結局、先生には何も話さずに、エルフの里に入った俺たち。
案内に従って隠された洞窟内のそのまた奥に隠された転移陣に乗り、エルフの里に転移してきた俺たちを出迎えたのは、無数に突き付けられた剣の刃先だった。
その場では、王国の反乱騒動で首だけにされていたのに何故か生きていた、族長のポティマスが取りなし、俺たちは何とかエルフの里へと入る事が出来た。
何故ポティマスが生きていたのか、何故俺たちよりも先にエルフの里へ帰還していたのか……
何故先生に嘘を教え、一体何をポティマスは隠しているのか……
内心では、得体の知れない不信と嫌忌を押し殺しながら、俺たちはポティマスの案内に従って里の中を進む。
そして、明らかに形だけの歓待だと分かるポティマスからの持て成しを受けて、その日は一先ず何事も無く終わった。
先生とハイリンスさんを除いた、禁忌やエルフに対する不信について情報を共有していた俺たち四人は、事前に打ち合わせた通りに最初は問題を起こさず情報収集に徹する事にしていた。
転移陣がある大樹の内部構造と位置。
エルフが住む居住区の大まかな地形。
森の中を進む帝国軍の情報。
そして、転生者たちのこと。
ポティマスは、まるで最初から全て予想していましたと言いたげに、胡散臭さが滲む上から目線のまま、俺たちに転生者たちと会う事を許可した。
その提案は俺たちの目的から考えれば渡りに船だったけど、何かの罠なんじゃないかと疑う必要は常にあるだろう。
既に此処は、戦いが始まる前から敵地なんだと、思わなくちゃいけないのだから。
エルフの里に着いた翌日。
俺たちは、先生に連れられて転生者が保護されているという区画に向かっていた。
最初、ちょっとそこまでといった感じで出発した俺たちだったが、既にかなり長い時間歩き続けていて少々辟易しながらも、多少整備されているだけの細道を進んでいた。
このエルフの里は、里という呼び名ではあるものの、その広さはかなりの面積を有している。
結界内だけでも、普通に歩けば端から端まで移動するのに日を跨ぐほどの広さがあり、その内側にエルフという一つの種族がほぼ全て集結していても、なお余裕のある広大さだ。
それを考えれば、歩いて行ける距離に転生者の保護区画があるのは近いとも言えなくは無いが、この距離を鍛えてもいない人が歩き通すのは厳しいと思った。
……予想より、だいぶ遠いな。
道中では、結界について先生と話をしていた。
広大なエルフの里全周を覆う結界でありながら神話級の魔物にも破られない強固さについてや、遥か昔それこそ千年を越える昔から既に結界はあったらしいなど、先生は語っていく。
そして、そんな強固さを持つ結界なのに、先生は破られる事を前提に考えている節がある事を、俺たちは何となく察していた。
先生が時折見せる、語れない何か。
その何かによって、エルフとはまた違った視点で、先生は何かを確信しているように見える。
俺たちが不信を感じているのは、もう気付いているだろう。
なのに黙して語らない先生、その目には一体何が見えているんだ?
そうして何処かぎこちない空気のまま、漸くこの巨大な森の中でありながら、木々が無くて陽が大きく地面を照らす開けた場所に出た。
どうやら、此処が目的地のようだ。
巨大な樹木が幾多も生い茂るこの森は、太く分厚い枝葉に塞がれて空がほぼ見えない。
しかし、この区画は木々が無く、代わりに開墾された大地に野菜が植えられ畑となっていた。
遠く向こうには、家畜らしき生き物の姿も見える。
「それじゃあ。俺は此処らへんぶらついて、待ってるとするか」
「すみません、ハイリンスさん」
「気にするな。転生者同士だけで、積もる話もあるだろう」
転生者の保護区画を目前とした森との境界線の場所で、ハイリンスさんがそう言う。
気を利かせて、部外者は混ざらずに大人しく待っていると、そのように態度で示してた。
そして、ハイリンスさんと俺が別れる瞬間、短く目配せした。
頼みます——
——任せておけ。
そして、転生者のみで進むと、俺たちの姿に気付いて作業を止め近づいてくる一人の少女。
「お帰り、先生」
「はい、ただいまです」
自然な日本語で挨拶を交わす先生と、彼女。
その畑を世話している、俺たちと同じくらいの若い少年少女。
そのうちの一人が、今先生と言葉を交わしている少女だった。
ただ、その少女の言葉には棘があり、心做しか先生の表情も硬い。
「それで? そこの四人は新たな犠牲者ですか?」
さらに追加された少女の言葉で、より冷たく重苦しく、溝が決定的に浮き彫りになる。
「犠牲者なんかじゃありません」
「見解の相違ですね。少なくとも私はあなたの事を加害者だと思ってますけど? まあ、いいわ。そっちの四人、名前は? ああ、こっちの名前じゃなくてあっちの名前ね」
そうして、それぞれ前世の名前で、山田俊輔、大島叶多、長谷部結花、漆原美麗と、名乗る。
叶多の性別が変わっていた事にか、それとも前世と近しい姿をしているフェイについてか、眉間に皺を寄せて訝しげに見る少女。
一連の反応で思い出した人物の通りに、彼女は工藤沙智と名乗った。
クラスの委員長をしていた女子で、ハッキリとした物言いでクラスの中でも目立っていた子だ。
規律に厳しく、そのせいで敵も多かったと記憶している。
フェイとはお互い性格的に、犬猿の仲だったと言えるだろう。
その後、俺たちの存在に気付いた何人かが、工藤さんと同じように作業の手を止め此方に近づいてきて、その流れから一旦作業を中止して全員で集まる事になった。
ただし、そこに先生は参加せず、辞退した。
「先生も来ます? 歓迎はしませんけど」
「……そう、ですね。折角の再会の場に私が居たら……皆さん気分が悪くなるでしょうから、遠慮しておきます」
工藤さんの明確に拒絶を突き付ける言葉に、先生は泣きそうなのを懸命に抑え込んだ顔のまま、踵を返していった。
前世では、委員長と先生という関係で触れ合う機会も多く、かなり仲が良かった二人なのに、今の二人には簡単には埋められない溝がある。
此処でも、何かがあったのか……?
先生が心を砕き傷つきつつも、他の転生者たちからは嫌われるような出来事があった事を、痛いほど肌で感じていた。
「行きましょう」
そんな先生を無視して、歩き始める工藤さん。
周りを見れば、複雑な表情で先生を見詰める人も何人かいるが、それでも声を掛ける人は誰一人いなかった。
俺たちとは反対方向に去っていく先生。
その背中は見た目以上に、とても、とても小さく、痛々しく見えた。
工藤さんに案内されて着いたのは、食堂だった。
樹木を刳り抜いて内部を住居とするエルフの里特有の建築物。
その中でも、大きめの樹木を使った食堂がある建物に入り、その内部には、所狭しと机と椅子が並べられている。
その奥で調理をしている四人の少年少女達。
その内の一人の少年が、俺たちに気付いて怪訝そうな目で見回し、フェイの姿を見て目に驚きが浮かんでいた。
やはり、何年経ってもフェイの事を憶えている人は多いのだと感じられる。
そして、少年は向こうから声を掛けてきた。
「工藤さん。もしかして、その四人……」
「ええ、そうよ」
工藤さんが、調理していた四人にも作業を中止するように言い、号令を掛けて集める。
そして各々普段座っているのだろう席に着き、代表として工藤さんと俺たちが前に立った。
「じゃあ、みんな自己紹介を……。こっちも改めてお願いできる?」
俺たちが順に自己紹介を終えると、ざわざわと周囲が騒然とする。
その視線の多くがカティアに向かっていたのは、まあ仕方の無い事だろう。
そして、此処にいる転生者十三人も、順番に自己紹介をする。
お互いに名乗り合った後、俺たちはポツポツと語り始め、懐かしさを感じる賑やかさで情報交換をしていく。
俺たちの身の上話。
ユーゴーが攻めて来ている事。
敵対しているソフィアの事。
向こうからは、この里での暮らし。
そして、此処に来た経緯。
殆どみんな、攫われてきたようなものだった。
それぞれ状況は違うけれど、親に金で売られた、実際に攫われてきた、などなど……
事前に聞いていた人数から増えた二人は、田川邦彦と櫛谷麻香の二人で、二人は両親が所属していた傭兵団が魔族との戦いで壊滅、その後冒険者として活動していて、その最中にエルフから接触があり、つい最近このエルフの里にやってきたのだと言う。
そして話は、更に不穏な方向に移り変わる。
保護と言うが実際には体の良い軟禁状態であり、エルフに監視されての生活に誰しも少なからず不満を持っているのが、口にしなくても態度で見て取れた。
エルフからの接触も物資の補給以外には無く最低限、先程畑で作業していたように食材など大半を自給自足で賄う日々。
「エルフは俺たちに余計な事は、して欲しく無いらしい」
その言葉は、きっと正解なのだろう。
だが、その目的が分からない。
先生が語った、管理者の戦いのために。
これは嘘だろうというのが俺たち総意の見解だ。
なら、エルフがスキルなどを育てさせないのは何のためだ?
管理しやすくするため、だろうか。
それとも、いや、しかし、なら……
本当の目的は見えてこない。
先生が犯罪に手を染めてなお、転生者を集めた理由が見えてこない。
そして、そんな先生にエルフが手を貸した訳も。
善意……からでは無い。
今まで出会ったエルフたちは、俺たちにも転生者にも敵意を隠そうともしていない。
そんな奴らが、態々労力を掛けてまで先生の手助けをするだろうか。
なら、指示したのはもっと上の方。
ポティマス。
あいつだけは、観察対象か何かだと、人ですら無いといった目で、俺たちを見ていた。
それは、俺たち転生者を、
……此処は危険だ。
もうすぐ戦場になるからじゃない。
このエルフの里というものが、得体のしれない怪物の腹中のように思えてきたからだ。
俺は、カティア、フェイ、ユーリに目配せをする。
そうして無言で席を立ち動き出した俺たちは、周囲を調べ監視している目や物が無いかを確認し改めて話を切り出した。
「ちょっと。どうしたのよ貴方たち」
「問題は無いか?」
「ああ」
「建物の周囲一帯には居なさそうね」
「取り敢えず、怪しげな物も無さそう」
この会話が、監視や盗聴されていない事を祈りつつ、日本語で喋り始める。
「俺たちは、エルフを信用していない」
その宣言に、ざわつくみんな。
それを手で制して、続きを告げる。
「もうすぐ、エルフの里は戦場になる。結界が破られるにせよ内部に侵入されるにせよ、どのみち此処は安全とは言えなくなる」
ユーゴーたちが、何をするつもりなのか分からない。
けど、あれだけの実力を持った上で此処まで来るのは、何かしらの確信があるはずだ。
「そして、みんなをエルフが守ってくれるとは思えない」
もしかしたら、何かしらの理由で守ってくれるかもしれない。
だが、それを行うのは末端で嫌々なども考えられる。
そうなれば、確実な安全とは言えないだろう。
いや、そもそも目的を考えれば、守ってくれない方が助かるのだが。
前置きは、此処までで良いだろう。
そして俺は、本題へと入る。
「だから俺たちはみんなに、このエルフの里から脱出する事を提案したい」
俺は転生者みんなに向け、全てを捨てて逃げろと、言葉少なく厳粛に、告げたのだった。
シュンパートは、毎回難産。