以前の緑豊かな森と営みが感じられた村の民家などが見る影もなく荒れ果てた荒野で、わざわざ山脈から降りて僕を追いかけてきたらしいドラゴンを迎え撃つ。
ドラゴンが発生させたのだろう吹雪で建物が凍りつき、僕が操っている炎と雷の周囲だけ消し炭となって焼け落ちる。
堅い相手には弱いところを突くべしと、皮膜を斬り裂いて飛べなくし、ドラゴンの口に炸裂剣を飲み込ませて着実に負傷を与えて血を流させていく。
そしてついに、全身傷だらけになって動きが停止したドラゴンに対して止めを刺そうとした時、僕の目の前に誰かが立ち塞がった。
小さな女の子、深緑の少女、白い少女。
まあ、誰でもいいか。
生きるために、邪魔なモノは全部ナニモカモ排除スルだけだ……
その顔に見覚えがあっても、鬼人は止まらない。
ただ猛り狂い沸騰する憤怒のまま、今認識した人型へと刀を振るうだけだった。
まずは——、最も気味が悪い気配からだ。
「——シィッ!」
中心にいた深緑の少女へと一瞬で距離を詰めて、業火を纏わせた刀を叩きつける。
左右を別の少女で塞がれ、反応が一拍遅れた相手の肩口へと刀が喰い込む。
「うぐッ!?」
そして刀が半ばまで通ったところで、炎刀に魔力を込めて内側から火葬の華を咲かせる。
「きゃぁああ゛ぁ゛ぁ゛ああぁぁぁぁッッ!?」
だが——
——手応えが無イ?
肉体を斬り裂いたというのに綿毛か何かに刃を叩きつけたかのような、そんなあり得ない違和感が手元に返ってきた。
そして内側から爆破したというのに、焼けたのはごく僅かな表面だけだろうという予感もした。
「苔森!? こんのぉ!!」
小さな女の子が大剣を手に吶喊してきた。
敵討ちのつもりか、それとも以前の復讐か、それにしては不釣り合いな表情がその顔に浮かんでいて、凄艶なほど歪んだ笑みを湛えている。
だが、その大振りの大剣は隙だらけだ——
大上段からの一振りに、流れに添えるようにして刀を押し当て大剣へと横向きの力を加える。
当然、軌道を逸らされた大剣は何もない地面を叩いた。
「なっ!?」
雷の魔刀で受け流すと同時に電流を流し込み、一時身体の制御を奪う技法が大剣から伝わって、その影響をモロに受けた小さな少女が、振り切った体勢のままで硬直している。
その晒された白い首筋へと一閃を——
僕は慌てて、その場から飛び退く。
ほんの数瞬前に僕が居た場所へと、糸の奔流が殺到していた。
その糸の出処は白い少女の手からで、その傍らには元通り傷一つ無い左腕を外気に晒して憔悴しきった表情の深緑の少女の姿もいた。
——邪魔ダナ。
以前のように糸で拘束されては敵わないと、僕は瞬時に最適解を導き出す。
「——オォォ、ガアアァァアアァァァァッッ!!!!」
雷刀に軽く魔力を通して横薙ぎの地を這う稲妻の斬撃で彼女らを引き離し、同時に膨大な魔力を炎刀が煌々と妖しく輝くまで注いだ。
「————ッ!」
臨界寸前の炎刀を大地に突き刺す。
それだけで、ここは極熱の炎が支配する焦熱沸き狂う地獄と化した。
罅割れた大地から、爆炎が噴出する。
その噴火の如き灼熱は糸を瞬時に焼き尽くし、周囲一帯を資格無き存在が踏み入ることを拒絶し灰と炭へと焼却させる領域へと変じさせる。
突き刺した炎刀から手を離す。
マグマのようになった大地から刀を引き抜いても地獄は維持されるが、核としてその場に残しておいたほうが、効果が高い。
それに——、かの剣神の技は刀一本の方が、やり易い。
ただ斬り殺す、それだけを憤怒に乗せて放出し、刃は冷たく無心のまま振るう。
雷の魔刀のみを手に、熱波を裂きながら再び現れた小さな少女と斬り結ぶ。
「ちぃッ! やり辛いッ……!!」
周囲には殺意と憤怒が満ちている。
けれど僕が振るう刃には、それが無い。
見当違いな所に注意が逸れ、反応が遅れる小さな少女へと魔刀が吸い込まれるように命中する。
しかし、雷電の刀身がその身を両断することは出来なかった。
服が斬れない……、あの糸と同じか。
この少女は冷気を纏っている、燃やすのも簡単では無いだろう……なら。
服で守られていない部位を狙って刃で斬りつけるものの、肌に浮かんだ鱗のようなもので守られ浅くしか斬り裂けない。
しかも相手の体重が軽いものだから斬撃を当てても吹き飛んでしまい、刃が深くまで喰い込まず水のように逃げられてしまう。
「あー! もうっ! チクチク、チクチク……痛いじゃない! このッ!」
なかなか決着がつかないが、この小さな少女の脅威度は其処まで高くない。
血のような紅い液体を操って攻撃してくるけれど、その大半が地獄の釜の底ともいうべき環境によって蒸発していくので、僕の身体に届くことは少ない。
触れれば肌や刀が溶けるけれど、それなら接触しなければいいだけの事だ。
なら、他の存在はどうだ?
白い少女は少し離れた位置から、こちらの様子を伺っている。
変質した地面との境界ギリギリまで近づき、それ以上は踏み入ってこない。
火に耐性が無いのか、それとも何か準備をしているのか……
深緑の少女は止め寸前まで追い込んだドラゴンを、黒い鎧を着た男と共に治療していた。
初手の一撃が思いの外効いていたのか青白い顔で荒く呼吸をしており、左腕はダラリと脱力したまま動かすことが無い。
新たに現れた黒い鎧の男が何者なのかわからないが、こちらに加勢する気は無いようだ。
傍目に見れば鍛え上げられた肉体を持つだけの普通の男だが、本能が彼を危険だと到底敵わないような存在であると煩く叫んでいた。
そちらに関しては注意を払いつつも動きがあるまで放置することを決め、まずは目の前の小さな少女を斬ることを優先して戦闘を続行する。
この少女を片付ければ、次は——
何をすれば最短で詰ませられるかを計算しながら刀を振るい徐々に追い込み始めたその時、白い少女の口からボソリと音が呟かれた。
「……上に、跳べ」
その声に危機感を憶え、念力で炎刀を回収しつつ小さな少女と共に上空へと跳び上がる。
次の瞬間には、超高熱を内包していた大地が数メートル単位でゴッソリ抉り取られ、何処までも均一で水平な底面をしている、非常に不自然な隕石痕が出現した。
「死いぃぃねえぇぇぇっ!」
空を蹴って斬り掛かってきた小さな少女を両手に持ち直した刀で受け止めるものの、踏ん張りの利かない空中では勢いを受け流すことも出来ず、剥き出しの岩盤へと墜落した。
「ガアァッ!?」
背から全身へと伝播した衝撃で肺の空気が押し出され、呻きが漏れる。
熱せられた大気で未だに周囲は高温を保っているけど、先程までの問答無用で蒸発させるような圧倒的熱量は跡形もなく、この場所から消失していた。
——ヤラレタ。
それと同時に、これまで受けた屈辱と鬱憤を晴らすかのように、噎せ返るような濃い血の匂いを漂わせた津波が襲いかかってきた。
雷炎を叩きつけて散らそうとするが先程までとは別物と言っていい体積によって、消し飛ばして蒸発させても次から次へと隙間無く空間を埋め尽くすかのように迫ってくる。
蠢く触手のように、朱い海は形状を変化させる。
触れれば溶け落ちる強酸が一瞬の内に伸縮して槍となり剣山となり、薙ぎ払いの軌道を描く一撃は鞭のよう。
それが前方と左右から間断なく襲来するのだから、堪ったものじゃない。
唯一後方から朱い液体が来ることは無いとは言え、砕けて撒き散らされた飛沫が肌に触れれば、そこの皮膚と肉を凍てつかせて爛れ溶かす。
一気に形勢が逆転して小さな少女が優勢となり、少女は気炎と血を滾らせた。
「ほらほらァッ! さっきまでの威勢はどうしたのよぉッ!? 死ね! 死んじゃえぇッッ!!」
大剣を振るうと同時に朱海を纏いながら苛烈に連撃を行う小さな少女の攻勢に、避けることだけで精一杯となる僕。
反撃しようにも強酸の血を纏っていることから、無策で突撃すれば返り討ちに遭う。
また1つ避け損なった液体が肌に貼り付き、煙を上げて内側の肉まで焼こうとする。
それを放置すれば、鮮血色の氷塊となって延々と肉体を溶かそうとしてくるので、凍りつく前に肉ごと焼いて蒸発させる。
酸と氷で焼かれるよりも、自らの火で炙ったほうが傷は浅い。
そのことが無意識の内に脳裏に浮かび上がり理解することで、常に最適解を選択し続ける。
一斉に押し寄せる朱の津波から、ほんの一瞬生まれた隙間に身体を潜り込ませて回避する。
避けきれない飛沫は炎刀が放つ灼熱の結界にて消し散らし、触れさせない。
——次デ、決メル。
敢えて使わず温存しておいた技力を爆発的に消費して肉体性能を引き上げる技を、何の前触れもなく発動させる。
急に動きの速度が変わったことで、虚を衝かれた小さな少女へと肉薄する。
朱い防壁を力技で貫通させ、最短距離で詰め寄り刀を振るう。
「——シッ」
「あがぁッ!?」
右手の刀は朱海を穿った勢いのまま突きを放ち、深々と胴体へ刀身が突き刺さった。
そのまま片足を胴体に向けて蹴り込み、勢いと体重を乗せて刀を引き抜くついでに吹き飛ばす。
そして地面を転がって動きが止まった瞬間、左手の刀は今まさに刃先を地に滑らせるようにして斜め下から斬り上げる軌跡を描きながら、その細い首を飛ばすべく閃光を走らせる。
——しかし、雷鳴瞬く魔刀が首飛ばしを実現することは無かった。
白刃が空を斬る。
確かに目測違わず斬り掛かったはずだが、その場には誰もいない。
空振った雷刀が紫電を撒き散らして一直線に突き進むが、その先にも誰もいない。
「う……、ぐっ……、あれ? え?」
その声が聞こえた方に首を回せば、白い少女の真横に腹を穿かれた少女が蹲っていた。
先程起きた現象と今の状況を踏まえれば、何をされたのか理解した。
——転移か。空間魔法……厄介ナ。
あの白い少女は以前邂逅した老魔法使いよりも空間魔法に秀でているように見える。
だが、それ以外はあまりにもお粗末な隙だらけの立ち振舞いで、大した脅威ではないと無視して放置していたのが裏目に出たか。
——ナラ、先ニ殺スベキナノハ、白イ少女ダ。
何やら言い争っているが、それなら寧ろ好都合とばかりに大地を蹴って疾走する。
そして眼前に少女らを捉えて刀を振るおうとしたが、再び空を切った。
そして足場となる物が何もない極低温と低酸素の領域に飛ばされ、支えのない身体は重力の鎖によって引き寄せられるのを感じながら、段々と加速しつつ地表へと落下していた。
ッ!? そんなコトも……、可能なのカッ!!
高速で近づいてくる地面。
それに叩きつけられれば破滅すると理解して、炎刀へと魔力を込める。
機会は一瞬、仕損じれば死あるのみと、極限の集中力でもって最善を見極める。
そして——
「ォォオオグガアアアアァァアアァァァァッッ!!!!」
地上に切先を向けて爆炎を解放する。
その奔流は使い手の身も焼くが、噴き上がる炎が重力の縛りに抗い、急激に速度を減じていく。
だが、それでも加速した身体は止まらない。
——マダダッッ!!
もう一つの雷刀を振るう。
この魔刀では勢いを殺すことも、宙に浮かぶことすら出来ない。
ならどうするか、その答えは轟雷となって
耳が痛いほどの爆音と共に地面が爆ぜる。
その衝撃波は、空中にいた鬼人の身体をも浮き上がらせるほどで、この瞬間一時だけ速度が無となり、その間に体勢を整えて新たな陥没痕が生じた地へと土煙を巻き上げながら着地した。
「——シィィ」
滾る憤怒が、擦過音を立てて口から漏れる。
まだだ、まだ終わっていないと、激情が唸りを上げて内面にて燃え盛り爆発する。
そして粉塵によって塞がれた向こう側を見通すべく、邪魔な土埃を吹き飛ばそうと刀を振るい、白い少女の鮮やかな紅色の瞳と視線が合った。
「……終わり」
刀を振り切った体勢で直ぐには動けないその僅かな隙に、白い少女の眼が妖しく輝く。
「——ッ!?」
両手両足が全て、巨大な歯車に押し潰されたかのように捩じ切られる。
咄嗟に指先で弾いたことによって二本とも刀は無事だが、肩や太腿など根本から潰されたことで、支えを失った身体は地に伏し身動き一つ取れなくなってしまった。
両腕と両足が欠損したことによって、それと繋がっていた太い血管が剥き出しとなり、噴き出す血液が瞬く間に血の池を作り出して、急速に僕の意識を刈り取っていく。
溢れる血を止めようにも、これまでの戦いで気力も何もかも出し尽くしていた肉体は、僅かな傷さえ塞ぐことすら出来ない状態だった。
満身創痍、もはや此処まで、死在るのみ——
だが……、これでようやく眠れると、心の何処かで安堵する僕が居た。
これも因果かと、自嘲する。
誰かを傷つけ誰かを殺すことしか出来ない僕は、その宿命に縛られたまま最期は誰かに殺されるのがお似合いだと、何も変われなかった自分を嘲笑いながら全て無意味だったと謳いながら地獄に堕ちる。
そして溶けるように意識が闇へと消える瞬間、柔らかな光と共に澄んだ声が耳に届いた。
「死なせない……、憤怒は私が……する……、だから……《光在れ——》」
あぁ、何故だろう。
これで狂った悪夢は終わりだと、もう悲憤に呪われることも無いのだと——
そう思えるような暖かい安らぎが僕を包み込み、そして深い微睡みへと沈んでいった。
サブタイトルで、表示出来ない文字があるので一部意味が近い漢字に置き換えています。
あえて誤字しているのでご理解を。
読みは「こくてつじょうびょうとうかいじゅくしょ」です。