絶望的エロゲ世界を救え!日曜朝ヒーロー!気弱女神!エロゲオタク! 作:ルシエド
中村は腕輪になった人間である。
そのため、無くすと本格的に見つからない。
盗まれても最悪だ。
なので、紫山は基本的に肌身離していないし、誰かに預ける時はちゃんと信用できる人間を選んでいる。
たとえば、イリスエイル・プラネッタなどがそれにあたる。
揺れる馬車の中、腕輪と一対一で話しているイリスを、メル姫が興味深そうに眺めていた。
『オレ、天皇になるよ』
「てんのーとは一体……?」
『この世で一番偉い男……だな。異世界なら勝手に名乗ってもいい気がした』
「ええ~? じゃあ天皇に相応しいのおにーちゃんくらいじゃない?」
『なんだとぉ……』
「でもなりたいものになろうとして、なれるのは偉いと思うよ。うん」
『サンキュー。じゃあとりあえず暫定天皇陛下ってことで』
「じゃあおにーちゃんも暫定超天皇陛下ってことでいいよねー」
『雑に超を付けてオレの上に置こうとするんじゃねえ……
オレはもっとカジュアルに天皇になれる世の中にしてえんだ。
さしあたっては天皇の第一義務として、
「へー! やってみてよ」
『うむ、水明のメンタル分析は完了した。
今のオレなら完璧な助言をお前に行える。
飴と鞭、脅迫と称賛を使いこなせ、プラネッタ。
やつの過去の心の傷を癒やした恩人となって愛される女になれ……』
「くたばれ」
『急に口悪くなるな! なんでだよ!』
「おにーちゃんの自然な幸福が損なわれるから」
『お前軽めの女に見えてナチュラルに重さおかしいよな。
一つ下の階級に挑戦するために重さ誤魔化してるボクサーかよ』
二人の会話を眺めているだけで、姫様はなんだか楽しそうだ。
『天皇の権利を行使する。さしあたっては……』
「超天皇ミナアキの代理人のイリスです。
このたびは天皇おじちゃんの権利の全てを剥奪しに来ました」
『大富豪の革命じゃねえんだからよ! 一気に没落させようとさせんのやめろ!』
「というかナカムラおじちゃんが偉そうにしても誰もついてこなくない?」
『なんだこの雑魚乳首うるせえな。乳首は雑魚なのに口は強者気取りか?』
「は? おじちゃん知らないでしょ。適当なこと言わないで。おにーちゃんでもないくせに」
『いや、これは確かな事実だ。お前が乳首にどれだけ自信を持っていてもお前の乳首は雑魚』
「雑魚じゃないもん!」
『どうせ遅かれ早かれ分かる!
お前はエロして生き残るかエロされて死ぬかしかねえんだからな! お前は雑魚乳首だ!』
「きー!」
ぷっ、と笑い声が漏れる。
イリスと中村がそちらに顔を向けると、メル姫が口元を抑え、必死に笑い声を上げるのを止めようとしている。
可愛らしく上品な姫の所作で、空気がほんわかした。
「ふふふっ。んっ。申し訳ありません、品のない笑いをお見せするところでした」
「『 いいっていいって 』」
「それにしても王族の前で世界で一番偉い人間が誰かの話なんて勇気がありますね。ね」
「『 …… 』」
「ないしょ、ないしょですよ? ふふっ」
「はい」
『ウス』
「ん。ところで、質問なんですけど。
テンノウというのはそんなに偉い役職なのですか?」
『おう。王よりも偉く、ニートが安易に憧れる、激務の塊よ。俺は働かない天皇になるが』
「わぁ、私達より偉くて私達より何もしないのですか!
権益を一切求めないのであれば好きに名乗っていていいですよ。よ。認可はしませんけど」
『……』
「おじちゃん、本物の権力者が出張ってきたら黙るのダサいよ」
『うるせえ』
そんな三人を、"不敬がないか"と、横目でセレナがチラチラと見ている。
命がけの戦場を共にし、命を救った恩義で繋がった彼らの間には、『戦友』と評するのが最も正しい、不思議な一体感があった。
セレナと紫山は、イリスと中村がふざけている横で、真面目なこの後の話をしている。
「あと一時間ほどで王都です。
その後は一旦別れ、後に合流するということでいいのでしょうか、ミナアキ殿」
「ああ。イリスが合流した時点で俺達が急ぐ理由は無くなったからね。
なら許せないのは形状記憶スライムなんてものを復活させようとしてるやつだ。
今は君達に全面的に協力したい。黒幕を倒すまで、俺は君達の力になりたいんだ」
「……ありがとうございます。その正義感、その志が、我が騎士団員にもあれば……」
「そんなに怠惰なのかい?」
「あっ……い、いえ、何もありません。
王家直属の騎士団について外部で悪評を流すなど、自分には、とても」
「……なるほど。君も大変だね。大丈夫、言い触らしたりはしないよ」
「いえ……それほどでは。あんがと……ありがとうございます」
ふっ、と気が抜けて、セレナが失言をして。
失言を分かった上で、"組織人として所属組織の悪口は言えないのだ"という部分を察し、セレナの意を汲んだ言葉を紫山が言い。
そういった部分がセレナの心の緊張を緩ませて、彼に心を開かせて、友達と話すような気分を引き出して、それがまたセレナから失言を引き出す。
ちょっと愉快なループが起きがちな二人だった。
セレナは、大きく咳払いをする。
「その……これは忠告、いえ、余計なお世話と受け取られるかもしれません。申し訳無い」
「前置きがいきなりパワーあるね。なんだろうか?」
「役に立っているのは分かりますが、あの腕輪捨てた方が良いと思います」
「おっ……直球だね……」
「あれが貴方の評価にマイナスを与える可能性があります。懸念材料です」
「うーん、中村がそういう評価をされるのは分かるんだけどね」
紫山は頬杖をつき、100点の笑顔(採点者女神)で微笑む。
セレナは女神が思ってるほどこの笑顔が高得点でなかったようだが、紫山がセレナに向ける笑顔は、彼が握手会で子供に向ける笑顔や、運動会の前に頑張っている子供の笑顔に似ていて、セレナの『忠告しようとする棘』が、どんどん萎えていくのが目に見えた。
善意からの忠告であれば、紫山水明が無下にすることはない。
「彼のキャラが立ちすぎて全然座ってない感じ、割と俺は嫌いじゃないんだ」
「斬新な表現ですね……お気持ちは分かりました。今は説得を諦めます」
「今は?」
「切り捨てられない身内に迷惑をかけられる人を、自分は放っておけません。それだけです」
「……そっか」
複雑そうな顔で、紫山は苦笑した。
うん。
ちょっと引くくらい中村さんの策略が刺さってるんですよね。
紫山さんの気持ち、分かります。
あ。こほん。
馬車が王都の前で止まったのを、馬車に乗っていた多くの者が認識した。
「王都に到着したみたいですね。降りましょう」
「ああ。中村、こっちに」
『超天皇陛下! 命令すかね? あ、勅令だっけ』
「君な……」
「ミナアキ殿。この腕輪、おそらく喋ってるものの何も考えてませんよ」
「知ってる」
『クソッ、生意気女が……テメエが原作でアナル快楽落ちしたCGの枚数を数えてやろうか?』
「ほら、何も考えてませんよ」
「知ってる」
腕輪を身に着け、紫山は馬車を降りた。
王都を見つめ、正義の味方は眉を潜める。
アマリリス王都はもう……四割ほど、女神でも見通せない領域と化していた。
ここは人間領でありながら、同時に、既に"あちら側"に成り果てている。
「形状記憶スライムを見つけたら即討伐を。
多少の混乱はこの際許容します。
騎士団に連行されそうになった時は自分の名前を出してください。
それでどうにかなると思います。
形状記憶スライムが街を彷徨いている方がリスクだと思いますので」
「わかった。そっちも気を付けて」
「? 気を付けて……とは」
「悪党の匂いがする。それも……信じられないくらい長い間ここで悪いことしてそうだ」
「!」
「ガイアデビルの本拠地に殴り込んだ時以来だ。ここまで"場所"に悪の匂いを感じるのは」
「……もう、そんなにも」
セレナが紫山の腕輪を外し、イリスの方に放り投げる。
『あっテメっ』
中村の文句を無視して、セレナは紫山の手を引っ張り、道の端に移動する。
「ちょっと、耳貸して。内緒話」
「おや……君が俺に敬語使わないのは初めてだね」
「いいから。
耳貸して。
丁寧な言葉だとなんか伝わってないかもしれないから。
あのね、あたしはあんたのこと信じられると思ってるけど、心配もしてるの」
「ああ、分かってるよ」
「騎士でもない。
勇者でもない。
あんた、遠いところから来ただけの普通の優しいだけの人でしょ。
ちょっと強くて、結構無知なだけの。
そんな人を頼るしかないあたしもあたしだけど……無理はしてほしくないのよ」
「君は、優しいね」
「優しいとかそういうのじゃないの。
あたしは騎士なの。
守られる側をやめて、守る側になることを決めた時、人は騎士になるの。
あんたがどんなに強くても、戦う義務は無いんだから、騎士のあたしに任せてていいのよ?」
「ああ、分かるよ、その気持ち。俺も戦隊だから。それにしても……」
紫山の脳裏に、少し。
―――我らは大地の悪意、人を超えた存在
―――星の代行者すら我らには敗北した
―――そんな我らを滅ぼしかけている貴様らが人間? 笑わせる
―――強くなるため力を極めた愚かな天空の者達よ!
―――この星の上で最も"外れた"バケモノは、お前達だ!
昔の思い出が、蘇る。
「……普通の人って言われたのは、久しぶりだなあ」
「? とにかく、何かしてくれたら嬉しいけど、何もしなくていいんだからね?」
「ああ、分かった。肝に銘じておくよ」
「絶対だからね? ……コホン。
ここまでの道中、姫の護衛協力、感謝致します。
謝礼は後日! これは当座の礼の品です! 有難う御座いました!」
思い切り頭を下げ、セレナは去っていった。
セレナに連れられたメル姫がにこにこと手を振っている。
名もなき勇者たちも朗らかにそれぞれ別れの言葉を口にし、仕事を終えたことで街のどこぞへと消えていった。
後に合流するとはいえ、少し物寂しいものがある。
女神がそう感じているだけかもしれないが。
「今渡されたこれ、なんだろう」
『死亡回避のアクセサリーだな。使い捨てで、死亡時にHPが1残る。高いぞ』
「へぇ……ありがたいもの貰っちゃったな」
セレナから貰ったアクセサリーを、紫山はポケットにしまった。
「戦隊の俺が子供のイリスの仲間入りに忌避感あるように、騎士も一般人にそう思うのかな」
そう思うのかもしれませんね。
「後で勇者登録だけでも、できたらしておこうかな。気を使わなくてよくなるかも」
変な気の使い方してますね……でも、いいと思います。
「おにーちゃん、とりあえずご飯食べない?」
「ああ、そうしようか。適当に王都でも回ってみる?」
「うん! 私、王都に来たのって初めて! 村も全然出てなかったから!」
「俺も初めてだよ。中村達の案内が頼りだな」
『お、聞くか? 任せろ。ここはシリーズで一番登場回数が多い街だからな。オレは目を瞑っても地理が分かるぜ。ここは基本的に縦3×横3の9マスマップで整理されてる。ま、1マスあたりの広さや建物数も大概だけどな。RPGに慣れてないやつが初期の王都マップうろつくと割と迷うとか聞いたことがあるくらいだ。だから数絞って教えるがまず覚えておくべきは中央マップだな。武器屋、アイテム屋、宿屋、合成屋、中絶屋全部揃ってる。イベントは北東マップの勇者ギルドで大体進むから中央の次に北東に行くことが多くなるかもな。王城があるのは北マップだがイベントの関係で北マップだと騎士団詰所の方に行く回数が増えるかもしれん。色んなアイテムを揃えて各ボスの対策をガチガチに固めるなら南マップの露天商・商店街に通うことになるからここも覚えておきてえところだ。ああそうそう、西マップにある修行場は無料で利用できるからTVでよく訓練してた相棒はここ使った方が鍛錬効率的にできるかもしれん。知ってる魔物なら魔力で再現できるって訓練場だからな。ゲームの仕様ならちゃんと経験値入って強くなれてたしよ。東マップの地下にある小規模風俗街は実際かなり違法なんだがここがなくなると将来困ることがあるから相棒は利用しないだろうが気付いたとしても騎士団に報告するのはちょっと待っ』
オタクってすぐ早口になりますね。
『ぐああああああああっ!!』
「うわっ長台詞言い始めたと思ったら急に叫んだ! おじちゃん気持ち悪い!」
「これは同じ男としての同情なんだがそのへんにしといてやってくれ」
街をうろつく、紫山、中村、イリス。
気持ち的には女神も一緒に街で遊んでいるくらいのお気持ち。
地上で一緒に居られなくても、一緒に居る気分で見ているだけで楽しいものだ。
とりあえず適当に、中村の知識も用いずに王都をぶらぶらしていると、真っ黒なローブで全身を隠した露天の商人が紫山に話しかけてきた。
「そこのお前。女性人気はありそうだけど男性人気はイマイチそうな顔のお前」
「え?」
「お前、種付けおじさんが大切な人の処女を喰った時どうする?」
「ええと……」
パアン。
男の平手が紫山の頬を打つ。なんで?
「判断が遅い」
「なんで俺今殴られたんですか?」
「ここが"前線"だったらお前が答えに迷ってる間にお前の大切な人の処女は三度奪われてる」
「ええ……」
『処女が三度奪われるってなんだよ』
「そこでですねえ! このアクセサリーを付けてると! 一回だけ処女喪失の身代わりに!」
『間に合ってます。行くぞ』
すたこらさっさ。
さっさと紫山らはその場を離れる。
正解だと思います。
「おにーちゃん! 大丈夫!? 痛くない!?」
「あ、ああ。凄いな……これが王都か……」
『状態異常対策系とリスクマネジメント系は買い揃えておきてえが、ま、後で安い店行こう』
「今度あいつ見つけたらおにーちゃんの代わりに殴っとくからね!」
「ああ、いいよ、そういうのは。授業料だと思っておけば……」
『あ、チンピラ小屋だ。
随分と懐かしいな。
チンピラどもは……いるな。
相棒、火を放っといてくれよ。
全員ちゃんとミディアムレアになる火力で。
あそこ女が足踏み入れると即戦闘始まって負けると地下牢で延々と輪姦されるんだよな』
「……今から全員捕まえて騎士団に突き出しておくからそれで勘弁してくれ」
中村の知識と紫山の正義感が合わさると、街を歩いているだけで悪が消滅していくのだった。
中村は、この世界における基本ギミック"食事"について話していた。
いや、この世界というよりは、このゲームジャンルに多いギミック、と言うべきか。
『何故か個人制作同人エロRPGには食うだけで強くなれるメシが多いんだ』
「なんで?」
『なんでだろうな……
基本的に戦闘中には食えないし、一定期間の効果なことが多い。
飯屋で食ったり、売店で買って弁当みたいに持ち歩いたり、まあ色々だな』
「そうなんだ……」
『オレのオススメは……
攻撃力が上がり先手で敵を全滅させられるドラゴニックステーキ!
……だったんだがなあ。
ゲームじゃなくて現実だと事故死がこええ。
ここは防御とHPに補正がかかるレインボーサラダを食うのがベターだと……』
「イリス、何が食べたい?」
「おにくー!」
「そっか、じゃあドラゴニックステーキ食べに行こうか。俺も丁度食べたい気分だったんだ」
「うん!」
『聞けや』
「中村。ご飯は楽しい、美味しい、が第一だ。
それに能力補正だけ考えて食べるものを決めていたら、栄養が偏ってしまうよ」
『無駄な哲学持ってんなあ! いやこの場合は正論だけどよぉ!』
店に向かう二人と一個、三人はがやがやとした喧騒の中を歩いていく。
歩いていくだけで、ちょっとわくわくする空気があった。
そこかしこで響く笑い声。
右を見ても左を見ても、色とりどりの店が並んでいる。
人族、魚人、虫人、獣人、人型ロボット、友好的触手族、その他諸々の
『あ、ストップ。相棒、そこの小汚え掲示板にメモ書き込んでくれ』
「ここに? 何を?」
『右下のところに黒塗りの高級車、野獣、クッキーと書いておけばいい』
「なんか聞き覚えあるな……なんか……聞いたことがあるようなないような……」
『暗号には便利なんだよ』
「ああ、秘密通信か。納得だ」
あっ、ふーん。
戦いが遠い久しぶりの平穏の中、飯処に向かうその道中で、イリスが気付く。
「おにーちゃん、お金どのくらいある?」
「そんなには……ああ、イリスもそんなにないのか」
「うん。溜めてたお小遣いがあるくらい」
「イリスは偉いな。ちゃんと貯金ができる子は立派な大人になれるぞ」
「えへへ。おにーちゃんに大人の女に見られたら、嬉しいなあ」
金、金、金。
ヒーローらしからぬ話題だが、切実な問題である。
金がなくては生きていけない。
それは正義の味方も同じ。
無償で人助けをする者はつまるところ見返りを求めないので、個人では常に清貧だ。
ヒーローが金に困らないようにするには、金銭面でヒーローを支援する個人や組織が要る。
ファンタスティックVにも、そういう支援者は居た。
『金か……あ、そうだ。ここから見える……あの青い屋根の建物の方行ってくれ』
「あれか? 何かあるのか?」
『まあな。そうそうそっちそっち。
で、そこの石畳みの……"キンコン西野"って小さく書いてあるやつは剥がせるから頼む』
「ここを剥がす、と。あれ? 結構な額のお金がある」
『いやー、完全に忘れてたわ。
こうなる前の俺は結構稼いでてな。
でもリスクってあるだろ?
だから万が一を考えてその辺に金を仕込みまくってたわけ。
いざという時に使う、あるいは使わせるために。
いやー、かんっぜんに忘れてたが、流石オレ、自称とは言え全知の勇者サマだ! 慧眼!』
「君は冬前のリスか何かか?」
『うっせ』
イリスはとても楽しそうだった。
あれなんだろう、と紫山に問いかけ。
あれ面白そう! と紫山に語りかける。
行こ行こ、と紫山の手を引いて。
えへへーっ、と紫山の腕を抱き締める。
ただ一緒に居るだけで幸せそうで、ただ一緒に歩いているだけで満足そうだった。
「あ、おにーちゃんおにーちゃん! あのお店じゃない?」
『ああ、そっちは違う。
そっちは3で出たドラグガーリックステーキの店。
効果はアイテムドロップ率上昇。
5で出た攻撃力上昇のドラゴニックステーキの店はもう一つ向こうの通りだ』
「ややこしい……」
「ややこしいね……」
『ああ。早口で言うとホロライブとホモ愛撫が聞き分けられない世界の神秘に似てるな』
「似てるか?」
店に入って、メニューを見る。
しかし。
あまりにも豪胆なことに、店のメニューは一つしかなかった。
「「『 ドラゴニックステーキお願いします! 』」」
「「 ……? 」」
「中村……お前……食うのか?」
「腕輪に口無いよ?」
『仲間外れが寂しい。
もう二度とメシ食えないのつらい。
頼む、相棒。オレの代わりにめっちゃ美味そうに食ってくれ……』
「ええ……いいけど……」
ステーキを頼み、ステーキが来たら、皆で食べて。
なんだかちょっと家族みたいだなと、女神は思った。
「美味しいね、おにーちゃん!」
「ああ、そうだね、イリス。いきなりステーキの1.4倍くらいの美味しさだ」
『美味しいね、おにーちゃん!』
「………………………………そうだな」
「絶妙に腹立つ私の声真似~!」
たぶんこういうのを、"絆"と呼ぶのだろう。
二人と一個が食事しながら談笑していると、そこに何やら、鼠色のボロ布で全身を隠した人物が現れた。体格と体型を見るに、女性であることが分かる。
紫山とイリスは怪訝な顔をしたが、ナカムラはその女性を知っている。
というか、女神も知っている。
この女性は紫山が世界に来る前から、ナカムラの協力者だったから。
「おいっすー」
『おいっすー。オイッスネイチャ』
「誰だい? 中村の知り合いか何か?」
『情報屋C』
「どもども。ナカムラさんのお仲間っすよね。どうぞよろしく。しっかし、本当に腕輪に……」
『おう、イケメンだろ?』
「そっすねー。金色でお金の匂いがする感じが最高っす」
『はっはっは』
「はっはっは」
これ……これが怖い。
この二人、注視すれば内心見えなくもないんですけど、そうしないと腹の底が全然見えない状態で探り合ってる感じがめちゃこわなんです。
普通に怖い。
こほん。
情報屋のお姉さん(自称17歳)(実年齢31歳)(幻覚魔法で自分の顔を偽装しつつ実年齢を誤魔化してる)は、食事中の彼らの前に、書類の束を差し出した。
「これ、頼まれてた種付けおじさん生息マップっす。
依頼から一年越しっすが、最新情報に更新してあるっす。
現在王都にはレベル50以上の種付けおじさんは居ないっす。平穏っすね」
『サーンキュ』
「種付けおじさん生息マップ……?」
「種付けおじさん生息マップ……?」
紫山とイリスが、同時に首をかしげた。
『お前達に言っておく……路地裏に入ったら十割、イリスが輪姦されるぞ』
「入っただけで!?」
「入っただけで!?」
『ほぼ強制イベントだし罠魔法陣とか媚薬シャワーとか色々あんだよ』
「待て、中村。ここは王都だろう? ある程度その治安は信じても……」
先程潰したチンピラ小屋を思い出し、紫山の言葉は止まった。
『同人エロRPGで王都とかチンポの遊園地の代名詞だろ。チンポのファストパスが買えるわ』
「そんなに!?」
『時期にもよるが、王都のエロイベントの総数はやべえ……イリスは一人で出歩くなよ』
「えー、そんな心配いらないよー?」
『……気付け馬鹿野郎。お前が24時間水明にベタベタする大義名分をやろうってんだ』
「! あー、おにーちゃん、王都こわいー! 私と一緒に居てくれたら嬉しいなー!」
「……俺は思うのだが、これは談合というやつなのではないか?」
『気の所為気の所為』
「きのせいきのせい」
こういう時、会話させると中村さんが一番怖いって感じしますね。
普通に何気なく会話の中でコントロールされてる感じが。
味方だと頼もしいんですけどねー。
うむ。
「また仕事依頼してもらえるようで嬉しいっす。それじゃ」
食事を終え、店を出て、紫山らは書類とにらめっこしていた。
汚いポケモン生息地を見るような気分で、種付けおじさん生息地を頭に入れていく。
「多いな……」
「多いよぉ……」
『普通じゃね』
普通じゃないでしょうか。
「感覚ズレきっててヤバいな」
「というかその……私田舎娘だから知らないだけかもだけど……なんでこんなにいるの?」
『騎士団の側にもやってるやついるからなあ。ま、徘徊型に気を付けとけばいいだろ』
「徘徊型」
「徘徊型」
『この手のゲームに多いやつだ。
その辺うろついてて襲いかかってくるのが徘徊型。
特定の路地や家に女が踏み入ってくると襲うのが拠点型。
親戚や近所に居て特定時期になると襲ってくるのが時限型。
この三大種付けおじさんへの対策を行うことが当座の急務だな』
「そうか……」
「そうなんだ……」
『あ? 真に受けてねえな? マジだからな?』
「いや……本当のことを言ってるのは分かるんだが……」
字面が酷いんですよね。
『一応言っておくがな!
プラネッタが同行してなきゃ心配しなくてもいいことだったんだからな!
男所帯で警戒することじゃねえんだよ!
警戒事項が増えたのはプラネッタのせいだからな! 反省しろ反省!』
「ええええ!? 私のせい!?」
『お前連れてるから気にしなきゃいけないこと増えてんだよ! バカ! 短慮! 雑魚乳首!』
「はいデマー! 根拠のないデマはノーダメですー! だからおにーちゃん信じないでね?」
「はいはい」
あの、街の人達が周りから見てるので、もうちょっと声を抑えて。
目立ってます、抑えて、抑えて。
あ。
セレナちゃん達がいますね。
そこは、王都北東部の民家だった。
セレナが民家の扉の前に立っていて、ピリピリした様子で周囲を警戒している。
ピリピリしているセレナに威圧され、周囲には誰も寄っていない様子。
紫山らが寄っていくと、セレナはすぐにその姿に気がついた。
「あ」
「や、セレナちゃん。合流にはまだ早かったと思ったけど」
「その……姫がどうしてもと言って聞かなかったので」
ちらりと、セレナが民家の中に視線をやる。
泣いている大人の女性がいた。
泣いている幼い子供がいた。
二人を慰めながら、二人に謝っているメル姫がいた。
「御者の方の家族だそうです」
「……ああ」
簡易な一言で、紫山は全てを理解する。
形状記憶スライムはゲーム的には尊厳破壊と肉体破壊のエロスを演出するために存在している、らしいが、その性質は生きた人間の溶解捕食を前提としている。
あの御者が入れ替えられていたということは。
本物の御者はもう死んでいるということだ。
メル姫はその責任を取りに来たのだ。
あの御者をメル姫が雇わなければ、あるいはあの御者は死ななかったかもしれない。
そういう罪を、ちゃんと背負いに来た。
王族が背負う意味のない罪だ。
殺した奴が悪いのだから、雇っただけの姫が背負うべきでもない罪だ。
それでも姫は、遺族に謝り、遺族を慰め、自分の行動のツケを、自分で支払いに来た。
そんな姫の姿を、女騎士が、戦隊ヒーローが、原作主人公が、腕輪が、見つめている。
ぼそりと、紫山は呟いた。
「責任感の強い子だね、彼女は」
「はい。自分が心の底から尊敬する、本心から守りたいと思える方です」
セレナがあんなにも"姫を守るのを手伝ってもらった恩"を大きく感じていたのか、その理由を、紫山水明は理解できた気がした。
「で、だ。俺の知ってるセレナちゃんだと、聞き込みで情報を得てそうなもんだと思ったけど」
「……御見事。その通りです。
御者は念入りに、慎重に、秘密裏に選びました。
そんな御者を探し当て、密かにスライムと入れ替えたのです。
頭が回る人間であれば、事前にかなり丁寧な調査をしているだろうと考えました」
セレナちゃんのこういう思慮深さ、一割くらい私にくれないかな……
『女神』
はい、すみません、羨むばかりではなく今後も精進します……うぅ……
「何が聞けたのかな?」
「
「鏃の耳の美少女……」
「出会いは恐ろしいものですね。往々にして運命を感じた出会いにこそ、致命の罠が存在する」
『まぁな』
その容姿の特徴に。
原作を熟知している中村は、心当たりがあった。
女神は無いので多分設定資料集とかそのへんのやつ。
『鏃の耳……やっぱ、そういう前提で動くしかないか』
かっこつけて思わせぶりに何も言わないのやめましょうよ。
真面目な顔で遺族の方々に胸を痛めてる紫山さん達の真摯さを見習ってください。
『それは……まあ……そうなんだが』
ううん。やっぱり……人が死んでしまう悲しみは、慣れませんね。
もう人が理不尽に死なない世界になったら、いいんですけどね……
『……お前が望むなら、オレと相棒がそういう世界にしてやるさ。待ってろ』
……はいっ! 待ってます!