もうすぐ本格的な極寒の季節が訪れようとしている季節。
この世界では、ちょっとした収穫祭が農村地帯で行われ、都市部では特に行事やイベントなどは無い時期である。
だけど、ふと思い出して時期的にも今がピッタリだったので、予定を変更して今日は白ちゃんの所にやって来て、こう言った。
「白ちゃん、とりっく・おあ・とりーと」
「えー、……何も用意していないんだけど。……取り敢えずいつものお茶菓子いる?」
いつものように公爵邸で、まったりお茶を飲んでいた白ちゃんは、テーブルに置かれたお菓子を指しながら、呆れた表情を浮かべていた。
その反応は予想していたので、私は持ってきていた物を取り出した。
「まあ、こっちにはハロウィンなんて風習無いから、最初から配る用のお菓子作ってきたけどね。はいどうぞ」
「わーい、おかしだぁー」
棒読みの平坦な口調で答える白ちゃんは、さっそく包みを開いて中身を取り出した。
そして一口、唇へと運んだ。
「うまー、なにこれクッキー?」
「クリクタ入りクッキー。作り方は前世と変わらなかったけど、材料が小麦粉の代わりに芋粉って言うのが異世界らしいね」
魔族領の街でもお手軽な値段で売られているクッキーもどきだけど、それに一手間加えて果物のジャムなども練り込んで、材料の選定から作り方まで結構本格的に考えて作った一品だ。
わざわざ変装までして人族の大きな街まで転移し、質のいい材料を買いに行ったほどである。
「それで、なんで急にこんな事を?」
「たまには息抜きも、大事かなって」
これから津波のように押し寄せる数々の計画のために、最近の私たちは寝る暇も惜しんで仕事に準備にと追われていて、それは白ちゃんも例外では無かった。
だからこうして気分転換に、前世に因んだ遊びを持ちかけたのだった。
「……まあ、いっか。魔王とかにもあげるの?」
「もう渡してきた。ハロウィンとかは関係無く、ただの差し入れとしてね」
「そっか」
アリエルさんは主に方針を指示するだけで実務自体は少ないから余裕ありそうだけど、軍団長に就いて激務に追われるメラゾフィスさんや同じく魔族軍で仕事に奔走しているラースくんなどは、今にも倒れそうなほどオーバーワークな日々が続いていた。
「コケちゃんは、今暇なの?」
「今日くらいは平気。でも、また明日からは仕事漬けになると思うけどね……」
だからこそ、日常を楽しむ機会を大切にしていきたいと思う。
もう、あんまり時間は残されていないのだから。
「そろそろ帰るね。白ちゃんも忙しいだろうし」
「いや別に。……どうせならさ、もっと盛り上げた方が楽しいんじゃない? ちょっと付き合ってくれる?」
「……うん? まあ、勿論いいけれど……?」
そして次の瞬間には、景色が暗転して違う風景へと切り替わった。
近頃、退屈だわ。
白は公爵邸から何処かに行くことが増えたし、苔森も月イチでしか帰ってこない。
そして私は学園に放り込まれてメラゾフィスと引き離されるわで、暇で暇でしょうがない。
外出も面会も、面倒臭い手続きを踏まないと出来ないから自由なんて無いし、強引に脱走しようとすると、サエルとリエルとフィエルが邪魔してくるから不可能。
ていうか、実際試して失敗したわ。
ふざけんじゃないわよ。
同じクラスの人とかは?
有象無象のガキどもはお呼びじゃないのよ。
あのマウント取りたがりの腹黒は、点数でいつも負けているからって対抗心燃やしてベタベタと毎回絡んでくるから、監視されているようで正直ウザイ。
腹黒の婚約者らしい委員長も、絡まれて迷惑被っているのは私の方だというのに、婚約者のいる男性にみだりに近づくなだとかネチネチお小言注意してくるし、こっちもウザイ。
なんか知らないけれど、他のクソガキどもも気を惹こうと私に些細なちょっかい掛けてくるし、学園に行っても面倒事が舞い込んでくるだけなのよね。
目に留まりたいなら、メラゾフィス並みのいい男になってから来るがいいわ。
まあ、無理でしょうけど。
「メラゾフィス成分が足りないわ……」
「……なにしているの、ソフィアちゃん」
「っ!?」
寮の自室で愚痴を呟いていると、突然白と苔森が部屋の中に現れた。
予兆も何も殆ど悟らせずに気がついた時には既に部屋の中に転移してきた二人は、戸惑いと呆れが混じった表情でこちらを見ており、それを私は糸に縛られた状態で見返していた。
なんで糸で縛られているのかって言うと、ついさっき学園から脱走しようとして捕縛されたからに他ならないからよ。
「……」
「……」
「何の用よ?」
「あー、私は白ちゃんに連れて来られただけだから……白ちゃん?」
「……連れて行く」
そう言って白は簀巻き状態の私を掴んで、何処かへと連れ出そうとした。
襟が絞まって苦しいのだけれど、退屈していたし出掛けられるのなら多少扱いが雑でも寛大な心で許せなくもないわと、苛立ちを抑えて考えていたら苔森が白に質問してくれた。
「私も、何するのか聞いていないのだけど……。それにパペットたちはどうするの?」
「……人形蜘蛛も連れて行くか」
手招きされたサエルとリエルとフィエルは置いていかれまいと瞬時に集まり、白の服の端を掴み確実に連れていってもらおうと、密着して貼り付いていた。
「邪魔」
まあ、すぐに離れて一列に整列していたけれど。
そして次の瞬間には、景色が暗転して違う風景へと切り替わった。
「で、今度は僕の所って訳か」
「そうね」
「またお邪魔します……」
「……」
もともと名前だけだった第八軍の解体と人員再編に伴い、次の軍団長として内定が決まっていた僕は、引き継ぎとしてどんな人が集められるのか纏めてある資料を読んでいると、白さんがみんなを連れて大人数で現れたのだった。
白さんが何を目的として招集を掛けているのかわからないけれど、一応少しくらいなら離れても大丈夫だと思う。
資料を読むと言っても、獲得すべきと指示された思考加速のスキルによって速読出来るし、内容自体はもう読み終わっていた。
頭を悩ませていたのは再編後の第八軍の人員についてで、元々所属していた兵は他の軍団に再編されて残っておらず、新たに第八軍に配属されることになったのは不正を働いた魔族の領主たち、その配下や私設軍を解体して編成し直した、寄せ集めの軍だからだ。
そこに不正した領地から強制徴兵してきた魔族も入れられるのだから、士気も忠誠心も欠片すら存在しない軍になることが、実際に軍団長に就く前から簡単に予想出来る。
そんな人員しかいない軍を、僕は率いることになっている。
なので、反抗的だったり命令無視が起きたりするのは当然で、それを抑え込んで無理矢理従わせるためには、どんな方法がいいのか考えていた所だ。
まあ、結局は無礼られないように力尽くの暴力で押さえつけるしか選択肢が無いけど。
「何するのかわからないけど、用があるって言うならついていくよ」
ここでこうして思い悩んでいても埒が明かないだろうし、そろそろ気分転換すべきかと頭の片隅に浮かんでいたので、白さんの誘いに僕は特に何も考えずに返事をした。
「よろしい」
「……白ちゃんのことだから、変な事じゃなければ、いいのだけれど」
「ちょっと止めてよ。……なんだか不安になってきたわ」
その奥でヒソヒソと話している二人の会話内容を聞いて、反射的に答えたのは間違いだったかなと、少し後悔した。
大抵、僕が呼び出される時は、魔物の群れのど真ん中に落とされたり、そうでなくても面倒事に巻き込まれるのが基本だったから、感覚が麻痺していたのかもしれない。
もちろん拒否権なんて無いので、反論しても無駄だと思っていたのもある。
そして迂闊に僕にも聞こえるように話していたのもあって、白さんに睨まれているソフィアさんとコケさんが身体を縮こませているのが、視界の端に映っていた。
白さんの不興を買うと何が起きるのか知りたくもないので、巻き込まれないように僕は静観して口を噤んだ。
その後、おしおきと称してデコピンが実行されて、ソフィアさんはデコピンとは思えないような轟音を立てて吹っ飛ばされたし、コケさんの方は見間違いでも何でも無くデコピンが炸裂した瞬間に頭部が爆発四散して消失していた。
ただ飛び散ったのが血とかでは無く緑色の苔塊で、首から上が無いのに倒れること無くバランスを保ちながら、痛がっているような動きをしていた。
その後すぐに動画を逆再生するかのように頭部と髪が修復していくのを見て、改めてコケさんも人外の一員なんだなと再確認した。
まだ痛むのか額を押さえる二人が起き上がると、白さんのそばに並んだ。
そして次の瞬間には、景色が暗転して違う風景へと切り替わった。
「で、なにこの状況?」
「多少白さんのやり方に強引なところもあったけれど、まあこうして集まれたのですから、結果的に良かったのではないでしょうか? アリエルさん」
「文句がある訳じゃないんだけどねー」
呆れの混じった表情を浮かべるアリエルさんが、グラスを片手に真っ黒な蜘蛛をモチーフにした被り物を頭に乗っけている。
そのアリエルさんにお酒を注いでいるラースくんは、顔に赤い隈取りが塗られていて鬼っぽさを演出しつつも、何処か滑稽な印象を受けるメイクをさせられていた。
「メラゾフィスぅ~っ!」
「お嬢様、淑女ともあろう方がはしたないですよ」
「あぁぁ……メラゾフィウムで満たされていくわ」
「すみません。私には、そのメラゾなんとかについて理解することが出来ないのですが……」
学園生活で長期間引き離されていたからなのか、思いっきりメラゾフィスさんに抱きつき甘えるソフィアちゃんと、胴体に擦り付かれ引き剥がせず困った顔をしているメラゾフィスさんが、右の方で擦り切れた黒いマントを羽織りイチャイチャしていた。
「がおー」
「ぎゃぉーっ!」
「おばけ?」
「おばけなんていないよ?」
「じゃあ、ひょうるーだ」
「にーあも、いつも酒よこせーっていってる」
「おなじだー」
「おかしくれなきゃ」
「「「「「「いたずらするぞー!」」」」」」
左側では、アエルにサエルとリエルとフィエルのパペットたちシスターズと、カリュとテュクスそれにラニアの妖精組が合わさって、合計七人の見た目では幼い子たちがワイワイキャイキャイと喧しいほど賑やかに騒いでいた。
丈の合っていないフード付きの白いローブを被ったちびっ子たちは、その言動とは裏腹にお菓子を奪い合って喧嘩とかはせず、きちんと分け合い食べつつ近くにいた子に些細なイタズラをお互いに仕掛けあって遊んでいた。
「なんか、宴会みたいになっちゃったね」
「にゃははははっ! 辛気臭い顔しても、何も変わらないってね。ガス抜きしなくちゃ、良い案も何も浮かばんよーだ」
重厚なソファに支配者の如く足を組んで腰掛ける白ちゃんは、酒精が香る液体を溢れんばかりに注がれたグラスを傾けて口を潤し、無邪気にも思えるような緩い顔でケラケラ笑っている。
そして私は、同じソファで白ちゃんと寄り添うように座っていて、お酒には酔っていないものの賑やかで暖かいこの雰囲気に、いつの間にか酔い痴れていた。
「ほら、コケちゃんも飲んだほうがいいよー」
「……いただきます」
持っていたグラスにお酒を注がれ、私は勧められるまま中身を飲み干した。
お酒を飲めば大変なことになると理解しているのなら、事前に対策を構築済みである。
味はそのまま感じるけれど、体内に入れば即時分解して無毒化させる術式を発動してあるので、今の私はもう酔っ払って退行したり醜態を晒すことは無い。
なので、純粋にお酒の味のみを楽しむ私は、痺れるようなホロ苦さと鼻に抜ける焼け付く香りに首を傾げていた。
本当に不思議でしかない。
酔っていた時はあんなに美味しいと思えた物が、こんな何とも表現しづらい味だったなんて。
不味い訳ではないけど、素直に美味しいとは言えない。
これが、酔えない時のお酒なのかな……
「あははっ、ねえコケちゃん。こんなバカ騒ぎこそが、私たちに合っていると思わない?」
「……うん」
白ちゃんがグラス越しにみんなを見つめて、そう言った。
それに私は、白ちゃんの肩に頭をこつんと軽く乗せる事で答えた。
「明日には、みんなこの時に起きたことを正確に憶えていないはず。まともな理性なんて何処かに吹き飛んじゃっているし、やらかしも迷惑も恥も、いっぱい生まれて消えていく」
私もグラスをそっと掲げて、話を続ける。
「だけどね、大切な時間も此処にある気がする」
「ふーん?」
「忘れちゃいけない。私たちが守りたいと思っているのは、この瞬間なんだって」
「……そっか、コケちゃんはそういう覚悟か」
空気に溶け込ませるように静かに言い切ると、白ちゃんは遠い存在でも眺めるかのように、私を見つめていた。
まるで光で眼が眩んだように、そっと目を細めながら。
この瞬間だけ、周りの喧騒も聞こえず無音になったと錯覚するような分厚い距離感が、白ちゃんと私との間にあった気がした。
「さーてっ! まだまだ飲むぞー! お酒うまいなぁー、にゃははははっ!」
「あっ……」
真意を確かめる機会を逃し、空気が移り変わってしまった。
たぶんもう、聞いても教えてくれないだろう。
「ほらほら、楽しまなきゃ損損。大切な時間なんでしょ?」
「……そうだね、今は楽しまなくちゃ、ね?」
目の前にグラスを掲げてきた白ちゃん。
それを見て私も今夜だけは楽しさに浸るだけでいいと思い直し、グラスを重ね合わせて澄んだ音を冷たくも暖かい室内に響かせた。
その私たちの背後では、月明かりとキャンドルの炎に照らし出された幾つもの影が、ユラユラと身を絡ませて重なり合い、たった一夜だけのパーティを延々と踊っていた。
はっぴーはろうぃーん。
書き直しストーリー作り直しの連続で、執筆が大変でした。
2022/06/13:加筆修正。