「ガアアアアアアアッ!!」
「クルアアアアアァァッッ!!」
白銀と薄墨色の雪山に、猛り狂う怪物らの咆哮が響き渡る。
片方は抑えようのない怒りに飲まれ正気を失い、ただただ目についたモノへと襲いかかるだけの人の姿をしているだけの理性無き鬼。
もう片方は呼びかけにも何にも答える事は無いけれど、その身を盾にして戦闘の余波を一切背後に通さないように刀を全て受け止めつつも戦い続ける、義憤を瞳に灯した六脚四翅の尾長龍。
その闘いを眺めていると復活した吸血っ子がメラを支えながら此方側へとやって来て、吸血っ子が耳がキーンとする程の大声で叫んだ。
「ねえ! あれは何!?」
そんなの、こっちが聞きたい。
しかし、あの翅の模様には見覚えがある。
その白と蒼の線が走る翅を羽撃かせて鬼くんの刀から放たれた炎と雷を掻き消し、ふわりと宙に浮かびながらあらゆる攻撃を無効化していく翡翠色のドラゴンについて、姿形こそ違うけれど思い当たる存在が一人いた。
まさか、コケちゃん?
大きさこそ五メートル程度の小型の龍といった感じだけど、首周りに厚みのあるフサフサの毛や6本という脚の本数、そして幅広の四枚翅。
これだけの特徴が揃っていれば、ほぼ間違いなくコケちゃんと関係があるのは明白なんだけど、あんな姿は見たことも聞いたことも無いし、それにこちらを守るように動いているけれど何も言葉を発さないのが気がかりだった。
「ねえ、ちょっと聞いてる!?」
「お嬢様……、今は退避を、氷河が崩れかけ……ごふッ」
「メラゾフィス!? すぐ治療を!?」
内臓にもダメージが蓄積していたのか血を吐き出したメラに、吸血っ子が淡い緑色の光で魔術陣を作りそこに魔力を流し込んで治療魔法を発動させて、メラの負傷を治していく。
そっちになにかあれば私のこととかは全部眼中に無くなるのですか、そうですか……あれ?
術式が見えている?
目隠しの布を取って、まじまじと吸血っ子が構築している術式を見つめる。
寒さで目元の薄い皮膚が痛みを憶えるけれど、確かに術式と魔力の流れがこの目に映っていた。
てことは……
見える、わかる、この身にあふれるエネルギーの存在が、きちんと見える!
手のひらを広げて、その上にエネルギーを集める。
自らに宿るエネルギーを認識したことでそれを操作する感覚も思い出したのか、今までうんともすんとも言わなかったエネルギーが私の意思に従って動き出す。
まずはさっき見た治療魔法で、いろんな骨にヒビが入っているだろう自分を治療していく。
それから極限環境に耐えるために、防御力などステータス系を高める術式を組んでいく
それらは、きちんと私が思い描いた通りに効果を発揮して、全身の痛みが消えていき寒さも我慢すれば耐えられるくらいには平気になった。
「戻った」
無意識に口に出てしまう。
思い返せば、鬼くんの攻撃を受けた二回目のときに思考時間が引き伸ばされているような感覚がしていたし、その状況でも周囲の地形や鬼くんの動きがハッキリ見えていたことから、命の危機に瀕したことで眠っていた力が目覚め、力が使えるようになったのかもしれない。
あるいは、大鎌の力を短期間で何度も使うことになったから、それがトリガーになったとか。
だが、理由がなんにせよ、私は! 今! 力を取り戻した!
まだまだ操作も鈍く以前のように自由自在とはいかないけれど、それでもお荷物だった状況から自分の身を守れる程度には急成長した。
「何か言った? ……ちょっと待って、なんで平然と魔法使えるようになっているの!?」
メラの治療に専念していた吸血っ子が、魔術を使っている私に気付いて驚きの声を上げる。
それについて何と言おうか脳内で言葉を選んでいると、足元の振動がさらに大きくなっていく。
今まで激しい戦闘が何度も繰り広げられていても持ちこたえていた氷河が、ついに限界を迎えて本格的に崩壊しようとしている。
氷河の表面を覆っている雪が爆発するように巻き上がり、その下から底に行くほど濃くなる水色の亀裂が何箇所も周囲に現れる。
クレバスの底に氷と雪が流れ込んでいき、今いる場所も崩落寸前で一刻の猶予も無かった。
「ちょっ!?」
「ぐっ……」
鬼くんとの戦闘ですでに疲労困憊で気絶寸前だった吸血っ子たちを引っ掴み、強化した身体能力のゴリ押しで崩壊する氷河から抜け出す。
落下中の氷を足場に次から次へと跳び移って崩落危険域から脱出すると、吸血っ子たちは完全に意識を失っていて、ダランと力無く手足を揺らしていた。
鬼くんとあのドラゴンはどうなったのか視線を巡らせると、崩落した氷河の向こう岸で今もなお激しく戦っていた。
ピントを合わせるような感覚で万里眼が発動し、速すぎる動きは思考速度が加速していくことで認識出来るようになっていく。
鬼くんは両手の刀をステータスの高さで無理矢理振り抜いているような力任せの大振りで翡翠色のドラゴンに何度も斬撃を浴びせるけど、翡翠色のドラゴンの防御を貫くことは出来ず僅かな傷も高速で再生されて何一つ有効打になっていない。
翡翠色のドラゴンの方も攻撃手段は噛み付きと額の角を使った頭突き、前方の腕で行う切り裂きや尻尾での薙ぎ払いなど特殊能力など一切使用しない肉弾戦のみで戦っていて、速度こそ速くても防いだり回避出来る程度の攻撃であり、鬼くんからの攻撃を受け止めて防ぐことを重視した動きのせいか積極的に攻撃に移らないこともあり、鬼くんの方にも傷は見当たらない。
お互いに千日手に陥っており、状況的に翡翠色のドラゴンの方がやや有利か。
行動や能力の制限を取り払って戦えば、確実に翡翠色のドラゴンが勝つだろう。
というか、翡翠色のドラゴンは身体強化と飛翔以外何も使っていない?
いや、もしかしてそれしか使えないのか?
あれがコケちゃんだとすれば、あのドラゴンはシステムの補助を受けていないのだからスキルも何もかも全て自力で発動させるしかないので、身体強化だけで構築リソースが限界になり原始的な攻撃方法しかとれないのだと推察出来る。
構築速度が遅くて使えなかっただけで、神になってもコケちゃんの方ではエネルギーの感知などは問題無く出来ていたみたいだし、少しの時間だけなら発動可能で、それが彼女の限界だった。
だからこそ、あの膠着した戦況であり、それが推理を裏付ける証拠だと思った。
そう考えを巡らせているとクレバスに落ちたサエルが戻ってきており、丁度いいと気絶している吸血っ子たちをサエルに預けると、空間機動の魔力で足場を作る術式を記憶から引っ張り出す。
実験的に地表から数センチの所に一つ作り、乗って体重を掛けてみる。
うん、多分問題無いでしょ。
ならば——
渡された吸血っ子たちを守るべきか最初に魔王から言われた命令に従うべきなのか、わからなくなってオロオロ迷っているサエルを横目に私は断崖へと駆け出した。
よっ! とっ! はっ!
因幡の白兎ならぬ雪山の白蜘蛛となって、鰐の代わりに魔力の足場を飛び跳ねていく。
そして巨大な渓谷となっていた氷河を渡りきり対岸へと辿り着く。
目の前で繰り広げられる戦いを瞳に映しながら、雪が積もる岩肌へと着地する。
着地の衝撃で雪が舞い上がり、雪の白煙が薄れるのに合わせてゆっくり姿勢を正していく。
そして煙が消え背筋を伸ばしたところで、大鎌を鬼くんへ向ける。
力が使えるようになってすぐと、なんとも現金なモノだけど言わせてもらおう。
さあ、リベンジといこうか!
「ガアアアアアアア!」
憤怒の炎に焼かれて荒れ狂っている鬼くんが吠える。
先程の焼き直しのように振るわれる刀目掛けて、大鎌を叩きつける。
「ガアッ!?」
鬼くんの左手から刀が弾け飛んだ。
雷を放つ魔剣がクレバスに落ちていき見えなくなる。
刀を一本失った鬼くんは残った炎の魔剣を両手で構え直し、乱入してきた私を見る。
「ッ!?」
すると一瞬鬼くんの動きが止まる。
目を見開いて怒りが消失した瞳で私を穴が空くほど見つめるけど、そのあきらかな隙を翡翠色のドラゴンが見逃すことは無く、横薙ぎの爪が叩きつけられて大きく吹き飛ばされた。
もしかして今、私のことがわかっていた?
スキルを封印させる効果を持つ吸血っ子の妬心スキルによって、不完全ながら理性が戻っていたのかもしれないけれど、雪の中から飛び出してきた鬼くんの目は再び怒りで塗り潰されていた。
「ガアアアアアアアッ!!」
「クルアアアアアァァッッ!!」
悲哀と赫怒に満ちた慟哭と、擦過音混じりの甲高い咆哮がぶつかり合う。
そこに踏み込もうとすると、翡翠色のドラゴンが私を庇うように動いて近くに寄り添い、背後に私を隠そうとする。
「……大丈夫。信じて」
聞こえているかわからないけれど、私は翡翠色のドラゴンに声を掛ける。
すると、翡翠色のドラゴンは私を見つめていた瞳をゆっくり閉じて威圧を解くと、再び眼光強く瞼を開いた。
そこに宿るのは信頼であり、誰かを守ろうとする想いが、重なった視線から伝わってきた。
残った刀で袈裟斬りにしようとしてきた鬼くんを、翡翠色のドラゴンは身体を回転させて非常に長い尻尾を鞭のようにして叩きつけて強制的に距離を取らせると、その勢いのまま尻尾で私を包み衝撃も無いまま器用に運んで背中に乗せた。
そして私が頭と胴体の間に跨がると、軽く喉を鳴らし笑うように音を鳴らした。
「龍騎士ってことね」
「クルゥアアアアァァッ!!」
左手に大鎌を持ち直し、右手は糸を操って手綱を作り上げそれを結ぶとしっかり掴む。
「ガアアアアアアアアアッッ!!」
何度打ちのめされても憤怒に身を焦がし、視界に映すもの全てを破壊するまで何度でも何度でも立ち上がり続ける、光を失った狂える鬼が吠える。
どうしてそうなったか知らないけどさ、今ゆっくり眠らしてやるよ。
翡翠色のドラゴンに跨がった私と、鬼くんが対峙する。
先に動いたのは鬼くん、だけど先手を取ったのは私たちで全力を出した翡翠色のドラゴンの速度に鬼くんは全く対処できず、そのまま横合いから殴り飛ばした。
急激な加速に身体が持っていかれそうになるけれど、身体強化の術式はコケちゃんが使っているのを散々見てきて自分でも出来ないか試行錯誤していた。
その最後のピースも神となって理解し感じられるようになったからには、出来て当然の技として自分自身に掛けられる。
速度こそ尋常では無いけれど軌道はわかりやすいシンプルな曲線で動いてくれるため、風圧とか遠心力に耐えられるなら乗りこなすのも難しくない。
アラクネのときも、実質蜘蛛型の乗り物に乗っていたようなものだしね!
しかしこれ、私が乗っている意味ある?
大鎌振るうより先に殴り飛ばされちゃ、すること無いんだけど。
仕方ないので捕縛を目的として糸を飛ばし、鬼くんを拘束しようとする。
分厚い雪に轍を作りながら転がる鬼くんに糸が絡まり、手足の自由を奪っていく。
これで終わりかなと思ったが、魔剣が生み出す炎によって斬れないはずの糸が焼け落ちていく。
あっ、しまった!? 火には弱いままだった私の糸!
だかしかし、こっちはいくらでも糸を出せる。
けれどそっちはMPがいくら残っているかな?
感覚的でしか無いけれど、サエルや吸血っ子たちと戦い続け、戦う以前にすでにボロボロで消耗していたことから考えると、残りのMPはごく僅かしか残っていないと感じられた。
全身痛々しい火傷と凍傷の痕で赤黒くなった肌を晒す鬼くんは、憤怒に侵されたままだけど瞳の奥には怯えと恐怖が揺らいでいるような雰囲気で刀を構えていた。
そろそろ限界かなと推察すると、私はドラゴンの手綱を引いて鬼くんの周囲を走らせる。
狙いが定まらず視線を左右に振る鬼くんに対して、私は粘着性を持たせた捕縛糸を何度も放つ。
大鎌を掴んだまま親指で人指し指を弾き、そのたびに左手から糸を撃ち込む。
その糸を鬼くんは炎を纏った刀で斬り捨てて対処しようとするけれど、四方八方から飛んでくる糸全てを斬ることは出来ず、段々と糸が絡みついて動きが鈍っていく。
自分の身体を焼きながら刀を振るうけれど、限界は刻一刻と間近に迫っているように見える。
そしてついに、鬼くんは刀を地面に突き刺しガクリと項垂れ膝立ちになった。
すかさず糸を撃ち込み全身に糸を絡ませるが、それにもピクリとも反応せず刀に手を掛けたまま寄り掛かり、祈るように顔を俯かせているのを見てついに気絶したのかと思った。
私たちは疾走を止めて静止し眺めるけれど、それでも鬼くんは指一つ動かさない。
終わったと感じると、戦闘時の緊張感が無くなり全身が力無く脱力して倒れ込み、私は目の前にあるドラゴンの頭を両腕で抱きかかえた。
「……疲れた」
「クルルゥゥ……」
顔の真横に真っ白い刃のような湾曲した鋭利な角があるけれど、正面と先端付近にしか刃が無いように見えるから側面に居るぶんには問題無し。
柔らかい毛に顔を埋めてだらけていると、急激な魔力の高まりを感じた。
ガバっと慌てて顔を上げると、鬼くんが刀に全魔力を注ぎ込み刀身が白熱するほどの熱量を溜め込もうとしているのが見えた。
臨界寸前となった刀は眩い光を放ち、刀が刺さった氷河は沸騰して水蒸気が噴き上がり、周囲に急速に冷却された水分が粒となってダイヤモンドダストが淡く煌めく。
そして劫火が解き放たれ、目に映る視界全てを焼き尽くした。
爆風が吹き荒れ、水蒸気爆発も起きたのか膨張した大気の壁が私たちを押しのけていく。
私は落ちないようにしがみつくだけだったけれど、爆風も衝撃波も4枚の翅を何度か羽撃かせて受け流した翡翠色のドラゴンは体勢を立て直し、空中にゆったりホバリングする。
爆風が通り過ぎ風が収まった頃合いで瞼を開くと、爆心地となった場所が蒸気立ち込める大穴と化していて、何処にも鬼くんの影形すら見えなかった。
……死んだ? いや逃げられたか。
死亡確認は吸血っ子のレベルを見ればわかると考え、けれど予感ではあの大爆発でも生き延びているだろうという確信が浮かんでいた。
私は見えなくなった鬼くんの捜索を諦め、吸血っ子たちの方へ向かった。
そして向こう岸には気絶している吸血っ子たちの隣に魔王が居て、そこに降り立つと何があったのか事情をしつこく問い詰められた。
グルグル脳内巡る内容からどう返答すべきか困っていると、翡翠色のドラゴンが少しずつ縮んでいき同色の燐光を放ちながらアエルが持つ馬車に入っていくと、光がパッと消えた。
正面に立つ邪魔な魔王を押しのけて馬車を確認したけれど、そこには凍りついたまま静かに眠るコケちゃんしか居なかった。
あのドラゴンは、本当にコケちゃんだったのか……?
胸に過ぎるこのモヤモヤが何であるのか、わかりそうになかった。
Σ ・x・)しろままたすけてきたよ! ほめてほめて
2022/06/13:加筆修正。
文章PC表示に合わせて調整しているのですが
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