【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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蜘蛛9.5 記憶の中の故郷へ2(22/07/08挿話)

 翌朝、若葉宅にて。

 焼いたトーストと冷凍食品を温めた現代らしい朝食を頂いて、二階の部屋に入った途端。

 向こうから話を振ってきた。

 

「このまま遊んでいるだけでも私としては一向に構わないのですが……折角ですので此処まで来たあなたには、最初から詳しく教えましょう」

 

 ゲーミングチェアに腰掛け足を組んだDは、如何にも優雅な風格を醸しながら、そう話し出す。

 私は立ったまま、顎の動きで続きを促す。

 

「始まりはご存知の通り、勇者と魔王の次元魔法が此方の世界に干渉したことです」

 

 たしか、先代の勇者と魔王が次元魔法を改変して、空間を越えて何かしようとしたところ失敗、その暴走した魔法がDつまり若葉姫色のいる教室で炸裂したって話だ。

 そこで犠牲となり消し飛んだ生徒と教師を、向こうで転生させたのがDである。

 

「転生者の皆さんは、私に巻き込まれた形です。

 私が青春高校生ごっこをしていたばかりに、罪のない一般人が犠牲となってしまいました。その責任を取るために、彼らには多少の優遇措置を与えてあちらの世界に転生して頂きました。不幸な事故でしたが、きちんと転生先を斡旋して責任を果たしましたので」

 

 ——そちらの方が面白そうだと思ったのも否定はしませんが。

 

 そう付け足されたのも、聞き逃さなかった。

 というか、青春高校生ごっこって……何だよそれ。

 そんなものの為に高校に潜入していたDに、巻き込まれた無関係な転生者たち……

 

 乾いた嘆息しか出て来ないよ。

 しかもどちらかというと、責任より面白そうという理由が主体に見えるのだから酷いものだ。

 

「しかし、此処で一つの問題がありました。私の枠をどうするのかという事です」

 

 Dの枠? 

 

「偽装は完璧です。若葉姫色という存在は戸籍上実在する人物となっていますし、それは魂の管理でもちゃんと存在していることになっています」

 

 また新情報が……

 魂の管理なんてよく分からないけれど戸籍と同列に語っていることから、魂そのものにも記録や管理が何処かで為されているということなのか? 

 ……マジで有り得そうなのが、笑えないし恐ろしいわ。

 

「私の部下たちは優秀ですし、魂の流れに少しでも違和感があれば即座に駆けつけてきます。そうなれば折角私が仕事をサボ……こほん、後学のために一般人の生活体験をしているのが、強制終了されてしまいます。それでは困りますので」

 

 ……サボリが目的で高校生活していたと言うのか、この邪神は。

 

 家出娘かなにかか、あんたは。

 しかも多分トップだろうあんたが、仕事ほっぽり出して抜け出し人間ごっことか、色んな方面で迷惑ばら撒いて、可哀想な存在作り出してるんじゃん。

 転生者しかり、Dの部下しかり……ほんと、ないわー。

 

「あの教室で死んだことになっているのは、合わせて二十七人。

 しかし、私はこの通り爆発を防ぎきって傷一つ無いですし、私自身があちらの世界へお邪魔する訳にもいきません。かと言って何も対策をしないとあれば、私は見つかってしまいます。

 部下の目を誤魔化せる、あちらの世界で転生してもらう人間一人分の魂が必要でした。そこまで言えばそれが誰なのか——もうお分かりですよね?」

 

 ……それが、私ってことね。

 細々とした因果は脇に置いといて誕生理由が、Dが連れ戻されたくないからという、それだけの理由で選ばれた身代わりが教室にいた蜘蛛で、私だったと。

 

 はぁぁ……しょーもな。

 自分のことだというのに肩を落として溜息しか出ないあたり、どれだけ心底くだらないと感じているのか、良く分かる。

 

「これでもなかなかに苦労したのですよ? ただの蜘蛛の魂を人間に偽装するために色々と工夫を凝らし、万が一のため人間としての若葉姫色の記憶を捏造して埋め込んだりと。

 まぁ、魂の総量を人間並みに盛るのは面白みに欠けるので、蜘蛛のそれのまま増やさず騙す方向にしたせいで余計な作業が増えてしまったのは自業自得であったりと……

 ですがコンコルド効果とでも言いますか、たとえすぐ死ぬだろうと考えていても、手間を掛けた以上手抜きは出来ないと細部まで拘った結果、あなたという存在が生まれました。——結果として予想を大きく上回り楽しませてくれる傑作が誕生したので、私としては大喝采ですよ」

 

 胸を張って、誇らしそうに語るD。

 あぁ、もう本当に……ムカつく。

 

「おっと。どうされましたか? あやうく私の美しい顔が汚い柘榴になるところでしたよ?」

「……眉一つ動かさずによく言う」

 

 突き出した拳はDの顔面スレスレを通り抜け、その奥のゲーミングチェアのヘッドレストを貫通して粉砕していた。

 

「もう少しだけ補足を。元が蜘蛛でしたので蜘蛛の魔物に転生させた訳で、それが丁度あちらでの重要人物の一人に縁付かせることも出来ました。生まれる場所の環境が厳しく、蜘蛛の魔物で時期が合ったからという理由でエルロー大迷宮へと放り込んだのですが、これ以上無いくらいに上手く嵌まりましたね。おぉ! なんて神采配なんでしょうか、当時の私は」

「ふんっ!!」

「緊急回避っと」

 

 そのまま真横に腕を振り抜いたが、前転でもするように屈んでDが椅子から離れたことで空振りに終わった。

 腕に絡んだ綿を払い落としながらDを睨めば、ゲーミングチェアを駄目にされたというのに飄々とした態度を一切崩すこと無く残骸を見て肩を竦めるだけだった。

 

「やれやれ、結構高いのですよ、これ」

「知るか。ご自慢垂れるのはそれだけか?」

「一晩中でも語れそうですが……止めときましょうか」

 

 無表情のままなのに、やたら大袈裟で演技っぽい動作をしながら首を振っているD。

 その顔と動作のミスマッチさが、なんとも気色悪く見える。

 

 語られれば語られるほど、胸糞悪さが込み上げてくる私の誕生秘話の酷さ。

 どれもこれも、全てはあんたが仕事したくないが為に偽装工作を頑張った結果が、私でしょ。

 

 軽い、軽すぎる、馬鹿にしているだろ——それが苛立ちを加熱させる。

 人というか蜘蛛の命を、一体何だと思っていやがる。

 

 矮小だったのは認めるさ、所詮蜘蛛だもの。

 でも、勝手にそう都合良く玩具にされて、気分が良いはずないし、ふざけるなと思う。

 

 一寸の虫にも五分の魂というし、私が生まれたのはおまえのお陰だとしても、身代わりの玩具として弄ばれたことに変わりはない。

 

 何か重要な意味があるのかも知れないと、怯えたことも。

 最悪会いに行けば処分されるのかもしれないと、恐怖したことも。

 何か契約や義務を科せられ不利益なことを押し付けられるのかと、嘆いたことも。

 何もかも実は、たいした事ではない自慢を聞かされるためだけに、来いと呼ばれただと? 

 

 Dから面白い相手だと認められてる? だからお気に入りっぽい? 目を掛けられている? 

 もう……知るか。

 

 あまり、嘗めた口きいてると……本気で反抗してやるぞ。

 

「ふふふ……その怒り、実に結構ですよ」

 

 背筋が凍りそうな、平坦で無感情な声が響く。

 だけど、その裏には何故か満足そうな愉快極まりないとでも謳っているような響きにも思えた。

 

「あなたは自由であればこそ輝く。私はその輝きを尊重しますとも」

 

 その方が面白そうでしょうと、重なって聞こえてくるようだ。

 

 ゾワリと、全身に悪寒が走る。

 それと同時に何故か、頭の奥が熱を持ったように茹だってくる。

 

 な、んだ、これ……

 

 奥歯を噛み締め、急な身体の異常に耐える。

 何をしたと睨むが、Dはしまったとでも言いたげに腕を振るだけ。

 

「あぁ……名付けをしたのは、少々失敗だったかもしれませんね」

 

 膝をついた私に、Dが唇と唇が触れ合いそうになるまで顔を近づける。

 

「それでも、此処まで抗えているんですから見込みありますよ。

 神にとっても名付けは重要な意味合いを持っています。名付けられた側は、名付け親との関連が強まるのです。魂を縛られるとも言えます」

 

 私の白織という名前は、Dから授けられたもの。

 なら、この感覚は……ッ! 

 

「えぇ、親から認められて、子であるあなたは恍惚を感じてしまう。これは格の差が大きいほど、より強力な支配力を持ってしまいます」

 

 名前を授けられたその時点で、気付かないうちに最初からDに縛られていたとでもッ!? 

 

「あなたは自由であれ。ですが、その自由の翼をもいでしまえば魅力は減ってしまう。けれども、手元に置きたいと思ってしまう。それだけ魅力的だったのですよ……」

 

 耳元で囁かれる、静かなハスキーボイス。

 ふわりと絡みつくような甘ったるい匂いが薫る。

 脳髄へと浸透してくる妖しい声色に、思考がグズグズに溶かされていく。

 

「あなたは私のものです、手放す気など更々無い。ですが、何処までも自由に飛び立って欲しい。私の軛を断ち切るほどに。そんな矛盾した願望を私は抱いているのですが、はてさて……どうしましょうか? ねぇ……白織? 私に口づけをしますか?」

 

 Dの声が、脳内で反響する。

 魂に刻まれた本能が私に囁いていた。

 ここで首を縦に振れば、極上の快楽と共に絶対の庇護を得られる。

 闇のように、何処までも包み込むようで安息に満ちた、深淵の法悦へ。

 

 優しく引き摺り込むように、逃げ出すことも抜け出すことなども一生出来ないように……底なき闇の中へと私を誘っていた。

 

 全身へと浸透しだした熱泥のような誘惑に、私は——

 

 

 

 

 翠を纏う、小さな少女の笑い顔がよぎる。

 

 

 

 

「——ッ!!!!」

 

 思いっきり、Dを突き飛ばした。

 そして全身で息をした。

 身体を侵していたもの、その全てを吐き出し入れ替えるかのように。

 

「あらら、残念。ですが喜ばしくもある。一時的にとはいえ、私の支配に抗ったのです。これほど嬉しく思うことなどありませんよ」

 

 ぜぇー、はー、くそッ。

 ほんとうの、ほんとに…………ふざけるなよ、おまえ。

 私が? こいつに? 魅了されかけただと? 

 弄ぶのも大概にしろよ、クソがッ。

 

「言祝ぎましょう、我が子の自立を。

 反抗期の子を持つ親とはこんな気持なのでしょうね。抗い噛みつき、手を焼かされつつも成長をみせてくれる様は、なんてこうも楽しませてくれるのでしょうか。——初めての経験です。心より感謝しますよ、白織」

 

 ぱちぱちと、やる気のない拍手が鳴らされる。

 その言葉に宿るのは曇り無い澄み切った感謝のみだったのが、おぞましかった。

 

「そうかい。こちらは最低を下回るという、初めての経験をしたよ」

 

 ——クソ邪神め。

 その絶対なる神の座から、大上段に傲岸不遜に見下してろ。

 いつか縛り付けて飼い馴らそうとした蜘蛛が、焼け付く毒牙を突き立ててやる。

 

 

 よろめきながら立ち上がり、私は部屋から出ようとする。

 惚けて腑抜けた肉体に鞭を打ち、背を向けた。

 

 その時、これで最後だとばかりにDから語りかけられる。

 

「帰るのでしたら、お土産をどうぞ。近いうちに来るだろうと予想して準備していたのがありますから。ご心配せず、怪しいものなど入れていませんので。ただの菓子折りですし。帰ったらお二人でどうぞ」

 

 クローゼットの中に仕舞われていた紙袋の束を、Dは取り出す。

 そして差し出されたそれらを、ひったくるようにして受け取った。

 

 そして——Dに言われたことで、もう少しだけ質問することが出てきた。

 

「ねぇ」

「なんでしょう?」

「コケちゃんは……なんでコケちゃんは魔物の境遇だったのさ?」

 

 彼女は、前世はごく普通の人間だ。

 なら、人族に生まれるほうがよほど順当だろうに。

 

「あぁ……それはですね。あなた以外にも数パターンほど、人外転生になった転生者を見てみたいじゃないですか。場所こそエルロー大迷宮ですけど、生まれは厚遇してあげたんですよ? 

 彼女の生まれは下層でも有数の強さを誇る、コケダマ種の群れの中で誕生したんですから。集団生活が基本の群れに守られながら安全に力を付けて、いずれは群れを率いる魔物へと進化する。

 そんな展開を期待していたのですが……なんともはや、不確定要素てんこ盛り自由意思に任せた放牧とは、かくも予想外を生み出し楽しませてくれるものなんでしょうね?」

 

 悪びれることもなく、Dはそう嘯く。

 腐汁滴る果実のように、甘くおぞましい臭気で言葉を飾り立てながら。

 

 分かっていたけれど、コイツという存在は性根からしてロクでもない。

 その発想も考えも、誇るように実行した畜生行為にも。

 

「もういい……黙れよ」

 

 耳が穢れる。

 聞くに堪えない。

 こいつは駄目だ——何かを言うのも耳を貸すのも、無意味でしかない。

 

 その神としての実力だけではなく、中身という意味でも狂ってやがる。

 

 Dが持つ深淵は、こうして対面しても浅瀬すら見えやしない。

 一つの世界を滅ぼしてでも尚お釣りが来るような、そんな途方も無い力を人型へと凝縮したのが邪神Dなのだから。

 

 絶対的な、抗えぬ破滅をもたらす存在。

 死を司る者。

 闇黒の享楽者。

 

 Dに狙われるということは、死が確約されるのと同義だ。

 それほどまでに絶対的な総量と格の差が、私とDの間には天地を越えるレベルで隔たりがある。

 敵対した時点で、どんなに足掻こうとも生き残る可能性は完全に潰えてしまう、絶望そのもの。

 

 そうだと認識していたのを、さらに上方修正せねばならないだろう。

 一番危険なのは、その力を気紛れで振るい、気に入った相手にはトコトン粘着的なほど執着する精神性だろう。

 

 こんなことばかりやってるから友達居ねえだろ、絶対。

 部下にも嫌われるんじゃねーの? 

 なぁ、最狂最悪のボッチさんよ。

 

「失礼なことばかり言ってくれますね……まあ許しますとも。

 さぁ、もうお行きなさい白織。

 気が向いたら何時でも来ていいですよ。食事は大したものは出せませんが、ゲームの遊び相手としてでしたら歓迎ですので」

 

 その言葉に対し、願い下げだと鼻を鳴らして、私は立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Dから貰ったお菓子は、コケちゃんに出す前に毒見という事で試しに自分で食べてみたところ、気が付いたときには全部が全部、包装紙が開けられた状態で中身は残さず無くなっていた。

 

 ヤッベ……

 コケちゃんには地球に行ったこと、しばらく内緒にしておこっ。

 

 罪悪感から、しばらく後にコケちゃんを私から遊びに誘った。

 コケちゃんは不思議そうにしながらも、うん勿論と快諾してくれて。

 そうして結構昔の、魔物時代の頃に思ったことだが——

 前は一緒に出来なかった、海辺での水遊びを二人して心ゆくまで楽しんだ。

 

 ——それらのお話は、いつか機会があったら語るとしよう。




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