先回りして平原地帯へ辿り着いた私たちは、戦場となる場所から少し離れた所に潜伏して戦争が始まるのを待ちつつ、ジッと息を潜めていた。
パペットたちを背に乗せて頑張って運んでくれたコケダマたちは、一旦エルロー大迷宮の最下層に長距離転移で送り返していた。
それなりに大きく——グレータータラテクトと同じくらいのワゴン車サイズはあるので、姿を隠せる木々などが少ないこの場所では、どうしても目立ってしまうからであった。
そして身を隠して待つこと僅か数日、戦争が始まった。
轟音、爆音。
荒々しい鬨の声と、劈くような悲鳴が鳴り響く。
もはや何処から聞こえてくるのか分からない程に、平原全体が荒れ狂い喧騒に満ちていた。
大人数が一斉に大地を駆ける足音の、重苦しい地響きが聞こえる。
前線でぶつかり合う兵士達の鋭い剣戟の金属音が木霊し、また1人また1人と鈍い湿った音をたてて崩れ落ちていく。
戦場に光芒が瞬けば、破壊力をもった超現象が発生し、人々を軽々と吹き飛ばしては命を奪っていく。
それを私は、遥か上空に浮かびながら見下ろしていた。
隣には、空間機動で足場を作ったパペットたちが並んでいる。
そして戦場の一角で、人の魔法能力では不可能な大規模破壊の爆発が起きると、その中心に蜘蛛子ちゃんの姿を確認した。
『見つけた……。パペットたち、少し待機、私が道を作る』
私は暴風魔法の広範囲殲滅術式を複数起動させる。
この魔法の威力自体は龍種に通用するほどの力は無いけれど、戦場にいる人族の命を刈り取るには充分すぎるほどの破壊力を秘めていた。
——ごめんね。
私は、私自らの目的のために、人族の命を積極的に奪っていく。
《第二段階:人族1万人分の魂を生贄に捧げ、器を形成せよ》
これが神仰に指示された任務であり、これから私が行わなければならない虐殺の指示書だった。
そのおびただしい数を満たすには戦場に集まった兵士達はうってつけであり、平時にこの数を達成するためには、戦いとは無関係な人々も殺さなければならないと覚悟していた。
だからこそ今この瞬間こそが、最大で最良の機会とも言える。
——嵐天魔法、龍風、多重起動。
無数の竜巻が、戦場を縦横無尽に暴れ回る。
地上に顕現した風の龍は無形の爪と牙を振るい、私と蜘蛛子ちゃんとの間にいた人間を血煙に変えて何も存在しない空間へと塗り潰しながら進んでいく。
《生贄の魂 4367/10000》
そして突き進む狂風は蜘蛛子ちゃんも巻き込んでいくが、それを蜘蛛子ちゃんは簡単に打ち消してノーダメージで砂埃の中に立っていた。
この程度なら、蜘蛛子ちゃんにも簡単に対処出来るよね。
離れ離れの間に強くなった蜘蛛子ちゃんの力量を上方修正して、私たちは騒然とする戦場を飛び越えて、遠く離れた地面にポツンといる白い影の元に向かう。
蜘蛛子ちゃんは慌てた様子で転移を発動させようとしているけれど、そうはさせない。
防がなければ大ダメージを負う威力の魔法を、容赦なく撃ち込み続ける。
予想通り、転移の構築を止めて回避と相殺に蜘蛛子ちゃんが集中しなければならなくなった間に、私たちはドンドン距離を詰めていく。
そして距離が縮まると、いくつかのスキルを起動させる。
——乱魔の鱗粉、龍結界。
魔法を阻害する効果を発揮するスキルの射程圏内に蜘蛛子ちゃんを捉えると、私たちは逃さないように周囲を囲む。
そして一触即発の睨み合いなると私たちは口を開いた。
『……久しぶり、蜘蛛子ちゃん』
『ステータス的には正気……みたいだね、コケちゃん』
最初はお互い探り合うような雰囲気から始まる。
『どうして魔王なんかと一緒にいるのさ!』
蜘蛛子ちゃんが叫ぶ。
それに私は淡々と答えた。
『前に蜘蛛子ちゃんから魂への攻撃について聞いたけれど、それが本当はあまりにも悍ましくて嫌悪感を抱いてしまう方法だったことを、直接見て知ってしまったからかな?』
『んん……?』
蜘蛛子ちゃんは首を傾げている。
まあ、こればっかりは魂の状態を見ることが出来なければ分からない感覚だと思う。
『だから私は蜘蛛子ちゃんを止めるために行動して、自分の意志で魔王様と一緒にいることを選んだんだよ』
『……コケちゃんが正気で、あの魔王に協力しているのはわかった。けど!』
戸惑いながらも私の立ち位置を理解した蜘蛛子ちゃんは、割り切れない感情を乗せて吠える。
『あいつは私のことを殺そうとしたし、一回粉々にされた! なら戦うか逃げるかのどっちかしか無いじゃないか!』
蜘蛛子ちゃんは怒りを滲ませて極端な考えを言う。
『彼女は一度は対話を試みた、それを切り捨てたのは蜘蛛子ちゃんの方でしょ!』
『言葉が理解できないんだから、そんなのわかる訳ないでしょう!?』
お互いに叫び続ける。
そして——
『『こんの、わからず屋めっ!』』
すれ違う想いを燃料に戦意を滾らせ、互いの背後に術式を編む私たち。
それが爆発する寸前になった時、私たちは空間が揺らぎ誰かが転移してくるのを察知した。
この感覚は、あのときの黒い男の人の魔術……?
けれど空間を飛び越えて顕れたのは黒い男の人ではなく、今まさに渦中の人として言い合っていた魔王様その人だった。
「お楽しみの最中にごめんね」
突然現れた魔王様は、“日本語”で語りだす。
横目で見た魔王様の魂は、もはや最初に出会った頃とは別物に変質していて2つの魂が溶け合い融合した結果、元々の魔王様とも蜘蛛子ちゃんの並列意思とも違う、別人とも言える魂に形と性質が作り変わっていた。
もう、あの時の魔王様は……
纏う雰囲気が変わってしまった魔王様は、私たちを結ぶ線が三角形を描くように間に立つと、以前の神経質そうな口調とはまるで違う、親しみを感じさせる柔らかな口調と笑顔で、ドロドロの想いを吐き出した。
「コケちゃんには悪いけど、とりあえずそこの異分子には一回死んでもらうわ」
彼女は蜘蛛子ちゃんに宣戦布告を突きつける。
顔には笑顔を浮かべているけれど、その瞳は笑ってはいなかった。
そしてお互いに譲れない想いを胸に抱き、私たちは動き出した。
魔王様が目にも留まらぬ速さで動き、蜘蛛子ちゃんに踵を振り下ろす。
それを蜘蛛子ちゃんはギリギリのところで躱して魔法を構築しようとするが不発に終わり、それに戸惑っていると魔王様が踵を打ち付けた地面が爆散して、その衝撃によって吹き飛ばされていく。
魔王様が動き出した時に上書きするように展開された神龍結界が、さらに空間を塗り潰すことで魔法が殆ど発動できないレベルまで阻害する。
私は、魔王様の神龍結界には出力で負けているけれど対抗スキルとして龍結界と神霊苔の2種類を発動して中和することで魔法への干渉力を維持する。
蜘蛛子ちゃんも対抗して龍結界を張るけれど1種類のみかつ、展開したそばから魔王様の暴食によって食い尽くされて効果を発揮できずに消滅していた。
魔法という遠距離攻撃を封じられた蜘蛛子ちゃんは防戦一方であり、回避するのにも全力を出さなければ一瞬で捕まり、そのまま止めまで持っていかれそうな猛攻に手も足も出せずにいた。
私はそれを上空から眺めながら、蜘蛛子ちゃんも魔王様も両方射程範囲に入っている高範囲かつ高威力の魔法を構築し始める。
2人とも巻き込むつもりで魔法を組み立てるが魔王様には耐性で無効化されてしまうだろうし、蜘蛛子ちゃんにしてもこの程度では瀕死にもならず不死のスキルを持っているから肉体的にいくら致命傷を負っても問題はないと判断して、遠慮なく魔法を眼下に撃ち込む。
パペットタラテクトたちは魔王様が現れた時にすぐさま戦場から撤退していて、魔王様なりに巻き込んでしまわないように命令したためだった。
太陽を背に私は戦場全域を確認して、この場にいる人族の人数と位置を把握していく。
そして、空高くから不可視の刃を振り下ろした。
物体を切り裂く力を帯びた無数の風が、戦場の至る所に落ちていく。
それは戦場を高速で動き回る蜘蛛子ちゃんと魔王様には殆ど当たること無く、ただその周囲にいたけれど運良く2人に巻き込まれること無く生き延びた兵士達の命を容赦無く摘み取っていく。
《生贄の魂 6674/10000》
《生贄の魂 8918/10000》
《生贄の魂 9710/10000》
2人が暴れまわるたびに、私が無慈悲に命を刈り取っていくたびに、戦場から人の気配が消えていき、十万近くいた兵士の姿が疎らにしか姿を確認できなくなっていく。
そして残り僅かな人影すら逃さず両断すると、ついに指示された条件を満たした。
《規定の魂を確認しました》
《熟練度が一定に達しました。スキル「神性領域拡張LV8」が「神性領域拡張LV9」になりました》
《条件を満たしました。スキル「神仰」の第三段階が解放されました》
《第三段階:大切なモノを自らの手で捧げ、神に相応しき魂を創造せよ》
《経験値が一定に達しました。個体、モフ・モフラスがLV48からLV50になりました》
《条件を満たしました。個体、モフ・モフラスが進化可能です》
無数のアナウンスが響く。
それを意識の片隅で聞いていると、荒れ果てた戦場で対峙している蜘蛛子ちゃんと魔王様のほかに、見覚えのある綺麗な青い服を着た少年が2人に向かって叫んでいた。
あの子は……
私は高空から急降下して加速する。
そして2人とユリウス少年との間に私が降り立つと、私は念話で蜘蛛子ちゃん魔王様両方に語りかける。
『彼は……、私が、引き受けます』
そして私が彼を引き受けようとした時、頭上から巨大な火炎と岩石の雨が、私たち全員押し潰そうと落下してきていた。
『くぅ……っ!』
私は、ユリウス少年を無理矢理抱え込むと、全力で離脱する。
腕の中で彼が暴れるけれど、麻痺と睡眠の状態異常を押し付けることで強制的に静かにさせる。
だけど耐性なんて無いはずなのにユリウス少年は数秒だけ耐えると、その間に掠れた声で呟く。
「どうして……、あなたが……」
『……これが、私の信じた、正義だから』
そう答えると今度こそ眠りに落ち、力なく身体を弛緩させてダラリと手足が伸びる。
火炎は、魔王様の神龍結界に阻まれて掻き消されるだろうけど、実体を持った岩石は破壊力を持ったまま重力に引かれて落ちてくる。
それを避けながら安全圏まで彼を運んでいると、背後で非常に高度な魔法が構築され、今まさに蜘蛛子ちゃんに向けてそれが発動されようとしていた。
——深淵魔法!? 待ってっ!? その魔法は!!
ユリウス少年を抱えているため引き返すことが出来ない私は、それが蜘蛛子ちゃんを飲み込み欠片も無く消滅させていくのを見ていることしか出来なかった。
気絶したユリウス少年を戦場から遠く離れた安全な場所に寝かせてきて、私は大魔法がいくつも炸裂した爆心地へと戻ってきた。
そこには大きく抉れたクレーターの中央で砂塵を弄ぶ、寂しげな魔王様の姿があった。
その姿を見た私は激昂し、聖光魔法を乱射しながら襲いかかった。
『どうしてっ! 蜘蛛子ちゃんを殺したっ!』
蜘蛛子ちゃんには、それだけの事をしでかして殺意を向けられるだけの理由があったとは言え、いざ殺されたとなるとそれを認めることが出来ずに、感情がグチャグチャに荒れ狂って自分が抑えられなくなる。
それを魔王様は甘んじて受けるものの大したダメージにもならず、すぐさま治療しては軽く腕を振りながら拳を握る。
その瞬間に私の身体に目に見えない無数の糸が絡みついて拘束し、私を大地に引きずり落とした。
すぐさま燃やそうと炎を纏うが切れること無く健在であるのを確認すると無意味な炎をすぐに消して、腐蝕属性のスキルである死滅の鱗粉を躊躇なく使う。
代償として、翅の大半が消し飛び胴体にも重篤なダメージを負ったものの糸の拘束から抜け出すことに成功した私は、目の前にいる少女を強く睨んだ。
「落ち着いて話を聞いて欲しいな」
魔王様は、日本語でそう呟く。
「どうにもあの異分子、君が蜘蛛子ちゃんと呼ぶあの個体は深淵魔法を食らったというのに、まだ死んでいないみたいでさ、あれだけ強大に成長した存在を殺した時に感じる感覚が全く無い」
魔王様は砂地となった地面に座り込むと、瞳に怯えを滲ませて身体を震わせた。
「それに今の私はゴチャ混ぜになった結果、魔王アリエルであり若葉姫色の一部でもある。だから君のこと……コケちゃんのことを殺したくない傷つけたくないっていう気持ちも湧き上がっていて、これが短い期間ながら一緒に過ごしたアリエルとしての気持ちなのか、それとも二人三脚で生き延びてきた若葉姫色としての気持ちなのかも、自分ではわからない」
膝を抱えて背中を丸める彼女は、ここではない何処かを見ながら喋り続ける。
「混ざりすぎた私は、元体担当として本体たる彼女を殺すのも気が引けるし、アリエルとしても得体が知れない彼女が怖くて仕方がない」
「だからさ……、もうどうしようもない私は、あの異分子と敵対するのを諦めて手を組むしか方法が残されていない訳なんだよ」
遠い目をして話し続ける彼女を見て、私は振り上げた拳を向ける先を見失う。
「というわけで! 敵対する理由が無くなった私は、これから彼女と交渉して味方に引き入れる、それが出来なくても相互不干渉の関係を構築出来るように頑張らないといけない訳で……」
突然明るく振る舞いだした彼女は、無理矢理笑顔を浮かべて笑う。
あまりの痛々しさに、私自身も胸が痛くなる。
完全に戦意を失った私を見て、彼女はこう言った。
「とりあえず、一緒に来てくれるかな? コケちゃん?」
私は、ただ頷くしか出来なかった。
次回、人化、そして和解へと。
イラスト
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見たい
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いいえ私は遠慮します
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そ、そこまで言うんだったら……
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やってみせろよ、マフティー!