「悪いな、シュン。ちょっと死んでくれ」
目の前のユーゴーは、そんな事を宣った。
歪に歪められ歯を剥き出しにした口と、冷めたような無感情の目が、俺を見下す。
俺は、震える膝に鞭打って立ち上がる。
口腔内に溜まった血を床に吐き出して、治療魔法を自分に掛ける。
その俺の動きを、怜悧な目のまま見逃し続けるユーゴー。
こいつ、遊んでいるのか……?
一見隙だらけに見えるけれど、あの速度からすれば後手でも対応可能なのだろう。
だから俺が回復しても問題無いと、余裕ぶっているんだと思う。
「ユーゴー。わざわざ正体を明かすな」
「あ? ……命令すんな、目的が合うから協力してるだけだ。それを忘れんじゃねぇぞ」
ユーゴーは長剣の切っ先を、サイリス兄様に向ける。
首元に突きつけられた刃に怯むサイリス兄様と、サイリス兄様の護衛らしい甲冑騎士の過半数がユーゴーに武器を向ける。
それをつまらなそうに危機感なんて覚えていないかのように、無感情に見るユーゴー。
沈黙が数秒、過ぎていく。
「そこまでよ」
短く、血の通っていないかのようなゾッとする声が聞こえた。
騎士たちの間を縫いユーゴーの横に立ったのは、俺と同じ歳くらいの少女だった。
死人のような白い肌に鮮血のような色の瞳を輝かせる、童話の世界から飛び出してきた王女様と言われても不思議じゃない、儚げで妖しい美貌の少女。
「…………ちっ、わーったよ、ソフィア」
剣を下ろすユーゴー。
そして儚げな見た目を裏切るような、あまりにも禍々しい気配を纏う少女の片腕には、見知った青い髪の少女が気を失って抱えられていた。
「スー!?」
「おっと、動かない方が良いぜ? なにせ、お前の妹は……人質、だからな」
「ユーゴー、きさっ、まぁぁ!」
怒りで視界が赤く染まったと錯覚する。
それほどの激情が内側で燃え盛り、負傷を無視して立ち上がる。
「おいおい、膝が震えてるぜ? 座ってろよ」
こいつら何の目的でスーを!? それにサイリス兄様との関係は?
「気になるか? 俺たちの目的。こっちのお兄様は王座が欲しい。んで、俺たちはシュン、お前が邪魔だから排除したい。両者共に同じ目的だって訳だ」
俺の視線に気付いたユーゴーが答える。
怪我を多少治して呼吸が安定するようになり、俺は問い返す。
「な、んで……。次の王は、サイリス兄様のはずだ」
「ところがな? あの王様は次期国王にお前を指名しようと画策していたんだよ。お前が勇者だと公表される前に次期国王と発表してしまえば、勇者として戦場に気軽に赴く事も出来なくなるって考えさ」
「そんな下らん事で、この私の王座が奪われて堪るかッ!!」
淡々としたユーゴーの言葉に思わず噴出して叫び上げる、サイリス兄様の苦渋に満ちた慟哭。
その叫びは、いつの間にか新たに張り巡らせていた空気の壁で、部屋の外には聞こえないようにされていた。
行使したであろう術者の姿は、見えない。
ユーゴーが魔法を発動させた様子は無く、ソフィアと呼ばれた少女も何か魔法を使ったようには見えなかった。
「弱えぇなぁ、シュン。そんなものか? 勇者ってのは。これなら前の勇者の方がマシだぜ?」
「ッ! お前に、兄様の何がわかるッ!!」
唐突に投げ掛けられたユーゴーの煽り文句に、思わず反応してしまう。
俺が俺じゃないかのような激情で、気が狂いそうになる。
スーを人質にしても飽き足らず、兄様の事まで持ち出されては、僅かな平静も保てそうに無い。
「前の勇者は、それはもう凄え男だったぜ? 最期まで諦めず戦ってたさ。だがよ、それに比べてお前は何だ? 俺を追放して満足か? そんなものなのか? 勇者の弟さんよ」
ふざけるなッ! 俺は、俺はァッ!!
「ユゥゥゴォォオオォッ!!」
血反吐を溢しながら、ユーゴーに殴り掛かる。
激痛も無視して放った一撃は、いとも容易く片手で受け止められていた。
「はんッ」
そのまま片手で、俺の体重など存在しないかのように投げ飛ばされる。
投げ飛ばす時に握り潰された拳から、粉々に砕かれた骨が突き出ていた。
「やる気あんのか、お前? そんなんじゃ、誰も救えねぇぞ。人も、世界も」
取るに足らない雑魚だと面倒な相手に絡まれたと言わんばかりな、見下しきった苦笑を浮かべるユーゴーは、長剣を弄びながら余裕の態度を崩さない。
イカれた関節を嵌め直し、ユーゴーを鑑定する。
けど……
《鑑定が妨害されました》
「あ? ……あぁ、鑑定か。こうすりゃ見れんだろ。そんで絶望しろ、シュン」
返ってきた結果に驚いているとユーゴーは俺が何をしたのか見抜き、態々鑑定を妨害するスキルか何かを解除して、自身を鑑定しろと俺に勧めてくる。
ユーゴーは、自身の速度に付いてこれず壊れた甲冑の板金を剥がしてガントレットを外した。
「ユーゴー、何のつもりだ。さっさと殺せ」
「いいだろう? もうちょっと付き合えよ。それとも、お優しい兄様は弟が甚振られるのがお気に召しませんか?」
「ふんっ、勝手にしろ」
痺れを切らしたサイリス兄様が、ユーゴーを急かす。
だが、ユーゴーは何処吹く風で聞く耳を持たない。
そして俺は、再度ユーゴーを鑑定した。
すぐさま、しなければ良かったと思うような圧倒的な強さを知ってしまった。
《人族 LV81 名前 ユーゴー・バン・レングザンド
ステータス
HP:19169/19662(緑)
MP:11542/13422(青)
SP:12577/15154(黄)
:12663/16510(赤)
平均攻撃能力:20222
平均防御能力:16526
平均魔法能力:18189
平均抵抗能力:19396
平均速度能力:15282
スキル
HP超速回復LV6 MP高速回復LV2 MP消費大緩和LV2
SP高速回復LV10 SP消費大緩和LV7 魔力感知LV10 術式感知LV10
魔力精密操作LV10 魔神法LV10 魔力付与LV10 魔法付与LV10 大魔力撃LV10
破壊大強化LV4 斬撃大強化LV4 打撃大強化LV2 貫通大強化LV1 衝撃大強化LV1
外道大攻撃LV4 火炎攻撃LV10 闘神法LV10 気力付与LV10 技能付与LV2
大気力撃LV10 剣の天才LV10 体術の英雄LV3 投擲LV10 空間機動LV10
連携LV4 統率LV6 集中LV10 思考超加速LV3 未来視LV1 並列意思LV1
高速演算LV6 記録LV1 命中LV10 回避LV10 確率大補正LV10
隠密LV10 隠蔽LV10 無音LV10 無臭LV10 無熱LV6 鑑定LV10 遠話LV4
気配感知LV10 危険感知LV10 動体感知LV10 熱感知LV4 反応感知LV1
火魔法LV10 火炎魔法LV10 獄炎魔法LV8 水魔法LV1 雷魔法LV10
雷光魔法LV9 呪怨魔法LV1 影魔法LV10 闇魔法LV10 暗黒魔法LV7
深淵魔法LV10 外道魔法LV10 治療魔法LV10 帝王
破壊大耐性LV5 打撃大耐性LV6 斬撃大耐性LV6 貫通大耐性LV4 衝撃大耐性LV4
状態異常無効 外道無効 苦痛無効 痛覚無効 恐怖大耐性LV5 気絶大耐性LV8
炎熱無効 雷光耐性LV6 水耐性LV5 氷結耐性LV3 大地耐性LV2 暴風耐性LV2
暗黒無効 酸耐性LV8 腐蝕耐性LV6
五感大強化LV10 暗視LV10 知覚領域拡張LV3 万里眼LV1
天命LV10 天魔LV10 天動LV10 富天LV10
剛毅LV10 城塞LV10 天道LV10 天守LV10 韋駄天LV10
過食LV4 激怒LV2 強欲 征服 傲慢 奈落 淫技LV3
神性領域拡張LV6 禁忌LV10 n%l=W
スキルポイント:434
称号
魔物殺し 強欲の支配者 悪食 魔物の殺戮者 無慈悲 傲慢の支配者 魔物の天災 妖精殺し
人族殺し 妖精の殺戮者 覇者 率いるもの 王 魔族殺し》
「なっ……、何だこれ……」
桁がおかしいステータス。
無数の強力なスキルが、高レベルで並ぶ取得スキルの数々。
同じ人とは思えない化け物の数値が、そこには記されていた。
目に留まったのは、禁忌LV10。
神言教が、所持する事それだけで罪と見做す禁忌のスキル。
それがレベルカンスト状態で、ユーゴーは所持していた。
他にも、見たこと無いスキルが何個かある。
「どうよ? 俺様の新たな力は? 敵わないと絶望したか? 負け犬は大人しく、ガタガタ部屋の隅で震えてるといいさ、最後の時までな」
ありえない。
けど、鑑定は無情にも淡々と結果を表示する。
正面からぶつかるのは論外、奇策を弄してもなお届かず、決して勝てない圧倒的な差なのだと。
ユーゴーに何があったのか知らない。
学園から姿を消した後の事も、こんな人間から外れた能力を得た経緯も。
このまま何もかも諦めて屈してしまいたい。
そんな考えが、脳裏をよぎる。
けど——
「ぐぅッ、おおぉぉぉっ!!」
退いてはならない、諦めない。
俺はユリウス兄様の影すら踏めない、臆病者で弱虫な人間だ。
けど、兄様が灯した光を受け継ぐって決めたんだ。
怖くて体が震えても、怒りで自分を見失いそうでも、みんなが笑って暮らせる世界、その理想を俺が絶やしていい訳無い。
今はちっぽけな俺の手でも、守れるモノがあるなら諦めてなるものか!
「まだ、折れねぇのか……?」
心底面倒そうに、首を鳴らすユーゴー。
凍えるような感情の無い視線に、怯えて威圧されている場合じゃない。
「しかたねぇ……、簡単に死ぬんじゃねぇぞ、シュン」
ユーゴーは手に持った剣を床に突き刺して、拳を固めてゴキゴキと圧を掛けるように響かせる。
まるで獣のような覇気が襲い掛かってくるが、逃げない、まだやれる。
真正面から迫る一撃を躱せたのは奇跡だと思う。
パワー、スピード、どれも俺には認識出来ないレベルだった。
ただ予感のまま体を反らし、拳の殺傷圏内から逃れた俺は、ユーゴーを無視して走る。
「スーを、返せぇぇッッ!!」
勢いのまま護衛たちの隙間を駆け抜けた俺は、背後に控えるだけで何もしていなかったソフィアという少女に、折れて根本だけになっていた剣を投げつける。
彼女の顔面に向かって飛ぶ剣だったけれど、それを何も纏っていない素手で叩き落される。
けど、腕は振り切られたまま、注意も剣に向いたままだ。
あと少しで、スーに届く。
その瞬間——
「がはぁッ!?」
突然、背骨を圧し折られるかのような衝撃が背後から襲い掛かった。
強制的に地べたに這いつくばらされ、何とか視線を動かして確認すると、闇の中でも燦然と輝くユーゴーの眼光が間近にあった。
「手間掛けさせんなよ」
くそッ!
何も出来ずに終わるのか、俺はッ。
「さあ、シュン。負け犬の勇者様? 最後だ、言いたい事は?」
耳元で、嘲るようなユーゴーの声。
やたら煽るような言い回しをしながら、俺の背中を押し砕こうと圧力を増していく腕。
こんなところで、俺は、死ぬのか?
「……嫌だ」
戦いたくない、死にたくない。
でも、俺はまだ、諦めたくない。
思わず漏れた声は、誰にも聞こえなかった筈だ。
だが、それに答える声が響く。
「——させません!」
室内に、風の衝撃波が吹き荒れる。
ユーゴーが飛び退き背中が軽くなると同時に、エルフの小さな影が、俺を覗き込む。
「シュンくん、大丈夫ですか!?」
そこに居たのは、長らく姿を見せなかった岡先生だった。
小さな体に急所を守るだけの軽装を纏い、弓で武装している姿が視界に映る。
「久しぶりだというのに随分なご挨拶だぜぇぇ、岡ちゃん!」
甲冑は傷ついているものの、本人にはかすり傷一つ無さそうな様子のユーゴーが咆える。
そこに、さらなる魔法を撃ち出す先生。
しかし、その魔法はユーゴーの隣に立ったソフィアが腕を前に伸ばすことで、空中で分解されるかのように消えて無くなった。
まるで魔法そのものが無効化されているかのような現象に、竜や龍に備わったスキルのようだと思い浮かぶ。
「あ、あなたは!?」
先生が驚愕に目を見開く。
その視線の先にはソフィアの姿があった。
先生は、彼女について知っているのか?
「くっ! シュンくん、逃げますよ!」
「ですが、スーがッ!」
目眩ましと足止めのために、風の魔法で床を粉砕して巻き上げる先生。
そして逃げろと言うが、スーを置いていく事なんて出来ない!
「ダメです! 今は一旦引きましょう! そんな体で何が出来ると言うのです、シュンくん!」
ここまで警戒し切羽詰まった先生の声は、聞いたことが無い。
ユーゴーの強さは身に沁みているけど、ソフィアという少女もそれほど危険な存在なのか?
鑑定を仕掛けても、ユーゴーの時と同じように妨害されて見る事は出来ない。
「シュン、俺の背に乗れ。逃げるぞ」
誰かの背中に背負われ、短い金髪が眼前に映る。
「ハイリンス……さん」
「酷い傷だ。レストンにシュンが危ないと聞いて駆けつけた。混乱しているだろうが、今は逃げたほうがいい。立つのもやっとだろう。無茶と無謀を履き違えるな、シュン」
走り出したハイリンスの背から、俺は背後を振り返る。
スーは、ソフィアの腕の中でピクリとも動かず沈黙していた。
「くそッ……ごめん、スー」
迫りくる衛兵は、先生の魔法で吹き飛ばされ蹴散らしていく。
城内の各所で、兵同士が争っている様子が感じられた。
「一体、何がどうなって……」
「反乱です」
「反乱?」
「はい。主犯はサイリス第一王子とユーゴーくん。……ですが、その罪をシュンくんに擦り付け、あたかも自分たちが反乱を鎮めたという事にするつもりなんです」
先生の説明に、信じられないという気持ちが湧き起こる。
「ハイリンスさん」
「俺も同意見だ。最近のサイリス殿下にはキナ臭いところがあったからな」
そんな、サイリス兄様は、悪魔に魂を売っても王座が欲しいというのか。
「今戦っているのはレストンくんの部隊です。彼が時間を作ってくれている間に逃げます」
そして、俺たちは城から脱出した。
何故かユーゴーが追撃に来ることは無く、多少の抵抗のみで抜けられた事に疑念を覚えながら。
「ここでレストンくんと落ち合う予定です。その後、この国を出奔します」
「待ってくれ先生! スーを助け出してからだ!」
「ダメです」
城から脱出し、一軒の屋敷に身を隠した俺たち。
ユーゴーとの戦いで負った傷は、治療の甲斐もあって既に全快していた。
「ユーゴーを倒せなくても、スーだけを助けるなら見つからずに行けば……」
「ダメです! シュンくんも見たでしょう、彼らの強さを。行けば必ず死にます」
その言葉に言い淀む。
桁を二つ間違えたかのようなステータスに、勝てるとは思わない。
むしろ、何故今生きていられているのか不思議なほど、ユーゴーとの差があった。
「ソフィアさんがいる限り、こちらに勝ち目はありません」
「ユーゴーは、あのソフィアって少女は、一体どうしてあんな力を……」
「それは……」
先生が口を開こうとした時、扉が開いた。
そこから、レストン兄様を始め、様々な懐かしい顔ぶれが入ってきた。
その中には、学友の姿も。
「シュン、無事だったか?」
「殿下、お久しぶりです」
「立派になられましたね」
レストン兄様の背後に控えるのは、かつて俺とスーの侍女として働いていたアナとクレベア。
その奥には、見慣れた顔が二人。
「カティア……、ユーリ……」
「心配しましたわよ、シュン」
「何が、どうなっているの……。神様、私に神々しい声でもって導いて下さい……」
でも何故、カティアたちが此処に?
「先生から念話を受けてですわ。シュンが反乱騒動に巻き込まれて危機に陥っていると聞いては、居ても立っても居られませんから」
俺たちは再会を喜ぶが、浸るだけの時間は用意されていなかった。
「まずい、囲まれている」
常に屋敷の外を警戒していたハイリンスさんが、端的に状況を説明する。
強行突破を主張した先生の言葉に、頷き武器を構える一同。
「シュン、この剣を使え」
「これは?」
レストン兄様から、清廉な想念を感じる剣を渡される。
少しだけ刀身を見ると、透き通る青空のような鮮やかな蒼。
「王家伝来の神剣だ。戦闘は専門外の俺が使うより、勇者であるシュンが使った方が良いだろう」
「……ありがとうございます。受け取りました」
この剣があっても、ユーゴーには届かない。
そう思いつつも、レストン兄様に感謝を述べて厚意を受け取る。
そして俺たちは包囲を突破し、王都の外門まで迫る。
けど、そこで待っていたのは……
「待ちくたびれたぜ? シュン」
別の部隊が門の前に立ち塞がる中、その奥にて待ち構えるユーゴーが居た。
最近、蜘蛛ですかのガチャポンを見つけて回し、蜘蛛子のラバスト手に入れました。
付けている人が居たら、もしかしたら……