なんだかんだあって、現在中層攻略に向けて準備中の私と蜘蛛子ちゃん。
進化した事は良いものの、その後に見つけた上り坂とその先のエルロー大迷宮中層を前にして、私たちは足踏みをしている最中であった。
エルロー大迷宮の中層は、ドロドロの溶岩が川のように海のように広がる灼熱の地獄であった。
一応足場となる地面もあるけれど、地面も空気も暑いを通り越して熱くてHPが削られていく程だし、なにより私たち二人とも火に弱すぎるという弱点があったため、対策を考えるために下層に戻ってレベル上げをしつつ、下層と中層とを行ったり来たりの繰り返しの日々だった。
私は、ちょっとしたことですぐ引火してしまい火達磨になってしまう弱点。
蜘蛛子ちゃんは、常に垂らしてしまう蜘蛛糸に引火して導火線のようになってしまい、そのため糸全般が基本的に使用不可という状況になっていた。
私の場合、水魔法で常に自分を濡らしていれば発火を抑えられるけど、その分鈍重にもなる上に消耗も激しい。
蜘蛛子ちゃんの場合は、蜘蛛糸を適時切り離していれば問題ないけど、糸が使えない以上遠距離攻撃の手段を失ってしまっている。
蜘蛛子ちゃんは代わりの遠距離攻撃として魔法を使いたいらしいけど、魔力の感知というものが出来ないそうで……
原因は探知という、私が所持している森羅万象と非常によく似たスキルを扱いきれない事によるもので、出来ない理由はあの頭痛と処理しきれない膨大な情報量によるものだろう。
情報量については、私もまだまだ扱いきれていなくて殆どを受け流すしか出来ていないけれど、思考加速などのスキルを上げていけば多少は改善できそうな感じがしていた。
しかし、それ以前の問題として、外道無効がなければロクに扱えない程の頭痛と負荷が掛かってくるのが根本の原因だと私は思っている。
なので探知を使うには外道耐性を上げるべきなのを教えて、魔法……と言うより遠距離攻撃は主に私が担当することになった。
耐性を上げるために影響が少なそうな外道魔法を選んで、空いた時間とかに蜘蛛子ちゃんへ掛けようか提案したけれど、それは流石にと断られちゃった。
……まあ、私もどうかしてると後で思ったけれど。
代わりに別のスキルを取得して、どうにか頑張るらしい。
そして私は、あまりにも普段の移動速度が違いすぎるという問題を解決するために、自分で自分に魔法をぶつけることで、吹き飛びながら転がって移動する手段を思いつき、なんとか形になったところである。
丸まり膨らんだ身体はその体積と面積に対して比較的軽く、風の影響を受けやすいフワフワの苔に覆われているので、そこに風魔法を自分自身に向けて撃ち込むことで、面白いように吹き飛んでいく。
丸まって吹き飛ばされていると、目が上下左右グルグル回って視覚がほぼ使えなくなるけれど、その代わりに周囲を森羅万象の感知能力で補って位置の把握と調整を行い、蜘蛛子ちゃんについていける程度には速度の差を縮められたと思う。
まあ、無理矢理移動している訳だから小回りが利かず、中身はシェイクされるのでかなり気持ち悪くなるというデメリットもあるのだけれど、それには頑張って耐える。
移動手段を確立した私は蜘蛛子ちゃんと一緒に、周囲の狩れる魔物のみに狙いを定めて強襲して殲滅するのを繰り返してレベル上げをしつつ、同時並行で火耐性などのスキル上げも行っていた。
私たちが狩れる魔物はというと、大抵毒持ちという非常に苦い味をした相手しかいないけれど、食料の限られる迷宮では贅沢言える状況ではないので我慢して食べ続ける。
『こんなのしか無いなんて辛いね』って蜘蛛子ちゃんに言ったとき、もっと酷い味に出会った事があるかのような遠い目をしていたのが気になった。
……それはきっと好奇心は猫をも殺すような、知るべきでは無い事なのだろう。
またあるときは、私が纏う苔そのものを齧られたことがあった。
神経が通っている訳でもないので痛くもないし、少量だけなら減っても少しずつ元に戻るので、あまり気にしてはいないけれど最初はかなりビックリした。
たぶん私の苔には麻痺属性が多分に含まれているので、それを食べた蜘蛛子ちゃんが痺れていたけれど、それによって麻痺耐性のレベル上げが出来るなら良い方法なのだと納得は出来る。
しかし、突然噛みつかれるのは心臓に悪いどころでは無いので、めっちゃ怒ったけれど。
——具体的には、そのまま麻痺漬けにして動けない蜘蛛子ちゃんを延々ド突き回す、オシオキをした。
けれど、その後も何度も何度も齧られるので、今は諦めてされるがままにしてる。
大抵毒持ちなど美味しくない魔物を食べた後に齧られるので、一度『私の苔、美味しいの?』と聞いたけれど、首を傾げて何分か悩んだ後[キツいミントみたいな味]と答えてくれた。
……お口直しとか、そういうことなの?
そうしてレベルが幾らか上った頃、事件は起きた。
そろそろ本格的に中層の攻略を行おうとしていたとき、アイツがやって来たのだった。
『地龍カグナ』
あのとき群れと戦いになった、地龍の片割れ——
私が私で無くなるような凍え崩れていく恐怖と、それすらもドロドロに溶かす暗い怒りが、私の心を塗りつぶしながら荒れ狂う。
思考が溶けながら感覚が研ぎ澄まされ色が消えていこうとしたとき、蜘蛛子ちゃんが必死で蜘蛛の巣から飛び退き離れようとして、それと同時に魔力の高まりを感じた。
そして蜘蛛子ちゃんが走り出し、私も慌てて防御の体勢をとったとき蜘蛛子ちゃんの巣が地龍のブレスによって爆発した。
土魔法で壁を作り衝撃に備えたものの、直撃では無いにもかかわらず大きく吹き飛ばされて何度もバウンドした身体が痛みを訴える。
けれど、偶然にも蜘蛛子ちゃんと同じ方向に飛ばされたので、その勢いのまま自分自身に風魔法を当てて、さらに加速し蜘蛛子ちゃんに追いつく。
追いついたとき驚いたような反応をされたけど気にせず、転がり走り続ける。
今にも背後からブレスが来ようとしている中、それを気にして足を止めてしまっては今度こそ粉々に粉砕されて死んでしまうだろう。
そのまま私たち二人は、地龍から追い出されるようにして中層へと進んでいく。
崩れ落ちる下層への通路を感じながら灼熱のマグマ満ちる場所へと進み続け、私たちはもう帰れないのを心のどこかで感じながら、焼け焦がす新たな地獄へと足を踏み入れるのだった。
なし崩し的に中層攻略を余儀なくされた私たちだけど最初に来たときと比べ、だいぶ余裕のある状態でマグマだらけの中層を進んでいた。
一番始めに来たときは暑すぎて常にHPが減り続ける状態だったけれど、今ならHP自動回復と火耐性LV1のおかげでギリギリ回復が上回るくらいには状況が良くなっていた。
逃げるときに負ったダメージは治療魔法で回復させることで元に戻したけれど、今後HPの回復にはレベルアップするかMPを消費しての治療しかないので、消耗しすぎないように注意しないといけないね。
そう話し掛けながら、二人でトボトボ進んでいると。
《エルローゲネラッシュ LV5
ステータス
HP:159/159(緑)
MP:145/148(青)
SP:145/145(黄)
:116/145(赤)
平均攻撃能力:83
平均防御能力:81
平均魔法能力:79
平均抵抗能力:77
平均速度能力:88
スキル
火竜LV1 命中LV2 遊泳LV3 炎熱無効
》
ここに初めて来たときに発見していた、タツノオトシゴのような魔物と遭遇した。
大きさは私たちよりもだいぶ大きいけれど、ステータスやスキルなどは圧倒的に低くて、魔法を数回撃ち込むだけで倒せるほど弱いけど、マグマの中にいるから引き籠もられると厄介な相手。
すぐに魔法の構築を始めたけれど、それは横に出された蜘蛛子ちゃんの前足によって遮られる。
そしてそのまま蜘蛛子ちゃんは、ゆっくりタツノオトシゴに近づいていく。
タツノオトシゴは迎撃として火の球を口から吐き出してくるけれど、それを蜘蛛子ちゃんはギリギリ……いや余裕だからこそ、スレスレで回避し続けている。
どうやらあの火球はMPを消費するみたいで、蜘蛛子ちゃんは相手のMPが尽きるまで耐久戦をするつもりみたい。
そしてMPが無くなったタツノオトシゴは、潜って逃げるでもなくそのまま陸上に登ってくる。
そして突進してきたけれど、……それは非常にゆっくりとした動きの突進だった。
私が普通に這う方法で移動するときの全力より、ちょっと速い程度でしかない突進は、蜘蛛子ちゃんにとっては止まって見えるようなもので、あっさりと仕留めていた。
ただ突き刺した足先が熱くて火傷したらしく、バタバタ振り回して冷まそうとしていたので治療魔法を掛けてあげながら、今しがた倒したタツノオトシゴを見る。
マグマ地形と私たちの弱点になる攻撃を使う相性が悪い相手でも、こうして地上に誘き出せば、なんとかなりそうだと、そう思った。
そうして未だ高温を発するタツノオトシゴの死骸に対し、MPに余裕があったので水魔法で冷水をブッ掛けてみるものの周囲の環境もあって殆ど冷えないので、食べられる温度まで自然と冷めるのを待つしかないみたい。
そうして冷めるまで待っている間に襲ってきた他のタツノオトシゴを相手しつつ、ようやく最初に倒したタツノオトシゴが食べられる温度になった。
蜘蛛子ちゃんは基本倒したら必ず何でも食べるみたいで、今まではマグマに沈んでしまって回収出来なかった初戦のタツノオトシゴ以外は、苦かろうが不味かろうが全部残さずに必ず食べているみたい。
なので私も倣って、残さず食べることにするけど。
『うーん……、硬くて微妙……』
尋常じゃなく硬くて弾力もあるので口の中でギチギチ軋んで噛み切るのも一苦労だし、味も苦くはないけれど美味しさの欠片もない、ゴムの塊みたいな感じ。
でも、生きるために食べなくちゃ。
倒した数だけ、食べた数だけ強くなれると信じて、頑張るしかないのだから。
そうして中層探索を進めること数日くらい。
なかなか休むことが難しい環境のため疲労と寝不足を感じつつも、今日も今日とて進み続ける。
流石に寝不足によるパフォーマンスの低下は厳しく、気絶したりとかは無いとはいえ魔法の構築に影響が出始めたので、睡眠耐性が含まれている状態異常耐性をいくらか上げつつ、さらには周囲の岩と同化するような休憩場所を構築して休む技術が向上しているのを感じていた。
ときには岩をくり抜いて入口に薄い岩を張り付けたり、岩石を複数作って視線を絶つようにしてみたり、何もない見晴らしのいい場所では穴を掘って隠れたりと、私も必要だからやっていることなんだけど、なんだか蜘蛛子ちゃんが毎回期待しているような目をしていて、便利な子扱いされているような気がして少しモヤッとする時がある。
今は、足場の悪い中層でも蜘蛛子ちゃんに追いつくため、小刻みに跳ねながら移動している。
マグマが流れる中層で前のように転がると、そのまま落下しポチャンしてしまう可能性が非常に高いので、最小の威力でふんわり浮かすように風魔法を当てたり、飛びすぎたり勢いが付き過ぎているときは、新たにスキルポイントを使って取得した、重魔法という重力を操る魔法によって調整していた。
森羅万象によって非常に高精度な情報を把握できるからこそ、なんとか成立している曲芸みたいなものだけど、こういうことをやっているから器用で便利な子扱いを、蜘蛛子ちゃんから認識されているような気がする。
そうしていると森羅万象が、まだ見たこと無い新手の気配を察知した。
しばらくしてマグマから顔を出したのは、ずんぐりとした巨大なナマズのような魔物だった。
《エルローゲネセブン LV7
ステータス
HP:461/461(緑)
MP:223/223(青)
SP:218/218(黄)
:451/466(赤)
平均攻撃能力:368
平均防御能力:311
平均魔法能力:161
平均抵抗能力:158
平均速度能力:155
スキル
火竜LV2 龍鱗LV1 命中LV8 遊泳LV7 過食LV3 炎熱無効
》
おぉー大きい……、けれど家主さんや地龍と比べたら大したこと無い程度の大きさしかない。
ステータス的には私たちよりも全体的に高いけれど、私は魔法が、蜘蛛子ちゃんは速度が非常に突き抜けている。
さらに今まで見てきた普通の魔物はスキルを少ししか持っておらず、一部の例外を除いて見た目通りのシンプルな攻撃や技しか使ってこないということに気付いていた。
そう考えると家主さんと呼んでいたアークコケダマさんは大量のスキルを所持していて、多彩な魔法を使い分けていたことから相当例外中の例外だったことに改めて気付き、家主さんは凄かったのだと感嘆する。
見えている範囲では問題なく戦えるだろうと思った私は、蜘蛛子ちゃんに一言声をかける。
『ねえ、いけると思うけど戦ってもいい?』
少し首を傾げた後、蜘蛛子ちゃんは大きく頷いた。
そして私は誘き寄せるために、威力を落とした魔法を当てて怒らせつつ下がっていく。
マグマや火球を飛ばしてくるものの、最近グングン成長している土魔法で壁を作って防ぎつつ、ナマズが登ってくるのを待つ。
ナマズもタツノオトシゴと同じようでMPが少なくなると地上に登ってくる習性のようで、ようやく引きずり出せたと思ったときに、もう一つ反応が近づいてきているのに気づいた。
『蜘蛛子ちゃん、後ろ気をつけて!』
蜘蛛子ちゃんの後ろ側からマグマを裂いてあらわれるナマズ。
事前に警告して気づけたからなのか、マグマから飛び出した勢いのまま大口を開けて飲み込もうとするのを、冷静に回避する蜘蛛子ちゃん。
そしてもう一度大きく口を開けて噛みつこうとしているナマズの喉奥に、蜘蛛子ちゃんは猛毒を放り込んだ。
猛毒を飲み込んでしまったナマズは、巨体を大きく捩って苦しげにのたうち回る。
鑑定で見たときに毒耐性などのスキルは持っていなかったので、耐性も無しに危険極まる下層で磨き上げられた蜘蛛子ちゃんの毒を受けては当然無事では済まず、現在急速にHPが減少しているだろう。
そして、たった今陸に登りきった最初のナマズは、同種の惨状を見て怯えたような素振りを見せていた。
ゆっくり後退りして逃げようとしているので、急いで手加減抜きの本気の魔法を叩き込む。
手加減を止めた私の魔法はナマズの身体とHPをドンドン削っていくけど、思ったよりダメージの通りが悪いのを感じる。
このままだと逃げられると思い威力と数を増やして仕留めることに成功したけれど、私はナマズに魔法が当たる直前で威力が弱まっていったことに疑問を抱いていた。
そして後ろでは痙攣するナマズに止めを刺している蜘蛛子ちゃんを確認しながら、瀕死のナマズにもう一度鑑定をして原因に気づいた。
龍鱗、特殊な鱗で魔法の力を阻害する効果のスキル。
私の主な攻撃手段である魔法を打ち消してくる能力だった。
この龍鱗というスキルを知った私は、もしこれの上位のスキルを持った相手と戦うことになった場合、このままでは太刀打ちできない予感をヒシヒシと感じていた。
すでに瀕死のナマズには過剰の威力の魔法を構築する。
そしてそれを全力で強化し圧縮し、多量のMPを注ぎ込んだ魔法をナマズに撃ち込んだ。
全力の魔法に撃ち抜かれたナマズは、頭部を大きく抉られて頭蓋骨の中身を爆散させて絶命していた。
それを無感情な瞳で見ていると、横から蜘蛛子ちゃんに身体を突付かれていた。
そして、今殺したナマズを指差していた。
——あぁ、このままだと沈んちゃうからね。
土魔法で地面を動かして引き上げつつ、私は確かな手応えを感じていた。
阻害されても、それを上回る威力で穿けば魔法は通ると。
そして周囲の安全確認をした後に、ナマズが冷めて食べられるようになるまで二人して、真夏の炎天下に晒されたアスファルトのような岩肌に蹲って休む。
待つ間、先程の戦闘を振り返りながら、お互い深く深く思考へと耽っていく。
けれど、互いの胸の内は違った想いを抱えながら——
バウンドしながら高速で回転するコケダマと、その無茶すぎる移動方法に内心ちょっと引いている蜘蛛子。
ステータスによる強化や人のような三半規管を持っていないとはいえ、掛かるGは相当なはず……
前話複数にてスキルのミスがあったので修正しました。内容自体に変わりはありません。
蜘蛛子は
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もっとコミュ障
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このままでいい