私の名前は、ソフィア・ケレン。
こことは違う世界から転生してきた転生者で、裕福な貴族の娘として生まれた。
前世の名前もあるけど、割愛するわ。
あまり前世の自分のことには、いい思い出が無いもの。
美形の両親から愛情を注がれ立派な屋敷で優しい人達に囲まれ、不安はあったけれど次第に割り切って、このまま幸せな人生を歩めると漫然と思っていた、それなのに……
本当、あまりにも呆気なく何もかも失ってしまい、残ったのは私自身とメラゾフィスだけ。
笑っちゃうわ、何もかも空虚で心が追いつかない。
それは、前世と今世では過ごした年数が違うのもあるし、今世で生きている実感が得られる前に全て無くなってしまったから、というのもあるわね。
そんな私は理由は分からないけれど、窮地を救ってくれた若葉、アリエルさん、苔森の3人と、メラゾフィスを加えた5人で旅をすることになったわ。
若葉姫色という人間の第一印象は「人生勝ち組」。
まあ、これはクラスの全員が同じ様に感じていたと、私は思うわ。
こんな美人が存在するなんて信じられなかったわ、嫉妬してしまうほどに。
それほどまでに彼女は神秘的で、そして醜い感情を抱くほど羨ましかったわ。
そんな彼女もこの世界に転生していて、なぜか人外になっていたわ。
人外でも美しさは相変わらずでムカつくけど、それよりも白が強制した仕打ちに怒っているわ!
なんなのよ、私まだ赤ちゃんよ!? どうして延々と歩かされているのかしら!?
苔森が理由を説明してくれたけれど、納得したからと言って感情を抑えられる訳じゃないわ。
そうそう、このメンバーで転生者はもう1人いるわ、それが苔森。
前世の彼女は若葉ほどではないけど可愛い容姿をしていて、好き勝手に動いているのに許されるような、可愛いは正義を体現しているような人間だったわ。
いつのまにか居なくなって好きなことに夢中になっているのに、大して怒られることなく上手く世間を渡り歩くといった、問題にならない範囲を無意識で見極めてスレスレを歩ける少女だった。
だけど、今の苔森は……、別人ね。
中身が違うと言う訳ではないのよ?
間違いなく前世で一緒だったクラスメイトだと、確信しているわ。
人外の要素もあるけど、姿も似ている……、というかもっと綺麗になっている気がするわ。
小柄な体躯も相まって、まるで妖精か作り物めいた人形みたい。
けれど、そうね……、見た目の変化もそうだけど、目が違うわ。
彼女も人外として生まれ白と生死の境を何度も彷徨ってきたのは聞いたけれど、白からはそんな雰囲気が一切感じられない自然体なのに、苔森からは暗い闇を無理矢理に閉じ込めているような、危うい色が感じられたわ。
だって彼女、前世での天真爛漫な笑顔、一切しなくなっているのだから。
微笑むような軽く笑う表情、私は知らない。
あんな顔、見たことなかった。
あんな……、目が笑ってないってハッキリ感じる、濁った笑顔を。
私でもそう思うのに、白はおかしいと思わないのかしら?
ずっと一緒にいたんでしょう? まあ人の姿を得たのは、つい最近らしいから魔物の表情なんてお互いわからなかったって言うのも、あるかもしれないけど。
それでも前世を知っていれば、あの違和感に気づかないなんてありえない事だと思うのだけど、どうして白は何もしないのかしら。
こうやって苔森のことを考えているけれど、実際に私がなにか出来ることは存在しない。
結局本人から話を聞いたからと言って、私が苔森が感じてきたことの欠片でも完璧に理解出来るとは言えないし、前世での私は人とは距離を置かれるタイプの人間だったから、こういう時どうすればいいのか、わかるわけ無いじゃない。
危ういと感じている、けれど私では対処出来そうにない。
そう思った私は人生経験豊富そうなアリエルさんに、このことを話した。
「え゛ッ? 元々あんな感じじゃなかったの!?」
『ええ、前世は今とはまるっきり違う性格だったわ』
私たちは、街の中に通行料を払って何事もなく入り、買い出しを終えると大きな宿の上等な一室を確保して、そこの居間のソファに腰掛けながら会話をしていた。
内容は、もちろん苔森のこと。
「私が初めて会った時はお互い言葉が通じなかったから詳しくはわからなかったけれど、雰囲気は今と変わらなかったはずだよ。つまり……」
『それ以前に、性格が変わるほどの何かがあった。ということですね』
私はプライバシーの漏洩だと思いつつも、アリエルさんに前世での苔森の性格や雰囲気について説明していた。
一応、考える頭は多いほうがいいと思ってメラゾフィスも部屋に招いて聞いてもらっていた。
「たしかに苔様には、影のある雰囲気を感じられますが理性的であり、この面々の中でしたら比較的マトモな方かと思っていましたが……」
『メラゾフィス。それは、私たちはマトモでは無いと言いたいのかしら』
「すみません、失言でした。そのようなつもりで言ったわけではありません」
私とアリエルさんの鋭い視線が突き刺さると、メラゾフィスは身を強張らせながら謝罪した。
「それほど過酷な環境だったというのもあるけれど、一番はステータスを見せてもらった時に確認したスキルの影響もあると思う」
『それって、なんですか?』
「強欲、それに禁忌LV10」
そしてアリエルさんは支配者スキルという、七大罪系スキルと七美徳系スキルについて、説明をし始めた。
それらのスキルには持ち主の精神に影響を与え変質させてしまう効果があり、初代保持者の性格にちなんだ精神的影響を受けることを懇切丁寧に説明してくれた。
「というわけで、七大罪系スキルは上げてはいけないものだと理解したかな? 羨望娘ちゃん?」
『えっ、……これダメなやつですか』
「そうです。理解していると思うけど、それは嫉妬系のスキルだよ。上げないように気をつけて」
私のスキルを鑑定したアリエルさんが、持っているスキルを見て釘を刺してきた。
「その中でも特に危険なのが、傲慢系、憤怒系、そして強欲系だね」
『強欲って』
「そう、今コケちゃんが持っているのがそれ。しかも憤怒の1つ下の激怒付きで」
アリエルさんは表情を曇らせながら続ける。
「憤怒系は発動させると暴れたくなる、そして時間が経つほど症状が酷くなるという、まあわかりやすい精神汚染だね。一度使えば怒りに汚染された精神は脆くなって理性を失う」
『でも、苔森は……』
「うん。今まで怒っているところなんて見たこと無いし、あまり影響は受けていないのだと思う。それに精神汚染の影響を最小に減らす外道無効も持っていたしね」
精神汚染を防ぐには外道耐性を伸ばすのがいいと知ったけれど、もう1つがまだだった。
「強欲系は、まあ、本当に碌でもない精神汚染を受ける」
『それって、なんですか……』
「記憶喪失、それに倫理観の崩壊」
……えっ?
「信じられない? でも私は強欲を獲得して破滅していった保有者たちを知っている」
アリエルさんは遠い目をしながら語る。
「自分の欲望に関する記憶以外がドンドン消えていって、自分の欲求以外何も考えられなくなり、最後には自分が何を求めていたのかすら、忘れてしまうんだよ」
嘘っ、だって苔森は前世のこと、ちゃんと語ってみせたじゃない。
「外道無効で影響が少ないのもあるけど、記憶に関しては記録というスキルで先に保護されていたんだろうね。だから憶えている、けれどどこか他人事じゃなかった?」
『そう言えば……』
多少は思い当たる節があるかもしれない。
今世での出来事には実感の籠もった重さが言葉に宿っていたけれど、前世での話になると関心が薄いというか淡々とした喋り方だった気がしてくる。
「最後、禁忌についてだけど……、前に話したよね? この世界の真実」
『ええ……』
とんでもない内容だったわ。
いまだに私もメラゾフィスも消化しきれない、重すぎる真実を知ってしまった。
「禁忌にはね、レベルを最大まで上げると世界の真実を強制的に頭に叩き込まれると同時に、贖罪を迫る思念が聞こえるようになって、それは決して消えることが無いんだよ。
寝ても覚めても四六時中、毎日、毎日ずっと……永遠に」
私が黙り込んでいると、アリエルさんは指先を私たちに向けた。
「ちょっと方向性は違うと思うけど、こういうのがずっと続くって思ってくれたらいいよ」
すると、黒板を引っ掻いた音を聞いた時のような耐え難い不快感が突然襲ってきて、数秒間続いたらフッと消えた。
鳥肌が立った肌に嫌な汗がベタつく。
メラゾフィスが青い顔を蒼白まで変えて歯を食いしばっているのだから、私の方も酷い顔をしていると思う。
今ので、外道耐性を獲得しましたって声も聞こえたし、ちょっとシャレにならないわよ。
「さすがに今掛けた外道魔法の不快よりはマシだけど、常に気持ち悪さが消えないのだから精神を磨り減らすだろうね」
これが、毎日、ずっと……?
息も絶え絶えの私たちにアリエルさんは話し続ける。
「とまあ、支配者スキルの危険性と禁忌をカンストさせたときの不快感、わかって貰えたかな?」
そう穏やかに笑う彼女に、初めて私は魔王と呼ばれるだけの怖さを理解した。
ベッドに身を預けたお嬢様は、静かな寝息を立てている。
夜行性の吸血鬼とはいえ、これまでの旅を考えると幼い身に掛かった疲労は相当なものだろう。
故に、深い眠りに落ちたお嬢様の安眠を妨げないように、私はそっと寝室から出た。
どうして、こんなことになったのか。
亡くなったお嬢様の両親を思い、失ったかけがえのない親友と初恋の人を想う。
どんなに嘆いてもお二人が生き返ることは無い。
私に出来るのは、お二人から託されたお嬢様を全力でお守りすることのみ。
ただ、それだけなのだが……、私には乗り越えなくてはならない問題がある。
寝室のドアを閉め、居間に入るとアリエル様が椅子に座ってくつろいでいた。
「ソフィアちゃんは寝た?」
「はい。久しぶりの屋根のある部屋での就寝ですので、ぐっすりと眠っておられます」
旅にはつきものの野宿であるが、白様と苔様が用意してくださった敷物によって、快適な休息を取れるのには感謝している。
あのような極上の手触りと柔らかさを持った敷物を瞬く間に1から作り上げた時には、驚きで声が出ませんでしたが。
「そう。それじゃあ、メラゾフィスくんは、これからお出かけかな?」
その言葉に、私は一瞬思考が硬直してしまった。
「あれ? 行かないの、吸血しに」
触れられたくなかったところを突かれ、私は押し黙る。
私はお嬢様に血を吸われることによって、吸血鬼となった。
そうしなければ生き残ることは出来なかったですし、感謝もしている。
だが、不満は無くとも、不都合や不安はある。
吸血鬼の弱点。
私は、血を飲まなければ生きていけない身体となった。
それだけではなく、日の光を浴びれば肌が爛れ、他にも様々な弱点がある。
真祖であるお嬢様には、それらの不都合は苦としないが、その眷属として生まれ変わった私にはお嬢様ほどの耐性が無い。
これまでの道中ではフードで日差しを遮り、魔物の血を口にすることで誤魔化してきたが、所詮その場しのぎでしかなかった。
この身に合うのは、人の血だ。
魔物の血では命を繋げても力を発揮できない。
苔様から血を分けて貰ったが彼女の正体は魔物である、むしろ強力過ぎる魔物の血ということで拒絶反応が出るほどに相性が悪かった。
残りのお二人も似たようなものだし、お嬢様からは論外である。
故に、このままでは遠くないうちに人間だった頃と同じか、それ以下に力を発揮できずに弱体化してしまうだろう。
それでは、お嬢様をお守りすることなど出来ず、血を吸わねばいけないとわかっているのだが、どうしても人を襲って血を吸うという行為に忌避感を覚えてしまい、お嬢様をお守りする使命感と外道な行為に対する嫌悪感とがせめぎ合って、行動に移せずにいた。
「行かないのなら何のために、この街に寄ったのかわかんないんだけどなぁ」
アリエル様のぼやきが、私を責め立てているように感じる。
彼女はつまり、私に血を吸わせるために街に寄ったのだと態度で示していた。
物資の補給など、あくまでついで。
本命は、私のためだと、そう言うのだ。
「しかし、人を襲うなど……」
そこまでしてもらっておきながら、私には一歩を踏み出す覚悟が出来なかった。
「気持ちはわからなくもないけれど、どっかで覚悟を決めないと、ドンドン辛くなるだけだよ? こういうのは早いうちに経験しないと、先延ばしにするほど踏ん切りがつかなくなるよ?」
その言葉は正しい。
このままでは、いつまで経っても前には進めない。
しかし、人間として生きてきた心が、吸血鬼としての生き方を否定する。
私は、開けば何が飛び出すかわからない口をキツく噤んで、逃げるように外へと飛び出した。
血を吸われ呆然とする女性に、魔眼の催眠の力で今夜あったことを忘れるように暗示を施して、私は逃げるように真夜中の人通りのない路地を駆けていた。
そして、いつのまにか宿に戻っていた私は、ベッドで眠るお嬢様の姿を見た瞬間、力なく崩れるように座り込んで懺悔した。
お嬢様を守るために罪を犯す私のことを、お許しください。
初めての人の血は、陶酔するほどの甘美なものでした。
そのまま、全てを吸い尽くしてしまいたい衝動に駆られてしまうほどに。
私は、自分が恐ろしい。
あのまま衝動に任せていたら本当に女性の血を吸い尽くしてしまいそうで、私の知らない自分が暗い欲望に狂喜していることが信じられなくて。
これが、吸血鬼として正しい在り方なのか。
人を襲い、血を啜る。
できるのか? 私に?
だが、やらねばならない。
不満は無い、無ければならないのだ。
そうでなければ、お嬢様が救われない。
誰が、お嬢様をお守りする?
私だ、私がお嬢様を守ると誓ったのだ。
その誓いを、私が破ることは無い。
ですが、今夜は、今夜だけは……、弱い私をお許し下さい。
跪いて身体を震わせる私は、ひたすら女神様とお二人を想い、祈り続けるのであった。
あらすじやタグを調整。批評歓迎だよ?
本来の蜘蛛世界とは、こうあるべきの昏き世界。