【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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12 苔VS地龍

 ふわりふわりと音も無く飛び続ける、柔らかそうな翠の塊。

 

 果ての見えぬ暗闇の中を進むのは、緑色をした一匹の魔物。

 幾何学的な模様を描く翅を羽ばたかせ、丸々とした胴体を空中に浮かべ滑るように移動する。

 その頭部では櫛状の触覚が周囲を警戒するようにピクピクと動き、光を反射しない複眼が代わり映えのない暗い洞窟の岩肌を見通していた。

 

 

 はぁ……、ああ言ったけれど心配だなぁ……

 

 蜘蛛子ちゃんと別れて、私は私自身との因縁ある相手である地龍カグナと地龍ゲエレのいる場所へと向けて飛び続けていた。

 

 この二匹の地龍は決まった範囲を縄張りとして、その範囲内から外に出ることは稀であるので、その場所に向かえば確実に居ることが分かっている。

 なので、その縄張りの中心に向けて移動している訳だけど気分は落ち込んだまま、なかなか元に戻らなかった。

 

 ……今は蜘蛛子ちゃんの心配より、自分のことに集中しなくちゃ。

 

 頭を振って、気持ちを切り替える。

 さすがにこんな状態では、勝てるものも勝てなくなりそうなので、これからの戦いに向けて意識を整えていく。

 

 魔力の感知と操作は問題無し、ステータス増強系のスキルも十全に起動中、並列意思による思考拡張も安定して同期している……

 

 あとは……覚悟だけ、かな。

 

 しかし、その覚悟がなかなか決まらず、ウジウジと気持ちを迷走させながら私は飛んでいた。

 そしてもう少しで縄張りの端に到達するといった所で、とある集団が感知に引っ掛かった。

 

 これって……

 

 もう少しで到着するというのに、進路を変えて高速で飛翔していく。

 感知したその集団——というか群れは、憶えある気配ととてもよく似ていて、逸る気持ちを抑えられずに限界まで加速した。

 

 そして結構な距離を飛び続け、ようやく目視できる距離まで近づくと、懐かしい緑色の塊が複数密集し、ゆるく隊列を作って進んでいた。

 

 急停止を掛けるものの勢いが付きすぎており、止まれない。

 少し距離をとって確認するはずが、だいぶ近い距離まで進んでしまい、ほんの十数メートルしかない距離で、私とその群れは向かい合った。

 

 羽ばたきを数回、勢い余ってバランスの崩れた姿勢を立て直す。

 そしてその緑色の群れ、つまりコケダマ種の群れを確認すると、どうやらこの群れは私が元いた群れとは違うみたいだと、ようやく気付いた。

 しかも私は元のコケダマ種から大きく進化して、まったく違う見た目になっているのだから警戒され攻撃されるかもしれないと今更ながら気付き、じっと相手の出方を伺ったけれど、その群れのコケダマたちはどうにも変な反応をしていた。

 

 警戒はしているけれど敵意というものは無く、なんとなくだけど困惑しているような気配を感じられる。

 そして群れの前方に並んでいたコケダマたちが甲高いキューキューといった鳴き声を上げると、それに合わせて群れ全体から同じような声が無数に響き渡った。

 

 その声には私も困惑して何をどうするべきか迷っていると、前方にいたコケダマたちが左右に別れ、奥から群れのリーダーらしき巨大なコケダマが現れた。

 

 私と群れのリーダーであるコケダマが向かい合い見つめ合う。

 そして何かを伝えようと、リーダーのコケダマは大きく一鳴きした。

 

 キュォォォオオオオォォオオォォォォンン…………

 

 その声は洞窟を反響して遠くまで響き渡り、至近距離で浴びた私の感覚器官を揺らしに揺らして、少しその場から吹き飛ばされた程だった。

 

 キーンとしてグワングワンする頭を押さえながら再びリーダーを見ると、何かを訴えているように見えた。

 

『……ごめんね。何を伝えたいのかわからないけれど、今はやるべきことがあるの』

 

 そうだ、今はあの時の因縁に決着をつけに行かなくちゃならないんだ。

 

 未だに何か念話にも似た思念が送られてきているのを感じるけれど、その内容を上手く理解できないので、首を振って振り払う。

 

 そして後ろ髪を引かれながら、私は群れから離れていった。

 

『……またね』

 

 そうして私は元いた道へと羽ばたき戻っていった。

 

 暗闇に消えていく小さな影を見送るコケダマのリーダーは、その姿が見えなくなるまで動かずに長々と見続け、そして望遠を使っても見えなくなるとようやく動き始めた。

 一つ群れ全体に向けて命令を下した後、大きく空気を吸い込みもう一度迷宮全体に響き渡るように叫ぶ。

 

 そして小さな影が消えた方向とは別の道へと進み、それに続くように群れもまた、迷宮の奥へと消えていった。

 そしてエルロー大迷宮の下層に一定の間隔で声が響き渡る。

 何かを呼んでいるかのような声が、何度も……何度も……

 

 

 

 

 長い距離を往復して地龍の縄張りの境界線まで戻り、その中に踏み入って飛び続ける。

 

 準備はできている。

 身体は万全。

 あの群れと会ったことで原点を思い返し、精神も研ぎ澄まされた。

 

 なら後は戦うだけ、そのための覚悟は出来上がった。

 広くそして深い縦穴の底で私はスキルと称号の威圧を全開にして、この縄張りの主たちに向けて盛大に喧嘩を売りつける。

 

 何もない空間にて待つこと少し。

 全身の毛が逆立つような気配が、大通路の奥から重低音を響かせて歩いて来た。

 

 怖い、けど憧憬の念を感じる相手。

 最初の恐怖、最初の憧れ、最初の絶望……、死の実感を教えてくれた最初の敵。

 

 それが暗闇から姿を現した。

 鋼のような肉体、揺るぎなき眼光、輝くような紫と白の二体の龍。

 

 その威圧感は憶えている。

 その強さはよく知っている。

 

 逃げ出したいほど怖いのに、泣きたくなるほど震えるのに、何故だろう狂いそうなほど心が滾って仕方がない。

 ああ、きっともし私が人の姿だったとしたら、その顔は口が耳まで裂けるような笑みを浮かべている筈だ。

 

 地龍カグナ、地龍ゲエレ。

 

 私の死、その象徴。

 今、それを越えるべく貴方達を滅ぼす。

 

 お久しぶりです、……そして死ね。

 

 

 

 

 前足に鱗が逆立って出来たと思われるブレード状の刃を持つゲエレが空間を跳ねながら走り出す。

 その奥では、一歩ずつゆっくりであるが重圧を掛けながらカグナが近づいてくる。

 

 それを私は空中を飛翔しながら一定の距離を保って下がり続ける。

 そして術式が砕けるギリギリまで魔力を圧縮して流し込んだ魔法を乱射する。

 使う魔法は二体の地龍が耐性を持たない聖光魔法の聖光槍。

 眩いほどの光が圧縮された槍は、接触する直前で僅かに威力を削がれるものの、頑強そうな鱗を貫いて内側の筋肉まで突き刺さった。

 

 血が吹き出し痛みに僅かに顔を顰めているものの、傷はそこまで深くなく逆に戦意を高めて地龍らは襲い来る。

 引き締まった細身な体躯のゲエレは、曲芸染みた動きで魔法の射線から逃れつつ、距離を詰めて爪を振るう。

 その巨体と鈍重さゆえに魔法の弾幕を避けることが出来ないが、持ち前の耐久力でHPを削りながらも、軽く開いた口腔の奥に光を灯してブレスを放つカグナ。

 

 それらの攻撃を、私はヒラリヒラリと舞うようにして回避する。

 ブレスの予兆から発射までの僅かな時間で余裕を持って射線から離れる。

 急接近しては連続して襲い来る爪とブレードの嵐は、高速で飛び回って近づかせず接触しそうな程近づかれた一撃でも、風と重力の結界を張ることで私自身が吹き飛ぶことで触れさせない。

 

 本能が告げる危機感に従って身体を動かし、加速した思考で極限まで引き伸ばされた時間を使って、次なる魔法を組み上げる。

 

 この魔法は本来の魔法単体では起こせない現象を、複数の魔法を複雑に組み合わせることで、無理矢理引き起こす技術。

 

「大地」「水流」「引斥」、——マッドスライド! 

 

 あまりの難しさゆえ、並列意思の何人かで同時に制御しなければ発動すらままならない大規模な魔法は、その難しさに見合った効果をこの場に引き起こした。

 一定の距離を保っていたことで地龍たちを縦穴の中央付近まで誘い込み、避けることを難しくしてから放った魔法は、有り余る暴威を振るう。

 ただし、それは地龍に対してでは無いけれど。

 

 硬く圧縮されているはずの岩盤が液状化する。

 魔法で再現された、私の意に従う土石流。

 そしてそれは高速で流動し始め地龍たちの脚を飲み込みながら、この広間全体に広がっていく。

 

 空間機動を持つゲエレは呑み込まんとする地面から飛び上がり宙に逃げるが、それを追いかけるように泥が津波となって襲いかかる。

 泥は液状化した地面のどこからでも隆起して、逃れるように高く跳んでも形を蛇のように変えて引きずり込もうと追いかける。

 

 移動に適したスキルを持たないカグナは少しずつ泥の中に沈み込んでいき、その巨体で藻掻くものの抜け出せずにいた。

 土魔法で周囲の泥を操作して逃げようとするが、カグナの魔法のレベルが低く、そしてこの泥には水流属性と引斥属性(重属性の上位)が複雑に絡み合っているので、私から支配権を奪い取ることが出来ずに成すすべなく沈み込んで巨体の半分が埋まり込んだ。

 

 それ以上は地龍のスキルなども含めた必死の抵抗で沈み込むのを防ぎ、少しずつ抜け出そうとしているカグナ。

 急激に周囲の泥への干渉力が増してきていることから再度鑑定を掛けると大量のスキルポイントの殆どを消費して「大地魔法」「地裂魔法」「水魔法」「水流魔法」「重魔法」を獲得し更に「光耐性」なども獲得していた。

 そしてそれらを駆使して絡みついた泥を引き剥がし、硬い足場を作り上げて抜け出してくる。

 

 この魔法でゲエレは捕らえることが出来ずともカグナは完全に無力化できると思っていたけれど、この状況に合わせてスキルを獲得し完全にメタを張られるのは私の心に衝撃をもたらした。

 

 くぅっ、そんなのってありなの!? 

 

 一瞬制御が緩んだ隙にゲエレも泥の範囲から逃れて、縦穴の壁面に爪を喰い込ませて広間の外周を走り続ける。

 そして壁から壁へと縦穴の底に近づかないように飛び跳ねて両腕を振るう。

 

 それを避けると、今度は下からブレスが飛んできて回避の隙を突こうと何度も何度も連射性を意識した砲撃が繰り返される。

 

 水平軸はゲエレ縦軸はカグナの攻撃が襲いかかり厳しい三次元の戦闘を強いられるが、森羅万象の感知能力を引き上げ本能が示す直感のままにギリギリで回避する。

 

 かなり苦しいもの戦況を高速で理解し、次の作戦を一瞬の内に考えて動き出す。

 

 カグナを捕らえることに失敗したが、未だ縦穴の地面は底なしの沼になっていて自由に動くにはまだ時間が掛かるのが予想されるので、今はゲエレを先に仕留める。

 

 そのために襲いかかる攻撃を避けながら縦穴の上空に向けて高速で飛翔する。

 私を追いかけてゲエレが喰らいつくが、自身の周囲しか地面を掌握していないカグナでは小さくなる私たちを見上げるしか無いようだった。

 それでも狙いをつけてブレスを撃ってくるが遠く離れた高空では、注意を切らさなければ避けるのは容易い。

 

 そして、私とゲエレの空中戦が開始される。

 縦穴の天井へ向かう私に対して、空間機動を駆使して駆け上がるゲエレ。

 飛翔しながらも高密度の魔法の槍を降らせ続けるけれど、ゲエレもスキルポイントを消費し耐性スキル系を強化してダメージを減らしながら多少の傷は物ともせず追いすがる。

 

 しつこい! これならどうっ!? 

 

 暴風と引斥を組み合わせ、局所的な下降気流を無数に作る。

 その流れに飲まれ距離が離れるものの、一度見た攻撃は喰らわないとばかりに、風と風の隙間を潜り抜けて飛び跳ねる。

 

 これで動きを封じられるとは思っていない。

 しかし、時間と距離は稼げた。

 

「水流」「引斥」——

 

 吹き荒れる風が障害物となって進路を制限され、私に向かって飛びかかり周囲には風の壁があって逃げ場のない状況に飛び込んでしまったゲエレの身体に私の魔法が貫く。

 

 ——ウォーターカッター! 

 

 小さな線、しかし速度と圧力が桁違いに高められた水流は、大きく開かれた顎から喉奥深くまで貫き、分厚い肉と鱗を貫通して巨体の向こうの岩肌に傷をつける。

 貫通はしたものの、このままでは小さな傷でしか無く射線は動かすことが出来ないので薙ぎ払うことは出来ない。

 

 だけど、この魔法はある程度長く発動し続けるようにしてある。

 なら、空中で飛びかかるために加速し動き続けている相手に対しては、足場もなく重力に引かれている相手に対しては、この魔法を使った場合どうなるのかは、それは酷く単純なことで。

 

 ゲエレの身体が真っ二つに引き裂かれる。

 自身の速度と慣性で次々と傷口が広がり、そのまま顎下から股下まで綺麗に直線で斬られたゲエレは一瞬でHPが消し飛び、HP高速回復でも地龍のスキルである生命変遷でも間に合わない勢いで数値が目まぐるしく減り続ける。

 

 内臓と膨大な血液を撒き散らしながら墜ちていくゲエレに対して、私は聖光槍を撃ち込み追撃する。

 即死クラスの一撃を与えても、油断せず確実に息の根を止める。

 それは中層で戦った火龍から学んだことで、龍の生命力ならどれほど瀕死に追い込んでも、しぶとく生き残る強さを知っており、それに敬意を払っているからこその容赦の無さである。

 

 そして身体の前面が大きく裂かれ、その身に光の槍が無数に突き刺さったゲエレは受け身も取れずに沼地に叩きつけられる。

 

 泥を巻き上げて崩れ落ちた相方の凄惨な死体に、悲痛な叫びを上げるカグナ。

 

 その叫びは長く長く響き渡り、暗闇に木霊する。

 

 少しずつ高度を落とす私に向かって、隠しきれぬ赫怒を滲ませて睨むカグナ。

 

 残るはカグナただ一匹——

 

 そして再び地上付近での戦いが始まった。

 

 その叫びを遠くで聞きつけた何かが動き出すのに気づかないまま。




2022/07/13:加筆修正。

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