【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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学園と暗躍
43 反省会議


「……」

「……」

「……」

 

 陰鬱な空気が、部屋に充満する。

 それを象徴するかのように窓からの陽射しが途切れ、薄暗い闇が室内を覆い尽くす。

 ここに集った誰もが表情に影を落とし、重苦しい気配を滲ませていた。

 

 つい先程までは、魔族軍を実質的に統括しているバルト卿や、第九軍団長の黒ことギュリエさんも居たけれど、今この部屋には私と白ちゃんにアリエルさんだけが同じテーブルに着き同じ戦場の俯瞰図を見ながら、静かに思い詰めていた。

 

 頬杖ついて顎を乗せるアリエルさんが指で机を叩く音だけが、静寂の中で響いている。

 そして一際大きな音を立ててカツンと指を叩きつけると、重々しくアリエルさんが溜息を吐いてから話し始めた。

 

「……何事も、上手くいかないもんだね」

「……うん」

「そうですね……」

 

 今回私たちが引き起こした戦争で、最大目的が達成出来なかったのが非常に痛い事実となって、精神が潰されるかのように伸し掛かっていた。

 複数ある目的のうち幾つかは達成したけれど、それでも戦争を起こした上での成果としては少なすぎる結果に終わってしまった。

 

 魔族軍と人族軍を争わせ莫大な死者を積み上げてエネルギーを確保する目的は、それなりに満足出来る目標値を達成し、ギリギリではあるもののシステム解体時に星の再生が可能になる範囲まで増やすことが出来た。

 けれど、あくまで最低限のエネルギーしかシステムには貯蓄されていないので、余裕を持たせて星の再生をするなら、もう少し確保しておきたい程度の心許無い量だった。

 

 その過程で魔族軍にも犠牲になる重要な人員や軍団長についても想定していたけれど、予想した以上に有能な人員が最期まで諦めずに戦い散っていった。

 

「軍団長の戦死者は、ヒュウイ、ブロウ、アーグナーか」

 

 アリエルさんが、今回の戦争で死亡した軍団長の名前を順番に挙げる。

 無茶な戦術に加え相手が悪かった第六軍の軍団長ヒュウイは仕方ないとは言え、アーグナー卿やブロウなどクソリオン砦を攻めていた人員の殆どが全滅していた。

 まあ、幹部級の人員が最期まで戦って死んだのはともかく、一般兵士が壊滅したのは私が原因と言えるけれど。

 

「なんでアーグナーとブロウの二人、回収しなかったの?」

 

 アリエルさんが、不機嫌さを滲ませて私と白ちゃんに問う。

 それを疑問に思う事は当然で、やろうと思えば戦闘に介入して逃げる隙や時間を作り出せたし、白ちゃんなら強制的に転移で連れ帰る事も可能だったから。

 

「私には、彼らの最期の輝きを穢すのは、侵しがたいものに見えたから……。あれを穢したら二度と元には戻らないシミとなりそうで」

 

 魂が濁ってしまう。

 命や肉体は守る事が出来ても、精神や魂を傷つけてしまえば、消えない蟠りが永遠に残り続けてしまう、そう思ってしまった。

 

「……白ちゃんは?」

「信念」

「ん?」

「だから信念。アーグナーもブロウも、命を懸けて戦った、死ぬ覚悟で。それを邪魔するのは無粋だった」

 

 そう言い切ると、白ちゃんは口を噤んだ。

 突き放すかのようなドライな言い方だったけれど、それが白ちゃんの中で最大級の賛辞だと理解出来る重さが、台詞に込められていた。

 

「……そっか」

 

 表情を和らげて小さく呟くアリエルさんは、それ以上追求してくる事は無く、ただ犠牲になった人を悼むかのように少し瞼を閉じた。

 

「まあ、彼らの事は置いとこう。それより、コケちゃんに聞きたいことがあるんだけど? なんで生き残ってた一般兵士まで巻き込んで勇者を殺したの?」

「うっ……」

 

 アーグナー卿もブロウも死亡して戦場の空気が人族軍側に傾いたけれど、それでも戦意を失っていない兵士たちが仇討ちだと立ち向かうのもいれば、撤退しだす兵士たちもいた。

 それを無視して無差別即死魔術を展開したのは、勇者を逃さないという目的の為だったけれど、他にもあのように巻き込むのが避けられない形でしか発動出来ないという理由だった。

 

「あれは数人程度なら例外にして効果対象から外せるけれど、そんなに細かく制御出来る魔術では無いから魔族軍だけ生き残らせるとかは、流石に無理です……一応、撤退する魔族軍はあまり巻き込まないよう気を付けてはいたんですよ」

 

 だからこそ事前に知っていたギュリエさんの分体は効果対象から除外し、勇者ユリウスの遺体と勇者剣の処理を任せた訳でもあった。

 アーグナー卿やブロウが生き残っていたら、魔術を使う前に回収して安全圏まで撤退させてから発動させていたはずである。

 それでも第一軍のアーグナー卿の側近まで巻き込んだのは後になって少しだけ後悔したけれど、アーグナー卿はともかく側近の顔や魂までは詳しく知らなかったので除外出来ない結果に終わったはずだと思う。

 

「それなら仕方ない……となると思った? 第七軍はともかく第一軍が欠落したのは再編に大きな支障が出てくるねー。まあ実際に苦労するのはバルトなんだけどさ」

 

 今回の戦争の後も軍を使った作戦が計画されているので、人手が減ったのは多少痛い事に変わりはない、けれど……

 

「酷な言い方だけど、一部の軍を除いて魔族軍は包囲網の為の肉壁だから別にいいんじゃない?」

「……白ちゃん。たしかに、そうだけどさぁ」

 

 軽く頭を掻き毟ったアリエルさんは長い溜息をつくと、パチンと手を打ち鳴らし切り替えた。

 

「よし! もうこの話は止めよう! 次行こ、次」

「ん」

「じゃあ次は……、勇者剣についてで」

 

 勇者剣という物が、どんな危険物なのかは全員知っている。

 あのDさんがシステムに用意した、神さえ殺せる神剣。

 

 それを無駄撃ちさせるために、クイーンタラテクトを模した白ちゃんの分体が勇者と戦闘した訳だったけれど、結局使うこと無く自力だけで勝ってしまった。

 そうなっては改めて勇者剣を抜かせる事は難しいし、無理して私や白ちゃんの本体で相手すれば死ぬ可能性があるので危険の方が大きい。

 私の眷属で相手した場合も、魂を回収する前に消滅されかねないので同様。

 

「んで、勇者剣は?」

「勇者ユリウスの遺体と共に、ギュリエさんの分体が回収したはず」

 

 あるべき場所に戻すと戦争前にギュリエさんは言っていたので、担い手を失った勇者剣が私たちの前に再び現れる事は、もう無いはず。

 

「そっかそか。……じゃあ次は白ちゃんに質問ね?」

 

 白ちゃんが、ギクリと体を強張らせる。

 それは、指摘されてほしくない何かがあるのだと、言外に示していた。

 

「システムへの干渉に失敗。その結果、勇者の称号を廃止出来ずに終わった、ねぇ?」

「うぐっ」

 

 バツの悪そうな雰囲気を漂わせる白ちゃん。

 少し顔を逸らすその反応は、不本意な結果に終わったことを悔いているようだった。

 

 対勇者の作戦途中で私と白ちゃんが別行動していたのは、勇者を殺害する実行役と、システムをハッキングして称号の機能解体あるいは封印して廃止させる役割を、各自で分担して実行する計画だったから。

 

 そのため、私が勇者の殺害に移る時には白ちゃんはシステム中枢に待機していて、勇者の称号が空位になった瞬間に干渉していたはずだった。

 タイミングを合わせて勇者を殺害したのに、それでも失敗したのは何故なのか、白ちゃんに問い詰める。

 

「あーそのー、これには訳があってですねー」

「…………訳って?」

 

 言いにくそうに、しどろもどろになりながら白ちゃんは答えた。

 そして、ときどきアリエルさんの方を気にしながら、話し始める。

 

「勇者が死んだ瞬間、たしかにシステムに干渉したんだよ。けどさー…………、その途中で邪魔が入ったというか、何と言うか……」

「邪魔って、何?」

 

 煮え切らない態度を続ける白ちゃんに対し、燻る気持ちを抑えて根気強く続きを待つ。

 

「システムの防衛機構が働いて対処に手間取り、失敗しました。すみませんでしたっ!」

「……詳しく教えて」

 

 事によっては、今後の計画に差し障る内容だと理解し、深く耳を傾ける。

 そうして聞き出した情報は、やはり一筋縄ではいかないのだと深く痛感する内容だった。

 

 十二人の真っ黒な人影、ソフィアちゃんやラースくんクラスの強者がシステムの防衛機構として配備されていたこと。

 人影を排除しようとすると広範囲高威力の攻撃ではシステムを巻き込む恐れがあるから使えないこと、そのため攻撃範囲を制御可能な空間遮断でしか攻撃出来ず持久戦になったこと。

 なんとか時間を掛けて排除しようとしたが、応戦中のほんの数分間で次の勇者が任命されていたので、撤退を選択してきたということ。

 

 そして今は、システム中枢から全ての分体なども引き上げたので、人影も消えていることなどを時間を掛けて聞き出した。

 

「……次は、慎重に調べてから事に当たろう」

「だねー。……んん? 魔王、どっかした?」

 

 アリエルさんの方を見ると、目を大きく見開いて驚きとも呆然ともつかないような、そんな魂の抜けた表情を浮かべて、固まっていた。

 そして突然、瞳を潤ませながらポツリと呟き始めた。

 

「……あは、あははは。そっか、そこに居たんだね。クラくん、ナタリーちゃん、■■■ちゃん、■■■■くん、それに……………………、院長も、フォドゥーイも……ははっ」

 

 手のひらで顔を覆い、天井を見上げるアリエルさん。

 乾いた笑い声を数秒上げ続けると、穏やかな雰囲気でこちらに向き直る。

 

「……知り合い?」

 

 短い白ちゃんの問いかけに、アリエルさんは唇を軽く歪ませて答えた。

 

「私がおばあちゃんだっていうのは知ってるよね? システム稼働初期からずっと生き続けている生き証人だっていうことも」

 

 その問いかけに、私と白ちゃんは頷く。

 

「だからさ、初代支配者のみんなとも、顔見知りだったんだよ……」

 

 段々と語気に力強さが無くなっていくアリエルさん。

 

「それって、つまり……」

「そうだよ。白ちゃんが戦ったのは、その初代支配者のコピー、いや影法師ってとこかな」

 

 そうなると、数が少し合わないけれど……

 

「でも、支配者は全部で十四人ですよね? 一人はアリエルさんで……」

「もう一人は、ポティマス。節制は一度死んでから転生だし、最初のダスティンが登録されているんじゃないかな」

 

 一度も代替わりしていない支配者スキルだから、人影が存在していない。

 つまりは、そういう事らしい。

 

「もし、暴食が代替わりしていたら……」

「そんときは、私のコピーが居たかもねー。あはは」

 

 ただでさえ強くて面倒臭い相手に、今のアリエルさんが追加されるとなると、難易度が桁違いに跳ね上がりそうだと思った。

 

「……死ぬなよ?」

「やだなー、白ちゃん。私が死ぬはず無いでしょ? …………今はまだ、ね」

 

 白ちゃんの言葉に、明るく戯けた調子で返事をするアリエルさん。

 けれど、最後に小さく呟いた台詞に、言いようのない陰が滲んでいた。

 

「取り敢えず、対処法は追々考えていきませんか? アリエルさん、その人たちの能力や戦闘方法について知っている事はありますか?」

「おぉー、勿論。記録のスキルが無かったら忘れているほど昔の話だけど、問題無いよ」

「じゃあ、後で教えて下さい」

「おけー」

 

 一先ず、防衛機構そのものについては一段落ついた。

 その次の話題は……

 

「ってことは、どっかでもう新しい勇者が生まれているってことだよね? で、それが……」

「転生者の山田君に、勇者の称号がいった……」

「今は、シュレインくん。ですね」

 

 全員して、同時に盛大な溜息をついた。

 

 勇者が代替わりしたのは、まだ許せる。

 今回は失敗したけれど、次代の勇者が無関係の現地人だった場合、もう一度チャンスがあった。

 だから次代の勇者が現れても、アリエルさんに辿り着く前に身動き出来ないようにすることで、ゆっくりと次の策を練って再び称号廃止が出来るはずだった。

 

 その甘い考えを嘲笑うかのように、勇者の称号は殺すことが出来ない転生者に渡っていた。

 

 いや、転生者の殺害に反対しているのは白ちゃんの方だけである。

 私の場合は、気は進まないけれど必要なら仕方ないと割り切り殺傷も辞さない考えで、この手でユリウスを殺害した以上、弟だろうが転生者だろうが止める理由にはならない。

 

 だけど白ちゃんは、転生者は出来るだけ生かしておきたいという理由があるらしいので、それに合わせた結果、次の勇者シュレインは監視するに留めていた。

 

 私も、積極的に殺したい訳では無いし、後回しにするなら反対はしない。

 

 システムからエネルギーを引き出して力の差を補い、魔王を倒せるようになるという機能は厄介だけど、そもそも勇者が魔王と直接対峙しなければ効果を発揮しないのだから。

 だから極論、学園から出さなければ問題は無いと言えるので。

 

 それはそれとして、生かしておきたいのに非道は実行する白ちゃんの考えがわからない……

 脳裏に過ぎった白ちゃんの所業を思い出してしまったことで、僅かに気力が削げる。

 

「監視は順調?」

「うん、勿論ですよ。ダズドルディア大陸は広いので一部は白ちゃんに任せていますけど、学園の状況は今も把握しています」

 

 監視などの能力は白ちゃんの方が得意だけど、私でも同じことは出来る。

 そして、いくら何でも二つの大陸全部を白ちゃん一人で担当するのは大変らしいので、それぞれ大陸ごとに担当地域を分けていた。

 

 魔族領と帝国があるカサナガラ大陸、それにダズドルディア大陸の辺境地域は白ちゃんが。

 聖アレイウス教国とアナレイト王国があるダズドルディア大陸の大国は私が担当していた。

 

 なんでわざわざ距離が遠いダズドルディア大陸の方を私が担当しているのかは、単純な理由。

 白ちゃんに、細かい人間関係を操作しないといけない暗躍なんて、出来ないからである。

 

 あぁ……、本当に、あの時は酷すぎると思った……

 

 そうして、私はアナレイト王国の学園での暗躍について振り返り始めた。




クラ・ナタリー is 誰?
web版 登場人物紹介その2
2022/06/13:加筆修正。
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