「だから俺たちはみんなに、このエルフの里から脱出する事を提案したい」
原木から削り出したかのような椅子に体を預けていたみんなが、しんっと静まり返った。
その言葉を聞いた転生者のみんなは、動揺と困惑が混じった目で、俺たちを見ている。
俺は、それに真っ向から対峙しながら、その理由を
この星が滅びかけている事実。
そうなった経緯の記録。
神言と呼ばれる声の正体。
ゲームのような世界を作り出している、システムの意義。
本来莫大な情報量である禁忌の内容を、理解しやすいよう要約して話す。
客観的に、けど罪悪感をこれでもかと煽るように記されていた情報から、この世界に仕組まれている無慈悲な真実というものを語る。
それと真っ向から逆らう話を、先生に教えていたエルフ。
そうと知った上で見える、エルフの不審さと異様さ。
目的や考えも何もかもが見えずに、ただただ薄気味悪いその態度が、どうしようもないほど得体が知れずに抑え難い危機感を訴え続ける、ポティマスの事。
そして、生徒を守りたいという純粋であるはずの想いを利用され、計り知れない何者かの手の上で無自覚の内に踊らされているように見える先生の事。
エルフや先生の事については、俺と仲間たちが思った主観的な意見が主だ。
これまでの情報を組み合わせて、論理的に考察してみると浮かび上がる推理のようなもの。
ある程度、間違いは無いと信じ通せるだけの直感はあるが、それを裏付ける確証までは無い。
だが、俺が感じている危機感は、俺たちが予想した結論は、このままでは確実に不味い事になるというモノだった。
どう転ぼうと既に、一刻の猶予も無い状況にまで、差し迫っているという予感。
それが答えだった。
感覚的なモノに拠る部分が多くて感情的に訴えかけてしまう俺を、カティアとユーリが理路整然とした語り口で仮説を補強してくれて、そこに俺と同じく感覚で状況を読んでいるフェイが意見をみんなに問い掛けていく。
その話し合いの中では、当然質問もあり喧々囂々と騒がしくなる——
「ちょっと待って! 今の話が本当なら、この星はどうなるの?」
「……分からない。俺が知っているのは、この世界に敷かれているシステムというものから与えられた情報でしか無い。だから、目で見たり体感した事なんかじゃない。だけど、こんな面倒な手順を踏んだ上で、これが罰だと言わんばかりに無理矢理与えられる情報なんだ。その内容にも矛盾は見られないから……」
一息挟んで、気持ちを落ち着けてから続きを話す。
周囲から早く話せと、無言の圧と視線だけが抉るかのように突き刺さる。
「だから、星が危険な状態なのは確かだと思うけど、いつまで持つのかは正直不明だ。……でも、今すぐどうこうというのは無さそうだ。一応、これが希望的観測では無い理由も説明しておく」
星が崩壊目前という危険な状況であるならば、徴候として何かしら目に見える現象が起きているはずだ。
少なくとも、それを実感したことは無い。
なら、現時点では猶予があるはず。
禁忌から見ることが出来る履歴とやらでは、良い方にも悪い方にも大きな変化は無く、長いこと停滞に近い緩やかな回復が続いていたのが、ここ最近十数年分の履歴を除いて記されてた。
その十数年の間に更新された履歴では、一度大きく減った後に何度か急激な上昇が起きており、その一つは時期を考えれば例の人魔大戦が同時期に起きていたと、当て嵌まる。
それが、管理者側つまり女神サリエルを助けるために動いている存在たちが、引き起こした結果であり成果なんだろう。
それらの行いによって、システムに蓄えられたMAエネルギーとやらは回復傾向にある。
一時には、枯渇寸前とまではいかないが、かなり危険域に近づいていた事からすると、驚くべき復活劇と言えるだろう。
……だがしかし、それは数多の命を、犠牲にした成果だ。
到底許せるようなモノでは無いし、本心では決して認めたくも無い事柄で。
それしか、道が無いとしても……だ。
「じゃあ、私たちは、どうすればいいのよ……」
「それを何とかしようとしているのが、ユーゴーとソフィアたちなんだと思う」
ユーゴーを鑑定した時、あいつは禁忌のレベルがカンストしていた。
そうであればユーゴーも当然、禁忌によって齎される真実を知っている事になる。
その禁忌を知った上で動いているのであれば、あいつは自らの意思と選択で、此度一連の騒動に関わっているのだと、否応無しに気付いてしまう。
あの時の王国では、俺たちが知らない何かしらの陰謀があったためか?
政治機能を根本から崩さんと言わんばかりに、王城に勤める高位貴族や父上など含めた王族には夥しい死者の数が出ていたが、俺たちとユーゴーが街中で戦った時以外には市井に被害らしい被害は無かった。
その事に、今更ながら気付く。
だが、それでも無用な犠牲が多すぎるように思えてしまう。
犠牲にした命が多ければ多いほど世界の救済に繋がるのだとしても、彼らは手段を選んでいないような印象を受ける。
小さな犠牲など数にも入らず、より大きな目的のために。
まるで、大義の為なら虐殺すら厭わずに、全てを踏み潰していくかのような。
そんな印象を。
「夏目と、それにリホ子ぁいや根岸さんらは、その大義とやら何やらで、こんなド派手な大騒動を引き起こしてるって言うのか?」
リホ子のところで横から櫛谷さんに睨まれた田川が、訂正を挟みつつ唸るように呟く。
その一連の流れから、リホ子という呼び方は侮辱の籠もった渾名であると、間接的にではあるが諭された。
俺も、そう呼んでいたことがある。
今更、過去に吐いた無神経な言葉によって、傷つけていたかもしれない事実は変えようが無い。
人を悪しきように貶めるのは悪い事だと、唐突にユリウス兄様の顔が浮かんだ。
俺も二度と言わないよう気をつけるべきと、深く過去の罪を内省する。
そして機会があれば、きちんと謝るべき事だとも……
「ああ、多分」
「そうか。……なら、あいつは、いやしかし時期が」
軽く首肯を返した後、田川はブツクサと何か考え込む様子となり、俺たちから視線を外した。
それを横目に見つつ、俺は思う。
管理者側と仮称している彼らの中には、此処には居ない転生者も居るのかもしれない、と。
前世からの親友と迷いなく叫べる京也は、この転生者の保護区画には居なかった。
そして先生からも、京也が死亡したとは聞かされていない。
はぐらかされた感じだが、明確に死亡していると匂わす事もしなかった。
なら京也は、今もこの世界の何処かで生きているはずだ。
お前が居るのは、そちら側なのか?
京也なら義憤に駆られて世界を救う事に動くか?
それとも、こんな事は止めさせようと、一人対峙しているのだろうか。
どちらにせよ、こんな事を知ったら見て見ぬ振りは出来ないと、猛る姿が目に浮かぶようだ。
一通り話し終えて。
俺は深々と頭を下げながら、混迷極まる内心を吐露するかのように呟く。
「すまん……、こんなあやふやな事しか言えなくて」
確かな事は、殆ど何も無いと言っていい。
どれも、予想、予感、予測……、決定的な証拠を求められたら、何一つ提示出来ない狂言めいた空論や仮説に陰謀論の数々、でも——
「だが、俺はこの現状を見て確信した。いずれ良くない事が起きる、その確信を」
それだけは何としてでも伝えたいのだと、真摯に深く重く、心を籠めて告げる。
「此処が危ないとして、じゃあ何処行くんだよ? 結界の外には魔物が居るらしいし、安全な場所なんて、無くね?」
「逃げたとして、衣食住はどうするの?」
「それに外の事、殆ど何も知らないし……」
ヒソヒソと、重苦しい困惑の空気になる。
エルフの方からも極力関わりが無い生活してきたみんなにとって、外とは未知の世界にも等しいのだと、みんなの様子から示されていた。
「あー、ちょっといいか?」
髪を掻き毟りながら田川が、非常に言い難そうに口を開く。
「冒険者っていう職業柄、色んなもんを見てきたから言わせて貰うぜ。外の世界は非常に危険だ。魔物の脅威ってだけじゃない。盗賊に殺された人、戦争に巻き込まれた人など、それらで残された人など、悲劇に見舞われた人々を沢山見てきた。だから言わせて貰うが、此処を出たとしてアテがあるのか? この人数で逃げ隠れするのは、まず無理だろ」
その発言の後、一層ざわめきが強くなる。
その問いに対し、俺は言葉を詰まらせてしまう。
「……あー、ほぼノープランか? 参ったな」
「悪い……。転移陣までみんなを移動させて、そこから脱出を考えていたんだが」
一応、現状で考えられる方法について話す。
此処まで来る道中にて地形や位置関係などを確認しながら歩いていたが、結局のところ選択肢はあってないようなもの、つまり導き出せる解は最終的に一つ。
この転生者の保護区画からエルフの居住区まで行き、そこにある転移陣を使って全員脱出する。
策とも言えない強硬手段だが、これ以外にエルフの里から脱出する方法は無いだろう。
いや、もう一つあると言えばあるのだが、それは俺たちではどうしようにも不可能な方法だ。
今は、思考の片隅に留める程度でいい。
「まあ、それが妥当だよな。けど、此処からエルフの居住区まで相当な距離があるぞ。此処に隔離されて鍛えてもいない奴らには、ちと厳しいんじゃねぇの?」
田川が目線を周囲に向ける。
確かに、彼らの身体能力などは鑑定するまでもなく低いのだと感じ取れてしまうのだから。
「あたしでも、一度に全員は運べないわよ」
先んじて、フェイが出来る限界について申告する。
ここで家畜として育てている魔物について一番詳しい手鞠川さんも、魔物に乗せて全員移動するのは厳しいのではないかと語っていた。
「これから策を練り上げるにしても、周囲の地形とか多少詳しい事知ってる奴は必要だろ? 最近来たばかりの俺とアサカだが、冒険者やってたからなのか多少森ん中出歩いても問題なかったぜ。流石に遠くまで行こうとすると文句言われたから引き返したけどよ」
「ちょっと、クニヒコッ。その話あたし知らないんだけど?」
眼光鋭く目を細めて田川を叱責する櫛谷さん。
そして軽く詰め寄り圧を掛けていると思ったら、大きく溜息をついて俺たちの方へ向き直った。
「はぁ、しょうがないわね。ごめんみんな、一先ずこの馬鹿に付き合って山田君たちを案内した後みんなの事はクニヒコとあたしで守ろうと思うわ」
「私たちの方だけど……、取り敢えずは、いつも通りに生活していればよさそうね」
話は一応の纏まりをみせた。
田川と櫛谷さんが転生者の保護区画にて、みんなの守りに付く事に。
外からは何も変わっていない日々を繰り返しながら、準備を図る。
この日は、そういう結論となった。
だが、物事は俺たちの都合を待ってくれる事は無く……
「くそッ!」
「……クニヒコたちとも連絡が付きませんわ」
燃え盛る転移陣のあった建物を見て、俺は悪態をつく事を抑える事が出来なかった。
事の始まりは、転生者のみんなと再会してから数日が経過して、エルフの居住区にてヒッソリと情報収集をしていた時。
俺、カティア、フェイ、ユーリ、ハイリンスさんの五人は、転移陣がある大樹の中から騒ぎの音が響いたのを聞きつけ、エルフからの制止を緊急事態だろと言い訳して飛び込む。
そして俺たちの視界に映ったのは、見知らぬ少年だが何故か懐かしい感じがする相手だった。
「草間?」
「おお! 俊に叶多! 久しぶり! あ、漆原さんと長谷部さんも、ちーっす」
いっそ場違いなほど、道化師のように戯けた言動の少年。
あまりの既視感を憶える雰囲気が逆に不気味に思えてくるほど、とある人物の姿が重なって見えてしまっていた。
殺伐とした状況にも関わらず、軽い挨拶をしてくる調子の良さ。
特に何の気負いもなく、物事も深く考えて無さそうな、ポジティブすぎるテンションの高さ。
これらの特徴から、この少年が転生者の草間忍だという事は、すぐに見抜いた。
というか、草間の事を知ってるクラスメイトだったら、一瞬でモロバレすると言うべきか……
草間は、容姿が前世とはまるっきり別人に変わっている俺たちを、一人ずつ指差しながら前世の名前を言い当てた。
その事から、草間は事前に俺たちの事を一瞬で言い当てられるほど、外見等々の特徴まで詳しく知っていたという事。
更に、転移陣を使って侵入してきた状況などから、草間はユーゴー側についた人間だと判断して動くべきだろう。
俺は、草間に威圧を掛けつつも手は添えたままで剣は抜かずに追い掛けて、問いを投げる。
何しに来たのか。
お前は俺たちの敵なのか。
それらの問いに、草間は歯切れ悪く答える。
そりゃあ、ジジイからの任務で、エルフを逃さないために。
あー、んー、俊たちとは別に敵って訳じゃないけど?
そんな事を、警備に当たっていたエルフからの突き込まれる槍の連撃を避けながら、考えるより先に口からポロポロ溢れ落ちてしまうかのように、動作の合間合間に喋る草間。
追う俺たちと逃げる草間の、目まぐるしく位置が入れ替わる追い掛けっこ。
俺たち転生者が生まれつき何らかの特殊なスキルを持ち合わせているように、草間も《忍者》という名前が
そしてとても長く、だが実際には数分も経っていないだろう時間が、経過する。
身を翻して転移陣の一つに降り立った草間は、その手に持つ一振りの剣を空高くへと放り投げながら、最初から最後まで変わらなかった軽い調子のままに、こう言った。
「あっ、俺逃げるけど、みんなも逃げた方が良いよー」
転移陣が光を放って草間の姿が、宙へ解けていくかのように消えていく。
それを見ながら同時に、俺は叫んだ。
「全員、今すぐ外に逃げろッ!」
草間が取り出し、そして現在クルクルと宙を舞う剣。
それを一目見た時から、危機察知が煩く警鐘を鳴らしていたのを知っていたから。
炸裂剣。
自爆の効果が付与された魔剣だと、鑑定は無機質に示していた。
その魔剣は強い力を内包しており、それが全て爆発によって解放されれば、この場にある全てが吹き飛ぶのだと、全てを読まずとも理解してしまったからに他ならない。
鋭く切羽詰まった俺の叫び声。
それに疑問を挟むこと無く即応し、カティアを始めとした仲間たちは、すぐさま建物の屋外へと向かい駆け出した。
それに対して、エルフたちの反応は遅い。
それに俺は、足を止めずにもう一度だけ、逃げろと大きく叫びながら、外へと走った。
……彼らがもう、逃げるのが間に合わないと分かっていながらも。
此処で、冒頭の場面に繋がる。
転移陣を完膚無きまでに焼き尽くされ、脱出手段が無くなってしまった事に落ち込む俺たち。
その後すぐに、今まで感じたことの無い、刺々しく触れる者全てを拒絶するかのような恐ろしい力の奔流を遙か遠くの結界との境界線付近から感じ、次の瞬間長らく不変を誇っていたという結界が、脆いガラスのように粉砕されて消え去っていた。
打ち拉がれる俺に、悪い知らせは更に続く。
それは転生者の保護区画に残っていた田川たちと、急に連絡が取れなくなった事だ。
念話で転移陣が破壊された事を伝えて、これから合流すべきかどうか向こうと話をしていた時、突如田川たちと念話が繋がらなくなった。
最後に聞こえたのは「何だコイツら!?」という田川の驚愕に満ちた叫びで、その直後プツリと念話の繋がりが絶たれた感覚だった。
俺は、今すぐ転生者みんなの安全を確かめに行きたかった。
けど、直感はもう既にその場には居ないだろうという予感を告げていた。
迷った末に出した答えが……
「フェイ、ユーゴーの処に行く。力を貸してくれ」
「シュン、どうするつもり!?」
「分かった! けど、取り敢えず後ろ向いてて!」
俺の呼びかけに、すぐ反応して竜形態に変身するフェイ。
変身を完了させたフェイに飛び乗り、俺は考えを仲間に伝える。
残された手は、もうこれしか無い。
更新が遅れたのは、所謂書き方を見失っていたという事になるのでしょうか。
自分の書き方と合っていないものに囚われたせいで、書き方を見失っていたという。
あと、すみません。シュンパートもうちょっとだけ続くのじゃ……