【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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18 王と魔王

『贖え、贖え、贖え……』

 

 大地が荒廃していく。

 空気が澱み、海が枯れて生物には適さない環境に穢れていく。

 天変地異も生温いような大災害が世界各所で起こり、人も動物も魚も鳥も虫も植物も、別け隔てなく皆死んでいく。

 そして、最後には星が砕けて——

 

『神、とは……』

『システム……、星の再生……、女神を生贄に……、魂を……』

 

 

 ……また、気絶していたの、かな? 

 

 私はDから受け取ったスキル「神仰」の内容を知り、そのために必要な能力を鍛えるために、自分の身体も顧みずに修行をしていた。

 

 その過程で何度も死にかけたし、何度も気絶するほどの苦痛を味わったけれど、そこまでして得られた成果は、切っ掛けを掴めそうかどうかという程度だった。

 

 むずかしいなぁ……

 

 元々、そういうものが無いのが当たり前だったから感覚を掴むのに苦労するし、この世界に来てから知って憶えたことも、実はほんのごく一部しか扱っていなかったことに、改めて目指すべきものの高さを思い知った。

 

 私は家主さん改めレウキさんの背の上から身体を起こす。

 周囲には私を心配して寄り添ってくれているコケダマたちの幼体が密集していた。

 

 キュゥー キュゥ? キュキュー キュー キュ キュー キュキュー! 

 

 私が起きたことで一斉に鳴きだすコケダマたち。

 心配掛けたことを詫びるように、彼ら一人ひとりに寄り添って翅で包み込んで撫でてあげると、とても喜んでいる思念が伝わってきた。

 それを見て羨ましそうにしている成体のコケダマたちもいるけれど、そんなことで近づいたらレウキさんに怒られるのがわかっているのか、遠巻きに見つめているだけだった。

 

 私は再び周囲の状況を確認するため感知範囲を広げる。

 群れの外周から500メートルほど離れた場所に、ポツポツとアークタラテクトやグレータータラテクトの反応を確認できる。

 それらは距離を保ったまま一切こちらには近づいてこず、群れ全体が少しずつ動くのに合わせて、ジッと見つめてくるだけだった。

 

 距離の変化はなし、アークは2匹ほかはグレーターが10匹ちょっと、パペットタラテクトはいない……と。

 

 私たちを監視しているタラテクトらの動きが無いことを確認して、息をつく。

 

 最初に蜘蛛子ちゃんと来たときは、パペットやアークなど強力な相手が多数潜んでいたけれど、蜘蛛子ちゃんと別れて私が群れの守護で留まり、蜘蛛子ちゃんは迷宮のあちこちに転移しながら撹乱を続けていると、広範囲に突然現れる蜘蛛子ちゃんを探すべくここにいた大多数の蜘蛛らが監視を止めて散らばっていき、残ったのは僅かな数だった。

 

 パペットすら離れていき蜘蛛子ちゃんを追跡しているようだけど、普段は迷宮の外にいる蜘蛛子ちゃんを見つけられずにいて、かなりの量の蜘蛛を薄く広く配置して犠牲を覚悟で位置を探しているみたい。

 

 そのため私たちコケダマの監視に割く蜘蛛が足りず、私たちが戦えば勝てる、けど群れにいくらか犠牲も出る程度の絶妙な数だけ残して、姿を消していった。

 流石に全方位から一斉に攻撃されるとなると、被害無く戦うのは間違いなく無理だったから、この采配には舌を巻くしか無い。

 

 今日も変わらず監視しかしてこない蜘蛛らを見て、私は再び深い瞑想に入り込んでいく。

 

 全ては切っ掛けを掴まなければ始まらないから。

 

 

 ……そして、後ほんのちょっとで触れそうで触れられないところで一旦休憩に入った。

 

 一部だけスキルの補助を使ってズルをしているというのに、目標は果てしなく遠くて挫けそうになる。

 けれど、諦めるわけには行かない想いがあるので、少しずつでも進んでいくしかないと、わかっているのだから。

 

 蜘蛛子ちゃん、コケダマたち、それと転生しているクラスメイトたちもかな? 

 

 私が大事なのはそれだけで、その他に関しては結局の所どうでもいい。

 けれど、出来るのなら見捨てたくないのも事実で、出来る限り助けられるように頑張る、そのために力を得る、そして神様になる。

 それが全てだし、それだけでいいのだから。

 

 翅を震わせて凝り固まった身体を暖めて伸ばすと、私はステータスを開く。

 そしてスキルのリストをゆっくり眺める。

 そこに載っているスキルを見て私は、何度目かわからないため息を吐いた。

 

《人化(100000):……  》

《不死(100000):……  》

 

 ……これは、まだまだ獲得するのは難しそうだ。

 

 途方も無い要求ポイントに目眩がしそう。

 だけど不可能とは思えないのもまた事実で、実際征服込みの強欲でスキルポイントを貯め込んでいる強い魔物を狩り続ければ、いつかは達成できそうなレベルの要求ポイントでしかないのだから。

 

 改めて謎のスキルこと、七大罪のスキルと対になっている七美徳のスキルの異常さに、何も言えなくなる。

 私の強欲。

 蜘蛛子ちゃんの傲慢、忍耐、怠惰。

 効果に差はあるけれど、どれも非常に強力な能力を有していて本当に可笑しいと思わざるを得ないスキルだと感じる。

 

 叡智と神仰については別枠っぽいのでカウントしていないけど、これらも異常なのは変わりないスキルなので、これらも全部引っくるめた支配者スキルとは一体何なのか怪しく思う。

 

 禁忌の獲得も充分ハイリスクだけど、それだけでは無い気がする。

 私の強欲の場合は取り込んだ魂の影響を受けて精神が崩壊する危険性があるし、蜘蛛子ちゃんのほうも何かしらのリスクがあるはずなんだけど……

 

 特に影響を受けて無さそうなんだよね、4つも支配者スキル持っているのに。

 

 本当に不思議でしか無い蜘蛛子ちゃん。

 

 最初に会ったときはとても小さなモノだったのに、今では私と遜色ない、いや強度でいえば私より勝っているモノに変化していて、蜘蛛子ちゃんの異常性を表しているようだった。

 

 ……蜘蛛子ちゃんは、蜘蛛子ちゃん。

 それだけで、良いと思う。

 

 深みに嵌ってドンドン落ちていきそうだった気持ちを振り払い、前を向く。

 

 今私たち群れ全体としては、最後のコケダマの群れと合流するために出来る限り狭い通路を選んでエルロー大迷宮の下層を進んでいた。

 これまでに合流したコケダマの群れは3つ、残りの2つは向こうでそれぞれ合流したらしく1つの群れとなって集まっていたので、私たちはそこに向かい襲っているだろう蜘蛛らを追い返さなければいけないのであった。

 それにしても最近蜘蛛子ちゃんから念話来ないなぁ。私から掛けても反応ないし……

 

 

 全体的に移動速度に優れないコケダマたちなので非常にゆっくりとした歩みであるものの、道中で邪魔をしてきた蜘蛛以外の魔物を蹴散らしながら進み、ついに全てのコケダマたちと合流した。

 

 そこまでの間に、私がカバー出来る範囲を越えて注意が向いていない群れがあったり、大通路を進まなければならずクイーンタラテクトと遭遇する可能性が高い道も通ったというのに、蜘蛛らは一切直接的に群れに干渉してくることはなく遠巻きに見つめてくるだけであった。

 色々と隙をわざとも含めて多く見せたのに、何事もなく辿り着けたことに少し不安に思ってしまう。

 

 気のせいだといいのだけど……

 

 そう思ってしまう時点で、嫌な未来は確定していると予感してしまったけれど、そのときはそのときでしかないと、諦めにも似た覚悟をしておく。

 

 最後の群れと合流した私たちだけど一応はやることがあって、私たちを見てすぐ合流という訳にはいかなかった。

 

 まずは、その群れを取り囲んで襲ったりしている蜘蛛らを蹴散らして追い払う。

 基本的にグレーター程度のそこそこ強いのと成体のタラテクトしか襲いかかる役目を背負っていないので、私個人や総数がとても膨れ上がった群れなら簡単に追い払える。

 

 そうして追い払った後は、それぞれの群れのリーダーから私のことを認めてもらわなければならない。

 

 最初の、私が元いた群れを含む3つの群れは共に地龍と戦い、そこで力を示したことでそのまま認められて群れの主へと望まれた形だけど、他の群れから認められるには何かしらの能力を示さなければならなかった。

 

 リーダーと戦うこと、統率能力を示す、傷を癒やしてあげる……等々、何かしらのことをして主に相応しいと証明する必要があった。

 

 それらも大事で重要だったけれど、彼らから認めてもらうために一番効果が高かったことは……

 

 トゥー、ラー、ラーラーラッラァー、ラー、ラァー……

 

 全ての群れの中心で唄う私。

 それを静かに聴いている無数のコケダマたち。

 

 このときばかりは蜘蛛らも静かに耳を澄ましているので、それだけ種を越えて認められているってことだけど、事あるごとにせがまれるようになったのは嬉しいけれど少し大変。

 

 いやそれ以前にどうやって歌っているんだって思うけれど、魔物だからか発声器官というものも一応あったし、虫の中には翅を使って音をだす種類もいたのでそれっぽいことも出来なくはなかった。

 

 波の音のような静かなけれど心安らぐような音色を翅で奏で、口では遠くまで響き渡るような澄んだ高音を唄う。

 

 それは岩だらけで広大な迷宮に反響して響き渡り、乱反射した余計な音はコケダマたちの吸音性の高そうな身体に吸い込まれていく。

 何もなく光すら無い暗闇の世界が、このときだけはたった1人が美しく唄うためのコンサートホールになる。

 

 そして最後のサビに入り、高らかに歌い上げてフィナーレを迎えた。

 

 ラァァー、ラァァー…………

 

 

 キューキュー!! キュオー! キュウゥ! クワァァァツッ!! 

 

 一斉に歓喜の思念が沸き起こるコケダマたち。

 それは濁流のように押し寄せてくるものの、嫌な気持ちは欠片もなかった。

 

 私はお辞儀のように、くるりと一回転して翅をヒラリと揺らす。

 

 それに、より気持ちが高まりはしゃぎだすコケダマたちだったけれど、聞こえてきたアナウンスに私は耳を奪われた。

 

《条件を満たしました。称号「王」を獲得しました》

《称号「王」の効果により、スキル「召喚LV1」「眷属支配LV1」を獲得しました》

 

 ……えっ? 

 

 自分を鑑定すると、確かに称号の欄に「王」と追加されていた。

 そして周りを確認すると新たに加わった仲間を歓迎するように、コケダマたちが仲良く交流していた。

 

 それを見て、システムとしてもコケダマたちから見ても、私が王として認められたことを理解した。

 

 ——やっぱり、なんとしても。

 

 彼らを眺めながら、改めて決意を胸に灯すと、どこからか手を叩く音が聞こえた。

 

 パチパチパチパチ……と乾いた音が鳴り響く。

 こんな音を出せる存在は、コケダマたちにも周りを囲む蜘蛛らにも出せはしない。

 

 音が聞こえてきた方向へ向くと、蜘蛛らが圧倒的な上位者に対して敬意を示すように道を空けながらひれ伏し、その間から小さな靴音をたてながら黒い髪の少女が歩いてくる。

 

 黒髪に白のメッシュが入った少女は、どちらかと言うと小さい背丈で華奢な体つきなのに、一目見ただけで震えが止まらない。

 突き刺さってくる悪寒で全身が逆立つ。

 こんな迷宮の奥底でなければ、どこかの街にいそうな可愛らしい見た目なのに、何故かこんな化物が蠢く魔境にいるほうが相応しいと思ってしまう。

 

 それほどまでに、目の前の少女から感じる隠された気配に戦慄した。

 

 私が怯えて身を竦めていると、決死の覚悟を持ったコケダマたちが私と少女の間に立ち塞がる。

 せめて、ほんの僅かな時間さえ稼げればいいと命を投げ出す意思をもって立ち向かうコケダマたちに私は一瞬声を出せなかった。

 

 恐怖に震え悲鳴を上げる心では、僅かに反応が遅れ静止を願うのが遅れてしまう。

 

 そして急速に接近した自滅覚悟のコケダマは捨て身の体当たりを行ったが、少女が片手を前に出し軽く押すような動きで何倍もの大きさを持っているコケダマの動きを止めてしまった。

 掴まれて身動きが取れず逃れようとするコケダマを、そのまま軽いボールでも持っているかのように遠くへ放り投げた。

 

 私の真横を通って後方へと転がるコケダマは、そこまで大きなダメージを負っていないけれど、ただの片手で圧倒した実力に警戒心がより高まる。

 

 なんとか正気を取り戻して覚悟を決めた私は、これ以上無駄な犠牲が出ないように襲いかかろうとしていたコケダマたちを止める。

 

 そして私と少女が見つめ合うこと、一瞬あるいは悠久にも思える時間を憶えた時、少女が口を開いた。

 

「******、********」

 

 ……言葉がわからない。

 

 いまだこちらの世界では、言葉を使う相手と会ったことは数えるほどで、それも相手から一方的だったり戦闘時に叫んでいただけで、私たちと直接会話して理解しあう機会なんて欠片もなかったので、わかるはずが無いのだけど……

 

 何も反応を返さないのはよくないと思うので、目の前の少女に念話を繋げる。

 

『えっと……はじめまして、こんにちは?』

 

 日本語で語りかける。

 通じないだろうと思いつつ語りかけた言葉に対して、少女は驚いたような反応をした後しばらくして何か失敗したことを悔やんでいるようなポーズをとった。

 

「***、********、************?」

 

 少女が何か捲し立てるように言う。

 それは私に対してではなく自分に言い聞かせるような言い回しだった。

 

 そして何度か言葉を吐き出すと、口を噤んで数秒黙り込む。

 少女は一度深く瞼を閉じると同時に威圧感の全てを消し去り、ゆっくり目を開いて私に優しく語りかけた。

 

 その内容は結局わからなかったけれど敵意というものは感じられず、何度か小さな声で言葉を言った後、背を向けて去っていった。

 

 無防備に背中を向ける少女だったけれど、私は何もせず見送った。

 

 もし何かをしたとしても通用する未来が一切見えず、それで怒らせてしまえば今度こそ私たち全員が死んでしまう予感がしたから。

 

 そして少女が片手をあげてそっと振り下ろす。

 

 それを合図に私たちの周囲を取り囲んでいた蜘蛛たち全てが引き上げていき、後には私たちコケダマの群れのみが、ポツンと残されていた。

 

 痛いほどの無音が広がる。

 結局、一体何だったのかまるでわからずに全てが終わっていた、そんな空気が流れていた。

 

 そして私はゆっくり崩れ落ちた。

 キュー!? キュー キュ! キュキュー! キュゥー! ……………………

 

 霞む意識のなか、柔らかな感触が無数に私を包み込んだことを、憶えていた。




2022/04/15:加筆。
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