久々の、ゆったりとした時間。
魔族領に来るまでの旅路では、こうしてゆっくり腰を落ち着けるタイミングなんて殆ど無かったので、肉体的にも精神的にもリラックスした日々を過ごしていた。
まあ、平穏ではあったけれど静かであったとは、決して言えないものだったのですが……
ここで寝泊まりするようになってから数日後のお昼頃、急に部屋の外が騒がしくなった。
そのときの私は、扱い方が変化した魔術の制御訓練と、今までずっと私の魂と深く同化していたコケダマ達みんなを外に出せるようになっていたので、部屋の中なら自由に出てきてもいいよと、そうお願いして皆と過ごしていた。
コケダマ達のことなのだけれど、神化したときに複数の魂が融合して一つになっていたのが結構沢山おり、元々エルロー大迷宮に居たときの総数と比べると全体の四分の一以下になっていたのに気付いた。
これには非常に驚きが走り、やっぱり神化してからの数年間みんなのことを、全然何も見えていなかったと深く深く落ち込んだ。
けれど、コケダマ達みんなから励ましてもらったり、融合したといっても記憶や意識なども引き継いでいるので、実質ほとんど変わっていないというのもあり前向きに捉える事とし、改めて向き合った。
その彼ら彼女らなのだけれど、決まった固定の姿というものは無いらしく気分で自由に姿を変化させられるので、精神世界でも外に出ている時でも必要に合わせて、身体の大きさとか形態とかを調整出来るみたいである。
個々で好みもあるので大体は特定の形態を維持しているけれど、サイズとかを抜きにした場合、コケダマ形態、翅持ちのコケダマ形態、魔蛾形態、そして妖精形態のどれかを形どる模様。
妖精形態とは何?て思うけれど、これはマステマのときの私の姿がそのまま小さくなったような形態と思ってくれるのが、一番わかりやすいと思う。
いくらか顔付きなどが違っているので、そのまま私をコピーした姿とかでは無いんだろうけど、何とも言えない気恥ずかしさが湧くので人前ではその姿で外に出ないで欲しいと、みんなにお願いしていた。
されど、そんな誤魔化しも延々と先延ばしには出来ないだろうから、やがては何かしら次の対応を考えなければならないかも……
ただ唯一の例外なのが、メントを筆頭とした複数のコケダマたちと旗杖が融合した翠龍だった。
以前白ちゃんを助けた翠色のドラゴンとはこの子のことで、旅の途中で新たに生まれたコケダマたちから私が纏う苔を分け与えた子たちが中心となって旗杖を核に一つに融合したらしい。
中核となっている意識からこの子のことはメントと呼ぶとして——
このメントだけは、姿が固定されているので出てくる時にも五メートルほどの大きさまでにしか小さくなれず、いくら広い客室と言っても翠龍の身体では窮屈だし調度品とか壊してしまう可能性がある。
なので、部屋の外にある庭を使わせてもらえないか、執事長さんと交渉したりもしていた。
普段メントは龍形態だけど旗杖として武器の姿にもなれるらしく、質量とか構造とかは全くの謎でしかないけれど、肉体が圧縮されて旗杖になった時にも意識はあるらしい。
一応旗杖の翅部分を使い飛ぶことが出来るらしいけど、それは非常時の緊急手段としてなので、私が武器として使うとき以外は旗杖形態にはなりたくないらしい。
それにしても、コケダマ形態を好むのは長く生きたコケダマたちで、魔蛾形態や妖精形態を好むのは生まれたての若いあるいは幼いほうのコケダマたちが多いのは、やっぱり自己認識が強く影響されるからなのかな。
そして魔術について。
あの日に起きた精神世界深層での一件から、不思議なことに自由に扱えるようになっていた。
ただ、自由に使えるようになったと言っても、ほんのちょっとしたことで勝手に魔術が発動しかねない不安定な状態になった、というのが正解なのだけれど。
以前魔術が使えなかったのは、構築しようとしても時間が掛かり途中で霧散してしまうからで、そのため非常に単純な魔術しか扱えなかった。
その問題を解決したのが、常時術式の欠片を分担して内側に展開しているという方法だった。
ある意味コケダマたちみんなが並列意思の代わりで、あらゆる魔術に対応出来るように術式の基を常に用意しておくことで、最重要な構築の段階が最初から終わっているので後は必要な要素だけを接続して組み合わせるだけになり、発動速度に関しては恐ろしいほど高速化した。
これが出来るようになったのは、ちゃんとコケダマたちと向き合って心を通わせ、真実みんなと魂を共有するようになったから。
つまり神化したての頃は、私一人分の神に満たないスペックの魂だけで魔術を使おうと四苦八苦していた訳で、この今の状態こそが私という神本来のスペックだったという訳になる。
例えるなら、周囲に広い机や電卓などの便利なツールがあるのに、ちっちゃな机でペンもノートも無しに暗算を繰り返していた、ということになるのかもしれない。
まあ、そのときの経験が魔術を接続させる作業を高速化させているので、まったくの無駄だった訳じゃないんだと、そう思いたいな。
その代わりに、簡単な魔術だと無意識に発動してしまう事になったのは、ある種当然の帰結なのかもしれない。
常に術式が用意してあって維持し続けているので、明かりが欲しいとか思うと勝手にエネルギーを消費して魔術の光球を作ってしまうので、それを制御するためにも意識の切り替えを行う何かが必要だった。
それが、詠唱を交えた自己暗示による魔術の発動方法である。
あえてキーワードを設定しておくことで必要ない時に暴発することを防ぎ、エネルギーを不用意に無駄遣いしないように、練習に練習を重ねていた。
もちろん詠唱なんかしなくても魔術は発動可能だし、身体強化などは常時維持しているように、必要に合わせて方法を使い分けている。
転移とかなど難しい魔術になると意識していても発動が大変なので、逆にワンセットに構築手順を纏めて、それを詠唱で呼び起こす自己暗示を組む方が発動が簡単になるかもしれない。
そういった、個別のやり方や適したやり方の模索は、多分ずっと続くことになるだろう。
現時点でのエネルギーの回復手段が、私たちみんなの魂から溢れた余剰分を回収する以外に方法が無い事もあって、貯蓄は出来るだけ節約するに越したことはない。
本来ならば、神格は星のエネルギーを集めて使用するので、多少の消費なんてあまり気にしないのだろう。
けれど、システムに管理されているこの星では、星から直接的にエネルギーを集めることなど、状況的にも心情的にも出来やしないので。
……太陽とか別の星から、エネルギーを集めることは出来ないのかな?
まるで太陽光発電や光合成のように。
あと得意な魔術も私と白ちゃんではまるっきり違うようで、私の場合は外道属性と呼ばれていた魂に干渉する魔術が、白ちゃんの場合だと空間と闇それに腐蝕属性の魔術が、意識せずとも簡単に構築出来る魔術になるらしい。
それ以外の魔術に関しては術式をちゃんと知っていれば使えるけれど、難易度が格段に変わってくるので、私だと闇魔法とかは使えないし、白ちゃんだと外道魔法の再現なんて不可能みたい。
他に私が得意そうな魔術だと土と水に関する魔術や、何故かはわからないけれど腐蝕もギリギリ使えるかもしれない。
非常に危険だから、腐蝕属性を扱うのは安全策を何重にも準備してから練習しよう……
まあ、それはそれとして——脱線した話を戻そう。
この公爵邸にお世話になってから数週間が経過し、その間にあった大きな出来事といえば、まずここの当主であるバルト卿の弟である、ブロウが襲来したことだろう。
なんで敬称を付けないのかは、まあこれから説明する内容で追々理解してもらうとして——
急に部屋の外が騒がしくなって何事かと確認しに行くと、白ちゃんの客室の扉が大きく開け放たれていて、入り口を塞いでいた糸の壁が燃え尽きていた。
それをやった犯人がブロウらしく、私が部屋の外に出た瞬間が、そのブロウがメイドさんたちに連行されていく光景の時だった。
その時は執事長が深く頭を下げて謝罪することで一先ず騒ぎが治まったのだけど、それから何日か置きにブロウが、白ちゃん目当てで会いに来るようになった。
その時々で何かしらの贈り物を白ちゃんへ持ってくるけれど、その大半は私とソフィアちゃんでシャットアウトして、ブロウ本人はお帰りいただくよう追い返すのが日常になった。
私たちが結構強引に追い返したり白ちゃんからも一切相手にされていないというのに、それでもめげずに何度も何度もやって来るブロウには、一周回って逆に尊敬するけど。
他には、アリエルさんが指示して公爵家が手配したのだろう座学やマナーの教師から、ソフィアちゃんたちと一緒に勉強会や教養の訓練とかもしたりした。
ブロウが糸の壁を破壊したことが、結果的に白ちゃんを部屋から引き釣り出す切っ掛けとなり、私とソフィアちゃんに引き摺られるようにして、嫌々でも勉強会に参加させるようにした。
本気で嫌な時は白ちゃんお得意の転移で逃げるけれど、そうでない時は生活習慣の改善も兼ねて引っ張ってでも強制参加させた。
白ちゃんとしては必要なければ怠けたいんだろうけど、私としてはマナーとかダンスって興味を惹かれるし楽しんで勉強しているから、スタンスが相容れないのはわかっているんだけどね……
白ちゃんの部屋が解放されてからは誰かの部屋に集まってお茶会することが恒例となり、今日も全員集まって午後のティータイムを行っている時に、珍しい人物がやってきた。
「頼みたいことがある」
空間転移で室内に直接やって来たのは、荒野での大騒動で神へと至った時以来、顔を合わせる事が無かったギュリエさんだった。
今日はパペットたちシスターズが給仕をしていて、白ちゃんが固まっている間にフィエルちゃんが椅子を用意し、リエルちゃんがお茶を注いで、サエルちゃんはオロオロしていた。
白ちゃんとサエルちゃんについては、いつものことなのでギュリエさんが席についたところで、私はお菓子を差し出しつつ話を切り出した。
「頼みとは何ですか?」
優雅にお茶を飲むギュリエさんは一口含んで飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「頼みというのは他でもない。君らが魔の山脈で遭遇した転生者。……彼を、止めて欲しい」
「詳しいオハナシを伺いましょうか??」
やたら乗り気で物騒な光を瞳に灯しながら、ソフィアちゃんがギュリエさんに続きを促す。
一瞬ギュリエさんが視線を彷徨わせると、安堵したような雰囲気で小さく呟くのが聞こえた。
「……………………これならば、許容範囲ということ、か」
何も感知出来なかったけれど、もしかしたら今の瞬間Dさんの干渉があったのかもしれない。
常にでは無いらしいけど、この世界のことを自由に見聞きしているらしいので、このお茶会にも用件があれば、またスマホが突如現れるのだろう。
そしてギュリエさんが幻術の魔術を使い空中に映像を浮かべて、魔の山脈を映した俯瞰図を表示させると、それを使って説明し始めた。
「君らと交戦した後、彼は魔の山脈を彷徨った後に、この地へと辿り着いた」
ギュリエさんが示したのは、半円状をしていた魔の山脈に半分囲まれて残りは海岸と、人族領域にも魔族領にも属していないような空白地帯とも言える場所だった。
「この地は……、私が用意した、魂の休息所だ」
うん? 気になる単語が。
「言葉が足りなかったな。システムによるエネルギーの回収方法は知っているな? あれは確かに効率だけ見れば画期的だが、……問題が無い訳では、ない。……それが、魂の経年劣化だ」
ギュリエさんが顔を顰めながら言う。
この話を理解出来たのは私と白ちゃんだけで、それがどれほど深刻な問題なのか予想がついた私は思い悩んだ。
システム内の魂は転生者を例外として、この星から出ていくことも入ってくることも無い。
そして死ねばシステムに育てたステータスやスキルなどを徴収されて魂が削られていく。
それが繰り返される訳だから、禁忌のログからシステム稼働から何年経っているかも考えると、酷使された魂のいくつかは崩壊寸前あるいは崩壊した魂もあるかもしれない。
世界の循環に乗って新たな生命として誕生することもない、無に融け消える完全な消滅。
それを回避するための場所が、この休息所と呼ばれる場所なのだろう。
けど、結局は時間を掛けて自然治癒に任せるだけの対症療法なわけで、根本的には……
……もしかしたら。
「……今の言葉だけで理解したか。話が早くて助かる」
ギュリエさんは本当は隠したかったとも言いたそうな、あまり歓迎していない雰囲気を漂わせているけれど、私はもしかしたら力になれるかもしれないという気持ちと、アリエルさん魔王陣営側に居る立場としてはどう動くべきなのか、板挟みの気持ちに悩んでいた。
それにしても、この俯瞰図に映っている街や村の影からすると、相当な人数がこの場所で暮らしていることがわかり、それだけこの世界が危機に瀕しているのが明確に現れていた。
「この地にいる人々はその殆どが戦えない。そこに、憤怒のスキルで正気を失った彼が到着すればどうなるか。……わかるな?」
傷も癒えないままシステムの転生が行われれば、今度こそ消滅しかねない。
それを阻止したいと、ギュリエさんは頭を下げてでも私たちにお願いしに来たのだろう。
彼本人が動かない理由については……
「私はDとの約定により、転生者に手を出すことが出来ない。しかし、この事態を放置することもまたよしとはしない。君らに頼むのは、私の代わりに彼を止めることだ」
やっぱり。
少ししか話した事がないけれど、なんとなくでわかる範囲から考えれば、Dさんの好みは物語性のある展開が繰り広げられる事で、強大な力を持ったギュリエさんが一方的に終わらせる展開は、NGという事なんでしょう。
なんだっけ……、いわゆるチート物って感じの力量差だとダメで、強さが伯仲する展開ならアリという感じなのかな?
「受けてくれるだろうか?」
けど、それなら私と白ちゃん両方が動くのはNG判定が出そうだけど、どうなんでしょう……
「もちろんよ!」
私たちが悩んでいる間に、ソフィアちゃんが先に答える。
最近戦う機会が減っていたから身体を持て余して戦闘意欲がかなり高まっていたソフィアちゃんが食い気味にギュリエさんへと身を乗り出していた。
それには白ちゃんも反対では無いようで、それなら私としても参加せざるを得なかった。
「助かる。では、早速だがこれから向かおうと思う。準備はいいか?」
すぐ出発することに、ソフィアちゃんと私が驚きの声を上げる。
「ああ、出来るだけ急ぎたい。現地まで私が転移で送るし、帰りも同様なので旅道具も必要無い。戦闘に必要な物だけを用意して欲しい。準備ができ次第、出発する」
そうして、ギュリエさんがDの意向に配慮した結果パペットたちを留守番に残して、私たち三人は魔の山脈の空白地帯へと向かったのだった。
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2022/07/07:加筆修正。