《熟練度が一定に達しました。スキル「禁忌LV4」が「禁忌LV5」になりました》
腕に抱いたユーリが気を失った。
脳裏に聞こえてきた声を無視して、ユーリを見る。
傷は完全に塞がったけど、魔法で服も焼けて大穴になっているので胸元が大きくはだけており、非常に目に毒な光景となっていたので、俺はマフラーを外してそっとユーリに掛ける。
鑑定をして命に別状が無い事を確認し、俺は安堵の息をつく。
失った血や体力まで完全に戻るという訳では無いので、変わらず生命の危機に瀕している状態のままというのが起こり得るからだ。
スキルが効果の通りに能力を発揮し、ユーリが無事戻ってきた事に喜びを覚える暇もなく、戦況は目まぐるしく変化していた。
「シュン!」
「カティア、ユーリを頼む!」
「わかりましたわ!」
俺はカティアと入れ替わるように戦線に復帰する。
ユーゴーは何故か突然まるで転移したかのように姿を消し、統率者を失った兵士たちが右往左往して戸惑っているのが見える。
それでも事前の指示に従って、俺たちに攻撃を仕掛けてくる兵士は、ハイリンスさんやカティアそれに岡先生とアナと、戦えるみんなで攻勢を押し留めていた。
レストン兄様やクレベアも一対一では早々遅れは取らないけれど、俺やハイリンスさんのような力は無いので、カバーしあえるように近くに固まり堅実に戦っていた。
包囲している大多数の兵士は、俺たちが本気で戦えば簡単に叩きのめすことが出来る相手だが、それをやれば勢い余って殺傷してしまい、無用な犠牲を生み出してしまう可能性がある。
なので、多少手加減をしつつ気絶させるに留めていたが、それは兵士たちの中に強敵が混じる前までの話だった。
「さっきぶりね」
俺たちの背後から現れ今先生と対峙しているのは、王城で出会い戦ったソフィアだった。
直接対峙してはいないとはいえ、その威圧感はユーゴーにも負けていない凍えるような覇気だ。
「ねぎ……」
「その名前で呼ばないでって、言ってるでしょ?」
先生が何か言いかけて、それをソフィアが遮った。
何のことだ?
襲い掛かって来た兵士の剣を受け流し、すぐさま引き戻して剣の腹で強打する。
気になるが、兵士の数が思ったより多い。
深く考えている暇が無い。
「あ、これ。先生にプレゼント」
チラリと見ると、ソフィアが岡先生に向かって何かを投げた。
それは赤い液体で宙に線を描きながら、先生の足元に転がった。
転がったのは人の生首で、その顔は先生と初めて再会した時に会った、エルフの親善大使であるポティマスだった。
「そ、そんな!?」
目を見開き慌てふためく先生を、楽しげに眺めて手についた血を舐め取るソフィア。
艶かしい水音を立てて、舌が唇に付いた血も拭っていく。
「不味いわ。性根が腐っていると、血も不味くなるのかしら?」
「ポティマスは、あなたが?」
「それ以外に、何があるの?」
信じられないと訴える先生の表情に、ソフィアは心底不思議そうに答える。
まるで、何も悪い事も可笑しな事もしていないと言いたげな。
「だって、あなたは!」
「人殺しなんて出来る筈が無いとか言わないでよ? 自分だって散々やってきたでしょ? ここは日本じゃないんだから、前と同じだなんて思わない事ね」
人殺し? 先生も? 日本じゃない?
先生の事は一先ず置いておく。
今のソフィアの台詞は、彼女が転生者だとほぼ告げているようなものだった。
それなら、転生者について一番詳しい情報を持っていた先生が知っていても不思議では無い。
ユーゴーとの関係も、転生者だからという理由で少しは説明がつく。
尤も、そうだとしても、なんの躊躇も無く人を殺したように見えるソフィアとは分かり合えないだろうし、肝心な情報はまだ何一つ分かってはいない。
そのソフィアと向かい合っている先生は、ショックを受けつつも戦う意思を見せる。
それを受けても、ソフィアは酷薄に笑い余裕の態度を崩さない。
「先生、私と戦う気? やめてよね。先生には手を出すなって、ご主人様に言われてるんだから」
ご主人様? 誰だ?
王城で見たユーゴーとの距離感は、そういうのとは違うと感じる。
では、いったい誰を指している?
「それで、ユーゴーの奴は何処行ったのかしら? ここに居ると思ったのだけど?」
ソフィアが今気づいたといった感じで、問いを投げかける。
先生は少し間を空けてから、口を開く。
「……それを知って、どうするつもりですか」
「べつにどうとも? 勝手にちょっかい掛けて、勝手に居なくなった馬鹿がどうなろうと知った事じゃないわ。むしろ弄るネタが増えるわね」
底意地の悪そうな笑顔を浮かべ、他人の不幸が最高のご馳走だと目で訴えていた。
そんなソフィアに対し、警戒を少しも緩めない先生。
「まあ、いいわ。教えてくれないのなら用は無いわね」
興味を失ったと踵を返して、立ち去ろうとするソフィアだが、ふと足が止まる。
「ああ、でも。そこの王族さんには、逃げられちゃ困るのよね」
その視線の先には、レストン兄様の姿が。
「やらせない!」
「シュン君!?」
「あはっ!」
飛び出した俺を、妖麗な笑顔で迎え撃つソフィア。
彼女が一回力強く地面を蹴ると、影の中から何らかの巨大生物から削り出したような大剣が飛び出し、俺の剣を容易く受け止める。
「これは、正当防衛! だから少しだけ、遊んであげるわッ!」
「ぐぉッ」
重い!
手を抜かれているとわかる一撃なのに、俺の全体重を乗せた斬撃を意に介さず、逆に吹き飛ばす威力が籠もっている。
甚振るために手を抜いていたユーゴーの攻撃よりも、今の一撃は効いた。
骨は折れていないけれど、衝撃で腕全体が痺れるほどだ。
「あなたの相手は、私です!」
俺が石畳に体を打ちつけ転がる中、庇うように入れ替わり飛び出した先生が、魔法をソフィアに向かって叩きつけた。
「先生!」
すぐさま加勢しようとするが、目の前にフードで顔を隠した黒装束が立ち塞がる。
「邪魔だ!」
だが、黒装束の強さはユーゴーやソフィアほどでは無くとも強く、勇者となりステータスが引き上げられた俺でも一筋縄ではいかない相手だった。
他でもハイリンスさんやアナに襲い掛かっている黒装束たちの姿が見える。
向こうも対応に掛かりきりになり、加勢するのもされるのも無理そうだ。
俺は目の前の相手は排除するために斬りかかる。
避けられるが、偶然に剣がフードを掠める。
その下から僅かに見えたのは、俺より少し年上くらいの若い青年の顔だった。
同時に仕掛けた鑑定の結果に、俺は驚いた。
「魔族!?」
鑑定して見えたステータスは、平均千以上と英雄クラスと呼ばれるような数値を示していたが、それ以上に目を引いたのは表示された種族。
人族の敵対者である魔族が何でここにという気持ちもあるが、それよりも驚いたのは他の事。
さっき見えた、人族と全く差異というものが見られない見た目。
そうと知らなければ、鑑定しなければ、気付かなかっただろう外見に俺は驚愕した。
何処からか舌打ちが聞こえた。
その発生源はソフィアだったようで、俺と対峙している黒装束に対し、射殺さんとばかりに鋭く睨みつけていた。
「あぁー、もう! 色々と台無しじゃない!」
イライラが頂点に達していると、荒々しく叫ぶソフィア。
だが、戦闘の冴えは僅かな綻びも見えず、先生の攻撃を児戯とばかりにあしらっていた。
どうする?
このままではジリ貧だ。
連戦の疲労で、俺やハイリンスさんそれに先生などは兎も角、他の人たちが限界に近い。
ユーリも守らなければならない状況では、ふとした切っ掛けで瓦解しかねない。
この状況で出来る最善は……何がある?
ソフィアの手が、先生の首を掴む。
吊るし上げられた先生が、苦しそうに藻掻いていた。
マズイ!
先生の危機に動こうとしたその時、変化が起きた。
『ピンチの時に、華麗に参上!』
場違いに明るい念話が、俺たちの耳に届く。
鈍い風切り音と共に、光り輝くような白い飛翔体が急降下してきた。
それは、上空から光の玉を兵士や黒装束に爆撃して降らせながら土煙と石片を巻き上げていき、先生を掴んだソフィアに突撃をして、距離を詰めていく。
先生を手放して回避したソフィアは、そのまま後ろに下がり様子見の態勢へと移るようだ。
ソフィアと先生の距離が開くと、反転してきて俺の前に降り立ったのは、純白の鱗を持つ見事な巨躯の竜だった。
『ヒーローは遅れてやって来るってね!』
「フェイか!?」
その口調や、その慣れ親しんだ気配は、長年相棒として共に過ごしたフェイのもので、この竜がフェイの進化した姿だと直感で理解した。
フェイは元々黒色の地竜だったけれど、目の前にいる白色の翼を持った竜への変貌に、正直言葉で言い表せないくらいの驚きを受けているが、一つ脳裏に考えが浮かんだ。
『さっき目覚めたばっかで、なんかよく分かんないけど、ピンチなんでしょ?』
「ああ。助かった」
俺はすぐさま指示をする。
「フェイ。兵士たちを押し退けて、城門まで突進してくれるか?」
運良く、黒装束たちは城門側にはいない。
ソフィアや黒装束たち数人は回避したりして無傷のようだが、兵士たちはフェイの光球で打撃を受けている。
兵士たちが混乱から復帰する前に、すぐさま行動に移せば包囲を突破出来る!
『りょーかいよ!』
翼を顔の正面で交差して、フェイは走る。
力尽くで押し出された兵士たちが左右の建物に叩きつけられ気絶するのを見ながら、俺は大きく声を張り上げる。
「今だ! 突破する!」
ユーリを抱えたカティアが横を通り過ぎる。
一瞬視線が交差し、すぐ切られる。
——待っていますわ。
すぐ行く——
言葉を交わさない約束。
でも、ごめん。
守れるか、自信無い。
「ハイリンスさん! 先生を!」
「シュン、わかった! 今行く!」
ハイリンスさんは大盾で黒装束の攻撃を受け流すと、裏に貼り付けていたらしい物を地面に叩きつけて煙幕を作り出し、一瞬の隙を付いて先生を抱えて駆け寄って来た。
だが……
「レストン兄様! アナ! クレベア!」
その三人だけは俺たちの壁になるように、兵士たちと戦い続けていた。
「俺たちが時間を稼ぐ! ハイリンスさん、シュンを頼みます!」
「私たちからもお願いします!」
「殿下、どうかご無事で!」
そう言って、こちらを振り返ること無く吶喊していく。
レストン兄様たちは、殿として残るつもりだ。
「そんな、それじゃ……」
レストン兄様たちでは、ソフィアや黒装束には太刀打ち出来ない。
そんなの分かっているはずなのに、どうして。
「シュン、ぼさっとするな!」
「ハイリンスさん! でも!」
「彼らの想いを無駄にするなッ!」
「ッ!」
ハイリンスさんに腕を引かれたまま、叱咤される。
一瞬だけ迷った意識の空白に、先生を抱えた逆の腕で、俺はハイリンスさんに担がれた。
「ハイリンスさん!?」
「こうでもしないと、梃子でも動かんだろう、シュン」
そしてそのまま、走り出す。
レストン兄様たちとは、正反対に。
「降ろしてくれ! ハイリンスさんッ!」
「逃げるぞ」
「逃がすと思う?」
後ろから声が聞こえてきた。
首を動かして覗き込むと、ほんの僅かな時間でレストン兄様たちを無力化したらしいソフィアと黒装束の姿が見えた。
ここからでは、レストン兄様たちが生きているのか死んでしまったのかも、よく分からない。
「ソフィアぁ! よくもッ!」
俺の血を吐くような叫びにも、鼻で笑うような態度のソフィア。
そのソフィアに向かって、巨大な光線が向かっていった。
目も眩むような光線の濁流は、膨大な光量で周囲を照らし一時的に俺たちとソフィアたちの間を埋め尽くす。
「フェイ!?」
『悪いけど、あんなのの相手なんか無理だから! 逃げるしかないの!』
俺と先生ごとハイリンスを掴んだフェイが、空高く飛翔する。
その背には、今だ意識の戻らないユーリを支えながら、しがみつくカティアの姿も。
一瞬の内に、眼下に見える王都が小さく縮小していき、さっきのフェイのブレスらしき光線にも無傷で受けきったソフィアの姿が。
そのソフィアは俺たちを見上げたまま、眺めているだけだった。
『あのまま残っても、勝ち目なんか無かったのよ』
フェイの辛辣な言葉に、俺は反論出来なかった。
こうして俺たちは、王都から脱出した。
レストン兄様、アナ、クレベア。
彼らを、置き去りにして。
本来喜びで例えられる筈の夜明けの光は、悲痛な敗北の影を心に色濃く落としていた。
「ご主人様、そのボロ雑巾みたいなユーゴーは?」
襟首を掴まれ引き摺られているユーゴー。
術者が一度死亡したため脱出不可能になっていた異空間から救助された後、そこからさらに懲罰として苛烈なお仕置きを加えられた姿は、見るも無残な状態となっていた。
「簡潔に。コケちゃんが倒れた」
「え゛」
「何があったんですか!?」
その当人は此処には居ないが、連日の激務に今回の心労で限界を迎えて寝込んでいた。
「あんたらのせい」
「ちょっと待って! 何がどうしてそうなったのか知らないけど、最後ちゃんと逃したわよ!? それにほら! そのまま逃がすと後で何しでかすか分からないじゃない!? だから先生に昏倒の状態異常掛けておいたし、これで十五日はあいつら下手に動くことが出来ないわ! 私変な事してない! 無実よ!」
「お仕置き」
「ぴぎゃあぁーっ!!」
「そっちも同罪」
「ひぃっ!?」
「「「ぎゃぁぁ!?」」」
白が一言告げた後、のたうち回る隠密装束たち。
それを見ながら、白は考える。
妹ちゃんは、今回やらかしたので一度回収っと。
再調教が必要だね。
そして山田くんが、慈悲の所持者だったか……
なら、それを利用しよう。
白き神は、悪辣な策を練る。
さて、何を選択する?
私たちと敵対するか、それとも手を取る?
見て見ぬふりをするっていうのも、ありかもね。
白き神は動かない。
ただ、獲物が自ら網の中へと飛び込んでくるのを、待つだけだった。
「よかった……、結花ちゃん」