【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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鬼3 心鬼身責

『——贖え』

 

 目を閉じて意識を集中させる。

 無我に潜航しようとする僕の邪魔をすべく、その言葉が魂に直接語りかけてくる。

 

『——贖え』

 

 精神を直接揺さぶられるような思念に対し、僕はただ見詰めるだけ。

 罪の記録があった。

 贖罪の歴史があった。

 けど、それに対し僕は何も思わない。

 

『——贖え』

 

 これは、この世界で生きる全ての人間に向けた言葉。

 星を破滅間際まで追いやった、その引き金を落とした人間たちに、罪を自覚させるための言葉。

 それが禁忌。

 

 しかし、それとは全く関係無い世界で生きていた僕ら転生者が、向き合うべき罪とは何なのか。

 その問いの答えとは……

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、瞼を開いていく。

 まず視界に映ったのは、馬車の内装。

 少し顔を横に向けて、窓の外を軽く眺める。

 

 視界に飛び込んできたのは、帝国の軍旗を掲げた兵士たち。

 しかし、彼らは帝国の兵士では無い。

 魔族軍第八軍、捨てても惜しくない使い捨ての軍。

 僕が暴力で支配し、率いる軍だ。

 

 小さく誰にも気付かれないように、そっと静かに溜息を吐いてから視線を切る。

 

 現在、僕たちはエルフの里に向けて人族領域を進軍中だ。

 鎧や服装を帝国軍に偽装し、予め神言教の根回しが済まされている事で、誰に見咎められる事も無く軍を進めていた。

 

 現時点では、ただ軍団を歩かせるだけなので特にする事も無く、僕は記憶を振り返る。

 

 

 

 

 まず脳裏に浮かんだのは、神言教の教皇の事だった。

 白さんたちに連れられて教国に訪れたときの出来事を思い出す。

 

 先に神言教について振り返ろう。

 

 神言教が掲げる教義、スキルを育てて神の御言葉をより多く聞く。

 それは、生きているうちに、蓄えるエネルギーを多くしろというもの。

 

 この世界の住人はシステムによって、スキルやレベルアップなどを果たした時に、それを告げる声を聞いて育っている。

 それを神の声として崇めるのが神言教であり、その事に違和感を覚える人間は少ない。

 それが当たり前であり、そう言い聞かせられてきたのだから。

 変だと思うのは、別の世界を知っている転生者くらいなものだろう。

 

 真実を知ってしまえば、笑えない。

 神言教は、宗教という枠組みを利用して、人族に広く強要しているのだ。

 世界の礎となれ、と。

 

 幼い頃から刷り込み自分の意思で、神言教の教義に従っていると信じ込ませる。

 それは非常に効率的で、何処か悍ましくも感じてしまう。

 

 人の命が、ただの消耗品のように扱われているからだろう。

 まるで牧場のように、人族は神言教という羊飼いに操られるまま、育てられて出荷されていく。

 その事に、人族が気付いていないというのもまた、恐ろしさに拍車を掛ける。

 

 そんな牧場を作り上げたのが、神言教の教皇ダスティン。

 神言教を知れば識るほど、それを構築した教皇の手腕がより恐ろしくなる。

 

 神言教で最も恐ろしいのは、その絶対壊れる事無き機械のような組織力だ。

 人族領域のほぼ全域に渡って、大陸各地に神言教は教会を作り、影響力を持っている。

 例外となるのは、女神教を信奉しているサリエーラ国くらいだ。

 

 神言教の関係者の多くは、念話の上位スキル、遠話を習得している。

 そして、各地に散った教会には遠話が使える人を配置しており、リアルタイムとはいかないが、遠く離れた場所の情報を素早く得られるシステムを構築していた。

 伝言ゲームのように、距離の制限は中継を挟む事で克服して情報を集積し、それにより得られた情報を元にして、情勢を読んで世界を動かしていくのだ。

 

 それ以外にも様々な仕組みを作り上げ、神言教という組織を盤石に仕上げていた。

 注目すべき点は、それらの仕組みには人手が多く必要であるが、決して突出した才能が必須では無いという事だ。

 遠話しかり、神言教を回す上で必要なスキルというのは、一般的なものばかり。

 誰でも、その気になれば覚えられる。

 

 つまりは、誰が欠けても回る組織構造。

 それは教皇ですら例外ではない。

 ダスティンという名を受け継いだ教皇が不在でも、問題無く組織が回り続けるように、神言教が揺らぐ事の無いように、組織の基盤というものが恐ろしいほど地固めされているからだ。

 

 絶対的な不壊の組織とするために、遥か昔から長い時間を掛けて作り上げる。

 それを成し遂げた教皇は、間違いなく大局を見据える賢者と言えた。

 けれど、それに驕ること無く、人を使い、人を支配している。

 

 まさしく人の王。

 僕が見てきた人物の中では、異質な存在だった。

 

 アリエルさん、白さん、苔森さん、ソフィアさん、メラゾフィスさん、ユーゴーなどは、自身が強者として極まっているが故に、下々に頼るという事をしない。

 個人で出来る事が多いからこそ、他者を率いる王として成り立っていないのだ。

 

 メラゾフィスさんは、ソフィアさんの従者という意識からか、率先してあらゆる仕事を片付けてしまい、部下などに任せる事が少ない。

 ユーゴーの統率力は、暴力とカリスマによって支えられているもので、賛同する人々からは強い支持を受けるが、相性が悪ければトコトン反発されるやり方だ。

 苔森さんは、ちょっと特殊だけど本質的には同じ、王というより群れの長であり、狭い範囲なら強固に繋がりを結んでいるが、その範囲を越えて影響力を広げられない。

 

 彼ら彼女らの率い方は、要たる人物が欠けたら成立しなくなる、強くとも脆い集団である。

 

 それらと比べて教皇の支配は、なんという完成度の高さだろう。

 自分の力とその限界を見極め、早い段階から組織作りに焦点を絞って行動してきた。

 そのような事を、アリエルさんから予め教えてもらっていた。

 

 ……だが、実際に会ってみて、それは上辺だけしか理解してなかったと痛感した。

 

 

 僕が初めに抱いた第一印象は、普通の老人にしか見えない、……だった。

 強者には一切見えず、ほんの少しの害意で以って腕を振るえば、容易く命を吹き消せるような、その程度の力量しか秘めていない。

 

 そう確信でき、直感に嘘は無い。

 しかし、それはあくまで戦闘能力に限った話だ。

 アリエルさんをして、化物と呼ぶような教皇。

 その片鱗を焼け付くほど鮮烈に、垣間見る事になった。

 

「だからこそ、私は積み上げられた死体の山が、無駄にならぬようにしております」

 

 耳にこびりつく、その言葉。

 其処に込められた不動の意思が、どれだけ僕を打ちのめしただろう。

 

 あの教皇は、その言葉の通りに幾億もの罪科を積み重ねて、それでもなお歩みを止める事を選ばなかった、恐ろしいほどの信念で塗り固められた人だった。

 

 大を生かすために、小を殺す。

 そのためなら、前世での僕の親友の俊、その兄であり、そして各方面で人気もあり能力も歴代の勇者にだって劣らない、手塩にかけて育んだ勇者ユリウスですら、あっさりと売り渡してみせた。

 

 大局的に利があるのならば、小さな犠牲すら躊躇無く容認する。

 それが、小に割り振られてしまった、本来守るべき人々を虐殺する事でも。

 

 ソフィアさんの故郷は、神言教が計画した女神教を滅ぼすための作戦で戦火に巻き込まれた。

 その際、決して少なく無い無辜の人々が犠牲となっていた。

 

 人殺しは、いけない事だ。

 疑問や理由など、理屈で説明出来るようなモノじゃない。

 しては、ならない。

 其処に理屈など無い、ただ人が人であるからこそ忌避する行動。

 

 それは悪。

 けど、その悪に手を染めてでも、守りたいモノがあるとしたら? 

 大罪だと知りつつも、それ以外に目的を果たせる手段が無いとすれば? 

 

 その事実に対し、教皇が返した答えが、さっきの言葉だった。

 教皇が行っている事は、己にとって都合のいいように世界を改変させる行為。

 けれど、それは個人の利益を求めた行動ではなく、純粋に世界を案じているからこそだった。

 

 その在り方が、恐ろしい。

 しかし、僕の罪悪感に罅をいれるほどの衝撃だった。

 

 己が為してきた事を誇るでもなく、むしろ犠牲にしてきた死者たちに詫びるかのように。

 けれど、立ち止まることは無い。

 己の存在全てを擲ってでも、多くの犠牲を積み重ねてでも、それ以上の人族を救うために。

 

 何かを救うために悪に手を染め、その罪を濯ぐために新たな悪行を延々積み重ねる、終わりなき贖罪の連鎖。

 終わりが無いと許される事は無いのだと知りながら、それでも続ける贖罪の旅路。

 それは、どれほど過酷なのか。

 

 その時になって初めて僕は、教皇の底知れなさを実感したのかもしれない。

 

 分からなかった。

 その頃の僕は、自分がどうあるべきか、生き方を見失っていた。

 

 憤怒に呑まれ、狂気のまま殺戮を繰り返す僕。

 苔森さんたちと出会い、憤怒を封印して貰って理性を取り戻せたのは、奇跡でしか無い。

 あのまま理性を取り戻す事も無く彷徨い続けていれば、遠くない未来に力尽きて野垂れ死ぬか、取り返しのつかない罪を重ね続けていただろう。

 

 僕は、幸運にも生きている。

 生きているからには、犯した罪を濯ぐためにも、何かを為したいと思った。

 けれど、何を為せばいいのか、答えを定める事は出来ていなかった。

 

 ただ、先をゆく人たちに追従するだけ。

 世界を、星を救うために、命を奪うことを選んだ彼女たち。

 

 大義を成し遂げるために、人の命を奪うことは、果たして正義なのか? 

 僕は、ずっと悩んでいた。

 

 僕には、そう簡単には割り切れそうに無い。

 前世の頃から、曲がった事が嫌いだった。

 潔癖なまでに、自分自身に対し、人々に対し、世界に対し、正しくあれと願っていた。

 

 けれど、憤怒に支配されて人々を虐殺した時から、僕は自分の生き方を見失っていた。

 正しさに、背いた僕。

 あるべき姿を無くした僕は、進むべき道も分からずに、ただ何となく背中が見えているからと、揺るがぬ目標を定めた彼女らの足跡を追い掛けるだけ。

 

 そこに訪れた教皇の言葉は、一縷の望みとなった。

 正しくないと知りながら、それを罪と知りながらも進み続け、大義を為す。

 それは険しく苦悩に満ちた、辛い生き方だろう。

 

 

 苔森さんも似たような事を言っていた。

 

「殺しなどの非道を行っても、外道は認めない。そこが私という在り方の線引きだから。だから、このルールだけは絶対。それに従って善行もするし悪行もする。その果てに自ら引き起こした事を悔やんだりはしない。それでみんなを、家族を救えるのなら、私は悪でいい」

 

 神言教の暗部の家に転生していた、前世ではお調子者なムードメーカーで、今世でも変わらずな愛されイジられキャラのままだった、草間忍ことサジンも、このような事を言った。

 

「難しく考える必要はねーと思うけどな。正義とか悪とか、結局のところ立場が違うだけだろ? だったら自分の立場で正義を貫けばいいじゃん」

 

 彼らの言葉と意思は、眩しいくらいにまっすぐで揺らがない。

 そう言い切れる彼らが羨ましいと思った。

 

 

 

 

 そうだ、僕が進むべき道は、こういう生き方だ。

 

『——贖え』

 

 禁忌が訴える、その言葉。

 それに同調しつつも、斬り捨てる。

 

 ああ、贖うとも。

 けれど、禁忌に言われたからじゃない、僕自身のエゴの為だ。

 

 僕が殺してしまった人々の死に、報いるため。

 その死を、無意味にさせないために。

 

 僕の身勝手で殺し、身勝手に贖罪を求めて、また殺す。

 

 謝罪はしない。

 僕が切り捨ててきた背後に広がる死者の轍にも、もう振り返りはしない。

 

 僕は、許されざる悪だ。

 ならば、全ての罪も穢れも背負って、僕は大義のために正義を為そう。

 それこそが、咎人たる僕が唯一、成し遂げられる事。

 

 罪を背負った、ならばその罪のために最後までやり通す。

 その果てが死であろうとも、構わない。

 足掻き続けた先に、成し遂げるか、惨めに死ぬか、それだけ。

 そして、成し遂げた暁には、僕は罪を禊ぐために、自死すら構わない。

 

 いつかの終わりのために、最期には滅びが待ち受けていようとも。

 もう、立ち止まりはしない。




心の鬼が身を責める。
僕が犯した罪は、心からの正義において、自らの魂に反したこと。
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