あれから一年ちょっとの時間が経過して——
ラースくんが目覚めて数日経っても白ちゃんは帰ってこず、待っているのも時間の無駄と考え、その間にアリエルさんと相談し私はあの空白地帯へと行くことにした。
ギュリエさんが言うには狭間の国と呼ばれるあの場所は、魂が劣化し寿命を迎えようとしている人が住んで、争いの無い穏やかな暮らしているらしい。
魂が限界を迎えれば、崩壊して消滅する。
そして消滅してしまうと、ただのエネルギーとなって無に帰し、転生も何もかも出来なくなる。
そうなれば、システムに縛られて魂の総数が基本的に増えたりしないこの世界では、次第に生命が産まれなくなり、星の再生に必要なエネルギーを回収する前に生き物が存在しない惑星になってしまうだろう。
しかも狭間の国には規模の大きい街もあるようだし、それだけこの世界が危機に瀕しているのは明白で、ギュリエさんが言うには既にもう世界は詰んでいる状況だった。
このままではアリエルさんが魔王として細く長く活動しても、MAエネルギーは足りない。
回収途中で崩壊する魂が急増し、先細りしながら世界が自滅する未来しか無いという。
その未来を少しでも回避するため、私が打った手は魂の延命。
崩壊寸前の魂を再度転生出来るように修復して、魂のストックを減らさせない方法。
傷つき擦り切れた魂を強制的に癒やしてスキルを育成出来るようにし、次の人生では折角治した魂をもう一度酷使して貰い、延々とエネルギーを生み出し続ける地獄の輪廻に送り出す。
マッチポンプだと思うのなら、いいさ批難も嗤うも好きにすればいい。
死んでも贖い続けるこの世界の住人に訪れる終焉を私は決して許さず、再び果ての見えない贖罪の道へと引き戻すのだから。
過酷な運命を強いる事に覚悟を決め、私は一人旅立った。
ラースくんが来て一ヶ月後には私は公爵邸を後にして、ギュリエさんと共に狭間の国へ再び足を踏み入れた。
ギュリエさんとの交渉では、アリエルさんの行動を一切妨害しない事の確約と、魂を治療した人の割合に応じて、私に対し何かしらの協力を約束するという事で決まった。
ラースくんの憤怒を封印した時の魔術を見ていて、私なら治療する事も不可能では無いと思ったからこその決断だったらしい。
報酬については、私個人としては必要だと思う物は特に無く今回の事は出来そうだと思ったから申し出たに過ぎないけれど、ギュリエさんとしては返しきれないほどの大恩だったらしい。
サリエルが理想とした世界、それを守れるのなら。
そう、彼は言った。
廃村の場所になら自力で転移して移動する事も出来たけれど、やろうとしている事は現地の住民からの理解があったほうがスムーズに進むので、ギュリエさんからの紹介という形をとって狭間の国に住む人達と接触した。
ここでの肩書は、特殊な技能を持つ外から来た治療術士で、未知の魔物を率いる魔物使い。
一つの村や街の住人全ての魂を治療し終えれば、メントに乗って次の村や街へと移動する生活を続けていたのもあって、旅の魔女様あるいは旅の聖女様なんて噂が広がっていた。
魂の修復や治療には相応の時間が掛かるし、消耗も結構大きい。
だから、一日で治療出来るのは数十人程度までが限界で、住人全員となると村で一ヶ月、街規模になると数ヶ月以上滞在して治療して回った。
それに魂の治療と比べれば圧倒的に簡単な、外傷や病気など身体的な治療も片手間で引き受けていたので、そちらで呼ばれて引っ張りだこになった時もある。
当然引き留められた事も何度もあって、その度にちょっとしたドラマやお別れの宴会など、語り尽くせないほどの思い出が増えた。
こんな平和な交流と人間関係、生まれて初めてかもしれない……
それに最初からコケダマたちを連れていることが伝わっていたので、魔蛾や翅持ちのコケダマの姿なら制限を付けずに自由にさせたし、場所に余裕があれば街中でもメントも呼び出したまま旅をした。
カリュ、テュクス、ラニアの三人も、もう色々とキッパリ諦めて隠すことを止めた。
そうするとイタズラも増えたけれど、それよりも三人の有能さに驚く日々だった。
三人それぞれ単独で魔術を発動出来るのは知っていたけれど、カリュは治癒に、テュクスは水と植物に、ラニアは魂に関わる魔術を高度に扱えて、私が魂の治療に専念出来るように色んな場面でサポートしてくれた。
軽傷ならカリュが引き受けて、土地や水の異常ならテュクスが、そしてラニアは私の補助として魂の治療を共に行った。
世話好きで甲斐甲斐しく癒やして患者に好かれるカリュ。
気が強くて感情がハッキリしており、やや男性嫌いの気があるテュクス。
一番イタズラ好きで、遊ぶことが大好きなラニア。
それに加えて、非常に素直で純粋に甘えるメントも入れたコケダマたちみんなでの旅は、世界の延命かつ修行の名目で来たはずなのに、気がつくと此処での旅を心から満喫している私がいた。
ときどき様子を見に、あるいはお酒を飲みに、氷龍のニーアさんが人化して来ることもあって、静けさとは無縁の旅だったと思う。
それにしても、人化した姿は綺麗ではあるけれど気怠げな雰囲気が拭えないせいで、残念な印象しか感じられない人、もとい龍だと思うのだった。
定期的に、一ヶ月に一度の間隔の近況報告にて、私は公爵邸に帰ってきた。
発動まで時間が掛かるけれど転移が使えるのなら距離の制約なんて無いも同然なので、一日ほど魔族領に滞在しては、再び狭間の国へと戻り魂の治療をする日々。
適性の問題で白ちゃんのように一瞬で発動出来ないので事前準備なども大変であり、最初は自力で転移を行っていたけれど、最近では子蜘蛛の分体を白ちゃんが付けてくれたので、それを使って白ちゃん本人を呼び運んでもらう事もあった。
まあ……白ちゃんの都合がつかない時は、普通に自分で転移を構築しているけれど。
ラースくんは公爵邸に来て半年後には魔族軍に入り、そこで活動している。
魔族語も憶えて、それからは自分にも出来ることは何なのか、日々自問自答しながら探しているみたい。
ソフィアちゃんは、家庭教師から教養の授業を受ける日々は変わっていなくて、もうじき学園に入学するらしい。
毎回会ったときには嫉妬の影響がないか目を光らせているけれど、元々の気質と精神汚染の波長が非常に良く似ているので侵蝕度合いを正確に把握するのは難しく、外道耐性もすでに高めな事もあって明確な大問題が起きない限りは封印せず、ただ経過観察するに留まっていた。
ソフィアちゃんと嫉妬の相性が良すぎて元々の魂と汚染の境界線を定めるのも難しく、憤怒の時のように切り分けが簡単にはいかないだろうという予感がある。
そして支配者スキルの封印となると私の負担も大きいという事も、封印していない理由だった。
ソフィアちゃんの機嫌の乱高下に付き合わされている、公爵邸の使用人たちや白ちゃんには少し悪いかなと思うけれど。
そして白ちゃん。
何処かから帰って来てからというものの、得意分野である空間魔術をもっと深く発展させたり、さっき言った蜘蛛型の分体をバラ撒いて諜報網の構築に熱心に勤しんでいたらしい。
その張り巡らされた形無き蜘蛛の巣で集めた情報には、アリエルさんに対して反乱を企てている軍団の情報などもあったらしく、私が居なかった間に速やかに反乱軍は鎮圧されていて、その話を聞いたのは全て終わった後の事だった。
北の街へと集結中に反乱を察知され籠城を選択した反乱軍。
即断即決で討伐に出撃した正規軍には、メラゾフィスさんとアエルちゃん、それにラースくんも参加して、裏から白ちゃんとソフィアちゃんも暗躍していたので、どうあがいても反乱が成功する可能性はゼロだと言える状況だったらしい。
けれど、不穏な影は憑き纏うもので……
反乱軍にはエルフが加担していて、銃器と抗魔術結界で武装したサイボーグ兵が複数。
そして……、エルフとして生まれた転生者。
クラスの担任だった先生、オカちゃんこと、岡崎先生が居たらしい。
そこらへんの一部始終はラースくんから聞いたことで、先生は魔王に囚われた転生者を救う為に戦っているとか、エルフは転生者を保護しているという事を話したとのこと。
その時は取り逃がして見失ったけれど、後から色々な面から考えて先生を確保することはせず、人族領へと安全に通り抜けられるようにお膳立てして、先生には何もせず逃がすことになった。
私が一連の騒動で唯一参加した部分は、人魔緩衝地帯から先生が逃げ進むのを遠くから見届け、先生の魂を確認する事だけだった。
そして、間違いなく先生にも、ポティマスの支配の根が絡みついているのを確認した。
……取り除けはすると思う。
だけど、数時間は掛かる作業になるだろうし、その間にもし乗っ取りが実行されたら先生の意識が死んでしまう。
そのため、白ちゃんに出来ること出来ないことを説明して、結局何もせずに先生が通り過ぎるのを見送った。
その他は、白ちゃんと魔王がダスティン教皇つまり神言教に、先生の事を見逃すようにと伝えに行って、何故かエルフを打倒することで話が纏まったという事もあったらしい。
口約束だったらしいけど後には引けなくなり、これからは本気でエルフひいてはポティマス殺害を目標に行動することになった。
……まだまだ、正面から戦うには実力も何もかも不安がある。
けれど、いつかは滅ぼすべき相手だった、それが早まっただけ。
いつか来るハッピーエンドを目指して、歩いているのは私たちみんな同じ。
世界に次が無い? こんな途中で終わるのなんて、私は認めない。
ただもう一度、あの大切な日々が続くように、守りたいだけなんだから。
そして今、私と白ちゃんにアリエルさんの三人で、魔王城の地下へと向かっていた。
とても長い階段を降りて、何もない小部屋の壁にアリエルさんが触れると、異空間にある小部屋と魔王城にある小部屋の壁が空間を超えて繋がり、隠された場所が顕になった。
そこに私たちが進むと、部屋の中央に居た存在が語りかけてきた。
「ヨウ、キョウダイ」
洒落たスーツを着ている黒い鱗の龍人が、台座らしき物に座って私たちを出迎えた。
「誰がいつ、あんたの兄弟になったって? 私の兄弟はあの孤児院のみんなだけしかいないよ」
「ツレナイコト言ウナヨ。遺伝子上ハ、一応兄弟ダロ?」
アリエルさんと龍人が、お互いに挑発するような言い回しで会話している。
知らない内容に興味が惹かれるけれど、今回の目的では無いのでグッと堪えて話を進めさせる。
「……アリエルさん」
「ん? あぁ、そうだった。ギュリエを呼んで貰える? 話したい事があるから」
「マスターヲカ? 緊急カ?」
「緊急の案件ではないけれど、重要な案件。ギュリエも交えて話す必要がある」
「ワカッタ。少シ待テ……」
そして目の前の龍人は、瞼を閉じた。
念話中の龍人に代わってアリエルさんが、眼前にいる龍人について説明した。
闇龍レイセ、最古の龍の一体。
その姿は、非常に人に近い身長と体格だった。
そして空間が揺らぎ、ギュリエさんが現れた。
「話があると聞いてやって来た」
「ああ、まず最初に私たちはエルフを滅ぼすことにした」
アリエルさんが前置きとなる内容を話始めた、そして……
「そして、エルフを滅ぼしても戦争を行い続けても、それだけじゃ足りないのはわかっている」
「……そうだな、そちらの苔ののおかげで救われた魂は多い。だがいずれそれも限界を迎えるのは確実だ」
一瞬重苦しい空気に包まれる。
それを断ち切るように、アリエルさんの声が響いた。
「だから、普通じゃないやり方をするつもり」
「……どういう事だ?」
「…………システムを、破壊すれば、いい」
アリエルさんの言葉を、白ちゃんが引き継いだ。
そして、予め意見を共有していた内容を、私たちはギュリエさんに説明した。
「待てっ。理論上は確かに可能だろうが、システムを破壊するなどDが許すはずがない」
そう。
私たちはシステムに干渉して、複雑で不要な機能を廃止し、その分のMAエネルギーを星の再生に充てることにした。
けれど、一番の懸念事項と言える相手については、白ちゃんが強く断言する。
「問題無い」
確信を持って白ちゃんは、Dからの干渉は無いという。
私も白ちゃんの考えには賛成で、これしか無いような状況で変な邪魔をするのは無粋だと、そう思っているのだと信頼にも似た感覚を憶えていた。
「しかし……」
「私も、問題無いと思います」
「絶対、大丈夫」
それでも渋るギュリエさんに白ちゃんの鋭い指摘が飛び、そのまま言いくるめられて押し黙ったギュリエさんは、最終的に神としての力は使わないけれど、可能な限り全面的に協力する事を約束した。
ある意味吹っ切れたのか、明るい表情を浮かべて私たちと手を結ぶギュリエさんの瞳には、熱意が再び灯ったように見えた。
そしてレイセさんを連れて、約束を履行すべくギュリエさんは小部屋から消えていった。
そしてその後、私は白ちゃんから何やら怪しげな羊皮紙で装丁された分厚い本を受け取った。
「これは?」
「Dから、コケちゃんへって……」
何故白ちゃんがDからの贈り物を持っているのかわからないけれど、私宛という事なので慎重に受け取り軽く表紙に触れると、本に施された封印が解けた気がした。
そっとページを捲ってみると、見たことの無い文字だけど何故か内容が読めてしまう文章の列がズラッと並んでいて順に視線をなぞらせれば、この本には何が記されているのかを理解した。
「これは……、
謎の贈り物に混乱していると、帰ろうとしていたアリエルさんを白ちゃんが呼び止めて、転移の準備を始めていた。
そこに私も呼ばれたので、誘われるまま転移の術式範囲に入る。
そして私たちは小部屋でもなく、魔王城の何処でもない、もっと遠い地の底の果てへと跳んだ。
私は、蹲る。
幾何学模様を描く、巨大な魔術陣が床や壁それに天井にまで広がる部屋の中で、脳裏に叩きつけられた情報に目眩がし、堪えきれず膝をついた。
根を張るように、左脇腹からジワジワと焼けるような痛みが侵蝕する。
白ちゃんとアリエルさんが心配している中で、私は……
光の枷に幾つも縛られ、宙に吊るされている女性の前で、ポツリと呟く。
「管理者権限付与……、そして…………、残り時間は」
強制的にシステムに捧げられるまで……、残り、十二年。
そう、冷たく脳裏に語りかけられた。
10巻の内容は、大部分をスキップします。
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2022/06/19:加筆修正。