ここは鬱蒼とした木々が生い茂る森の中。
人魔緩衝地帯と呼ばれる場所のうち最も範囲が広く身を隠しやすい領域にて、統一された白装束の集団が気配を殺して、身を潜めていた。
彼ら彼女らはフードを目深に被り、とある敵が情報に釣られて通過してくるのを待ち受けるため湿った土で汚れるのも構わずに森へと潜伏していた。
だが、それにしては白装束には汚れが見られない。
いや、そもそも森の中では目立ちそうな純白だというのに、そこに居ると知って目視しなければ気付けず見失ってしまいそうなほど、存在感というものが極限まで薄れていた。
この白装束の集団こそが、魔族軍第十軍。
彼ら彼女らは複数の部隊に別れて、副団長の手により砦と砦の間にある空白地帯と呼べる地域にそれぞれ転移をし、人族領から魔族領へと抜けてくる者がいないか警戒していた。
第十軍の任務は、魔族の大規模な侵攻に乗じて人魔緩衝地帯から逆侵攻してくる敵の殲滅。
他にも元から住んでいた人族の殲滅もあるが、ここを担当する部隊の仕事では無い。
「……なに?」
その部隊にて、中心人物と見られる二人の少女が険悪な空気を醸し出していた。
視線を向けたのがフェルミナ、向けられたのがソフィアという名の少女である。
「いいえ、なにも」
「あっそ」
彼女、フェルミナは思考を巡らせる。
元は魔族の名家だった彼女が、勘当された原因を作った人物であるソフィアについて考えると、憤懣やるかたない気持ちに陥ってしまう。
そのため仲良く話す仲では無いが、任務に支障をきたすほど反目しあう関係では無かった。
作戦行動中のため悪感情は横においておき、任務に集中する。
第十軍は、少数精鋭の超人部隊。
そのため実力で言えば、他の軍団にも引けを取らない、むしろ上回る部分が多々あると自負しているが、新たに発足してから年月があまり経っていないこと、少数精鋭であるが故に軍団としては人数が少ないことから、表舞台で活躍する機会が無かった。
そのような経歴の第十軍は、他の軍団には実態などが知られておらず、逆に隠すように情報統制してきたこともあり、諜報や暗殺などの裏方だけしか出来ない軍団と他から見做されている事に、軽く残念な気持ちを感じていた。
実際は、暗殺も熟すためには相応の実力が必要なように、普通の戦闘でも華々しい大戦果を上げられるだけの能力があるのだが、第十軍の性質上陰で戦うことが常だった。
そう、今回も。
だけど、ある意味ではこの戦場こそが一番重要な場所であることも理解していた。
だからこそ、彼女は待ち続ける。
敵が来るのを。
対して、ソフィアはというと。
戦争中であるにも関わらず血風吹き荒れる戦場では無く、こんな地味で退屈な森の中にいるのに苛立っていた。
しかも、嫌いな奴と一緒に隠れ潜んでいることにも。
自分がやった訳でも無く指示も出していないけれど、結果的に追放された原因となったことに、少しは責任も感じていて悪かったと反省する気持ちもあるけれど、それ以上に普段のフェルミナの態度に怒りを覚えることが非常に多かった。
追放騒動の事件後、それからすぐに彼女は白からお仕置きとして、ある呪いを刻まれた。
白に対してご主人様呼びを定着させる呪いと、命令一つで強制土下座させる呪いを。
さらに土下座の呪いは、白の気分次第で乱用されることが多々あり、その度に無様を晒す彼女を鼻で笑うフェルミナの行動に、毎回罪悪感なんて吹き飛ぶほど苛立つのがいつものことだった。
そして彼女は、折角久しぶりに思いっきり暴れられると考えていたのに、派手な戦場から離れて来るかどうかも不明な敵を待ち続けるという、忍耐力を試される役割の任務に就かされたことで、隠せそうにもない不満を募らせていた。
吸血鬼という生物の習性として吸血衝動の他に、戦闘欲求が駆り立てられるというものがある。
そして最近では、学園に閉じ込められていた事もあってか実戦を行う機会も少なく、たまの相手では弱すぎる雑魚か、圧倒的強者との戦いしか行えていなかった。
有象無象を蹂躙するのも、届かない高みに足掻くのも、どちらも燃え上がるけれど、ほぼ互角の相手との死闘つまり魔の山脈での鬼人との戦いと再戦のように、奥底から滾る戦いに飢えていた。
勝つか負けるか、それがわからない相手との命を削り合う戦いを制して、勝利した瞬間の気分はどれほどの味だろうか。
その機会は、たぶんもう二度と訪れないのでは無いのかと、憂いつつも。
ソフィアは思う。
早く来いと。
この憂鬱を晴らすため、八つ当たり出来る獲物が欲しいと叫ぶ心を握り潰し、待ち続ける。
敵が来るのを。
「……」
アイコンタクトと手信号が無音で飛び交う。
それに合わせて第十軍の全ての団員が戦闘態勢に移行した。
強化された聴覚によって足音を察知し、感知能力に優れた人員が敵の人数を伝達していく。
そして、息を潜めて深くまで進んで来るのを待つ。
あらゆる感知をすり抜ける技を訓練したこともあり、第十軍の存在は察知されること無く森へと溶け込んでいた。
唯一、目視での認識だけは防げないものの、隠密や隠蔽を駆使した状態の相手を視認するのは、簡単な事では無い。
そして気配を気取られないように視線は向けず、すぐ近くの場所を通り過ぎようとしている相手にも一切反応せずに、合図を待ち続ける。
静寂に満ちた森の中に、敵の足音だけが微かに響く。
敵の息遣いすら聞こえそうなほど沈黙を保ち続け、自分の心臓の音すら押し殺していると、待ちにまった合図が第十軍全員へと伝わってきた。
指に括り絡まる、目に見えないほど極細の糸が引っ張られたことによって。
無音のまま一斉に動き出す第十軍。
隠れていた場所から素早く飛び出し、敵が対処する間もなく攻撃を叩き込む。
完璧な奇襲が成立し、呆然としている敵が正気を取り戻す前に次々と追撃を与えていき、敵の数を減らしていく。
敵が対処へと身構える頃には相手に甚大な被害を齎しており、細い獣道しか無い森の中では隊列を長く取るしか進軍する方法がなく、その長く伸びた隊列を分断するように左右から襲撃したこともあってか、完全に軍としての機能を喪失し各個撃破されるだけの小集団へと引き裂いていた。
そうなれば、個の力で優れ罠を張っていた第十軍の方が圧倒的優勢で、事態が進み続ける。
しかし、全てが他人事のように冷静に対処してくる例外もいた。
「ポぉぉティぃぃマぁスぅぅぅっっ!!」
「ふむ。待ち伏せされていたか」
激昂して叫びながら大剣で斬りかかるソフィアに対峙しているのは、無表情で嫌な目付きをしているエルフの男。
今回の作戦において、最上位の討伐対象。
ポティマス・ハァイフェナス。
「武装の使用を許可する。やれ」
ポティマスが襲われているにも関わらず落ち着いた声で命令したことで、周りのエルフたちの身に変化が生じた。
あるものは手から銃身を、あるものは同じく手から光の刀身を出現させた。
しかし未知の武装に見えたそれも、第十軍には既知の武器でしか無く、それに対処する戦闘法を徹底的に教え込まれていた。
機械技術の産物を悉く防がれる予想外な結果に驚くエルフたちを、第十軍の団員たちは無慈悲に 反撃を加えて鏖殺していく。
「致し方ない。抗魔術結界は……」
渋い顔をしながら、コストの重さから使用を躊躇していた手札を切ろうとするポティマス。
だが、何も発動すること無く途中で言葉が途切れた。
「……いいところだったのに、邪魔しないでくれる?」
戦っていた相手が急に倒れた事に、文句を呟くソフィア。
その視線の先には、突如ポティマスの背後に現れて一切動くこと無く首を切断した白い少女。
彼女こそが、魔族軍第十軍団長にして彼ら彼女らの主。
白と呼ばれる存在である。
それとほぼ同時に、森がざわめく。
森の全域に隠されていた気配が一斉に活性化して、この場へと集まってくる。
だが第十軍の団員たちは、戦闘態勢へ移ることはない。
それは敵の襲来では無く、彼ら彼女らのもう一人の主の気配であるからだ。
白の隣に、苔で出来た人型としか言えないモノが形を成していく。
そして小柄な人間と同じくらいまで膨れ上がると、表面が崩れ落ち中から一人の少女が現れた。
もう一人の主、魔族軍第十軍副団長、そこでは苔とだけ名を呼ばれる存在だ。
森の中であるというのに、場違いなほど神々しくも悍ましい気配を纏う少女が二人。
二人は、第十軍の彼ら彼女らを見定めるように眺めながら、並び立った。
「任務完了です。ご主人様、副団長」
状況確認をすばやく終えたフェルミナが、二人へと跪く。
それに倣って、他の団員たちも姿勢を正して恭しく膝をついた。
変わらず立ったままなのは、二人と昔から知り合いであるソフィアだけである。
「……」
「ご苦労さま、みんな」
白は一瞥もせず、ただ首肯するだけ。
そして苔は静かな声で、任務に当たった皆を労うのであった。
「う、ぬぐぐぅぅ!」
目の前で土下座をさせられているソフィアちゃんを、憐憫の籠もった目で見つめる。
敵を横から奪われて不満気な態度を隠そうともしなかったソフィアちゃんは、奪った相手である白ちゃんを睨みつけるという不機嫌を買う行動を取ったために、現在強制的に地面に頭を擦り付けさせられていた。
「ふっ」
屈辱にプルプル震えるソフィアちゃんを見下して、フェルミナちゃんが鼻で笑う。
このような事が起きるのは良くあることで、些細なことでも白ちゃんは無理矢理に土下座させるので、もはや回数など数えていない。
舐めた態度を取ったからお仕置き。
反抗的な眼をしていたからお仕置き。
ただ機嫌が悪かったからお仕置き。
そんな暴論としか言いようのない理由で実行しているようなので、この横暴を止めるも私の仕事になっていた。
「《——解除》」
呪いの縛りから解き放たれたソフィアちゃんが苦々しい表情を浮かべて顔を上げる。
そして隣からは、勝手に掛けた命令を打ち消した私に対して、批難するような雰囲気を漂わせる白ちゃんの姿があった。
「やりすぎ、そして使いすぎ」
「……教育の一環」
私の苦言に、被害者のソフィアちゃんがもっと言えと目で訴えてくる。
それに対して、白ちゃんはどこ吹く風と聞く耳を持たないのが、毎回起きる一連の流れだった。
呪いの命令自体は解除出来るけど、呪い本体には私の知らない法則があるため、ソフィアちゃんを白ちゃんの暴虐から解放してあげることは出来なかった。
しかも、この呪いについて問い詰めても白状せず、わかった事は同じような解呪不可能の呪いを掛けるのは、二度と出来ないという事だけでしか無かった。
なので、助け舟は出すけれど完全には止められないと、ソフィアちゃんには見解を説明した時に謝っていた。
……最近の私は仲裁役ばかりで、そろそろ冗談じゃなくストレスで胃に穴が空きそう。
実際は擬態でしか無い臓器なので、胃にダメージなんて無いけれど。
「全団員に通達。楽にして」
空気を変えるために、指示を下す。
その一声で、跪いていた団員たちは立ち上がり姿勢を正したまま静聴の体勢となった。
そして未だ呻きを上げるソフィアちゃん以外は無言となる。
この異様なまでの忠誠心には毎回ちょっと引いてしまうけれど、それを見せないように押し殺し内側に仕舞って、追加の命令を説明する。
「最重要目標のポティマスを撃破したけれど、知っての通り彼は本体ではなく操り人形。なので、本命の部隊はたった今潰したけれど、再度侵攻してくる可能性もある」
といっても、もう周辺地域には怪しいエルフの影は確認されていないけれど。
「なので第十軍には、戦争終了まで人魔緩衝地帯にて待機。けれど、ローテーションは第一種から第二種に変更して、きちんと休息を取るように」
あまり長引かせない予定だけど、任務上隠密を重視しているため本格的な野営地を設営出来ない以上、疲労が溜まりやすいと思うので気をつけるように告げる。
「私たちは他にも仕事があるので再び離れるけれど、戦争終了時には回収に訪れるので、それまで任務に当たって欲しい。以上です」
そういい切ると、確認のため白ちゃんにも視線を向ける。
問題は無いようで、軽く頷いていた。
この通達は、別の場所に配置された第十軍にも、私の眷属を通じて伝わっているだろう。
一時的に視界を共有してみると、各地でも同様に真摯に聞き入っていた。
そして、私と白ちゃんは第十軍のみんなを残して、アリエルさんが居る魔王城の作戦司令室へと転移したのであった。
「なあ、お前らはどっちだ?」
「そりゃあ勿論、苔様だ」
「俺も」
「厳しい訓練の中でも、きちんと俺たちを見てくれる」
「あと優しいからな、……ほんと」
「みなまで言うなよ? 振りじゃないからな?」
「俺は……白様だ」
「マジか、……実は俺も」
「あの何考えているのかわからないミステリアスさが神々しい」
「そしてなにより、……顔と体が良い」
「「「「それな」」」」
「僕は、ソフィア一筋だ」
「「「「「黙ってろワルド」」」」」
「お前ら最近、僕への当たり強くない?」
この後、彼らがどうなったのか、神のみぞ知る。
あなたは、誰派?