絶望的エロゲ世界を救え!日曜朝ヒーロー!気弱女神!エロゲオタク!   作:ルシエド

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【11】そーれ、脱衣っ脱衣っ

 "ちょっとした証言をしてほしい"と、紫山らはメル姫に頼まれた。

 曰く、スライムの擬態を見抜いたことで王に興味を持たれたらしい。

 かつ、今回の事件の当事者で、かつ姫と主従関係でも契約関係でもない紫山らの証言があれば、王の勅命で組織への対処が始まるのだそうな。

 

「王族……王族さんかぁ……ど、どうしようおにーちゃん! 緊張してきちゃった!」

 

「何か失敗したら俺がフォローするから、"失敗してもいい"って気分で行くといいよ」

 

「う、うん。でも、お兄ちゃんに迷惑かけたくないから……」

 

「いいんだよ。慣れてる。俺の昔の仲間のレッド……

 ゴウカって少年は、王族に働いた失礼の数が三桁に及ぶからね」

 

「おにーちゃん。友達は選ぼう」

 

「選んでるつもりなんだけどなあ」

 

 くすっ、と笑い、緊張が少し抜けた様子のイリス。

 本当の兄妹のような二人を見て、セレナとメル姫もどこか肩の力が抜けていた。

 ふにゃりとした微笑みを浮かべ、メル姫もイリスの緊張をほぐそうとする。

 

「多少は何かあってもお父様もお母様も流してくれると思いますよ。

 寛容な王と王妃ですから。ちょっと報告してくださればそれでいいです。さ。行きましょう」

 

「はーい!」

 

「ふふっ。イリスさんは元気が素晴らしいですね。ね」

 

 素直で、前向きで、頑張り屋で、人のため走るイリスちゃんは、誰からも愛される子であった。

 かくいう女神も気に入っているのであった。

 いい子なのだった。

 た。

 メル姫のひらがな一文字分くらいで小さく発音切る癖、ゲーム画面で見てみた時は特に何も思いませんでしたけど、甘い滑舌が絡むとすごく可愛いですね……姫力が高い。

 ささやきボイスがあったら売れそう。

 

 メル姫とイリスがわちゃわちゃ楽しそうに話しながら待合室を出て、謁見の間に向かう。

 その後をちょっと焦った様子でセレナが追う。

 少し離れて後方を歩く紫山――なんか遊園地ではしゃぐお父さんみたい――の手首で、腕輪が声量を抑えて話しかける。

 

『相棒』

 

「なんだい?」

 

『お前はこの後、事件の黒幕が誰かを知る。

 普通の人間の中に混じった本物の悪党を知る。

 だがスルーしろ。反応するな。何も言うな。見過ごせ。喧嘩売っても今は勝てねえ』

 

「なに?」

 

 相方の提案に、紫山の表情が一瞬、険しくなった。

 

 険しくなったものの、紫山から中村への信頼が耳を傾けさせ、続く言葉を待っている。

 

『お前の勝利を信じてねえって言うと語弊があるな。

 お前を信じてるし、この世界の強弱の法則を信じてんだ、オレは』

 

「……強弱の法則」

 

『お前を信じてる。

 お前は節穴じゃねえ。

 オレが何も言わなくてもお前は見抜く。

 そして……お前が見抜くであろう奴は、イリスクロニクル初代のラスボス、魔王だ』

 

「!」

 

『勝つんならもうちょい先の街で装備を整えなきゃ無理だ。

 そういう仕様になってる。

 "何も考えずに力押しで勝つのが難しい"ボス。

 かつ、"ゲームを楽しんでいたやつならちゃんと勝てるボス"だ。

 普通の生物が勝てる相手じゃねえ、それが魔王だ、が。

 相棒が仲間を揃えてちゃんとやれば、勝てねえとまでは思ってねえ』

 

「……この後、ってことは、王様の周りに居るのか? 黒幕は」

 

『ああ』

 

「姫が国の上層部に黒幕が居ると言ってたのは、そういうことなのか? 魔王が?」

 

『そうだ。誰も気付いてねえ国家首脳スパイ、最悪の最悪だ。オレは知ってるから意味ねえがな』

 

「すぐに倒さないと手遅れになるってことはないんだよな?」

 

『もちろんだ。この時期なら例のスライムも大して作れてねえはずだ。

 材料が大して集められてねえからな。

 黒幕の魔王を倒しゃ奴が進めてる計画は全部頓挫だ、お前の理想にも反さねえよ』

 

「……分かった。今回だけ、黒幕を見逃せばいいんだな? そしてすぐ準備をして、倒す」

 

『おっ、分かってくれたか?

 悪ぃな、お前の流儀からすりゃ見逃すのが苦痛なのは分かる。

 ここで倒せるものならオレも倒せる方法提案してらあ。

 だが、どうにも今の時点じゃ倒す方法がねえ、悪い。我慢してくれ』

 

「ふっ……なんだか、面白いな」

 

『あ?』

 

「俺と君は、基本的に意見が対立していただろう? ちょっと喧嘩になりそうなくらい」

 

『……まあ、そりゃな。今でもそうだと思ってるぞ』

 

「それが今ではどうだ?

 君は俺の流儀に配慮して考え、言葉を選んでる。

 俺は自然と"彼が言うなら"と、悪を見逃すことも選択肢に入れている。

 自分の意見を押し通すでもなく。

 自分の意見を無くすでもなく。

 自然に、自分と仲間の意見が両方を立てられてる。

 なんだか、それが楽しいんだ。俺と君が本当にちゃんと仲間になったような気がして」

 

『―――ああ、そうか、そうかもな。はっ、言われるまで気付かなかったぜ』

 

 紫山と腕輪が、自然に笑い合う。

 

「君の正義が分かってきたんだ。君が歩み寄ってくれたおかげだ」

 

『……は? オレから歩み寄った?』

 

「だから、改めて謝らせてほしい。

 あの時の選択は後悔してない。

 間違ってるとも思ってない。

 それでも、俺だけが正義だなんて、思えなかったから。

 イリスが襲われていた時、君の提案したやり方を、強引に無視して……ごめんな」

 

『……いや、いやいや、お前……ああもう、クソ、もういいわ』

 

「?」

 

『どうでもいいこと言いそうになった、忘れろ。あと、それはもう気にしなくていいんだよ』

 

 他人に歩み寄るのが当然の人は、自分が歩み寄ったことなんて当然すぎて考慮しない。

 他人に歩み寄るのが当然じゃない人は、そういう人がいつでも、どこでも、誰に対しても、歩み寄っているのを知っている。

 腕輪は、いつも近くで見てるから。

 

 ヒーローは自分が一番歩み寄っていることに無自覚で、ヒーローの相棒は自分がつられて歩み寄っていたことに無自覚で、互いに歩み寄っているから、力を合わせることで生まれる力が、何倍にも強くなってて。

 

 中村さんも、思ったこと、素直に言っちゃえばいいのに。

 

『調子乗ってんじゃねえぞ女神!』

 

 ひゃうん、す、すみません!

 

『とにかく! 攻撃はするな、口にも出すな、それで乗り切れるだろ。いけるな?』

 

「わかった。俺は仲間に言われれば横断歩道の前で待てもできた男」

 

『オレはお前のお父さんか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫山水明は、周囲から向けられる評価ほどには自己評価が高くない。

 なので、中村の言葉を完全にそのまま受け取っていたわけではなかった。

 

 悪の気配や匂いは、そこまで正確に分かるわけではない。

 悪人を見逃したことは多いし、このへんに悪人が多いな……というぼんやりとした印象で受け取ることの方が多い。

 スライムの時も、紫山は怪しんでからそれぞれの顔をじっくり見て判別していた。

 

 なので、紫山は自分が確実に黒幕を見抜けるだなんて思っていなかった。

 見抜けるかもな、くらい。

 その上で、"中村が見抜けると言ってるなら見抜けるんだろうなあ"とも思っていたので、彼は自分の能力を盲信しないまま、見抜けるだろうと信じ、謁見の間へと足を踏み入れていた。

 

「どうぞ、みなさまがた。王がお待ちです」

 

 そこに、無言の『悪』が居た。

 

 今思えば、紫山の思考から抜けていたものが一つだけあった。

 紫山の能力の高低で気付ける気付けないが決まるとか、そういうのではなく。

 黒幕の擬態能力の高低で気付ける気付けないが決まるとか、そういうのでもなく。

 "()()()()()()()()()()()()()()"と、中村が揺るぎなく信じているほどの、『悪の絶対性』を持つ者が、そこに居るという可能性だ。

 

「っ」

 

 紫山は顔にほとんど出さず、声にもほとんど出さなかった。

 

 紫山とイリスは、セレナに倣って、見様見真似に膝をつき、頭を下げる。

 

 『それ』の顔面を撃ち抜きたくなる衝動―――否、使命感を、紫山は必死に抑えていた。

 悪が居た。

 命に対する悪が。

 社会に対する悪が。

 世界に対する悪が。

 倒さなければならない悪が、そこにいた。

 悪は、世界を歩く人型の異界そのものだった。

 

 『それ』は、王様の横で、アマリリス王国宰相の中年男の姿をしていた。

 

 壇上の高みにて、優しげに微笑む王様の横で、無表情な宰相が怪しさの欠片もなく佇む。

 

 おぞましい。

 汚らわしい。

 最悪だった。

 紫山の戦慄は、この領域を観測している女神にも伝わってくる。

 

 女神の視覚を阻害する、邪悪な力が謁見の間に満ちている。

 紫山らをアンカーにして焦点を集中して見ても、なお見え難い。

 女神以上に鋭敏なヒーローの悪を嗅ぎつける嗅覚が、鼻が曲がらんばかりに警告している。

 絶対的に倒すべき悪と、救い上げるべき悲しき存在を見分けられるのがヒーローだが、彼が持つ『ヒーローの資質』が、今の一分一秒全てで、紫山に「戦え、倒せ」と言っている。

 

 『それ』は、スライムのような変身をしていなかった。

 『それ』は、アマリリス王国宰相の脳に寄生していた。

 『それ』は、宰相の意志を残したままその体の全てを操っていた。

 『それ』が、宰相の愛した国をめちゃくちゃにするのを、宰相はずっと見せつけられてきた。

 

 ()()()()()

 ファンタスティックバイオレットが戦った"先代ファンタスティックV"、彼らの一人を操り悪の側に回らせ、仲間割れに導いた怪人パラサイトと同種の―――寄生する悪。

 いや、『寄生魔王』か。

 

 紫山は宰相の方を見なかった。

 それでいい。

 それが正しい。

 戦闘経験豊富な者のほとんどは、宰相から目を離さないだろう。

 優秀なベテランであればあるほど、強力な仮想敵から目を離すことはない。

 敵の初動を見逃せば、一瞬で殺されてしまうことを知っているからだ。

 

 しかし、今回は"気付いていることに気付かせない"ことが肝要。

 宰相とは会話せず、目を合わせないくらいでちょうどいい。

 魔王が何かしてきたとしても、そこはずっと女神が見ている。

 紫山の背後から襲いかかったとして、それは通じない。

 紫山は見ず、女神が見る。

 これが最善の選択だ。

 

 あとは、最後までなんとかやり過ごせれば。

 

「このたびは、まず、其方らの貢献に対し……」

 

「おや」

 

 ……? 宰相が王の言葉を遮って、紫山を見ている。じっと見ている。

 

 紫山の行動や振る舞いに客観的な失態は無い。気まぐれだろうか?

 

「て、テルーテーン宰相殿? 王の言葉を遮るなど、無礼が過ぎますぞ」

 

「少し黙っていろ」

 

「て……テルーテーン殿! 王の御前で、賓客の御前で、なんたる言葉遣いを」

 

 大臣が金切り声を上げ、宰相が笑む。

 その視線は紫山を捉えている。

 口が開いて、開いて、開いて、人間の稼働限界を超えて、口の両端が耳に届きそうなくらい、開いて……不気味な笑顔が……これは……?

 

「やっぱり。見えてるな。フ、フフフ、フ、あらあらあらあら、見えてるわよね?」

 

 宰相が壇上から降りてくる。

 一直線に紫山に向かってくる。

 迷いなく歩き寄ってくる。

 その口調が、その声色が、硬い中年男性のものから、甘ったるい少女のものになっていく。

 

 いや、これは。

 

 ! 紫山さん! 気付かれてます! 武器を!

 

「そうか、お前が噂の。じゃあ、もういいわね」

 

 そして、誰もが状況を理解できていない中、魔王は一も二もなく、混乱につけ込む形で紫山に奇襲を仕掛けた。

 他の者が相手であれば、混乱の内に確実に殺せていたであろう、脈絡のない奇襲だった。

 

 振るわれる魔王の爪、都合十五回。

 振るわれる銀剣、都合六回。

 宰相の身体を使っているというのに、なお存在する圧倒的な身体能力差と速度差があった。

 

 紫山の腕、頬、足が切られ、血が吹き出す。

 黒く短い髪の毛が切り裂かれ、はらりと落ちる。

 されど急所に届いた攻撃は一つもなく、紫山は技量と経験のみで捌き、最小限の力で攻撃の側面を叩いて流し、致死の十五連撃をしのぎきっていた。

 

 不気味な笑顔の口が、もっと大きく開いて、開いて、開いて―――開いた口から、『恐ろしい生き物』が、這い出るようにして現れた。

 

「フ、フフフ、フ! いいね! いいわね!

 謀略も楽しかったけど……やっぱり魔王の娯楽は、こういうのじゃなきゃ!」

 

 それは、全身が瘡蓋(かさぶた)の少女だった。

 人型であることは間違いない。

 顔も人間で言うところの美少女だ。

 なのに、全身が瘡蓋だった。

 赤っぽいような、黄色っぽいような、茶色っぽいような、カサブタの集合で出来ていた。

 

 瘡蓋は体表を這い回っており、まるで一つ一つが生物のよう。

 生きた瘡蓋が皮膚からどけると、その部分に少女らしい色気のある白肌が見える。

 少女の儚い美しさと、その体表を瘡蓋が這い回るおぞましさの相乗効果には、大量の虫に捕食される少女を見ているような、そんな生理的嫌悪感がある。

 厚着して瘡蓋の位置を調整すればただの美少女にも見えるかもしれないが、少なくとも今は、おぞましさしか感じない。

 

 そして、その頭部から『(やじり)の耳』が生えていた。

 

 中村は内心歯ぎしりし、魔王の思考に対する推測を修正する。

 

『どういう胆力してやがる……!』

 

 積み上げてきたもの、全てを投げ捨てる判断が早すぎる。

 迷いがない。

 そして、正しい。

 

 紫山が魔王に気付いていたとしても、しらばっくれるという選択肢はあったはずだ。

 謀略で潰しにかかるという選択肢はあったはずだ。

 そもそも、魔族としての正体を表して速攻奇襲を仕掛けるなら、その時点で長年積み上げてきたものが全て台無しになる。

 まともな策略家なら、ここで奇襲など仕掛けるわけがない。

 社会的地位と共に積み上げてきたものの誘惑が大きすぎる。

 

 だが、魔王は奇襲を選択した。

 その結果として、魔王は人間に準備の時間を与えなかった。

 準備の時間を与えなかったことで、圧倒的に優位な状態で戦闘を開始することができた。

 もし、魔王がここで安全策に見える謀略を選んでいた場合、メル姫とセレナから受ける信頼と二人の社会的地位と、中村の知識で、魔王は完全にチェックメイトだったはずだ。

 

 ヒーローの運命力が、悪を打ち倒す舞台を整えているような、そんな流れがあった。

 

 それをぶち壊す、正義を打ち負かす運命の上に居る、悪の不条理があった。

 

 尋常な人間の精神では類似するものすらなさそうな、人外の思考。

 それが、魔王に勝機をもたらす。

 爪に付着した紫山の血を舐め上げ、少女の姿をした魔王は恥部を擦り上げる。

 

 人間の自慰のようにも見えるが、『そこに性器も排泄腔も無い』という時点で、これは人間で無い者が娼婦などがする誘惑を上っ面だけ真似ているだけで、何の色香も無いことが分かる。

 泥人形にAIでも積んだ方が、まだマシに人間を真似るだろう。

 これはもはや、人間への侮辱だ。

 

「フ、フフフ、フ。

 やっぱりねぇ。

 根拠は無かったけど。

 久しぶりだわ。

 この世界の倫理からは生まれない臭い。

 腐りきった性欲の世界の住人が宿さない臭い。

 ()()()()()()()()()()

 臭いわ、臭いわぁ、臭い臭い臭い。

 『本物』ならわたしが見えてるだろうなあ、って、またぐらが囁くのよ」

 

『そういうことかよ。光が強すぎるってのも良し悪しだな。』

 

 ……あ。

 

 女神が、中村が、紫山が、魔王が気付いた――あるいは、気付かないまま紫山を攻撃した――理由を理解する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という確信。

 魔王という悪が持つ本能が、そうさせたのだ。

 陵辱エロゲ世界の本質近くに在る魔王であれば、特撮世界でヒーローとして生まれた人間は、ありえないほどの純度を持つ光に見えるのかもしれない。

 

「こ。これは、そういう……」

 

 混乱するメル姫に、中村が叫ぶ。

 

『メル姫! こいつが例の黒幕だ!

 全員に隠しといて作戦仕掛けるつもりだったが、すまんもうダメだ!

 なんとか皆に言うこと聞かせてくれ!

 こいつは魔王! 魔王テルーテーン! 下位の魔王だが、今は誰も倒せねえ!』

 

「!」

 

「フ、フフフ、フ。腕輪さんは色んなことを知ってるのねえ」

 

 王と王妃が逃げる。

 議事録を取るだけのつもりだった大臣が逃げる。

 逃げる者達を、謁見の間左右に並んでいた兵士達が守り、逃がす。

 姫が逃げず、姫を逃がそうとセレナがその腕を引いている。

 イリスが何かに気付いた様子で怪訝に魔王を睨んでいる。

 

 それら全てを守るように、銀銃を構えた紫山が魔王の前に立った。

 

「勇気ある人間さん、名前を聞いてもかまわないかしら?」

 

「俺は紫山水明。悪の中の悪、魔王。お前の死神が出会いに来たぞ」

 

「フ、フフフ、フ、素敵素敵。男の子との出会いでドキドキしちゃったのは数百年ぶり」

 

 ぐぅっ……ま、魔王が、気合いを発すると、放出されたオーラが、世界を軋ませる。

 それは一般人であれば即座に気絶して然るべきもの。

 見ているだけの女神が、その神聖性を否定され、僅かに苦痛を感じるほどのものだった。

 紫山の手元で、中村が叫ぶ。

 

『バカ! 今の段階で勝てる敵じゃねえ! 退け!』

 

「非戦闘員が全員逃げられた後なら、その言葉も聞けるが、今は……!」

 

『そういう話じゃねえ! こいつの能力は―――』

 

 その瞬間、魔王の固有能力が、発動した。

 

武装剥奪(キルスティール)

 

 紫山のファンタスティレットが。

 イリスの片手剣が。

 セレナの剣、弓、槍、仕込みナイフが。

 メル姫の杖が。

 周囲の全ての兵士の全ての所持武器が。

 周辺に存在する、ありとあらゆる武器が。

 魔王の手の中と足元に、瞬間移動した。()()()()のだ。

 

「!?」

 

「武器が……!?」

 

『RPGってシステムの上で、無対策のやつじゃ絶対に勝てねえやつなんだよ!』

 

 武装剥奪(キルスティール)

 それは、武装を奪い取る力だと、中村はかつて語っていた。

 ゲーム的にはそれは、装備中の装備品を強制的に外し、魔王が確保するという能力である。

 "装備を付けた状態のステータスを戦闘バランスの前提とする"というRPGの原則において、これは無対策で挑んだ者にとって、永続ステータス低減にあたる絶望的な力であった。

 

 また、視点を変えれば―――『日曜朝のヒーローの天敵』である。

 

 多くのRPG・同人エロゲRPGがそうであるように、特定属性への対策や特定状態異常の防御は装備によって後付けされることが多く、それらを奪われるとその時点で詰みかねない。

 装備を剥がされた状態での状態異常攻撃は、極端に防ぐ手段が少ないからだ。

 

 テルーテーンを倒すには装備品の剥奪を防ぐ装備、装備品を固定化する魔法、剥奪されることのない伝説の装備、テルーテーンが装備を奪えない状況の仕込み、テルーテーン自体の弱体化、装備無しでも勝てる前提など、各ルートごとに個別の対応を行う必要がある。

 テルーテーンは魔王。

 人間を超越した種族。

 死ぬほどレベルを上げて挑んでもなお、人間よりステータスが高いことは珍しくない。

 

「だったら、武器じゃないものを……!」

 

 紫山はそのへんの椅子を拾って武器にしようとするが、その椅子も即座に魔王の横辺りの床に瞬間移動し、奪われる。

 くすくすと、魔王が笑う。

 

「ざぁんねん」

 

「!」

 

 右斜め下に転がって!

 

 お遊びのような速度で、魔王が紫山との距離を一瞬で詰める。

 お遊びのような力加減で、魔王が腕を振るう。

 女神の俯瞰視点を持っている紫山はありえない事前行動によってそれをなんとかかわすが、爪は魔法で強化されているはずのアマリリス城の壁を粉砕し、消し飛ばした。

 壁の穴から、空が見える。

 

 紫山は立ち上がり、飛び上がり、テルーテーンの顔面を蹴ってその反動で距離を取る。

 あの日、ゴブリンとの初戦の夜の後、無力感から紫山はたっぷりと鍛え直した。

 彼の身体能力は、この世界に来た頃とは比べ物にならない。

 その上、今はドラゴニックステーキの補正もある。

 紫山の攻撃力は食事効果で一時的に上昇しており、今の彼の武器無しの蹴りは、この世界に来た頃の彼の銃撃程度の威力はあるはずだった。

 

 なのに、まるで効いていなかった。

 魔王には傷一つ無かった。

 痛みすら無いようだった。

 

 顔を蹴られた屈辱すらも感じていないかのように、"頬に蚊が止まった"程度にしか感じていないとでも言わんばかりに、魔王は余裕綽々にくすくす笑っている。

 

「強さの練度の割に、攻撃力が低いわね。武器頼りだった人?」

 

「……ああ。今俺は、武器頼りの男だったんだなと、自分に失望しているところだ」

 

「いいのよ、卑下しなくても。

 人間は皆そうだものね? フ、フフフ、フ。

 道具を作って、武器を生み出して……そうして地上の支配者になったのだものね?」

 

 瘡蓋(かさぶた)の魔王にして、剥奪の魔王。

 

 それすなわち、()()()()()()

 

 この魔王は、『引き剥がす』という異界科条を体現する。

 

 なればこそ、全人類に対する絶対的な天敵。

 

 この魔王は、人間と魔族の大戦争が起こる時、人間から全ての装備を奪う役割を持つ。

 

「ようこそ、異世界の大英雄。

 そしてさようなら。

 どうか地獄でも忘れないでね。

 異世界を救ったという貴方を―――この出会いが、殺したことを」

 

 最悪の。

 

 最悪の、男女の出会いだった。

 

 今起こるべきではない、今出会うべきではない、出会いだった。

 

 

 




 杯期間中にこのくらいは終わらせられるはず……と思ってたら忙しさとの兼ね合いがつかず微妙に当初設定してた区切りまでいけませんでした。すみません。もうちょっとお付き合いください
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