【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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S6 迷宮

 夢を見ていた。

 

『——贖え』

 

 俺じゃない誰かが、何をやっても後手に回り、選択を誤り、酷く後味の悪い結果に終わる夢だ。

 

『——贖え』

 

 何もかもが、望まない悪い方向へと進んでいく。

 

『——贖え』

 

 どうにかしたい、どうにかしようと思っても、その行動がかえってさらなる悪い方向へと事態を誘ってしまう、そんな夢。

 

 そんな、まるで永遠に抜け出せないような牢獄へと囚われる、失敗した世界の誰か。

 足掻いても、嘆いても、誰かは間違いを積み重ねる。

 そして、その果てに、誰か()は……

 

 

 

 

「……ュン。……シュン!」

 

 意識が覚醒する。

 どうやら、ぼうっとしていたらしい。

 

 さっき何を考えていたのか思い出せないけど、ロクなものではないような気がする。

 それはきっと、消し去った方がいい内容なのだと、意識の奥へ消えていった。

 

「本当に大丈夫ですか? 近頃、心此処に有らずで、心配ですわ」

「気分が悪くなったら、言ってね……?」

 

 またカティアやユーリに、心配掛けちゃったな。

 反省しないと。

 

「ああ、大丈夫だ。問題無い」

 

 俺たちは、道中の山々や河川それに関所や国境などを、フェイの背に乗り空を飛ぶ事でまるっと無視して飛び越え、エルロー大迷宮の入口にまで辿り着いていた。

 エルロー大迷宮の出入り口は此処のように高い城壁の砦で囲まれていて、内部から危険な魔物が出てこないようにする防波堤の役目を持っているらしい。

 

 このエルロー大迷宮は、大陸と大陸とを繋ぐ、陸路での唯一の通り道。

 案内が無ければ一生出られないとも言われる、広大過ぎる地下空間に張り巡らされた大迷路に、毒を持つ魔物を筆頭にした危険度が高い魔物も多数生息する魔境。

 

 この天然の要害があるからこそ、魔族は此方側のダズドルディア大陸には入ってくるのは不可能とされていたが、王国で出会った黒装束の人物、その種族は魔族だった。

 転移陣という距離や障害を無視して大陸間を渡る方法もあるので、それを使えば魔族が此方側に来ることは、あり得ない事じゃない。

 

 ユーゴーの地位を利用すれば、魔族を転移陣に紛れ込ませるのも可能だろう。

 帝国には、空間魔法の達人である人族最高の魔法使いもいる。

 それを考えれば、長距離転移という手段もありえるか。

 

 黒装束を送り込んだのがユーゴーで、黒装束は魔族で、彼らはソフィアに従っていた。

 ユーゴーとソフィアは、魔族とも手を組み、管理者の側についたのだろう。

 

 ……何故、王国を混乱の渦に叩き落としたのかは分からない。

 だが、今なら二人の行動理由も、少しは分かる気がする。

 

 先生から聞いた情報には、意図的に捻じ曲げられたと思われる内容が複数混じっていて、本来の意味とは全くの別物に改悪されていた。

 この禁忌で知った情報こそが、偽り無き真実であるのなら、先生は嘘をついていた事になる。

 

 ……いや、嘘をついているのは、エルフそのものか。

 先生が管理者について話す時の様子では、それが大方真実だと思い切っているように見えた。

 

 エルフは信用できない。

 こんなにも間違った解釈を脈々と伝えていて今もそれに従って活動しているとすれば、エルフの行動方針というものは、世界にとっても認めがたい代物だろう。

 

 ユーゴーたちの目的は、それに起因しているのかもしれない。

 帝国から出発した軍は、エルフの里を目指して移動しているらしい。

 

 これもエルフからの情報だが、嘘では無いだろう。

 指名手配中の俺たちが近づく訳にはいかないが、世界各地に教会を建てて情報網を幅広く持っている神言教なら帝国が動いているのも気付いているだろうし、それと擦り合わせれば簡単にバレる嘘はつかないだろう。

 その情報から帝国軍がエルフの里に到着する時間を逆算すれば、俺たちがエルロー大迷宮を踏破する時間の方が早く、その後のエルフが隠し持つ転移陣までの移動時間まで合わせても、ギリギリ間に合う計算になるだろう。

 

 その事実に喜ぶべきなのか、よく分からない。

 今では正しいのはユーゴーたちの方だと思えてしまい、俺は一体どちらに協力すればいいのか、全然分からない。

 

 心が、精神が、魂が、僅かな光すら見えない混迷で張り裂けそうだ。

 

 俺が目を覚ましたばかりの頃は、混乱に驚愕それに不信と、明らかに様子がおかしく挙動不審な状態になっていただろうから、既に先生にも俺の不信感とかを勘付かれているだろう。

 

 けど、俺は知った真実を、誰にも告げていない。

 カティアにも、フェイにも、ユーリにも。

 誰であろうと。

 

 俺は、この感情を何と言えばいいのか、分からない。

 

『悲しい』

 

 ああ、そうか。

 悲しいのか。

 

『世界が醜くて』

 

 争いに塗れた世界が、悲惨で、愚かで、醜くて、……それが悲しい。

 俺は、こんな世界が嫌いだ。

 それなら……

 

 

「シュン、本当に大丈夫か? 俺に考えがある、ついてきてくれ」

 

 俺が思い悩んでいた間に、ハイリンスさんが良案を思いついたらしい。

 急いでエルフの里まで向かいたい俺だが、もし見つかったりでもして無駄な戦闘を行うのは避けたいと思うので、強行突破以外の策があるなら何も言わずに付いていこう。

 

 千里眼によって遠く離れた場所から確認した警備の状況は一見普段通りに見えるが、よく見れば身に纏う鎧が違う兵士たちがいる。

 学園で学んだ記憶から該当するものを探れば、それは帝国兵の装備だった。

 ユーゴーの手の者だと思われる帝国兵たちを遠く向こうに見ながら、俺たちはハイリンスさんの先導に従って、エルロー大迷宮の入口から遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

「ここだ」

 

 案内されて辿り着いた場所は、エルロー大迷宮の入口からすぐ近くにある小さな村だった。

 道中でハイリンスさんから聞いた話によれば、この村は大迷宮に入ろうとする人たちを相手に、商売や宿屋を営む人たちが集まって出来た村らしい。

 やけに大きな商店や宿屋などが立っている事から、それは確かな事だろう。

 

 俺たちは人目につかないように村の外周を進み続け、姿を隠しながら村の外れにある一軒家へと足を進めた。

 例のごとくフェイの巨体は目立つので、今回も村の外で隠れて貰っている。

 そして中から現れたハイリンスさんの知り合いだと思われる壮年の男性と短く言葉を交わして、俺たちは家の中へと滑り込むように入った。

 

 この人は迷宮案内人のゴイエフと名乗った。

 迷宮案内人とは、エルロー大迷宮の構造を熟知し危険極まりない魔境の中で、安全に通り抜けられる経路を頭の中に叩き込んでいる人たちの事だ。

 そして仕事柄、案内人自身も実力が無ければ務まらず、服の下には鍛え上げられた屈強な肉体があるのを感じ取った。

 

 俺たちは一部情報を伏せて、大迷宮を通り抜けたい事を告げた。

 それを聞いたゴイエフさんは、深く悩んだ末に断った。

 

 迷宮案内人は様々な人物を案内する事になるので幅広い人脈を持っており、そこから俺たちの事も耳に入っており、それが無実の罪だということは気付いているようだった。

 

 しかし……

 

「申し訳ありません。此方も生活と命が懸かっていますので。下手にあなた方に力を貸して帝国に目をつけられる訳にはいきません。……私が良くても家族にまで、その危機が及ぶかもしれないと考えると」

「そうですか」

 

 ハイリンスさんの落胆した声が聞こえる。

 しかし、ゴイエフさんの言い分も理解出来る。

 この家の中には子供を含む何人かの気配があるのが分かっていて、彼にも家族がいるのに無理に巻き込むのは、さすがに再三と食い下がって頼み込む事は出来なかった。

 

 それほどまでに、俺たちに貼り付けられた国家に反逆した罪人というレッテルは重く、無実だと知っていても国に逆らうという行為は簡単な事では無いのだと、肌で感じる事になった。

 

「なんだ、腰抜けが案内したく無いってんなら、俺が案内してやろうか?」

 

 意気消沈する俺たちに、けたたましくドアを蹴り飛ばして現れたのは、年齢の衰えというものを全く感じさせない立派な体躯を持つ老人だった。

 酒瓶片手に現れたこの老人は、ゴイエフさんの父親で、バスガスさんと名乗った。

 そして、腑抜けたゴイエフの代わりに、自分が案内人をやってもいいと言う。

 

「帝国が怖くて案内人なんざ、やってられるか。帝国よりも、迷宮の奥底にいる化物どものほうがよっぽど恐ろしいぜ。迷宮案内人が恐れるのは人じゃねぇ、迷宮だ。違うか?」

 

 バスガスさんが語気を荒らげて、ゴイエフさんに鋭く言葉を突きつける。

 言っている内容は暴論とも取れるような事なのに、ゴイエフさんは息を詰まらせて反論出来ないようだった。

 オメエだって、今のままでいいとは思ってないだろ、老いぼれが勝手にやった事だと釈明すればいいと説得され、ゴイエフさんの勢いが急速に無くなると彼は俺たちに向き直して言う。

 

「こんな引退した爺で良ければ案内するが、どうする?」

 

 ハイリンスさんとカティアは悩んでいるようだけど、俺は直感的にこの人なら信じられそうだと感じ取った。

 それを念話で共有すると、一瞬バスガスさんが反応したのを目敏く見抜いた。

 念話を盗み聞くなんて簡単な事では無いのに、それを行えている事から実力は確かだ。

 

「よろしくお願いします」

「おうよ。つっても、そうたいした事は出来んがな」

 

 謙遜にしても、否定が過ぎるだろう。

 確実にバスガスさんが、一角の人物であるのは明確なのだから。

 

 その後、ハイリンスさんとバスガスさん二人が主導して、今後の予定を話し合う。

 ゴイエフさんも諦めて、出来得る限りのバックアップをしてくれるようだ。 

 

 その途中でフェイから念話が入り、先生がいることを確認されると念話を切られた。

 そしてフェイは先生に念話を繋いだらしく、幾つか会話を重ねると先生は出掛けると言い出し、そこにカティアやユーリも含めて女性陣全員が出掛けていった。

 何故か俺は残るように言われたので、不思議に思いつつもカティアたちの実力ならよほどの事が無ければ大丈夫だろうと見送った。

 

「最近の女子供は強いな。あの子ら相当なやり手だろう?」

「人の能力を詮索するのは、マナー違反じゃないんですか?」

 

 戦闘時なら兎も角、基本的には失礼な行為だと教わってきた。

 その戦闘時でも、鑑定の不快感で魔物の怒りを買うなど、危険性もある事も知っている。

 

「普通はな。だが、俺たち迷宮案内人は案内する連中の実力をある程度把握している必要がある。迷宮内では案内人の判断で客の命が左右されるんだ。その責任を果たすためマナーなんてお綺麗な事は言ってられねえのさ」

 

 肩をすくめて、バスガスさんが悪びれもせず語る。

 

「鑑定なんざしなくても、そいつがどの程度出来るのかは一目で分かるようになった。つっても、精度はあんま高くねえけどな! ……おめえさん方が全員、相当な手練れなのは分かる。だがな、迷宮じゃそんな人間でもアッサリ死ぬ時ゃ死ぬんだよ。気ぃ抜かない事だ。特に、周りの人間すら見えて無さそうなオメエさんはな」

 

 バスガスさんが最後に挟んだ忠告に、俺はドキリと痛感する。

 確かに近頃注意が散漫になりかけている気がしているし、カティアやユーリの心配する言葉にも冷淡に聞き流して、反省も何もしてないようだったと思い返す。

 

 さっき別れたばかりの彼女たちの表情すら、朧気でハッキリとしていない。

 カティアは何て言った? ユーリの表情は? 

 そう言えば、フェイの調子も何処と無く変だったような? 

 

 俺の様子がおかしいままだからか、みんな余所余所しくギクシャクした雰囲気だったと、今更になって気付いた。

 

「すみません。少し……、目が覚めました」

「それを言うのは俺じゃ無いだろ?」

「はい」

 

 帰ってきたら、謝らないとな。

 まだ真実を告げる勇気は無いけど、今までの事は謝りたい。

 

「若いねえ」

「戻りました」

 

 バスガスさんから温かい視線を向けられ、何となく居心地の悪さから顔を背けていると、頃合い良く先生たち女性陣が戻ってきた。

 

 今までの事を謝るべく、彼女たちを出迎えるために振り返ると、その人数が一人増えている事に気付いて視線が留まる。

 

「もしかして……」

「ジャジャーン! フェイちゃん人型バージョン本日大公開!」

 

 溌剌としたテンションで、キメポーズまでして高らかに宣言する少女。

 光り輝くような色素の薄い髪に、背中に翼の生えた天使のような姿。

 だが、その顔は前世の記憶にて、見覚えがあるモノで。

 

「フェイ、なのか?」

「イエス! 進化して光竜のスキルが追加されたんだけど、実は、その効果の中にあったのよ! 人化!」

 

 やたらとテンションが高く、俺が口を挟めそうに無いほど盛り上がっているのは、転生してから地竜として生きてきたので人型の姿になれた事は、俺が想像も付かないような喜びなんだろう。

 事情が分からないバスガスさんとゴイエフさんが目を丸くしているが、説明するのも難しいので今暫くは置いておく。

 

 フェイが着ている見慣れない服から、女性陣が出掛けたのは服を調達するための事だったのだと理解した。

 それなら、俺は同行出来ないのも当然か。

 

「ちょっと、それだけ? もっと何か無いの?」

「……そうだな、似合ってるよ」

「でしょでしょ! やっぱあたしってば輝いてるぅー! よっ! 美少女!」

 

 フェイから感想をせがまれ、俺は答える。

 それに反応し、さらに気分良く小躍りし始めるフェイ。

 

 フェイの前世である漆原美麗は、自ら美少女と名乗っても許されるくらいには容姿が良かった。

 だからこそ自尊心が強く、自分よりも持て囃されていた若葉さんのことが許せず、イジメなんてしていた訳だが。

 

 その顔の良さのおかげで、今の翼を生やした半竜人といったフェイの姿も、違和感が無い。

 とても神秘的な見た目になっているけど、その言葉遣いや行動によって、あぁフェイなんだなと安心するが。

 だがしかし、これでエルロー大迷宮に侵入する際に、フェイが内部に入れないといった事態は、無くなっただろう。

 

 フェイの人化という大事件で流されていたけど、改めて俺はみんなに向き合う。

 なんかタイミングが悪い感じだけど、後回しにすればするほど二度と言えなくなりそうだから、今この瞬間に告げる。

 

「みんな、本当にごめん!」

 

 俺は深々と、みんなに頭を下げる。

 戸惑いの声が聞こえるが、そのまま続ける。

 

「俺、全然何も見えてなかった。ただ、ユーゴーに会う事だけ考えて、みんなにどんな影響与えているのか気付いてもいなかった。だから……、迷惑掛けて、ごめん!」

 

 頭を下げたまま、一気に言い切る。

 微動だにせず、俺は反応を待ち続けていると……

 

「シュン、顔を上げて下さいまし」

 

 カティアの言葉通りに、俺は真っ直ぐ起き上がる。

 そして、軽く。

 そう軽く、頬を打たれた。

 

「心配させた罰ですわ」

 

 殆ど衝撃も無い、ただ添えられたかのようなビンタは、俺の心を強く打ちのめした。

 

「……悪い」

「そう思っているのでしたら、これからは行動で示して下さいね」

 

 そうカティアは微笑みながら離れていく。

 入れ替わるように、ユーリが前に出てきた。

 

「あの……、シュンくん。その……、理由とか、聞いてもいい?」

「ごめん、それはまだ……。俺も整理が付いて無いんだ。だから……、もう少し待ってくれ」

 

 俺自身も、まだ全部は理解しきれていなくて、何をどう話していいのかも分からず、断片ですら上手く言えないんだ。

 けど、そう言われる事も予想出来ていた、だから……

 

「いつかは、必ず話すから」

 

 自分勝手な事を言っているのは分かっている。

 でも、今はこれで許してくれ。

 

「…………待ってるから」

 

 儚げに言うユーリ。

 その表情に胸がジクジクと痛むが、奥歯を噛み締めて抑え込む。

 

 俺一人だけじゃない。

 付いてきてくれたみんなの事も考えないで突っ走るなんて、勇者失格だなと自嘲する。

 これでは、俺は兄様に顔向け出来やしないなと。

 

 いや、そもそも人としてダメか。

 

 弱くて、愚かで、挫折に苦しむ、ただの人間。

 結局、俺はそんなものなんだから、この真実も手に余る代物だ。

 それを背負い込んでしまった俺が取るべき選択は、まだ分からない。

 

 でも、この大迷宮を潜り抜けるまでには、必ず決断したい。

 

「ありがとう、みんな。……付いてきて、くれるか?」

 

 静かに頷いてくれる、みんな。

 俺たちは、エルロー大迷宮突入に向けて準備を始めた。




「そのままダズドルディア大陸のほうで時間を潰してく……、アイエェ!? 案内人ナンデ!?」
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