次話にて、そのシーンを入れます。
何処か陰暗とした、樹齢何百年を思わせる無数の巨木が空を覆い隠す、深き森の中。
一見して人工物の欠片も無いような場所だけど、そこに似つかわしく無い不自然なまでの異質な結界が、眼前にて行く手を阻んでいた。
私、白ちゃん、アリエルさん、パペットたち四姉妹、計七人。
魔族軍から別れ、白ちゃんの転移で結界間際まで移動した私たちは、その結界の向こうを見詰めながら合図を待っていた。
先行していた帝国軍は結界外縁部まで到着し、地形の有利不利を解消するため更に周囲の木々を切り拓いているだろう。
そして合図があれば、大魔法を結界に放つという
実際には、その大魔法程度の威力では、結界は決して壊れない。
私たちを阻んでいるこの結界は異常なまでに堅固であり、どれくらい強度があるのかと言うと、クイーンタラテクトの全力ブレスにも小揺るぎ一つすらしないという。
このガラム大森林にはエルフの監視と威圧という事でクイーンタラテクトを配置しているので、実際に試した事があるとアリエルさんが言っていた。
そしてアリエルさんの全力攻撃でも壊れず、僅かな罅すらも入らなかった結界でもあった。
そのクイーンタラテクトを含むアリエルさん眷属の蜘蛛たちは、現在は丁度帝国軍の反対側に、エルフの里を挟んだ向かい側の森にて待機している。
アリエルさんから号令が掛かれば、すぐにでも動き出すだろう。
その位置取りは、結界を破壊すれば帝国軍魔族軍と蜘蛛の軍団両方から、挟撃を行える布陣となっていた。
そして私たちは、その中間と呼べる位置に居て、いざ結界が破壊されれば横合いから攻め立てることが可能な場所から、結界の遠く向こう側をジッと見詰めていた。
しかし、何故今は動かないのかと言うと、結界を破壊する最後の準備が整っていないから。
この結界は、ポティマスが考案した例の禁忌である星喰い技術を集結して作られているらしく、MAエネルギーを湯水の如く浪費して常時凄まじいほどの防御能力を発揮している。
効果はそれだけでは無く、光や空気など必要な物は透過しつつ害のある物は遮断する事に加え、通常の転移や念話などの手段も封じられているらしい。
そんな、星の生命力を無駄遣いして稼働する、超高性能の結界だった。
これがあるせいで、コツコツ地道にシステムが集めているエネルギーを横から掠め取られているのだと想像すれば、当然心中穏やかではいられない。
破壊する手段自体は、白ちゃんが事前に用意出来ているとの事で、以前地球に行った白ちゃんがDさんの持ち物を盗ん……貰ってきた中にあった、とある道具を使う予定だ。
いわゆる神器と呼べるモノ。
私が所持している魔術本とは性質が違うし、見た目もただの金属バットにしか見えないけれど、格としては遥か上にあるという、何とも得体が知れない代物だった。
それを用いて破壊する予定だけど、結界を破壊する前にまず行うべき事がある。
それが、エルフの里内部に存在する転移陣を、破壊する事だった。
転移陣とは、魔力つまりエネルギーさえあれば、誰でも使える長距離移動手段である。
そして、結界によって隔絶しているエルフの里と外部とを繋げる、唯一の出入り口でもある。
白ちゃんの下調べによって、結界という障害があるせいでエルフの里内では一箇所に纏めて設置されており、一旦全て束ねてから結界の外へ繋がる穴から外部まで通して、そこから各地へと転移させているらしい。
これら転移陣を残したままだと、たとえ物理的に包囲していたとしても、エルフらが逃げだせる余地が生まれてしまう。
そして、逃げた先で転移陣を破壊されては、追い駆けようにも厳しいと言わざるを得ない。
一応、長年の調査や追跡などで神言教が幾つかの転移陣の出入り口を把握しているらしい。
しかし、把握していない転移陣があるかもしれないし、全ての出入り口を見張るのも戦力の無駄になってしまうだろう。
なら、把握している転移陣からエルフの里へ侵入して、内側から転移陣全てを破壊してしまえばいい、というのが私たちの作戦であり合図を待っている理由だった。
もう分かると思うけれど、その合図こそが転移陣の破壊に成功したという連絡だった。
エルフの里内部に潜入しているのは、転生者の草間くんことサジン。
前世での名前が草間忍であり、だからなのか忍者という固有のスキルを所持していた彼。
神言教の暗部を担う家に生まれ、そこで訓練を施されていたらしいのでスキルの効果も噛み合い実力的には相当な強さらしい。
ただし人族基準であり、私たちのような例外、人外勢とは比べてはいけないけれど。
そのサジンには、ラースくんが作った炸裂剣という爆発する魔剣を渡してある。
教皇と打ち合わせの会談を行っていた時に、ラースくんなどを連れて行った事もあり、その際に休憩時間などで旧交を温め、様々な魔剣などを渡していたらしい。
その内の一本が、今回爆発物として使う炸裂剣だった。
なので、一応能力的には最適な役回りとなっており、転移陣を爆破して来るくらいなら問題無く可能だろうと送り出していた。
そうして待機しているが、それなりに時間が経過したにも関わらず、結界の向こう側では変化が何も起きていない。
なかなか連絡が来ないので、その後の作戦についても思い返し確認しておく。
転移陣の破壊が確認されれば、帝国軍が偽装の大魔法を発動させるのと同時に、白ちゃんが結界を破壊する。
そうしたら前後から、帝国軍と魔族軍そして蜘蛛の軍団が、目立つように派手に攻勢を行う。
表側の戦力である普通のエルフやシュレインたち勇者パーティがそちら側に向かっている間に、不確定要素も居なくなり手薄になった横合いから、私たちがエルフの里中心部へ突入する筋書きだった。
たぶんそこに、ポティマス本体が居るだろう地下施設などがあると予想しているので、機械兵器などを発見次第それら全て排除しながらポティマスの抹殺を目指す。
そういう話だったけれど……
「白ちゃんが何と言おうと、これだけは譲れないなっ!」
「ダメなものはダメ」
白ちゃんとアリエルさんが睨み合っている。
吹き荒れる威圧感と緊張感は、同行しているパペットたちがガタガタ怯えるほどの、密度の高い圧となって空間を支配していた。
その睨み合いの原因は、ポティマスと戦い決着を付けるのはアリエルさん一人で行いたいという想いによるモノで、それに白ちゃんが反対しているという構図だった。
白ちゃんの主張は、魂に寄生された先生を人質代わりにしつつ、馬車馬のごとく働かせた事への復讐に加え、アリエルさんよりも強い自分が相手して安全策を取りたいというもの。
今までの戦い等を振り返れば、保有している戦力はアリエルさんにも届きうると予想しており、せめて手助けでも容認して欲しいとも。
そしてアリエルさんの主張は、譲れないモノが因縁が、自分とポティマスとの間にあるのだと、その終止符を打ちたいのだと頑なに意見を曲げず、一歩も退かなかった。
元より自身の寿命もそんなに残って無く、死ぬ事も覚悟の上で悔いはないという。
そして戦いに挑み、もし負けて死んでしまったのなら、私たちが代わりにポティマスを始末してくれるだろうと信じているとも。
私は、ポティマスに恨みや怒りの感情こそあれ、二人ほど因縁と呼べるものは無いので、対決については譲るつもりだった。
私が抱くポティマスに対する感情の源泉は、精神汚染で混じり合った過去の誰かが抱いた怨嗟と未練の想いである。
そしてその誰かは、
……白ちゃんには悪いけど、此処はアリエルさんの味方をさせて貰おう。
「私は——、アリエルさんの意思を尊重するよ」
「え゛」
「およ?」
私が発言すると、二人とも違う顔で振り返る。
白ちゃんは裏切りにあったかのような顔で、そしてアリエルさんは驚き浮かぶ意外そうな顔で。
「白ちゃんがポティマスを倒してしまえば、アリエルさんに晴らすことが永遠に出来ないシコリを残してしまう。だったら、勝っても負けても後悔しない結末を選ばせてあげたいな」
味方が居ない事を悟った白ちゃんが、大きく溜息を吐きながら呟く。
「……はぁぁ。許さないよ」
「え?」
「死んだら許さない。魔王が死んだら、その瞬間に何もかも放り投げて八つ当たりで世界ブッ壊すから。……私にそんな選択させないためにも、絶対生き残る事。分かった?」
「……了解、ボス」
泣いているような笑っているような、そんな表情でアリエルさんが白ちゃんに敬礼する。
そして視線を外して遠くを見る白ちゃんは、誰にも今の表情を見られたくないかのようだった。
その数秒後、結界の中で遠目ではあるが爆発の閃光が瞬き、煙が立ち上るのが見えた。
どうやら転移陣の破壊は上手くいったみたい。
アリエルさんが耳に手を当てて念話を受け取っているのを見て、それは確実だろう。
「さて……、これで心置き無くブッ壊せる。とっておき、新技のお披露目といきますか!」
大きく伸びをして、その大きな胸を強調するかのように背筋を反らす白ちゃん。
長らく待たされ続けた鬱憤を晴らすかのように、白ちゃんが威勢よく叫ぶと、異空間から二つのモノを取り出す。
片方は白ちゃんの武器である白い大鎌で、もう片方は野球の金属バットのようなナニカ。
ピカピカと禍々しく黄金色に輝くバットで、これで叩かれるとホームランになるらしい。
訳が分からないと思うけど、ボールと生物を対象にしてバットを振り抜くと、物凄く吹っ飛ぶ。
なのに、力一杯振り抜いた衝撃も落下して地面に墜落しても、ちょっと痛いだけで済むという、謎の保護機能まであるバットだった。
いわゆるジョークグッズみたいな、お巫山戯に全振りしたかのような代物なのに、内包しているエネルギーは計り知れないほど大きいという、効果や見た目などは兎も角、中身だけは異常異質なモノが詰め込まれている本物の神器と言えた。
「すぅぅ……。共鳴、集中……、あの時の感覚を思い出せ……」
片手に大鎌、片手に金属バットを持った白ちゃんが、深く息を吸い込み力強く吐き出す。
そして……
「《
白ちゃんと同調した大鎌が、姿を変える。
持ち手は何者にも染まらないかのように白く、大鎌の部分は僅かな光すら反射しない空間を塗り潰す闇のように黒く、二色へと別れていく。
そして、世界に宣言するかのように呟くのと同時に開かれた瞳には、虹彩を横一文字に断裁する裂傷痕が浮かび上がり煌々と真紅に輝いていた。
「白ちゃん……?」
「これは……」
突き放すかのような排斥の念が籠もるオーラが、ビリビリと肌を刺す。
直接触れていないというのに、そばに居るだけで自分の足元が不安になるような暴力的な気配。
けれど、何故かは分からないけれど、この力は私たちを絶対に襲わないという、不思議な安心感を憶える想念が籠められていた。
そして、この力は……、私が組み上げていた魔術と根源は同じものだと感じた。
「巻きで行くよ! 失敗する事を拒絶ッ! 合体ッ!」
白ちゃんは歯を食い縛り真剣な顔で、左手のバットを右手に持った大鎌の刃に押し込んでいく。
ゆっくり分解されていき呑み込まれる金属バット。
そして……
「ブッ飛べ! ホームラァァ——ンンッ!!」
荒れ狂うエネルギーを滾らせた大鎌が、結界に向かって振り抜かれた。
帝国軍の方に付けた眷属から大魔法が放たれたのが連絡され、丁度同じタイミングで白ちゃんの大鎌が結界に命中すると……
——甲高い金属音が鳴り響いた。
その音色は、アニメとかにあるような効果音のように、わざとらしいほど誇張され澄み切った音だった。
音の発生源となった結界は、粉々に砕かれたガラスのように光の粒子になって崩壊していく。
同時に大鎌の気配も鎮静化していき、元の白ベースの大鎌に戻り白ちゃんの瞳もいつもの重瞳のような形状に巻き戻っていた。
「……ふぅ。大体半分くらいか? 吸収して残ったエネルギーは」
一息ついた白ちゃんが手元の大鎌を見て、そうボヤく。
「まあ、上々でしょ。《拒絶》込みで完璧に砕けたし」
そう言って、大鎌を肩に乗せる白ちゃん。
如何にも一仕事終えて満足げな顔をしている白ちゃんに、アリエルさんが恐る恐るといった様子で質問を投げ掛けた。
「白ちゃん、何今の、ものすんごく禍々しいオーラのバットは? そしてあの大鎌……」
「魔王、世の中知らない方が良い事って、色々あるんだよ? ……たぶん」
納得がいかない表情だけど、それ以上追求して良いのか悩んでいるアリエルさんを横目に、私は白ちゃんに問い掛ける。
「白ちゃん、あの技……。自力で編み出したの?」
「うん? そ、コケちゃんのアドバイスのおかげでね」
教えたのは初歩とすら言えない、基本的でごく普通の心構えみたいな事なのに、それで何段階も飛び越えてあの力を発現させるなんて凄すぎる事であり、ただただ心服するしか無い。
「凄い……、天才肌にも程があるよ。もはや嫉妬すら湧かないレベル」
「ふふん」
ドヤ顔を浮かべ、ご機嫌な雰囲気の白ちゃん。
でも、少し疲れているような感じもする。
……すぐ解除したし、出力は高いけれど持続性などの安定性は仕上がっておらず、まだまだ完成には至っていないのではと思った。
「うーん……、よし気にしない! 白ちゃんがそう言うなら不必要な事だろうし」
意識を切り替えたアリエルさんが、頬を叩きながら自身に活を入れる。
結界が消えたことで、エルフの里内部にも感知能力を届かせる事が出来るようになり、私は軽く感知範囲を広げて巡らせ、現在の状況を把握する。
結界が無くなった事に騒然とするエルフら。
動き出す、帝国軍と蜘蛛の軍団。
質の異なる魂が一箇所に纏まっており、そこが転生者たちが軟禁されている居住区だと理解し、今のところ転生者たちにエルフが何かする事は無さそうだと、位置関係などから把握する。
「じゃあ、行こうか。白ちゃん、コケちゃん」
気負いなく、世間話をするかのようにアリエルさんが言う。
アリエルさんの掛け声を受けて私たちも頷き、私たちなりの仕事を始める事にした。
中心部へと駆け出す私たち。
先頭は白ちゃんで、誘導のために転移する事無く普通に走っている。
後ろに続くのは、アリエルさんとパペットたち四姉妹。
そして私は、みんなの一番後方、殿の位置で、久々の光の翅を展開しての自力飛行。
かなりの速度を出せるけれど、大陸の向こうなど転移で移動したほうが速い場合などが多くて、使う機会も無く半ば忘れかけていた技能だった。
重力や空気など操って小回りも利き機動力自体は非常に高いけれど、必要になる機会が無かったともいう……
探しているのは機械兵器。
地上には見当たらない以上、地下に隠してあると考えるのが自然で、その奥にポティマスも居るだろう。
出て来たのなら、後はそこからアリエルさんが突入するだけである……
などと考えている内に一キロくらい先の地面が、上に乗った土砂や木々ごと動いて割れていき、そこから機械兵器らが一糸乱れぬ動きで無数に湧き出してきていた。
外観は、SFに出てくるような角張り量産のみを考えた無骨なデザイン。
頑強そうな四本脚と四本の腕に保持された銃が、異質さと威圧感を醸し出していた。
その機械兵器らは迷うこと無く私たちに向かって来る。
「どうやら敵さん。既にこっちの事を捕捉してたみたい」
「関係無いでしょ。どうせ壊すんだしっ!」
「左右と背後には気配無しだよ、白ちゃんアリエルさん」
「先に私が対処する。魔王は温存!」
速度を上げて機械兵器に接敵する白ちゃんは、向こうと視線が通る距離になる前に、魔術を発動させて闇の弾丸を乱射して間の木々ごと撃ち抜く。
予想していた機械兵器の能力を考えてれば、牽制程度の威力しか無い魔術だったと思ったけど、機械兵器らは回避すらまともに出来ずに闇の弾丸をモロに受け、呆気無く粉砕されていった。
……弱すぎる、いやこれも捨て駒なのだろう。
なら、誘い?
機械兵器が出てきた出入り口を、蓋が閉まる前に白ちゃんが破壊する。
その先は急な下り坂となっていて、どこまでも深く地下の奥底まで続いていると思わせた。
「行ってくるね。白ちゃん、コケちゃん」
そこを覗き込んだアリエルさんが振り返り、私たちに向けて静かに呟く。
「魔王……」
「気を付けて、アリエルさん」
アリエルさんが飛び降り消えていった闇を見詰める、私と白ちゃんそれとパペットたち。
四姉妹も心配そうな雰囲気を漂わせつつも、ただ見送った。
……それじゃあ、私たちなりに出来る事をしようか。
折角だし、一応私なりのやり方を白ちゃんに見せておこうかな。
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