事件の首謀者である白ちゃんの並列意思らを倒し、パペットたちもちゃんと回収して元の場所に転移すると、ギュリエさんは変わらず同じ場所にいた。
「終わったか」
私たちは頷くと、それを確認したギュリエさんは軽く頷いてそこから何も言わず無言が続いた。
木々の間を吹き抜ける風の音だけが、私たちの耳に響く。
……えっと、それだけ?
ギュリエさんは何も言わずに立っているだけで、沈黙で空気が重くなる。
私は白ちゃんに顔を向けると、白ちゃんも同じ気持ちだったのか視線が重なる。
パペットたちは互いに寄りかかって休んでいるし、白ちゃんは基本喋らないので……
「ほかに、何かありますか?」
私がギュリエさんに声を掛けた。
このまま居心地の悪い感じが続くのは、誰にとっても歓迎してない事だろうし。
「……いや、とくにはもう用は無い。だが、そうだなアリエルの顔でも見ておこうと思っている」
少しだけ顔をこちらに向けると、ギュリエさんは感情が読めない声色で淡々と答えた。
そして背後の木に体重を預けると、言葉を続けた。
「あいつが戻ってくるまでしばらく居させてもらおう。私のことは無視していい」
そう言うと、再び微動だにせず黙り込んでしまった。
どうしようかと悩んでいると、背後から私を呼ぶ白ちゃんの動きを察した。
軽く一礼してから離れると、小声で白ちゃんが語りかけてきた。
「どうするよ、あれ」
「どうするって、アリエルさん来るまで帰らないんじゃない?」
「えぇー。メッチャ居心地悪いんだけど、あれ。邪魔なんで帰ってくれないかな」
「うーん……」
「聞こえてるぞ。そこの白いの」
声を潜めてヒソヒソ話をしていると、白ちゃんのセリフを咎めるギュリエさんの声。
ギクリと身体を強張らせてぎこちない動きの白ちゃんに合わせて振り返ると、姿勢は変わらないまま片目だけ開けて冷たい視線をこちらに向けていた。
2人して冷や汗が出るのを感じると、私は出しっぱなしで放置されていた串焼きなどの料理が目に映った。
そういえば買ってきたものを食べる前にギュリエさんが現れて、白ちゃんの分体を阻止しに出発したのだった。
「えーと……、何か食べますか?」
少々強引でも空気を変えるために私はそう提案した。
すると……
「……いただこう」
ギュリエさんは短く答えると、寄りかかっていた木から離れて地面に腰を下ろした。
そして冷めてしまった料理を温め直したり新たに料理を作ったりして全員で食事をしたけれど、私が何を言ってもギュリエさんはそっけなく返事するだけで、なんとなく避けられているような気がし、食事が終わってからというものの会話が一切無いまま長い時間が過ぎた。
ギュリエさんのことを努めて意識の外に置くようにして、白ちゃんとパペットたちと共に何とも言えない空気で時間を潰していると、2日目の夜、ようやくアリエルさんたちが帰ってきた。
「イヤー、遅くなっちゃった。ごめんごめん」
アリエルさん、この空気なんとかしてください。
避けられているし踏み込もうにも踏み込むべき隙が一切見えなくて、どうしようもなく打つ手が無いと思っていたところに、待ち焦がれていた状況を打破できる人が来てくれた。
けれど、アリエルさんはギュリエさんのことを思いっきり無視して進むと、背負っていた大樽を地面に置いた。
すでに匂いで気づいているけれど、大地に接した衝撃で樽の中身の香りがふわりと漏れる。
またお酒かぁ……
前回の失態を思い出して複雑な表情が浮かんでしまうけれど、アリエルさんは蓋を開けて酒盛りを始めた。
ギュリエさんも合わせてお酒を大量に飲み始めたし、白ちゃんも負けじとそこに参加しだした。
どうしようかな……
あれ? メラゾフィスさんこれは? 果物?
あぁ、飲めない組のための物ですか。
身の置き場所を考えているとメラゾフィスさんから大量の果物を受け取り、それがお酒がダメな人向けの物だと理解した。
受け取ったそれでジュースを作りソフィアちゃんにも配るけれど、それでは満足できずソフィアちゃんは前回同様盗み飲みをして、一口でダウンしていた。
私は前回の反省から決してお酒に近づかず、巻き込まれないように端の方でひっそりとジュースを味わった。
チビチビと外から眺めるだけで退屈な時間だろうと思っていたけれど、そんな思いはジュースを作り始めて味見をした時には一切無くなっていた。
なぜだろう、果物をジュースにするとやたらと凄く美味しく感じる。
その違いは口に含んだときとストロー状の舌で直接吸ったときとでは大きく異なり、長い舌の中を甘味と酸味が勢いよく流れていく感覚は、脳がしびれそうなほど心地よかった。
なんだかイケナイことをしている感覚……
この感覚も魔物のときの性質が影響しているのかなと思ったり、もし花の蜜とかを吸ってみたらどうなるのかなとか考えてみたりと、色々考えを巡らせながら至福に浸っていると、すぐ目の前に白ちゃんが居た。
その両手には、お酒がなみなみ溢れんばかりに注がれたコップが。
あの? 白ちゃん? その手に持っているのは?
あっ!? 待って! 飲まないから! 私はいらない! いらないから! ちょ、ダメ……
むぐっ……!? んむぅぅ~ッ!!??
……あはは~? クラクラぁするぅ~。
喧騒が広がる混沌とした光景から視線を逸らす。
止める暇なく白ちゃんに酒を飲まされたコケちゃんの動向には注意を払う必要があるものの、私は目の前の無愛想な男に対して質問した。
「で、ギュリエは何しに来たのさ?」
私の問いに、こいつは相変わらずぶっきらぼうに答える。
「そこの白いのに用があって来た。ついでに貴様の顔を見ておこうと思ってな」
「ふーん?」
ギュリエの視線の先には白ちゃんがいた。
また私の知らない所で、何かやらかしていたのかな。
そう考え、やりそうな事をピックアップしていると、その白ちゃんが会話に混じってきた。
「コケちゃん以外に、そんな呼ばれ方されるのは心外だにゃぁー」
「あはは~、う~……」
酔っ払って顔の赤い白ちゃんと、蜘蛛型の背にうつ伏せで乗っかりグッタリしているコケちゃんの姿がそこにあった。
その普段の印象とは全く違う言動にギュリエは驚愕の表情を浮かべていた。
「あー、白ちゃん酔うと誰とでも喋れるようになるっぽいよ?」
「そ、そうか……」
驚くよねー、この変化。
そのギュリエの反応を見て白ちゃんが声を上げて笑う。
「ちなみに笑い上戸っぽい」
「見ればわかる」
そのギュリエの視線だけど、こいつの視線はもうひとつの方にも向けられていた。
「で、コケちゃんの方は酔うと幼児退行して、何するかわかんないから要注意ね」
「……うむ」
なにやら複雑な表情を浮かべるギュリエ。
まあ、気持ちはわからんでもない。
こいつがどんな想いでサリエル様と接し尽くしてきたのを考えれば、コケちゃんの容姿に複雑な感情を抱くだろうし。
あっ、別に変な意味じゃないよ?
こいつが懸想しているのはサリエル様ただ1人だろうし。
けど、どこか面影がある彼女に対して何も感じないなんてことは出来ず、突き放して距離を取ることで内心を押し殺しているのだろうと察した。
難儀だねー、こいつも。
思わず生温かい目を向けると、明らかに不満げなギュリエの顔が映った。
これはイジれるネタが増えたかな?と思っていると、白ちゃんがメラゾフィスくんを吹き飛ばし笑い転げていた。
「ぷっははは!!」
「あー、死んだ?」
「いや、気絶しているだけで命に別状は無さそうだ」
とりあえず、吹き飛ばされたメラゾフィスくんを私は介抱して治療する。
メラゾフィスくんを吹き飛ばした当人は、高笑いしたまま酒を呷っていた。
コケちゃんのほうは……、あっ起きた。
「ぷはは、あだ!?」
「むぅぅ、お酒ぇ! お酒持ってこーい! それとくだものぉ!」
「うぐっ、ととっ、りょーかい! わかったから引っ張らないでってば! 首グキっていった!」
「あはは~、すすめぇ~」
白ちゃんの背中に跨り髪を手綱のように引っ張るコケちゃんは、そのまま白ちゃんを連れて離れていった。
あんなことされても白ちゃんは怒らないあたり、白ちゃんとコケちゃんの間には相当な信頼関係があるのだろうと感じられた。
そして向こうに酒樽まで持っていき、いつのまに買い込んでいたのか大量の料理と食材を並べてパペットタラテクトらも巻き込みながら盛大に宴を始めていた。
「はぁぁ……」
「苦労しているようだな」
「まったくだよ」
とか言いつつも口元に笑みが浮かぶあたり、私もこの騒がしさを嫌とは思っていない自分がいるのを自覚していた。
「で、白ちゃんに用って何さ?」
向こうに問題児たちが行ったので、改めてギュリエに問う。
すると、ギュリエの口から語られたのは、ある意味予想通りの内容だった。
「あれの分身体が暴走していたので、それを本人らに止めさせた」
「やっぱ分身体がいたかー。ん? 本人ら?」
「ああ。そこの白いのと人形どもに、それに……あいつの偽物もな」
「その呼び方はどうかと思うなー」
酔って意識が飛んでいるからこっちの会話に向こうは気づいてないと思うけど、一応ギュリエに注意しておく。
「そうだな、すまない」
「あの子とサリエル様は別人。だけど彼女も1人の意思ある人間だよ。不用意な言動で傷付けるのは私が許さないから」
「……ああ」
謝罪を口にしたギュリエは遠い目をして手に持ったコップの水面を眺めていた。
過去に意識を飛ばしているだろうこいつを引き戻すため、私は話を続けた。
「それで、結局なにがあったのさ?」
「……白いのの分身体の目的は、人類皆殺しだったそうだ」
「ほう」
突拍子も無い案だが、まあ悪くないね。
こいつが黙ってないでしょうけど。
「そして、分身体が暴走した原因は、おそらくクイーンタラテクトの魂を吸収したことだ」
なるほど。
私に体担当を送り込んだのもクイーンを踏み台にしたからだし、その踏み台となったクイーンは白ちゃんに魂を食われたけれど食った側にも影響は何かしらあったのか。
「……アリエル。貴様は人類を滅ぼしたいほど憎んでいるか?」
ギュリエは、今更なことを問いかける。
「憎いさ」
当然だろう?
サリエル様を生贄にした連中が、のうのうと暮らしているのが憎い。
そんな連中が生きている世界が憎い。
今もなお、サリエル様を苦しめて生きながらえているこの世界が、憎くて仕方がない!!
煮えたぎる激情を叫ぶと、手に持っていたコップが砕け散っていた。
粉々になった破片とアルコール臭のする液体が、キツく握り締めた手を汚す。
私は一息吐いて気持ちを落ち着けると続けた。
「けど、そんなことサリエル様は望まない。だから今までずぅっと我慢してきた。ギュリエだってそうでしょ?」
「そうだな、その通りだ」
「ねえ……今でも変わること無く、ギュリエはサリエル様の事が——」
「バッカでー」
突然向こうで酒盛りをしていた白ちゃんから声が上がる。
反射的に私たちは顔を向けると、白ちゃんはそのまま語りだした。
他人のために自分がしたいことを遠慮するなんてバカだと。
自分がしたいことをしないなんて、ありえない。
他人が何を言おうと、一番大事なのは自分が何をしたいのか、と。
そう言うと、再び白ちゃんは酒を浴びるように飲み始めた。
その言葉に耳が痛かった。
結局私もギリギリになってから動き出したのだから、白ちゃんの言うバカの1人なんだろうと、そう思った。
「はは。私たちも白ちゃんみたいに自己中であれたら楽だったかもね」
乾いた笑いがこぼれる。
自嘲が浮かぶ私に対して、ギュリエは納得がいった表情をしていた。
「そうか、似ているんだな」
「何が?」
私が質問するとギュリエは白ちゃんとDとの関係性について語った。
Dとかいう神については、ギュリエが以前に口をこぼしたこの世界の上位の管理者であるという情報しか知らないけど、なるほどね似ているのか。
こっちはDとかいう神と。
で、あっちはサリエル様か……
因果なものだと私は笑うと、その間にギュリエと白ちゃんは言葉を交わして思想や意見をぶつけ合っていた。
そこに出ていた言葉に、私は考えを巡らせる。
私の誇り、か……
そんなこと、あの無機質な部屋から助け出された時から変わらない。
それだけを胸に、ずっと生き恥も絶望も飲み込んで生きてきたのだから。
必ず助け出します、だから待っていて下さい……
祈りを胸に、決意で身体を満たして瞼を開くと、相変わらず混沌とした景色が広がっていた。
「おなしゃーっす! 先輩! ケラケラケラ……」
「……こいつは何を言っているのだ?」
「さあ? 白ちゃんの考えていることは全くわからんって」
「あはは~。じょうずにやけましたぁ~、にがっ……」
でもまあ、たまにはこういう時間も悪くないかな。
サリエル様、いつか貴女も一緒にこうして騒げたら、きっと楽しいと思いますよ。
バカ騒ぎの中でも変わらない鉄面皮と淡々とした声がありありと浮かびながら、私はこの空想が現実になることを、ただ願うのだった。
「なあ、アリエル」
ふと、ギュリエが私に向かって言う。
「もし、そこの緑のほうが神になろうとしていたら……止めてくれ」
表情を硬くしたギュリエは、そう呟いたのだった。
何回か閑話を挟んでから7巻イベントに入ろうと思います。
7巻に入ると、すぐ重大事件発生ですから箸休めも入れておかないと。