笹島くん……?
雪崩に飲み込まれた私たちは無事と言っていいのかわからないけれど生き残り、吸血っ子が臨時に作った氷魔法のかまくらに避難して救助を待っていた時に、事件は起こった。
身を過ぎった悪寒にいつの間にか手元にあって触れていた白い大鎌を反射的に構えると、爆音とともに吹き飛ばされて極寒吹雪く雪山に放り出された。
咄嗟に構えた大鎌が防御となり勝手に大鎌がバリア的な何かを張ってくれたおかげで、多少痛い程度で氷のかまくらが真っ二つにされるような攻撃から生き残ることが出来たのだろう。
向こうにかまくらを真っ二つにした犯人が佇んでいたんだけど、半裸というか腰回りの部分だけボロ布で隠した男の人が刀を振り抜いた体勢で立っていて、その顔に私は驚愕した。
前世の記憶にある顔と、その男の人の顔は、角が生えていたり髪色が違っていたりしたけれど、同じような特徴と共通点が数多く重なり見覚えのある顔だった。
前世でクラスメイトだった笹島京也くん。
どうして暴れているのかは不明だけど、前世と顔が同じなのは生まれが魔物で進化の果てに人型を獲得したことで前世の顔になったのだと予想出来た。
目の前の彼を取り敢えず鬼くんと呼ぶことにして、そこの鬼くんこそが麓の街での一連の騒動を引き起こした原因であり、現在氷龍が異常気象を発生させるほどの何かをやらかした、特異オーガだと確信した。
しかし、私が鬼くんについて気づき制止の声を掛ける前に、吸血っ子の一声によりサエルが突撃していって戦闘を開始した。
普通に考えればミンチ、良ければ瀕死になっているだろう姿を幻視したが、なんと鬼くんは両手に持った刀でサエルの剣戟を防ぎきっていたのだった。
それには驚いたけれど、サエルからの攻撃に反撃するだけの余裕は鬼くんにはなく、じきに攻撃を見切ったサエルに負けるはずだと思った。
鬼くんについてどうするべきか考えていると、吸血っ子が血気盛んに闘志を燃やしているので、もしかして鬼くんの正体に気付いていないのかと思い、声に出して説明する。
「笹島くん」
「……は?」
どうやら正解だったらしく、吸血っ子は何言ってんだこいつという胡乱な瞳を向けて来た。
「笹島京也くん」
再度鬼くんに向けて指を指し、その名前を吸血っ子に告げる。
にしても説明するのは毎回メンドイ。
コケちゃん相手なら大体察してくれるし上手く補完してくれるから、気楽なんだけどな。
「ガアアアアアアア!!」
その名前を言ったことで反応したのか、喉を枯らし血を吐くような鬼くんの咆哮が響き渡った。
人の叫びとは思えない、鬼の絶叫。
その突然の爆音に、対峙していたサエルがビクリと身体を震わせて硬直した。
隙を見せたサエルに鬼くんは右手の刀に炎を纏わせて振り下ろし、それをサエルが避けたことによって空を切った一撃が地面に叩きつけられ、轟音を伴う衝撃波と炎が広がる。
サエルと打ち合えるほどのステータスから齎された衝撃は予想を超える地形破壊を引き起こし、刀がめり込んだ地面を中心に亀裂が広がっていく。
その亀裂は深く広範囲に渡って拡大していき断面から覗く氷しか見えない壁面によって、ここが氷河で出来た氷の大地だったことに気付いた。
運良く私や吸血っ子が居る場所には亀裂が来ることはなく無事だったが、サエルが亀裂によって出来たクレバスに飲み込まれていく。
それだけなら空間機動のスキルによって何も無い場所であろうと空中を蹴ってすぐ復帰してくるはずだったけれど、鬼くんの雷を纏った刀による追撃によって眩い閃光と雷鳴とともにクレバスに落下していった。
底が見えないクレバスに落ちていったけれど、雷の直撃も戦車の時のように耐性を無視する攻撃ではなくシステムの範囲内にある攻撃なら、雷耐性や万越えの魔法抵抗力によって大幅に軽減しているだろうから多分サエルは死ぬことはないだろう。
けど、それも無傷とはいかないだろうし、クレバスを登って戻ってくるのにどれくらいの時間が掛かるのか不明。
今この場において私たちの最大戦力が一時的に居なくなった事実は、牙を剥き出しにした咆哮と狂い啼く殺意によって私たちに叩きつけられた。
「ガアアアアアアアッ!!」
ピンチだ、これ。
「なるほどねー」
『ほんに人間というものは碌でもないことをする。あれでは小僧が激怒しても仕方なかろうに』
氷龍の長であるニーアから、例のオーガが進化した鬼人について聞き、碌でもない過去の仕打ちと復讐を果たして人族から敵視されるようになった経緯を知ったのだった。
それにしても、性格の悪いコイツが憐れんでいるのと、ギュリエからその鬼人に対して直接殺害を行ってはならないという命令に疑問を憶え、それが繋がる前にニーアから声を掛けられた。
『ところで、急いでいるのではなかったのかえ?』
「ああ、そうだった」
雪崩に飲まれ流されていった4人を捜索しなくちゃ。
とくに白ちゃんは弱体化しているし、早く見つけないと手遅れになってそうだった。
なんとなく悪運発揮して生き延びていそうだけど、それでも早く回収するに越したことはない。
「アエル」
情報料代わりにニーアに酒の入った樽を渡そうとアエルに指示をし、背負っていた馬車をアエルが下ろすと、幌の中から何かが飛び出して雪崩が流れていった方に向かって飛んでいった。
『なんじゃ? 今のは』
「まさか……」
私は急いで荷台の中を確認するものの、予想していたそれとは違い寝台に固定され保護した時と変わらず凍りついたままの彼女はそこで眠っていたけれど、巻きつけた毛布の一部が内側から食い破られたような裂け方をしていることに気付いた。
『どうしたのじゃ? そんなに慌てて』
「いや、なんでもない。ああ、それとこれは情報料ってことで」
多少雑に置いてしまったけれど酒樽をニーアに渡し、私は飛び出していった影を追った。
『……? まあ、おおきになぁ~』
疑問を感じつつも目の前に酒に嬉しそうな声を上げるニーアを背にしながら、雪崩が通り過ぎた後の山肌を駆け出していった。
咆哮を叫びながら迫る鬼くん。
それを迎え撃った吸血っ子とメラが、空気を揺らす鈍い轟音を立てながら戦っている。
私?
もちろん逃げてますが、なにか?
ハッキリ言って役立たずで足手まといにしかならない私が居ると、戦闘の余波にも気を使わないといけなくなるし、それでは吸血っ子やメラが本気を出して戦うことが出来なくなるので、邪魔にならないように戦闘の中心から距離を取るのが一番だった。
決して我が身可愛さに逃げ出した訳ではない。
無いったら無い。
素の筋力ではどんなに頑張っても稼げる距離はたかが知れているので、衣服として着込んでいる糸そのものを操作することで、不格好な操り人形と化した私はひたすら走る。
ふっ、ここで吸血っ子を散々歩かせた経験が役に立つというもの……
あっ、やっぱ無理。
関節と筋肉メッチャ痛い。
背中に強い風圧を感じながら走り、なんとか戦場から多少離れたところまで来て一安心する。
ここもホントは安全では無いんだけど、無理矢理動かされて悲鳴を上げる身体と刺すような空気の冷たさによって喉と肺をやられて、とてもシンドイ。
まずい、このままでは第二の氷像が誕生してしまう。
神になったとしても肉体構造は眼以外人間とさして違わない私は寒すぎれば低体温症になるし、そのまま限界を超えた場合コケちゃんのように仮死状態になって死なずに済むかどうか確証を持てない以上、凍死しないに期待するのは不安でしか無かった。
だからこそ早めに安全確保して何とかしなきゃいけないんだけど、鬼くんを退けるには吸血っ子たちでは少々実力が足りていなかった。
二年間もの旅の間中ずっと鍛えて強くなってきたとはいえ、サエルと打ち合える鬼くん相手では勝負を決める決定打が足りていなかった。
「ガアアアアアアア!」
絶叫しながら目の前の存在に襲いかかる鬼くん。
その見るからに理性を無くしていますって状態に、心当たりがあった。
怒あるいは激怒のスキル。
使うとステータスが大きく底上げされるが、代わりに理性を失っていき暴走するスキル。
それによって暴走するとどうなるのかは、以前にも見たことがある。
目に映ったもの全てを破壊しようと暴れまわり、呼びかけにも一切答えなくなる。
あのときはぶん殴って狂気から引き戻すことが出来たけれど、どうにも鬼くんの場合だと痛打を与えることすらも難しそうな状況だった。
「くう!」
「ごふっ」
こっちに吹っ飛んできた吸血っ子と衝突して、そのままゴロゴロと雪と氷の上を転がる。
鑑定不能の謎強度を持つ糸によって作られた服により傷は無いものの、防ぎきれず貫通してきた衝撃に呻き声が出てしまう。
内臓にくる気持ち悪さに喘いでいると、鬼くんと戦って出来た傷を目に見える速度で治していく吸血っ子の姿が映った。
愛用の大剣を馬車の中に置いてきたせいで、攻めにも守りにも不利な状況を強いられているのに構わず突撃しようとする吸血っ子の服を掴んで引き止る。
「何よ!? 今忙しいの!」
「鑑定」
「はあ!? ……あっ」
苛立った叫びを上げる吸血っ子に鑑定をするように言うと、完全に忘れていたのか今気づいたとばかりに短く声を上げた。
鑑定さんを蔑ろにした事に憤りを憶えるが押し殺し、怒の系列のスキルがないか探させる。
そして吸血っ子に鑑定させた結果、憤怒という七大罪系スキルに属するスキルが見つかった。
ちょっとこれは想定外。
サエル相手にも戦えるほどだから上位スキルの激怒に進化してても不思議じゃないと思っていたけれど、それが憤怒という最上位に位置してそうなスキルだったのならステータスが超大幅に強化されていてもおかしくなかった。
しかし、憤怒によって暴走しているのなら憤怒を封じてしまえばいい。
思いついた対処法を伝えると、吸血っ子は目を輝かせて勝ち筋を見つけたとばかりに、再び戦場へと突撃していった。
戦闘狂のきらいがあって負けず嫌いな性格の吸血っ子は戦うことそのものが好きらしく、勝つか負けるか不明だった天秤が勝ちの方へと傾いてきたことで、闘いを楽しむ方にシフトしてきているように思えた。
なんとなく調子に乗っているようにも見えて嫌な予感がヒシヒシするけれど、それは吸血っ子の慢心した戦い方だけではなく、他にもバキバキという不穏な音がそこら中の地面から聞こえてくるからだった。
氷河が崩壊しかかっていることに焦りを憶え、全身に激痛が走る身体へ鞭打って立ち上がると、大鎌を杖代わりにしてヨロヨロと避難し始める。
「かはっ!?」
吸血っ子の掠れた声に振り向くと、鬼くんの刀に胴体を貫かれた吸血っ子と両腕を無くして地面に倒れているメラの姿があった。
死ぬ寸前、もしくは一日一回だけ死を免れることが出来る不死体のスキルによって死亡を免れているとは思うけれど、気を失って戦えなくなった吸血っ子たちを鬼くんは雑に転がすと、こっちに視線を向けてきた。
まっず……ッ。
私が反応出来ない速度で鬼くんが迫り、雪を巻き上げながら目の前に立って刀を振り上げる。
風圧によってフードが脱げて視界が広がるものの、それで鬼くんの動きが見えるようになる事は無く右手の炎を纏った刀が振り下ろされるのを、私は認識することが出来なかった。
「ガアアアアアアア!!」
「おごッ!?」
再び吹き飛ぶ私。
また大鎌がバリアでも張ってくれたのか鬼くんの刀に斬り裂かれることは無く、勢いよく水平に弾き飛ばされて空中を木の葉のように舞うことになったが、今の一撃で致命傷を負うこと無く生き延びていた。
しかし、このままでは地面に叩きつけられて死。
それを運良く乗り越えたとしても追撃の構えを見せてる鬼くんの攻撃を防ぐことが出来ずに死。
どうあがいても詰みであると、死が目前に迫っているからなのか全てがスローモーションで認識出来る超加速された思考の中で冷静に周囲を観察していた。
走馬灯のように記憶と感情が溢れ、流されていく。
こんなときに思うのは、死にたくないという原初の本能と打つ手が無いという悔しさだった。
まだ、諦めたくないというのに……ッ!
しかし身体は言うことを聞かず、もうすぐ岩壁に叩きつけられて汚いシミになるのだと想像したとき、超加速された体感時間の中でも高速で動き私を追い越していった影が視界の端に映った。
それはシルエットこそ見たこと無いものだったけれど、その色合いはとても良く知っているものだった。
「ぐぅっ!」
何かに接触し肺の中の空気が強制的に吐き出されるが、その衝撃は岩壁に叩きつけられたものにしては非常に弱くて軽く、まるで柔らかいものに受け止められたような感触だった。
というか、そのまんまだったみたいで。
「クルアアアアァァッッ!!」
柔らかな体毛を持つ蛾ともとれるし、シルエット的には蜻蛉のようにも見える、けれどその頭部はまさしくドラゴンとも言うべき魔物が、私を守るように優しく包み込み鬼くんに怒気を滾らせて咆哮していた。
「コケちゃん……?」
しかしその問いに返事は無く、ただ唸り声を鳴らしながら鬼くんをジッと見つめていた。
翡翠色をしたドラゴンのような魔物は、体長の3分の2をしめる長い尾で器用に私を背後の岩陰に隠すと、鬼くんに向かって対峙し蛾のような翅を大きく広げて威嚇しながら荒々しく吠える。
「クゥゥルルアアアアァァッッ!!」
それが癪に障ったのか、今までにない剣幕で鬼くんも咆哮した。
「ガアアアアアアアッッ!!」
そして私の大鎌と似た形状の角を額に持つドラゴンは、鬼くんへと向かって戦いを始めた。
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