【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

74 / 146
44 回想録:敗北者の慟哭

 851年 人魔大戦が勃発する5年前。

 アナレイト王国王立学園、王族・高位貴族専用寮。

 

 

「いつかあいつのもの全てを奪ってやる! 俺が奪われたのと同じようになぁ!」

 

 窓から差す月明かりだけが照らす、薄暗い部屋の中。

 粉々に割れた鏡や、壁に直接突き立てられた剣などが散乱している。

 

「待ってろよ! あいつが大切にしてるもの、全部ぶっ壊してやる! その上で泣き叫ぶあのクソアマを笑いながらグチャグチャに犯してやる!」

 

 そして部屋を壊し続けながら喚き散らす、黒髪金眼の目付きの悪い少年が居た。

 目の前で暴れまわる彼も転生者の一人で、今は10歳頃なはずなのに背丈や肩幅などがガッチリしており、かなり大柄な体格をしている。

 

 その少年の名前は、ユーゴー・バン・レングザンド。

 前世での名前は夏目健吾で、男子の中心人物だったけれど我儘な性格かつ歯に衣着せぬ物言いで嫌われることもあれば、裏表の無い性格だと評価される側面もある、人によって好悪が凄く両極端になる人物だったと記憶している。

 

 私としては、あまり好きではないけれど、そこまで悪い人では無い、そう思っていたのに……

 

「待ってろよ! 俺はこの世界を取り戻してやるっ!」

 

 あまりにも不快な台詞に、隠密の効果が解けそうになる。

 多分今の私は、無表情になって目が死んでいるだろうと思いながらも、隣の白ちゃんを見る。

 

 何故私と白ちゃんがここに居るのかは、白ちゃんから聞いたアナレイト王国の学園で起きた事件によるものだった。

 

 魔族領での反乱未遂事件から数年。

 その頃になると、白ちゃんの分体情報網は大陸全土まで広がっていた。

 中には転生者が集まっているという、アナレイト王国王立学園にも手を伸ばしていた。

 

 そこで、課外授業中の事故に見せかけたアナレイト第四王子殺害未遂が発生した。

 襲われた第四王子も実は転生者で、そちらの前世は山田俊輔くん。

 計画を主導した犯人は、さっき話題にしたユーゴー。

 

 細かい経緯や原因については省くとして、その事件でユーゴーは力を失い、逆恨みに近い憎悪を滾らせているのを白ちゃんは発見して、利用することにしたらしい。

 

 そのため私と白ちゃん二人が、別大陸の学園まで転移して出向いた訳だけど……

 本当に、彼を引き入れるの……? 

 

 荒れに荒れまくり聞くに堪えない声を撒き散らす人物が、本当に役に立つのか疑問に思いつつ、白ちゃんが注意を惹けと指で指示しているので、その通りにする。

 

「……こんばんは、ユーゴー・バン・レングザンド」

「誰だ!?」

 

 勢いよく振り返るユーゴー。

 突然部屋に現れた私たち……いや、白ちゃんは再度転移し姿を隠しているので、突然現れた私を見て驚愕の表情を貼り付けていた。

 

「それとも、こう言った方が良いですか? 夏目健吾くん」

「お前……。いや、その顔、見たことあるような……」

 

 怪訝な顔で、部屋の陰に居る私を見つめてくる。

 それに合わせて私は、ゆっくりと被っている魔女帽を取り、胸の前に抱えた。

 

「まさか、転生者か? その顔、クラスメイトに似た奴が居たのを憶えてるぞ。チビのあいつだ。だが、なんで前世と顔が同じなんだ?」

 

 私が誰なのか理解したようだけど、どうやら名前までは憶えていないらしい。

 同じクラスメイトと言えど、あまり接点も無い関係だったから、忘れていても不思議じゃないと思った。

 

 だけど、チビ呼ばわりされるのは、事実だったとしても許せない。

 そう内心で思っていると、突然ユーゴーの背後に音もなく現れる白ちゃん。

 

 背後から一切声を上げられないように右手で口を塞ぐと、体を糸で縛り上げて動きを封じる。

 そしてユーゴーの頭部側面に左手を添えて押さえつけた。

 

 ユーゴーの左耳に突き刺された白ちゃんの指の表面に何かが動いている。

 それは、小指の先ほどの小さな蜘蛛で、それがそのまま耳の中へと……

 

「ストォォープッ!!」

 

 制止の大声に、ビクリと体が跳ねる白ちゃん。

 それから数秒後、ユーゴーの左耳から転がり落ちてきた極小の白蜘蛛。

 赤い液体が頭胸部に付着していることから、かなり際どい所まで侵入しかけていたようだった。

 

 耳から何かが脳へと入り込む恐怖からか、意識が完全に飛んで気絶したユーゴーが床に受け身も取れずに倒れ込むと、私は白ちゃんに掴みかかる。

 

「何しているのさっ!?」

「ちょーと、電波受信するように……」

 

 それは、洗脳でしょう!? 

 そのやり方には賛成できないと食って掛かると、白ちゃんは言う。

 

「でもさー、沢山ぶっ殺しておいて今更ねー」

 

 全く悪びれた様子の無い白ちゃんに、何かが切れる音がした。

 

「それでも! 私は殺しなどの非道を行っても、外道に堕ちたつもりは無いっ!!」

 

 魂を侵す外法を得意としていても、生まれ変わり体が魔物の肉体になったとしても、人の心まで完全に捨てた憶えは無い。

 人と怪物の境界線は、ちっぽけな自戒と理性でしか区切られていないのだから、それを踏み越えてしまっては、私は人では無くなる。

 

 狂気に呑まれて正気を失い、魔物の本能に塗り潰された事もあった。

 知らず識らずのうちに、精神汚染で記憶を忘却しかけていた事もあった。

 それらを乗り越える度に、私の精神と怪物の在り方との線引きが明確になっていった。

 

 強欲によって魂を奪い取り、私の糧にした事もあった。

 だけど、記憶や意思などは抹消してから取り込んだ。

 それは私自身が他人の一生分の記憶を受け止められないという理由もあったけれど、殺した相手の魂を真っ新にする事が一種の供養だと思ったからである。

 

 そんな風に、私の中では越えてはならない一線があり、洗脳という行為は許せない内容だった。

 けれどそれは私がそう思っているだけであり白ちゃんには一切何も関係無い話だけど、目の前でそんな事をされては黙っている事は出来なかった。

 

「そのやり方は認められない。私は徹底的に反対するよ、白ちゃん」

「……」

 

 白ちゃんは無言のまま、私を見つめ返してくる。

 その目には、理解出来ないと何故反対するのかわからないと、戸惑いが浮かんでいた。

 

 そのまま二人して、口を噤んだまま睨み合う。

 私が右手を構えるのと同時に、白ちゃんの瞼が開く。

 

 一触即発な空気が高まり張り詰めていく中、部屋の外から魔力の高まりを感じた。

 

 この部屋を監視していたらしい見張りが気絶させられていき、一つの気配が扉の前に立つ。

 ゆっくりと開けられた扉から姿を表したのは、水色の髪をした少女だった。

 

「あなたたち、誰?」

 

 不快さを滲ませて睨む少女の瞳は、勇者ユリウスよりも色味が薄いけれど透き通る蒼で、どこか似たような面影があるように感じた。

 私はその特徴から、彼女がユリウスの異母妹スーレシアだと理解した。

 

 かなり剣呑な気配が漏れ出ているスーレシアの様子に警戒を高めると、彼女は人外などの例外を除いた中では上位に食い込める精度で魔法を構築して、水の槍が宙に浮かび灰色の霧が部屋に充満していく。

 

「水流魔法と……、呪怨魔法? 《散れ——》」

 

 私や白ちゃん相手では、そもそも普段から維持している耐性や抵抗力を突破出来ないので効果は無いけれど、背後のユーゴーが巻き込まれれば命の危機に陥るので術式ごと吹き飛ばす。

 

 狙いを私に変えて、襲い掛かってくるスーレシア。

 右手の擬態を一時的に解いて、腕の振りと同時に微細な苔を空気中に飛ばす。

 魔法を使われると面倒なので、神龍結界や神霊苔に乱魔の鱗粉などのスキル術式を混ぜ合わせて再現した疑似抗魔術結界を、今散らした苔を基点にして部屋内に展開した。

    テスモポロス  

「《哀しみ呪う冬の大地——》」

 

 何故か魔術の設計が完了した瞬間、自然と術名が脳裏に浮かび上がり例の怪しげな本と合わせて使う事で効果が劇的に上昇した謎多き術式だけど、性能は折り紙付きである。

 

 体の力が抜け、脚を縺れさせるスーレシア。

 空間内での魔術発動が困難になり生命力を枯らしていく領域に囚われた彼女は、手に握った短剣を突き刺そうとした勢いのまま、私の目の前に倒れ込んだ。

 そして、この領域の主だけは影響を受けずに魔術を行使可能である。

 なので——

 

「《眠れ——》」

 

 プツリと糸が切れたように、眠りに落ちたスーレシア。

 眠っているというのに、幼い顔付きが背筋が凍りそうなほどの憎悪で歪んでいて、正直何でここまで殺意が高かったのか見当がつかない。

 

 無力化に成功したので、私は疑似抗魔術結界を解除した。

 圧倒的に有利な環境を作り出せるこの魔術は、その効果の高さに比例してエネルギー消費も無視出来ない負担が掛かるので、常時展開には向いていない。

 それに、この魔術も同格以上では効果が薄くて、完全には魔術を阻害出来ないという欠点も。

 実際に白ちゃん相手で試した時、強引に妨害を空間魔術で上書きされ転移で逃げられたので。

 

 手早くスーレシアを糸で拘束していく白ちゃん。

 それを見て、私は言う。

 

「そっちの説得は任せる。ただし洗脳は無しだからね」

「え゛えっ!?」

 

 心底嫌そうな顔をする白ちゃん。

 そっちのスーレシアに関する事情について私は知らないし、頭が痛くなる出来事の連続に苛立ちを抑えるのも限界に近かったので、せめて一人くらいは自分で何とかしろと突き放して、私自身はユーゴーの元に向かう。

 

 背後で慌てふためく白ちゃんを無視して、私はユーゴーを叩き起こす。

 ついでに血が流れ続けていた耳も治療しておいた。

 

「うぅ……、何だよ……はっ!?」

「目は覚めましたか?」

「お前!? ッゥ、頭いてぇぇ……」

 

 まだ治しきれていなかったのか、頭を押さえるユーゴーに再度治療魔術を掛けていく。

 痛みが引いて話を聞ける状態になったと思うので、会話を再開する。

 

「それじゃあ、話を聞いてくれる?」

「お前……」

「苔森」

「は?」

「苔森 真理。今はコケとだけ名乗る事が多いけれど」

「……おう。たしかそんな名前だったな、おーけー思い出した」

 

 怪訝な顔をしているけれど、平静を取り戻したように見えるユーゴー。

 

「にしても、向こうのは若葉さんか? はは、夢ん中でも美人だな」

「……うん?」

 

 突然、変な事を言うユーゴー。

 まだ完全に正気に戻った訳では無いと、私は感じた。

 

「若葉さんと苔森さんって、なんか接点あったか? まあ、別にいいか、どうせ全部夢だ」

 

 どこか虚ろな目のまま、ユーゴーは一人で語り続ける。

 

「畜生……、山田のやつばっか楽しそうで、なんで俺だけこんなに虚しい思いしてんだ。俺の周りには、どいつもコイツも碌でもないやつしかいねぇ……。俺はッ! 一成がいなきゃ、俺はダメなやつなんだよ」

 

 蹲って、薄ら笑いを浮かべている。

 

「なあ出てこいよ、一成。夢なんだろ? そろそろお前の顔が見てぇよ……」

 

 そう言って、ユーゴーは口を閉ざした。

 私も、その内容を聞いて沈黙してしまう。

 

 背後では、短い悲鳴が断続的に上がっているけれど、そっちは無視して考える。

 

 夢か……

 全てが夢であれば、どれほど良かっただろう。

 

 いつもどおり学校に通って、退屈な授業を聞きながら勉強をしていたはず。

 卒業したら、早くお母さんを楽にするために就職しているかな? 

 それとも進学を勧められて大学に通っているかな? 

 

 そのどれもが、今では夢の話となってしまった。

 戸籍も無い、向こうでは死んだ人となっている自分では、得られないモノ。

 

 一度瞼を閉じて、気持ちを落ち着かせる。

 どんなに苦しくても逃避しても、この世界は紛れもなく現実である。

 

 それをユーゴーに理解させるには、どうすればいいのか。

 私は思考を巡らせる。

 それを考えている時、ユーゴーの手が伸ばされた。

 

「ははっ、無様だな、俺。ほんと笑える。……なあ、お前でいい、俺を慰めてくれよ」

 

 ユーゴーの手が、私の頬を掴もうと近づく。

 その手が触れる寸前、私はユーゴーを突き飛ばした。

 

「っぅ……、いってぇぇ。何すんだよ!? 大人しく受け入れろ!!」

「ふざけるなっ!!」

 

 怒りのまま叫ぶ。

 最近の募りに募ったストレスにも着火して鬱憤が膨れ上がる。

 色々考えていた事が全部吹き飛び、感情のまま短絡的で最も効果的な方法が浮かんだ。

 

「うるせえぇッ! この世界は、俺のためのものだろ? なんで、上手くいかないッ」

「この世界は、夢じゃない。それを直接教えてあげる」

 

 私は、ユーゴーの頭を掴んだ。

 指の間から見えた目には、何かを恐れるような怯えの色が見えた。

 

「管理者権限、私のエネルギーを対価に——」

「やめ、やめろぉぉ!?」

「禁忌インストール」

 

 いつか来る逃れられない宿命と共に、付与されたシステムに干渉出来る正式な鍵。

 その力を使って、ユーゴーにこの世界の真実を叩き込む。

 

 出来ることは、そんなに多くは無いしリスクもある。

 けれど、それを忘れてしまうほど、ユーゴーの態度には腹が立っていた。

 

「あ、がっ……」

 

 苦しげな声を上げて、再び気絶するユーゴー。

 崩れ落ちた姿を眺めつつ、私は酷く痛む脇腹の鈍痛を感じて少し後悔していた。

 

 また、残り時間が減ってしまった。

 私自身のエネルギーを使ったから代償は少なく、期間にして二週間程度だけど、私がシステムに捧げられるまでの猶予期間が短くなった。

 

 管理者権限を使うことの代償は残り時間の減少という、目に見える形で脳裏に示されている。

 禁忌のメニューみたいに、私はシステムと繋がる機能を一部だけなら閲覧して使える。

 

 それを開いても禁忌のような気持ち悪さは無いけれど、刻一刻とカウントを減らしていく時間に気が滅入りそうになる事はある。

 そこに並ぶ機能には、システムの状態やMAエネルギーの貯蓄残量なども確認出来るので、それだけなら特に対価も無く閲覧可能だった。

 けれど、システムに干渉しようとすれば数字の減りが恐ろしい速度で加速しだすので、私自身がシステムに干渉するのは、出来るだけ避けるようにしていた。

 

 機能を読み解き魔術の構築を調べる事は出来ても、私が直接システムに触れる事は出来ない。

 そんな事をすれば、問答無用でシステムに引き寄せられてしまう。

 

 そういう予感がしているので、システムをどうにかする役割は白ちゃんにお願いしていた。

 今はまだ、システムについて私たちは何もわかっていないけれど。

 いつかは、きっと、白ちゃんが見つけてくれると信じて託していた。

 

「……コケちゃん、使ったね?」

「…………ごめん」

 

 背後に立っていた白ちゃんに、私は謝る。

 

 管理者権限は、出来るだけ使わない。

 それが、システム中枢から帰ってきた後に約束した話だった。

 

 約束を破ってしまった事を反省しながら、私は振り向く。

 表情は変わっていないのに、静かに怒っていますと感じられる雰囲気を纏う白ちゃんに、思わず顔を下げてしまう。

 

「てい」

「あたっ」

 

 軽くデコピンされる。

 少しだけ頭を揺さぶられて、額を右手で擦る。

 

「もう、使わない。いいね?」

「……はい」

 

 罰がこれだけだということに、少し切なくなる。

 白ちゃんが普段ソフィアちゃんにしているような苛烈な罰の方が楽だと思えるような、深い後悔の気持ちが胸を襲った。

 

「ならよし。時間は?」

「大丈夫、あまり減ってはいないから」

 

 そこまで問題になるほど、代償は重くなかったと説明する。

 視線を向こうに向けると、石抱の刑に処されているスーレシアの姿があった。

 なにやら完全にトリップして兄様兄様と延々演説をしていて、周囲の状況には一切目もくれずに喋り続けていた。

 

「白ちゃん、あれは?」

「あー、多分大丈夫。山田くんをダシにしたら釣れた。で、ああなった」

「……うん、全くわからないよ、白ちゃん」

 

 後で細かく聞かないと、わからないだろうなと思いながら、視線を外す。

 

 こんな事が立て続けに起きる中、暗躍もしなければならない。

 その事実に内心で溜息をつきながら、私は白ちゃんに提案をした。

 

「白ちゃん、これらの学園での暗躍諸々、出来る?」

「……無理!」

「はぁ……、胸張って言うことじゃ無いよ」

 

 眉間を指で押さえる。

 ふぅーと大きく息を吐きだして、続ける。

 

「ここに連れてきたの、私に学園任せるためでしょう? じゃあするよ。代わりに軍はフェルミナちゃんとかに仕事引き継いで欲しいけれど」

「もちのロン!」

 

 それは、前半後半どっちの意味だろうか。

 出来るだけ余計な事は考えないように、思考を切り替えていく。

 

 そうして、私はアナレイト王国での活動を始めたのであった。




原作ブレイク開始。なので、エルフの里編がさらに遠のく……
原作での勇者パーティについて、こうすると良かったのではという内容や指摘は活動報告にて。
用意しておきました。
本文とは関係無いけれど、コケちゃんのイメージについて聞きたい今日此頃。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。