恐ろしい量の魔法が降り注ぐ。
視界を埋め尽くす黒い弾丸は空色が1黒色が9と、空いている空間を探すのも一苦労な程の圧倒的な物量で襲ってきた。
高速飛翔で隙間に身体を捩じ込み、慣性を空間機動や引斥魔法で無理矢理切り返す。
迫りくる弾幕を回避しつつ、なんとか距離を取ろうと逃げ出した私は、まるでシューティングゲームの機体のようなスレスレの行動を余儀なくされていた。
殺意や圧といったものは蜘蛛子ちゃんが転移で居なくなると少し薄れたものの、今度は私を決してどこにも逃さないと言わんばかりに執念深く追いかけてきていた。
蜘蛛子ちゃんを追いかけていたときはタメの長い極太のブレスを撃ってきたけれど、私を追いかける今は、とにかく私が他に何も出来なくさせるように間隔を極端に短くした連射型のブレスを何度も何度も撃ってくる。
威力を上げるタメが無く回数と速度を意識したブレスであっても、内包された破壊力は凄まじく一度でも直撃すれば身体の殆どを消し飛ばされ、飛べなくなった私に無数の魔法が襲いかかり欠片も残らず消滅させられると予想される。
——空間の把握を飛ばして長距離転移の構築開始、転移先は蜘蛛子ちゃんが飛んだと見られる上層拠点、魔力の注入充填完了、転移元の座標情報を空欄のまま発動待機中。
必死になって飛び回り命がけの逃亡劇を繰り広げながら、並列意思複数人掛かり全力で空間魔法を構築し、長距離転移の準備を進めていた。
蜘蛛子ちゃんほど得意じゃないので術式自体の構築はどうにかなっても、どうしたって座標計算や空間指定に手間取ってしまう。
ましてこんな高速で移動しながら戦闘中での転移など、目まぐるしく自分の位置が変わり、とてもじゃないが使用すること自体が不可能な難易度だった。
——移動中の座標指定と計算を破棄、東側1キロメートル先の山頂を転移元として指定、座標情報取得成功、計算を開始……
どうあがいても逃げ回りながら自分自身の位置を基準にして飛ぼうとすれば、計算が間に合わず転移自体が不発に終わるか、変に転移して身体がバラバラになるか予期せぬ場所に飛ぶことになるだろう。
なので自分自身を基準にするのではなく、予め指定した位置で空間と空間を繋げる計算を行い、その場所にピタリと重なった瞬間に転移を発動させる方法に切り替えた。
——計算完了、転移元と転移先の空間を接続可能、術式に代入完了、発動待機状態で維持。
あとは、その場所に辿り着ければ!
加速減速、上下左右、縦横無尽に飛び回って逃走する。
未来視で見える僅かな活路にコンマ数秒以内に潜り込まないと蜂の巣にされる、そんな命の危機を何十何百と繰り返して距離を稼ぎ続ける。
あまりにも集中を要することを繰り返しているため気が緩む暇すら無く、精神は極度に高まって凪の境地に至るほど。
雑念が消え去り、もはや思考して動いているのか反射的に動いているのかわからないほど、高速で思考が回転し意識が澄み渡っていく。
そしてあと数メートルといったところで、背後から糸が迫る。
目に見えないほど細く、けれど強度はどんなワイヤーよりも強靭な蜘蛛の糸が無数に広がって私を包み込もうと空中に拡大していく。
このままでは目標の座標から数センチずれた位置で捕まり、待っているのは逃げることが出来ずに死ぬ未来だろう。
ほんの数センチ、されど途轍もなく遠い数センチを稼ぐため、私はスキルを使った。
糸があと少しで私に触れそうになるその瞬間、全身が炎に包まれる。
燃え盛る火の玉となった私に触れた糸は、焼け焦げ変質することで粘着力を失い、薄皮一枚程度の僅かな距離を詰めることが出来ないでいた。
そしてたった1秒にも満たない時間を稼いだことで、私は転移が可能な位置に到着した。
燃え盛る私を見てクイーンタラテクトが糸に火耐性を付与する僅かなタイムラグの間に、長距離転移を発動しその場から忽然と姿を消した。
最後の最後で獲物を取り逃がしたクイーンタラテクトは、しばし呆然と動きを止めた後、荒々しく脚を踏み降ろす。
爪先を叩きつけられた山頂は大きく抉られて標高を減らし、すり鉢状のクレーターを作り上げた。
また1つ地形を大きく変えたクイーンタラテクトは、巨体をエルロー大迷宮のある方向に向けた後、地響きを立てながら地下深くに帰っていった。
クイーンタラテクトから九死に一生を得て、上層の拠点に逃げ帰った私を待っていたのは、無数の蜘蛛の軍勢だった。
瞬時に状況を把握、集中を維持しつづけ攻撃用の魔法構築に意識を切り替える。
周囲には数え切れないほどの無数の蜘蛛と、一際大きな白い大蜘蛛が3体いた。
蜘蛛子ちゃんが倒したのか蜘蛛軍団の一部は既に事切れていて死骸を晒しているが、大部分は健在であり地面が見えないほど埋め尽くしていた。
空間を歪めて拠点の天井付近に転移した私は重力に引かれてゆっくりと落下し姿勢を整えようとしている最中で、この転移した瞬間に攻撃をされていたら為す術もなくやられていたかもしれない。
けれど蜘蛛たちの視線は、ある方向を向いたまま固定されており、転移した瞬間の私に気づいたのは誰もいなかった。
その方角は中層へ続く道で、探知範囲を伸ばすと蜘蛛子ちゃんが白い大蜘蛛5体とマネキンみたいな何かと戦っていた。
明らかに死にかけていてピンチだと思ったけれど、私が声を掛ける前に再度白い大蜘蛛ごと転移して消えてしまい、また離れ離れになってしまう。
今度は中層に飛んだみたいで、ギリギリ空間の揺らぎから位置を特定できたけど念話を届けるには遠すぎる距離なので連絡する手段がなかった。
そして目標を失った蜘蛛たちがようやく私の存在を感知し、無数の感情の籠もっていない瞳が私を射抜く。
——あれおかしいな? ついさっき似たような光景を見たばかりなんだけど。
身体の芯に氷を入れられたような悪寒を感じて飛び跳ねる。
なるべく上空を確保するように立ち回り、四方八方から変則的な軌道で襲い来る糸に対処する。
クイーンタラテクトの糸と違って、ここにいる蜘蛛の糸なら火耐性が無い個体が大多数なので簡単に燃やして抜け出すことが可能であり、物量で攻められない限り糸で囚われることなく立ち回れる。
しかし直接物理攻撃されると地龍並みのステータスに押し潰されることになるので、とにかく距離を取り続けないと危険極まりない。
しかも蜘蛛子ちゃんと戦っていたマネキンも向かってきていて、強さとしてはそれが一番高くて煩いほど警鐘を鳴らしていた。
ここから別の場所に繋がる通路には糸が張り巡り網となって何重にも塞がれていて、ここから転移以外で脱出するのは不可能と見た私は、再度転移するための時間稼ぎに集中した。
変則的だけど、火に弱いならこうすれば——
「神霊苔:増殖」「鱗粉」「技能付与:火攻撃」——燃え盛る苔と粉塵を大量にばらまく。
「暴風」「引斥」——私の周囲を除いてあらゆるものを吹き飛ばす竜巻を作る。
——呑み込んで燃え上がれ、ファイヤーストーム!
荒れ狂う旋風に常に新鮮な空気を送られた火種は、たちまち嵐全体に燃え広がり周囲のものを焼き尽くしながら押し広がっていく火災旋風を展開する。
その颶風は私を捕らえようとした糸を焼き尽くし、外側に向けて強力な圧力が加わる風の防壁によって近づくこともままならない。
発動する寸前に直接噛みつこうとしていた白い大蜘蛛は燃え盛る嵐に飲み込まれ、高速で叩きつけられる炎弾と風刃に一瞬でズタズタにされ、僅か数秒で数千のHPが消し飛んでは削り取られていく。
龍種と比べて、魔法を阻害するスキルなどを持たない蜘蛛は非常に魔法の通りが良いので、一切減衰されずに突き刺さった魔法は容易く外皮を貫通して柔らかな内部を破壊する。
それによって簡単に急所までもが撃ち抜かれ、ロクに抵抗することも出来ずに絶命した。
うねり揺らめく灼熱の風は巻き込んだ物を燃え上がらせ、新たな炎弾を生み出すと次々と外側に向けて弾いていく。
近づかずに暴風に飲み込まれない位置に居ても、逆巻く暴威は容赦なく弾丸を装填しては狂ったように乱射する。
どこに飛ぶか術者である私にもわからないけれど、それ故に対処が困難な攻撃が次々と襲いかかるので、白い大蜘蛛やマネキンはともかくそれ以下の弱い蜘蛛は次々と焼き潰されて消し炭になっていく。
誰も近づけず何も攻撃が飛んでこない嵐の眼にて、並列意思の半数が複合魔法の制御に回り、残りの並列意思で転移を組む。
今度は移動すること無くその場で転移を行うので、速い速度で計算し終わり構築が完了する。
その頃マネキンが身体が燃えてドンドン炭化していくのに強引に炎の壁を突破しようとしているので、完全に抜け出して攻撃される前に転移を発動させる。
そして私が転移で掻き消える瞬間、術式の制御を大幅に乱して暴発する勢いで魔力を流し込み、そして手放した。
誰もいない空を切るマネキンの一撃。
それが振り下ろされた瞬間、円を描いていた炎の流れが歪む。
そして、——大爆発した。
ト゛ゴオオオォォオ゛オォォォォン!!!!
無差別に猛火が撒き散らされ急激に膨張した火炎と衝撃波によって、さらに多くの蜘蛛らが灰になっていく。
その中心にて、こんがり芯まで焼かれた白い大蜘蛛の死骸が崩れ落ちるなか、爆心地のド真ん中にいたマネキンは原型を留めないほど黒く炭化し、その内部から手のひらサイズの蜘蛛が転げ落ちる。
灼熱を帯びる地面をバウンドする小さな蜘蛛は、僅かに痙攣した後ピクリとも動かなくなり、地を舐めるように這い寄ってきた炎に飲み込まれていった。
溶岩溢れる中層の一角。
そこに数分前と同じように空間を裂いて転移する緑色の魔物。
すぐさま周囲を確認して何も危険がないことを確認すると、ホッと一息ついた。
——なんとか生き延びたっ!?
1時間にも満たない時間で何度も死神の鎌が振り下ろされ、それを紙一重で躱し続けて逃げ切ることに成功した瞬間、ドッと疲労感が押し寄せる。
身体的な疲労はスキルによってすぐに消えていくけれど、精神的な疲れは消してくれないので、酷使した頭脳と精神を休めるために少しずつ感覚が鈍麻していく。
けれど休むには、まだ早い。
度重なる脳の酷使に頭痛がするけれど、それを無視して広大な距離を探査する。
蜘蛛子ちゃんの反応を捉えると座標を把握、3度目の転移を実行する。
周りを気にすること無くゆっくりと組み上げて中層の中心部へ転移する。
上層からも下層からも遠く離れたこの場所なら、なるほど安全かもしれない。
そしてようやく私たちは合流した。
『やっと合流できた……』
『おー生きてたかー、コケちゃんー。無事逃げ延びて何より』
軽いっ! 蜘蛛子ちゃんも死にかけていたというのに、なんて軽い調子でのんびりしているの蜘蛛子ちゃん。
白い大蜘蛛のマグマ焼きを背景にグッタリ伸びている蜘蛛子ちゃんは、いかにも疲労困憊といった様子で寝そべっていた。
というかクイーンタラテクトとの逃亡はともかく、上層での戦いに関しては蜘蛛子ちゃんも私がいたことに気づいていてもおかしくないのに、さっさと転移して1人逃げるわ、戻ってきて援護するとかも何もなく、こうして休んでいるわと、自由すぎません……?
ゆっくりと降下して蜘蛛子ちゃんの正面に降り立つと、私も翅を折りたたんで地面に突っ伏した。
鉄板のような熱さが伝わってくるけれど炎熱無効を獲得した以上、熱いと感じるだけで特に問題は発生しないので、前脚をまっすぐ正面に伸ばして腹ばいになる。
『上層で戦っている時気づいていたでしょ、なんで無視してさっさと消えちゃうの』
『あー、それはですねー、えーと……。ぶっちゃけピンチすぎて自分が生き残ることしか頭にありませんでした! ハイ』
言いよどんで口ごもる蜘蛛子ちゃんだけど、最終的に開き直って潔く白状した。
『……はぁ、まあ何とかなったから良いけど。死んじゃったら意味無いからね』
『ほんとごめん、次からは気をつけるから』
両手の鎌を重ね合わせ誠心誠意謝っているように見えるけれど、たぶんこれからも同じような事があった場合、またやらかすのではないかと不安に感じた。
『それで……、なんであの蜘蛛たちは私たちを襲ってきたの?』
『ギクっ』
ジットリとした情念を込めてドスの入った念話を送る。
私からの念話にビクリと身体を震わせた蜘蛛子ちゃんは、ぎこちない仕草で目を逸らそうとするも、何も話そうとしない。
『……ねぇ、……ねぇ、……ねぇ、……ねぇ?』
『ヒィィっ!? あわわわわ……』
何度も何度も圧を掛けながらジリジリと近づく。
やがて迫りくる重圧に耐えきれなくなったのか、一体何をやらかしていたのか馬鹿正直に全てゲロった。
そして……
『……んー、とりあえず不問!』
『許されたっ!』
まさか、あのクイーンタラテクトから精神支配の攻撃を受けていて、反撃として逆にクイーンタラテクトの魂を食べようとしていたなんて、思いつかないでしょう。
だから突然上層には姿を見せないアークタラテクトが襲ってきたり、地上に出た私たちを追ってクイーンタラテクトが外に出てきたりと、不可解な行動に対しての説明がついた。
蜘蛛子ちゃんがやった諸々について色々考えたけれど、結局は不問に決定した。
無効化出来ているとはいえ精神支配がずっと続くのも問題だし、蜘蛛子ちゃんとクイーンタラテクトとの間には魂の繋がりがあって、それをどうにかしないことには自由も安全も無いのであれば、結局何かしらの対策や行動をするしかないのも事実であったから。
そうしている間に回収していたアークタラテクトなどの魂の洗浄と吸収が終わると……
《経験値が一定に達しました。個体、モフ・モスがLV29からLV30になりました》
《条件を満たしました。個体、モフ・モスが進化可能です》
アナウンスが私の進化を告げた。
ずっと前から思っていた感じですけど「携帯版はこちら」のQRコードが中央にコケちゃんで周囲を魔物で囲まれている図に見えて仕方ないのです……
バトル
-
いる
-
長い
-
短い
-
いらない
-
ダイジェストで。早く先の展開が見たい