絶望的エロゲ世界を救え!日曜朝ヒーロー!気弱女神!エロゲオタク! 作:ルシエド
紫山はイリスの反対方向に動き、魔王の目線をイリスと反対方向に引きつつ、イリスと目を合わせて声を上げた。
「イリス!」
イリスが頷く。
今のだけで、意思疎通は十分だったようだ。
魔王は"何を話したのか"が読めず一瞬迷ったようだが、すぐに切り替える。
無様なものである。
いかに強くとも、所詮は魔王。
異界より来訪した悪意が獣の形を取ったに過ぎない。
人の心は理解できないのだ。
アイコンタクトで意思疎通ができる、それが絆。
人は他人を思いやれる。
他人を大切にできる。
他人の気持ちが分かる。
だから、口に出さなくてもその人が何を思っているか分かる。
それは魔族にはなくて、人間にある、確かな強さと言えるものだった。
魔族などという畜生では、紫山が伝えた言葉を把握することはできないだろう。
あ。
あ、くっ、魔王の影響で紫山さんの思考が読めない!
今アイコンタクトで何話してたんです!?
教えてくださいよ!
「下がってください! 自分が抑えに入ります!」
セレナが部屋の装飾から引っ剥がした大盾を構え、騎士鎧と合わせて大きな鉄の要塞の如き騎士となり、魔王に向かって走り出した。
防御に専念すればある程度は時間を稼げる、という読みだろう。
だが、その目論見は甘い。
女神は、"紫山がカバーに入らないと危ないかもしれない"と思考した。
「武器持たず盾と鎧だけなら……!」
魔法補助のある大きな鎧と大きな盾で、セレナは自分の身体を縦横それぞれ1.5倍以上に大きく見せて、その巨体で猛進し―――鎧と盾が一瞬で消えた。
ギリギリ身長150無いセレナの小さな体が、こてっ、と床に落ちる。
「それも、武装でしょう? フ、フフフ、フ」
そこに迫る致命の一撃。
魔王はただ、装備を剥がし、腕を振り下ろしただけ。
しかし無造作に振り下ろすそれは、重機の破砕作業のそれすら凌駕する。
地面の岩盤単位で砕くような振り下ろしを、セレナはかわせず、とっさに焼け石に水程度の防御行動として頭を庇い目を瞑ったが、そんなセレナを掴んで紫山が飛んだ。
攻撃は当たらなかった。
しかし、床があまりのパワーに粉砕される。
四階・謁見の間の床が爆散し、下の階の人間が巻き込まれ、余波で紫山らも吹っ飛んだ。
吹っ飛ばされて転がりながら、紫山は青髪の小さな騎士に傷一つつけまいと、少女を覆うようにぎゅっと抱き締める。
紫山の腕の中で暖かさを感じていたセレナは、紫山が離すと、ちょっと名残惜しそうにした。
「あ……っと、ありがとうございます、ミナアキ殿」
「構わない。……こいつは強い人間無しに勝てる相手じゃないからな」
立ち上がる二人。
だが、嘲笑う魔王に対抗する手段はない。
攻撃力が足らなすぎる。
防御力が足らなすぎる。
紫山らの素手の攻撃力では一万回攻撃しても魔王テルーテーンを倒すことはできず、逆に魔王の攻撃は直撃で即死、余波だけでも致命打足り得る。
いや、そもそも。
テルーテーンが全力を出さずにいたぶっていなければ、もうこの戦闘は終わっているはずだ。
魔王の油断だけが、人の命脈を繋いでいる。
ささやくように、セレナは言った。
「ミナアキ殿、悪い知らせです。
今アマリリス最強の騎士団長と近衛は国境の諍いに出ていて、すぐには戻れません」
『ゲッ、マジかよ。アガルレネイト団長いねえの?』
「そりゃ大変だ。俺達だけでこいつに誰も殺させず勝つのは、骨が折れそうだな」
とん、とん、と、魔王が城の床を踏む音がする。
ぎち、ぎち、と、魔王が存在するだけで空間が軋む音がする。
ひっ、ひっ、と、魔王の裂けた大口から声が漏れる。
その全身が、人におぞましさを感じさせるもので満ちている。
恐ろしくはあるが、女神視点、だいぶ油断があるようにも見えた。
「フ、フフフ、フ。まぁるで、牙と爪を抜かれた犬よね、武器の無い人間って」
「つまり、装備持ってなきゃいいんでしょ!」
セレナミリエスタ・アリカリア・アフェクトゥスは武器も防具も諦め、緩やかに近寄ってくる魔王に、先の一撃で砕けた床の石片を全力で投げつけた。
メジャーリーグに参加すれば試合終了の前にキャッチャーが死んでいるであろう剛肩、プロのダーツのような正確さ、そして石片を掴んでから投げるまでの速さ、どれも最高レベルだ。
"武芸百般のアフェクトゥス"―――その家名に相応しい。
拳大の大きさの剛速球を、魔王は指一本で容易く切り裂く。
切り裂かれた石片はバラけながら後方に飛んでいき、魔王の後方にあった鉄製の旗をバキン、バキンと、何本もまとめてへし折っていった。
にぃぃぃっ、と、魔王の口が裂ける。
意識の向きが変わり、魔王のターゲットが紫山からセレナに移ったように、女神には見えた。
気を付けろってことですからね! ああ、ああ、誰も死なないで……!
「いい、いいわ、いいね、いいわよね、もうちょっとつっついても。フ、フフフ、フ」
「!」
魔王が本気で踏み込んだ、その瞬間。
紫山とセレナは、ほとんど目で追えなかった。
影を追うのが精一杯だった。
魔王の両手が、紫山とセレナに同時に迫る。
女神の直前の警告もあって、紫山の方が反応が速かった。
半ば反射的に、紫山に掴みかかる魔王の手を、屈むようにしてかわす。
対し、セレナは低めの構えから即時石片を拾い、それを魔王に投げつけ反撃としようとした。
それを、魔王の力が、剥奪する。
魔王の足元に、石片が転がった。
「―――!?」
"武器であるという認識"がそこに存在した時点で、強制的に剥奪する。
ゆえにこその剥奪の魔王。
紫山はとっさに、屈んだ状態から素早く身体を捻って、セレナに向けて伸ばされた魔王の腕を蹴る。しかし、まったく軌道が変わらない。ほんの僅かにも逸らせない。
迎撃に失敗したセレナの首を掴み、魔王はそのまま疾走、壁に叩きつける。
そしてそのまま、壁がエネルギーを受けて壊れ始める前に、セレナを床に投げつけた。
「ほーら、お返しよ」
「ぐっ……ぎっ……!?」
壁が崩壊した。
床が崩壊した。
セレナの身体もまた、そうなっていく。
魔法素材によって強化されているはずの城の床を、セレナの体が一枚突き抜け三階へ、一枚突き抜け二階へ、一枚突き抜け一階へ。
一階の床に大穴を空けて、そこでようやく、血まみれのセレナは止まった。
魔王が踏み込んだその瞬間から、セレナが壁と床に叩きつけられるまで、おそらくは百分の一秒もなかった。
大きなダメージを受けた一階のセレナの横に、軽やかに魔王が降りてくる。
セレナが落ちたのは城一階食堂。
四回の謁見室からなら北部階段から一気に一階まで降り、大廊下を逆時計回りに行くのが最も速いだろう。
大廊下を逆時計回りに進んだ先の、両開きの茶色い扉がセレナが落ちた食堂である。
セレナが突き抜けていった穴を落ちて行けば空中で魔王の迎撃を受ける可能性が高いため、これが事実上の最速ルートのはずだ。
「かっ……ふっ……」
「フ、フフフ、フ。
貴女、硬いわね?
強化魔法で1T限定の耐久強化を瞬時に……
いえ、それ以外もあるのかしら。噂には聞いていたけど、流石は第一王女の側付護衛」
「ふぅー……こひゅー……」
「でも、ここまでだわ。さようなら」
その瞬間。
最短ルートを最高最速で駆け抜けて来た紫山水明が、間に合った。
最高にかっこよく、駆けつけた。
魔王は、この城に来たことがない、つまりこの城の内部構造に詳しくないはずの紫山が、最速でここに辿り着いたことに意表を突かれて、目を見開いた。
その心の隙を突き、紫山は先んじて鉄片を投げ、目を蹴り抉るようなつま先によるトゥ・キックで、尖った鉄片をテルーテーンの眼球に蹴り込んだ。
「さようなら、なんかさせるか」
「……みなあ……どの……」
しかし、刺さらない。
眼球なのに。
鉄片なのに。
人間に砂をかけた程度の目潰し効果すら、現れない。
にちゃりと、魔王の笑みが歪んだ。
「フ、フフフ、フ。やっぱり上手いわね。強力な武器が揃ってたら違ってたかもしれないわ」
「……地球に居たら、"ガイアデビルの幹部より硬い"と言われていただろうな、これは……!」
「ま、貴方がどんなにいい装備持ってたとしても、奪うんだけど」
紫山はセレナを抱えて逃げようと考えるが、逃げ切れないと判断して構える。
魔王から逃げるのではなく、魔王の気を引いて仲間を助けることを、紫山は選んだ。
食堂の包丁に手を伸ばすが、指先が触れた瞬間に包丁、のみならずまな板まで魔王の足元に行ったのを見て、装備を得るのは諦める。
素手で対峙するなど、自殺行為だ。
女神は紫山の補助を継続しつつ、魔王に妨害されている視野を全力で広げる。
このままでは駄目だ。
何か、勝機を見つけなければ。
私が、彼らに世界を救ってくれと頼んだのに、何もできないなんて、許されない。
……見つからない。
何も無い。
いや、そもそも、何か見つけたところで後付けできる打開策アイテムなど、魔王テルーテーンの前では奪われて終わりだ。
この魔王は、装備を奪う。
後付けできる希望の尽くを奪う。
だから、事前準備と地力でしか勝てない。
"そういうコンセプト"で作られたラスボスなのだ。
突発的にテルーテーンとの戦闘が始まったら、そもそも大体のやつが死ぬ。
勝てない。
勝てるわけがない。
見てるだけなのに。
私は、見てるだけなのに。
皆より頑張ってないし、危なくないはずなのに。
もう勝てないって、心が折れそう。
こんなに強くてどうしようもない魔王を、倒すなんて、絶対に無理。
武器も奪われて、防具も奪われて、魔王は速くて、力強くて、今も遊びながら殺そうとしてるだけで全然本気なんて出してない。
どうしようもないくらいに強い。
なのに。
なんで。
なんでまだ、誰も死んでないんだろう。
なんでまだ、誰も諦めてないんだろう。
なんで……まだ勝とうと思えるんだろう。
紫山さんが死にかけた回数は百を超えた。
急所を攻撃がかすった回数はもっと多い。
何かを手にしては、奪われてる。
廊下を逃げ回って、窓から怪我覚悟で飛び降りて、食堂の小麦粉を攻撃させて撒き散らして煙幕にして逃げて、効かないキックを魔王に食らわせて、動けないセレナちゃんを背負って逃げて、息を整えてまた魔王に挑んで。
なんで、こんなに、紫山さん達は。
「アルナちゃん」
……はい。
「俺達は、戦隊だ。
俺達の後ろには守るべきものしかない。
正義の味方は、平和を守る最後の線だ。
俺達が諦めることだけはしちゃいけないんだ」
……。
「さ。ほら。魔王が今、俺達を見失って何してるか教えてくれ」
……一階北東端から、魔力を広げて紫山さん達の居場所を見当つけようとしてます。
やっぱり、逃げ回っても時間は稼げないみたいです。
「ありがとう。さて、もうひと頑張りするか、相棒。給仕達がまだ避難できてないみたいだ」
『よぅやるぜ。こんな時までそんなことか。……あークソ、どう勝たせてやりゃいいのか……』
ああ。
でも。
そうだ。
私は弱すぎる女神だから、忘れちゃいそうになるけど。
ずっと、ずっと、私が日曜日に見てきた『勇気』って、これだ。
これだった。
私が見てきたものより、ずっと泥臭くて、ずっと勝ち目が無くて、ずっと格好悪いけど、ずっと格好良くて……空に正義がある限り、諦めちゃいけないんだ。
空は皆が見上げるから、子供がずっと見てるから、そこにずっと正義がないといけないんだ。
「うん、まあ、幸運に恵まれて生き残ってるってのもあるよ。だいぶヒヤヒヤしてる」
『相棒! そこの棚の薬飲め!
青は体力回復だからセレナに飲ませろ。
緑はスピード上昇だ、お前が飲め。
あとは……あ、そこの羽だ!
回避率上昇アクセサリーだ!
あの魔王に見られたら確実に奪われる、ポケットの中に入れて見えないよう装備しろ!』
「でも、君と中村……幸運以上に、俺は仲間に恵まれてる。だからまだ生きてるんだ」
『あ? 何当たり前のこと言ってんだ。さっさと行くぞ』
「こういう時、本気で心が弱ってるアルナちゃんを弄らない中村が、いいやつだと思えるんだ」
『……さっさと行くぞ! この女神がこうなるのなんて珍しくもねえよ!』
はい。
……はい。
頑張ります! 頑張りましょう! すみません、ちょっと弱気になってました!
『弱気なのはいつもだろ』
はい。
紫山が物陰に隠していたセレナの下に行き、回復薬を飲ませると、全身の骨がバキバキだったセレナがなんとか息を吹き返した。
「ありがとうございます。自分に回復薬を分けてくださって。だいぶ楽になりました」
「ああ。しかしまいったな……遊ばれてる」
『ま、そりゃ見りゃ分かる』
「自分は武芸百般に通じます。
何でも使って戦える自信がありました。
ですが、それも武器があってこそ。
素手では文字通りに"歯が立たない"です。どうしたものか」
負傷を自己強化魔法で補い、立ち上がるセレナ。
紫山も全身傷だらけだが、死に至るほどの傷は一つもない。
流石は歴戦のヒーローといったところか。
紫山は現状最も厄介な敵の要素、
逃げ回っている内に、何度その脅威を思い知ったか、数え切れないほどだった。
「何十回使っても息切れする様子が無いな、
『固有スキルだからな。弱体化もなんもしてなけりゃ延々と撃てる』
手に持った石さえ即剥奪されれてしまうなら、本格的にダメージを与える手段がない。
魔王はまだ北東端に居る。けらけらと笑っている。何が楽しいのだろうか。
「厄介が過ぎる。
地球に居た頃なら苦虫を噛み潰していたところだ。
……まあ、今の俺の仲間は、それすらもメリットに変えられる、凄い奴なんだが」
「? ミナアキ殿、それはどういう」
「中村。仕掛ける」
『お、やるか。イリス伏せ札にしてた時点で大体察してたが』
「へ」
「これから俺は陽動するんだが、セレナちゃんもやるか? 体は?」
「よく分かりませんが、考えがあるのなら是非。骨折の十本や二十本なら平気です」
『昔から思ってるけどあんさんなんでしょっちゅう大怪我して平気なんですかね』
「昔から……?」
「さ、行こう! 皆!」
……? あ、あーなるほど! 分かりました分かりました! そういう作戦! こほん。
仕込み。
待ち。
仕掛ける。
女神の視界でアドバンテージを得、城一階の広間に魔王が来た瞬間、彼らは仕掛けた。
紫山が右、セレナが左に走り、魔王の攻撃を散らす。
魔王は人間の浅知恵を嘲笑し、両手を振った。
ただそれだけで、飛ぶ衝撃波。
絶殺の衝撃波が宙を飛ぶ。
紫山は跳んでそれをかわす。
セレナは歯を食いしばり、腕でそれを受け流す。
衝撃波が壁をぶち抜き、セレナの腕の表面を削り、槍が鉄板を破壊するような音が鳴った。
そして、そこで。
イリスエイル・プラネッタが―――天井から落ちてくる。
完璧な形の奇襲だったはずだが、魔王が放置しイリスが拾ってきたイリスの片手剣を、魔王は容易く右の爪で受け止めた。
「フ、フフフ、フ。伏兵。奇襲。堅実堅実。
でも……一人だけずっと視界に映ってなければ警戒くらいするわよねぇ!」
「おにーちゃーん!」
「なんだ!」
「こいつ倒したらご褒美にデー……一緒に買物行って!」
「……約束してやるから集中しろ!」
「うんっ!」
「フ、フフフ、フ。やれるものなら、やってみなさいな」
魔王テルーテーンは跳んで下がり、即座に容赦なく
武器を奪うという、物理的回避も物理的防御も無意味な技。
対人類特化スキル。
強い獣相手には何の意味もない、人を滅ぼすためだけの力。
それが、イリスの片手剣に迫り―――
「ほいっ」
―――『見切った』イリスに、不可視の力の流れが切り払われ、霧散した。
「は?」
「うん、コツは掴んだ。これかな」
魔王は即再発動するが、もう一度イリスに切り払われる。
唖然とする魔王が、紫山から奪いずっと腰に吊り下げていたファンタスティレットを、『剥奪』されたことに気付いたのは、イリスが魔王から離れた後だった。
「!?」
「うーんダメだ。泥棒はよくないことだもん。
他人のものを盗る技は、私には合わないな……使いにくい……
使うだけでも気分悪い。うえっ。
でも、ま。おにーちゃんの大事なものを取り返すこの一回くらいは、使っていいよね」
ファンタスティレットを手の中でくるくる回しながら、イリスはそう言った。
ここまでの戦闘中、紫山はイリスを伏せ札にしていた。
戦闘に参加させず、イリスにずっと戦闘を見せていた。
彼がここまで魔王に執拗に挑んでいたのは、諦めていなかったから、だけではない。
イリスに、魔王の技を見せていたのだ。
主に、
そして、見切らせた。
これは、原作でもゲームがヘタクソな一部のプレイヤーが行っていた攻略法だった。
とはいえ、そっちは死んで再スタートできるゲーム特有のもの。
本来一発勝負のラスボス戦を繰り返し行うことはできず、見切らせることは難しい。
だが紫山は自分が戦いイリスにそれを見せることで、原作にはない道筋を作ったのだ。
「ていっ!」
右手に片手剣、左手にファンタスティレット。
二刀流で魔王へと斬りかかるイリス。
ここに来て初めて、魔王の顔に焦りが見えた。
"わけのわからないもの"に脅かされ、魔王は剣閃を防ぎながら後退する。
イリスは間髪入れず、紫山の真似をし、銀剣を銀銃へと変形させた。
《
「うーの、どーす、てぃろてーお!」
そして。
アーツレバーを操作していないのに、引き金を引いていないのに、紫山と同じ散弾が出た。
「……!」
テルーテーンが、爪を振るってそれを弾くも、その重さに爪が震える。
イリスの能力は見切りと模倣。
見て、真似しているだけ。
だから片手剣だろうと銃だろうと、紫山と同じ弾が出る。
彼女は技能で真似しているだけだから。
引き金なんて、引かなくても同じこと。
あまりにも何もかもがむちゃくちゃなので、魔王のにちゃっとした笑みから、また少しばかり余裕がなくなる。
いっけー! イリスちゃーん!
「いや……いやいやいや。嘘でしょう? ちょっと予想外にすぎるでしょ」
「これは自慢なんだけど、私は今、おにーちゃんの唯一の希望なんだよね!」
「フ、フフフ、フ。嬉しそうねえ」
「まぁね!」
視界の端でちょろちょろ動いている紫山とセレナを横目に捉えつつ、魔王テルーテーンはイリスの二刀流連撃を爪で防いで綺麗に流す。
イリスは片手剣使い。
紫山は暫定的に片手剣・片手銃使い。
なので、右手でいつものように片手剣を使い、左手で紫山を真似することで、右半身と左半身が別々の剣術を使い、別々の生き物のように動いて連撃を構築していた。
体の左右が別の生き物になって、二つの生き物が高度に連携して動く、奇形極まりない変則的二刀剣術。私はいいと思う。
魔王の体捌きを"見切り"かけているのもあって、イリスの動きは見事に先を行く。
あまりの気持ち悪い動きに、魔王は思わず笑ってしまっていた。
「なるほど、いい仲間を揃えていたのね、彼。でも」
!
魔王の周囲に、魔法が浮かぶ。
うわっ。
火、水、風、地。
斬、突、射、打。
シリーズに登場する十二属性の内、基本属性にあたる八属性、全てを魔法として行使し、魔王はイリスを潰しにかかった。
「わっ、わわっ!? うぎゃっ!」
先程まで天衣無縫に振る舞っていたイリスから余裕が消え、魔法が殺到。
"見切れていない"魔法を山程撃ち込まれたイリスは、魔法特化でもないのにステータスでゴリ押す魔王の魔法を受け、ズタボロになって吹っ飛んだ。
……大丈夫です! 致命傷はありません!
『うげっ、ラスボスのHPが減った後行動変えるやつ……お前まだそんな減ってねえだろ!?』
これが意味することは一つ。
完全にではないにせよ、魔王はイリスの能力を理解したということ。
"見切りを見切った"ということだ。
魔法を織り交ぜた戦闘に切り替えられたことで、イリスの見切りは効力を失った。
魔王もバカではない。
ここまでの紫山やイリスの立ち回り、戦闘の僅かな情報から推論を組み立て、今の魔法でおそらく答えを得たのだろう。
『最っ悪だ。クソが』
……唯一にして最大の希望は今、潰えた。
けれど。
女神は、まだ、彼らが勝つと信じている。
紫山の、セレナの、イリスの目は、まだ何も諦めていないから。
降り注ぐ魔法が、かわしてもなおイリスを吹き飛ばす。魔法の嵐が、イリスを襲い続ける。
穴だらけになっていた王城が、また大きく傾いた。
「きゃっ……!」
「いい仲間といっても、その仲間がこんな雛っ子、じゃねえ?
フ、フフフ、フ。
それとも、これからレベル上げる予定だったのかしら?
残念だったわねえ。入念に準備をしてれば、あるいはわたしと遊べたかもしれないのに」
……レベルが足りない。
足りていないのだ。
経験値が。
『……プラネッタは原作よりずっと早く村を出た。
相棒の影響で早くから訓練はしてた。
だが、原作のスタートは19歳、今のプラネッタは14歳。
足りねえんだ、年齢が、体格が、レベルが、経験が……!』
「……知らないな、俺は」
『は?』
「原作のイリスなんて、俺は知らない。
俺が知ってるのはあのイリスだけだ。
俺を助けてくれると言った、俺が守ろうと思った、たった一人のイリスなんだ」
『相棒』
! 紫山さ……中村さん! 紫山さんが魔法の嵐に突っ込みます! 補助を!
『分かってる!
魔法のエフェクトと軌道なんざ設定資料集で読み込んどるわ!
相棒、右だ! 炎の下をくぐれ! あそこ以外に抜けられねえ! 痛みは我慢しろ!』
魔王に隠し手はありません!
イリスちゃんに集中してます!
離脱路はイリスちゃんの向こうの階段が最適です!
「―――そんな、イリスだから!」
火に焼かれ、水を固めた氷に穿たれ、風の刃に切り裂かれ、土の槌に打ち据えられ、斬撃に、突撃に、射撃に、打撃に、命を削り取られるようなダメージを受け。
ボロボロなイリスを、もっとボロボロな紫山が救出した。
女神、中村の補助を受け、逃走経路を計算できるのは紫山のみ。
紫山はイリスを抱きかかえ、階段を駆け上がって逃走した。
にんまりと笑い、魔王がその後を追って歩む。
「イリス! 大丈夫か!?」
「お……おにーちゃん! どこ触ってるの!?」
「今は勘弁してくれ!」
「責任取ってぇー!」
「後でな!」
そ、そこを触るのは……女の子的には一言言いたい……いやでも紫山さんにそういういやらしい気持ちがあるわけ……でもイリスちゃんの気持ちもわかるし……うう。
『この女神……』
「見切りを突破口にできるかと思ってたが、駄目か……! くそっ」
『見切りだけでラスボスも一方的に簡単に倒せるゲームは良ゲーとは呼ばれねえよ』
「くっ」
『いやまー、装備整ってりゃ見切りだけでも倒せるんだが……今更だな、逃してもくれねえ』
追ってくる魔王をチラ見して、紫山らは逃げる、逃げる。
中村はその途中、三階の空き部屋に目をやった。
『イリスそこに放り込んどけ。オレ達が走って逃げてりゃ魔王はこっち追うだろ』
「ああ」
雑に、イリスは空き部屋の小麦粉袋の上に放られた。
ごめんねイリスちゃん。でも今割と急いでるの! しょうがないの! 聞こえてないだろうけど本当にごめんね!
「ぎゃふん」
『そこを動くなよイリス。後で呼ぶ、回復してちゃんと活躍しろ』
「……はーい」
一階にセレナを置き去りにし、三階にイリスを隠して、紫山らは更に階段を登っていく。
連絡通路を通って東方向に移動し、王城敷地東部に作られた非常に高い塔に辿り着き、彼らは塔を登っていく。
そんな紫山らを逃がすつもりはさらさら無いと言わんばかりに、魔法で加速した魔王テルーテーンが地を滑るように移動していた。
『もっと上だ! もっと上を目指せ! ここの中央塔は天の魔力に届かせるためクソ高い!』
「何のためにここを登るんだ!?」
『勝つためだ!
って言いたいところだけどな!
今は、負けないためだ! 急げ!』
魔王が追う。
紫山が駆け上がる。
塔であるため分かりにくいが、今の双方の距離は直線距離にして100mと少し。
1秒につき1mの距離が縮まっているため、おそらく100秒以内に魔王の攻撃範囲に捉えられてしまうだろう。
『ちっ、速いな』
「残り時間がない、どうする」
『もっと頭を使え! この世界を理解しろ! そうすりゃお前が負けるわけねえんだ!』
「っ、信じてくれるのは、ありがたいが……!」
『こんだけ高さがあればお前なら跳躍一回で行ける! あの赤い塔めがけて全力で跳べ!』
「あの赤い塔? ……そうか!」
『行ける! たぶんな!
鍛え直したお前の脚力と、ステーキの筋力ブースト、薬の速度ブーストがある今なら!』
紫山は塔の頂上に辿り着き、一瞬で周囲を把握、魔法で特殊な加工がなされた頑丈な布を引っ剥がして、助走をつけて……跳んだ!?
えええええええ!?
ちょ、ここめっちゃ高……落ちる落ちる落ちる!
あれ!? 布を開いてムササビみたいに飛行!?
街中の赤い塔の横に着地して、転がって勢いを殺した!?
えあえ!? 今布だけで滑空ですけど飛びました!?
あれっこれ原作で見たことない技能ですね。
特撮でやってるの見たことないですね。
何これ????
「……? 今思いついて初めてやったんだからそりゃそうだと思うが」
正気ですか?
『おしゃべりは後にしろ! 来るぞ!』
うっ、こほん。
紫山の後を追って、魔王も飛来した。
平然と闇と風を織り交ぜた力で、彼同様の滑空を行う。
両者の距離は10m。
逃げ切るどころか、とうとう一対一で補足されてしまった。
「フ、フフフ、フ。街に逃げるなんて、何を企んでいるのかしら?」
『あ? 見りゃ分かるだろ、魔王』
「……?」
『ここは巣だ。主人公の淫乱度が高くなって初めて入れるフィールドであり、巣だ』
中村は余裕綽々に語る。
……また魔王の影響で思考が読み難くなってきたが、中村がこういう語りをしている時は、勝利を確信している時か、敗北を確信しハッタリを決め込んでいる時かのどちらかだ。
果たして、どちらか。
彼が無策でここまで紫山を誘導したとは思い難い。
ここは王都の北西部であり、ここに在るのは……なんでしたっけ?
『ここで回収できるエロ回想ジャンルは、ほぼ一種しかねえ』
ん?
あっ。
これは。
『―――
気付けば。
無数の男が。
無数のおじさんが。
ハゲたおじさんが。
太めのおじさんが。
きたないおじさんが。
毛むくじゃらのおじさんが。
顔だけ見れば美少女である魔王テルーテーンを、取り囲んでいた。
「お、かわいこちゃんじゃないの」
「おっ……久々の女……」
「いやあ、興奮しますねぇ」
「でも男連れじゃない?」
「そこの青年! 女を置いて消えな! 痛い目は見たくないだろう?」
『あっそうしますね~。行け相棒』
「おっ……おう」
紫山が踵を返し、走り出す。
その後を追おうとする魔王だが、寄ってくる種付けおじさん達に邪魔されてしまう。
あの情報屋の書類によれば、この地域のおじさんの平均レベルは30。
レベル20ちょっとだったあの山賊達より遥かに強く、魔王相手でも足止めは可能である。
「女……!」
「女……!」
「女……!」
「女……!」
「くっ、このっ……!」
高らかに、腕輪の彼は煽った。
『あーあっはっは!
種付けおじさんが武器持ってるの見たことあるか?
ねえよなあ!
種付けおじさんなんて催眠道具持ってるのがせいぜい!
武器なんてねえし大抵の場合自分の腕力で女ねじ伏せてるだろ!
お前の
「うわぁ」
『オラ引いてねえでさっさと逃げるんだよ相棒! 王城に戻って合流するぞ』
「フ、フフフ、フ……ま、待て、逃がさないわよ、この、寄るな下等生物ども!」
魔王が追おうとしても、おじさん達の壁は崩せず。
「わたしは人間ではないのよ! 女性器もない! 散りなさい!」
「大丈夫だよぉ、おじさん達そういう子も孕ませてきたからねぇ」
「下等生物ども!!!!!!!!」
紫山が逃げることで、魔王の声は遠ざかっていった。
ガハハと、中村が笑う。
『バァカが! 陵辱エロゲに美少女として生まれた時点でデメリットなんだよ! 自覚しろ!』
「君、言ってること最悪だぞ」
『陵辱エロゲ環境では女単色はアド損しかなく催眠コントロールとチャラ男アグロが最強だ』
「君、言ってること分からんぞ」
危なかった。ジリ貧だった。イリスの見切りという切札も切って倒せなかった以上、もうこちら側に手はなかった。
あのままいけば、程なくして負けていた可能性が高い。
『とにかく逃げるぞ。今の王都の種付けおじさんレベルは低い。魔王には太刀打ちできねえよ』
「……ああ」
『奇跡が起こって魔王がおじさんたちのオナホになっててくれねえかな~無理かな~』
「……こんな奇跡が祈られているのを見るのは、生まれて初めてだ……」
うん。
まあ。
はい。
ヒーローが祈る奇跡はもうちょっと綺麗であってほしいですね……