは事象の織り直し、世界を調和へと導く優しさの翠光だった。
「お前に勝てないのは、初めて出会ったときから分かりきっていた。だから、倒すという選択肢は最初から捨てていたよ」
「私と白ちゃんの神髄は表裏一体。気付きさえあれば戦闘中でも到達点を描き出せた。
なら私たちがすべき事は、死なないこと──ううん、死ぬとしても一言告げる機会を作ること。だからこうして、
白織の力が戦うためにあるならば、これは共に生きようと告げるための力だった。
──天使とは、世界が生み出した防衛機能だと言われている。
ならば僅かなりとも、進化によって天使の因子を継承していた翠星は、世界そのものと接続する切符を有している事に他らない。
女神サリエルから天、キメラの血脈から龍。
元は人間であったことから人、魔物に生まれたことから怪物と植物。
そして白織は、太源たるDから魔と闇──そして蜘蛛という地で生きるモノ。
それらの断片を受け継いで混ざり合っていた、翠星と白織。
幅広き因子をその身に宿しているからこそ、二人は世界そのものへと昇華を果たしていた。
だからこそ存在を同一化する事で、世界が持つ力の一端を借り受けられる。
その力は、発現された世界の崩壊という現象を逆に塗り潰して、世界の再誕という概念で押し返すほどの
揺蕩う広大な翅翼。
それは生命溢れる星のように翠に蒼に白金が走って、穏和に煌めきを魅せる。
「でも本来なら、それらは眠ったままの因子で、そんな事は出来なかった。けれど──」
「そこはほら──足りない部分は私が補ってあげて、欠けてる部分も増幅してあげれば良い」
二人はなんでも無いように言うが、それがどれほど埒外の行為であるのか──
永く生きて知っているからこそDは愕然とする。
「ですが、それでも世界を構成する最も重要な要素が不足して──まさか!?」
たとえ二人が生まれからして複数の因子を内包するキメラだとしても、それだけでは世界と合一するには到底足りえない。
なによりこの宇宙を代表する
「今のコケちゃんはシステムから解放された状態だけど、接続は切っていない。つまり──」
「その繋がりからシステムを経由して、“星”とも共鳴しているのですっ!」
次元を隔てた向こう、星と密接に繋がるシステムは高らかに共鳴し唸りを上げる。
たとえ今は空席となっていても、主となった者には粛々と意思に応える。
それにより、あの星に生きる全ての生物の因子が、二人と合一を果たす。
達成される、世界との共鳴と調和。
それを前にして、Dは完全に想定を越えられたのだと悟った。
「くは、はははは……あははははははははははっ!! 有り得ないですよ、そんなの!」
髪をかきあげ、込み上がる歓喜が止まらない。
顔を片手で隠したままのDへと、二人は言葉を続ける。
「私たちが出会えたのは、色々思うところは有るけれどDさん、あなたのお陰だから。
ねえDさん。あなたから貰った翠星って名前、実は結構気に入っているんですよ。
だから、私たちとあなたで今度は──友達になって、みませんか?」
「
そうしたものが素晴らしいというのも、短い蜘蛛生でも良く知っているし見せつけられた。
けれど──私には分かるんだよ。
あんたの真の願いとは、こんな己と対等にぶつかり合える誰かだった。ただ子供のように本気で遊び合えるような、そんな相手が欲しかった。
私からも言うぞ──、一緒に遊んでみないか、この悪友がよっ!」
翠星は、優しく柔和な微笑を湛え。
白織はニカっと茶目っ気じみた笑みを浮かべるのだった。
「はは、ははは…………どうして私を友達などと? 普通受け入れることなど出来ないはずでは。私はあなた達を地獄に叩き落とした張本人であるというのに」
曇りなき清心の言葉に、Dは戸惑いを隠せない。
なぜなら様々な因果は絡まっているものの、全ての中心点である諸悪の根源は己なのだから。
直接的に間接的に行った、他者の気持ちを考えない非道は数知れず。
代理の駒として転生者たちを用意したのも、ただ良い機会だっただけ。
それら全て、己の愉しみだけのために玩弄したことで──このような存在に、普通友達になろうとなど思えるはずが無いというのに。
「そんなの──」
「──たった一つの理由だからだよ」
犠牲者でありながら、友情を願う二人に迷いはない。
嘆きと傷を乗り越えて手を伸ばせる訳を、寂しがりやな冥王へ向けて語りだす。
──この世界に生まれ落ちたこと。
──苦楽を共にした旅と冒険をしたのも。
──自分たち二人が、翠白の報恩譚という悟りを得たのも。
──そう、全ては此処から始まったのだから。
「「
一片の曇りなき感謝が、冥王の胸を衝く。
運命によって紡ぎ逢えた絆は、あなたのお陰だったのだから。
「盛大に惚気おって……」
「お? 羨ましいかい? 独り身さん?」
「チッ──ええ、割りとガチで苛立ちました」
悪態をつくDに、やたら仲の良さを見せつけるようにして煽る白織。
それにますます苛立ちを募らせるが、きっと白織とDの関係性はこういうものなのだろう。
「はい、そこまで。白ちゃんも煽らない」
そこで仲裁に入る翠星。
ただ……仕方ないなぁと微笑しながら白織を止めるせいで、余計に煽っているような気がするのは気の所為だろうか。
「あぁ……これはもうお互い戦いなどという雰囲気ではありませんね────
どこか寂寥を滲ませながら、冥王は静かに呟く。
最後は、誰にも聞こえないように喉の奥で転がしながら。
「でも──決着はつけねばなりません。白織、最後に一つお相手願いましょう」
「あぁ勿論。私も、あんたとは一度こうするべきだと思っていた」
折れた細剣と光の大鎌を構え合う、Dと白織。
けれど、それだけ。
魔術も神髄どれも使用する気配を見せずに、ただ相対する。
「いざ──」
「これで──ッ」
共に惹かれ合うように、自らの脚で駆ける。
これが正真正銘、最後の激突とすべく──死闘の終わりが今決される。
──なぁD。
あんたの孤独、狂おしいほどの虚しさが、今ならよく分かるよ。
そして今、とっても楽しんでいるってことも。
瞳にさ、ほんの少しだけ熱が灯っているの隠せてないぞ。
あんたが退屈になったら、また一緒に遊んでみよう。
ゲームだって、一人より三人のほうがきっと楽しいから。
だから──因縁はこれでおしまいだ。
細剣がDの手より弾かれ宙を舞う。
刃渡りが短くなったことで間合いがズレた斬撃は、
そして、白織は大鎌を放り捨てて拳を握り込む。
「あんたさぁ──ッ」
懐深くまで踏み込んで振るわれた一撃。
鋭い風切り音を纏い、天へと昇る。
「ボッチ拗らせて、傍迷惑な事してんじゃねぇ──よぉッ!」
「────ガハッァ!!」
戦闘の幕引きとなる、拳の一撃がDの真芯を捉えた。
魂を破壊する効果も、異界法則も乗っていない、ただの物理攻撃が炸裂する。
いつだってそうさ。
馬鹿やったり狂気に堕ちてる奴を正気に戻させるには、一発思いっきりぶん殴ってやらねばならないってこと。
そんな単純な理屈で此処まで来ただけなんだよ、私たちは。
万感の想いを籠めた拳が容赦なくDを吹き飛ばし──彼女たちの決着となるのであった。
次話:天廻翠星は再誕する