【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

63 / 146
勇者2 引き継がれるモノ

 少し未来の、聖アレイウス教国、とある教会にて——

 

 

 静まり返った聖堂の中。

 ステンドグラスから差し込んだ光が、神言教の聖印を神秘的に照らしていた。

 

 既に誰も居なくなったこの場所で、僕は椅子に座ったまま1人動けずにいた。

 

 ティーバさん……

 

 オウツ国とサリエーラ国との戦争で、僕は悲劇を見た。

 打ちのめされていた僕が立ち直れたのはオーレルと、彼のおかげだった。

 

 ティーバさんにお世話になったことは数知れず。

 帝国の貴族で軍人の彼が口添えしてくれなかったら、住民を守るために魔物を退治することも、勇者の肩書に縛られて思うように動けなかっただろう。

 

 そして、世界各地で相次ぐ子供の行方不明と、それに関与する人身売買組織の調査と討伐も。

 

 彼が常々忠告してくれたから、僕は物事を見極める眼を養えた。

 彼が副官として側についてくれたから、ただのお飾りでしかなかった僕が、誰からも認められるような戦士として前に進むことが出来た。

 

 感謝してもしきれない程、多大な恩義を感じていた。

 それなのに……

 

 討伐隊結成から初の殉死者。

 その二十二名の一人が、ティーバさんだった。

 

 いつかは、戦いの中で誰かが犠牲になっただろう。

 けど、その最初がティーバさんになろうとは、誰も想像もしていなかったはずだ。

 

 葬儀は粛々と行われる。

 教皇が直々に取り仕切り、悲愁な表情を葬儀の最初から最後まで教皇は変えることは無かった。

 

 それは、本気でティーバさんたちの死を悼んでいるように見えた。

 

 葬儀が終わった事で、棺は聖堂の外へ運び出されて並んでいるだろう。

 聖女として討伐隊に同行し共に苦楽を分かち合ったヤーナや、お互い微妙な立場から幼馴染へとなったハイリンスは、既にそちらへ行っている。

 

 葬儀が終わっても僕は椅子から立ち上がることが出来ず、ティーバさんが亡くなったという事実を受け止めきれなかった。

 本当はただ悪夢を見ているだけで、この足で討伐隊の指揮所に行けば、ティーバさんがいつものように忙しなく部下に指示を出している光景があるだろうと、そう思ってしまう。

 

 けど、そこに居るのはきっと亡霊でしかなく、本当のティーバさんは外に並んだ棺の中に居る。

 

 僕はそれを知ってしまうのが怖くて、棺を見てしまえば辛い現実に引き戻されるのが嫌で、今もこうして立ち上がれずに、俯き背中を丸めている事しか出来ない。

 

 一人静寂の中で顔を伏せていると、いつの間にか僕の隣に座っていた人がいた。

 

「……師匠、来ていたんですね」

「うむ」

 

 ケレン領での悪夢の襲撃後に弟子入りを志願して、魔法などの鍛え方を文字通り身体に刻み込むように教えてもらった師匠、ロナント様が座っていた。

 帝国と聖アレイウス教国は別大陸にあるけれど、世界でも希少な空間魔法を使いこなす師匠なら転移して来る事が出来るのだろう。

 

「ままならんものよなぁ」

 

 師匠は僕に顔を向けること無く、どこか遠くを見つめて呟く。

 

「儂より若いくせに、みんな儂より先に死んでいく。まあ、ティーバもいい年しておったがのぉ。それならそれで、あともう少し粘って儂より長生きせいっちゅー話じゃ」

 

 悪態をつく師匠だけど、その声にはいつもの覇気が無く重苦しい。

 そして同期と呼べるような人は魔族との戦争でほとんど死んでしまい、数少ない生き残りであるティーバさんも亡くなってしまったのだと、師匠は物憂げな表情で哀悼を捧げた。

 

「ティーバさんは、師匠から見てどんな人でしたか?」

「あやつが帝国で何と呼ばれているのか、知っておるか?」

「いえ」

 

 けど、なんとなくどんな風に呼ばれているのか、わかる気がする。

 

「陰の英雄、じゃよ」

 

 それを聞いて、驚きよりも先に納得が浮かんだ。

 身近で接してきて凄い人だと実感してきたし、英雄と呼ばれても不思議じゃない。

 

 師匠はティーバさんの活躍を語る。

 堅実で、目立たないけれど要所要所でしっかり貢献し、後ろで支えてくれた。

 

 それはまさしく、僕が感じていたティーバさんと同じ印象で。

 彼が居たからこそ僕は、後ろを気にすること無く最前線へと踏み込むことが出来た。

 

 そんな陰の英雄を、僕らは失ってしまったのだ。

 

「僕が、ついていれば……」

「お主がおれば? ふん」

 

 思わず呟いてしまった言葉に、師匠は面白くない物を見たかのように鼻で笑った。

 そのことに僕は激昂してしまうけど、見返す師匠の眼に映った感情に掻き消されてしまった。

 

 押し殺した、それでも隠せず抑えきれない、冷たい怒り。

 その矛先が、僕に向けられていた。

 

「そうさな。最近は師匠らしい事が出来ておらんかった。久しぶりに、稽古をつけてやろう」

 

 その剣幕に、その殺気に気圧されて、萎縮してしまう。

 おもむろに伸ばされた師匠の手を、僕は避けることが出来なかった。

 

 師匠に肩を掴まれるのと同時に視界が一瞬暗転して切り替わり、次の瞬間には乾燥した風が吹く見渡す限り何もない荒野へと、転移で連れて来られた。

 

「さて、では儂を殺す気でかかって来るがよい。儂もそうさな、半分くらいその気でやってやろう」

 

 僕から数歩離れた距離に立っている師匠が、そう宣言した。

 

「え? あの……」

「来ないのか? 先制くらいハンデで譲ってやるぞ?」

 

 本気だと感じた。

 師匠は今、実戦形式で僕に稽古を付ける気だ。

 

 師匠の修行は厳しく、それこそ生命の危機を何度も感じたほど。

 だけど実戦形式の稽古は、今まで一度もつけてもらったことは無かった。

 それが、どうして今に? 

 

「……おっと。そういえばお主は今丸腰じゃったな。しょうがない。これもハンデの一つじゃ」

 

 師匠が虚空から杖を取り出した後に、剣を取り出してこちらに放り投げた。

 宙に浮かんだそれを慌てて受け取り、鞘から刀身を引き抜くと見事な剣の姿が現れた。

 

「これは、魔剣ですか?」

 

 魔力を流してみると、刃に火炎が纏わりついた。

 

「うむ。どこぞの馬鹿たれが、とある魔物に量産させたらしい物じゃ」

「魔物が……、魔剣を量産?」

 

 僕は、そっとマフラーに手を添えた。

 

 そんな話は聞いたことが無い。

 魔剣の制作は難易度が高く、素晴らしき職人と謳われるような鍛冶師でも、容易には作ることが出来ない代物。

 それを量産、しかも魔物が? 

 

 僕は過去の記憶を思い返す。

 大半の魔物は、本能のまま暴れるだけの獣である。

 だけど中には、確固たる意思を持っている魔物も存在している事を、僕は知っている。

 

 魔物にも意思があって目的がある。

 それが相容れない時には、戦うしか無いって事も。

 

「まあ、その話は今関係無いの。それを貸してやるゆえ、本気で掛かってこい」

 

 師匠が剣の由来についての話を打ち切る。

 そして、戦いたくなくても戦わなければならない時は幾らでもあると、一喝した。

 

 師匠には引く気がない、なら覚悟を決めるしか無い。

 

「行きます」

「うむ」

 

 師匠相手に手加減なんかして勝てるはずもない。

 魔法を牽制に放ちながら、僕は剣を手にして駆け出した。

 

 

 

 

 剣で斬り掛かっても、転移で避けられる。

 発動まで時間が掛かるはずなのに、それを無い物であるかのような発動の早さ。

 

 師匠が掲げた杖から、火球が飛ぶ。

 初級の魔法だけど、師匠の有り余る魔法のステータスで威力を底上げされた魔法が、雨霰と連射されて僕に襲いかかる。

 

 それを全力で走り回って回避する。

 逃げてもジリ貧と上級の聖光魔法をぶつけて突破を狙うも、初級であるはずの魔法に僅かに競り負けて、爆風がこちらに吹き込んでくる。

 

 けれど、それで一歩師匠に近づいた。

 さらに踏み込み、空中で跳び上がり一歩を、空間機動でさらに一歩を。

 

 一度見せた技は、もう通用しないと思い再び大地を蹴って走る。

 着地する瞬間を狙った火球を、光球で迎え撃ち余波は障壁とマフラーの特性で強引に突破する。

 

 とっておきの光魔法によって生み出された幻影が、師匠の眼を欺く。

 だけど、師匠の勘の良さから初手で本物の僕に火球を放ってきた。

 

 僕はあえて避けることもせず直撃をくらったけど、そのまま幻影のダミーを動かし続けた。

 師匠の気がダミーに向いている隙に、さらに距離を詰める。

 

 あと二歩! 

 至近距離で放たれた火球を、炎を纏わせた魔剣で迎え撃ち振り抜く。

 

 熱い、苦しい、それでも前へ! 

 あと一歩! 

 

「距離を詰めれば勝てると思うたか?」

 

 目の前に杖が迫る。

 一瞬、予想もしていなかった事態に頭が真っ白になる。

 それを見逃す師匠ではなく、距離を狂わされ反応が出来ない僕は、強かに顔面を強打された。

 

 よろけてたたらを踏む僕に、追撃の火球が襲い掛かる。

 視界に広がる赤色に、僕は咄嗟にマフラーを絡ませながら左手を掲げた。

 

「はあぁぁっ!!」

 

 魔蛾の翅に包まれた拳が、火球とぶつかり合う。

 拳が振り抜かれると、炎は全て掻き消され霧散した。

 

「なんと!?」

 

 だが、拳は師匠には僅かに届いていない。

 すぐさま体勢を整えて剣を振ろうとしたが、それより先に師匠の火球が無数に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 気づけば僕は、地面に倒れて空を見上げていた。

 

「どうじゃ?」

「……あと、一歩だったのに」

 

 思わず不満と文句が、口から溢れてしまった。

 

「馬鹿を抜かせ。儂が本気なら一歩すら踏み出せずに、あの世行きじゃわい。まあ、ちと最後には少し本気を出してしまったがのぉ」

 

 確かに、師匠は手加減していたし、当たっても死にはしない程度の火球しか使ってこなかった。

 転移も最初の一回しか使わなかったし、それこそ本気だったのなら僕が距離を詰める事は不可能だった筈だろう。

 

「己の弱さを思い知ったか?」

「……はい」

 

 まだまだ僕は弱く、師匠には勝てない。

 その差に忸怩たる思いを抱く。

 

「なあ、ユリウス。……ティーバは弱い男だったか?」

「いいえっ!!」

 

 即座に否定する。

 決してティーバさんは、弱い人では無かった! 

 

「そのティーバが為す術なくやられた相手じゃ。お主がいたところで死体が一つ増えただけじゃ」

「それは、でも……」

「もう一度聞く。己の弱さを思い知ったか?」

 

 その質問に、僕は答えることが出来なかった。

 

 師匠は続ける。

 己よりも強い相手と戦ってしまっただけで、それが全てだと。

 弱ければ強き者には勝てず、今回の事は相手の方がティーバさんより強かっただけだと。

 

 その物言いに、僕は堪えきれず噛み付いた。

 

「それはっ! 師匠は強いから、そんな事が言えるんですっ!」

 

 手のひらに爪が喰い込む。

 師匠であれば負けないだろう。

 なぜなら人族最強の魔法使い、それが師匠だからだ。

 

「違うな。儂は弱い。……お主から見て強いというだけで、儂もまた、弱いのじゃ」

 

 しかし、師匠の言葉は思っていたのとは正反対で、真実一片の疑う余地も無く自分は弱いのだと確信しているようで。

 

 そして師匠は語る。

 人はどうしようもなく弱いのだと、人という括りでは強い師匠でも敵わない存在がいると続け、迷宮の悪夢を例に上げた。

 

 僕が何をしても届きそうにない師匠でも、勝ち目がないと宣言する悪夢。

 それと同格と目された亡霊にも、結局僕は何もしていないし出来なかったと思い浮かんだ。

 

「弟子一号よ。己の弱さを自覚せよ。この世には、勇者であろうと人には手に負えぬ相手がいる事を知れ。不可能は不可能なのだと、それを理解せよ」

 

 そんなの、どうしろって言うんですか師匠。

 

 悲しみが溢れて止まらない。

 上手く言葉に出来ない想いが、叫んで喚き自分でも何を言っているのか、わからない。

 

「どうしようも無い事は、この世にごまんとある。じゃが、全力で生きることを否定はせん」

 

 だけど、ティーバさんが全力で生きそして死んだ事に僕が口を挟むのは間違いだと、彼の生涯を汚す行いだと叱責された。

 

「なんで、こんな……ッ」

「よい。今は何も考えず泣け」

 

 人は生きて、いつか死ぬ。

 それは変えられないし、死に方も選べない。

 けど大切なのは、どう死んだかではなく、どう生きたか。

 生者である僕たちは、ただ死者を悼み生き様を想うだけでいいと、師匠は語った。

 

 

 

 

 ひとしきり泣いた後、僕は師匠の転移で聖堂に戻り、ティーバさんの納められた棺に、今までの感謝を込めて最後の別れを済ませた。

 

 周りには、赤く泣き腫らしたヤーナとオーレルが、棺に縋り付いていて泣いていた。

 

「師匠」

「む?」

 

 僕は決意を乗せて宣言した。

 

「僕も、ティーバさんのように。死んだら泣いて縋られる、そんな生き方がしたいです」

「すればいいじゃろう。それはお主の自由だ」

「はい」

 

 けど師匠は忠告だと、告げた。

 

「じゃがな、言ったように己の弱さを、まずは自覚せよ。……自分に出来ること、出来ないことを見極めることが出来ずに無謀をすれば死期を早める。生きてこその生き方じゃ」

 

 その言葉に、僕は深く頷く。

 けど、師匠はその反応に納得していない様子で。

 

「言うでもお主は無茶しそうじゃがなあ」

「しませんよ」

「どうだかのう。……よし師匠命令じゃ。儂より先に死ぬことは許さん。よいか? 儂が死んだら今日以上に泣いて儂の棺に縋るがよいぞ」

「それはちょっと……」

 

 思わず苦笑してしまう。

 師匠が死ぬところが想像できなかったし、もし師匠が死んでも今日より泣ける気がしない。

 

「おい、それはどういう意味じゃ? 儂とて簡単にはくたばる気は無いとしても、その反応は無いじゃろう?」

「いえ、何でもありません。はい」

 

 でもきっと、師匠が亡くなる日が来れば、僕は泣き叫ぶんだろう。

 

「そんな日が来ないことを、願ってます」

「来るさ。人はいつか死ぬ。来ないというのであれば、それは儂の命令に違反した時じゃ。師匠の命令も守れぬような不肖の弟子になるんじゃないぞ?」

「ええ。もちろん」

 

 僕はこの日、ティーバさんに死を教わり、師匠に生きるということを教わった。

 それを、心に刻みながら、僕は誓う。

 

 いつか死ぬ時まで、ティーバさんのように立派な生き方をして行こう。

 

 

 

 

 師匠は帰ろうとした時、僕に向けて大きな袋を押し付けた。

 

「これは?」

「餞別じゃ。馬鹿弟子が何処か途中で無駄死しないように、要らないもの押し付けただけじゃ」

 

 中を見ると、さっき師匠に貸してもらった魔剣と同等の代物が、複数詰め込まれていた。

 それ以外にもポーションらしき小瓶も入っている。

 

「こんな高価な物、受け取れませんっ」

「受け取れ、どうせ儂には必要ない物じゃ。それとも何か? お主はこれを使いこなせず、自分は道具に使われてしまうと、そう言いたいのか?」

 

 そう言われてしまうと、何も言えなかった。

 

「儂に剣は使えん。それに、どこぞの馬鹿たれに譲ろうとしていた物も、いつの間にか変質して儂には使えぬ代物になっておったしのぉ……」

「それは」

 

 師匠は遠い目をしたまま語る。

 

「ネクタル。紅いポーションがあるじゃろう。その効果は一人の時に鑑定してみるといい」

 

 そう言って、反論も返品も受け付けないと、師匠は去っていった。

 後で知ったネクタルの効果は、一時的な不死性と神の如き力を得ること。

 だけど資格無き者が飲めば、待っているのは死。

 

 師匠、こんな物どうすればいいのですか。

 

 勇者だからといって資格があるとは限らないのではと、僕は思った。




若返りの薬 → 《NEW》ネクタル。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。