コケちゃんと別れて数日が経った。
別に喧嘩したとか意見の相違とかがあった訳ではなく、別行動したほうが良いとお互いが思ったから、今こうして私一人で行動している訳だ。
進化したあの後、私たちは中層でマザーとその配下に対しての作戦を練るため籠もっていると、コケちゃんのほうに救援要請が入った。
私たちが対策を考えている間にマザーは迷宮に戻り、配下の蜘蛛たちにある命令を下したみたい。
それは下層に生息しているコケダマ種の群れを散発的に襲撃し、けれど全滅させることはなく常に少しの出血を強いる程度の攻撃を繰り返して、ずっと群れの近くにアーク級の蜘蛛を付かず離れずの距離で貼りつかせるという、コケちゃんに対して効果的な嫌がらせを実行してきたのだ。
コケちゃんが統率した群れは度重なる襲撃に対処が出来ないと助けを求め、私たちはすぐさま駆けつけたんだけど、私の姿をみるや一斉にコケダマたちを無視して襲いかかってきたんだよね。
しかも隣のコケちゃんすら無視する勢いで。
まずは引き離すべく距離を稼ぎながら戦っていたんだけど、次々と増援がやって来るは上層で戦ったパペットの別個体すら集まろうとするわで、大騒ぎ。
コケダマたちを気にしながら戦うコケちゃんと、そんなの関係ないと駆け回る私では、段々と距離が離れていって、結果的に私が引きつけるだけ惹きつけて、コケちゃんとも群れとも距離をとったところで転移を使って逃走した。
一応引きつける前に作戦を伝えてから離れたけど、私が居なくなってからは襲っていた蜘蛛は全て私の追撃について行って、ガランと静寂に包まれたらしい。
それからは私を見失った蜘蛛たちが戻ってきたらしいけど、包囲するだけで近づいてこず、ずっと監視してくるようになったとのこと。
それは相当強かったパペットタラテクトすら例外ではなく、それだけマザーの警戒の高さが伺える。
コケちゃんをずっと群れに貼り付かせて、私と一緒にさせないための作戦だとわかったけれど、それをどうにかするには私たち2人の力を合わせても難しいと感じた。
コケダマらを攻撃されればコケちゃんは無視することが出来ないし、もし見殺しにしたとしても戦っている最中に包囲されて、今度こそ逃げられない密度の敵と戦うことになるだろう。
そうなるとどうしようもないし、コケちゃんだけなら蜘蛛たちは襲ってこず移動しても道を空けて進路を譲るので、コケちゃんのほうは監視には刺激を加えず群れを維持するための狩りを行って、他にも襲われているかもしれないコケダマたちを回収しに行くと言う。
私は、そんなコケちゃんの負担が下がるようにマザーと人形蜘蛛を避けて、その他蜘蛛軍団にゲリラ戦を仕掛けることにした。
主に上層に隠れ潜んでは隙を見せたやつを各個撃破していき、常にコケちゃんとは遠く離れた所で姿を現していく。
そうすることで貼り付いている人員を割いて広範囲をカバーしなければ私を捕捉出来ないし、それだけ私の対処に余力を削がれればコケちゃんに掛かる負担も減るだろうと思ったから。
そう言うことを私たちはときどき話し合いながら、離れ離れで各自出来ることを行っていた。
え? 念話じゃ遠く離れたコケちゃんと会話出来ないって?
引き離された後、頑張って念話のレベルを上げて遠話に進化させたんだよ。
そのために適当に集めて動けなくした関係ない魔物たちに、鬼のような念話を掛け続けてレベル上げをした。
どうせ会話できる知能の無い魔物だしね。
何度も鳴り響く念話受信であいつら外道耐性獲得していたけど、気にしない気にしない。
最後にはみんな仲良く、私のお腹の中に行ったし。
そんなわけでマザーの手駒とハイドアンドシークしながらブッ殺していると、灼熱すぎて誰もやって来なかった平和な中層にやって来たんだ、マザーが。
まったく、そんなに私のことが好きか。
熱心なストーカーからは逃げるに限るので、コケちゃんにマザーのことを伝えてから旅に出ることにする。
『……わかった、出来る限り大通路に近づかないように気をつけるね。蜘蛛子ちゃんも気をつけてね』
『りょーかい。なんか良いものあったら転移で送るから、期待しててね』
とりあえず最初は上層に行って、マザーの置き土産を処理してからだけどね。
蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛……
イヤー、これ集合体恐怖症にはきついっしょ。
一体何匹産んだのやら。
そしてそれを鼻歌を歌いながら刈り取っていく私。
よわっちぃなぁ。
この貧弱な蜘蛛から強くなった私が、如何に規格外かよく分かる。
こんな吹けば飛ぶような雑魚から進化できるのって、ほぼいないでしょ。
それこそゼロが何個も並ぶような確率を乗り越えた先に、ようやく1匹進化とかそんなレベル。
そんな悲しい宿命を背負った弟だとか妹だかに同情するけど、容赦はしない。
プチプチ潰れていくスモールタラテクトを虐殺していると成体のタラテクトとかが駆けつけるけど、人形蜘蛛レベルで無いのなら等しく始末する。
だってねぇ。
グレーター程度では私の相手が務まるかギリギリというレベルだから、それ以下の蜘蛛なんて幾ら集まっても怖くもなんとも無い。
アークタラテクトですら、転移を組む時間さえあれば封殺できちゃうのだから私を止めるには……、ほら来た。
凄まじいスピードで向かってくる人間大の強者の反応。
明らかに以前見た冒険者や騎士とは別物の動きをするので、一発で特定できちゃう人形蜘蛛。
もしかしたら、そんな動きができる人間がいるかもしれないけど、あの精鋭っぽそうな人ですらアレだから、この世界はきっと人に優しくない世界だと思う。
まあ人の悲しい宿命も私には関係ないので、さっさと逃げることにする。
じゃあな! マザーにパペット! それに1人で勝手にすまないコケちゃん!
今、私は再び外へ旅立つのだ!
そして私は迷宮の外を歩き回って転移可能範囲を広げながら、ときどき迷宮のどこかに転移しては通り魔活動を行い、捕まる前にさっさと転移で遠く離れた外に逃げるという生活を繰り返していた。
マザーが再び外に出てくることは無いと思いたいけど、人形蜘蛛はいつどこで襲ってくるのかわからないので、周囲の警戒は常にしていた。
上層で戦った個体と下層に出てきた個体は別個体であり、上層の方ではコケちゃんが戦った後に反応が消失したので、多分撃破出来たんだと思う。
なのに、下層にも現れたってことは他にも複数あの人形蜘蛛がいるってことで、それがあと何体いるのか強さはどれほどなのか、まったくわからないのが痛いところだよね。
だからこそ周囲の警戒は怠れないし、もしそれが束になって襲ってきたらどうしようもないので、常に位置取りに注意しながらチクチク嫌がらせをしていた。
迷宮の外でも突然、「人形蜘蛛 が あらわれた!」ってされてもおかしくないので、なかなかゆっくり休むのが難しいけれど、それでも途中で見つけた甘味や食材を美味しくいただきながら、私はようやく海まで辿り着いていた。
一応巻き込んだら悪いと思うので、人がいそうな場所を避けて森の中をずっと歩いてきたけれど、それらに出会うこと無く海岸線へと辿り着いた。
今はそれに沿って進んでいるけど、片方見晴らしのいい海であるので、多少は警戒が楽になり、砂浜とか切り立った崖や岩場に小さな足跡をつけながら私は進む。
なんとかマザーの精神を削りきれば私たちの勝ち。
私が捕まり死ぬ、もしくはなりふり構わなくなったマザーがコケちゃんを襲って死んじゃったら、それも負けになる。
唯一の懸念事項である、コケちゃんの安否に不安が募るけれど、コケちゃんが見捨てられない以上意地でも離れないだろうし、こればっかりは何が起こるかわからない。
そのためには、一刻も早くマザーを撃破するのも大事だけど、コケちゃんに負担が行かないように挑発し続けるのが一番かな。
そうして私はテクテク歩く。
毎日ときどき迷宮のいたるところに顔を出し、常に居場所を撹乱しながらアークタラテクトなども狩りつつ戦力を削っていく。
そして迷宮の外では、それなりに警戒していたけど、のんびりと景色を楽しみながら歩いていく。
ザバーン、ザプーン。
輝く太陽。
爽やかな海の香りが胸を刺激する。
なら出すとこ出して海に飛び込む、生足魅惑の蜘蛛がプカリプカリ。
たわわになったお腹を海に浮かべ流される蜘蛛は、本物の鯉……もとい恋が出来るのか。
あぁ、今どこから私の魅力に釣られてきた、水竜の煩い叫び声が……
——やかましいんじゃい!
今まさに大口を開けて噛みつこうとしていたサメみたいな水竜に魔法を撃ち込む。
幾度となく襲ってきて、そのたび全てを返り討ちにしてきた私の周囲には、無数のサメの死体とドス黒い血の海が広がっていた。
はぁー、ないわー。
どうにも私の蜘蛛ぼでぇは水に浮いて沈まないので、どうあがいても不格好な犬掻き泳法しか選択肢がなく、それすらまともに水を掻けなくて殆ど流されているのと変わらない泳ぎ方だった。
一応頑張れば潜れるし高速で水面を進めるけれど、気を抜けば急速浮上するわ、水面泳ぐより空間機動で水面走ったほうが速いわで、コレジャナイ感がすごいんだけど。
しかも海にいると、威圧も使っているのに何故か襲われる。
あきらかに格上で敵いそうにないのに、そんなの関係ないと襲いかかってくる姿は、いつかの猿を彷彿とさせる。
こいつらも特定の条件で、自身の命すら惜しまず襲いかかる習性があるみたいで、それは海に浮かんでいることが条件だった。
海に浮かんでいるものなら何でも襲いかかるみたいで、海の領域に部外者が踏み入るとたちまち集まって来て群がろうとしてくる。
しかも血の匂いにも引かれるのか、1匹殺せばさらに遠くからも集まってくるという悪循環。
こりゃ海水浴なんて出来んわな。
どうせなら、マザーのことが終わったらコケちゃんとのんびり海を楽しみたかったけれど、こんな血腥い海水でキャッキャなんて出来るわけ無いでしょう。
それにコケちゃんのほうも泳げるか怪しい身体だしね。
あんな比重の軽そうな身体に、空気を含んだ柔らかい苔で覆われているコケちゃん。
そんな身体で海に入ったらどうなる? 私と同じ、いやそれ以上の泳げなさだろう。
コケダマ時でも水に浮かぶはずだし、ほぼ球体で全身隈なく覆われている以上もっと酷い絵面になりそうだ。
いや海をプカプカ浮かぶマリモと考えれば、意外とアリなのでは?
そんなしょうもないことを考えながら海を漂っていると何度もサメに襲われるので、適当にぶっ放してから陸に上がった。
はあ、散々な海水浴だったよ。
塩気でベタついた身体を、水魔法を頭から被ることで洗い流していると、最近存在を忘れかけていた並列意思から連絡が繋がった。
『今すぐ逃げろ! そしてコケちゃんにも連絡しろ!』
なんだって? 周囲にはマザーや人形蜘蛛の姿なんて無く、見渡せる周囲には一切の生き物の気配すら無いのに。
『連絡している暇は無い! けど、簡単に言うと今そっちに化物が向かっている』
マザーより上!?
『いいから、さっさと逃げろ! そしてすぐ連絡するんだ、この世界には魔——』
空気が一瞬無くなる。
轟音が鳴り響き衝撃波が私の身体を突き抜けて、それだけで大ダメージを負って海岸線を転がる。
「****」
何が起きた?
まるでミサイルが打ち込まれたかのような土煙を、ただ着地しただけで引き起こした存在の人影が、巻き上がって漂う土砂のスクリーンに映る。
転移、じゃない。
ただの移動で私の感知範囲外から一瞬でやって来た相手は、その勢いのまま着地しただけであり、そこに攻撃の意思を乗せなくとも周囲を更地に変える程度には破壊力を宿していた。
《鑑定が妨害されました》
ええい、叡智様、突破しろ!
そして見えた情報に絶望した。
「******、*******」
目の前の少女のような怪物は、魔王にして真なる蜘蛛の王。
クイーンなんて、ただの一領主でしかなかったことの驚き。
そしてそれを生み出した存在への絶望が私を襲った。
「**********、****************?」
何かを聞かれている、けど言葉がわからない。
生まれてこの方、ずっとコケちゃんと一緒に過ごしてきて他に交流なんてものは無く、当然この世界の言語を学ぶ機会なんて存在していなかった。
だから、向こうが話していることなんて欠片も意味がわからないし、ニュアンスや雰囲気で探るような感じなのはわかるけれど、それ以上は理解不能だった。
私は首をかしげて鎌を持ち上げる。
だがしかし、この行動が悪かったのか相手の様子が変化した。
会話から闘争へと空気が変わる。
そう感じた瞬間には遅くて、目の前には振りかぶられた拳が迫り——
「***、*********、****」
私の身体を粉々になるまで粉砕して撃ち抜いた。
『本体がやられた』
『なんで私たち消えないの?』
『わからん。まだ死んでないってことの、はず』
『どうすればいい?』
『マザーを倒す。そんでもって次はあのマザーの支配者だ』
『今は、私たちに出来ることをするだけだ!』
『『おー!』』
\ 虫 矢 口 虫 朱 子 /パァーンッ