シンフォギアの方はともかく、こっちの方は中々納得のいく描写ができなかったもので……
言い訳はさておき、これが最新話になります。どうぞ。
血と泥に塗れた体を横たわらせて空を見る。相も変わらず腹立たしい程の曇天。何時から雲の向こうが見えなくなったのか。かつてジオン公国が世界で初めて禁忌兵器に手を出した時以来か、あるいはもっと前の戦争の時代からか。それを知る者はもういない。
俺はどこで道を間違えたのだろうか。
シャア・アズナブルが起こした反乱は世界を変えた。世界を統一しかけていた聖王連合はゆりかごの適合者を含め、首脳の多くがシャアの手で殺されたことで事実上瓦解。世界は混乱に陥るとも危惧したが……アムロが見せた人の心の光は世界の戦火を鎮めつつある。
あの美しい光景は今でも鮮明に思い浮かぶ。だが……それは同時に忌まわしい記憶でもあった。
「俺ではお前のようにはなれないのか……?お前のように、戦いを終わらせる事は出来ないのか……?」
アムロ・レイ。聖王連合とジオン公国による一年戦争で新型魔導兵器を駆って多大な戦果を挙げ、英雄とされた男。同時に聖王連合の上層部に恐れられ、聖王家内部で腫れ物扱いされていたオリヴィエの護衛として厄介払いされた男。彼とはシュトゥラ以来の付き合いで、手合わせの時にはその先読みの精度に内心舌を巻いたものだ。
思えば、ヴィルフリッドも似たような事を言っていた筈だ。曰く、「思考が全て筒抜けになっている気分だ」と。ならばそれを前提に立ち回れば良いという結論に至る辺り、彼の引き出しの多さには感嘆を禁じ得ない。
だからあれは偶然ではなかった筈だ。アムロが遠征に向かっている最中に彼女が呼び戻されたのは。
『……もうやめましょう、クラウス。シャア。これ以上続けたら本当にあなた達を傷つけてしまう』
『まだだ、まだ終わらんよ!』
『その通りです……!ここを通せば我々はあなたを見殺しにすることになる!』
『だけど私は行かないといけないんです。私がゆりかごの王になればこの戦乱も終わらせられるかもしれない—————」
『そうやって貴女は自分の才能を俗物共に利用されるだけだとなぜ分からない!?奴等の本性は貴女自身が身を以て知っているだろうに!』
『それでも行きます。僅かだとしても、私は可能性を捨てたくありません』
『その可能性に殺されると言っているのです!ゆりかごの王とは玉座を守る魂無き操り人形なのですよ!?人を捨ててまでやることですか!』
『それでも……!』
そうして俺は、俺たちは敗れた。彼女はゆりかごの王として、その命を吸われていった。
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『私はアムロと共に聖王連合に戻る。厄介払いとはいえ、アムロは表向き殿下の護衛で私には彼らを無事に送り届ける義務がある。そこで私の為すべきことを模索するつもりだ』
『シャア。お前は……』
『新しい機体も開発する。百式はいい機体だったが、些か性能が足りなくなってきた。改修で騙し騙し使ってきたが、限界が近くてな……』
『シャア!』
『分かっている!私とてあの結末を納得することは出来ん!だが……敵とされるまでもなく倒されたのだ、我々は。ならばせめて、この戦乱を早期に終わらせる努力をするのが我々に出来るせめてもの償いだ。彼女が命を落とす前にな。そのためならば私は例え道化にも成ろう!』
『失意に落ちている暇は無いぞクラウス。今は堪え、立ち上がる時なのだ。二度とあの悲しみを繰り返さないために。……案ずるな。消えたヴィルフリッドの行方も、此方で探る』
アムロもシャアも、リッドも、皆離れ離れになってしまった。
けれど、まだなんとか耐えられた。武術の鍛錬に身を捧げることで気を紛らわすことができた。そうして俺は強くなった……はずだった。
だが、もう遅かった。
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『ゆりかごは既に私の手中に収まった!これよりベルカに住まう者たちはこのシャア・アズナブルが粛清する!』
『どういう……ことだ……!戦を終わらせるのでは無かったのか!?』
『終わるさ、永久に。ベルカに住まう者達全てを粛清し、歴史そのものを葬り去る!地上に人が居なくなれば二度と悲劇が繰り返されることは無くなる!』
『馬鹿な、そんなことが本当に出来るとでも!?いや、それよりもどれだけの人間が犠牲になると思っている!そんなものがお前の答えだと言うのか、シャア!』
『私は理解したのだ!最早この方法でなければ戦争を止めることは出来ん!ならば、誰かがその業を背負わねばならんのだよ、クラウス!』
『それがお前だと言うのなら、間違っている!同じ痛みを味わった者として、お前だけは俺が止めてみせる!』
『させんよ!その未完成の武術で私とナイチンゲールを止められると思うな!』
俺は再び敗北した。戦場の片隅で傷の痛みを堪えながら地を這うことしか俺には出来なかった。
この身があの二人と同じニュータイプであれば、あの戦いに加わることもできたのだろうか。そう思ったことも一度や二度ではなかった。
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虹の光がゆりかごを覆う。
シャア曰く、月の蝶……かつてアルハザードを文明ごと塵に還したという終末装置の模倣兵器、ゆりかごの最終兵器は地上に届かなかった。
戦いが終わり、敵味方無く生存者の捜索が行われた。そして。
シャア・アズナブル、戦死。
アムロ・レイ、戦死。
俺はただ一人、取り残された。
その時になって、ようやく理解したのだ。
俺は、彼女を失った時から何も前に進めていなかったんだ。
以来、ずっと思い続けている。あの虹に乗れていれば何かが変わったのだろうか———と。
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遥かな時を経て、初めて彼女の笑顔が曇ったのを見た。
顔立ちはあの頃より随分幼くなったが、それ以外は何も変わっていない。
「赦しは乞いません。恨むなら恨んで下さい。私はそういう女ですから」
「『違う……違うんだ!僕は、きみ、に……』」
「罰を受けるべきは貴方ではなく、私です。だから貴方はもう自分を責めるのは止めてください。荒れた心で武器を持たないでください」
「貴方が貴方だった頃の想いは、もう十分伝わったでしょうから」
あの頃の望みだった。その微笑みを曇らせることが出来れば、心変わりさせることも出来るのではないかと。
なのに。
何故こうも胸が張り裂けそうなのか。
「『あ、あああああああああああ!!!』」
「『違う!違う違う違う違う!僕が、僕がいけないんだ!』」
『僕が弱かったから!何もかもおかしくなった!』
「『きみを止められなかった』」
「『リッドは消えた』」
「『シャアは狂った』」
「『最後に残ったアムロも行ってしまった!』」
「『ぜんぶ、ぜんぶ僕が、僕が弱かったせいだ!だから一人取り残された!だから無様にも生き残ってしまったんだよ!』」
「いいえ……いいえ。貴方のせいではありません。だからもう止めてください。もう……これ以上死人に魂を縛られないで」
「『そんな理屈!きみはここにいるだろうに!』」
「肉体が滅び、その残留思念としてこの子の体に取り憑いた……それだけのこと。所詮は過去の亡霊に過ぎないのです。……そして貴方もまた」
「『……なら、なら、僕は何のために!誰のために!時間を重ねてきたんだ……ッ!』」
なんと無意味だったのか。受け継がれた覇王流も、記憶も、何もかも。
無念はいつしか執着となり、時と共に妄執へと成り果てた。……きっと、多くの子孫の人生を狂わせてきたのだろう。その心を蝕み、壊してきたのだろう。これではまるで怨霊ではないか。
「思い出してください。自分が何のために強く在ろうとしたのかを。貴方が忘れてしまったそれこそが、きっと答えですから——–——」
俺が、強くなりたかった理由。それは彼女を失ったことからの逃避。それは覇を以て和を唱えるための力。それは彼女の代わりになれるという力の証明。否、もっと根本的なそれは……己の手による戦争の根絶。俺はそのために力を求め、そしてその最中で破れた。そして焦がれ、嫉妬したのだ。あの光に。
ああ……そうか。俺は、きっと……
「『僕は君の代わりになりたかったんだ。ゆりかごなど無くとも、天地に和を唱えることができると……そう証明したかったんだ』」
「『そして……アムロ。僕は君のようになりたかったんだよ。君のような、世界を変えられる存在に……』」
アムロが一瞬目を見開いた。そして何かを口にしたが……俺には聞こえなかった。ゆっくりと、意識が暗黒に閉ざされていく。魂が在るべきところへ還っていくような感覚。
ああ……そうだな。亡霊は亡霊らしく、暗黒へ還ろうか……
「そんな上等なものじゃない」
「俺は自分さえ救えなかった、何者にもなれなかった男だよ」
「どうして……どうして死なせてくれなかったんですか!私は、私はもう……!」
「…………アインハルトさん、わたしにもいなくなってしまいたい、って思った時があったんです。わたしの生まれを知って、何もかも偽物だったって解って、もうここにいるのが怖くなって」
「………………」
「でも、そんなわたしに必死で手を伸ばしてくれた人がいたんです。だからわたしもアインハルトさんを助けたかった。わたしがそうしてもらったように、アインハルトさんにも手を伸ばしたかった。それじゃ、ダメですか?」
「……そういうところ、記憶の中のオリヴィエそっくりなんですね、ヴィヴィオさんは」
「わたしはわたしです。オリヴィエは……お姉ちゃん?みたいなものだし。でも、そんなことは抜きにしてわたしはアインハルトさんと友達になりたいんです!」
「お友達……でもいいんですか。私なんかで」
「そんなこと言わないでください。わたしはいっぱいアインハルトさんと遊びたいし、手合わせだってしたい。今日だってオリヴィエとクラウスが出てきちゃったせいでまだ『わたしたち』の勝負は終わってないんですから!」
「―――強いんですね。『ヴィヴィオさん』」
「ううん。これもみんなが『わたし』の側にいてくれるお蔭。だから、アインハルトさんにもいてほしいなーって!それだけですっ!」
「私で――私でいいのなら、喜んで」
おずおずと、遠慮がちな手つきでヴィヴィオさんの手を握る。
———温かい、命の温もり。ずっとずっと感じていたくなるほど、それは自分には尊く思えた。
クラウスがどうなったのか、それは分からない。
けれど今までのように、意識が奪われることはきっともう無いだろう。でも記憶だけはまだ鮮明に残っている。
これからどう生きていけばいいのか。
クラウスの無念は晴らせるのだろうか。
分からないことだらけではあるけれどど……この子と一緒なら見つけられるかもしれない。確証はないけれど、どことなくそんな気がした。