あの後、荒廃した戦場から見つからないように離脱した私たちは、先に撤退していたパペットタラテクトたちと合流して山の奥深くへと登り、戦場だった場所の様子がギリギリ見える切り立った崖の上に腰を下ろして佇んでいた。
「だいぶ人族が死んだかな? これで少しでもシステムの足しになればいいけど……」
『……そう、ですね』
遠く離れたこの場所からでも、乾いた土の匂いと血と臓物のキツイ臭気が感じられる。
夕暮れの斜陽に照らされた大地は、土の茶色も血の赤も等しく暗い茜色に染め上げていた。
「思うんだけど、どうやって生き延びたんだろうねー」
『それは……、私にも分からないです』
魔王様は、ポツリと疑問を口にする。
不死のスキルを持っていても殺すことが可能な方法は主に2種類あって、魂そのものを破壊する外道魔法の破魂、魂を分解してシステムに還元させる深淵魔法の全般が、システム内で不滅を約束されていても問答無用で殺害する例外中の例外だった。
それが直撃して跡形もなく体は消え去ったというのに、どんな方法で蜘蛛子ちゃんは生き延びたのか私には皆目見当がつかなかった。
「あー、そうそう改めて君のことをコケちゃんって呼んでもいいかな? あの蜘蛛ちゃん……若葉姫色ちゃんの呼び方も考えないといけないかなー?」
『……えーと、私の名前はそれでもいいですけれど、蜘蛛子ちゃんは蜘蛛子ちゃんだから……若葉さんという呼び方はちょっと……』
「……うん?」
魔王様が首を傾げているけれど、そこは私の中で譲れないポイントだった。
「あ、あとさー、魔王様なんて仰々しい呼ばれ方されると何かむず痒いと言うか……、もっと砕けた風に呼んでくれると嬉しいな、アリエルとか」
頬を指で掻きながら彼女は苦笑する。
『では……アリエルさん、と』
そう言うと、アリエルさんは軽く微笑む。
「さて、これからどうしよっかー? 蜘蛛ちゃんの居場所もわからないし、ぶっちゃけ出来ることなんて今は無いし」
『それなんですけど……進化が出来るみたいなので、その間守ってほしいかな、と』
戦闘途中で聞こえたアナウンスの記憶と、ステータスに表示されている進化可能の文字。
そこに示されていたのは全く別系統への進化であり、人型になれるかもしれない可能性だった。
「なるほど? 一応鑑定してもいいかな?」
『どうぞ。鑑定妨害も外しますので……』
支配者権限の妨害機能をオフにする。
そして私のステータスを見たアリエルさんが驚いていた。
「うっわ、なにこの龍種の長に匹敵するステータス。しかも、強欲の支配者!? 取っちゃダメなスキル筆頭じゃん……。一応外道無効があるとは言え、こんなの持っているのに随分正気を保てている方だよ本当。しかも見たこと無いスキルもあるし、なにこの文字化け、鑑定不能……?」
ブツブツと呟き続けるアリエルさん。
それを無視して、私は空納に入っている残り僅かとなった食糧を全て取り出す。
進化した際にはMPとSPがゴッソリ持っていかれてしまうけれど、根本的に種族が変わる場合では、どんな影響が発生するのか不明だったので用意できるものは全て出しておく。
そして進化可能の項目へと注目した。
《マステマ:進化条件:特定の種族の魔物 LV50、強欲または勤勉もしくは節制スキルを所持:説明:混ざりあい堕ちた模造の堕天使。敵意と憎悪を司り悪霊を率いる者なり》
説明文には何やら恐ろしげで意味深な内容が書かれているけれど、それら一切を無視して進化の選択肢を決定する。
……いまさら、こんなことを一々気にして、立ち止まってなんかいられない。
やることは、これからも沢山あるのだし、力を得られるのなら善悪なんて問わないのだから。
進化が開始されると、私の身体は苔に包まれていく。
それはどんどん膨らんで人一人が入れるほどの巨大な苔玉になると、その中心にいた私の意識が少しボンヤリし始めて、身体が末端から形を失って苔と一体になっていく。
微睡むような感覚に身を任せていると元々の蛾のような肉体が全て溶けて消えてしまい、なのに意識は保ったまま球体の中を漂っていった……
——苔の塊をまるで子宮とみなし、その中心に新たな身体が形成され始めると急成長していき、人のシルエットを象っていく。
身体を丸めたまま、ゆらゆらと苔のクッションの中に浮かぶ、人のようで人ではない姿。
そしてある程度の大きさ、未だ幼さの残る年頃くらいの体にまで成長すると揺り籠は崩れ落ち、空いた隙間から光を浴びながら外気に触れると、一匹の魔物は新たな姿へと生まれ変わって一人の少女へと姿を再誕させたのであった。
重力に引かれて地面に
剥がれ落ちた苔が地面を覆っていたので背中に当たる感触などは痛くなかったけれど、手足の感覚が覚束無い。
長いこと忘れていた、人間の形をした手足を動かす感覚に脳が戸惑い、その齟齬を埋めるための調律作業に、私は地面に寝転んだまま四苦八苦していた。
そして仰向けで空を眺めながら、そっと顔に触れる。
黒く染まった指先の硬い感触が頬に突き刺さるけれど、手のひらに柔らかな皮膚の感触が返ってきて顔のパーツを確かめていく。
……うん、人の顔、だと思う。
何度か瞬きをして半目だった瞳から瞼をきちんと開くと、私は両肩の2本と首裏から伸びる2本の合計4本ある腕で上体を起こす。
他にも、いくつか前世とは違う感覚があるけれど、それらは一旦置いといて私はアリエルさんが呟いた言葉が気になって視線を向ける。
コレー
「……そんな、お母さん? ■■■ちゃん? 嘘、ありえない……」
唖然とした表情で此方を見る彼女の顔には信じられないという感情がありありと浮かんでいた。
視界に映る、毛先に向かって薄い金色から濃い緑色へとグラデーションする非常に長い髪を片手で掬い指でなぞりながら、私はアリエルさんに顔を向け質問をした。
「…………アァー、んんっ……アリエルさん、それって……どう、いう意味ですか?」
声の出し方を忘れかけていたせいで声帯が強張っていたけれど、数回発声練習をすると感覚を掴み直して、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
んんー? 口内の作りが違う? 舌の感覚に違和感が……
コレー
「いや、一見似ているけど違う。■■■ちゃんはもうっ! それにまだサリエル様は……ッ!!」
私を置いて、狂乱するアリエルさん。
まるで知ってはいけないナニカを知ってしまった時のように、視線が泳ぎ頭を掻き毟って譫言を叫び続けていた。
私はふらつきながら立ち上がると、硬質な外骨格に包まれている虫のような足先で、しっかりと地面を踏みしめながら歩き、この小さな細い身体でアリエルさんを抱きしめた。
あばらの浮いた貧相な胸だけど、焦点が合わず内面に潜ったまま戻れなくなっているアリエルさんの頭を抱きかかえて優しく撫でる。
ステータスの差から一度振り払われそうになるけれど、なんとか耐えて優しく包み続けること、十数秒。
落ち着きを取り戻したアリエルさんは、少し赤くなった顔で私を引き剥がした。
「もう大丈夫、というか裸っ! そんな格好で抱きつかないでよ、こっちまで恥ずかしくなる!」
頭を振り雑念を追い出したアリエルさんは、頭痛を堪えるように額を押さえながら私を指差す。
視線を下げると、首元の緑のフサフサで見えづらいけど一糸まとわぬ痩せぎすの身体が映った。
「あぁ、ほんとうだ。どうしよう……?」
全裸だと言うのに大して感情が揺さぶられること無く、平然としたまま自分の身体を見下ろす。
単に、今この場所にはアリエルさんたちしか居ないからなのか、それとも人としての感性が摩耗していたからなのか。
それは分からないけれど、今は取り敢えず確認を優先していった。
前世と同じ、あるいはそれ以下に小さくなった気がする薄い胸や、脇腹、腰などを触っていく。
肩から伸びる腕は人に近い肌だけど、肘から手首にかけて苔で包まれている。
もう一方の背中の腕は全体が苔で覆われていて、内部の硬い感触から虫としての手足に近い構造だと感じられた。
それと……左の脇腹に稲妻みたいな傷跡の凹みがある?
首裏に手を回すと、増えた腕だけではなく他にも感触がある。
足首まである髪に完全に隠れていたけれど四枚の翅も健在で、肩甲骨と首との中間から生えており、そこにあると理解すれば自由に開いたり閉じたりが可能で、そのたびに髪を大きく揺らした。
おしりの方からは尻尾みたく、以前の腹部にあたるものが尾底骨周辺から繋がって背後に伸びており、短い柔らかな毛並みと弾力のある中身の感触が指先に返ってくる。
アリエルさんと並んで立っていると、目線の高さがほぼ同じで自然と瞳が交差する。
若干、そう若干僅かだけど、私のほうが、身長がっ、低いような気がしたッ。
……今世も、また低身長なのぉ??
地味に、今までで一番精神ダメージを受けた気分になり、どんより落ち込む。
ふと、自身の顔が気になった私は鏡になるものがないか考える。
鏡……水鏡……、向こう側が透けてきちんと映らない……、凹凸のない金属質の土壁を重ねてみれば……、うん、いい感じかな。
品質は低いものの、即席にしては上等な鏡を作り上げると、そこに映った顔を見て少し驚く。
……目元や表情の薄さで印象が異なるけれど、前世の顔と良く似ている。
前はパッチリしていた目が眠たげなタレ目気味になっている変化はあるけれど、その他のパーツは前世と同じ、いや左右の歪みといったズレも無くなっているようで、無表情染みた顔も合わさり人形みたいな顔つきだった。
鏡に映った瞳は光を反射しない煤のような墨色で、黒目の中には青白い円環が2本刻まれており、それが拡大と収縮を繰り返して、まるでカメラのレンズのような瞳だと思った。
耳の上あたりからは触覚だったものが横に伸びながら垂れ下がっていて、元々の触覚の形状からオレンジ色の鳥の羽を飾りにして留めているようだった。
頭上には、ぼんやりと光る光輪が浮かんでいて、その形はまるで翅を広げた蛾のような虚像が投影されていた。
手で触れてみようとするも実体が無いようで、伸ばした手は宙を切ってすり抜ける。
口を開いて口腔内を確認すると下顎のところに異様に長い舌が収められていて、紙でできた笛のおもちゃみたいにクルクルと伸びていく。
舌の先端には小さな穴が空いていて、そこから空気を吸い込めることからストローみたいな構造だと理解した。……あっ、これ口吻が変化した部分なのか。
そんなことを裸のまま気にせず確認作業を続けていると、顔面めがけて布の塊が押し付けられた。
「わぷ……」
「早くっ、服を着ろ!」
渡された布を広げると、巨大な白の無地の一枚布で、急遽アリエルさんが糸を操作して作ってくれたみたいだった。
長くて重たい髪と四枚の翅を巻き込まないように、背中から翅などは外に出すようにして身体に巻くと、とりあえず一応は全身隠すことが出来たが、手で抑えていないと簡単に肌蹴てしまいそうだった。
「あー、何処かで服を買わないとダメかな、これは」
額を指で押さえ、唸るアリエルさん。
アリエルさんと同じくらいの小さな少女が、一枚布を巻いただけでその下は全裸。
たしかにこの格好はよろしくないなと、私も思った。
「近くに街とかは?」
「んーと、ここからならケレン領の中心が近いかな?」
顎に手を当てながら上空に視線を彷徨わせるアリエルさん。
「では、行きましょうか」
「そうだねー、それがいっか!」
アリエルさんが歩きだすと、身を寄せ合って座っていたパペットタラテクトたちも起き上がって彼女の後についていく。
私も後を追い、ついていくけれど、まだ慣れない二足歩行よりも空を飛んでいる方が楽なので、ふわふわ浮かびながら追いかけた。
そうして私たちは移動を開始して、黄昏に染まる戦場跡地が地平線に消えて見えなくなるまで、ただただ進み続けるのであった。
あっ、そうだステータスの確認……
《マステマ LV1 名前 コケ(苔森 真理)
ステータス
HP:15367/15367(緑)+1700
MP:9428/47519(青)+0
SP:12804/12804(黄)
:818/12463(赤)+0
平均攻撃能力:8141
平均防御能力:45566
平均魔法能力:52411
平均抵抗能力:46451
平均速度能力:48599
スキル
HP超速回復LV4 MP高速回復LV10 MP消費大緩和LV10
魔力精密操作LV10 SP高速回復LV10 SP消費大緩和LV10
状態異常大強化LV10 貫通大強化LV6 衝撃大強化LV6 破壊大強化LV5
打撃大強化LV5 斬撃大強化LV4 暴風強化LV10 水流強化LV10 大地強化LV10
聖光強化LV7 火強化LV4 雷強化LV8 闇強化LV2
魔神法LV10 大魔力撃LV10 魔力付与LV10 魔法付与LV10 神龍力LV3
神龍結界LV1 闘神法LV8 気力付与LV10 技能付与LV5 強麻痺攻撃LV10
昏睡攻撃LV10 猛毒攻撃LV6 強酸攻撃LV5 外道大攻撃LV10 火攻撃LV3
麻酔合成LV10 催眠薬合成LV10 神霊苔LV10 乱魔の鱗粉LV5
死滅の鱗粉LV3 鎧の天才LV4 体術の天才LV1 剣の才能LV4 空間機動LV10
高速飛翔LV10 高速遊泳LV4 念力LV10 投擲LV4 射出LV10
隠密LV10 迷彩LV10 隠蔽LV3 無音LV10 無臭LV10 無熱LV6
集中LV10 思考超加速LV10 未来視LV7 並列意思LV10 高速演算LV10
記録LV10 軍師LV1 連携LV4 命名LV5 召喚LV4 眷属支配LV2 帝王
命中LV10 回避LV10 確率大補正LV10 鑑定LV10 遠話LV4
光魔法LV10 聖光魔法LV10 極光魔法LV2 水魔法LV10 水流魔法LV10
蒼海魔法LV4 風魔法LV10 暴風魔法LV10 嵐天魔法LV6 土魔法LV10
大地魔法LV10 地裂魔法LV10 重魔法LV10 引斥魔法LV10 治療魔法LV10
回復魔法LV10 奇跡魔法LV1 麻痺魔法LV10 睡眠魔法LV10 空間魔法LV10
次元魔法LV4 外道魔法LV10 毒魔法LV10 雷魔法LV10 雷光魔法LV4
氷魔法LV5 火魔法LV5 影魔法LV10 闇魔法LV3
物理大耐性LV2 聖光耐性LV9 水流無効 暴風無効 大地無効 重無効 炎熱無効
状態異常無効 酸無効 暗黒無効 雷光耐性LV1 腐蝕大耐性LV3 気絶無効
恐怖大耐性LV7 苦痛無効 痛覚無効 外道無効
暗視LV10 五感大強化LV10 知覚領域拡張LV10 万里眼LV3
天命LV10 天魔LV10 瞬身LV10 耐久LV10
剛力LV9 城塞LV10 天道LV10 天守LV10 韋駄天LV10
大魔王LV1 飽食LV7 激怒LV3 強欲 征服 羨望LV3 神仰 解脱 操魂 魂魄召喚LV1
神性領域拡張LV9 森羅万象LV10 禁忌LV10 n%l=W
スキルポイント:187690
称号
悪食 味方殺し 血縁喰ライ 麻痺術師 睡眠術師 無慈悲 魔物殺し 魔物の殺戮者
強欲の支配者 竜殺し 恐怖を齎す者 龍殺し 狂乱の主 率いるもの 覇者 神仰の支配者
王 魔物の天災 人族殺し 人族の殺戮者 人族の天災 》
……うわぁぁ。
ちょっと言葉に出来ないステータスとスキルの数々が、そこにあった。
《操魂:支配下にある魂を管理し、操作できる》
《魂魄召喚:支配している魂に依代を与え、現世に呼び出す》
……これは、強欲で貯め込んだ魂を使えと言うことなのかな。
けれど、既に漂白した魂では対象に選ぶことが出来ないみたいで、今は使えないみたいだった。
そして、いつの間にか名前の欄が追加されていて、コケという名前になっているのにも気付く。
「……アリエルさん」
「んー? 何だい?」
私は、さっきアリエルさんが呟いた、名前について思い浮かべる。
「さっき、私のことを■■■って……」
「あぁ、気にしないで。ずっと昔の、家族の姿が重なっただけだからさ」
その悲しげな、過去を偲ぶかのような声に、何となく察した。
少しだけ、私の愛称と音の感じが似ていたその名前。
その人は、一体どんな人だったのだろう。
気になりつつも、私はそれを問うことはしなかったのだった。
そして、日が落ち空に複数の月が浮かぶ時間にケレン領の領都にやって来た私たちを待っていたのは、煌々と燃え盛る街の姿だった。
2022/03/20:改訂。
イラスト
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見たい
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いいえ私は遠慮します
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そ、そこまで言うんだったら……
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やってみせろよ、マフティー!