ごちそうさまでした!
メラゾフィスくんがおすすめしてくれたこのお店の料理はどれも絶品だったけれど、空気が悪かったせいで十全に楽しめたとは言えない食事だったかな。
空になったお皿を店主が回収していき最初と同じ何もないテーブルに戻れば、それが再開の合図となった。
「じゃあ、続きをしようか。システムは現在ちゃんと正常に作動している。けど、イレギュラーな事態が起きたのは確かだね」
誰も口を開かず沈黙が流れそうだったので、先立って話を切り出す。
それを皮切りに、ダスティンも口を開く。
「システムが正常に作動しているというのは、本当のことですか?」
「それは保証するよ。むしろ過去一番安定しているかもね」
それが原因で魔王として動き始めた訳だったけれど、魔王の受諾から承認され滞りなく就任までシステムの処理が行われたし、こっちに来る以前にニーアからギュリエ呼んで聞いてみたけれど、何も問題は無いって言ってたしね。
なんか大きな問題があれば、あのギュリエが直接動いているはずだし。
「MAエネルギーが急激に減少したのに、ですか?」
先代のやらかし、か……
「うん。それは確かに意図していないものだったんだろうけど、システムの作動には問題無いよ。作動には、ね」
「つまり作動には問題が無くとも、根本的な問題があるということですか」
「これまで長年掛けて積み上げてきたものが一瞬でパーだよ? これが問題じゃないと?」
「確かに。それは由々しき大問題でしたな」
私とダスティンが揃って溜息を吐く。
こいつと一緒だと思われたくないが、こればっかりは内心が一致するので仕方ない。
「まあ、その話は一旦置いておこう。私たちが何をどうこうしたところで、すぐ何とかなるような話じゃないし。あんたが今気にしてんのはサリエーラ国の事についてでしょ?」
ダスティンは何も言わないが、目がそうだと告げていた。
私は一拍置いて、話すべき事と話すべきでは無い情報を精査すると語り始める。
「1つ目の今後の動きはさっき言った通り、私はこの子たちを一緒に連れて帰り保護する。この国に長く留まる気は無いよ。邪魔も加勢もすることは無い。私たちが去った後で戦争でも何でもすればいいさ」
私の発言に、ソフィアちゃんたちがショックを受けたような表情をする。
自ら国を離れる選択をしたとはいえ、私の突き放すような言い方に対して思う所が無いといえば嘘になるでしょうね。
けど私個人としても、何もかも忘れて女神様女神様と祈るだけの連中に情などありはしない。
滅ぼされるなら、どうぞご自由に。
少しでも魂をシステムに捧げて、贖罪を果たすといい。
それで許されるはずも無いけれど。
「2つ目、エルフについて。私もこれについてはよくわかっていない。ただ、この子と同類の人間を狙っているって事くらいはなんとなくわかるよ。操り人形とはいえポティマス本人が出てきたんだから相当気合入ってんでしょうね」
転生者は人間以外の種族にも生まれている事を伏せつつ、エルフどもについて話す。
白ちゃんやコケちゃんという実例を知らなきゃ普通思いつく訳無いでしょうけれど、伏せられる札は見せないに越したことはない。
「あれが何やら動いていたのは察知し警戒しておりました。その上であのように好きに動かれたのは痛恨の極みであり、アリエル様に始末をつけて頂いたことに感謝しております。しかし、どうせでしたら奴らの死体だけではなく、戦闘の痕跡なども消しておいて貰えていたら、より感謝出来たのですが」
痕跡……、ああアレか。
「そういえば銃とか持ち出していたね。そっかそっか、そこまで気が回らなかったよ。ありがと」
「いえいえ。そちらは我々のほうで処理しておきましたので、ご心配なく」
とか言いつつ、貸し1つですなってこいつの態度が示していた。
そんなの知らん、全部ポティマスが悪いんだからあいつに請求しとけ。
「何処からか情報が漏れていたようです。ケレン領領都への奇襲作戦に便乗されてしまいました」
「つまり、情報戦で負けた訳だ」
ダスティンの失点を厭味ったらしく突いて指摘する。
「その通りでございます。こちらも諜報には力を入れておりますが、どうしてもエルフの情報網に遅れを取ってしまうのが現状です」
「何とかなんない?」
「動いてはおりますが、成果は芳しくありません」
ダスティンの口から最近の表側のエルフの動きについて話を聞いた。
あいつらは何も知らずに世界平和とか掲げているから、題目だけはお綺麗なんだよなー。
「女神教なんかよりも先に、エルフの弾圧をしておくべきだったね」
「まさにその通りですな。しかし神言教の基礎を作り上げた頃にはもう、エルフは既に盤石の立場を築いておりました。今回の件もそうですが、我々は常に後手に回らされていますな」
「知ってる」
稼働初期からこうなるように、すぐさま仕込みを浸透させられた結果が現在の状況である以上、気づいた時点でもう手遅れだったのは非常に苦い記憶としてちゃんと憶えているとも。
「あいつが良からぬことをしてんのは確実だろうね。あの、ポティマスだし」
「そうですな。なにせ、あの、男ですからな」
「……3つ目ね。この子についてだけど、何も詳しく教える気は無い」
ダスティンが目を鋭く細める。
「そうですか。それは残念です」
「私が保護すると決めた。ならエルフに利用などさせない」
「それはあなたが利用するためでは?」
「できるならするとも。けど、それは本人の意思を最優先にして決めることだよ」
たとえ将来、戦いを拒否したとしても見捨てないとも。
「なるほど。ただ前世の記憶を持つだけ、という訳では無いのですな」
ちょっとあからさますぎたか。
だが、これで私の庇護下であると宣言されたソフィアちゃんに、ちょっかいを掛けてくることは無くなったはずだ。
「私から話すことはそんなところだね。あとは君からなんかあるかい?」
私はソフィアちゃんとメラゾフィスくんに視線を送る。
今まで話の内容についていけずに蚊帳の外で黙っていてくれたけど、このタイミングが言いたいこと言える最後のチャンスだろうから。
『メラゾフィス、言いたいことがあったら言って』
ソフィアちゃんがメラゾフィスくんだけに聞こえるように念話を送る。
だけど、感知系を高め念話に熟練した使い手には盗聴も難しくないので、ダスティンにも聞かれているだろうけど。
「……此度の戦争、発端はオウツ国ではなく、神言教が裏で手ぐすねを引いて戦争に焚き付けた。そういうことではありませんか?」
メラゾフィスくんが重い口を開く。
あぁ……、彼には気になるよね。
ダスティンは肯定も否定も何も答える気が無いようだ。
それが答えだと、こいつは示してんだろうなぁ。
「そうだよー。そもそもオウツ国なんていう吹けば飛ぶような国が、勝ち目なんか無い戦争に単独で踏み切る訳ないじゃん」
隣のこいつが言わない以上私が説明する。
それを聞いたメラゾフィスくんは、ただでさえ悪い顔色をさらに暗くして激昂した。
「神言教はッ! そこまで女神教を敵視しているということですかッ!」
怒りに呼応して瞳が紅く輝いている彼は、鋭い歯を剥き出しにして吠える。
一般的には神言教と女神教は険悪な仲。
だが、それだけじゃないんだよなぁ。
「残念ながら、隣のこいつはそんな単純な理由で動いている訳じゃ無いんだよなー。そもそも信心深い訳でも無いし、むしろ逆に神を売った裏切り者のような奴だし」
あの時はそうするしか無かったとしても、やったことを認められる訳ではない。
「私が犯した罪は忘れたことなどありませぬとも。その罪故にこの椅子に座っているのですから。しかし裏切り者呼ばわりは少々酷いのではありませぬか?」
「あの時は全てが罪人だった、私も同じ。まあ、一番の裏切り者はポティマスの方だけどね」
「違いませんな」
その罪は今も続いている。
無関係なのは、そこのソフィアちゃん含む転生者たちだけで、その彼ら彼女らも私たちの贖罪に巻き込んでしまっているけれど。
「脱線しましたな。まあ私の思想などこの際どうでもよいことです。個人の思惑など全ては結果を前にして大した意味など持ちませぬ故。そうあるべきなのです」
その達観とも超然ともしたダスティンの姿に、メラゾフィスくんは握りしめた拳を緩めて肩を落として椅子に深く沈み込んだ。
「いいの? それだけで? 何だったら今この場でこいつを殺しても誰も文句は言わないよ?」
たとえ、それがほぼ無意味だとしても、2人の鬱憤が晴れるのならば私は喜んで手伝うとも。
「……いえ。ここで彼を殺しても無意味な気がします。きっと、そんなことをしても時代の流れは変わりません。それに、彼は死んでも己のしたことを反省も悔いたりもしないでしょう。そんな輩を殺したところで、旦那様や奥様を始めとしたケレン領の犠牲者の無念が晴れることも、ましてや重さを思い知らすことも出来ないでしょうし。……あなたの死では、軽すぎる」
……言うじゃないか、メラゾフィスくん。
彼の言葉は、知らないはずのダスティンの本質を突いていた。
いつ死んでもいいと思っている人間の、軽すぎる命の価値を見抜いていた。
死んでもいずれ蘇る人間の命に、たいした価値なんて何もないってことを。
その言葉を受け取って硬直しているダスティンの姿を見て、私は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。
「ふっ、くくくふ……、軽いってさ。あんたの死は、軽い、だってさ」
これは効くだろう。
なんせ、こいつは同じようなことを何度も繰り返してきたのだから。
それが無意味だと、いらないと、罵倒すら無く守るべき存在から突き返されるのは、きっと想像していなかったんじゃないかな。
「……ええ。殺される覚悟はしていましたが、そう言われるとは思っていませんでした」
さっきまでより、一回り小さく見えるダスティンは口を開いた。
「軽い……、ですか。ええ、まさにその通りでしょう。私の命は、軽い、軽すぎる。この命1つであなた方への謝罪にしようとしたこと深く詫びねばならない。申し訳ありませんでした」
ダスティンは深々と頭を下げた。
全て背負い込むこいつが、ここまでするほどメラゾフィスくんの言葉は届いたんだろう。
それはきっと、こいつに支払える最高のものを引き出せたってことでもある。
誇れよ、メラゾフィスくん。
わからないと思うけれど、これはそれほどの事だ。
「お互い難儀な役割を背負ったもんだ」
ダスティンの覚悟と背負った物の片鱗が見えて動揺している2人から、隣のこいつに視線を移す。
私は一線を越える覚悟を最近になってから背負ったけれど、こいつはずーっと昔から、それこそあの時から背負い続けているんだろうな。
いや、比較なんて最初っから無意味だったかな?
比べられるようなものでもないんだし。
「さて、話すことも無いっしょ。私らはここらへんでお暇するよ。あっ、詫びるならここのお勘定お願いねー。じゃあ行こうか」
そう言って席を立つと、メラゾフィスくんもソフィアちゃんを抱えて席を立って追従する。
私は入り口の扉に手を添えたが、それを押して外に出る前に頭だけ振り返って、今もなお深々と顔を伏せたままのダスティンに向かって言った。
「ああ、そうそう。サリエーラ国にかまけているのもいいけどさ、魔族の警戒もしといたほうがいいんじゃない? ……今代の魔王、私だからさ」
そして反応を見ること無く、肌寒い夜空の下へと建物を後にした。
……まあ、カッコつけているけど、2人を宿に置いてきたらまた会うんだよなぁ。
あぁ、憂鬱。
また1つ、進展と不安要素が増えた2人の邪魔をしないように宿から出た私は、さっき歩いた道をなぞるように進むと、ご飯を食べたお店を越えて歩き、とある一軒の酒場に足を踏み入れた。
「待ったかな?」
「……い、いいえ」
うん? さっきの言葉が堪えたとしても引きずり過ぎじゃないかな。
顔色が悪いを通り越して土気色になっているダスティンと向かい合うように腰掛けた。
「どうしたのさ。そこまでショックだった?」
「いえ……、確かに久しぶりに胸が痛くなりましたが、このくらい珍しくも何ともありません」
すでに栓が開けられ瓶の中身が半分近くも減っている酒を、ダスティンは自分のコップに注ぐと、それを一気に煽って飲み干した。
珍しいな、酒好きのあんたがこんな勿体ない飲み方するなんて。
「少し前、……そう、あなた方が店を後にして私も店を出たすぐのことです」
そう前置きすると、ダスティンは語りだした。
「示し合わせた訳ではありませんが、あなたがもう一度来ると確信して丁度いい場所を探している時です。私の視界にある少女の姿が映ったのです」
……ん?
「鍔の広い帽子に丈の長いローブとマントと、よくある魔法使いの風貌でしたが、彼女のその顔が問題だったのです」
あっ、これもしかして……
「髪色も瞳の色も違うのですが、よく似ていたのです……彼女の顔が、あの方に。
何故? 他人の空似だとしても、今私の前に現れるなんて……。そんなことサリエル様は望んでいないと、そう仰るのですか……」
ヤッベ。
コケちゃんが勝手に街中出歩いたりするの、何の注意も払ってなかったわ。
どうやら、また勝手に散歩に出掛けていたコケちゃんと遭遇したらしいダスティンの様子を見て、私はどう切り出すべきか悩んだ。
私との関係を匂わせないようにするには……
「……サリエル様とは何の関係も無い他人の空似。たぶんそうなんだろうけど、一応何処で会ったか教えてくれる? もしあいつ関係だったら気になるし」
「あまり……、慌てておりませんな? アリエル殿」
気づくの早いでしょ!?
内心の混乱っぷりを隠してポーカーフェイスを維持する。
「ふむ。こんなにサリエル様と何かしら関係ありそうな内容なのに反応が薄いとは、すでに知っていますね? あれほど彼女を慕っていたあなたがこのような話を聞いたのならば、居ても立っても居られないでしょうに」
「私のことは、どうでもいいでしょ!?」
図星だけどさぁっ!
知らなかったら、突撃してたかもしれないけどさぁっ!
「それに鑑定を妨害してみせた……ならば支配者……、アリエル殿が既に知っているのに警戒していないとすれば……ポティマスの手の者ではない…………。彼女、あなた側の存在ですね?」
あーあ、バレちゃったよ。
「そうだと言ったら?」
「色々伺いたいのですが、教えてはくれないでしょう。しかし、彼女がポティマスの非道な実験で生み出された子ではないと良いのですが」
「安心して。あの子とあいつは、全くの無関係だから」
まあ、血縁を辿ると無関係では無いんだけどね。
「それを聞いて安心しました。大まかですが彼女の実力も相当なものだと感じましたし、あなたが付いているのでしたら、この世界で一番安全でしょう」
「私が危険な所に連れ回すかもよ? それはどうなのさ」
「守るでしょう? あなたでしたら」
よく知っていることで。
私は此方側に用意されたコップに入っている酒ではなく、残り3分の1となった酒瓶を荒々しく掴んでラッパ飲みをした。
「あぁ……。仕方ありませんね、もう1つ頼みましょう」
伸ばした手を宙に彷徨わせるダスティンは、その手で上げ直してウェイターを呼ぶと、追加の酒を注文した。
そして私たちは、お互いの愚痴を言い合いながら雑談を重ねて、私は魔王として宣戦布告したり、ダスティンの不死性から白ちゃんの不死のヒントに気づくと、そのデタラメさに改めて諦めるしかないという事実に打ちのめされたりで、愚痴を吐き出してスッキリするより心労がより増えて暗澹たる気持ちになるという、苦々しい散々な酒の席だった。
今話も視点が違うだけで内容は原作とほぼ変わりないです。
申し訳ない。
下手にカットも付け足しも難しいのに飛ばせない重要シーン。
全て書くか全カットのどっちかしか選べないです。