【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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20 追いかける者たち

 蜘蛛子ちゃんと喧嘩別れのような絶交をしてから1週間以上経過した。

 

 その間に蜘蛛子ちゃんは場所や時間を問わずに暴れまわり、迷宮内での蜘蛛の魔物の数は著しい減少傾向にあった。

 

 そのことに頭を悩ませた少女——なんと魔王様らしい彼女は、私の周囲に生き残っているパペットタラテクトを全て集結させ何があっても撃破されないように集団行動を徹底させていた。

 

 私はそんなパペットたちを連れてエルロー大迷宮の外に飛び出し、蜘蛛子ちゃんを捜索することになっていた。

 

 なぜ私とパペットたちが一緒に行動しているのか、なぜ魔王様が私の勝手な行動を許しているのか、なぜ私がコケダマたちと離れ離れに行動しているのかとか、色々疑問はあるだろうけど順を追って説明していこうと思う。

 

 あの後、魔王様から簡単な言葉や単語などを教わった。

 それ自体は本当にシンプルなもので、自分やあなたとかの主語、よく使う動詞や名詞だけ教えられて、彼女は最低限の意思疎通が出来る程度には会話が出来るようにしたかったらしい。

 

 けれど私は、その予想を遥かに超える習得速度を見せ、いまだ片言ながらおおよその会話が可能になる程度には、この世界の言葉をごく僅かな短期間で習得した。

 記憶力が上がり忘れなくなる記録というスキルもあるし、集中や並列意思などのスキルの補助もあって学習能力は前世より格段に優れていたのもあって、言語の基礎などはすんなりと習得出来てしまった。

 

 それだけでも簡単な会話はできるほどだったけれど、私が言語を理解できるようになった一番の要因は、以前上層の拠点を襲撃された際に取り込んだ人間の魂の記憶だった。

 

 あの時は魂の洗浄が中途半端であり、取り込んだ際に記憶が混濁して混じり合い酔ってしまったけれど、その時にこの世界の言語についての知識も一緒に取り込んでいたようだった。

 その知識は使う機会もなく記憶の奥底に沈んでいたけれど、魔王様から言語の基礎を教わったことで眠っていた知識が蘇り、この世界で広く使われている人族語について知らぬ間に殆ど理解できるようになっていた。

 

 結果的に魔王様とそれほど不自由なく会話出来るようになった私は、改めてお互いの実情を打ち明け合い、こちらから魔王様に対して協力を願い出た。

 

 私は蜘蛛子ちゃんの暴走を止めたい、魔王様は蜘蛛子ちゃんという異分子を殺したい、けれど一度肉体を粉々に消滅させても蘇ってきたことから一筋縄ではいかない相手と認識していて、私も蜘蛛子ちゃんを殺そうとする事には猛烈に反対したので、一先ず和解の道を模索してくれるようにお願いをした。

 

 ……ただ、蜘蛛子ちゃんが複数のパペットたちやクイーンタラテクトを殺害してしまったことによって、その道も厳しいものになってしまっているけれど。

 

 彼女ら——蜘蛛の魔物たちは全員メスらしい——を殺された魔王様は強い怒りを滲ませていて、とてもじゃないが許すことなど出来ない状態に陥って荒れ狂っていた。

 それなりに彼女らと過ごしてきて、蜘蛛たちにも個性や愛嬌があることを知ってしまった私としても、蜘蛛子ちゃんの所業については素直に認められない気持ちを抱いていた。

 

 そしてクイーンが殺害されたことを知り確認するために戻ってきた魔王様は、エルロー大迷宮の最下層で地龍の長とその取り巻きに足止めをされて、動くことが出来ない状況に陥っていた。

 

 地龍らは蜘蛛子ちゃんを新しい風として期待しており、そのために蜘蛛子ちゃんを滅ぼそうとする魔王様に敵対するらしい。

 そして新しい風の中には私のことも含まれていて、私が自由に動くこと自体は制限するつもりが無いということも彼らの口からハッキリと聞いた。

 

 そうして魔王様は地龍らと戦うことになり最下層から動けなくなったため、私は魔王様から預かったパペットたちと共に、蜘蛛子ちゃんを追うために迷宮の外に出てきたのだった。

 

 本当は、パペットたちは監視役で、まだ警戒されているのかもしれないけれど、彼女から預かった以上、きちんと引っ張っていきたいと思っていた。

 

 彼女たちをこれ以上殺されるわけには、いかないのだから。

 

 大多数のコケダマたちは、クイーンがいた最下層の広場に残って貰い、あの場所を守ってもらうようにお願いをした。

 あの場所は極めて重要な意味を持つ場所であり、禁忌などから知った情報から推察すると、自ずと何があるのか理解していたため、守るための門番としてコケダマたちに残ってもらうように指示を出していた。

 

 魔王様と地龍らは戦いながら遠くまで移動しているので、あの場所は空白地帯になってしまい、まず誰も来ることはない場所とは言え、あそこを守る存在が誰もいない状況はよくないと思い、コケダマたちをそこに配置した。

 実力的にも色々と不安だけど、コケダマ種は基本的に速度が遅いから捜索に連れていけないというのも、置いてきた大きな理由だった。

 必要な時は新たに獲得した召喚を使えば距離を無視して呼び出せるし、身軽な人員で揃えたかったのも本音だった。

 

 

 そして迷宮の外で久々の陽の光に眩しさを全身で感じたら、私たちは蜘蛛子ちゃんを探すために行動を開始した。

 

 ——召喚、クリュー、ネイラ、アカスタ、アドメテ。

 

 私はさっそく召喚を使って最下層にいた群れから、飛行能力を持つコケダマたちを呼び出した。

 

 群れの中でも速度に秀でた個体の4人は、名付けしたことと合流するまでの戦いで進化しており、全員が飛行型コケダマの最上位種ラピッドグラスで揃えられていた。

 呼び出したコケダマたちは私の周りをクルクル飛び回ると、私の正面に一列になってホバリングをし、指示が下されるのを今か今かと待っていた。

 

 私は彼らに地面に降りてきてもらうように指示をし、その場で待機してもらう。

 

 地べたに伏せてもらったコケダマたちの背に、パペットたちを乗せる。

 お互いに、特にコケダマたちは嫌そうにしているけれど宥めて回ることで機嫌を直してもらい、私たちは空から蜘蛛子ちゃんの痕跡を探った。

 

 遥か空高くへと加速し飛翔する私たちは、遮るものの無い上空1500メートル近くまで浮かび上がると、その高度を維持して飛び続ける。

 構造的に私やコケダマたちでは高度を上げ続けるのはかなりキツイので、引斥魔法や風魔法などで補助を加えながら飛び、辿り着いた高空から万里眼で四方を見渡す。

 同じようにパペットたちも落下しないように身を乗り出して、遠くを確認していた。

 

 くぅ、空気も少し薄いけど、それよりも寒い……っ。

 

 地上と比べて半分になった気温が、身体を蝕んで芯まで凍えていく。

 迷宮の中では知ることの出来なかった、この身体の意外な弱点を知り他のコケダマたちも辛そうにしているので、なるべく早くに手掛かりを掴めるように集中して遠くを見る。

 

 そして軍勢というべき大集団の人達が複数の場所で見つかり、その流れがある1か所に向かっていることに気づいた。

 

 南西、距離150キロメートルくらい先の平原地帯。

 

 そこに向かって結集している各軍勢は、集団ごとに鎧の形状や色彩が異なっていて、それぞれ別々の所属であることが察せられた。

 

 もし、蜘蛛子ちゃんなら——

 

 禁忌を知ってしまい現在経験値を求めて暴走している蜘蛛子ちゃんなら、こういう時どう動くか、それを考えてみた結果、ほぼ確実に戦場に顔を出す可能性が高いと予測した私は、進路を平原へと向けるように指示した。

 

 目指す場所を見つけた私たちは、徐々に高度を落としながら飛びやすい高さまで滑空する。

 そして他の人らに見つかって騒ぎにならないように地面スレスレを飛びながら平原へと向かった。

 

 蜘蛛子ちゃんと会ったら、私は——

 

 私は、内心の迷いを先送りにしながら、ただ飛び続ける。

 どちらもよく知っているが故に、どちらに味方するかを決断出来ないまま。

 

 

 

 森の木々を掠めるようにして飛ぶこと数時間。

 そろそろコケダマたちにも疲労が見え始め何処かで休憩を挟もうと考えていると、前方に平原へ向かう軍勢の1つを発見し、このまま進めば衝突する可能性が高いと判断して、その集団から1キロメートル離れた森の中に降り立って休むことにした。

 

 私は空納から魔物肉を取り出すと、長時間飛行して減ったSPを補給させるために全員に配った。

 

 魔物肉を受け取ったコケダマたちは、私から貰ったこと自体が嬉しいのか、大して美味しくないお肉でも喜んで食べていた。

 それをパペットたちもジーっと眺めているものだから彼女たちにも少しだけどお肉を配り、各自それぞれ自由に身体を休めていた。

 

 私も自分の分のお肉を取り出し、それを食べながら軍勢の様子を万里眼で伺う。

 

 その集団の鎧は白色が基調で、所々に法衣にも似た装飾を付けた人が何人かいて、近くの兵士や騎士たちを指揮していた。

 ある場所では、集団で祈りを捧げるように同じポーズで聖句のような台詞を唱えており、全体的に宗教っぽさのある一団だった。

 

 そんな集団も、ちょうど休憩を挟むタイミングだったのか、足を止めて全体の動きが停止すると、周辺の土地を整備し始めていた。

 

 私は、これならちょっと迂回すれば避けられたかなと思いつつ、軍勢の隅から隅まで見渡した。

 すると、その集団には似つかわしくない幼い少年が1人混じっていることに気づき、その男の子が集団から少し離れた木陰に歩いていくと、そこに生えていた大樹に背を預けて大きなため息を吐いて座り込んでいた。

 

 少し気になった私は、感知能力を高めて男の子のことを見る。

 鑑定をしなくてもおおよそのステータスを正確に測れる高精度な感知が伝えることが真実なら、その少年が今までで見てきた人間の誰よりも高いステータスを宿していて、明らかに普通の子供ではないことを強く感じていた。

 

 その男の子のことがどうしても気になった私は、休憩や食事に夢中になっていて私に意識が向いていない隙にこの場から抜け出して、彼の元に飛んでいった。

 迷彩がLV10になり派生した隠蔽など隠密に適したスキルを総動員して、コケダマやパペットたちにも、人の集団らにも見つからないように姿を隠しながら飛ぶ。

 

 そして、少年が寄りかかる大樹の上に止まると、彼に向けて念話を繋げた。

 

『……こんにちは』

「っ!?」

 

 突然脳内に響いた声に驚いて、少年は腰の剣に手をかけながら周囲を見る。

 けれど頭上には注意が向いていなくて、必死に探すものの私の姿は発見できずにいた。

 

『こっち、上、だよ』

「……喋る、魔物だって?」

 

 私の姿を捕らえた瞳は、不安に満ちた表情ながらも強い芯のある光を宿していた。

 そして剣に手を掛けたまま、私の一挙一動を見逃さないように神経を張り詰めていた。

 

『怖がらないで。私は、君と、話がしたいだけ、だから』

「魔物が人族と会話をしたいだなんて……」

 

 少年は警戒を解くことはなかったけれど、戸惑いながら会話を続けてくれるようだ。

 

「あなたは、いったい……?」

『私は、……まだ、ただの魔物。それだけ』

 

 その質問には上手い返し方が思いつかなくて、はぐらかすような言い回しになってしまい、それを誤魔化すように、今度は私から質問をした。

 

『君は、なぜこんな所に、1人でいるの?』

「僕は……」

 

 そして少年は、己の悩みや不安を少しずつゆっくりと吐き出していった。

 

 流されるまま戦場に行くことを決めてしまったこと。

 そこでは少年の存在は、やたら祭り上げられるけれど彼本人ではなく肩書を見られているようであること。

 その肩書が勇者であり、その大きさに戸惑いと不安を感じていること。

 そして周囲の人達との距離感に悩み、肩書の重さで押しつぶされそうになって抜け出してきたのだと言う。

 

 それを聴いて私は、慰めにもならないと思いつつ口を開いた。

 

『勇者の、ことは、よくわからない。けれど、君が悩んでいることを、今ここで、聴くくらいは、してあげられる』

 

『私は、君が悩んでいることが、間違いだとは、思わない。勇者の、肩書には、それだけ重い意味が、あるのだと思う』

 

『なら、少しは休んで、ゆっくり考えるのも、大事だと思うよ』

 

 私が言えることは、ただの逃避でしかなかった。

 けれど、思いつめていた少年の顔からは強張りが取れていて、ほんの少しだけ気持ちが楽になっていたように感じた。

 

「休んでもいいと、立ち止まってもいいと言うんですか?」

『そう』

 

 そして私は、そっと後押しをする。

 

『ゆっくり考えて、君が信じたことを、そうありたいと願ったことを、進めばいいと思う』

 

 君が正しいと信じた道を進んで欲しい。

 それがどんなに苦しいものだとしても、自分の正しさを嘘にしてはいけないのだから。

 ……これは、近い未来に罪を背負うことになる私に対しても、言った言葉だった。

 

 そして私は片側だけ翅を開くと、翅の1枚を根本から切り落とした。

 切り離された翅は、重力に引かれて少年の目の前に落ちていき、彼は突然の私の自傷に驚きながらも、ふわりふわりと落ちてきた翅を受け止めていた。

 

『それを、あげるよ』

 

 私は回復魔法を多重に発動させることで、根本から失った翅を目に見える速度で再生させていく。

 1分も経たない内に翅の全てを修復させると、私は4枚の翅を震わせて飛び立つ準備をする。

 

『あげられるものが、そんなのしかないけど。でも、休んでもいいんだって、忘れないで』

 

 そして私は木々に紛れながら少年の元から飛び立った。

 姿の消えていく私に向かって、少年は翅を握りしめながら叫んだ。

 

「僕はっ! 勇者ユリウス! いつかこの名に恥じないように正しい道を探し続ける!」

 

 少年の、ユリウスの声が木霊する。

 

「だから——」

 

 その声は言い切ること無く途切れていく。

 けれど、そこに弱々しさは無くて、強い決意を感じられた。

 

『またね』

 

 最後に一言だけ告げて、私は転移で姿を消した。

 

 私と少年2人きりの大樹から、私がいないことに気づいたみんなが大慌てで混乱している森の中へと一瞬で移動する。

 

 

 大樹の根本に佇む少年は、手に持った翅を眺めて空を見る。

 そこには何もなかったけれど、頭上の緑の隙間から差し込む光の線が、少年を優しく照らしていた。




人化まで、あとちょっと……
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