まず最初に作戦が実行されたのは、オークン砦。
人族の補給部隊を洗脳し、ある荷物を紛れ込ませて砦の中へと送り込んだ。
その荷物は、生きたアノグラッチ。
復讐猿とも呼ばれる、同族を害した者を決して許さない、獰猛で恐ろしい魔物。
もしその魔物一匹でも殺したりでもすれば、群れ全体でその犯人を捨て身で殺しに来る。
結果的に、群れそのものが全滅することになっても。
「来た」
第二軍を率いる軍団長サーナトリアは布陣した丘の上から、砦と近くの山肌を見て呟いた。
そこには、山肌が動いていると錯覚するような夥しい数の魔物が砦へと殺到する光景だった。
岩雪崩のような魔物の群れの先端が今、砦の城壁に接触する。
「うまくいったわね」
「はい。全て抜かり無く」
サーナトリアとその副官は、遠く離れたオークン砦を眺めていた。
第二軍が見守る中、砦の壁に取り付いてよじ登るアノグラッチは、遂に内部へと侵入して人族と戦闘を開始していた。
もう、このオークン砦を巡る戦いは、初日にて趨勢が決していた。
オークン砦を征したのは、人族でも魔族でも無く、魔物であったが。
「ごめんなさいね、魔王様。私、あなたの思惑に素直に乗るつもりはないの」
憂鬱そうに気怠げに、けれど隠しきれない怯えを滲ませてサーナトリアは小さく呟く。
その脳裏には、生々しい赤の光景と湿っぽい水音の咀嚼音が刻み付けられて消えてくれない。
彼女は反乱軍に加担して見逃され、さらに失態を重ねてしまった臆病な裏切り者であったから。
「魔族としては間違っているのかもしれないけれど……。ノルマはきちんと達成するから見逃してくれないかしら」
彼女はただ何もせず動かず、復讐猿に蹂躙されていくオークン砦を眺め続けた。
ダーザロー砦。
オークン砦が魔の山脈に接した西の端であるように、ダーザロー砦は人族領と魔族領の境界線で東の果てにある砦だ。
その砦と魔族領の間には、小国の都市全てが収まりそうな超巨大な湖に繋がる川が流れており、流れる水に水深という天然の要害で、双方攻め難く守り易い地形となっていた。
そのダーザロー砦を攻めるのは、ヒュウイ率いる第六軍。
魔族の中でも若輩者であり年齢よりも幼い見た目をしているが、彼は魔族の中でも有数の魔法の使い手と言われていた。
そんなヒュウイが率いる第六軍は、軍団長の意向もあってか魔法師団とも呼べる、偏った編成をしている。
軍における魔法使いの役割は、対軍用の大魔法による敵軍の殲滅と、それを相手が使ってきた際の妨害にある。
広域に甚大な被害を齎す大魔法は、多数の敵兵を相手取る戦争において切り札となりえる。
一般的に大魔法と呼ばれるものは、中級上位にあたる広範囲殲滅魔法のことである。
これらを行使するためには、複数の魔法使いが連携というスキルを利用して負担を分散しながら発動する必要があり、人数を揃えた上で協力するのが必須である。
それだけの大規模な準備が必要な大魔法は、どうしても発動までに時間が掛かる上に膨大な魔力が漏れ出るため、すぐに発動しようとしていることが相手に察知されてしまう。
いかに自軍の大魔法を守り、敵軍の大魔法を潰すか。
それが戦争における魔法使いの駆け引きであり、その点では両軍とも互角だった。
味方の大魔法も発動出来なければ、相手の大魔法も発動させない。
そうなると地形も相まって遠距離から個人で発動可能な普通の魔法の撃ち合いとなり、魔法戦に特化した第六軍が有利になるはずだったが、一方的に被害を被っているのは魔族軍の方だった。
「クソッ!」
「ヒュウイ様、撤退を!」
ステータスに優れる魔族が人族と魔法を撃ち合えば、魔族の方が勝つ。
それが常識であったが、この戦場においては当て嵌まらない。
ダーザロー砦には人族最高の魔法使いロナント老と、その弟子たちが配属されており、奇しくも両軍共に最高の魔法師団同士の戦いだった。
そしてロナント老は、そんな常識など打ち捨てる新たな技術を持って戦場に立っていた。
魔力操作を鍛え上げれば、魔法の構築に手を加えて威力を上げられる。
これによって、魔法の理論は一変していた。
彼とその弟子たちは、下級の魔法の威力を底上げする技を磨き上げ、ただの下級の魔法の狙撃で次々と魔族軍の戦力を削っていた。
前時代的な運用法しか知らないヒュウイには、劣勢に追い込まれた盤面を覆せる方法はこれしか思いつかなかった。
「大魔法を使う。補助を」
「今大魔法を使っても無意味です! 撤退を!」
副官が反論するものの、ヒュウイは有無を言わせず威圧を放つ。
しかし周囲の誰一人として動くこと無く、その光景に激昂したヒュウイは地団駄を踏む。
「ひぇ?」
それが、魔族軍第六軍団長ヒュウイの最期の言葉となった。
第四軍が攻めるのは、ダーザロー砦から湖を挟んだ西側の対岸。
片方を湖に、片方を森で囲まれた戦場である。
片方が見通しの良く障害も無さそうな水場であるが、この水上を戦場とすることは無い。
なぜなら水中に潜む強力な魔物に、陸上に住む人族も魔族も敵わないのが当たり前だからだ。
船など出せば沈められるのが目に見えており、両軍ともに湖には侵入することは無い。
対して森側となると、大人数が行軍するのは適さないが、少人数を密かに迂回させ背後から襲撃するといった戦術が行えるので、両軍どちらとも厳重に警戒している領域である。
そんな地形の有利不利が存在しない場所を攻める第四軍を率いていたのは、魔族軍でありながら魔族では無い、吸血鬼のメラゾフィス。
一兵卒から成り上がり、ついには軍団長へと上り詰めた彼は、種族を隠した得体のしれない新参者であるにも関わらず、部下からは紛れもなく慕われ信頼されていた。
なにかにつけて昇進を繰り返し軍団長に指名されて収まっただけという彼本人の評価とは違い、実際はメラゾフィス以上に実力や統率力それに責任感を合わせ持っている存在は、他には第一軍の軍団長であるアーグナーしかいないと言えた。
そんなメラゾフィスが第四軍を率いて敵軍と対峙すると、手始めに城壁を崩すべく暗黒槍を構築して放つ。
上位の魔法をたった一人で、しかも過剰に魔力を注ぎ込むことで巨大化させ強化する方法を行使しているにも関わらず、暴発することもなく発射される。
それが炸裂すれば、城壁が完全に崩壊して乱戦に移行するかに思われたが、城壁の上から3つの迎撃が暗黒槍に向かったことにより、威力が減じて砦の壁一枚に大穴を空けるだけに留まった。
その結果に再度暗黒槍の構築を始めるメラゾフィス。
そこに向かって来る雷の斬撃、その向こうには人影が2つ。
この世界でも前世と同じ名前を名乗る彼と彼女の名は、クニヒコとアサカ。
彼の主人と同じ世界からやって来た、転生者だった。
「こんなところで会うなんてなあっ! メラゾフィスぅぅッ!!」
「……来たか」
神から目を掛けられた転生者と、非才を努力で埋めるだけの求道者が、今対峙した。
第八軍、それは軍と呼ぶには士気と忠誠心が荒んでおり、いかにも暴君と奴隷兵の集団と呼ぶのが正しい有様だった。
この第八軍の兵士たちは、寄せ集めで編成した集団である。
不正を働いた魔族の領主たち、その領地からの徴兵と私設軍を集めただけの軍団が、第八軍。
そんな集団だからこそ、士気は恐ろしく低く、叛意を持っている兵士も多い。
それを力尽くで従えているのが、第八軍の軍団長ラース。
隙を見せたら脱走兵が続出すると考えている彼は、逆らう気が起きないように圧倒的な力の差を示して来たが、それでも指揮能力の欠如から見縊られるのを気にしていた。
出来そうもない軍団の指揮であるなら、最初から指揮を放棄すればいい。
ラースが最終的に選んだ方法は、そんな単純明快なことだった。
自軍の背後には地雷剣を埋めて退路を潰したと通達し、それでも逃げ出すと言うのなら自ら直々に斬り捨てると宣言した。
そして彼自身は姿を隠しながら魔剣を投擲し、砦を破壊していた。
何処から飛んでくるのかわからず予兆も無い爆撃は人族が砦に籠城するのを諦めさせ、前進するしか選択肢を無くさせる。
追い立てるように魔剣を投射すれば、速度を上げて此方へと向かって来る。
そうなれば、あとは魔族軍と人族軍が正面衝突して乱戦になるだけだった。
もはや指揮なんて無意味、ただ目の前の敵を倒し殺すしか、生き残る道は何も無い泥沼の戦場となっていた。
軍団長のラースは、あえて人的被害が少ないように人族軍の後方へ魔剣を遠投し追い立てつつ、向かってきた敵兵を最小限の人数だけ切り捨てていた。
これは人族に同情して手心を加えている訳ではない。
むしろ逆、彼自身が人族軍を減らしすぎると魔族軍の被害が少なくなってしまうからだ。
やろうと思えば、ラース単騎で一方的に人族の軍勢を殲滅出来るけれど、それを行ってしまえば世界に捧げるエネルギーが少なくなってしまう。
だからこそ、双方被害を最大限にするという、まっとうな指揮官であれば戦術としては下の下としか言いようのない、戦い方を両軍に強いていると。
「むむむ! この覇気! 貴殿がこの魔族の軍を率いる長であるとお見受けする! 吾輩の名は、ニュドズ! 正々堂々と尋常に勝負いたせいッ!!」
鎧兜の隙間から皺の目立つ顔を覗かせる老騎士が、ラースの前に立ちはだかった。
この戦場にて誰よりも老いていそうなのに、誰よりも若々しく滾る老騎士は、一騎打ちをラースへ申し込んだ。
「……受けて立つ」
そして剣は交差し、1つの首が宙を舞うのだった。
クソリオン砦。
人族が境界線に建造した要塞の中でも特に堅牢であり、それに見合うだけの地勢的にも重要度が高い地点でもあるので、この砦を境に魔族領と人族領が分かたれていると言っても過言ではない。
他の砦が落とされようとも、この砦だけは絶対に死守しなければならない。
それほど重要であり、陥落すなわち人族が魔族に破れ去り侵攻を止められなかった事を意味するほど。
そのためクソリオン砦は、長年の魔族の侵攻を防ぎ続けてきた事により、時代を経るごとに拡張が続けられ、複数の分厚く長大な防壁が築かれている。
配備された兵も人族の中で精鋭と謳われる猛者ばかりで、一兵卒ですら油断することは出来ない強者しか存在しないと言われる。
そんな難攻不落の要塞を攻める魔族軍であるが、他の砦では1つの軍で攻略に当たっているのに対し、2つの軍団を投入していることからも、クソリオン砦の難しさが見て取れる。
訓練を積み重ねて高い練度と忠誠心を併せ持つ、正統派の第一軍と軍団長アーグナー。
彼らについて語れることは正統派すぎるが故に少なく、単純に軍という人の集団では魔族軍にて最高峰の軍団と言える。
それと共に轡を並べるのは第七軍と軍団長のブロウ。
第七軍は過去に反乱を起こした兵士たちで構成され、彼らは堅牢な要塞から敵を誘き出すため、使い捨て同然の餌の役目を与えられた囮である。
普段から魔王に反抗的な性格のブロウを利用し、元反乱軍である第七軍の軍団長にブロウを据えれば、自然と反乱分子は第七軍へと集まってくる。
それらが暴走して反旗を翻すも、抑えつけて制御されるのも、どちらでも良い。
最終的にはエネルギーにするのだから、いつ死んでも構わない。
少しでも有効的に使えるのであれば戦力として使い潰す、それが第七軍だった。
そしてブロウは見事に扱いづらい人員を纏め上げ、今この瞬間まで暴発することなく、戦場へと彼ら第七軍を前線へと駆り立てたのであった。
しかし愚直なまでに感情的なブロウだが、根は真面目であり情に厚い。
自軍を死地へ追いやる選択肢しか無いとしても、使い潰される兵士たちを案じ、その死を嘆くのを止められない。
「ブロウ。どうやら釣れたようだぞ」
「っ!」
態度も表情も取り繕えておらず不安が自身の部下にも伝播しかけていたブロウは、勢いよく顔を上げて雰囲気が変わる。
「準備せよ。……勇者のお出ましだ」
第七軍を無数に犠牲にして屍を積み上げつつクソリオン砦の城壁を1つ破ると、その向こうから魔族を蹴散らしながら現れたのは、人族の希望。
勇者ユリウスと、その仲間たち。
平地にて暴れまわる人の枠から外れた戦力に、戦場の空気が変わっていく。
魔族軍は、その暴威に恐れをなして震え上がり及び腰に。
人族軍の方は、勇者の活躍を見て士気が奮い立つ。
それを見て軍団長の二人は、大将自ら勇者を迎え撃ちに行く。
ブロウには、先程語ったような理由に加え、魔族の存続を懸けて退けない理由がある。
だが、第一軍のアーグナーにも退けない理由があった。
彼は関与の証拠を一切残していないが、裏から反乱軍を扇動しエルフと結託した過去があった。
それは魔王の排除を目的としたものだったが実現すること無く、魔王本人が動くことすらもなく鎮圧された事で、敗北を認めた彼は方針を一転させて魔王に従うようになった。
気持ちを入れ替えてからは魔王へと多大な貢献もしてきたが、一度裏切った事実は消えない。
アーグナーが自身の死も覚悟して戦場に赴くのは結局の所、全て自業自得によるものだった。
それでも彼が進むのは、やはり魔族の存続のため。
「俺は魔族軍第七軍団長ブロウ。勇者よ。いざ尋常に勝負っ!」
「勇者ユリウスだ。受けて立とう」
「儂もせっかくだから名乗っておこうか。儂は魔族軍第一軍団長アーグナー。推して参る」
広大な戦場の中心にて、人族と魔族の両雄が向かい合う。
この戦いは、お互いに種族を背負い存続を懸けた、小さき戦争。
退けない、勝つのは俺だっ!
退けない、勝つのは儂だ。
退けない、勝つのは僕だ!
同じ覚悟でありながら交わらない想いを胸に、彼らは激突した。
人魔大戦についての説明会なので、内容にはオリジナリティは無いですね。