絶望的エロゲ世界を救え!日曜朝ヒーロー!気弱女神!エロゲオタク! 作:ルシエド
中村をお姫様に預け、腕輪の彼がお姫様とずっと交渉しているのを、紫山は横目で見ていた。
御者がなくなった馬車は動かせないかと思いきや、勇者の一人が「ぼく馬車運転免許持ってますよ」と言い出したことでなんとかセーフ。
紫山らの目的地は北限、魔族の本拠地。
姫達は目的地を変え、"スライムがいつ王族に成り代わってるかわからなくなった"王都へ。
大陸南端に近いここからなら、どこへ向かおうとどの道北上だ。
彼らは一つの馬車に乗り、北に向かう道を駆けていた。
意識的に"威厳ある騎士"たらんと振る舞っているセレナの横に、躊躇なく優しい笑顔の紫山が座って、優しく話しかけてきた。
「セレナちゃん、王都まではどのくらいかな」
「そ……そのセレナちゃんというのなんとかなりませんか。
あ、いえ、ミナアキさんがそう呼びたいというのであれば構いませんが」
「そう? じゃあセレナちゃんで。この呼び方がしっくり来るんだよね」
「そ、そうですか……この馬車はローション馬車なので、明日の朝には着くかと」
「ローション馬車」
「摩擦0になる最新のローションを用いた馬車に御座います」
「ローション馬車……」
「自分が知る限り、性風俗と運送業はローションが無ければ成り立ちません」
「どういうことなんだ……」
「ローションに媚薬を混ぜると馬車の速度が上がるのです」
「どういうことなんだ……」
紫山はあまりにも未知すぎるワードが気になって、馬車の窓から乗り出し、車輪軸に備え付けられたローションタンクを見に行った。
セレナがホッとした顔をする。
"優しい人に優しく話しかけられるとつい素の自分が出てしまいそうになる"という、騎士セレナのかわいらしい本音は、本人は隠せていると思っているもの、おそらく仲間の全員にバレていることだろう。
女神は目を凝らさないと正確に気付けていなかったが、それは脇に置いておく。
走る馬車に近寄って来た魔物が回れ右して帰っていくのを、紫山は興味深そうに見ていた。
「馬車は魔物に襲撃されないんだ。俺そういうのは全然知らなかった」
「弱い魔物にのみ効く魔法効果があると聞いています。
曰く、怪しいお店の前で40代のキャッチのおじさんが客寄せしてるような効果があるとか」
「そりゃ寄ってこないだろうな……」
「あ。この辺りだとあれが厄介な魔物です。
大木の向こうに居るあれです。
フェライングマーメイド。
高価取引されるフェラクレスオオカブトの棲家を守る空飛ぶ人魚です」
「ディズニーが絶対に作らないタイプの人魚姫だな」
紫山はこの世界に対してあまりにも無知で、セレナはここまで無知な人間にものを教えたことはなかったし、紫山も女神と中村以外からここまで教わったことはない。
なんだかそれが、新鮮で楽しく感じられているようだ。ふたりとも。
原作ではこの関係は、田舎から出てきた世間知らずのイリスと、イリスを放っておけない面倒見のいいセレナの間に、構築されたものだった。
「実はちょっと、俺達は仲間を必要としてるんだ」
「そうなのですか?」
「勇者を雇えるなら、手段の一つとして考えておきたい。どうしたら雇えるんだろうか?」
「ギルドの審査を通って国家公認の勇者になれば大丈夫です。
勇者を勇者が雇えばチームになります。
あとは依頼の詳細説明、報酬の提示、各条件を詰めれば普通にできますよ」
「なるほど……セレナちゃんならどのくらいの条件で雇えるのかな。死地に行く予定なんだ」
「ええっ!? え、あの、その……姫様の護衛があるので、長期の任務はあんまり」
「そっか、残念。他の勇者の皆さんはどうだい? 九割死ぬことになると思ってるんだけど」
「ガハハハ! にーちゃん正直やな!」
「ま、断りたいとこやけど、受けてやりたい気持ちもある」
「ワイらにーちゃんの戦いにはついていけへんやろしなあ」
「ま、今回も死にそうだったしねぼくたち!」
「魔族領の北限にでも行くんかい? 余計なお世話かもしれんが、やめとき」
「ごめんねえ。まだ死にたくはないんだ。仕事受けたら逃げることはしないけどさ」
「そうですか。ありがとう」
ダメ元で言ってみたものの、一蹴されてしまった紫山。
仲間を集める、というのはいい案だ。
勇者達を見て得た着想は、この先の起死回生にも成り得るものかもしれない。
問題は、この先短期決戦で世界を救うのであれば、死地に迷わず飛び込んでくれる命知らずで、信頼して背中を預けられて、確かな実力がある仲間が必要だということだ。
そんな仲間をすぐに集めるのは難しい。
「そういえば、中村も二つ名のある勇者ということは、セレナちゃんにもあるのかな」
「え? ああ、あります。
騎士は基本的に"勇者"としての名を持ちません。
けれど自分は、姫の要望を聞くためその方が都合が良くて……『頑強』の名を戴いています」
「頑強の勇者か。かっこいいね」
「そ、それほどでもないわ……ない、です」
ちょっと素が出かけたセレナを、紫山は可愛らしいと思った。
「ミナアキ殿なら、もっと勇壮で清廉な名を与えられるでしょう」
「与えられるものなんだ」
「基本的には。ただ、自分で名乗っても何ら問題は無いと思います。そういうものです」
「そういうものかあ」
「昔、全知の勇者とかいう自称で暴れ回った勇者がいたそうです」
「……」
「全知は自称。
しかしながらその能力は全知と目されるもの。
謎が謎呼ぶ謀略の勇者。
敵も味方も騙し、魔族にのみ効く依存性薬物を流通、侵略国には見事な内戦工作」
「…………」
「神出鬼没で謎だらけ。
彼の名が知られるようになってから、自称の称号が一気に増えたと聞きます。
誰もその実像を掴めない。
魔族の集落で井戸に解毒できない新毒を投げ込んだのも彼だという噂です。
逆に言えば、噂ばかりで実像を掴んでいた者がほぼ居なかったというのが現実です」
「……………………………………」
「? どうかしましたか?」
「いや……なんでもないよ」
苦笑いする紫山の内心を慮るのは、出会って間もない少女騎士には難しいだろう。
そこに、何やら大声を上げながら腕輪が床を転がってきた。
『しゃああああああ! 相棒! かなり希望が見えてきたぞ!』
「うわっ、何何何の何?」
『情報と引き換えに姫が王家秘蔵の神器三つくれるってよ!
やべーな、予想以上のショートカットだ!
それ捧げてあのガキ女神の力ブーストできりゃ、変身アイテムくらい喚べるかもだぞ!』
「!」
! 私が見てない間に! 紫山さんしか見てなかった!
『戦隊汎用武器一個で戦う縛りプレイもようやく終わりだ。
いや、それ以上のこともできるかもしれねえ。
巨大ロボの一つ二つ揃えられりゃ、下位の魔王あたりはかなり楽になるはずだぜ!』
「なるほど。そのあたりの仕組み、実はよく分かってないんだけど」
『や、難しいことはねえぞ。
あのガキ相当若い神だからな。
この世界の一万年くらいの歴史を重ねたアイテム捧げりゃ、神秘を補強できるんだ』
う、うう、すみません……
「神より古いものを捧げて、神を強くするということか。
たとえば、俺が戦っていた、大地の悪意の神を蘇らせる儀式のように」
『あーなんかそんな話だったなお前の番組。ま、そんな感じだ』
そうですね。
ファンタスティックVは基本的に親玉の復活を防ごうとする話ですし。
まあ復活するんですが……いやもう終わった話ですね。
あ、セレナちゃんに話しかけようとする中村さん……ちょっと嫌な予感。
『あ、おい。騎士団のNo3には気を付けとけよセレナ。言い忘れる前に言っとく』
「? 何故ですか、腕輪さん」
『お前の体狙ってるから。お前を襲うとしたら時期が読めないから』
「……妄言として聞かなかったことにしておきます」
『教えておいてやる……
お前にとって最大の天敵は、ダメンズのお前を引きつける真面目系クズだ』
「彼は信頼できる部下です」
『うける~。言っとくけどお前が副団長やってる騎士団。
シリーズ通して四回はお前輪姦するからな、お前そういう目で見られてるから』
「それは予言でしょうか?
未来を見ることは現実的に不可能だと魔導科学が結論を出していたはずですが」
『いや事実。かわいそ~。
体は貧相なのに仲間に欲情はされてるのね。そんなあなたにお得な水素水のセットが』
床を転がってきた、金色の腕輪を拾い上げ、セレナは一言。
冷えた声で、一言。
「壊すわよ」
『ヒエッ』
「恩人の腕輪だから見逃してやるけど、二度目は無いわ。
肝があるか知らないけど銘じておきなさい。次は壊す」
『や、やめ……』
「言うことあるでしょ」
『ごめんなさい』
「よろしい。あたしも脅してごめんね?」
にこっと笑うセレナちゃん。
怖い。
何が怖いかって、右手で腕輪持って、左手の二本指で合金の剣ひん曲げてるのが怖いです。
鋼鉄よりも丈夫な合金をひん曲げる指の力があっても、脱衣攻撃三回食らったら全裸になって戦闘中強制性交されるの、この世界の理の恐ろしいところです。
……ちょっとファンタスティックピンクっぽいかも。
ゴリラなところと、誰を信じるか自分で決めるところと、信じる人を時々間違えるところが。
セレナはその後、腕輪を丁重な手付きで紫山に返した。
「お返しします。ありがとうございました」
「ああ……うん。あんまり気にしないでね。たまには痛い目見た方がいい人だとは思うし」
「御配慮痛み入ります。
自分一人ならば笑って流していました。
しかし、今は姫様の護衛の任の最中。
姫様の前での過剰な失言は死罪もあります。
その責がミナアキ殿に及ぶ可能性も。
そうであれば、あれが最善であると考えました」
「おや……ありがとう。どうも俺は、そういうところの思考が苦手みたいなんだ」
「貴方は恩人です。自分は最大限に配慮すべきだと考えました」
ペコリと頭を下げ、セレナはメル姫を守りやすそうな位置に戻っていった。
紫山は腕輪を摘み吊り下げ、じとっとした目で腕輪を見た。
『クソ~、腕輪だからって雑に扱いやがって』
「中村がトーク失敗するのは珍しいな。あと、言葉は選んだ方がいいと思う」
『いや、あれでいい。今はな』
「ん?」
『情が湧いて、
"あのクソな腕輪に迷惑かけられてる優しい紫山水明さんを助けてあげないと"
とかどっかで思ってくれねえかな~。
原作見てるとありそうなんだけどな~。
身内に迷惑かけられてる善良な人間に過剰に感情移入して処女無くす女だからな~』
「……おい」
『まあいいか。今は種蒔きの段階だしな。ああいう強い仲間は欲しいが……』
「手段は選べ、中村。卑怯はするな、とまでは言わないから」
『へいへい』
中村はこういうところが恐ろしかったりする。
原作で登場した人物への深い理解。
そうでない人間も一挙手一投足を予測しきる洞察力。
中村は焦っているように見える時ですら、全てが計算尽くなことがある。
気付けば術中にハマっているということも、多々あるのだった。
と。
そこで、女神の神託を受ける紫山のみが、敵に気付いた。
馬車の進行方向2kmほどの地点で、山賊が馬車を待ち伏せている。
間違いない。
大陸最大の山賊集団、ギギガブラリネ山賊団の下っ端集団だ。
「馬車を止めろ! 山賊の待ち伏せだ!」
紫山の声で、馬車が止まり、皆外に出る。
馬車を攻撃されて一網打尽などされてはたまらない。
山賊達も気付かれたことに気付いたのか、音速の三倍程度の行軍速度で距離を詰めてくる。
2km、つまり2000mの距離を詰めるのに、音速の三倍であれば二秒かからない。
しかし、姫の護衛に集まったのは一人残らず『プロ』だ。
紫山の声から、セレナが姫を抱えて、全員が脱出するまで一秒未満。
馬車の外で戦闘体勢を取るまでも一秒未満。
彼らは馬車が魔法効果でピタリと止まるのを見やり、馬車を盾に使うことも考えた位置取りで、悠々と山賊を迎え撃たんとした。
『うん? ……! 女神、あれに焦点合わせろ、急げ』
だがそこで、中村が何かに気付いたようだった。
中村が気付き、女神が見る。
それは―――戦争において、城攻めでよく使われる、城壁破砕の運用兵器。
『攻城兵器じゃねえか! どっから横流しされて来たんだ!?』
攻城兵器"処女破り"。
クロト大陸、アマリリス王国東部に存在する『凋落の森』。
そこには雑草のように無数の触手が生い茂る、世界有数の触手の楽園である。
ここに足を踏み入れれば、ピンク色の沼を進む以外にはなく触手が分泌する媚薬体液が染み込んだ沼、沼の中から生える触手に嬲られるしかなくなるという。
ここで処女を失う者、取り返しがつかないほど快楽に溺れる者も珍しくない。
しかしこの森で千年を生きた触手は無数の処女、無数の肛門処女を食らっており、その強度・柔軟性・弾性は、地上最高のゴムとも言える性能を持つという。
それを用いた、巨大な鉄槍を撃ち出す、破城槌とボウガンの中間のような攻城兵器。
それが"処女破り"である。
幾多の肛門を破壊してきた触手は、幾多の城門を破壊する兵器となったのだ。
「ひゃはははァ! 女以外は死ぃねェ!!」
盗賊は勝ち誇り、攻城兵器を発射する。
初手の攻撃としてはあまりにも過剰な、本来人に向けるべきでない威力を内包した一撃。
絶殺の一撃が、空を裂いて紫山らへ向かう。
"処女破り"が放った巨大な鉄の槍は、発射後に魔法力を消費し加速・加重する。
初速は時速50キロ、重量50キロ。
やがて時速100キロ、重量100キロを超える。
200、300、400と、加速と加重を繰り返し―――目標に到達する頃には、時速1000キロ、重量1トンを超える。
そのエネルギーは、約4万KJ。
地面に当てればちょっとした地震が起きるほどの威力を内包していた。
「―――」
そして、それを。
前に飛び出した"服を脱がされていない"セレナの手の平が、真正面から受け止める。
空気が震えた。
地面が揺れる。
唯一戦闘のプロでないメル姫だけが、衝撃波と揺れる地面に尻もちをついた。
ガダン、と鉄の槍が落ちる。
つつつ、とセレナの手の平から血が一筋垂れる。
少女の手の平には、鉄槍の先端がつけた小さな小さな切り傷が刻まれていた。
淡々と、セレナは言う。
「アマリリスの城を守る騎士が城より脆いとでも思ったの?」
「どういう理屈だよ!?」
悲痛な声を上げた山賊が、投げ返された鉄槍をぶち当てられ、そのまま吹っ飛んでいった。
唖然とする山賊達に紫山が切り込み、その銀剣が翻る。
足を切られた山賊が倒れ、そこでようやく山賊達が我に返った。
紫山は紫山を迎撃しようとする山賊達の間を走り、するするとその間を抜け、紫山を攻撃しようとして仲間に攻撃が当たりそうになる山賊達を惑わせていく。
「凄いなセレナちゃん。変身スーツで身体能力強化すれば合体前のロボくらいにはなりそうだ」
凄まじい速さではなく、上手い立ち回りで山賊達を翻弄しながら、紫山が言う。
『アレ数十倍に強化してそのくらいってスペック基準どうなってんの?』
戦隊ロボって合体すると一億馬力くらいあったりしますから、750万トンくらい余裕だったと思いますよ。ピラミッドくらいだと片手で持てるんじゃないですか?
『基準狂ってんだよ! クソ、変身縛り巨大ロボ縛りの戦隊はやっぱ駄目だろ!』
「今あるもので勝負するのも戦隊だ。こういう風にな」
紫山がそう言うと、紫山を囲んで殺そうとした山賊達が、一斉に転んだ。
「なんだここは 滑るぞ!?」
「ローション! ローションだ!」
「まさか……さっきオレ達の間を走り回ってたのは、同士討ち狙いじゃなくてこれ目的!?」
「やべえ立てねえ……ひゃん」
「はぁふぅん♡ このローション媚薬入りだ♡」
「くぅ♡ 快楽には屈しないぞ♡」
それはローション。
馬車に使われていた媚薬入りローションだった。
そう、超かっこいいスーパーヒーロー紫山水明は見抜いていたのだ。
この山賊らは身体能力が高いだけ。
空を飛べたりするわけではない。
異世界ローションで摩擦係数を0にしてしまえば、もう立ち上がれないし、もう跳べない。
完全に行動不能にできるのだ。
《
立ち上がることすらできなくなった山賊を、武器を銃に変形させた紫山と、武器を弓に持ち替えたセレナが、近寄ることなく、遠くから一方的に撃ち始めた。
「ぐえええ」
「はぅん♡ 痛いのに気持ちいい♡」
「やめろ♡ 卑怯者♡ 正々堂々と戦え♡」
「も……もうだめ……」
『し、塩試合……』
「中村がくれたヒントを思い出したんだ」
『あ? オレ?』
「拘束か転倒がこの世界の基本なんだろう?
そうして女の子を行動不能にして最低な行為をするのが基本なんだろう?
じゃあ俺達がその戦術を使ったっていいじゃないかと思った。郷に入れば郷に従え、だな」
『……ハッハッハ! 最高だぜ、戦隊ヒーロー! オレはそんなこと考えたこともなかった!』
山賊を全滅させ、姫の下に戻ってきた紫山とセレナは、無言でハイタッチした。
そして、にっ、と笑い合う。
「お疲れ様。弓かっこいいね、セレナちゃん」
「お疲れ様です。味方に一人の犠牲も出さない計略、御見事でした」
にこにこしている姫が見守る中、姫の周りで姫を守っていた勇者達が二人にわらわらと群がってくる。
「おー、勝ったか!」
「マジで危なげなかったな!」
「うはははは!」
「こっち来たり! ミナアキさんとセレナちゃん胴上げしよ!」
紫山らは勝利し―――太陽の方向に跳んでください! 今すぐ!
「!」
『!』
まさに、神速の脱出だった。
通常の地球人の反応速度限界、0.1秒以下の超反応。
紫山水明が跳んだ瞬間、魔族の能力が干渉し、
心の弱い勇者が倒れ、ベテランの勇者が膝をつき、セレナが歯を食いしばって走り、倒れた姫様をセレナが受け止めた。
「うっ……」
「なんだこれ……」
「意識、が」
現れるは魔族。
行使するは
意識の沸点が下げられたことで、常温で皆の意識が蒸発していく。
強靭な精神力を持つセレナですら、戦闘継続が不可能なほどの精神ダメージを受けている。
戦闘可能なレベルに精神ダメージを抑えられたのは、紫山水明だけだった。
ただそこに在るだけで、領域単位での制圧を可能とする。
無対策の人間であれば、多勢に無勢でも単騎で勝てる。
これこそが魔族。
人類の敵。
世界を滅ぼす、異世界から渡ってきた、生物の形をした癌細胞。
命を侵す異界科条。
魔族イロセが、哄笑しながら、彼らに歩み寄って来ていた。
まるで、ホームセンターで買えるビニール紐をより合わせたような人型。
その合間から、血のような粘液が滴っている。
より合わせたビニール紐のような体表で、血のような粘液が擦り合って、ねちゃ、ねちゃ、と生理的嫌悪感を催す音を奏でている。
「最っ悪だな……」
「ケケケ! ようやく隙を見せたな! 見つけてから見に徹した甲斐があった!」
体表が奏でる気色の悪い音に、気色の悪い笑い声が重なっている。
魔族イロセは見下している。
弱い人間を。
倒れた人間を。
己の能力に抗えない人間を、見下している。
紫山にも能力はかすっている。その足はだいぶフラフラだ。
しかし、まだ戦える。
他の人間は皆倒れたが、彼はまだ戦える。
震える手で、力の入らない指で、紫山は銀銃を正面に構えた。
距離を取ったまま戦わなければ、この魔族には到底勝てない。
「お前を殺せば、下位とはいえ魔王昇格が約束されている。ケケケ」
「! 指名手配とは。まいったね」
『チッ、まさか原作主人公のイリスと相棒が同じ扱いをされてるとは。
そうなるのはまだ先だと思ってたが……予想以上に危険視されてたみたいだな……!』
遠距離から銀銃を撃つが、かわされる。
どうやら前回の戦闘でだいぶ軌道を見切られてしまったようだ。
接近できない状態で、遠くから単調な射撃をしても当たりそうにない。
どうにかここから、一工夫しなければならないようだ。
「貴様を倒す。俺達が。俺達は、戦隊だ」
「ケケケ! 無理に決まってんだろ!
この能力にお前が対策する時間を与えないために、速攻で探して襲撃したんだからよぉ!」
イロセが己の闇属性と相性の良い地属性を足に宿し、走った。
走行速度がこれまでの倍に。
走行速度の突然の倍化は奇襲としては大正解だが、魔法行使の初期段階で見抜く女神が紫山の上にいる以上、奇襲としては成立しない。
紫山が華麗なステップで丁寧に距離を取れば、それで凌げる程度のものだ。
……?
紫山さん?
もっと下がって……紫山さん!?
まさか……精神ダメージで足が……!?
もっと下がって! 接近されたら、能力がより深く干渉してきます!
紫山さん!
「ぐっ……!」
『クソ、オレの意識まで……』
「終ぉわりだァ!」
紫山さん! 右に跳んでください! イロセの攻撃は右手爪の振り下ろしです! 防がないと体がまっぷたつです! 紫山さ―――
え?
あ。ああああ。あああああ……!!
「は?」
振り下ろされたイロセの攻撃を、『少女の片手剣』が受け止めた。
イロセの攻撃は、絶殺の一撃。
魔族が標準的に備える鋭利な爪による一撃。
素で受ければ、国軍の鍛え上げられた兵士ですら即死させるほどのものだった。
それを、少女は悠々受け止め、弾き返し、カウンターのキックで魔族を20mほど吹っ飛ばす。
「ぐえっ……な、なんだ!? 何者だ!? 何が目的だ!?」
少女は、"中村が見慣れた姿"をしていた。
茶色のロングブーツ。
ベージュのズボン。
飾りっ気が革のベルトしかない黒の上着。
それらをすっぽりと覆う、修道女のようなローブは、汚れ一つ無い白に鮮やかな赤のライン。
露出は少ないのに、歳不相応に成長している体と、羨ましいほどに引き締まった腰が、異性を惑わす優れたスリーサイズを主張する。羨ましい。
少女がローブのフードをのければ、飛び出すは亜麻色の長いポニーテール。
百人中百人が美少女だと断言する顔が飛び出して、顔を見た紫山が心底驚いた。
そして、少女は魔族の問いに答える。
「正義」
「は?」
「正義の味方のおにーちゃんが味方してくれてるなら、私は正義じゃないといけないんだよね」
それは、正義に救われた者。
今は、正義を救う者。
原作とは違う形に成長し、きっと、誰も知らない未来を掴む者。
「正義は悪党を倒して、困ってる人を助けるんだよ。少なくとも、私はそう思うんだよね」
イリスエイル・プラネッタ。
最高に可愛くて、最高にかっこいい、女神公認のヒーローの登場だ。
「い……イリス!?」
「おにーちゃん!」
「あ、うん、なんだい?」
「私を置いてったこと、後でちゃんと叱るんだからね!」
「……こればっかりはしょうがないな。俺が悪い」
魔族イロセの能力範囲内でも、歯を食いしばって耐えられているイリスは、胸のベルトに吊り下げていたアクセサリーを紫山に手渡す。
「はいこれ、村長秘蔵の精神攻撃耐性アイテムだってー。
村長が昔魔族と戦ってた時に使ってたやつだって、くれたんだよ」
「……! ありがたい、助かる」
「『お詫び』なんだって」
「……そっか。あの人も、償いたかったんだな」
二人ともに精神耐性アイテムを身に着け、武器を構えて並び立つ。
紫山の装備の効果をついでに受けられているのか、なんとか正気を取り戻した中村が、頑張って二人に助言する。
『気をつけろ。魔族の精神攻撃はそんなもんじゃ完全には防げねえ。
本来もっと先の街でガッツリ装備を整えてから戦うべき相手だ。
だが……気休めにはなる。短期決戦で一気に仕留めろ、それしかねえ』
「ああ」
特撮主人公と原作主人公のバディ、一心同体のような並び立つ姿、最高ですね!
これが録画だったらキャプチャしてます!
ツイッターのアカウント作ってヘッダーの画像にしてます!
うおー! がんばれー! イリスちゃんー! 紫山さんー!
『戦闘アナウンスに集中しろ女神』
うう、すみません……
「またおじちゃんが見えない友達に話しかけてるー」
『おじちゃんと否定しにくい歳になってきてるのを自覚させてくるの本当にやめろ』
紫山はちょっと笑って、イリスに助けてもらった礼を言う。
初めて出会った時の、泣きそうな幼いイリスと、今の立派なイリスを見比べながら。
そういえばイリスももう14だったか、と、思いながら。
女神は、そう思う。
「助けてくれてありがとう、イリス。とりあえず、ここを一緒に切り抜けようか」
「うん! さあ、名乗りだ名乗りだー! ナカムラおじちゃんに教わったやつ!」
「名乗り? ……そうだな、しようか」
『やんのか? ま、いいか』
紫山は名乗りを上げる前に、中村が言っていた言葉を思い出す。
―――だから、あそこにたむろってる奴らは全員"勇者"なわけだ。
―――この世界では、他人のために戦ってる奴は全員勇者なんだよ。
そして、少しだけ"郷に入っては郷に従う"名乗りの改造をした。
「慈悲の勇者、ファンタスティックバイオレット!」
『全知の勇者! ガモン・ナカムラ!』
ゆ、勇者の女神! アルナスル・アルタイル!
「正義見習い、イリスエイル・プラネッタ!」
空気に
戦隊の銃と、主人公の剣が打ち合わされ、涼やかな音色が響き渡り、戦隊は声を上げた。
「天に雲」
「地には花!」
『この手に正義の礎を!』
闇よ去れ。
悪よ震えろ。
光と正義は、ここに在る。