【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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カティアの口調についてコレジャナイ感が強いと思いますが、原作とは違う方向性で覚醒したせいなのだと思って下さい。


S8 脱出

 地龍が沈む。

 頭部を焼き尽くされ消失した事により巨体が鈍重に崩れ落ちると、死した地龍を弔うかのように重々しく大地が鳴動した。

 

 俺は、確実に地龍が生命活動を停止している事を認識して、静かに瞑目する。

 

 すまない。

 殺した俺が言うことじゃないけど、どうか安らかに——

 

 手にした剣を握る手に、生々しい感触が蘇る。

 また一つ、この手で命を奪ったのだと魂に刻み込む。

 

 なんて、軽い——

 命の価値が、それを奪った俺の手が。

 なんて、重い——

 命を奪った事が、そうしなければ為らなかった俺の罪深さが。

 そのように、強要させる世界そのものが。

 

 これが、この世界と日本との違いだとしても、俺は嘆かずにはいられない。

 魔物は人を襲うから、殺して当たり前。

 魔族は敵だから、殺して当たり前。

 人ですら、些細な切っ掛けで簡単に殺し合いになる。

 

 そして奪った命に対して、この世界の人々はあまりにも無頓着だ。

 なら、せめて俺だけでも、あらゆる命は重いのだと、十字架を背負わなければならない。

 

 ユリウス兄様が死ぬまで理想を追い続けたように、俺もまた命の価値は重いのだと、一生変わることなく想い続けなければ為らない。

 

 命を奪うことが怖い。

 命を奪われることも怖い。

 それでも、俺は足を踏み出そう。

 それがどれほど苦しみを生む一歩であろうとも文字通り魂を削る所業だとしても、進まなければ道は見えないのだから。

 

 たとえ、それが世界そのものと反するような、愚かな思想であろうとも。

 仲間がいれば、きっと——

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。一時はどうなるかと思ったが、まさか龍殺しを達成するとはな」

 

 バスガスさんが大きく溜息を吐きながら、地龍の死骸へと油断無く近づいていく。

 そして俺たちに確認を取ってから、空間収納が付与されている袋の筒口を開き、まるで空間ごと吸い込むかのように地龍の巨体を格納した。

 魔物の素材は部位によって様々な用途があり、龍ともなれば全身が宝の山のような物だからだ。

 

「この地龍が、大通路で一番危険な魔物ですか?」

「バカ言え。こんな大物、普段はいねーよ。大通路で一番厄介なのは、その下の地竜だ。こいつはおそらく、地竜が進化したものだろう」

「なるほど。確かに、鑑定して見えたレベルは低かったです」

「だろ? 他の魔物の姿が見えないのも、進化したてのこいつが、手当たり次第に食い散らかした結果だろうよ」

 

 地龍を仕舞い終えたバスガスさんと言葉を交わし、この地龍が居たからこそ大通路の異常事態が起きていたのだと、俺たちは理解した。

 俺は周囲を見回し危険が無さそうなのを確認してから、カティアのそばに寄る。

 

「大丈夫か? カティア」

「ええ、勿論ですわ。心配掛けて悪い」

 

 最初は物腰柔らかな言葉遣いで、続く言葉は気安い砕けた口調でカティアが言う。

 その話し方に一瞬疑問を覚えるが、雰囲気は変わっていないので気のせいかと思った。

 

「服がダメになってしまいましたわ。替えの服はあったかな……」

「分かった、荷物から……」

「待って、シュン」

 

 カティアが、俺を呼び止める。

 腕に加わる抵抗感から、袖口をギュっと掴まれているのを感じ取った。

 

「あの時、戦うって我儘を認めてくれてありがとう。おかげで私は大切なモノが何なのか、気付けましたわ」

 

 それは地龍との戦いでの事だろうか。

 俺は、とくに何かした憶えは無いけど……

 

「……カティアに、お礼されるような事はしてないと思うけど」

「それでもですわ。感謝しているんだから素直に受け取れ」

 

 何とも言えない奇妙な感覚に、俺は首を傾げる。

 まあ、背中をバッサリいった大怪我にしては体調の悪さは見られないし、元気そうなら安心だ。

 

 

 そう思った時、特級の悪寒が走った。

 瞬時に振り返ると、岩の上から此方を見下ろす八つの真っ赤な無機質な眼と視線が交わる。

 僅かな光すら塗りつぶす暗闇だというのに、そこだけ世界から浮いているかのような白い体躯が瞳に映った。

 

 白い甲殻と体毛に覆われた体は、先程の地龍と比べれば小さく映る。

 だが、その存在感はこれまで見てきた魔物の中でも、桁違いに大きかった。

 それに当てられて、誰一人として動けない。

 俺もカティアを守るように、崩れ落ちないように虚勢を張るだけで精一杯だった。

 

『勇者?』

 

 不意に、声が聞こえた。

 その声は念話であり、俺では無い誰かに向けて発せられたもの。

 それを傍受しただけに過ぎなかった。

 

 気付けば、悪夢の残滓と呼ばれる蜘蛛の魔物が、数え切れないほど無数に居た。

 

『支配者?』

『支配者』『支配者』

『鑑定不能?』

『鑑定不能』『鑑定不能』

『転生者?』

『転生者』『転生者』

『でも弱い?』

『弱い』『弱い』『弱い』『弱い』『弱い』『弱い』

『弱い弱い』『弱い弱い』『弱い弱い』『弱い弱い』『弱い弱い』『弱い弱い』

 

 そこかしこから聞こえてくる念話が、脳内で反響する。

 

 無数の赤い視線。

 闇を埋め尽くすように、浮かび上がる白。

 

 口の中が渇いていき、思考が停止しそうだ。

 聞き捨てならない言葉も聞こえるが、俺は動けない。

 今動くと、背後のカティアを始め、仲間を危険に晒してしまう。

 

「転生者……?」

 

 口の中で、ヒッソリ呟く。

 この魔物は、俺たち転生者のことを知っているような口振りだ。

 声を張り上げて、その真意を問い正したい気持ちが膨れ上がるが、グッと堪える。

 俺のせいで、悪夢の残滓が襲い掛かってくる事になれば、目も当てられない。

 

 ふと、念話が止まって、痛いほどの静けさが訪れる。

 気付けば、全ての悪夢の残滓の視線が、俺を貫いていた。

 

『転生者?』

『そう言った』『そう言った』

『どうする?』

『宣言』『宣言』『宣告』『宣告』

 

『告げる』

『終わりの始まり』

『世界が始まる』『世界が終わる』

 

『どうせ死ぬ』『みんな死ぬ』

『何しても無駄』

『諦めろ』『立ち止まれ』

『それでも進むなら』

『みっともなく』『生き足掻けばいい』

 

 そう言って、悪夢の残滓は俺たちの前から姿を消していった。

 まるで、この先の未来を予言するかのように、不吉な言葉だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 俺たちが硬直から復活したのは、たっぷり時間が経ってからだった。

 周囲に魔物の気配が一切無いのを良い事に、俺たちは各々座り込んだり岩に背中を預けたりして休息を取っていた。

 あの何事にも動じなさそうなバスガスさんも顔色を悪くして座り込んでおり、昔遭遇したという悪夢とのトラウマが刺激されていたのかもしれない。

 

 他のみんなも似たようなもので、一度会った事があるハイリンスさんも何事にも物怖じしないと思っていたフェイですらも、若干引きつった表情に見えた。

 唯一平気そうな顔をしているのは先生だけだ。

 

 もし、あのまま戦いになっていたら、まず勝利はあり得ない。

 鑑定は控えたがあの時、地龍にも匹敵するような強さを感じた悪夢の残滓が、数えるのも億劫なほどいた。

 多少の個体差はあったとしても、それだけの大群かつ地龍相当の魔物が相手では、逃げ出すことすらままならず、俺たちは死んでいただろう。

 

 俺たちは幸運にも、ただ逃されたに過ぎないのだと実感した。

 

「神様の声が聞こえた……。大丈夫、神様が見守って下さる、それだけで……。そういえば先生は平気そうですよね?」

 

 ユーリの瞳が一瞬濁ったように感じると、次の瞬間には急速に顔色が復活していき、普段の調子を取り戻した。

 そして、一人だけ最初からずっと平然としていた先生に声を掛けた。

 その問いに先生は、そうでもないのだと答える。

 

「いえ、平気じゃありませんよぅ? ガワだけ見れば可愛かったんですが、あの中身は、ちょっと気味が悪かったですし……」

「可愛い……?」

 

 前世から先生がゲテモノ好きだというのは知っていたが、あの悪夢の残滓を見て、そんな感想を抱けるのは正直凄いと思う。

 ただのキャラ作りの一環だと思っていが、本気で蜘蛛とか好きなのだと初めて理解した。

 

「ところでぇ……。あの子たちが言っていた事、どう思います?」

「分かりません。情報が少なすぎる」

 

 あの悪夢の残滓たちが言っていた、警告らしき謎の言葉。

 そもそも、悪夢の残滓と呼ばれるあの魔物たちは一体何なのか。

 

 人族語を解するだけの知能。

 念話まで駆使する仲間同士の連携。

 ただの魔物と言うには、あまりにも異質な存在。

 

「終わりの始まり……。みんな死ぬ、か」

 

 不吉な言葉だけが、延々と繰り返される。

 けど……

 

「みっともなく足掻いてみせるさ、最後まで」

 

 俺がする事は変わらない。

 足掻き続けた果てに、ようやく得られる奇跡を目指すだけだ。

 

 

 

 

 

 

「お世話になりました」

 

 俺たちは、バスガスさんに頭を下げる。

 

 悪夢の残滓と遭遇した後の迷宮攻略は驚くほど順調に進んで、進化したての地龍が魔物を根刮ぎ食らい尽くし、そして悪夢の残滓も居た事により、あの大通路一帯全てから魔物そのものが少なくなっていたのが有利に働いたのだろう。

 その後、悪夢の残滓と再び遭遇することも無く、特筆すべき事件も何も無く、俺たちはエルロー大迷宮を抜けて、バスガスさんの拠点に一晩泊まり英気を養った。

 

 そして次の日の朝にはもう、エルフの里に向けて旅立つことにしたのだった。

 バスガスさんとは、此処でお別れだ。

 

「しかし、本当に地龍の素材は俺が全部貰っていいのか? 売れば一財産だぞ?」

「ええ。急ぎの道中ですし地龍を入れられるほど、こっちの空間収納袋にも余裕は無いですから。お世話になったお礼だと思って下さい」

「なら、遠慮無く頂こう」

 

 バスガスさんが、大きくニカっと破顔する。

 

「……では」

「おう、最後に一ついいか?」

 

 別れを惜しみつつも足を進めようとした俺を、バスガスさんが引き留める。

 

「坊主。これは俺の勘なんだが、近い内にデカイ事件が起きる気がする。根拠はねぇ。ただ、ここ何年か拭いきれない不安が常に張り付いているような感覚がする。坊主が巻き込まれた騒動もその前触れなのかもしれん」

 

 そうなのかもしれない。

 ここ最近の世界の動きは、非常に活発だと感じていた。

 

「俺は坊主たちを案内した事で、世界が少しでも良い方に転がるよう願っているぜ。そうなれば、案内人冥利に尽きるってもんだ」

 

 差し出された、バスガスさんの手。

 

「励めよ、坊主。俺が出来んのは迷宮を案内するので限界だ。だが、こんな老いぼれで良ければ、また案内してやる。だから死ぬんじゃねえぞ、生きて再び顔見せに来い」

 

 俺は、その手を力強く握り返し、堅い握手を交わした。

 

「はい、また会いましょう。バスガスさん」

 

 バスガスさんの激励と約束に、俺は裏切らないようにしたいと誓った。

 

『バスガスさん、いいオジサマだったよねー』

「そうだな」

『あっ、あれ蝶じゃない? 鮮やかな色のっ』

 

 竜形態に戻ったフェイに乗り込む時、フェイの視線の先には緑色の翅を持った虫が居た。

 その丸々とした姿には見覚えがある。

 たしか、あれは……

 

「それ、蛾らしいぞ」

『うぇっ!?』

「ちょ、フェイ!? 急に動かないで下さい!」

「あわわ、落ちる!?」

 

 驚きでフェイの体が跳ねた事により、背に乗り込んでいたカティアやユーリがバランスを崩して慌てふためいていた。

 

「締まらねぇなぁ。オメエさんら」

 

 そう苦笑するバスガスさんに見送られながら、俺たちは空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 バスガスさんと別れて、エルフの里に向かう旅を続ける俺たち。

 フェイの背に乗って移動すること二日、サリエーラ国の端に位置する街へと辿り着いた。

 

 エルフの里へと通じる転移陣はこの国に隠されているようで、その場所へ向かう最後の補給地点として、この街へと足を踏み入れていた。

 

 フェイも人型となり、翼を隠すためにゆったりとしたマントを着て、ついてきている。

 この世界はファンタジーじみているけど獣人などの種族はいない。

 そのため、こうでもしなければ翼を持つフェイは目立ってしまうからだ。

 

 ただ、この国では少々事情が異なるかもしれないと言う。

 

「サリエーラ国は女神を信仰する国家です。そして言い伝えでは女神は白い翼を持っていたとか。フェイちゃんの翼を見られたら、何をされるか分かりませんよぅ?」

 

 先生曰く、最悪女神の真似をする不敬者として襲いかかられるかもしれないと言う。

 おそらくはその逆で、崇められるだろうとの話だが、なにせ考え方が違うので何が起こるのか、先生にも読めないという。

 最近ではあの迷宮の悪夢を崇めた神獣様とか、空を飛ぶ人影を見たという事でそれは女神様の影なのだと祀る考えもあるらしい。

 

 ユーリも女神教は邪教との事で、崇める神様は同じだとしても考え方が全くの別物なので神言教とは相容れないのだと、声高々に叫んでいた。

 そのユーリは現在、下手な事を言ってしまわないように口を噤み、周囲の情報をシャットアウトするべくフードを被ったその下で、耳を塞ぎながら歩いていた。

 

 神言教と女神教との折り合いの悪さについては、実際に過去戦争をした事もあるほどで、二つの宗教の間には想像もつかないほど根深い恨み辛みがあるだろう。

 

 だが、俺には結局のところ、どっちも本質は同じなのではという気持ちがあった。

 

「スキルを捧げよ! さすれば救われる!」

 

 これが、女神教の街で声を張り上げる神官らしき人の言葉だ。

 先生が言うには、サリエーラ国とは管理者サリエルを神として祀る国で、その方法を宗教として纏めたのが女神教だと言う。

 

 神言をより多く聞き、スキルを育てる事を推奨する神言教。

 そのスキルを、サリエルに捧げる事を説く女神教。

 

 その崇める神様も一緒であり、育て上げたスキルも結局のところ、最後にはシステムと呼ばれる世界の仕組みそのものに、還元させなくてはならないのだから。

 それが、この世界で生きる人々に課せられた宿命。

 二つの宗教の違いは、それを還元させる時が生前か死後かの違いでしか無いのだと、たったそれだけの事なのだと気付いたから。

 

 そして女神教の教義について知った事で、得られた知識もあった。

 

 スキル消去、か……

 

 スキル消去とはスキルポイント無しで獲得出来るスキルであり、数日かけて自身が取得しているスキル全てを消すスキルだ。

 発動するば全てのスキルが消えるまで止まらず、狙ったスキルだけを消すとかも出来ない。

 消えたスキルは戻ってこないが、また鍛え直せば再び獲得する事は出来るという。

 

 このスキルについては、女神教が言うスキルを捧げるとは何なのか聞いた時に知った事だ。

 先生が考えるスキルを捧げることへの見解は、だいぶ捻じ曲がったものだったが、このスキルについて知れたのは良かったと思う。

 

 このスキルこそが、鍵になる。

 俺は、そう確信していた。

 

 もし、全ての生命が一斉にスキル消去を選んだのなら、それはきっと……

 

 夢物語だろう。

 それでも、思わずにはいられない。

 俺は宗教について否定的だが、少なくとも女神教の考えについて悪くはないと感じていた。

 

 

 

「それでは、先生は協力者に会ってきますぅ。相手が相手なので、今回は先生一人で行かなくてはなりません。なので、皆さんは宿で待っていて下さい」

 

 物資を買い終えた俺たちに向かって、先生はそう言った。

 誰かついていくべきだと思うが、先生一人でなければならない理由があるそうで、俺たちは宿を取って待っていて欲しいと言う。

 

 それに対し、俺は……

 

「俺も、先生を含めたみんなに、説明したい事があります。だから先生、帰ってきたら……」

「んむ? ……かしこまりました。どうやら、大事な事みたいですしね」

 

 込められた重さを感じ取った先生が、真剣な表情に切り替えて答えた。

 

「それでは、また」

「ええ、待ってます先生」

 

 そして、俺たちは一時の間だけであるが、先生と別れる。

 それにこっちの方も、話したいことがあるみたいだしな。

 

 カティアと短く目で会話しながら、俺たちは宿の中へと入っていった。




「ベイビーども何しに出てきたの? ちょ、危なッ!? 敵に回ると、こうもヤバかったのか!」
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