冥土≧D>『越えられない壁』>サリエル全盛期>>>>ギュリエ全盛期>>>>
苔(破魂)≧白>ギュリエ(弱体)>>魔王(謙譲)>『大きな壁』>魔王>>>>鬼(憤怒)>
苔(魂魔術禁止)>龍種の長≧女王蜘蛛>人形ズ>血=帝≧鬼≧人形単騎>龍種
あくまで作者が大体こんな感じと想定しているだけで、実際には戦い方次第でひっくり返ります。
それに、ユーゴーは神格たちの本当の実力を理解していません。
差がありすぎて測ることが出来ないからですね。なのでそれなりに上だと傲っていたと。
えっ……?
一瞬の衝撃と、その後に襲ってきた何かがゴッソリと抜け落ちる感覚に、私は惚けたような声を溢し思考が止まる。
シュン君が驚いた表情で、手を伸ばし駆け寄るのが見える。
そして崩れ落ちる私を、そのまま抱き留められた。
ああ、そっか。
私、ユーゴー君に撃たれたんだ。
痛みは感じない。
あの凄そうな火の魔法だもん、神経ごと焼き切って胸に大穴を空けられたんだから、当然かな。
自分の命が、神の御下に導かれているのがわかる。
死にかけているのに妙に冷静な思考のためか走馬灯が脳裏を巡り、私、ユーリーン・ウレンこと長谷部結花は、過去を振り返る。
この世界で生まれ落ちた場所は、ごくありふれた貧民の家だった。
魔物に襲われて財産や住む場所を失ったり、盗賊や戦争など人の悪意によって転落したり、運が悪くて貧しい生活を余儀無くされるなど、この世界で貧民に身を落とす理由は様々。
そんな、家族を養う事が出来ない両親が、生まれたばかりで何の役にも立てずお荷物な赤ん坊をどうするのかは、自明の理だった。
私は、今世の家族から捨てられ、教会の前に置き去りにされた。
子供が捨てられるのなんて、この世界ではよくある事で、他の聖女候補にも同じような経歴の子だっている。
けれど、私は生まれた瞬間からしっかりとした意識があって、本来は憶えていないだろう赤ん坊の頃の記憶や、捨てる瞬間の親の顔だって見てしまった。
仕方無いと思いつつも、これで楽になったと言わんばかりの、安堵した表情を。
気が付いたら自分が赤ん坊になっていて、訳も分からず混乱して不安に押し潰されそうな時に、いきなり訪れた絶望。
待ってと叫んでも喉から出るのは甲高い泣き声で、むしろ叫んだ瞬間足早に離れていく足音。
足音も聞こえなくなり、固い石畳に接した体が痛みと寒さを感じたその瞬間に、私の心は何処か壊れたんだと思う。
しばらくして教会の建物から人が出てきて、私を屋内に入れてくれたけれど、その後の事はよく憶えていない。
喉が枯れそうなほど泣き叫んだ疲労に、誰かの腕に抱かれて暖かい部屋へと連れられた安心で、気を失ってしまったから。
再び目を覚ましてからの私が縋ったのは、気絶する寸前に聞こえた日本語。
まるで機械音声のように無機質な印象の女性の声は、教会では神言と呼ばれるものだった。
言葉も分からない状況で、頼れる相手もいない中では、向こうから一方的にだけど私に合わせて日本語で語りかけてくれる声、それだけが救いだった。
まだ言葉が分からない時には、スキルを取得する気も無いのにスキルの名前を思い浮かべて、声を聞いたりもした。
神言という不可思議なものの違和感も、孤独と不安に苛まれた私には関係無かった。
むしろ、だからこそ特別なものなのだと、傾倒するのに時間は掛からなかった。
私を保護してくれた教会が掲げる神言教の教義についても、そんな私だからこそ欠片も抵抗無くすんなりと受け入れて、のめり込んでいった。
聞こえてくる声は神の声であり、神の声をより多く聞くためにスキルやレベルを上げていこうという教義に。
このユーリーン・ウレンという名前も全部、神言教から貰ったもの。
ユーリーンは私を拾ってくれた人から、ウレンは孤児院代わりだった教会の名前から貰った。
わざわざ日本語で語りかけてくれる心優しい神様の声をもっと聞くために、沢山頑張ってスキルを成長させたりもした。
その結果として、神言教の上層部の目に留まり聖女候補に抜擢されたのは、今までの努力が認められたみたいで嬉しかった。
ほんとは、ただ不安から逃れたくて始めた事だったのにね。
そうなれば、もう止められなかった。
周りも神言を崇め奉る人たちで、その中で生活を続けていけば考え方も変わっていく。
より深く神言教を信仰するようになったし、スキルだけではなくレベルも積極的に上げるため、魔物と戦う事も厭わなくなった。
とはいえ体の出来上がっていない、まだか弱い聖女候補だから、教会で修行中の頃には街の外に出て魔物と戦った事は無いんだけどね。
どうやって戦闘経験を積んだのかは、おいおい。
そして、神言教を学び教義を守っていけば、してはならない事にも目が向く。
禁忌。
それが何なのか、調べても何処にも書いてなかったし教えられる事も無かった。
あるのは禁忌の取得に繋がりかねない、見るも悍ましい禁止行為についてだけ。
真っ当な人が普通に生活していれば行う事はありえない人道から外れた内容なので、その果てに取得する禁忌がどれほど危険で許されないものなのか、知らなくても理解出来てしまう。
神様が禁忌と定めるようなスキル。
そのようなスキルを持っている人は、即刻罪人と判断されて処刑されるのも当然だと思った。
そんな日々が数年続き十歳頃になると、私は留学を勧められた。
場所はアナレイト王国の王立学園。
最初は、あんまり乗り気じゃなかった。
だって学園に入学すれば、聖女候補として修行する時間が削られると思ったから。
でも上からの決定は絶対で変えられず、私は渋々学園に行くと、運命に出会った。
山田君。
前世で隣の席だった男の子で、密かに心寄せて気になっていた人。
たまに授業中に横目で見たり、野外活動で思わず声を掛けてみたりと、我ながら恥ずかしくなるような甘酸っぱい事をしていた相手。
その彼が、学園に居た。
奇跡って思えた。
偶然にしても出来過ぎだって。
山田君はその国の王子様に生まれ変わっていて、名前も前世と良く似た響きのシュレインというカッコイイ名前。
彼本人は前世と同じ、シュンっていう名前を縮めたあだ名で呼ばれる事を望んでいたけれど。
表面上は何でも無いように装っていたけれど、内心では舞い上がってテンションが可笑しな事になっていた。
だって、シュン君が王子様だよ?
親から捨てられた少女が、前世から想っていた人と出会えて、その人が大国の王子様。
ロマンチックな展開に憧れていたとはいえ、これには運命を感じずにはいられなかった。
意外とかなりのロマンチストで話が合った
けれど、元々は何処にでも居そうな普通の女子高生だった私には、意中の人と上手く話せる能力なんて持っていなかった。
そんな私の会話デッキには神言教についてでしか手札にはなくて、シュン君と話せる切っ掛けはいつもそれになってしまっていた。
いつまで経っても内心テンパっちゃうのは治らなくて、シュン君がちょっと引いているのを理解しつつも、神様の御声について濁流のように喋り続ける事しか出来なかった。
シュン君から嫌がられていると分かっていても、私はこの空気を味わうのが楽しくて、ついつい毎回挨拶代わりに神言教に勧誘しては一方的に話し続けてしまう。
神言教への勧誘は、毎回やんわりと断られてしまうけれど、むしろ断られても構わなかった。
だって、それならこれから何度でも神言教への勧誘で、シュン君に話し掛けられるから。
熱心に神言教に勧誘するのも、本気で本心だったけれどね。
神様の事を話している時なら、臆病な自分でも勇気と自信を持って動けた。
グイグイ体を寄せる事も出来たし、唇と唇が触れ合いそうな距離まで詰め寄る事も出来た。
そうすると、シュン君の妹でお兄ちゃん大好きなスーレシアちゃんが怒って、私に襲い掛かってくるんだけど、それを大島君ことカティアさんが仲裁して、当の本人であるシュン君は困ったような表情を浮かべて、なあなあで誤魔化そうとするこの時間が好きだった。
この時間がいつまでも続いていけばいいのに、そう思った。
だって、いくらロマンチックな出会いをしたと言っても、いくら最有力な聖女候補だとしても、私は元孤児で平民。
継承権は低いとはいえ大国の王子様であらせられるシュン君とは、身分が違いすぎた。
私は次代の勇者様にお仕えする事が、避けられないお役目。
シュン君も、国が決めた婚約者とお付き合いするのが確実、それがカティアさんな可能性が高い事も。
いつかは失恋しちゃう。
だから、本当の想いは伝えられなかった。
だって、そうでしょう?
叶わない願いだと知っていて、成就しない夢を追い続けるのなんて、悲しいだけだもん。
もし上手くいってお付き合いが出来たとしても、何かの拍子で今代の勇者様であるユリウス様が早くに身罷られ次の聖女が求められたら、私はシュン君から離れなくちゃならない。
聖女候補の殆どが、勇者様と年代が合わずに候補のまま一生を終える事が珍しく無いとはいえ、この世界には死が溢れていて優しくは無い。
それに、聖女になれないとしても私は神言教の中で、いい感じの役職に就く事になるだろうと、漠然と思っていた。
決して自惚れじゃないと思いたいけれど、沢山いる聖女候補の先輩後輩の中で、ダントツ一番の成績を収めているんだもん。
教会が私を手放す訳無いって、分かっちゃうから。
それを理解してからは、より過激にシュン君に絡んでいった。
シュン君と離れるのが嫌だから、少しでも長く一緒に居たくて。
でも別れは避けられないというのなら、本心は隠して神言教に傾倒したユーリの仮面を被って。
いつか嫌気が差して、シュン君の方からウザイとか嫌いだとか言って欲しかった。
そうすれば、私の本心を伝えること無く、手酷くフって貰えるから。
そうすれば、後腐れなく思いっきり陰で泣いて、失恋出来るから。
でも、シュン君は良い人過ぎるから、いつまで経っても嫌な顔一つしないし、私を遠ざけたりもしなかった。
それじゃあ、臆病で馬鹿な私は、どこまでも甘えてつけ上がっちゃうよ?
シュン君が通りそうな所で神言教の布教活動をして、適当な生徒に絡んでいく。
そうしているとシュン君がやって来て、私を生徒から引き剥がす。
後は勧誘目的と偽ってシュン君とお話。
いつかの別離に嘆く私も、今のこの緩い雰囲気を楽しむ私も、どっちも本物だった。
その日常が変わったあの日も、正しく運命なんだと感じた。
シュン君が、勇者様になった。
それはシュン君のお兄さん、ユリウス様が亡くなった事を示しているんだけど、私は少しだけ、そう少しだけ喜んでしまった。
ああ、これでシュン君と、ずっと一緒に居られるって。
勇者様と聖女はセット。
慣例では、実力に差があっても年齢の近い人が聖女に選ばれるけれど、私とシュン君は同い年で実力は私以上の人はいない。
聖女に内定されるのは確実だった。
その事実を知った時、私は暗い喜びに支配されていた。
聖女たる者みな高潔であれと、教えられてきた内容を裏切るような、醜く汚い本音。
でも、この気持ちに嘘はつけない。
これで、恋心を諦めなくてもいい可能性が生まれたんだから。
学園から王都の教会に移動して上からの指示を待っている時、私はそんな事を考えてた。
非道い女だと思う。
ユリウス様が亡くなったという事は、先代の聖女であるヤーナ様も亡くなっている可能性が高いというのに、私はそんな二人の姿をシュン君と私に置き換えて妄想していた。
その時だけは、勇者様たちが歩いた苦難も哀しみも忘れて、明るい夢だけ見てたんだから、当然聖女に相応しくない悪い事を考えていた私にはバチが当たったんだと思う。
泣いているシュンの顔が見える。
ごめんね。
私、最期まで嘘付きだった。
本来は影の薄い地味な私は、自分を偽らないと生きていけなかったから。
だから、嘘付きで醜い私を知らないまま、忘れて欲しい。
こんな終わりが訪れるなんて思ってもいなかったけれど、シュン君の腕の中で逝けるなんて贅沢だよね。
ああ、でも。
最期に一つ、やらなくちゃいけないことがある。
今なら通る気がする。
燃え尽きる前の蝋燭が一番明るいように、圧倒的強者になっていたユーゴー君の抵抗を突破してスキルを仕掛ける。
「……夢見る乙女」
難易度は最高の迷宮へと、ご招待。
夢見る乙女。
寝ている時に見た夢をストックして、小規模な異空間ダンジョンとして作り出せるスキル。
夢の迷宮に取り込まれた人は、そのダンジョンを攻略しないと外に脱出できないから、使いようによっては、足留めにもってこいのスキル。
だれど私は今まで、このスキルで生まれたダンジョンを修行場所としてでしか使っていなくて、誰かに見せたりした事は無かった。
最悪使った本人である私がダンジョンに殺される可能性もあるけれど、逆にその性質があるからこそ、一時も気が抜けず密度の濃い経験を積むことが出来た。
その中でも、面倒さが一際最悪な悪夢を元にしたダンジョンにユーゴー君を落としたんだから、しばらくは帰ってこれないはず。
今のうちだよ、シュン君。
戦っても敵わないんだから、急いで逃げて。
達成感に浸りながら、私は笑う。
上手く笑えているか自信無いけれど、嘘付きの最期には勿体無い結末だよ。
視界が暗くなって霞んでいく。
そのまま闇に溶けようとした私は、何かに引き留められる。
それは、お寝坊さんを容赦なく起こすような、暖かくも強引な朝日のようで。
声が聞こえる。
「シュン、君……?」
「ユーリ! 良かった……っ」
目と鼻の先に、シュン君の顔が見える。
「わ、たし……死ん、だ……」
「治した」
嘘。
あれは治療魔法なんかで治るような怪我じゃない。
聖女候補として、怪我人の治療もしてきた私が言うんだもん。
あの傷では、間に合わない。
それなのに。
「シュン、君は、すご、いね……」
「今はもう喋るな。何故かユーゴーが消えた今、脱出する最大のチャンスだ」
それは私のおかげ。
でも、長くは持たないと思うから急いで。
そう言えたら良いのに、体は答えてくれない。
お姫様抱っこなんて、嬉しくも恥ずかしい格好に文句も言えやしない。
シュン君。
私の勇者様。
嘘付きの聖女は、どこまでも純粋すぎる勇者様に、恋をしてもいいのでしょうか?
恋とは落ちるものなんて良く言ったもので、落ちたら二度と戻れはしない。
落ちていく、どこまでも。
嘘付きの本音。
今からでも聞いてくれますか?
どこまでもお供します、地獄にだって永遠に。
シュン君。
大好きです、前世からずっと。
嘘付きの本当は言葉にされず、乙女の夢の中で、ヒッソリと呟かれた。
ユーリだけの話が無いから、内心を描くのはちょっと大変でした。
ここでは、ユーリの本音はこんな感じです。