【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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37 次なる目標

 縦長の大きな窓から陽射しが入り、室内を明るく照らしている。

 

 天井にも精緻な装飾が施されているのを見上げながら、私は豪奢(ごうしゃ)な作りのベッドに伏せったまま横になり、酷い倦怠感と靄がかかるような頭痛にうなされ一人寝込んでいた。

 

 前回の戦闘は、迂闊としか言い様のない醜態だった……

 

 打撃や斬撃などが効かない身体構造の特異性に甘えて、それなりの強化しか施さずに戦場に出てしまった砂糖よりも蜜よりも甘すぎる油断により、手酷くしっぺ返しを食らってしまった。

 

 いくら刃物などで物理的に斬られたり砕かれようとも、一欠片すら痛くも痒くもない。

 とはいえ旅の途中にて魔の山脈で全身が凍ったように、身体全体に作用する攻撃ではダイレクトに影響を受けることを、攻撃を受け激痛に打ちのめされたその時まで完全に失認していた。

 そのため、肉体丸ごと燃やすような爆炎を受けたことで久しく感じていなかった激痛が肩口から走り、真っ先に戦場から脱落して戦えなくなってしまったのが、あの戦いでの一部始終だった。

 

 痛み自体は攻撃を受けた次の瞬間には消え去り、千切れた左腕も高速で再構築されたので、実質ほんの少しエネルギーを失っただけで尾を引く悪い影響は何も無くてすんだ。

 だけど、それでも痛みのショックから完全に復帰するまでには、戦闘が全部終了してしまう程の時間が過ぎてしまっていたのだった。

 

 結局あの戦いで出来たことと言えば、後方に下がり自分自身の回復に努めるのとギュリエさんと一緒に氷龍の長ニーアを治療する事しかしていないので、戦闘自体には何の役にも立てていない。

 

 一応何もしなかった訳ではなく、戦いが終わった後。

 魂に関連する案件として、奥深く根付いていた憤怒スキルの分離と汚染除去、そして封印処置は私が行った。

 けれどそれも簡単とは言えず完全に取り除くと魂の崩壊に繋がるので、精神汚染が酷く進行している部分は周囲と軽く馴染ませるだけに留め、これ以上他に汚染が広がらないように憤怒の術式がある魂の表層だけ隔離させる形で、なんとか封印を施せた。

 

 いつの間にかソフィアちゃんが嫉妬というスキル封印に特化した支配者スキルを獲得していて、そちらでも憤怒のスキルは封じられるけれど嫉妬自体にも精神汚染のリスクがある。

 憤怒を封印し続けるということは嫉妬が常時使用され続けるということでもあるので、精神汚染の悪影響が引き起こされるのを懸念して、スキルの封印は私の役目だと多少強引にでも引き受けて実行した。

 

 

 その諸々の代償として今こうして寝込んでいるのだから、さすがに無茶をしすぎたかもと、今になって大いに反省しているのだけれど……

 

 ほとんど感覚的に魔術を発動し続け、自分でもどうやったのか完璧には把握出来ていない。

 それでも、結果的に悪影響などは一切出ない形で憤怒の封印することに成功している。

 けれど、やっぱり魂に干渉する魔術の負担は大きく、ほぼ未知の術式を一から手探りで組み続け脳が焼き切れそうなほど酷使したことにより、代償として甚大な疲労感に襲われていた。

 

 ……気怠い、……しんどい、…………寂しいな。

 

 そろそろ止めよう。

 思考がメチャクチャで、上手く考えが纏まっているのか自信が持てない状態だと自分でも思う。

 

 横向きになって枕に顔を(うず)める。

 

 瞼の裏側に浮かぶのは、前世の記憶。

 この世界に転生してから何年が経っただろう。

 一日の時間や一年の日数などが前世と此方では若干違う以上、多少ズレはあるだろうけど、既にもう五年以上は経過している。

 

 それだけの時間、向こうも同じように時間が流れていたら? 

 

 高校以前の別の学校へ行った友達とかは、すでに成人式などを迎えているだろう。

 私の知らない流行やブームなどがあって、新しい何かが生まれているのかもしれない。

 

 そして……、一人取り残されたお母さんは、どうしているのだろう。

 体調を崩していないかな、心を病んではいないかな、病気にはなっていないだろうか……

 一人で、大丈夫なのかな……

 

 煩悶が胸裡をぐるぐる巡る。

 わりとマザコンだと言われても仕方ないと、自分でも思っている。

 一杯迷惑を掛けて一杯お手伝いもして、あのマンションにて二人支え合って暮らしてきたから、正しく気持ちを言葉にするのは難しいけれどお母さんの事は、とっても大好きだったから。

 

 お母さんの過去はあんまり詳しくは教えてもらっていないけど、ちょっとは知っている。

 その中には私の父親についての話もあって、能力的には凄い人だとしても人格面ではクズとしか言いようのない男だと思ったのを憶えている。

 

 女の敵だと言えるような好色な男で、お母さん以外にも複数の関係を持っていたらしく——

 だからこそ私の嫌いな男性像というものが、人を喰い物にするような、相手を尊重せず物か何かだと思っているような存在が、心の底から大嫌いである。

 

 魔の山脈麓の街で出会った酔っぱらいの冒険者に苛立ったのは、この価値観のため。

 そして出会った初期からポティマスに対して深い憎悪と殺意を抱いたのも、この考えが無意識に警鐘を鳴らしていたからだと思う。

 

 それにしてはアリエルさんからポティマスの所業などを聞く前から、ケレン領で一目見た時から強い殺意が湧き上がっていたので、この深々と重すぎる憎しみは強欲を獲得した初代の人が抱いた恨みつらみの感情なのかも。

 

 ——アイツが憎い、こんな身体にしたアイツが憎い、この世界を壊したアイツが憎い。

 私の、私達の大切な……■■■■様の覚悟を利用しようとしたアイツが憎い。

 

 今なら思い出せる、自分を染め上げようとしてきた、悲痛なまでの感情と記憶。

 この嘆きに塗り潰されて何もかも忘れてしまう。

 それこそが——強欲の精神汚染(ノロイ)

 

 二度とは元には戻らないと泣きながらも、それが救いになると信じて身も心も魂さえも擦り切れようとも、諸悪の元凶を滅ぼそうと死ぬまで探し続けた人の一生。

 

 胸が、ずきりと痛む——

 

 この人の最期は、抜け落ちてしまう記憶の中でも消えず残った憎しみと、ある人への感謝だけを心にずっと抱いたまま、道半ばで死ぬ記憶だった。

 

 

 

 こぼれ落ちた雫で少し濡れてしまった枕から、顔を上げる。

 涙を拭えば、目の前には澄んだ蒼穹を切り取る窓からの景色。

 

 ——望んだ未来は、とても近しいもの。

 なら、その想いも一緒に背負っていけるはず。

 

 ベッドから身体を起こして、掛け布団の上で両手を握りしめた。

 

 お母さんの事は、もの凄く心配。

 だけど、私に出来ることは何も無い。

 なら、向こうの安息を祈って、私は今この世界で生きていく。

 

 この世界を救って、平穏に暮らせる世界を存続させる。

 それが、私の願い。

 この世界に生まれ落ちてから、何度行ったのかわからない決意を、深く魂に刻みこんだ。

 

 そのためにもまずは、戦闘の勘とかを取り戻さないと……

 

「おきたー」

「あるじ、へいきぃー?」

「あるじさまー、だいじょうぶぅー?」

 

 左右それに真上から、幼い口調の声が聞こえた。

 視線を向ければ、妖精形態のコケダマたちが浮かんでいた。

 

「むぅぅ、また勝手にその姿で出てきて……カリュ、テュクス、ラニア」

 

 とくに妖精の姿を好み性格も気ままで時々お願いを無視して勝手に行動している問題児三人が、私を覗き込むように心配するようにベッドに寄り添っていた。

 

「でも、ありがとう。もう平気だよ」

 

 そっと手を伸ばして、近くに居たカリュの頬に指を添える。

 するとカリュは抱きかかえるように右手に絡みつき、テュクスとラニアも右腕にしがみついた。

 

「まったく、わるい子たちなんだからー」

「「「にへへー」」」

 

 そのまま右腕を引き戻して、三人とも抱きかかえる。

 いつの間に憶えたのか言葉を話せるようになっていた三人は、発音はたどたどしいけれど会話の内容などはきちんと理解しており、魂の繋がりを利用した思念共有をせずとも、言葉で正確に指示が伝わるほど。

 

 そして知能もコケダマたちの内でも際立って高く、空気を読んで姿を隠したり、今みたいに私が怒らない範囲で自由行動していたりもする。

 部屋にある装飾の配置を自由に変えていたりするし、お菓子をコッソリ食べていたりもするし、魔術で姿を隠して見つからないように公爵邸を探検していたりもしている。

 

 なんと言うか、狡賢いというかお願いの隙間を突くのが上手い三人だった。

 

 ……もしかして私の真似をしているというか、元々の気質が私とそっくりなのでは? 

 脳裏をよぎった考えに、一概にそれは違うと否定できない自分がいた。

 

 それはそれとして、私の不調がコケダマたち全員に伝播したり影響していなかった事に、改めて安堵していると、客室のドアが開いた音が聞こえた。

 

「苔森、起きているかしら……。あら?」

「あっ」

「「「あっ?」」」

 

 ノックせず入ってきたソフィアちゃんの視線が、私の顔へそして三人の妖精へと向かい、また私へと戻った。

 

「……ねえ、それ」

「《戻れ——》」

「「「きゃぁー」」」

 

 強制的に精神世界へ引き戻して、三人とも取り込む。

 そして何事も無かったかのように、ソフィアちゃんに向き合う。

 

「えっと、何か用?」

「さっきのが気になるんだけど……。あぁ、いいえ、あいつが目を覚ましたから呼びに来たのよ」

 

 歯切れ悪くソフィアちゃんが言う。

 

「あいつって?」

「笹島よ。今はラースって名乗っているらしいわ」

 

 どうやら彼も無事目を覚ましたらしい。

 両手両足が完全に潰れた状態だったけれど、治療魔法などがあるので肉体の怪我などは問題無いはず。

 懸念だったのは精神状態だったけれど、この様子なら正気に戻っていそうだ。

 

「わかった。それじゃあ会いに行くよ」

「そうね。……で、さっきの何?」

 

 隠し事は許さないと、鋭い目つきでソフィアちゃんが睨んでくる。

 目を覚ましたときに一悶着あったのか、非常に不機嫌な気配を隠そうともせず漂わせていた。

 

「……出てきてもいいよ。カリュ、テュクス、ラニア」

「「「わぁーいーっ」」」

 

 一度見られてしまったのは仕方ないと諦念を混ぜながら呼びかけると、髪の毛内側から滲み出るようにして、三人の妖精が出てきた。

 それを見たソフィアちゃんは、眼を丸くして驚いた表情を浮かべていた。

 

「わぁお、へぇ……可愛いじゃない。ねえ、一人くれないかしら?」

「ダメ、ですっ!」

「「「やぁー」」」

 

 私と妖精三人して拒否する。

 それを受けて憮然(ぶぜん)とした不満顔を、ソフィアちゃんは浮かべた。

 

 そして笹島くんことラースくんの部屋に行く道中にて、三人について散々質問をされた。

 

 広い意味ではどうかわからないけれど狭義の意味では私の子供とかでは無いとか、他にも妖精の姿を取れるのは何人かいるけれど最も活動的なのがこの三人だとか、暇潰しに貸して欲しいとかは三人の気分次第でなら構わないとか、そんな事を話しながら進み部屋の前へと辿り着いた。

 

「そういえば。さっきは隠したけど、今は隠したりしないの?」

「もうソフィアちゃんにバレちゃったのなら、いずれ白ちゃんやアリエルさんとかにもバレるし、それならもう隠さなくてもいいかなって……」

「それもそうね」

 

 あの戦いの後、白ちゃんは何も言わずに突然何処かへと転移していき未だ帰ってきてないので、何をしているのか何処に居るのかも不明で、少々心配。

 

 そして目の前にある扉をノックして、中から返事があったので入室する。

 部屋に入ると、ベッドに寝たままで首だけこちらに向ける、緑と白のツートンカラーをした髪色の青年がいた。

 

「や、やぁ。こんな格好で失礼するよ。……苔森さんで、いいよね?」

 

 記憶の顔と比べて幾らか精悍な顔付きになっていたけれど、確かにクラスメイトだった笹島京也くんの顔が、目の前にあった。

 

「うん、そうだよ。そっちは笹島くん、今はラースって呼べばいいのかな?」

「……そうして欲しい」

 

 私も色々名前はあるけれど、基本的にコケと、それだけで良いと伝えた。

 あの神として与えられた名、翠星という名はそれだけで特殊な意味を持っているので、普段から名前として使うのは適さないので、名字を縮めた名こそが此方の世界での私の名前である。

 

 祝福であり呪いでもある、それがDさんから与えられた神名に付随している力だから。

 

「では、コケさんと」

「……ずっと名字で呼んでたけど、私も変えるべきかしら?」

「ソフィアちゃんは、そのままでもいいよ」

 

 そして自己紹介が終われば、ここに至るまでの各々の経歴を話し始めた。

 

 私たちはラースくんの身に起きた大まかな出来事を知っていたけれど、それでも本人から実感の籠もった悲劇を聞かされれば胸を打たれ同情もしたし、ラースくんから見れば私たちの事は何一つ知らないだろうと、全部話せば長くなりすぎるので内容を掻い摘んで、私と白ちゃんの事について語ったりした。

 

「白さんとコケさんも魔物で、生存競争としてはもっと過酷な環境で暮らした? それに戦争? 神だって……? ごめん、情報量がありすぎて理解出来ない」

「改めて聞くと、頭可笑しいんじゃないかしら。内容もだけど、それを乗り越えたってとこも」

「……決して、嘘偽りは言ってないからね」

 

 頭痛を堪えるかのように顔を顰めるラースくんだったけれど、一度頭を大きく振って意識を切り替えると、私の方を向いて申し訳無さそうな表情で口を開いた。

 

「朧気だけど、僕が何をしたのか憶えている。その中で僕がコケさんを傷つけたのも記憶にある。だからこんな事では到底足りないだろうけど、言わせて欲しい。本当に悪かった、申し訳ない」

 

 伏せられる前の瞳には、深い後悔と自責の念が宿っていた。

 

「ふんっ! 到底許されるような……」

「いいよ、許す」

「苔森ッ!?」

 

 驚愕の表情を貼り付けて、私を見る二人。

 たしかに酷い目にあったけれど、それは私自身の怠慢が原因だったし、その結果足りないものを見つめ直す良い機会にもなった。

 だから、気にしていない、そう伝えると——

 

「……あんた、いつか損するわ。絶対にね」

「すまない、ありがとう……」

 

 ソフィアちゃんからは呆れの感情が、ラースくんからは深々と感謝の言葉を述べられた。

 それを軽く受け流して、話を続ける。

 

「それに、やるべきことは沢山あるってわかったからね。その内の一つで戦うための力を取り戻すためにも、ラースくんには相手になって貰わないと」

「あら? それ良いわね。私もあんたのこと一発殴りたかったのよ。もちろん手加減するわ。当然よね? ふふふ……」

 

 妖しげな微笑を浮かべるソフィアちゃんに、それを見て冷や汗を掻いているラースくんを視界に映しながら、私は今後の予定に思考を巡らせた。

 

 アリエルさんにも、あの魔の山脈にある空白地帯についてや、そこに行って魂の治療かつ魔術の修行に行きたい事も伝えないと。

 

 あの地はギュリエさんの管轄だし、成功すれば多大な恩を売ることも出来る。

 それらの調整のためにも、一度しっかりと相談する必要があると思うから。

 

「ところで……、その帽子の上のは、何?」

「……………………説明するね」

 

 もう隠さないと決めたけど、まだまだ気持ち的には完全に割り切ってはおらず。

 ほんの少し口籠りながら、ラースくんにも私の眷属、コケダマと魔蛾それに妖精たちについて、きちんと説明した。




おかしよこせーなのです(・ワ・)(・ワ・)(・ワ・)
【妖精の名前変更修正しました。過去話のコケダマの名前も変更修正しました】
【ストーリーには影響無いので、深くは気にしないでください】
2022/06/19:加筆修正。

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