——蜘蛛 魔法?
うがー!
真似出来んっ!?
今私が試していたのはコケちゃんがやっていたような、スキルに拠らないステータス強化の魔法を再現することだった。
何かしらの魔法が体内で展開し発動されているのが確認出来るけど、その術式がスキルに拠るものとは少し違う独自のもので大まかには意味は理解出来るけれど、それをいざ再現しようとするとシステムのサポートも利かず全て自力で構築しなければならず、そしてさほど難しくない内容なのに構築が完了しても何も発動せずに霧散してしまった。
なんというか、何かが足りていない気がする。
必要な要素が抜けているというか、省略されている?
この術式は、コケちゃんに最適化されているから私には使えないというか、術式に必要な何かが足りなくて何かが余分といった感じだ。
たぶんその原因となっている部分は、核たる中心の未知の術式だと思う。
叡智でも感知出来ない何かからエネルギーを引き出して直接術式に流し込んでいるコレは、指定している対象の位置が私では合っていなくて何も掴めずに空振りしているような、そんな空虚な反応だった。
うーん、叡智様でも把握出来なくてエネルギーを持った存在……
……あっ、魂のことか、これ。
考えれば当然のことだったけれど、スキルは魂に貼りついた術式だ。
システムから補助されているけれど、そのスキルを維持するには土台がいる。
そのための魂であり、そしてそれをスキルを鍛え上げて成長させ死んだ時に拡張された分の魂を回収されるのが、この世界の人々に科せられた贖罪でもある。
まあ罪云々については今は置いといて、必要なのは魂に関するところ。
この魂についてだけど、スキルを書き込む土台であると同時にエネルギーを貯め込む器でもあるのではないかと私は考えた訳だよ。
HPSPは肉体に依存したステータスだとして、じゃあMPは何処から来ているのかと考えると、それは魂からなんじゃないかと思う。
もちろん大気中にも魔力と呼べるものが漂っていたりするけれど、その量は基本的に少なく私の膨大なMPを賄うには到底足りない濃度しか、大気中には存在していない。
そんな微量の魔力しかない場所でバカスカ魔法を撃ってMPを消費しても、星魔の効果の通りに瞬時にMPは回復される。
しかも大気中の魔力には殆ど影響されず与えずに。
他にもスキルの中には何のコストも支払っていないのに効果を発揮するスキルもあって、じゃあそのコストは何処から賄っているのってなると、やっぱり魂からしか無いのよ。
つまり!
魔法やスキルなどの術式は魔力によって編まれていて、その魔力は魂に由来するもの。
その余剰分がMPであって、コストが無いスキルも余剰分を知らず識らずのうちに使われて起動していると、そう私は解釈した。
となると、私がすべきことは中心の術式を私の魂に合わせたものに書き換えることだけど、原因がわかったところで改善出来るかと言うと、そうではない。
魂ってなんだ?
いや、並列意思どもをマザーの魂に送り込んだことから、魂についてはある程度理解出来るんだけど、自分自身の魂に干渉するのにどうすればいいのか、全くわからなかった。
あの時はマザーからの眷属支配による干渉で魂に絡みついたパスを理解し、逆に魂を送り込むことで乗っ取る発想に至ったけれど、これは魂をそのまま移動させているだけであり眠っている力を引き出すなどのことは一切していない。
だから魂の存在は把握出来るけれど、それを操る術となるとお手上げとなるのだ。
叡智様も魂のこととなるとサポート対象外で、全く教えてくれないからね。
ぐぬぬ。
おのれDめ、変な制約コケちゃんに掛けおって。
それが無かったら、こんなに苦労することなく情報共有出来るというのに!
それとなく聞き出そうとコケちゃんに仕掛けたこともあったけれど、いつの間にか手元にスマホがあって『イエローカード』と聞こえた次の瞬間には消えていた出来事から、聞くことは止めた。
怖いっつーの!
ホラーか、いや存在自体がホラーだったわ、あいつ。
そして今日も、魂の何かしらを掴むために試行錯誤を繰り返すのだった。
うおおー! 唸れ我が魂っ! ……ダメか、はあ。
——血 癒やしが欲しい。
癒やしが欲しいわ、切実に。
そう思ったのは一度や二度ではなく、ほぼ毎日そう感じているのは白からの修行という名の拷問のせいかしら。
最近では自力で結構な速度で走れるようになったし、耐性系スキルも上がってちょっとやそっとの状態異常など効かない身体になったわ。
私は何を目指しているのかしら? 人外かしら? 元から人外だったわ。
……そういえば耐性上げの仕組みを作ったのは苔森が原因だったわね。
あの拷問具もアップグレードされて今も両手首に複数個着けているけれど、既にこの気持ち悪さにも慣れたもの。
悪い意味で、この酷い環境に適応しちゃっているのが悔しい。
まあ、そんな訳で日々辛い修行を繰り返しているのだけど、さすがに修行漬けでは気が滅入るというもの。
それを解消するために、街に寄った時には思いっきり羽根を伸ばしたり、空いた時間では存分にメラゾフィスに甘えてみたりと、ストレス発散を行っているけれど足りないと感じる時もある。
メラゾフィスから好きなだけ血を吸えれば最高なのだけれど、以前貧血にしてしまった負い目もあるし何よりまたメラゾフィスを倒れさせることになったら、アリエルさんにこってり絞られるのが目に見えているわ。
だから吸血するのは控えているけれど毎日ストレスは溜まる一方で、他にも癒やしとなるものが欲しかったわ、例えばもふもふとか。
そんな事を呟いたところ、思わぬところから返事があった。
「もふもふとはちょっと違うけれど、あの子たちを呼んでみようか?」
そうして出てきたのは、いつか苔森が抱えていた魔物……の巨大版だった。
ちょっと、でかくない? 一軒家サイズはあると思うのだけれど。
そう私が言うと、苔森が答える。
これでも中間サイズで、もっと大きいのも居るけどスペースが無いから呼べなかった、と。
しかもこれだけ威圧感のある魔物が、白と苔森が生まれたというエルロー大迷宮では大して強くない中間層の魔物だと言う。
魔境すぎない? そこ?
改めて2人が過ごしてきた環境を知り、私は畏怖した。
そりゃあ、毎日こんなのやそれ以上と戦っていたら、強くもなるわね。
それはそれとして、私が癒やしが欲しいと言って呼ばれたこの魔物グレーターコケダマというのらしいけれど、可愛いかしらこれ?
いや、以前に馬車の中から見た魔物のときの白の姿からすれば、丸っこくてだいぶ可愛らしいと思うけれど、それでも強さの違いによる圧迫感で全然可愛いとは思えないのだけれど?
白や苔森にアリエルさんとかでは強さの桁が違いすぎて、感覚が麻痺して正確に差というものを理解出来ないけれど、この魔物の強さだとギリギリ理解出来る範疇であり、それを感じ取ってしまうからこそ素直に可愛いとは思えなかった。
だってこれ、今の私より何十倍も強いのだもの。
そうして躊躇っていると苔森はそれを遠慮していると勘違いしたのか、無理矢理この潰れた緑色の球体みたいな魔物に私を乗せようとしてきた。
抵抗虚しく猫みたいな運ばれ方で魔物の背中に降り立ったけれど、足が深く沈み込む感触で評価を一転させた。
あ、あら? 悪くないわね?
そうして促されるまま寝転がると、水気を帯びた苔で少しひんやりするけれど全身柔らかい感触で包まれ、無重力とまではいかないけれど水面に浮かんでいるかのような抵抗感のなさ。
思っていたもふもふとは違うけれど、こういうのも悪くないわね。
隣にメラゾフィスも呼んで一緒に寝転び、ちょっとした天体観測をした。
こういうときも身体の大きさからハブられる白に、ざまぁと思ったのは内緒よ?
——従 戦闘訓練
裂帛の声とともに剣を振るう。
しかしその銀閃は瞬時に差し込まれた旗杖によって弾かれ、流される勢いで手元から剣が抜けてしまいそうになる。
それを耐えるのではなく、敢えて脱力し流れに乗ることで次の攻撃に繋げ、様々な角度から無数の軌跡を描く連撃を繰り出す。
しかし、そのどれもが弾かれ流され、まともに入った斬撃は1つも無い。
僅かな気の緩みから姿勢が崩れると、その隙を叱咤するかのように反撃が叩き込まれ、私は地に伏し土を舐めることになった。
「ぐっ……」
「そこまで。少し休憩したら、次は白ちゃんとメラゾフィスくんだね」
「ふぅ、ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
訓練相手の苔様から手を借り立ち上がると、互いに礼を行う。
作法こそ見たこと無い形式で適当なものであるが、模擬戦を行った後はこうしてお互いの健闘を称えるのが、毎回のルールとなっていた。
しかし、手加減されてこれか……
私は様々な方向から攻めたのにも関わらず、苔様は一歩も動いていないというのに有効打を当てられなかった事に、忸怩たる思いを抱く。
いや、当てられるだけ白様との模擬戦よりはマシか。
白様との戦いとなると、いくら振ったところで全て回避され虚無感を覚えるほどの圧倒的な差を見せつけられるのだから。
それを思えば、全く通用していないとしても攻防が成立する苔様との模擬戦は、剣のつなぎ方を確かめる良い機会であり、そして硬く防御に秀でた相手を想定した訓練として最適であった。
端まで歩み木に背を預けて座り込むと、私は考えを巡らせる。
吸血鬼としての在り方も大分慣れてきたものだ。
最初こそ忌避感を覚えていた吸血行為も、今ではただの作業と割り切って手早く済ませられるようになり、必要最低限の量を奪っては後処理もスムーズである。
いつのまにか増えていた《始祖》の称号によって、血の消費速度も緩やかになり必要な吸血回数も少なくなっていたが、お嬢様の気分転換なども兼ねて街に寄る間隔は以前と変わっていない。
その度に血のストックを補充するので消費より溜め込む量の方が多いが、溜め込んだ血を消費してステータスを強化する強血のスキルなどもあるので、多い分には問題は無かった。
経緯はともかく、苔様には感謝すべきですね。
始祖を得る切っ掛けとなった出来事はあまりよい記憶ではありませんが、こうして日中の不快感も和らいでいますし、お嬢様への暴挙もお嬢様本人が詳しく憶えておらず気にしないと言った以上、私からは何も言うことはありません。
たとえ、そのことに私が僅かなしこりを抱えていても、だ。
結果的に良い方向に向かい、そして主が良いと言うならば黙って従うのが従者というもの。
だが、お嬢様が道を違えようとしている時は身を挺してでも正すのも従者としてあるべき姿だ。
頭を振って思考を切り替える。
しかし、ステータスは上がったものの剣の腕は一向に変わりませんね。
素振りを日課としても上達は遅々として進まず、理解していたとはいえ自身の才能の無さに苦いものが込み上げる。
どう足掻こうと剣技では先が見えている以上、模索すべきは吸血鬼としての力を組み合わせた、新たな戦い方を見つけることかもしれませんね。
そして物は試しと次の白様との模擬戦で、私は魔法スキル何でもありで挑んだが何1つ掠らせることが出来ず、大鎌の背に叩きのめされ再び地に伏せるのだった。
「ぐぅ……ッ。まだだ、次こそは掴んでみせる」
悔しさをバネに、私は努力を続けるのであった。
——? ????
暗い夜道の中、アスファルトの上を幽鬼のように歩く小さな女性がいる。
元は可愛らしい童顔も相まって年齢よりもかなり若々しく見えていた彼女だったが、今では目も落ち窪み濁りきった濃い隈を浮かべていて、一縷の希望も見いだせないような光無き瞳をしていた。
彼女はとある酷い事件によって心を病むほど憔悴し、今日は隔週で通う事になっている精神科に行き診察を受けた後に処方箋を貰い、誰もいない自宅に帰る途中だった。
彼女に纏わる人生について語ると、それは世間一般的には悲劇と称されるような、あまり良くない出来事の連続でした。
彼女は小柄で幼い印象を受ける風貌でしたが優れた知性を宿していて、その頭脳を活かし都会の大きな会社へと就職しました。
独り立ちをし実家を離れて暮らし始めた彼女は、仕事の関係で知り合った男性に恋をしました。
その人は、いわゆるエリートで人当たりもよく仕事の成績も優秀で、出来ないことは何も無いと讃えられるほどの超人でした。
プライベートも精力的で、何度か話している内にデートのお誘いもよく来るようになり、まんざらでもなかった彼女はそのまま付き合うことになりました。
しかし悲劇は彼と付き合ったことから始まります。
その男性は甘い言葉で耳に心地よく飾り立てますが本心は獣そのもので、実はこの時点でも関係を持っていた女性は複数いて、過去も含めれば恐ろしい数の女性が毒牙に掛かっていました。
そんな男の本性を知らずに強引に迫られ続け、結果彼女は1人の子供を身籠りました。
彼女は嬉々として妊娠を報告しますが男からは冷淡にあしらわれ、そこから不信を抱いた彼女はついに男の本性を知ってしまうのでした。
悲しみに暮れる彼女は男と別れ、お腹に宿っていた子を堕ろす選択肢は愛情深い性格だった彼女には選べず、1人の女の子を産みました。
彼女は仕事をテレワーク中心に変えて、ときどき両親や知人を頼りながらも仕事と育児の両方を頑張って成立させ、愛情を深く注ぎながら娘を育てました。
その子は母親と非常に良く似て、何処か夢見がちであり性格が彼女の幼少の頃とそっくりであったため、危なっかしくて絶対に父親とは会わせられないと彼女は思いました。
そんな悲しい経緯から産んだ子供でしたが、彼女は愛娘に溢れんばかりの愛情を与えて、小さなマンションの一室で仲睦まじく平穏に暮らしていました。
この頃が彼女にとって一番幸せな時間でした。
自分とそっくりな娘が身に覚えのあることをやらかすたびに共感性羞恥と懐かしさを覚え、自分の記憶をもとに毎回優しく説教をしては仲直りするのが、この家での日常でした。
今では娘も成長し、自分と同じくらいの身長にまでなった娘と並ぶと、彼女のかなり若く見える容姿も相まって姉妹か双子のように見えて、ある夏の日お揃いの麦わら帽子を被って出掛けていると母娘共々ナンパされかけるほどであった。
そんな仲の良い家族でしたが、ある日を境に一変し彼女は1人になりました。
温かな団欒に満たされていたマンションの一室は薄暗くなり空気が淀み、2人して協力しながら賑やかに家事をしていた部屋も掃除も疎らでホコリが溜まり静寂に包まれています。
鍵を開けて室内に入った彼女は、滑り落ちるようにカバンをフローリングに置くと、部屋の明かりも着けること無く奥へと進みます。
乱雑に置かれたカバンは倒れて、そこから溢れた紙袋には無数の薬品名と「苔森
そして彼女は娘の部屋に入り、娘が育てていた観葉植物やテラリウムなどに一通り水をやると、同じ部屋にあるベッドに潜り込み冷たい毛布にくるまって、静寂の中ただ身体を丸めるのでした。
深い森の中を歩く少女は、突然立ち止まった。
そして、ぽつりと呟く。
「なにか……、大切な何かを、忘れているような気がする……」
少女は、心に去来した寂しさを不思議に思いつつ、空を見上げる。
澄んだ空には雲一つない寒々とした青が、何処までも広がっていたのだった。
・