【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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S1 追悼

 神父が棺のそばに立ち、祈りと鎮魂の言葉を朗読して唱える。

 それに合わせて、パイプオルガンのような楽器の音色が鎮魂歌を演奏していた。

 

 王城の中枢区画奥深くにある王族専用の厳かな礼拝堂にて、アナレイト王国第二王子ユリウス・ザガン・アナレイトの葬儀が行われていた。

 

「それでは、祈祷の儀を……」

 

 神父の言葉に合わせて俺は手を組み、祈りを捧げる。

 

 哀しみが、身体中に侵蝕していく。

 堪えきれず溢れた涙で、視界が滲み霞む。

 

 もう一度、兄様と出会いから今までのことの記憶を思い出す。

 

 俺の名前は、シュレイン・ザガン・アナレイト。

 この国の第四王子として、生を受けた転生者だ。

 

 側室の子供であり立場はあまり高くないけど、俺には同じ母親から生まれた誇れる兄がいた。

 それが、今棺の中で凍りつき、安らかな顔で眠るユリウス兄様だった。

 

 兄様と初めて顔を合わせたのは、まだ俺が赤ん坊だった頃の話だ。

 優しげな蒼い瞳をした少年が、お付きの人たちと一緒に育児室へとやって来た。

 その少年こそが兄様で、俺と腹違いの妹であるスーを見て、涙を零していた。

 

 何故涙を流していたのか俺にはわからないし、兄様の涙を見たのはその時で最後だった。

 まだその時の俺は、この世界の言葉を理解していなかったから、俺たちを見て兄様が何と呟いたのか、わからなかった。

 

 けど、兄様がその時、きっと何かを決意したんだと思う。

 後になってから、その日の前日に俺と兄様の実母が亡くなったことを知った。

 

 今身に着けている首巻きに思いを馳せる。

 白い帯地に魔物の翅が縫い付けられている、白と緑の首巻きだ。

 魔物の翅は、過去兄様が止めを刺した神話級とも言われる虫系の魔物から得たものだ。

 死してなお鮮やかな色彩を魅せる翅が、俺の背中を覆っている。

 そして、この白い布地のほうもタラテクトという魔物の糸で織られたもので、亡くなる少し前に母様が編んでくれたものらしい。

 これを編んだのが母様だと聞かされたけれど、正直ピンと来なかった。

 

 一度も俺は、母様に会ったことすら無いのだから。

 けど、兄様は違う。

 兄様にとって母様は、この上なく大事な人だったんだろう。

 幼い時に最愛の母親を失い、勇者として戦いに赴かなければならない。

 それは、一体どれほどの苦しみで、その中で兄様は一体何を決意していたんだろう。

 

「はじめまして。僕は君たちのお兄さんのユリウスだよ。こう見えても勇者なんだ」

「シュレインは賢いね。将来はいい政治家になれるかもしれない」

「シュレインには剣の才能もあるね。どうだい? 将来僕と一緒に行くかい? ああ、スーそんなに睨まないで。わかったよ、その時はスーも一緒にね」

「シュレイン。彼女が出来たんだって? しかもお互い渾名で呼び合ってるとか。僕もこれからはシュンって呼んでいいかい?」

「シュン。スーが可愛いのはわかるけど、甘やかしてばかりじゃダメだよ?」

「シュン、父上は優しい方だよ。けれど、父親である前に、王なんだ。この国を支える王としての責任を果たしているんだ。それを分かってくれないか?」

「シュン、何かあったらレストンを頼るといいよ。あいつはいつも王城にいるからね。僕ら家族の中で一番暇をしてるはずだし、すぐに相談に乗ってくれるよ」

「僕の師匠? あの人は人間じゃないよ。うん」

 

 シュン——、シュン————、シュン————————。

 

「勇者は、人族の希望。だから僕が負けることは無い。……絶対にね」

 

 ユリウス兄様との思い出が、溢れて止まらない。

 いつの記憶でも、包み込まれるような優しげな微笑みを浮かべていた。

 

「夢だって貶されてもいい。実現不可能な戯言だと笑われてもいい。けど、目指すことだけはしていいはずだ。平和でみんなが笑って暮らせる世界。僕はその理想を追い続ける。死ぬ時までね」

 

 かつて兄様が語った夢が、浮かんでくる。

 俺も大概甘いと思うし、他人からもよく言われる。

 けど、兄様ほど甘い理想は、思ったことすら無かった。

 

 俺の中では、勇者と言えばユリウス兄様ただ一人だ。

 その大きすぎる背中を見て、勉強してきたし努力もしてきた。

 けど、それでも兄様には届かないと思う。

 そんな半端な力と覚悟しか無い俺だけど、兄様が目指した夢を引き継いでいきたい。

 

 ユリウス兄様のようには、きっとなれないだろう。

 ステータスには、勇者の称号が確かに記載されている。

 学園にて世界の声が聞こえたあの日、兄様が死んで俺が次の勇者となった。

 

 けど、俺には勇者の称号は重すぎる。

 ユリウス兄様ほど純粋に、世界の平和なんて願えないし立ち向かう覚悟も無い。

 

 こんなものを兄様が背負っていたのかと、体が震える。

 今日までは、勇者の義務だからと半分流されるように過ごしてきた。

 

 けど、今日ユリウス兄様の最期の顔を見て、その半分も本物へと塗り替える決意が出来た。

 

 俺の理想はユリウス兄様だ。

 兄様が描いた夢を引き継いだだけの、借り物で偽物の勇者。

 最初は兄様の模倣でしか無いと思う。

 それでも、俺はユリウス兄様のように立派な生き方をしたい。

 

 そうした先が、きっと俺と兄様が夢見た理想を体現する、本物の勇者だから。

 

 

 隣に座っているカティアが、そっと俺の膝に手を添えたのを感じる。

 燃え盛るような真っ赤な髪が微かに揺れて、暗い喪服の肩に掛かっていた。

 彼女も俺と同じ転生者で、前世からの友達だ。

 

 この葬儀は身内である王族と、秘密を守れる重要な役職の人しか参列していない。

 そこに無理を通して、公爵家令嬢のカティアも参加出来るように捩じ込んで貰った。

 

 本当は先生にも来て欲しいと思ったが、さすがに自国の貴族でもない人を参加させるのは無理がありすぎたらしく、後で話を聞いたカティアからも、こっぴどく叱られてしまった。

 

「シュン。大丈夫ですか?」

「ああ。悪い、平気だ」

 

 囁くように声を潜めたカティアの心配に、大丈夫だと返事をする。

 そうだ、もう迷いは無い。

 

 俺は、勇者だ。

 この決意を曇らせないためにも、俺は兄様のような微笑みでカティアを見つめる。

 瞬間、目を丸くしたカティアの頬が赤みを増していった。

 

「そ、それなら良いですけど…………」

 

 顔を俯かせながら尻すぼみに小さくなっていく声に、俺は首を傾げながる。

 もしかして、なんか変な顔だったか? 

 やはり兄様のように、辛い時でも笑顔を浮かべるのは難しいか。

 

「それより、次の儀式ですわ。ほら、お立ちになって」

 

 周りを見れば黙祷を捧げる時は終わっていて、次は死者を送るための歌を斉唱するようだった。

 ゆっくりと俺も席から立ち上がる。

 

 荘厳な音楽が、礼拝堂に響き渡る。

 亡くなった人が神の御下へ行き、現世での偉業を讃えられ安寧を授かる、そして傷を癒やした魂が良き人生へと生まれ変わることを願う。

 そんな歌詞の賛美歌を、穏やかなメロディーの伴奏に合わせて歌い上げる。

 

 たしか生まれ変わりの概念は仏教とかインドあたりの宗教特有のものだったはず。

 だけど、この世界の最大宗教である神言教は西洋圏っぽい雰囲気だけど、教義や教えの中に転生について書かれており、神言をよく聞いた者ほど神の覚えめでたく、神から愛された魂であるほど世界に貢献した者として、次はより良い人生を送れるようになる。

 

 そんな事が、神言教の教典に書かれていたと思う。

 俺には神言も、ましてや神についてもわからない。

 けど、きっとユリウス兄様なら生まれ変わったとしても、その清廉な魂で次の人生でも人助けをしている筈だ。

 もしそんな事があれば、生まれ変わった兄様は俺を見てどう思うだろう。

 

 こんなのが勇者だなんて、幻滅するだろうか。

 いや、きっと違うはずだ。

 違ってなくちゃならない。

 俺が憧れた兄様の背中を、今度は俺が背負う番だ。

 

 肩に流した首巻きこそが、誓いの証明。

 もう迷ったりはしない。

 

 

 美しくも切ない賛美歌が終わり、神父が最後の祈祷を行った後、献花の儀に移った。

 

 俺も花を両手で持ち、順番を待つ。 

 一番最初に花を捧げた父上が、席で涙を拭っているのが目に映った。

 目の周りを赤く腫らしながらも、嗚咽一つすら上げていない。

 そして威風堂々とした姿勢のまま、微笑みを保っていた。

 

 式の途中というのもあるだろうけど、王としてこれ以上威厳を失った姿は見せられない。

 その覚悟と責務が、瞳に力強く宿っていた。

 

 父上の王としての姿。

 その強さを知ったのは、ごく最近だ。

 俺には真似できないと思ったけれど、今ならわかる気がする。

 

 一緒なんだ。

 背負っているものがあるから、決して折れないし逃げないという事が。

 ときには重すぎて潰れてしまいそうになるけれど、それが支えとなるんだって。

 

 父上には、王としての誇りが。

 俺には、兄様の理想が、背中に伸し掛かっている。

 

 棺の前に立つ。

 遺体を腐敗から保護するための魔道具から冷気が出続けている関係か、周囲の気温が低く思わず身震いしてしまいそうだけど堪える。

 

 ユリウス兄様の顔が、視界に映る。

 血の気の抜けた白い肌。

 そこに傷は一見して何処にも見当たらず、本当にただ眠っているだけのように見えてしまう。

 

 けど、もうこれが魂の抜けた遺体なのだと、鍛え上げたスキルが残酷に真実を告げる。

 

 また、涙が溢れて視界が滲む。

 でも泣いちゃダメだ。

 

 奥歯を噛み締め、微笑みのまま献花台に花を添える。

 そしてユリウス兄様に黙祷を捧げ、背を向ける。

 

 兄様、まだこんなちっぽけな俺だけど、勇者として認めてくれますか? 

 

 その答えは、聞こえない。

 けど、何処にあるかはハッキリ理解した。

 

 今、俺の胸に宿った熱こそが、答えなんだって。

 

 

 

 

 

 

 葬儀は粛々と進み、ユリウス兄様は王家の墓地へと埋葬された。

 

 そこには俺は参加せず、王城の面会室にて待機していた。

 

「すまない、待たせたか?」

「いえ、構いません。ハイリンスさん」

 

 埋葬の告別式にも参加したハイリンスさんは、時間がかかった事を謝罪した。

 その姿は、記憶にあるよりも痩せこけ憔悴しているように見える。

 

「無理を言って時間を作って欲しいと頼んだのは俺の方なんですから、謝るのは俺の方ですよ」

「だが、しかしな……」

 

 なおも言葉を続けようとするハイリンスの肩を掴んで、姿勢を正させる。

 それに驚いた表情を浮かべるハイリンスの目を見て、俺は宣言する。

 

「ハイリンスさん。いや、勇者の仲間ハイリンス・クオート」

 

 力強く、想いを込めて告げる。

 

「俺は、ユリウス兄様じゃない。けど、兄様みたいな立派な勇者になりたい! こんな弱くて偽物の勇者だけど、俺を守って導いて欲しい」

 

 ハイリンスさんが王国に帰ってきて初めて面会した日の再現だ。

 だけど、頼み込むのは俺からだ。

 

「シュン……」

「ユリウス兄様が歩いてきた世界を、俺に教えてくれ」

 

 そして手を差し出す。

 差し出されたから掴むんじゃない。

 俺から手を差し伸べるのが、勇者だ。

 

「……変わったな、シュン。…………こちらこそ改めて、よろしく頼む」

 

 あの日の焼き直しのように、堅い握手を交わす。

 借り物でも背負い続ければ、いつか本物に。

 上書きされた勇者の覚悟は、俺の中にしっかり灯っているのだから。

 

 

 俺は、ハイリンスさんに力が欲しいと告げた。

 すると、ユリウス兄様が師匠と呼ぶ人から受けた修行法を教えてもらった。

 

 正直、頭おかしいとしか言いようのない拷問じみた内容だったけれど、説明の上ではこの上なく理に適っているという、何とも言えない感情が浮かんだのは悪くないはずだ。

 

「その首巻きをしているなら、耐えられるはずだ。自動回復の特性が付いているし、死にかけても持ち主を守ってくれる力がある」

「……それでも兄様は、死んだんですよね」

 

 この首巻きが、とんでもない効果を複数持った国宝級の装備になっているのは、この国では俺とハイリンスさんしか知らない事だ。

 効果を知られて永遠に国庫に仕舞われてしまう前に、俺に手渡してくれたことに感謝しかない。

 

「ユリウスでも、敵わない圧倒的な力がある。それだけは憶えておいてくれ」

 

 兄様を倒した相手は、ハイリンスさんも詳しくはわからないらしい。

 上空に悍ましい気配が膨れ上がったかと思うと、次の瞬間には意識を失っていた。

 そして目が覚めたら、ハイリンスさん以外の人が全員死んでいるのが見えたと。

 意識を失う直前に見えた空に浮かぶ影の形は、小柄な髪の長い少女のようだったという。

 

 ハイリンスさんでも何をされたのか一切わからないまま、戦場にいた全ての人たちを外傷も無く皆殺しにした。

 そんな規格外の存在が、魔族軍に居る。

 もしかしたら、それが魔王なのかもしれない。

 俺が立ち向かうべき相手の強大さと恐ろしさに、背筋が凍りつきそうだ。

 でも、立ち止まらない。

 

「……そうだな、ならこれも渡しておこう」

 

 そう言ってハイリンスさんが渡してきたのは、汚れが多少目立つ頑丈そうな袋。

 

「ユリウスの他の遺品だ。外に出すと不味い魔剣とか薬とかを隠してた。内緒にしてくれよ?」

「ありがとう。たしかに受け取りました」

 

 兄様の力。

 その欠片を、俺は受け取った。

 

 戦いは、避けられない。

 それは必然だと、俺は直感していたんだと思う。

 

 兄様を殺した相手は、許せないと今も思う。

 でも、力が無ければ、ただ泣くことしか出来ない。

 哀しみを拭って、希望を灯す。

 

 先生、ごめん。

 

 俺、強くなりたい。

 兄様の仇を取りたいという気持ちに嘘はつけないし、兄様の夢のためにも強さがいる。

 

 兄様の理想に、俺の全てで殉じたいんだ。

 

 光の声が呼んでいる。

 そっと胸に押し当てた手から、熱い鼓動が響き渡るのを感じた。




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