絶望的エロゲ世界を救え!日曜朝ヒーロー!気弱女神!エロゲオタク!   作:ルシエド

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 実在の作品が題材に混じって出て来ることもありますが、一応全年齢作品なので感想を書く場合はちょっとだけ気を付けてください


【1】ゲームを初めてから15分くらいでやろうと思えば一つ目のエロシーンを回収できる優秀なゲームの世界

 目覚めた時、紫山(しやま)水明(みなあき)の目の前には、白衣の美少女がいました。

 

「え!? 何ここ!? どこここ!?」

 

 神の世界ですよ。

 

 あ、間違えた。こほん。水明の前に広がるのは神々しい白亜の世界と、そこに佇む絶世の美少女……というほどではないですが、まあそこそこ、たぶんそこそこ以上に可愛い女の子がいた。

 

 少女は薄い水色に染まった水を、金色の器に満たした時に見えるような金髪に、水明より頭二つほど低い身長をしていた。

 体格は細身で、もうちょっと女性らしい体付きであったほうがいいなというくらいの薄さ。

 あ、神々しさ。神々しさがありま……その少女には確かな神々しさがあった。

 水明は己の頭の中に響く"世界の声"にも思える文の羅列を、声であると認識し、それが目の前の少女の口の動きと連動していることに気が付いた。

 

「なんだこれ……頭の中に声が聞こえる……?

 もしかして俺の目の前にいる君が、この声を俺に届けてるのか?」

 

 あ、そうです。

 

「そうか。君はそこそこじゃないさ、凄く可愛いよ。

 どうか自信を持ってほしい。俺はこういうことではお世辞を言わないから」

 

 あ、ありがとうございます……じゃなくて。ううん。

 

 そう、あなたは、かの世界から私の世界に召喚されたのです!

 あ、また間違えちゃった。

 ここは私の世界じゃなくて、私が臨時管理状態にある世界の上にある、管理用の神の世界です。

 あ、この響く声はあなたにしか聞こえませんが、私の実況解説みたいなものですね。

 世界の文章化というと正確にはまた違うんですけど、そういう感じです。

 

 あ、それと……ああ、うう、ごめんなさい、喋る度に最初に『あ』って言っちゃって。癖なんです、治そうとしてるんです、許してください……。

 

「気にしないで。ゆっくり話せばいいよ。君が一番話しやすいようにすればいいさ」

 

 ありがとうございます。

 では気を取り直して。

 

 紫山水明は現実と空想の境界線の創作、日曜朝の特撮番組『ファンタスティックV』の主要登場人物であり、絶大な人気と不動の支持を持つヒーローだった。

 そんな彼は世界を救い、世界中の人を助ける旅に出たところであった。

 しかし眠りにつくと景色は一変。

 そこには不思議な白い世界と、白鷲(しらわし)の女神と名乗る初対面の少女が居たのであった。

 

「白鷲の女神はまだ名乗ってなかったと思うけど……」

 

 ……あ、ああっ。

 あ、す、すみません。

 あ、ええと、続けます。

 

 そこは、簡潔に言えば"18歳未満が遊べないゲームの世界"を管理するため、世界の上に構築された神の世界。

 そう、彼は女神の手によって、滅びの運命がほぼ確定してしまった世界を救うべく、この世界に召喚されたのだ。

 特撮の世界、ゲームの世界、そうでない世界の世界格など、女神がついているか居ないか程度で用意にひっくり返るものである。

 

 紫山水明と言えば、大人気特撮番組『天空戦隊ファンタスティックV』の初期メンバー、ファンタスティックバイオレットの変身者だ。

 ファンタスティックVキャラの人気第一位(女神調べ)。

 ファンタスティックVキャラの女性人気第一位(女神調べ)。

 道端で子供に握手を求められても快く優しい笑顔で応えてくれる(女神談)役者の人格のレベルの高さに、アクションのレベルの高さ、本編での何気ない言葉の格好良さが特徴である。

 

「ん? ああ、あの時の握手会に来てくれてた子かこの子……」

 

 紫山は既に宇宙の存亡を懸けた戦いに勝ち世界を救ったヒーローだ。

 その実績に疑いはない。

 危機に瀕している世界はいわゆる"エロゲー"と呼ばれる世界で、紫山の世界は"特撮作品"と呼ばれる世界。

 勝手は違うだろうが、彼はヒーローだ。

 女神は全幅の信頼をもって彼を召喚した。

 彼ならば救ってくれるかもしれないと、一縷の望みを託して。

 

 彼一人を喚ぶために、女神は今の自分の力から捻出できるエネルギーをほとんど使い切ってしまったが、彼が一人でも多くの困難を乗り越えて来たことを、女神は知っている。

 第42話の彼を見れば、彼が新たな世界を平然と救うことに誰もが疑いを持たないだろう。

 

 なので……ええと? なんだっけあの読み難しい漢字……そうそう、須らく彼を呼びその力を借りるのだと女神は心に決め、それを紫山水明に伝えんと……

 

「君の話しやすい方法で説明してくれればいいよ。分からなかったら聞き直すから」

 

 あ、ありがとうございます。

 すみません、すみません、変に気を使わせてしまって。

 

「なんだかこの腰の低さ妹を思い出すなぁ……

 というかまた俺をTVや映画で認知してた人が俺を召喚したのか……

 春恒例のでっかい戦いでしか見たことなかったけど、よくあるもんなんだねえ」

 

 あ、その、お忙しいようでしたら、紫山さんの世界に送り帰すこともできますが……?

 

「気にしないでくれ。俺にできることで人が救われるなら、喜んでそうするさ」

 

 ありがとうございます。本当にありがとうございます。

 

「世界を救う。人を守る。いつものことだ。小難しいことを頼まれなくてほっとしたよ」

 

 はわ……推せる……じゃなかった。すみません、世界をお願いします。

 

「俺はどうすればいいのかな」

 

 ……とにかく、世界を救っていただければ……いいんでしょうか?

 

「……。うん、分かった。頑張るよ」

 

 あまりにも曖昧な説明をする女神に対し、紫山は苦笑いで女神に気を使っていた。

 少女の女神はとても申し訳無さそうな顔をする。

 顔から火が出そうなほどに真っ赤だ。

 神らしくもなく、彼の優しさに甘えて俯いている。

 

 この女神は無力であり無知である。

 大事なことを何も教えることができない。

 神の身の上でありながら彼を頼った……いや、彼に救いを求めた女神は、彼に世界を救ってもらいたいと願うことはできても、彼を導くこともできないのだ。

 だから。

 "あなたを信じる"としか、言えない。

 こんな情けない女神は、きっと他にいない。

 

「……そっか。ああ、そうだ。じゃあまず最初に、君の名前を教えてくれるかな」

 

 名前、ですか。

 

「俺は紫山水明。ま、それは知ってるか。君を助けるなら、君の名前を知っておきたいんだ」

 

 女神アルナと、そう呼ばれています。

 『アルナスル・アルタイル』……それが、私の神としての名前です。

 

「アルナ様とアルナちゃん、どっちがいいかな」

 

 アルナちゃんでお願いします!

 ヒーローショーで握手を求めて来た子供を呼ぶ感じで!

 可愛がる感じで! ちょっと甘めに!

 私の目を見て!

 

「え、あ、ああ、うん。よろしくね、アルナちゃん」

 

 きゃー!

 

 

 

 

 

 光りに包まれ、彼は世界に降り立った。

 この世界の名は『エリニュニス』。

 異世界エリニュニス。

 一人の選ばれし者、二つの月、三つの大陸、四つの主役となる国家によって物語が紡がれるはずだった世界。

 

 紫山水明は森の手前の草原に居た。

 紫山にとっては見慣れない形の草木が生い茂る草原であったが、草原は何箇所かが広く切り払われていて、地球で雑草を刈った時のような香りがしていた。

 空には瞬く星空、創られた天蓋、青い月が輝いている。

 太陽の光を反射せず、自らの内包魔力で輝く月は地球には存在しなかったが、この世界には存在するのだと―――うっすらと青みがかった夜景が彼に知らしめる。

 

「さて、ここが滅びつつある世界か……そんな風には見えないが、そんなもんか」

 

 何の瑕疵も見えない世界の中で、一度でも負ければ世界が滅びる戦いを繰り返してきた紫山らしく、その見解には確かな経験が裏打ちされていた。

 世界は突然滅びる。

 この世界も例外ではない。

 世界に生きる人々が滅びの確信を得るのは、世界が滅びる直前になるだろう。

 

「できるだけ状況を教えてくれるかい、アルナちゃん。それを前提に戦うから」

 

 すみません、私この世界のことあまり知らないんです……。

 

「神様なのに!?」

 

 すみません、すみません!

 

 世界を引き継いだばかりなんです。

 私は前任者の補佐で、昨日まで見習いだったんです。

 単一世界規模の全知も無くて、まだ万能位階にも到達してないので、できることはほとんどないんです……すみません。

 

「……分かった。俺を誘導してくれ。なんとかやってみよう」

 

 ……あ。

 あ、ありがとうございます!

 では、こほん。

 

 紫山は少しばかり月が見える方向に歩いた。

 膝の高さほどの草むらをずんずんと進んでいく。

 女神アルナが街や村など、人が居る場所に彼を送らなかったことには理由がある。

 見通しが良い昼ではなく、こんな夜に彼を送ったのには理由がある。

 女神アルナは急いでいた。

 可及的速やかに、紫山水明をここに送る必要があったのだ。

 

 ここでは一時間ほど前、戦いがあった。

 前任者の女神が召喚した一人の男を、"世界の敵"が追い詰める戦いだ。

 男は世界を救うために奮闘してくれていたが、敵に狙われ、負けて殺されてしまった。

 しかし死に際に腕輪型の特殊な魔道具に人格を移し、草むらに放り投げて逃げ延びたのだ。

 それがこの草原。

 女神は紫山ができるだけ早く男を見つけてくれることを願っている。

 

「俺のご同輩か……おっ、草むらの中に何か光ってるな。あれか」

 

 そして紫山は、草むらの中から少し汚れた金色の腕輪を拾い上げる。

 

 天上界で、女神が少し安心した様子で、ほっと胸を撫で下ろした。

 

『やるな女神。見習いのくせにこんなに早く……ファンタスティックバイオレット!!!!』

 

 ファンタスティックバイオレットです!!!!

 

「え、おい、ちょっと」

 

『凄いの連れてきたな!? お前こんなの呼べんの!?』

 

 な、なんとかギリギリでした……中村さん、自己紹介お願いします。

 

『お、おう。中村だ。今は腕輪だが元は普通の人間だ。よろしく』

 

「紫山水明。君も俺のことを知っているのか、中村」

 

『そりゃまあな……よし、オレの声も聞こえてるか。問題ねえみてえだな』

 

「?」

 

『女神の声はオレとお前にしか聞こえねえ。オレの声は全員に聞こえる。よし』

 

「そういえば腕輪になっても喋れているのか、君は」

 

『おう、とはいえ助けを求めても不気味がられたら拾われないだろうからな、助かった』

 

「いつでも呼んでくれれば助けに行くよ。その使命を果たすために創られたのが俺だから」

 

『……日曜朝によく聞いてたセリフが至近距離から聞こえる……』

 

 すごいですよね。感動ですよ。

 

 こほん。

 

 そして、不埒な者がやってくる。

 誰かの差し金ではない。

 そのあたりをうろついていた魔物が人の気配を感じてやってきたのだ。

 魔物は息を潜め、草むらと風の音に紛れて紫山の背後から襲いかかろうとしていたが、女神の声を聞く紫山に通じるものではなかった。

 ひらり、と紫山は初撃を回避する。

 腕輪に成り果てた中山が、小刻みに揺れて笑う。

 

『いいぜ女神。ちゃんとサポートできてるじゃねえか』

 

「なるほど、こういう使い方もあるのか。……魔物、ね。なるほど、ゲームのような世界だ」

 

 紫山が振り返ると、背後からにじり寄ってきていたその魔物と目が合う。

 緑色の肌。

 鼻をつく悪臭。

 人間とは明らかに作りの違う眼球。

 手に握られた太い木の枝には、固まった血と糞がこびりついていた。

 

 ひと目見ただけで感じ取れる"これは違う世界の生き物だ"という実感。

 俗にごびゅっ……『ゴブリン』と呼ばれる魔物がそこにいた。

 1mと少ししかない小柄な体ながら、その瞳には確かな獣の殺意が宿っている。

 紫山水明―――ファンタスティックバイオレットと言えど、初見で油断していい相手でないことは明白だった。

 

 顔のない腕輪が、にやりとほくそ笑む。

 

『ラッキーだな。一番雑魚なゴブリンだ。このゲームでも最弱中の最弱だぜ』

 

「雑魚なのか」

 

『おう。小手調べと腕試しには最適だ。強いやつだったら逃げろって言ってたところだ』

 

「分かった、なら……ん? アルナちゃん、俺の武装は?」

 

 念じれば出てくると思います。

 世界に穴を空けて、そこから完全な形の一時コピーを召喚する形ですね。

 世界格に差がありすぎて霧散するといったこともないでしょうから、紫山さんとその仲間の武装やファンタスティックマシンは全部出せるかと思います。

 

『ほう、豪気な話だ! やっちまえ水明!』

 

「……いや、出てこないけど」

 

『は?』

 

 え?

 あ、あれ?

 

 ……あ。

 

 ああああああああああ!!!

 

 ()()ー!

 

『そんなこったろうと思ったよ! 紫山逃げろ! 説明は途中でする!』

 

 あ、くっ……なんてこと!

 

 紫山は一瞬で的確に判断し、ゴブリンに背を向けて走り出した。

 この土地、いや、この世界に来たばかりの紫山には土地勘がなく、地面の質感一つとっても紫山には不慣れな土地だ。

 普段このあたりを駆け回っているゴブリンのほうが圧倒的有利だろう。

 

 だが、紫山は迷いなく地面を踏み蹴り、それでいて転ぶ気配もない。

 番組の撮影で様々な場所を全力疾走しながら変身してきた"紫山水明"は、この程度の悪路では疾走を苦にしない存在として、独立した世界に生きる一人の人間である。

 現実世界の紫山水明の役者が大抵の悪路で一度も転ぶ姿を見せなかった以上、特撮世界の紫山水明が大抵の悪路で転ぶことはない。それがルール。

 その上、紫山には"ここから見える一番大きな山の方向に向かって走れ"と囁く女神の声が聞こえており、土地勘をある程度補うことができていた。

 

『女神! また妨害か!』

 

 あ、はい!

 すみません!

 また例の妨害です、おそらく魔王の力を通じて!

 

 紫山さんの武器が一つもこっちに呼び出せなくなってて……あっ、止められてます、こっちに来ない!

 これは……すぐには……どうにもならない……?

 時間をください。

 時間があれば一つ、せめて一つは、どうにかこっちに持って来て見せます!

 

「神様でも無理なんだ」

 

『あんな見習い女神の力なんざこの世界の数十人居る魔王の一体にも及ばねえよ。逃げろ!』

 

「ふぅ、なんともキツい」

 

 ゴブリンが追い、紫山が逃げる。

 ゴブリンは軽快に駆ける紫山に苛立ち、懐からナイフを取り出した。

 ギザギザの刃。

 血で錆びて刃こぼれしたナイフだ。

 滴っている液体は、おそらく毒か何かか。

 

 ゴブリンは地球であれば"人間離れした"と表現される膂力でナイフを投げつける。

 速度は風。精度はダーツ。

 回転しながら飛ぶナイフが紫山の首筋に迫り―――紫山が、跳んだ。

 ダイナミックに跳躍した。

 近場の大岩の上に飛び乗りながら、空中回し蹴りでナイフを遠くまで蹴り飛ばす。

 まるで、ファンタスティックVの28話を再現するかのような、見事な体捌き。

 

 呆気に取られるゴブリンの足が止まった隙に、大岩の上から背の低い崖の上に飛び上がって、紫山はゴブリンとの距離を稼いでいった。

 

『すーげっ、お前本当に地球生まれかよ』

 

「一応は地球人だ、一応は。それに、アルナちゃんの警告が凄い助かってるよ」

 

 紫山は走るペースを落とし、息を整え、冷静にゴブリンを分析する。

 紫山を追いかけて、無駄だらけの走りをしているのに、ゴブリンは息も切れていない。

 1mと少しの小さな体の肺活量と歩幅で、である。

 明らかに人間離れした性能が見て取れた。

 

 人間は走ることに向いていない身体構造をしている。

 走ることに特化した生物であれば、息を切らすこともなく紫山を追跡することも可能だろう。

 しかしゴブリンは人型だ。

 人間同様疾走には向いていないはず。

 なのに、デタラメな走り方でデタラメに夜間の悪路を走破し、紫山が的確な跳躍で上がった小さな崖の上にも、普通に急斜面を駆け上がるだけで到達してしまう。

 

『ったく、相変わらずスパロボの操作できず敵に突っ込んでいって死ぬ味方レベルのクソだぜ』

 

「よくわからないたとえだ」

 

 息を完全に整える前に追いつかれてしまった紫山に、ゴブリンの握る木の枝が迫る。

 人間を容易に撲殺できそうな太さと長さのそれを紫山はかわそうとするが、木の枝は紫山の体を狙わず、その服の二割ほどを引き裂いていった。

 明らかに殺すための攻撃ではない、服を破くための攻撃に、紫山は少し困惑する。

 

「服を……?」

 

『オイ、このゲームのシステム分かってるのか? 足払いはかわせ!』

 

 困惑しながらも跳躍し、紫山は腕輪の警告通りに飛んで来た足払いを回避する。

 

 このゲームはえっちなゲームである。

 そして本来の主人公は女の子だ。

 だから、戦闘中に敵が服を剥いてくる。

 えっちなことをするために、転倒させたり、触手で拘束してきたりする。

 そうすることで戦闘中の処女喪失や、処女喪失対策、拘束対策に転倒対策、壊れにくい衣服の事前作成など、ゲームに特異な要素が増え、大いに幅が出る。

 ここはそういう世界。

 ここにあるのはそういう理だ。

 

 生前からこのゲームをやり込んできた自称"エロゲオタク"の中村はすぐにこの世界の理に順応していたが、紫山はそうではない。

 彼はこの世界の理を、何一つとして知らないのだ。

 

『敵側は基本的に"主人公"の行動阻害攻撃を行ってくる。基本は脱衣と行動不能だ!』

 

「脱衣と、行動不能」

 

『脱衣は服を脱がして来る! 脱衣状態は三段階! 服を全部脱がされたら防御力0扱いだ!』

 

「脱がされたら死ぬ、と」

 

『行動不能攻撃はこいつなら足払いしかしてこねえ! 足元にだけ気をつけろ』

 

『了解』

 

 とん、とん、と軽くステップを踏み、息を整えながら紫山は追撃も軽快にかわしていく。

 

 女神アルナは微力ながらも全力を尽くし、もう少しで紫山の武器の一つくらいはこの世界に呼び寄せられそうであった。

 

 あと少し。もう少しである。

 

『脱衣か行動不能状態でエロ攻撃を喰らうとセックス状態に入るが、まあお前は男だしな』

 

「セック……なんだって?」

 

『とにかく脱衣と足払いだけはかわせ! 死ぬぞ!』

 

 目玉を狙って突いてくる木の枝をかわし、足元を狙って払ってくる木の枝をかわし、振り下ろされる木の枝をかわす。

 子供の腕よりも太そうな木の枝が地面の岩石を粉々に砕くのを見て、木の枝を振り回す子鬼でしかないこの魔物が、地球のどの野生動物よりも危険なことを紫山は理解していた。

 

 足払いを軽やかに跳んで避け、空中で猛烈な勢いをつけ、紫山の空中回し蹴りがゴブリンの頬を強烈に打つ。

 ハンマーで鉄床を打つような、そんな音がした。

 地球で紫山が"組織の戦闘員"相手に打った時は、一撃で戦闘員を倒した蹴りだった。

 普通の人間なら後頭部が背中にくっついていたであろう蹴りだった。

 

 ゴブリンはたいそう痛そうにして怒り、けれど倒れる気配はない。

 

「効いてない、わけじゃあないんだろうが……」

 

 怒れるゴブリンが無茶苦茶に木の枝を振り回してくるので、その軌道を正確に見切り、紫山は正確に『枝を持つゴブリンの右手親指』を蹴り込んだ。

 攻撃の軌道の合間をすり抜けるような妙技。強烈な衝突音。苦悶に歪むゴブリンの顔。

 折るつもりで、ピンポイントに思い切り靴裏を蹴り込んだ。

 なのに。

 折れない。

 ゴブリンの親指が折れない。

 痛がっている。ダメージも少しはありそうだ。

 しかし、折れていない時点でおかしい。

 

 紫山は目を細め、舌打ちする。

 

「硬い……!」

 

『オレはお前より五年は先に来て戦ってきたが……皆こうだ。こいつが最弱なのも嘘じゃねえ』

 

 この子鬼は間違いなく、この世界の最弱の一つ。

 エネミーにこれより弱い敵は存在しまい。

 しかし、それでも。

 

「……俺が戦ってきた戦闘員より格上。最弱の敵でも初期のネームド怪人並みの世界か……!」

 

 この世界を救うことは、一筋縄ではいかないようだ。

 

 あ。

 

 ……あ、よ、よし……来ました! 手元に転送します!

 

「! 来たか、武器!」

 

『おい待てや、ちゃんと敵見て―――』

 

 ゴブリンが跳躍し、月を自分の体で隠せる角度から襲いかかる。

 それは獣の知性。

 光が無ければ見えない人間は、月の光を自分の体で遮れば、それだけで何も見えなくなることを理解した動きだった。

 青い月を己で覆い、紫山を影で飲み込んで、人を殺してきた太い枝を振り下ろす。

 

 それを、紫山の手の中に突然現れた銀の剣が、受け止めた。

 

「ファンタスティレット」

 

 それは小剣であった。

 決して長くはない。

 しかし玩具にも見えない。

 確かな重厚感と、月夜に輝く鈍い銀色の輝きを備えていた。

 

 一瞬、紫山がそれを振るうと、ゴブリンの木の枝がバラバラになる。

 チェーンソーでも切り裂くのに少し時間を食う太さだったはずの木の枝が、一瞬にして十数個の断片に切り分けられたのだ。

 戸惑うゴブリンの目の前で、紫山が手早く武器を操作すると、銀剣は一瞬にして銀銃へと変形する。

 

《 変形(カンビーオ) 》

 

 これこそが『ファンタスティレット』。

 銀剣にして銀銃、ファンタスティックVの全員が持つ必殺の武器。

 発売当時20万個を売り上げた大人気商品であり、女神すら買ったファンタスティックVのベストホビー。

 実際に現実に存在する武器として、ここまで頼りになるものはそうそう無い。

 剣モード、銃モード、そして必殺技。これが多くの怪人を狩ってきた、正義の刃だ。

 

 放たれるは無数の弾丸。

 地球基準の"銃"の概念などないこの世界の魔物は戸惑うしかなく、押し込まれていく。

 銃のつるべ撃ちに膝をついたゴブリンを見据え、紫山は銃のアーツレバーを一度倒した。

 

《 ウーノ! ティロテーオ! 》

 

 銃から細い閃光が放たれ、ゴブリンの胸に命中する。

 崩れ落ちたゴブリンの死体が消失し、かちゃん、と音を鳴らして金貨が落ちる。

 それを戦闘終了の合図であると、紫山は認識した。

 

「この空に、正義在り」

 

 腕輪の中山もまた、武器一つ取り戻しただけであっさりと勝った紫山水明の姿に、この絶望的な世界の希望を見出したようだった。

 

『……おぉ、こりゃ、希望が見えてきたな……』

 

 振るうツルギはスティレット。

 慈悲の剣(ミセリコルデ)とも呼ばれる武器。

 剣にも銃にもなるこの武器を用いて、紫山は無数の戦闘員、はたまた再生させられた無数の怪人達を、ばったばったとなぎ倒してきたのだ。

 生半可なモンスターでは、彼に太刀打ちもできないだろう。

 

「ところで変身アイテムのスカイクォンタムは? あれがないと俺は変身もできないが」

 

 あ。

 すみません、すみません!

 しばらくはそれ一本でお願いします……!

 

「……そっか。あんまり気に病まずにね。ありがとう、君のおかげでこの敵にも勝てたよ」

 

 あ、ああ……すみません……!

 

 

 

 

 

 紫山は歩き出す。

 木々の合間に、人が通れる通りの獣道がある。

 彼はそこに向かっていた。

 

『おい、どこに行くんだ?』

 

「消える寸前、ゴブリンはこっちに手を伸ばし、こっちに助けを求めようとしていた」

 

『ん?』

 

「こっちに仲間が居るんだろう。おそらくは、大勢」

 

『……! じゃあなおさら行くんじゃねえよバカ!』

 

「怪人が居るなら位置確認。できれば倒す。でなければ一般人が被害に合うかもしれない」

 

『おバカ!』

 

「しかしだな……」

 

『そうだった! テレビの中のこいつはこんなんだったな! 思い出してきた!』

 

 紫山の歩みに迷いはない。

 彼はずっとそう生きてきた。

 悪は倒す。

 善は守る。

 この世界では"魔物"にあたる、自分の世界では"怪人"と呼ばれる全てを彼は見逃さず、世界に生きる全ての力なき人達を守るために生きてきた。

 両親に愛されて普通の子供として生きることすらしてこなかった彼は、その生涯のほとんど全てを、鍛錬と救済にのみ費やしてきた。

 そういう男だからこそ、彼はどこまでも強い。

 

『女神も止めろ! ハッキリ言うがな! お前そんな無謀出来るほど強くねえよ、今は!』

 

「そうかもしれない」

 

『そうなんだよ! 武装揃えられる手段が見つかるまで無謀は控えろ!』

 

「武装は揃えるよ。そこは適当にやるつもりはない」

 

『今のお前は最弱のモンスターには普通に勝てる、程度だろ! 敵が多かったら即終わりだ!』

 

「人が襲われてたりしなかったらすぐ逃げるさ」

 

『人が襲われてたら勝ち目がなくても戦うってことじゃねえかああああああ!!!!!』

 

 会話を続けつつ、紫山は足を止めない。

 木々の合間に生い茂る草に、踏み潰された痕跡が増えてきている。

 葉の表面で月光を微かに反射しているのは獣の脂だろうか。

 断片的な情報だが、もはや疑いようもないだろう。

 この先には、相当な数の魔物が跋扈している。

 

「平和は守られねばならない。そのためには、俺のような人間が万民の盾になる必要がある」

 

『……この世界に、テメエが生きてた世界みたいな平和なんざねえよ!』

 

 紫山の反論が止まった。

 中村の言葉は正しい。

 紫山水明が生きていた世界ならば、紫山の考えが正しいのだ。

 人は殺されてはならないし、平和を乱す者は倒されなければならない。

 

 しかしこの世界は違う。

 女性は陵辱されて当然で、人は殺されるのが当たり前。

 平和など当然のようにない。

 平和の守護者として皆に愛されてきたヒーローが守るべき"それまであった平和"がそもそもない―――そんな世界。

 中村の言葉は、正しいのだ。

 

『平和な世界じゃねえし、敵は強いんだ。ちっとは賢く生きてくれや』

 

「君は賢かったな、そういえば」

 

『は?』

 

「さっきの戦いは助かった。君の賢明さと助言に助けられた。君のおかげで勝てたんだ」

 

『な、何言ってんだお前。あんなん地球で原作プレイしてたやつなら全員……』

 

「その知識があれば、次の戦いも俺が勝てない戦いを、勝てるようにできるかもしれない」

 

『は?』

 

「俺も君も、救いを求められて、応えて、世界を救いに来たんだろう?」

 

『え、あ、ああ。それは……そうだが……』

 

「全てを救えないことは知ってる。でもさ、できることは全部しておきたいじゃないか」

 

『……それは』

 

「守れないこともある。守れなかったこともあった。でも、この先はまだ分からない」

 

 それでもきっと。

 

 紫山水明は、妥協して生きていくことはしないだろう。

 

「召喚されて、俺は全てを救わなければならないことを知った。あの女神のために」

 

『……』

 

「人を救い、この世界を救って、あの女神の心を救う。俺達は過去に決意した男なんだから」

 

 ―――私はずっと、彼に感謝と謝罪をし続けるだろう。ありがとうと、ごめんなさいを、繰り返していく。

 

「俺は救うために来たんだ。アルナちゃんと、君の力を貸してくれ」

 

『……っ』

 

「仲間と共に戦うのが、俺が今日まで続けてきたやり方だ。俺は他のやり方を知らない」

 

 紫山水明はたった一人で世界を救ったヒーローではない。

 彼の物語において、主人公は五人、ヒーローは五人居た。

 後に追加される者も居たが、基本的に彼らは五人で戦い、世界を救っていった。

 紫山水明は自分一人で何か大きなことができるとは思っていないし、自分が手を抜いていれば全てが台無しになっていたであろうことを覚えていた。

 彼はいつだって、仲間を信じ、勝ってきた。

 

 今、紫山が信じる仲間は、腕輪として装備している中村であり……今こうして、彼らの世界と物語を言葉と文にしている、女神でもある。

 かつて紫山水明と共に世界を救った四人は、この世界にはいない。

 三人だけのチーム。

 三人だけの戦隊。

 人と腕輪と女神の三人で、彼は世界を救おうとしている。

 

 女神はもうとっくに、彼らと命運を共にすることを決めている。

 そして中村もまた、"子供の頃から好きだったヒーロー"の言葉に心を動かされ、とっくに心の中で覚悟を決めていた。

 

『どうなっても知らねえぞ! ヒーロー! 女神! 世界が滅んでもオレは知らねえからな!』

 

「どうなるか? 平和になるに決まってるさ。そうじゃないと困る」

 

『きえええ! こいつ、本気で言ってやがる!』

 

 そして、目的地が見えた。

 無数の魔物。猿、触手、狼、鷹、ゴーレムその他諸々、様々なエネミーが跋扈している。

 その向こうに、涙を瞳にたたえた少女が一人。

 がたがたと震えていた少女の「助けて」と言わんばかりの視線と、少女を見る紫山の視線が交わって、紫山は無言で頷いた。

 少女を囲む魔物の数はゆうに50を超えていて、そのどれもこれもがこの近辺に生息する魔物であり、ゴブリンよりも格上の魔物達であった。

 

『……おいおい、嘘だろ、すげえなヒーロー。こんなことある?』

 

 腕輪の中村が何かを見てぼそりと呟き、紫山が銃を空に撃つ。

 その銃声により、全ての魔物が紫山の方を向く。

 ファンタスティレットを短剣に変形させ、腰を落とし、紫山はゆったりと構えた。

 

 この絶望的状況でも()()()()()()()()()()()()()方法を、紫山は既に頭の中で組み立てていた。

 彼の選択は自暴自棄な自殺ではなく、僅かな勝機にかける勇気と、僅かなれども勝率を上げていく冷静な計算によって成り立つ、信念の選択である。

 

「アルナちゃんが目。中村が頭。俺が振るわれる剣だ……行くぞ!」

 

 そして、紫山は駆け出した。

 女神の声は紫山と中村にしか聞こえない。

 ゆえに、紫山は冷静にその神託を脳内で処理していく。

 

 右側から回り込むのは無理である。

 そこには反射神経に優れた狼が跋扈している。

 左側からも無理だ。

 そこには媚薬粘液濡れの触手が多すぎて、見慣れていない紫山が見切るのは難しい。

 正面も厳しい。

 そこにはゴーレムが待ち構えている。

 現在の紫山水明の火力では削り切るまで一時間はかかってしまうだろう。

 抜けられるのは、おそらく狼の密集地とゴーレムの間のみ。

 地面を這っているスライムに触れたくない狼が距離を取っているがゆえに、そこに紫山水明が駆け抜けられる可能性が少しだけ、ほんの少しだけ存在している。

 

 そういう風に、女神が神の眼によって下界の情報を知覚すれば―――それは全て、紫山の知るところになる。

 女神よりも実戦慣れしている紫山であれば、それを活かすことは造作も無いことだ。

 あっ、という間に。

 紫山は少女を救い出し、小脇に抱え、魔物達の攻撃範囲外まで離脱する。

 

 まるで神の視点を持つ者と、魔物の全てを熟知している者と、稀代の英雄の身のこなしを持つ者が一体になったかのような紫山の動きに、魔物達はまるでついていけていなかった。

 

 紫山の近くに、魔物の攻撃でもすぐには壊れなさそうな大木があった。

 

『油断すんな! 抱えたら女神様推薦の向こうの大木の陰に回り込んで隠れろ!』

 

 中村の声に従い、紫山は女の子を抱え、大木の後ろに隠れた。

 

 この大木は大分大きく、頑丈だ。

 大木の樹洞に少女を隠せばしばらくは流れ弾も当たらないはずだ。

 紫山は対魔物の戦いに集中することができるだろう。

 

 少女は身長差のある紫山の顔を見上げ、つぶやくように話しかける。

 

「あ、あなたは……?」

 

「ここでじっとしていて。すぐ終わらせて家まで送るからね」

 

「……!」

 

 その言葉は。

 女神的感覚から見ても。

 ヒーロー好きの一個人から見ても。

 満点としか言えない、勇気の言葉だった。

 

 紫山はファンタスティレットを低めに構え、夜闇に紛れるようにして駆け出した。

 紫山の目の前に、狼の魔物が一斉に現れる。

 どれもこれもが同じような姿をしていて、四体同時に飛びかかってきた。

 

『左からだ! 左から撃て! この世界は速度値が同じなら左から攻撃して来る!』

 

「了解」

 

 中村がゲームシステムに沿ったこの世界の理を叫び、紫山が精密連続射撃にてそれに応える。

 

 左から順に、狼の小さな鼻を撃ち抜く精密射撃を一瞬にて四連射。

 そして一番左の狼の足に弾丸を連続で撃ち込んで立てなくし、左から順に撃ち据え、狼を次々と立てなくしていく。

 狼は四本足の動物だ。

 つまり、前足二本が一時的にでもダメージを受ければ走れなくなる。

 あくまで"比較的に"と頭に付くが、二本足の動物よりも足が脆い傾向もある。

 トドメは後回しにすれば時間も食わないという、合理の極みのような攻撃だった。

 

 と、そこに、腕を振り上げたゴーレムが迫る。

 

 銃撃に集中しすぎていたらかわせなかったかもしれないが、今の彼にそれはない。

 

 身体操作の極みのような動きで、紫山がその場で宙返り。ゴーレムの強烈なパンチをかわして、その腕の上に飛び乗った。

 

「緩慢だな。緩慢鈍重稚拙未熟不出来独活大木罪で倒してやるか」

 

『古文の授業みたいな罪状を読み上げるな』

 

 ゴーレムの腕を駆け上る紫山をゴーレムは振り落とそうとする。

 だが、振り落とせない。

 鷹の魔物が集まって食い殺そうとする。

 しかし、紫山の反撃で切り落とされていく。

 

 ゴーレムが肌に付いた蚊を叩き潰すような動きで紫山を攻撃するが、中村の助言を受けた紫山はひょいひょいとかわし、ゴーレムから飛び降りながら銃を連射。

 "触手の反撃を受けない高度"から、一方的に触手の群れを肉塊に変える。

 

《 変形(カンビーオ) 》

 

 そのまま空中でファンタスティレットを銃から剣に変形させ、落下と同時に振り下ろした紫山の一閃が、熊のような魔物を真っ二つに両断した。

 

『動け動け! 強さで圧倒してるわけじゃねえんだ! 立ち回りで不利を消し続けろ!』

 

 神が見て伝え、中村が知識と思考を共有し、紫山水明が倒す。

 

 それは、紫山が導いて"こう"なるまで、女神が想像もしていなかった連携だった。

 

 "鷹が空から放った炎を紫山水明は右に跳んでかわした"……そんな風に女神が語れば、紫山水明はその通りに跳び、当然のように攻撃を回避する。

 かと思えば、女神が綴るよりも早く敵の攻撃を手早く捌く。

 そしてその最中でも、中村の助言を聞き、魔物の攻撃を的確に対処していく。

 

『! こいつは毒攻撃をする、当たるな! 一発もかするな!』

 

 虫の魔物の攻撃を見切ろうとする紫山に中村が忠言し、群がるスズメバチのような魔物の針の全てを銀剣が切って弾く。

 紫山の周囲の蜂は正面に一、右に二、左に三、後ろから奇襲を狙っているのが二。

 で、あれば。

 その程度の数なら、女神の声を聞く紫山に対し、空を舞う蜂すら奇襲は叶わない。

 

『こいつの噛みつきは転倒技だ! 武器を噛みつかせるな!』

 

 噛み付いてくる蛇の攻撃を受けようとした紫山が、中村の声を受け、防御から回避に一瞬で切り替え、見事に攻撃を届かせなかった。

 この世界の存在である限り、紫山に初見殺しは通じ難い。

 この世界の魔物の攻撃パターン全てを中村は頭に入れているからだ。

 紫山の反射神経さえあれば、忠告を聞いてからでも対応は間に合う。

 

 紫山の今の連携に隙はない。

 隙はない、が。

 いくらなんでも、敵の数が多すぎた。

 

 ()()()()()()()に。

 

「……思ったより多いな」

 

『というか多すぎる、こいつはまさか……』

 

 中村は腕輪の身で敵を見て、紫山を見て、大木に隠された少女の方を見て、全てを察した様子でぼやく。

 

『……そういうことか。そりゃ女神も止めねえわな』

 

「どういうことだろうか」

 

『あそこの女の子を殺してえんだよ、こいつらは。何を犠牲にしても』

 

「理由があるのか、何か」

 

 火花散り血潮舞う猛烈な攻防の中、ほんの少しだけ、中村は言葉に詰まり、口を開く。

 

『……オレ達は、この世界……"イリスクロニクル"のプレイヤーだった六人だった』

 

 中村は多くを知っている。

 ともすれば、前任の女神から世界の管理を引き継いだだけの見習いの女神より、ずっと。

 彼は被害者であり、救世主になるはずの男だった。

 けれどそうはならなかった。

 彼が悪かったわけではない。

 彼は何も悪くはない。

 彼はこの世界を救うために来てくれた、ただの人間だった。

 神は彼を裏切り、世界は彼に報いることはなかったが、彼は死してこんな姿に成り果ててなお、世界を救うという約束のため、戦おうとしてくれている。

 

 

 

 

 

『オレ達は女神に喚ばれて力をもらって新生して、この世界を救ってくれと頼まれた』

 

『四人死んで、二人残った。皆すぐ死んじまった。前任の女神に騙されてたんだ、オレ達は』

 

『今の女神の前の世界管理者は、オレ達を駒程度にしか思ってなかったんだ』

 

『オレを抜いた最後の一人、そいつは裏切って……"魔王達"について、前任の女神まで殺した』

 

『クソ女神に仕返ししてやったのさ。世界なんて救ってやるかと叫んだ』

 

『女神からもらった力、この世界そのものである原作知識、何もかもを利用した』

 

『そして世界格が上の次元に侵攻を仕掛けて、そのまま滅ぼしちまった。恨みがあったんだと』

 

『お前の世界をテレビで見て特撮世界だと楽しんでたオレ達の世界は』

 

『この世界をゲームの世界として楽しんでたオレ達の世界は』

 

『もうねえ』

 

『オレが昔"現実"とか呼んでたどっかの世界は、スゲエ簡単に滅びちまったのさ』

 

『この世界でどうにかあいつと魔王どもを倒せなきゃ、最悪全部の世界が滅ぼされる』

 

『あいつはプレイヤーとしてこの世界の全てを知ってて、魔王がそれをサポートしてる』

 

『誰も勝てねえ。勝てるわけがねえ。あいつは人類の全てに対策を打てるんだ』

 

『この世界が"イリスクロニクル"の世界である限り、魔王も全てに勝てちまう』

 

『だが……だが、原作で絶望的な世界を救っちまった奴なら、そこからでも奇跡がある』

 

 

 

『あそこに居るのは、あの野郎が何がなんでも殺したい奴、つまり―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かになったことに気付き、少女は木のウロからおっかなびっくり這い出した。

 まだ中学生程度の年齢である彼女は、高い段差ほどの根っこや、窓ほどの高さを持つ樹洞を移動するのにも一苦労している。

 木から這い出る時、鋭い木の枝で深く手を切ってしまうほどに。

 少女が怯えながら周りを注視すると、そこには無数の魔物の死体があった。

 樹は折れ、地は抉れ、魔物の死体は自然消滅するがために空気には不自然なほど血の香りが臭っていない。

 戦闘は既に全て終了し、そこには死体と静寂のみが残っていた。

 

 少女が這い出てきたことに気付き、腕輪が声を張り上げる。

 

『! おい、おい、そこの……プラネッタ! お前だお前!』

 

「ひゃ、ひゃいっ!? なんで私の名前を!? この声はどこから!?」

 

『どうでもいい! こっちだ! こっちに来てくれ! 頼む!』

 

 その声に導かれ、少女は血みどろで木に背中を預けている紫山水明を発見した。

 

 一瞬死体に見えたそれは、浅い呼吸を繰り返している。まだ生きているのだ。

 

 少女を守るための奮闘の結果こうなったことは一目瞭然だった。

 

「……あ」

 

 少女は一も二もなく駆け寄った。

 少女が腰のポーチから取り出したるは『救急箱』。

 "中盤に入るまでは最大の回復量を誇る"と語られる回復アイテムである。

 少女は自分の手が裂けているのにもかかわらず、自分の痛みは二の次で、紫山に懸命に手当てを行っていく。

 

 放っておけば紫山水明はここで死んでいただろう。

 しかし地球の常識を外れた回復力を持つ"回復アイテム"の概念は、紫山の命を繋ぎ留めた。

 特撮番組の世界であれば、人は腹を貫かれれば助からない。

 されどこの世界ではそうではない。

 切り落とされた腕が繋がることすらもある。

 死を覚悟した紫山の命を救ったのは、この世界の理であった。

 

「……ごほっ、ごほっ、手当て、か……あり、がとう……」

 

「!」

 

 途方も無い痛みに耐え、息を整え、紫山は少女に微笑みかける。

 

 それは、少女が怯えていて、不安そうで、泣きそうだったから。

 

 飛びかけている意識を必死に留め、"安心させないと"の一心で、紫山は笑顔を作る。

 

「……君は命の恩人だ。ありがとう。この恩はちゃんと返すよ」

 

「―――」

 

 その言葉は、この残酷な世界とは違う世界から来た人間の言葉であるがゆえに、この世界に生きるその少女の胸に、不思議な残響を残していった。

 

「あの……お名前を、聞いてもいいですか?」

 

「……紫山水明、だが、君は……?」

 

「イリス。イリスエイル・プラネッタです。皆には……イリスって、呼ばれてて……」

 

 女神の声は少女には聞こえない。

 この少女は彼について何も知らない。

 今日見た彼の姿が、彼女の知る彼の全てだ。

 良くも悪くも、彼は差別なく全てを救おうとする天性のヒーローであり、相手を選ばず、手を抜くことなく、敵の強さに腰が引けることもなく、誰をも全力で救いに行く。

 平和な世界の人々がそれを望んだから、平和でない世界でもそうしている。

 

「あなたが命の恩人です。この恩は一生かけても返します」

 

「……気にするな。俺は誰でも助けるから……誰も特別に助けてるわけじゃないし……」

 

「……」

 

「俺に助けられた人は……俺に特別にお返しする必要とか、ないんだよ……」

 

「それ、って」

 

「俺が見てる時に笑ってくれてたら、嬉しいけどさ……」

 

 くっくっ、と紫山は笑い、少女の手の傷に気が付き、表情を一変させる。

 

「ああ、君……手を怪我してるな……ちょっと、見せ……」

 

「あっ」

 

 少女を手当てしようと傷だらけの手を伸ばし、立ち上がろうとして、出血を繰り返していた紫山は貧血を起こして一発で気絶してしまう。

 少女は慌てて、自分よりずっと身長の高い紫山を受け止める。

 腕輪が呆れた声色の言葉を漏らした。

 

『悪い、こいつを運んでやってくれ。強がりばっかなんだ』

 

「はい。……腕輪が喋ってる!」

 

『気にすんな。ああ、もうちょっと丁寧に運んでやってくれ。怪我してるからな、痛そうだ』

 

「……? この人のお友達……?」

 

『さてね。クソ気に食わねえことばっか言ってるやつだ。だが』

 

 腕輪は、既に世界を救ったまごうことなき英雄の腕で、鈍く煌めいている。

 

『こいつには俺が必要らしい』

 

 私もですよ。

 

『知ってるよ』

 

「……?」

 

 私の声はあなたと彼にしか聞こえてないんですよ。何度も言いましたが、気を付けて。

 

『ああ、悪い、独り言だ』

 

「そうなんだ」

 

 女神の声が聞こえない少女は首を傾げ、あまり気にせず、紫山水明を背負って運ぶ。

 

 少女に、腕輪は問いかけた。

 

『その、なんだ。こいつをどう思った?』

 

 少女は少し考え、けれど迷いなく言い切る。

 

「放っておけない人だなあって思いました」

 

『……そういうこともあるか』

 

 そうして、希望と希望は出会った。

 

 正しい歴史で、これから世界を救うはずだった少女。

 この世界に居ないはずだった、かつて世界を救った青年。

 

 二人は、出会った。

 

 

 

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