【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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血3 ソフィアとして生きる(22/06/19挿話)

 授業中、訓練中、食事中、就寝中——

 時間と場所を選ばない吐き気が襲いかかり、事あるごとにトイレに駆け込んでは、心の澱みごと内容物をブチ撒けてしまう日々。

 

 けど、それで鬱屈とした気持ちが晴れることは無いわ。

 むしろ余計に、心と本能との軋轢でげっそりと憔悴していってしまう。

 

 私の所業を知って会いに来たメラゾフィスに叱られて以降、こうして何度もメンタルを崩しては保健室の住人となっているのが、近頃の私ね。

 

 ワルドを始め無自覚に魅了を掛けていた男子などは、それを解除して此方の方から接触を避けているわ。

 顔を合わせるのも気不味いし、どの面さげて接すれば良いのか分からなくなってしまった。

 なにせ今まで、血の詰まった肉袋、ただの食料としてしか見ていなかったんですもの。

 

 それが意思ある人間だと認識してしまえば、もう無理でしかない。

 会話も何も不可能だった。

 

 だって私、前世では根暗で陰険なボッチだったのよ? 

 まともに人と対話したことなど、殆ど無いんだもの。

 ましてや男子ともなれば、絶無でしかない。

 

 前世のあだ名の、リアルホラー(リホ)子の名は伊達では無いのよ。

 

 ……自分で言ってて、泣きたくなったわ。

 苔森のように、基本誰とでも臆せず社交的に話せるタイプじゃないのよ、私。

 

 ラースは男子だけど、転生者のよしみがあるから話せる。

 ブロウは、あれに気を使うなんて馬鹿らしいし。

 公爵家の執事の人は、すごい年上だから目上向けの話し方で良いと。

 ……って、あら? 意外と今世では普通に話せる相手多いわね。

 

 白は、まぁその……あれは色んな意味で例外ということで。

 

 だからその、人ではなく物として扱ってきた相手に、今更どうすればいいのか分からなくなってしまったのよ。

 魅了して洗脳して、物扱いしてきた相手に対して、加害者の私が何を言えるという。

 

 吸血鬼のスキルに内包する魅了効果は、そこまで強力じゃない。

 彼らを完全に支配下に置けていたのは、それだけステータスの差があったからに他ならないわ。

 だから魅了を止め、距離を取った今、既に正気に戻っているだろう。

 現に何人かは私から離れていった。

 

 しかし、それでもまだ私と関わろうとする理解不能な物好きも居る。

 ワルドもその一人だ。

 何が目的なのか知らないし知りたくないけど、知らず魅了していた相手が近づいてくるってだけでも心労になるんだから、本当にやめてほしいのだけど。

 そのたびに、自分の最低さが浮き彫りにされるのだから嫌になる、何もかも全て。

 

 

 

 

 そうして悩んでいる内に日々は経過して、狭間の国とやらから戻ってきていた苔森が、事の顛末を聞いて私に会いに来た。

 

「……ソフィアちゃん。話は、聞きました」

「なによ……あんたも私が悪いと、そう言いたいの?」

 

 ぶっきらぼうに、悪態を吐き捨てる。

 どうせ苔森も、私を鋭い言葉で批難するんだと、そう思っていたから態度は荒んだまま。

 

「起きた出来事を含めて、話を一通り聴いてからというものの……色々と私自身にも思うところが沢山あったから、会いに来るのが幾らか遅れました」

 

 何故か苔森自身も、深く悔いるように訥々(とつとつ)と喋りだす。

 そういえば魔族領に帰ってくる周期を考えれば、もう少し早く会いに来ても別におかしくない、のかしら? 

 駄目ね、日付けすらロクに頭で計算出来ない状態まで落ちてたようで、頭が回らない。

 

「私も、人族や魔族とかが、自分と対等な存在だとは到底思えないと、ソフィアちゃんの一件にて気付いたんです」

 

 ……それって私と同じ、考えが人から外れていってるという事かしら? 

 

「勿論、相手は心ある知的生命体であり尊重すべき存在だと、理解しています。けれど、それでも必要なら()()()()()()()()、冷酷なまでに苛烈な排除へ踏み切れる確信が——私の中にはある」

 

 胸に手を当て、噛み締めるように苔森は言う。

 それは、相手が人だろうが無慈悲に殺せるという、駆除の宣告。

 

「じゃあなに? 苔森は公爵邸の執事とか世話になった相手でも、必要なら迷いなく殺せるの?」

「殺せます——いいえ、もはやゴミ掃除か何かとしか感じない」

 

 断言は一瞬に、淀みも一切なく。

 苔森の歪みが顕になる。

 

「私にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、コケダマ種や魔蛾や妖精たち……私の生まれ種族と、その繋がりがある今世での家族たち。それと一緒に歩んできた白ちゃんくらいなもの。人に対しては同族意識なんて欠片も無いみたいなんだ」

 

 そう苦笑する顔に、私は思わず自分の歪みについて堰を切ったように吐き出していた。

 

「じゃあ私は? ()()()になった私は、なんだと言うのよ? 血を吸って同族たる吸血鬼を増やせとでも言うの? 人は全て餌か眷属候補? 冗談じゃないわッ!」

 

 赫怒を乗せて叫んだ想いは、紛れもなく本心だった。

 それは人としての想い。

 けれど私の中にあるのは、それだけでは無い——

 

「でもねっ、心の何処かでそれが当然と叫ぶ自分が居るのよ。血を吸って当たり前、人は食料だと思って当たり前、気に入った人間は眷属に召し抱えて従えるのが至極当然だって、今も今も醜悪に嘲笑っているのよッ!!」

 

 それが吸血鬼の本性。

 どうしようもない、私の中に誕生していた化物のワタシ。

 血腥くて、悍ましくて、——気持ち悪い。

 

「……それでも、良いよ。そう思うこと、そう考えること自体は、私は否定しない」

 

 けれど、その告解を聞いても苔森は穏やかな表情のままで。

 彼女の側での見え方を、静かに語る。

 

「私だって人のこと言えないもの。禁忌然りシステム然り、この世界の実情を知ってから人は全て星の糧となって死ねばいいと、そう考える事が多々あるから。——だから私も自分にとっての特別以外には、どうしようもなく無情になれる、なれてしまう」

 

 しみじみと、けれど自罰のような嘆きを帯びながら、吐露しつづける苔森の内心は、私とは別種だけど非常に近しい、人外の苦悩。

 

 それが分かってしまうからこそ、あぁ駄目、もう抑えられない——

 

「こんな……今の私は、両親に誇れるような姿じゃ、ないのに……血を啜る化物なのに、それでも私は、良いの、かしら……?」

 

 人族だったあの人たちから見て、吸血鬼としての生き方など、絶対に受け入れられない。

 もしも戦争が無くてポティマス襲われることも未来永劫無く、両親と共に過ごしていたら、私はどうなっていただろう? 

 

 何も分からない。

 意味無き仮定の話は、微かな情景すらも像を結ばない。

 どうしても、ごく普通の人族などではなく、吸血鬼として血に酔い痴れる私しか描けない。

 

「勿論、私の価値観からして言いたいことは沢山ある。けれど、ソフィアちゃんが吸血鬼であるのなら、そういうものとして私は一定の理解をするよ」

 

 私の喘鳴じみた途切れ途切れの言葉に、何度も何度も頷きながら苔森は、様々な感情が溶け込みいっそ寒々とした底冷えする口調で、肯定の意を示す。

 

「血を吸うのが、その種にとって必要な事で当然の事なら、それは正しいこと。何も変じゃないし悪いことだとも思わない。だってそれが吸血鬼にとっての常識で正しさなのだから」

 

 そうだと、私の中のワタシも賛同の声を謳う。

 

「例えだけど、人間だってその生き物は言葉の意味を理解出来るほど賢いのに、人じゃないからと家畜やペットを飼ったりするでしょ? ほんの少し前まで生きていた()()だとしても可哀そうだと感傷を抱いても結局は食べたり、好き勝手に出来る娯楽相手にすることには変わりがない。それと同じことだよ」

 

 けど、どうしてかしら——今、心底目の前にいる()()が、怖くて仕方無い。

 

「だって、自分とは別種だから。——常識も価値観も何もかも、()()()()()()()()()()。別個に考えてしまうのが、他種族に対しての考え方として普通なんだよ、きっと」

 

 まさしく、人外の考え。

 これこそが、人を越えた上位種の思考回路なのだと開帳される彼女の真理。

 まるで闇を凝縮したような翳り方をした瞳が私を、いや世界そのものを茫洋と見つめていた。

 

「——こほんっ。なんか末恐ろしいことを述べていたけれど、別に自分とは種が違うから他種族のルールとかを完全に無視していいとまでは言わないからね?」

 

 ふっと、気配が普段の柔らかなものへと切り替わる。

 それにホッと安堵を零し、知らず強張っていた肩から緊張が抜けていく。

 

 全く、怖がらせないでほしいわ。

 でも……まぁ、少しは参考にはなったかも。

 

 そして苔森なりの人外として生きる答えは、もう既に揺るぎないほど決まっていたようで。

 

「それなりの時間を掛けて、端から端まで細々とした部分まで悩んだけれど——だからこそ、人は()()()()()()()()と割り切って、心ある者向けの厳格な基準を設けることが私の答えとしたよ」

 

 基本は、前世の道徳や倫理を下敷きに、自身が大切だと思う相手に対し行う対応を、幅広く適応させただけ。

 自分が悪いと思うことは、しないように。

 自分が必要無いと思うことは、しないように。

 自分が迷惑を掛けてしまうと思うことは、しないように。

 自分が外道だと思うことは、しないように。

 ……エトセトラ。

 

 さっきまで大仰なことを言ってて、苔森のことが心底怖いとすら感じたけど、要は単に真っ当な対応を心掛けますっていうだけじゃないのよ。

 

 これの何処が、怖いのか。

 恐怖も心配も、しただけ損だったわ。

 

 ……変に突き抜けてしまえば、流石によろしくないとは思うけど。

 まあ今のところ大丈夫そうかしら? 

 もし秩序狂いにでもなったら、たぶん白が殴ってでもリセットさせるでしょ。

 そっちは根っからの混沌側の気質だし。

 むしろ多少は、苔森の爪の垢を煎じて白も見習ってほしいものだわ。

 

 なら、私の場合はどうなのだろう。

 結局のところ、血を吸わざるを得ないという問題は、一つも解決していない。

 

「血が必要なら、それで結構。吸うことそのものは私自身も問題にしてないよ。……けれど、ね、やっぱり余計な問題を引き起こすのは歓心出来ないよ。問題点は血を吸ったことでは無く、魅了し好き放題にやらかしていたのが駄目。ソフィアちゃんに必要なのは自制心と線引きのお話だよ」

 

 正論っ、まごうことなき正しさの暴力っ。

 何も間違っていないからこその理屈が、私を容赦なく襲う。

 

「そう、ね……苔森の言う通りね……」

 

 同意の首肯をするけれど、これまでの問答で感じたものとして、恥じる気持ちで一杯だった。

 正直、打ちのめされすぎて胸が死ぬほど痛いわ——主に私と苔森の人間性の格の違いに。

 

 前世と今世あわせた時間、私と変わらないはずでしょ? 

 途中からとはいえ、一緒に同じ旅の空だったでしょ? 

 同じ内容の勉強を、アリエルさんや家庭教師から受けたはずでしょ? 

 なんでこんなに人間出来てるのよ、おかしいじゃない。

 

「なんでって言われても……そうだね……禁忌から無情な真実というものを知ったり、強欲という魂を喰らうスキルの業の深さを幾度も噛み締めたり、コケダマ達が私と一体化しているのも様々な要因があったとはいえ原因は私だから責任を感じているし、狭間の国にて出会った人々も実に多種多様な人達で見聞を広げるのにとても良い経験だったし……」

 

 ちょこんと小首を傾げながら、苔森が理由となりそうな事を次々答えていく。

 あぁ、もういいわ。

 止めて頂戴、お願いだから。

 

「……ごめんね」

 

 そーいうところよっ! 

 察するのも上手いとか、非の打ち所が無いじゃないっ! 

 思い当たる欠点なんて、一部の相手に対し過剰な男嫌い発症するとこくらいよ、あなた。

 ポティマスとか、ブロウとか、そんな奴に嫌悪マックスになる程度。

 

「はぁ、もういいわ。私、疲れたわ。色々と自分のことが馬鹿らしくなってきたし……」

 

 なんだか悩んでた事が、ある意味どうでも良くなってきたかも。

 つまるところ、私はまだまだ未熟ってことね、人としても吸血鬼としても。

 

 よくよく考えれば、経験値の量が違いすぎるのよ。

 この世界のレベル的なものではなく、積み重ねてきたありとあらゆる経験というものが。

 

 場数が違う、回数が違う、種類が違う、密度が違う——

 それじゃあ勝てないわ。

 当たり前の話よね。

 

「うん、よしっ。苔森のことを人生の先輩として見倣うわ」

「え? ならアリエルさんの方を見倣ったほうが……」

「いいのよ。あれはどっちかというと、孫に優しいお婆ちゃんポジだし」

「……まぁ、確かに」

 

 苔森は先輩。

 色んなことを少しだけ多く重ね、ほんの前を歩んでいる存在。

 背中を見ながら、足跡を学ぶべき相手。

 

 なら白は、私にとっての憧れ。

 嫉妬すら抱くほどの、遥かな頂きの存在。

 苔森との会話を盗み聞いて、実は割りと俗な内面だと知ったけれど、構わないわ。

 突き抜けた自我が、いっそ清々しいほどの結果を運んでくるのだから、憧れは無くならない。

 高みを目指して、憧憬として仰ぐべき相手よ。

 

 そう、ならばこそ——

 

 苔森のように、相手の機微が分かるような柔軟性と、

 白のように、確たる己はこれだと堂々振る舞えるように。

 

 改めて誓うわ。

 ソフィア・ケレン(わたし)は、ソフィア・ケレン(ワタシ)として相応しく生きる。

 そこに人とか吸血鬼とか、些細なことは気にしないし関係ない。

 (わたし)らしく世を弁え、そして吸血鬼(ワタシ)らしく心の思うがまま素直な自分で。

 

 周りに迷惑を掛けない程度で——

 ——好きなように、伸び伸びと。

 

 そう割り切ってしまえば、不思議と心は軽くなっていた。

 今までやたら悩んでいたのが、嘘みたいに霧散する。

 

 多少考えが吸血鬼よりの自覚はあるけど、まあこれも良し。

 血は吸いたいんだから、しょうがないもの。

 止めろと言われても、止められない。

 誰かが私を悪と謗ろうとも、知らないわ——これが私よと言い返してやる。

 

「ふふふっ、これからもよろしくね。小さな“先輩”っ」

「……立ち直ったみたいだけど、小さなってのは余計です!」

 

 くすくすと楽しげに喉を鳴らす。

 そうして私は——人で吸血鬼なソフィア・ケレンにと、確たる己になれたのだった。

 

 

 

 

「まあ、それはそれとして。後で迷惑掛けた人達に謝らないとね……特にフェルミナちゃんとか」

「え? 誰それ?」

「……」

「……」

「…………正座」

「なんでっ!?」

 

 日没してから次の日が昇るまで。

 この後、私が委員長ことフェルミナにやったことを余さず思い出すまで、散々お説教されたわ。

 つらひ……




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