ほぼ二年越しの更新です。お待たせしました。
古い、古い話だ。
ベルカ世界において、戦争と侵略は隣人であった。
優れた兵器を開発し、隣人を侵し、侵される。その過程で多くの人命が失われ、大地は荒れ果てた。戦争が長引いた原因には、王族や国家が保有する「とある兵器」が抑止力として機能しており、致命的な一線を踏み越える直前で止まったことが挙げられる。
「アルハザードの遺産」「進歩した技術の副産物」「王そのもの」……それにはいくつもの側面があったが、一度解き放ったが最後、世界そのものを滅ぼしかねない兵器であることだけは共通しており、それをチラつかせることで世界は辛うじて回り続けていた。人、それを「禁忌兵器」と呼ぶ。
ジオン公国、という国家があった。
小国ながらベルカ最大級の勢力である聖王連合に宣戦を布告した国家だった。
彼らの間には実に十倍もの国力の差があったが、ジオンはその差を覆すために禁忌兵器の数々を躊躇いなく乱発した。その結果、触発された周辺国も禁忌兵器の使用に踏み切り、そしてたったそれだけでベルカ総人口の実に半数が失われたといわれている。
人々は、自らの行いに恐怖した。
しかしその恐怖は、己が撃たれる恐怖に及ぶものではなかったのである。
聖王連合とジオン公国の戦争はその後、一年という早さで幕を下ろした。後に「一年戦争」と呼ばれる戦争を終結に導く原動力となったのは新型魔導兵器モビルスーツ。その中でも、聖王連合が開発した「ガンダム」は華々しい戦果を挙げ、後に「白き流星」あるいは「白い悪魔」と呼ばれるようになる。敵味方の双方に畏怖を与えながら。
————クラウス・G・S・イングヴァルトの回顧録
時折、昔の夢を見る。
様々な昔の、ヴィータもシャマルもザフィーラも、名を得る前のリインフォースも、戦わねば、奪わねば、何も得られない時代の夢を。
『……いい目をした小僧だ。おまけに度胸もある。ますます気に入ったぞ』
『オイオイオイオイこいつ始末しちまっていいよな?こんなモン隠してやがってさあ!』
『そう熱り立つなヴィータ。離してやれ』
『んな悠長言ってる場合かよ!銃まで持ってやがって、どーせ連合の兵なんだろうが!』
『だとしても撃てるものではない、この状況ではな。私一人を殺した所で、囲まれてはどうにもなるまい。それにここの店主にも迷惑がかかる。ここで騒ぎを起こすのはやめておけ』
『……チッ!おいガキ、シグナムの情けに感謝しろよな。……さっさと行け!』
記憶の全てがあるわけではない。そも、全てを保持していれば我らはとうに絶望に呑まれて消えているだろう。夢に見るのはその断片。
『……見事なものだ少年。モビルスーツの性能あってのものとはいえ、私とここまで渡り合うとは』
『くっ……』
『だが勝つのは私だ。如何なる汚名を被ったとしても、今の私はジオンの騎士なれば。連合の新型モビルスーツ……主の脅威となる前にここで落とす!』
『ふざけるな!僕だって死ぬつもりはないんだ!』
擦り切れた記憶。忌まわしき過去。その中に在って、その記憶は決して褪せることなく心に刻まれている。
戦乱の時代。人々の心も、兵士たちも、騎士も、貴族も、天を覆う空さえも厚く暗い雲に覆われた時代。戦うことでしか、奪うことでしか何かを得られない。
そんな時代でさえ恐れられた己に、ただ真っ直ぐに戦意をぶつけてきた少年は、呆れるほどに私の事しか見ていなかった。
捻くれていて、無謀で、そのくせ度胸だけは一人前。夜天の騎士に囲まれながらも、その外套に隠した銃を見破られようと、真っ直ぐに己を睨みつけてきたあの少年。だからこそヴィータに殴られかけた彼を逃してやった。ただ、彼が気に入ったからと……。
そして相対した戦場。私は全力で少年と戦い、一度目は戦技で圧倒しながらも討ち損ねた。
『そこぉっ!』
『むっ……さらに出来るようになったか!』
『舐めるなっ!僕は、僕は……!』
そして、二度目は…………。
『誇れ、少年。お前の、勝ちだ……』
『シ、シグナム、さん……』
『アムロ、と言ったな。まだ若いお前が、戦争も、変わったもの、だ…………』
それはきっと、記憶に無いだけで幾度となく繰り返されてきた光景なのだろう。しかし彼のものだけは譲れない、私の特別な記憶だ。
何せ、あの時はその少年に首を獲られたのだから。
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今日は非番。珍しく主と休日が被ったので、ひとしきり身体を動かした後は二人でゆるりとすることにした。
そういえば、と主が呟く。今日はオフトレツアーの二日目ではなかったか。
「そろそろアムロさんも向こうに着いとる頃かな。残念やったなぁ、シグナム。アムロさんと戦えるタイミングなんて中々無いやろうに」
「それならそれで個人的に誘えば良いだけのこと。私はそれよりも高町が妙なことをしでかさないかの方が心配なのですが」
近頃の高町はどうにも戦闘狂の気配を漂わせている。
というより、生来の負けず嫌いが一層表に出ていると言うべきか。
アムロに負け越している分、次こそは次こそはとやる気になっているのだろう。
こういう話をハラオウンにするととても曖昧な顔をされるのだが……ふむ、例え親友同士といえど指摘しづらいのだろうか。
「なのはちゃんが?いやいや、流石にないやろ。いくら負けず嫌いのなのはちゃんでもまさかそんな大人気ないこと……せんよな?」
……どうやら、主も同じことを考えていたようだ。
「そこで言い淀むところが全てでしょう。ただ、先例に則るならばおそらくチーム戦。果たしてアムロを加えて人数差を付けずに両戦力を均等に出来るでしょうか……」
「いやーきついんちゃう?最低でも片方の人数を減らすか、諸々の制限を掛けるかせな。せやけどあの人、戦い方がエグいだけで魔力量に制限掛けてもあんま効かへんでなぁ……」
「私も似たようなことはしますが」
「シグナムはまだかわいい方やん。なんやねんライフル投げるって。カートリッジは爆弾やないねん。ちゃうか?」
「カートリッジの投擲は目から鱗でした。私も当時あれを思いついていればアムロともっと戦えたものを……惜しいことをしたものです」
カートリッジを投げつけることで高濃度の魔力噴出による擬似的な防御壁を構築し、炸裂時の閃光を目眩しにする。しかも自身の魔力を消費しないとなれば使わない理由がない。他の守護騎士も有用性は認めている。尤も、迫り来る射撃を前にするのは些かの訓練が必要になるが、プロテクションを合わせるより少し難しい程度。どうという事はない。
む、主が頭を抱えてしまった。
……ううむ、六課の時もそうだったが、ベルカの「使えるものはなんでも使う」やり方はあまり受け入れられないのだろうか。
ベルカの戦は白兵戦こそが華。魔力量が乏しくとも、腕さえあればどうとでもなる。如何に小細工を弄されたとして、その程度で殺されるならばその程度、踏み潰してこそ一人前という風潮もあった。
アムロ・レイはその代表例ではなかろうか。ベルカには珍しく射撃を得意としながら、しかし格闘を厭わず、戦場のあらゆる要素を利用する強かさを持つ。
何より、その最も恐ろしい所は「適応力」だ。戦場に合わせ、敵の癖を見抜き、即興で初見殺しの罠を張る。そして嵌ろうと嵌るまいと、それ以上の感想を持たない。淡々と敵を撃つ様はある種の殺人機械のようですらある。
それがアムロ・レイ。
それが「才能を戦いに特化させたニュータイプ」なのだ。
……尤も、彼と戦ったのは一年戦争が最後。それを身体で理解したのはミッドチルダに来てからのことだったが。
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若き戦士、アムロ・レイ。彼にこの命を取られるまでの戦いは甘美だった。どれだけギアを上げても無理やり食らいついてくる。機体の性能頼りの戦い方も次第に洗練され、戦いの中で成長したのが見て取れた。
そして少年は遂にその剣を私に届かせた。私にも悔いは無かった。首級を取られたことは寧ろ誉れでさえあった。主を守れなくなることだけは未練だったが……。
だからこそ、もしやと思ったあの時、無理を言って主に着いていった。
あの少年に会えるかもしれない。あれからさらに腕を磨き、伝説にまで至ったあの少年と。それはきっとこの上なく素晴らしいことだと……。
そう思わされたからこそ、あの日は落胆の念を禁じ得なかった。失望もした。
かつての反骨心は見る影もなく、ただ惰性で生きているだけの男。
心も折れ、戦いを厭い、まるで世捨て人のような生き方だった。
「俺はもう十分に戦ったはずだ。……こんな平和な世界に来られただけで俺は満足だ。人殺しの報いにしては上等すぎると思わないか?」
疲れきった表情でそう言った奴は、まるで老人のようでさえあった。
何故そんな事を言える。
戦争をやっているのだぞ、殺しも殺されもする。そこに善悪も何もあるものか。お前は殺しを楽しみはしない。ただ生き残ろうとした、それだけだと言うのに、何故そう言い切れる。
「だとしても、さ。シャアと戦って分かったんだよ」
「シャアは過去に決着をつけるためにあの戦いを起こしたが、その為には対等の条件で俺を倒さなくてはならなかった。だからわざわざ俺が新型のガンダムを造る手伝いまでした」
「気付いた時は愕然としたよ。昔オリヴィエはあいつのことを『純粋』だと言ったが、そういう奴だ。決着をつけることが先にあって、ベルカの粛清は俺を本気にさせるためのものでしかなかった」
「例えゆりかごで一度は戦乱を収めても、そう長くは保たない。主を失い停止すればまた戦争になるだろう。その時こそ『シャア・アズナブル』の力が必要になる。あいつならあの碌でもない世界を本当の意味で変えられる。それだけの力があると———思っていたんだが。正直、何もかもどうでもよくなってきた」
だからさ、もういいんだ。俺はこのままこの世界で朽ちていく——そう宣うお前を、私は見たくはなかった。
「ガンダムだって必要ない。過去の遺物が出しゃばった所でいい事なんか何もないからな」
ならば何故、貴様はそれを手放そうとしない。解体もせず、しかして直すこともせず。ただ壊れたままの機体を放っておいたままにして。
———情けない奴。
私には、心の中でそう吐き捨てることしか出来なかった。
それでもあのまま見捨てたくはなかった。
アムロ・レイは——やはり特別な男だったから。
奴を六課に入れた時、少しでも更生してほしいという期待が無かったと言えば嘘になる。主はやても世話焼きなお人だ、あのまま澱んだ空気の中で腐らせるより、新しい風を吹き込ませようとしたことは想像に難くない。
現に、六課での交流はそれなりに良い影響を与えていた。
最も大きな影響を及ぼしたのはヴィヴィオだ。
アムロとシャアを繋ぐ女、聖王オリヴィエ。そのクローンを目の当たりにして、奴の枯れきった心にも泉が湧いたのだろう。父と呼ばれたこともあってそれはもう甲斐甲斐しく世話を焼くようになった。
良い傾向だ。そう感じたが故に、奴のことは以前ほど悲観はしなくなった。後一押しあれば、生きる活力を取り戻すだろう。……そう思っていたのだが。
あの六課襲撃が全て台無しにした。
ザフィーラとシャマルが重傷を負い、アムロ自身も配備されている量産型の杖で出たが奴の反応速度に機体が耐えられなかった。結局ヴィヴィオも連れ去られ、また前に逆戻り。
……どのような過去があろうと、消せない傷痕があろうと、生きる意味を見失わなければ人は強く生きていける。闇の書事件以来、高町やテスタロッサを見てよくそう思うようになった。
ではその逆は?
その答えが奴だ。生きる意味を見失ったが故に過去に囚われ、いつまでも停滞したままの生きた屍。手に入れかけた希望を奪われ、今にも消えてしまいそうな儚い灯火。
その火を消させてはならない。そう思った私は、奴の横っ面を引っ叩くことを選んだ。
「あの量産杖をああも酷使するとは、随分な無茶をしたものだ」
「……休まなくていいのか。わざわざ俺のところに来る理由もないだろう」
「貴様を笑いに来た……そう言えば気が済むのか」
「……俺だって」
「俺だって好きでこうなったわけじゃない!それは貴女にだって分かる筈だ!」
「しかし同情が欲しいわけでもない。なら、少しは期待に応えるアムロ・レイであってもらいたいものだ」
「……今更だよ。今更、誰が期待するって言うんだ。知らない世界、知らない時代。誰も俺のことを知らない場所にたった独りで放り出されて……」
「シャアが夢に出てくるんだ。俺はあいつを倒して全てにケリがついた筈だ。なのにあいつは俺にしつこく纏わりついてくる。まだ俺に何かをさせようって言うんだよ。冗談じゃない。今更、俺が出る幕なんか、一つも——」
「気持ちは分からんでもないな。一度は私の首を獲った男にこうも腑抜けられては、騎士としての沽券に関わる。こんな情けない男に殺られたのか、とな」
「よく言う。そんなの、随分昔のことだろうに……」
「忘れるものか。あの戦いのことは今でもつい昨日のことのように思い出せる。あの時の我武者羅ぶりはどこへ行った?反骨精神はどこへ行った?情けないぞ、アムロ・レイともあろう者が!後生大事に抱えたそのガンダムは飾りか!?」
「そんなじゃない。ガンダムは………………俺があの時代を生きた証で、最後の繋がりなんだ。そう思ったから、手放せなかった」
「……なるほど。赤い彗星が浮かばれんわけだ。そうして自分の殻に閉じこもって、また同じ過ちを繰り返す。これでは死人より余程タチが悪い」
(溜め息が出るほど重症だな、これは)
「甘ったれるなよ小僧!あの時代だけが貴様の生きるべき場所とでも!?この機動六課は、貴様の生きる場所には相応しくないとでも言うつもりか!何様だ貴様は!」
「ナカジマは姉を取り戻す為に立ち上がろうとしている!ルシエは傷ついたモンディアルを支え、ランスターは皆の為にできることをしようとしている!彼女達だけではない、皆が戦おうとしているのだぞ!同じ六課の仲間ではないのか!?」
「分かってるよ!だが……頭で分かっていても、心と身体が動かないんだ。曲がりなりにも立ったから分かる。俺は戦場が怖いんだ。人の魂が漂う戦場が、シャアの魂を感じ取るのが……!」
「甘ったれるなと言った!過去を忘れろとは言わん、だが乗り越えねば貴様は一生赤い彗星に怯えながら生きていく!仲間にも、娘にも背を向けたままな!貴様はそれでもいいと言うのか!?」
「……………………いい、わけがないだろう………!けれど俺はいつも遅いんだ。あの時も帰った頃にはオリヴィエはゆりかごの王として戴冠していた!クラウスもシャアも最後まで抗っていたのに!」
「生かして連れ帰ったということはヴィヴィオに利用価値を見出しているということ。まだ殺しはしないはずだ。……今からでも遅くはない。小僧の、『白き流星』の力が要る。貴様の娘を救うために。そして、貴様自身の過去を越えるために……!」
「……俺がこの時代にいるなら、あの時連れて行ったゆりかごもどこかにある筈だ。もしヴィヴィオが必要だと言うなら、恐らく敵はアレを動かすつもりなんだろう。『ゆりかごの聖王』は玉座を守る生きた兵器。自我さえ奪われ、その命を数年で奪い尽くす。そしてヴィヴィオに適合の証である聖王核は無い。となるとオリヴィエの時よりリミットは短いかもしれない。——シグナム、それでも俺は間に合うと思うか?」
「それは貴様次第だ。少なくとも、そうして腐っている人間にはまず不可能だと思え!」
「そうか……なら最後に聞かせてくれ。本当に俺はここにいてもいいのか?俺みたいな人殺しが、若い奴らの未来に関わってもいいのか?」
「見縊るなよ。今の時代の寛容さは闇の書の騎士すら受け入れる。小さな星が一つ紛れ込んだとて、誰も気にはすまい」
「さあ、戦士としての貴様からサビを山ほど落としてやる。覚悟しろ」
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ここに来るまで随分と長かったものだ。
立ち直ってからはヴィヴィオとその祖たるオリヴィエに振り回されつつも、真っ当な生き方をしようとしていたように思える。
六課内での関わりも増えた。時には頼まれて新人の訓練にジオン系モビルスーツのデータを持ち込んだり、時にはレイジングハートにせがまれて改修プランを話し合ったり。一級の戦士だけあってそちら側の話を振られることが多くなり、相応に充実したようだった。
全く、初めからそうしておれば良かったものを。
六課が解散してからは管理局に入るようなことは無かったが、技術者としての腕を買われて部隊単位でデバイスの面倒を見るようになったと聞く。主や高町、ハラオウンもその際に会うことがしばしばあるそうで、食事を共にすることも少なくないらしい。
———人と人との繋がりが、人の帰る場所になる。
それはきっと、何よりも嬉しいことに違いない。
ところで。
近頃アムロとヴィヴィオが覇王の末裔と知り合ったという。
格闘技の繋がりとあっていずれは道場で鍛えているミウラと戦うこともあるのだろうが……調べた限り、有力選手に少しずつ覚えのある家名が見える。
ヴィヴィオの中の聖王オリヴィエのこともある、妙な事にならねば良いのだが……。