はたらくにゃんこさま!   作:ヘルメットのお兄さん

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司令官、笹塚へ向かう

 ヴィラ・ローザ笹塚二〇一号室、そこが後輩である真奥貞夫とその同居人芦屋四郎の住むアパートである。

 臥龍岡琉斗は朝と昼の中間と言える程度の時間帯に訪れていた。

 

「……真奥ん家には送った時一回来たことがあるけど……」

 

「流石にボロくないかにゃ……?」

 

 琉斗が持っている手提げ袋の中には隠れているネコですらそんな感想が漏れていた、しかしずっと庭にいるわけにもいかないと錆びついていた共用階段を登ろうとしたとき何やら上から誰かが音がする。

 

「あ、遊佐さんじゃ」

 

「恵美! ここの階段パンプスだと」

 

「「あっ!」」

 

 真奥の声が聞こえたと思った瞬間上から降りてきた遊佐恵美が足を滑らせ丁度登ろうとしていた琉斗の声と被り悲鳴が重なる、真奥が騒がしさが引いた後に覗いた光景は職場の先輩が自身の宿敵によって潰されてる瞬間だった。

 

「臥龍岡さん!?」

 

「ぐ……ぐはっ……」

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい……」

 

「いや俺は大丈夫だけど」

 

 ヴィラ・ローザ二〇一号室、琉斗は遊佐と共に起き抜けの芦屋から救急箱を戸棚から取り出していた。

 

 琉斗はビニール紐で束ねられた就職情報雑誌の上に座って謝ってくる昨日より傷だらけになった遊佐を見て苦笑いしていた。

 

「それで……臥龍岡さんはどうしてここに?」

 

「ん? ああ、もう直接聞いた方が早いかなって思って」

 

「直接?」

 

 真奥が首をかしげていると芦屋が困ったような顔で真奥に救急箱の中身を見せる。

 

「絆創膏しかありませんね。ガーゼとか買ってませんでしたっけ」

 

「大けがする予定なんて無かったからな……仕方ない。芦屋、駅前の薬局行ってガーゼと包帯買ってきてくれ、恵美はともかく臥龍岡さんまで放置するわけにはいかないからな」

 

「あ、じゃあ俺も行くよ」

 

「いえ、ご迷惑をかけた臥龍岡さんにまで手伝わせることは」

 

「いやあ、うちもちょっと欲しいものあったからな、口実も出来たし丁度いい」

 

 それならと芦屋は立ちあがり、琉斗もそれに続いて外に出る。その場に残されたのは真奥と遊佐、そしておいて行かれたネコだけだった。

 

「(にゃんで?)」

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、こちらの分まで払っていただいて」

 

「いいよ、ポイントカードは貯めるに限る」

 

「しかし薬局の飲料も中々安いですね、普段スーパーの特売にとらわれていたので盲点でした」

 

「種類もスーパーより変わっていたりするからね、とはいえ流石にスーパーの方が安いと思うけど」

 

 買い物を済ませた芦屋と琉斗はそれぞれビニール袋を提げてヴィラ・ローザに戻っていく、購入時点で既に琉斗自身の処置は済んだので後は遊佐の傷を治しに行くだけだ。

 

「そういえば臥龍岡さんは真奥に用があったから私共のアパートに来たのでは?」

 

「あー……まあ、戻ったら聞くよ」

 

「そうですか……あの、真奥は職場ではどうでしょうか」

 

 芦屋が唐突にそんなことを聞いてくる、琉斗は空いた片手で考え込むと

 

「どうでしょうかと言われると……真奥みたいなアルバイターは見たことがないな」

 

「真奥がうちの面接に来た時に俺も近くにいてさ、その時に履歴書が見えたんだ。芦屋さんは真奥の履歴書はチェックしたりはしてた?」

 

「最初の頃は私も働いていたので互いに確認もしていましたが……マグロナルドの時は確認はしていないですね」

 

「そっか、真奥な、そこの志望動機に美味い飯が食いたいって書いてたんだよ。初めてだったよこんな正直な志望動機」

 

 琉斗は笑いながら話すが芦屋は少し苦笑いのような顔になっていた。

 

「それで実際木崎さんが採用して、俺が指導してみたらすぐ吸収して何でもこなすんだから楽だったな」

 

「そうですか……それを聞いて安心しました。……あ、いえ元から心配はしていませんでしたが」

 

「まあ他人の評価って自分じゃわからないからな、でも少なくとも貴方の同居人は真面目で立派だよ、俺はそう思う」

 

 誇らしげになっている芦屋に思わず顔が綻ぶと庭に人影が見えたのに気づく。

 

「あれ、ちーちゃん」

 

「あ、臥龍岡さん……と、えっと」

 

「芦屋四郎です、佐々木さん。先日の件ではその、すみませんでした」

 

「だ、大丈夫ですよ! 私こそ真奥さんにいつもお世話になっておりまして!」

 

「はいはいストップ、ちーちゃんどうしたの今日は?」

 

 何故か慌てていた千穂を落ち着かせ用件を聞くとあっ、と千穂は思い出したように話す。

 

「昨日真奥さんと遊佐さんに助けてもらったので、まずは真奥さんにお礼をしようと思って」

 

 そう話す千穂を観察する、今日は休日の筈だが学校の制服を身に纏い菓子屋のロゴが描かれた紙袋を持っている。

 

「うーん、流石ちーちゃんだわ」

 

「えっ?」

 

「いや、今どきの高校生ってみんな真面目なのかなって」

 

「それでしたら丁度いいですよ佐々木さん、今真奥と上がり込んできた遊佐が部屋にいる筈ですので良かったら上がって下さい」

 

 芦屋が誘うと千穂は頷き三人で階段を上がっていく、芦屋が部屋の鍵を開けた時琉斗の耳に何やら水をすするような音が聞こえ、芦屋に進められ部屋に入った千穂が固まるのはほぼ同時だった。

 

 

「お邪魔しま……」

 

 千穂が部屋の中を見た時視界に映っていたのは恵美が真っ赤な顔で泣きはらし、真奥が焦るように言い訳をしている姿だった。

 

「あ、あの、そこで魔王様とお会いしたいという佐々木さんと出会って……」

 

「真奥……お前……」

 

 芦屋も琉斗も予想してなかったのかそんなことを言い、千穂はしばし呆然としていたが紙袋を取り落とすと一歩後ずさった。

 

 

「あ、あはは、ちょ、ちょっと、本当にお邪魔だったかなって……」

 

「ち、千穂ちゃん……」

 

 恵美が真っ先に正気に戻ったのか何か口を開こうとするがその前に千穂の引き攣ったような口が先に動く。

 

「やっぱり、その、真奥さんと遊佐さんって、そうなん、ですね」

 

「そうって、違うのよ千穂ちゃん、これは」

 

「ちーちゃん頼むから少しおちつ……」

 

「ご、ごめんなさいっ……」

 

 真奥も正気に戻ったのか口を開くが千穂はそれよりも早く駆け足で身を翻すと共用階段を足を滑らすこともなく下りて行ってしまった。

 四人はそれを止める事も出来ずに音が遠ざかるのを聞くことしかできなかった。

 

「これ……まずいわよね」

 

 恵美が魂の抜けたような声で呟くと真奥は目を覆って天を仰いだ。

 

「お、追いかけて……」

 

「誤解解いた方がいいよな……」

 

 芦屋と琉斗が玄関でまごついていると芦屋の手から薬局の袋をひったくった真奥がそれを恵美に投げつける。

 

「お前もう帰れよ。お前と一緒にいると本当ロクな事がねぇ」

 

 真奥の暴言にも恵美は何も反論できなかった。

 千穂が走り去った事でしらけてしまった場のせいか気づくことが出来なかった。

 

「あらあら真奥さん、大人げない」

 

 玄関に立ち尽くしていた芦屋と琉斗でさえ、

 

「女性に暴言を吐いても男が許されるのは思春期までですのよ?」

 

「うおわあっ!?」

 

「なんっ!? 誰だっ!!?」

 

 背後に黄金の柱が立っていることにその瞬間まで気づかなかった。

 

「お、大家さん!」

 

「大家ぁ!?」

 

 午前の陽光に煌めくマリーゴールドのロングドレス、中世風なデザインのそのドレスと同じ色の鍔広帽子には黄金色に染め抜かれた孔雀の羽が突き立ち、零れるフランス貴族のような黄金色の髪が朝日を照り返している、少女マンガ家も裸足で逃げ出す群生ヒジキの如きつけ睫毛の婦人、このアパートの大家、志波美輝が突然出現した。

 

「真奥さんのガールフレンドでいらっしゃいますのね」

 

 しゃがれた声は相応の年を経た声だと想像できるが酒樽のような胴回りの婦人では琉斗ですら年齢を推し量ることが出来ない。

 

「初めまして、このヴィラ・ローザ笹塚の大家をしております、志波美輝と申します」

 

「気軽にミキティと呼んでいただいて結構ですのよ」

 

「は、はぁ……」

 

「お、おう……」

 

 思わず素で答えてしまう恵美と琉斗。

 

「真奥さんに芦屋さん、今日は入居者の方にお知らせを持って参りましたの……お取込み中御免あそばせ」

 

 そう言いながら一枚の紙が真奥の手に優雅な香水の香りと共に渡る。

 

「ここの所地震が多くなってございますでしょ? だから耐震工事などしなければならないと思いまして、入居者の方に確認していただいてますの」

 

 封筒を取り出す真奥の表情が毒でも食べたかのような表情になるがこらえたのか元に戻す。

 

「ねぇ、最近とみに自身が多いですわよねぇ」

 

 そんな真奥をよそに大家は至極普通のように言う。

 

「はぁ」

 

「多分、今日あたりも起きるんじゃございません?」

 

「さぁ、それは……」

 

「そういえば、先ほど可愛らしいお嬢さんが泣きながら走っていくのに出くわしましてね」

 

 大家が流し目を四人同時に送りながら微笑む。

 

 その瞬間だった。

 

「揺れ……た?」

 

 恵美の声に反応を示さなかったのは優雅にたたずみ続ける大家だけである。

 

「真奥さん」

 

「え……」

 

「巻き込んだなら、最後まで責任をお取り遊ばせ」

 

「な、なんの……」

 

 真奥が大家が何を言っているのか理解する前に地震がますます激しくなってくる。

 

「おいおい流石にやべぇぞ!」

 

 琉斗が叫ぶ。

 

「千穂ちゃんが!」

 

「あの可愛らしいお嬢さんがソナーの直撃を受け、概念送受(イデアリンク)を受診したのが本当にただの偶然だと思ってらっしゃるの?」

 

 大家のその一言で三人は石となった。

 

「臥龍岡琉斗さん」

 

「は……なんで俺の名前を」

 

「貴方ももう部外者ではありませんわ、貴方の後輩は危機に見舞われています。司令官としての立場を隠している場合ですこと?」

 

 その一言で今度こそ琉斗を石に変えた。

 

「それでは皆様御機嫌よう、手遅れになる前にお急ぎになられては」

 

 気づけば大家の姿は何処にもなくその場の四人だけが残された。

 

「な……臥龍岡さん、司令官、って……?」

 

「……真奥」

 

「は、はい」

 

「あの大家が一番気になるがこうなったら俺もお前達も隠し事は無しだ、だけど先にちーちゃんを助けるぞ。ネコ!」

 

「わ、わかったにゃ!」

 

 突然袋から飛び出した白い丸に4本の手足? を伸ばした猫のような何かが琉斗の方に乗ると琉斗は真っ先に玄関を駆け出して行った。

 

「行くぞ真奥!」

 

「え…今の……はっ! はい、芦屋! 恵美!」

 

「わかりました!」

 

「ああもう……! どうなってるのよ……!」

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