『ギュリギュリに邪魔されたー!』
『そりゃあ、地龍狩り尽くされて卵にもロックオンしてたら黙ってないよね』
『ぐぬぬ……、あれ? あの変態いなくね?』
『他には、もっと下層にコケダマ種が集まっているけど、手を出すのはマズイよなぁー』
『強さ的には配下の蜘蛛でも善戦出来そうだけど、こっちも仕掛けたら裏ボス出現ってね』
『コケちゃんガチギレ不可避』
『ギュリギュリも居るし、となると下層から撤退すべきか?』
『つってもどうするよ。この大所帯を食わせていくには、良い狩場なくね?』
『あるじゃん。無駄にいっぱい数が多くて、経験値も多いのが』
『ああ、なるほど』
『そろそろ、本格的に行動する頃合いか』
『それじゃあ、始めようか』
『『『『『『『『『人類殲滅計画、その第一歩を』』』』』』』』』
誰も見ていない事を確認してから、路地裏から転移して帰る。
目の前には、より人間らしく自然にするためにパペットタラテクトたちの改造に勤しむ白ちゃんの姿があった。
「ただいまー。お土産買ってきたよー」
「おぉー、おかえりー」
白ちゃんのいる街の郊外に戻ると、私は偽装用に履いていた靴を脱ぐ。
無数の節に分かれた硬質な黒色の足元を見られたら人じゃないのがバレてしまうので靴を履いていたけれど、根本的に構造や形状が人のそれとは掛け離れているので、靴を履くと違和感が凄くて歩きづらくて仕方がない。
なので街中に入る時以外は基本的に素足で過ごしていて、関節が多くて柔軟な足先はどんな形状の足場でもきちんと捕らえ、太さのある丈夫な枝なら指先だけで掴まりコウモリみたいに逆さ吊りも出来るほどである。
私は脱いだ靴を空納にしまうと、反対に買ってきた物を取り出して並べていった。
「結構大きな街だったから屋台みたいなのもあったよ。といっても基本的に串焼きみたいなのしか無かったけれどね」
「なるほどねー。まあ、これはこれで」
使い捨ての容器などが無いためか、主に売っているのは調達が容易な木製の串に肉や野菜などを刺した物が殆どだった。
紙袋の類も見かけなかったし、そういう事情から売っている料理の種類も少なくて買い食い文化はあまり発展していないようだった。
そういえば帰る直前で鑑定らしき感覚を覚えたけれど、それを行ったらしき怪しい存在は見つけられなかった。
ステータスが高い人などの反応は無いし、エルフらしき影も何も無い。
体調が悪そうな老人は見つけたけれど、それは違うと思うし。
……こっそり回復魔法を掛けておいたけれど大丈夫かな?
「あー。私も街に入りたいなー」
「姿を消すスキルとかあれば、こっそり?」
「……迷彩鍛えたらいけるか?」
白ちゃんが真剣に街に入る方法を検討していると、空間の歪みを察知した。
転移? この構築の速さと綺麗さに思い当たるのは、1人しかいない。
「久しいな」
鍛え上げられた細身の長身と、それに一体化したような黒い鎧を纏う男の人。
以前は名前も知らなかったけれど、今は禁忌やアリエルさんから彼のことについて知っている。
管理者ギュリエディストディエス。
この世界を管理する、神の1人。
その彼が突然現れ、周囲のパペットたちに緊張が走った。
白ちゃんも、表情を消して観察するような視線を送っている。
「あまり時間が無いので本題だけ話そう。そっちの蜘蛛の方、君の分身が暴れているので何とかしてくれ」
その彼、ギュリエさんが発した言葉は、思いも寄らない内容だった。
「え? なにそれどういう事?」
「見せたほうが早いな」
そう言ってギュリエさんは腕を軽く振ると空中にスクリーンのようなものが出現して、そこにはソフィアちゃんが住んでいた街と押し寄せる数え切れないほどの白い蜘蛛の大群が映っていた。
そして街を蹂躙させないと壁の上で戦う人たちの姿も。
「見ての通りだ。これが君の意思によるものでないのなら止めてきて欲しい」
ギュリエさんはさらに、これが白ちゃんの意思による行動なら此方も相応の対応に出ると、圧を強めて不穏な気配を漂わせる。
その一触即発の空気に白ちゃんの方を盗み見ると、表情を変えず無表情を貫いているけれど内心では盛大に混乱していることが感じ取れた。
それにしても分身って何?
そんなの見たことも聞いたことも無いのだけれど?
眷属化しているコケダマたちからは、最近下層での魔物の数が少なくて食糧確保に困っていると報告がきていたけれど、もしかしてこの蜘蛛たちが原因?
もしこの蜘蛛たちと下層で遭遇していたとしても、以前蜘蛛とは敵対しないようにと言っていたから報告に上がらなかったのかもしれない。
「止めてきます」
白ちゃんが真面目な口調で、そう言った。
いつもと違う堅い声色なので、それだけ重く受け止めているように感じる。
「そうか。……頼んだ」
転移の構築を始めた白ちゃんを見て、ギュリエさんは安堵の表情を浮かべた。
そして少し離れて木に寄り掛かると、腕を組んだままジッと動かなくなった。
それを見ていたら斜め上から手が差し伸べられた。
白ちゃんが手を伸ばしている。
私は背を伸ばして掴もうとするけど、その前に視界の端にいた子たちに気づいた。
「一緒に行く?」
そう言うと、彼女たちはお互いに顔を見合わせて同時に頷いた。
そうして白ちゃんの手を取ると、私たちはサリエーラ国の中心からケレン領まで転移した。
転移して誰もいなくなった空間では、黒い龍が複雑そうな瞳でずっとある一点を見つめていたのであった。
景色が切り替わりすぐに位置を確認すると、ここは街から遠く離れた蜘蛛の群れの背後みたいだ。
姿を見せるわけにはいかない白ちゃんとか、本気で戦う時は隠し腕を出す必要のあるパペットのことを考えれば、この場所がちょうどいいのかもしれない。
そしてさらに感知範囲を広げると、他とは違う9つの隔絶した強さの蜘蛛の存在を見つけた。
白ちゃんは無言でそこに向かっていくけど、私はパペットたちに待機と一言告げて追いかけた。
「へい貴様ら、どういう了見だ?」
普段他に誰かがいる時とは違い、スラスラ流れるように喋る白ちゃん。
この蜘蛛たちは白ちゃんの並列意思らしいので、自分自身と会話するようなものだから例外中の例外なのだろう。
『げっ!? 本体! もう嗅ぎつけてきたのか!?』
分体の蜘蛛の一体が念話で、驚愕をあらわにする。
「どういうつもりでこんな事しでかしている訳? ギュリギュリが私らのとこに文句言いに来たんだけど?」
苛立ちを乗せて白ちゃんが、分体の蜘蛛たちに言う。
『ええー』
『ギュリギュリも動きはえーな』
「すぐこれを止めてくんないと殺されそうな勢いだったんですけど! ていうか止めろし。何してくれちゃってんのホント?」
静かにイラつきを高めていく白ちゃんとは対照的に、分体の蜘蛛たちはお互いに顔を見合わせてそっちの方が理解できないと態度で示していた。
『えー。だって人族とか全部ぶっ殺したほうがいいじゃん』
「……は?」
『そうだ、そうだー』
『それで理解しない、そっちの方が意味わからん』
分体の言葉に呆然とする白ちゃん。
そしてヒートアップする分体の蜘蛛たちを見て、おおよそ理解した。
「意見の食い違いが起きてる?」
「……あー、そうみたい」
そう言うと、白ちゃんは鎌を握り直した。
「もうこいつらは私じゃない」
「なら戦うの?」
「もう他人だ。止めるには殺すしか無い」
そう告げると、蜘蛛たちが騒ぎ出す。
『血迷ったか!? 本体!?』
『そっちも2人とはいえ、こっちの9体とやり合うつもりか!?』
私たちの会話を聞いて、戦闘態勢を取り出す蜘蛛たち。
「迷惑かけてんだから、潰すの当たり前でしょーが」
「白ちゃんがそれでいいのなら、私も容赦無く殺せばいいのかな?」
「ん、それでいいよ」
方針を理解して、私も旗杖を空納から取り出す。
『私らに勝つつもりか?』
『本体とはいえ、容赦はせんぞ!』
空気が張り詰めていく。
「白ちゃんの分体たちもわかっているよね? こんな事しても根本的な解決策にはならないって」
「言うだけ無駄さ、コケちゃん」
私の発言を止めて、蜘蛛たちに鎌を突きつける白ちゃん。
「身体に教え込まなきゃ、わかりはしないって」
私は白ちゃんの顔を見る。
そして走りだしていった白ちゃんは鎌を振りかぶって、分体の一体に振り下ろした。
その後姿を見て、すぐ翅を展開して飛翔し後を追いかける。
「せい!」
『あぶなっ!』
「ちっ、避けんな!」
『そう言われて従う奴おりゅ??』
白ちゃんと接敵した分体らは、お互いに罵り合う。
「恨みは無いけど、死んでもらうね」
『くっそ、情報無いから何してくるかわからん!』
『基本は一緒だ! なら魔法封じが重要!』
『よっしゃ、合わせろ! いくぞー!』
私と対峙した分体らは、一斉にスキルを発動させる。
『『『『神龍結界!』』』』
「っ! ならこっちも……」
魔法の力を減衰させるスキルに対抗して、こちらも同種のスキルを発動させる。
だが、白ちゃんと同等の相手が4体となると、こちらからの魔法は効果が殆ど無くなっていた。
『ふはははー! これでコケちゃんは何も出来まい!』
『油断すんな! 進化で何獲得してるのかわからんのだぞ!』
向こうでも神龍結界が発動されたのか9体分の阻害効果により、自分の周囲でしかまともな威力の魔法が発動出来なかった。
「……うん」
『どうだー! このまま遠距離で嬲り殺しにしてやる!』
「魔法が使えないのなら、その分を別の方に回すだけだよ」
そして私は、空間機動の足場が粉々に砕けるほどの踏み込みで分体の1つに接近した。
『……は?』
「まずは1匹」
分体の蜘蛛らが反応出来ない速度で急接近すると、旗杖の封印を解いて現れた薙刀のような穂先で脳天から胴体まで穿いた。
そして周囲が対処に動かれる前に、細切れになるまで切り裂いた。
『そんな馬鹿なっ! 速えぇッ!?』
『魔王並の速度ッ!? 魔法型だったコケちゃんが!?』
私のステータスの急変に大混乱する分体たち。
やったことは単純。
ただ有り余る魔力を、身体能力強化の魔術を体内に構築して注ぎ込んだだけ。
放出系の魔法やスキルが無意味だったという抗魔術結界の対策として考えていた技の1つである。
「ふっ!」
『ぐぅッ!? 武器にも気をつけろ! 痛覚無効貫通して激痛が走る!』
『嘘ぉ!?』
たぶんこれは魂喰の効果で、スキルごと魂を削っているのかもしれない。
ちょっと、後で白ちゃんにどんな影響が出るのかわからないので魂喰だけ再封印する。
『動きが止まった!』
『何してるんだ?』
『アレをやる! 蜘蛛たち、時間を稼げっ!』
離れて1つ翅を巻き直すと、その間に戦っていた分体たちが深淵魔法の構築を始めていた。
そして時間稼ぎのためか、分体たちが産んだと思われる無数の蜘蛛たちが襲いかかってきた。
「ヤバイ、あれは止めないと」
「ん、白ちゃん」
いつのまにか近くに白ちゃんが来ていた。
「今のを止めるだけなら、大丈夫だよ」
「じゃあ、任せた!」
「うん、勿論。任せてっ」
任されたので、私は旗杖を片手で逆手に持ち、半身になって全身の筋肉を引き絞った。
『あっ、ヤバイ。逃げ……』
「ふっ!」
槍投げの姿勢から放たれた旗杖は、大気の壁を突き破って深淵魔法を構築していた分体に直撃し、巨大なクレーターを生み出した。
穂先が直撃した分体はその衝撃により一瞬で粉々になり、余波だけで近くにいた分体らにも浅くはない傷を与えていた。
「おー、マジヤバクネ? え? こんなにステータス高かったけ、コケちゃん?」
「……何も言えない。見て憶えて」
制約に引っかかるため説明は出来ないけれど、見られる分には問題無いらしい。
そして無手となった私に、チャンスだと一斉攻撃を仕掛けてくる分体らと蜘蛛集団。
遠距離から分体の魔法が飛んできて、すぐ近くには蜘蛛の群れ。
「次はこいつらか」
「この子たちも倒すの?」
「襲ってくるなら仕方ない」
そして私たちは背中合わせで構える。
「カモン! ベイビーズ?」
「さあ、来いっ!」
襲い来る蜘蛛らを蹴散らす。
ときに殴り、ときに蹴り上げ、ときに投げ飛ばす。
身体の大きい白ちゃんの動きを妨げないように、走り回って死角側をカバーする。
「いいねー! 動きやすい!」
「油断しない!」
「そんなこと言わずにさ。ノってるかい? コケちゃん?」
「さあ、ねッ!」
自分の背後を気にせずに暴れまわれる白ちゃんは段々テンションが上がっていき、派手な大技を繰り出したり大声で叫びながら攻撃したりしていた。
分体らから飛んできた魔法は、対抗スキルも展開してかつ身体能力強化の魔術によって抵抗なども上がった私が叩き落とし続けた。
「でやあぁぁッ! ふぅ。キリがねーな、こいつら」
「また深淵魔法を発動させようとしてる」
「メンドーくさいなぁもー。借り物のくせに……ん?」
「どうしたの?」
突然白ちゃんが黙り込むと、その数秒後に分体側で騒ぎが起こった。
『えっ!?』
『なんで!?』
『何をしたのッ!?』
分体らが準備していた深淵魔法は霧散し、それだけでなく纏っていた様々なスキルが消失しているようだった。
その元凶であろう白ちゃんに目を向けると、白ちゃん自身も同じ様にスキルが消えていた。
「何したの?」
「ただスキルをオフにしただけ。それにつられて、あっちも使えなくなった」
白ちゃんは、のんきにそう言った。
なるほど、スキルを使えなくしたから分体らもスキルを使うことが出来なくて混乱していると。
「じゃあ、残りを私が片付ければいいのかな?」
「そそ、お願い。あっ、これ持ってく?」
そう言って白ちゃんは、白い大鎌を渡してきた。
「ありがとう。すぐ終わらせる」
「遠慮せず、ギッタンギッタンにしていいからねー」
受け取った大鎌を手に、私は駆け出す。
同じ長物とはいえ、まるっきり重心などが違う武器をステータスの高さで強引に振るい、分体らを斬り裂いていく。
散解して逃げていく分体らを1匹ずつ仕留めていくけれど、別々の方向に逃げられると多少追いつくのに時間が掛かる。
そしてなんと、パペットたちが自発的に足止めとして立ち向かい頑張っていてくれた場所に辿り着くと、引き剥がすように大鎌を当てて上空に分体を弾き飛ばすと、私は連撃を繰り出した。
上空にいる分体に嵐天魔法の単体技を連続して当てる。
高威力の風槍に強制的に錐揉みさせられて身動きが出来ない分体に、跳び上がって斬りかかる。
風槍が当たらないルートを飛翔し、追従する大鎌の刃が1本ずつ脚を切り飛ばしていく。
繰り返すこと8回、鋭角な軌跡を描いて白刃が交差すると全ての脚を失い身動きできずに落ちてくる分体の蜘蛛の姿。
そして落下地点に先回りした私は斬り上げの構えを取り、地面に激突する寸前に鎌の先端で再び空中にかち上げ、ゆったりと浮かんだ蜘蛛に大鎌を振り下ろして両断し止めを刺した。
『そんな……、こんな殺られ方なんてぇぇ……』
「……これでお終いっと」
「お、お疲れーコケちゃん……。えげつないコンボで、我が分体ながら同情するよ」
全ての分体を倒した私に、白ちゃんは旗杖を持って歩いてきた。
そして私たちは無言で見つめ合うと、そのまま何も言わずにお互いに武器を投げ合い交換した。
「……うん、こっちのほうがシックリ来る」
「よっ、はっ! っと、私も同じくー」
白ちゃんは手元に戻ってきた大鎌を回転させ、感触を確かめていた。
私も軽く旗杖を手元で回すと、手に吸い付くような身体の一部であるような一体感を再確認した。
その間にパペットたちも戻ってきて、近くに来るとグッタリと力なく崩れ落ちていた。
どうやら、白ちゃんの分体相手では少々荷が重すぎたみたいだった。
纏う気配が変わりスキルを元に戻したらしい白ちゃんが残った蜘蛛たちを見て呟く。
「さて。しかしどうするか、こいつら」
「どうするの……、うん? 街のほうから強力な魔力の反応あり。獄炎魔法の範囲魔法だと思う」
白ちゃんが蜘蛛たちを見ている時に、遠く離れた街から1人の術者が高度な魔法を組み上げているのを察知した。
その人物をよく見ると、以前上層で拠点を襲撃してきた部隊にいた初老の男の人だと気づいた。
やっぱり生き延びていた、千切れた腕も元に戻っているみたい。
だからといって何かをする理由は現時点で無いので、白ちゃんに視線を戻すと残った蜘蛛たちを対象に転移の魔法を構築していた。
術式を読み解いて目的を察すると、私はその転移が終わった後に必要な転移を準備し始めた。
「アリエルさんたちがいる街への転移は私がするね」
「りょーかい。爺、私、コケちゃんの順ね」
そして街のほうから獄炎の火が発動し、大地を焼き尽くして迫ってきた。
けれど炎は何もないとこを焼き、そこに居るはずだった無数の白い蜘蛛たちは白ちゃんの転移でエルロー大迷宮に送られていたのであった。
そして白ちゃんによる蜘蛛たちの転移が完了次第、私の転移が発動してケレン領の郊外から姿を消して元の場所である森の中へと帰ったのだった。
おまけ2 に魔蛾時のサイズについて追記。
描写不足とかで、わかりにくいなどがありましたら言ってくださると助かります。