【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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45 回想録:帝国の皇子

 場所は変わらず、学園の寮。

 盗聴や監視対策を改めて施し、室内の状況について一切把握できないようにした部屋の中。

 

 あの一夜から数日が経過し、勢いで無理矢理与えてしまった禁忌について受け止める時間が必要だと思い、時々様子を見に来ながら学園と王都に眷属での情報網を構築していた。

 その禁忌を与えた相手であるユーゴーは、ソファに座り込んだまま思考に没頭していた。

 

「情報の整理は出来た?」

「……いや、まだ飲み込みきれねぇ」

 

 目元にクマが浮かび始めているユーゴーは、倦怠感を滲ませる動きで顔を上げた。

 

「にしても、この嫌な感じ。どうにかなんねぇのか? 贖え、贖え、うるせえし、おかげでロクに寝れやしねぇ」

「……ごめん、それは無くせない。でも少しだけなら軽減出来るから、今はそれで」

「そうかよ。……あぁ、少し静かになったわ」

 

 固まった体を解すように肩を回すユーゴー。

 その雰囲気は、最初に会った時の粗暴な気配とは大きく変わって、影を滲ませ憂いを含んだものへと一変していた。

 

「外道耐性を上げれば少し楽になるから、上げるために必要な物を次は持ってくるよ」

「……なあ、こんなもの俺に見せて、何がしたいんだ?」

 

 静かに問いを投げかけられた。

 それに何と答えるか、少し考える。

 

 元々は、此方の学園で使える手駒を確保するという理由で、白ちゃんに連れられて来たけれど、今では……

 

「真実を知ってほしかった、からかな」

 

 心の奥底から淀んだ気持ちを吐き出す。

 

「この世界が、後が無いほど追い詰められていて滅びの危機に瀕している。決して都合の良い夢幻では無いのだと、寝ても覚めても変わることの無い現実なのだと、知ってほしかったから」

 

 禁忌の内容は、今でも思い出せる。

 列挙された罪の歴史に、人とは、これ程まで愚かになれるのだと思った。

 それが歴史の授業で習うような文字や数字の羅列ではなく、実感を持った知識として叩き込まれ知ることになるのだから、目を逸らすのは難しい。

 

 本来無関係の転生者だろうと、自分には関係無い他人事であると切り捨てる事は出来ない内容。

 それが禁忌。

 

「そんな事のためにか?」

「割と大事なことだよ」

 

 そう言えば一部、記載されていない歯抜けの情報もあったはずだから、それについて補足も必要だと思った。

 まあ、知識については目的からすれば、おまけである。 

 本当に知ってほしかったのは……

 

「荒療治だったけれど、おかげで目が覚めたでしょう?」

「……ああ。その通りだよ、クソがッ!」

 

 盛大に悪態をつくユーゴー。

 その背中には、驕りに満ちた態度も酔い痴れている夢遊病のような気配も無く、ただごく普通の一人の少年のように見えた。

 

 椅子を持ってきて対面に置く。

 背に腕を回して長い髪を纏めて掬い、毛先を膝に乗せて座る。

 その様子を、ユーゴーは横目で見ていた。

 

「にしても、お前ほんとに苔森か? キャラ違いすぎんだろ」

 

 ボソッと彼は呟く。

 

「なんかこう……、もっと普通な、ってもアレか……多少は変なヤツだったけどよ。少なくとも、そんな死んだ目なんかしてなかったはずだ」

 

 僅かに顔を顰める。

 自分の変化については、本当に元の自分から変わってしまったと強く実感している。

 怒りっぽくなったし、転生前の日本にいた頃の笑い方なんて、今は出来そうに無い。

 

「そういうユーゴーも、何あの態度は? まるで自分が世界の中心みたいな馬鹿みたいな事」

 

 今どき不良ですら、あんな態度は取らないのではと思える口の悪さだった。

 不快さやムカつきは、近頃の記憶ではダントツであり、今でも少し怒りは治まっていない。

 

「馬鹿とは何だよ?」

「言葉通りの意味だよ。あれは馬鹿としか言いようがない」

 

 苛立ちのまま、お互い鋭い言葉で罵り合う。

 正面から堂々と、飾りっ気の無い本音の言葉をぶつけ合った。

 白熱した勢いで双方同時に立ち上がって椅子を蹴飛ばし、正面から睨み合う。

 

「テメェ……。何様のつもりだよ、チビ」

「ストッパーのいないユーゴーなんて、大馬鹿野郎のクズ以外に何があると言うのさ?」

「あ゛?」

「んん?」

 

 低い声で、威圧し合う。

 この程度の圧なんて、初めて魔物と相対した時にすら及ばない。

 どちらもスキルや魔術に頼らない素の状態で、視線をバチバチとぶつけ合っていた。

 

「……はは、はははははははっ!」

 

 突然、ユーゴーが笑い出す。

 急な変化に目を丸くしていると、段々と声が小さく掠れていき自嘲しているかのような笑い方になっていく。

 そして最後には泣いているような呻き声へと変わった。

 

「……ぁあ、そうだな。俺はクズだ、一成がいなければ俺は、ドンドン悪い方に行っちまう」

 

 手のひらで顔を覆い、歪に唇を釣り上げてユーゴーは静かに笑う。

 指の隙間から、雫が流れて落ちて伝っていく。

 

「久々だよ、こんな避けもせず真っ直ぐぶつかって来るヤツ。素の俺を出せたの、いつぶりだろうなぁ……」

 

 荒っぽく、ユーゴーは目元を擦る。

 袖口で雫を拭った後に見えた瞳は、曇りが抜けて穏やかな光を湛えていた。

 

 ゆっくりと近すぎた距離を離していく。

 ユーゴーは蹴倒したソファを元に戻して腰を下ろすと、私に問いかけてきた。

 

「なあ、一成について何か知ってるか?」

 

 その質問に、私は答えを持ち合わせていなかった。

 

「ごめん、桜崎くんについては何も知らない。生きているのか、死んでいるのかも」

 

 白ちゃんから聞いた情報にも、少ないながら自分で調べた情報にも、桜崎一成らしき転生者の事は一切入って来てはいなかった。

 転生者は基本的に見た目や容姿では判別出来ないので、鑑定などが使えない今では見つけるのが困難だと、以前白ちゃんが愚痴を言っていたのを憶えている。

 

「そうか……」

 

 重く息を吐きながら、ユーゴーは短く呟いた。

 

「先生には? 何故か先生は転生者について詳しく知っているみたいだけど、そこからは?」

 

 情報を集めていく内に、誘拐事件や野盗被害が私たちがこの世界に転生してきた時期から数年後に頻発していて、その裏にエルフがいた事がわかっている。

 それらの事件が転生者を集めるために画策されたものだと推察していて、転生者についての情報をエルフに流したのが先生である可能性が極めて高い。

 どうして転生者の正確な位置情報を先生が知ることが出来たのか未だ不明だけど、わかっているのは先生が転生者を集めてエルフの里に匿っているという事実。

 

 エルフの裏の顔を許せない私たち魔王陣営とはいずれ対立するとはいえ、今ならまだ学園にいて疲労を癒やしている先生から聞き出せる事はあるのではないかと、提案をする。

 

「岡ちゃんか……。前に、一成のこと聞いてもはぐらかされたしなぁ」

 

 遠い目をして答えるユーゴー。

 僅かに漏れた気配から、その答えに全然納得していないのだと感じた。

 

「なら、今聞きに行こうか」

「は? いやでもよ、俺軟禁中だぜ? 下手に外に出られねぇんだけど」

 

 呆れた表情で顔を上げて、こっちを見てくる。

 だけど、私は大真面目に考えて、そう提案していた。

 

「聞けるのが、今しか無さそうだから提案しているんだよ。どうにも、学園から去るつもりみたいなんだよね、先生」

 

 連絡員らしき外部のエルフと会う回数が増え、そこから盗み聞きした内容からエルフの里に一時帰還するようだと情報を掴んでいた。

 

「だから、話を聞けるのは今だけだと思う」

「俺は……」

「…………予想、ついているんでしょう?」

 

 酷だと思いつつ、核心を突いた質問を投げかける。

 先生が教えなかった。

 それは、私でも真実が何なのか思い当たってしまうのだから、当人が気付いていない訳が無い。

 

 私自身は隠れて話を聞こうと思う。

 今はまだ、顔を見せる訳にはいかないし。

 下手に情報を与えて、先生が今後予定している魔族と人族の戦争に参加されたら困るので、極力私の姿は見せないようにしなければならない。

 

 私は手の上に、最小サイズのコケダマを召喚する。

 大きさは、大体テニスボールより少し小さいくらいだと思う。

 

「これを適当なポケットに入れておいて。そうすれば私も聞こえているから」

「顔見せらんないって、どういう事だよ?」

 

 ユーゴーは訝しげにコケダマを受け取ると、一見しただけでは苔の塊にしか見えないので様々な角度から目を細めて観察していた。

 

「こっちにも理由があるので。私たちに付いて来るなら詳しく教えていくよ」

 

 目が合ったのか急に仰け反り、手からコケダマを落としそうになり慌ててキャッチしていた。

 多少手荒に扱っても傷一つ付かない防御力を与えているので、怪我の心配はしていないけれど、その扱いに少しハラハラしてしまう。

 少し辛抱して欲しいと、ユーゴーに渡したコケダマに念話を送った。

 

「おっと……。へえ? どうせ無理矢理連れて行くんじゃないかって思ってたぜ?」

 

 皮肉げにユーゴーは嘯く。

 どうせ俺の話なんて聞きやしないんだろうと、煙のような不信と疑惑の感情が、顔にありありと浮かんでいた。

 

 どのみち、一度は来てもらう事になる。

 だけど、そこからどうするのかは本人の意思に依る。

 

 私たちに付いて行けないと言うなら、監視は付けるけれど帝国なり何処にでも送り帰す。

 けれど、もし最後まで聞いた上で、私たちと共に来ると言うなら……

 

「まずは、先生から話を聞きに行こう」

 

 手を差し出す。

 それをユーゴーは一巡考え込む仕草を見せてから、力強く私の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 日が傾き、陰が色濃くなる黄昏時、学園の裏門。

 

 人気がなくなった狭い道を、幼いとも言える小柄なエルフが旅装を纏って歩いていた。

 彼女はこれから、学園の外に待機しているエルフの一団と合流し、一度エルフの里に寄った後、里で保護している転生者の様子を確認してから、魔族領に囚われている生徒を救う糸口を掴むため隣接する帝国に赴く予定だった。

 もっとも、そう思っているのは彼女だけなのだが。

 

 彼女が気配を殺して裏門に近づいた時、建物の陰から目の前に人影が立ち塞がった。

 

「よお、岡ちゃん」

「夏目くんっ……、何故君が此処に。君は今、謹慎中の筈では」

 

 夕日に照らし出された人物は、彼女がステータスを低くしスキルを剥奪した相手だった。

 まさか昨日今日で復讐かと身構えるものの、当の相手は自然体のまま殺気すら感じられない。

 

「そんなの、どうでもいいだろ」

 

 平坦に、彼は言う。

 

「なあ、岡ちゃん。最後に教えてくれよ。一成は……、一成は何処だ?」

 

 感情の籠もっていない、押し殺した声が響く。

 その問いに、彼女は迷う。

 真実を教えていいのかと。

 

「あいつは、もう……、いねぇのか?」

 

 偽りは許さないと、鋭い眼光が彼女を見詰める。

 その雰囲気に、彼女は重い口を開く。

 

「桜崎一成くんは……、もう亡くなっています」

 

 言ってしまってから、彼女は後悔する。

 この感じ、まさかと、悪い予感だけが脳裏に浮かびだす。

 

「そっか、ありがとよ。センセ」

 

 答えを聞いた彼は、数秒噛み締めるように口を閉ざすと、朗らかに笑って返事をした。

 邪気も憤慨も一切無い、悲しげな笑顔で。

 

「じゃあな」

「夏目くん!!」

 

 再び建物の陰に消える彼を、一瞬遅れてから彼女は追い掛ける。

 しかし、視界に映ったのは誰もいない石畳だけだった。

 

 彼女は急いで自分のスキルを見る。

 そこには起きる時間も変わらないまま『スキルを剥奪され死亡』の文字が浮かんでいた。

 その事に、彼女は喜べない。

 今ナニカ、大事なことを間違えたのでは無いのかと、不安が消えてくれないから。

 

 

 

 

 

 

 学園を遠くから見下ろせる山の中腹に、彼は居た。

 隣に大きな帽子で顔を隠した髪の長い少女が立っており、その少女が問う。

 

「本当にいいの?」

「ああ、このままじゃダメだ。こんな俺じゃ、一成に顔向けできねぇ」

 

 赤く腫らした目元を更に強く擦ることで酷く悪化するのも気にせず、彼は宣言する。

 

「俺を連れて行ってくれ。禁忌なんてもの俺に押し付けられる程だ、色々知っているんだろう? 何するか知らねぇが、このまま立ち止まっていられねぇんだよ」

 

 目の前の木の幹に、拳を叩きつけるユーゴー。

 ステータスが失われた体では皮膚が破けて血が流れるけれど、欠片も気に留めていない。

 

「後で、お墓を作ろうか」

 

 私は風に溶かし込むかのように、静かに言う

 

「中身の無いお墓だけど、区切りをつけるには必要だと思う」

「……そうだな。ウジウジしてたら、この馬鹿野郎って怒られちまうな、一成に」

 

 ゆっくりと振り返るユーゴー。

 その瞳には、力強い輝きが燃え盛っていた。

 

「いくか」

「それじゃあ……、行こうか」

 

 この日、アナレイト王国の学園から帝国の皇子は忽然と姿を消した。

 少なからず騒動は起きたが帝国からの抗議は不思議な事に一切無く、事件は有耶無耶のまま闇に葬られた。

 同時期にエルフの留学生、フィリメス・ハァイフェナスもヒッソリと姿を消した。

 

 それらを知った学園に通う転生者たちに動揺が走ったが、彼ら彼女らには本当の真実を知る術を持ち合わせていなかった。

 

 疑問を持ちつつも、勉学に励む転生者たち。

 その影にて蠢く者たちが、静かに罠を張る。

 

 

「この力が使えれば兄様を……くッ」

「使わせる訳ないでしょう? 苔森の指示よ、諦めなさい」

 

 

「第十軍はどう?」

「正直、何度死ぬかと思ったが……。前よりもっと強い力を手に入れた、そして知識もな」

「……本当に、するのですか?」

「おう。山田のやつに、今はシュレインか、現実ってもんを教えに行くぜ。あと負けたままってのも性に合わんしな」

「やりすぎないでね……」

「わーってるよ。今の俺の力と、あいつとの差はヤベーくらいに開いてんの理解してっから。あのソフィアくらい強くねぇと相手になんなくて近頃退屈なんだぜ?」

「崩壊しないように調整するのが大変面倒な事、本当にわかっていますか?」

「頼りにしてっぜー」

「はぁぁ……。嫌いなタイプのはず、だったのだけどなぁ」

 

 かくて、二人の王子は再び対峙することになる。

 

 あの時は一方的な逆恨み。

 今は、どんな気持ちを抱いて向かい合うのか。

 

 それは本人のみぞ知る。




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